池内恵
人物情報 | |
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国籍 | 日本 |
出身校 | 東京大学 (The University of Tokyo) |
学問 | |
研究分野 | イスラム政治思想 (Islamic Political Thought) |
研究機関 | 東京大学先端科学技術研究センター (RCAST) |
称号 | 准教授 (Associate Professor) |
主な受賞歴 | 大佛次郎論壇賞 毎日書評賞 サントリー学芸賞 毎日出版文化賞 中曽根康弘賞 |
公式サイト | |
http://ikeuchisatoshi.com/ |
池内 恵(いけうち さとし、1973年9月24日 - )は、日本のアラブ研究者、東京大学先端科学技術研究センター准教授。専門は、イスラム政治思想。 東京都出身。父は独文学者の池内紀、叔父は天文学者の池内了。
処女作である『現代アラブの社会思想』において、現代のアラブの思想家たち(及びその影響を受ける若者たち)が、当初期待をかけていたマルクス主義が破産したことからイスラム原理主義に傾斜していくさまを描写。大佛次郎論壇賞を受賞する。続く著書『アラブ政治の今を読む』において、下記に記すように、日本のイスラーム研究学界の抱える性質に批判を行う。その後、世界各地で発生するイスラム原理主義のジハード主義者によるテロ事件に関して解説・論考を発表。
新潮社「フォーサイト」において、中東政治経済の分析記事を連載中。
イスラム思想
ズィンミー制度に関して:イスラームの暴力的な側面に関して極めて批判的である。従来親イスラーム的学者たちによって擁護・賞賛されることの多かった[1]ズィンミー制度の本質を「異教徒に対する苛烈な差別、蔑視」とであるとし、現代においてはその有効性はすでに失われていると主張している[2][3]。また、日本の研究者の多くは鈴木董のオスマン帝国におけるズィンミー制度の研究成果と見解を引用し、ズィンミー制度に高すぎる評価を下しているとしている[4]。イスラーム教徒の一部に今なお残存するズィンミー制度適用への願望と、その優越性を主張する論理に対しては、「前近代の極端に宗教的に不寛容な時代、その中でも中世キリスト教世界との比較を中心としてイスラーム的寛容の優越性を主張しており、近現代の政教分離思想との比較に関しては政教分離すなわち反宗教主義と決め付け、文化多元主義・宗教間対話・宗教多元主義などは考慮に入れていない」と批判している[5]。
日本のイスラーム研究に関して:日本のイスラーム研究は「イスラーム思想やイスラーム世界を過度に理想化」[6]しており、「イスラーム的共存や寛容の存在とその優越性は、具体的事例が示されないまま、ほとんど自明のものとされている」[7]として批判を行っている。
小さな本にこめられた、現代のイスラム談義への大きな批判『CUT』2006 年 5 月 山形浩生より
「 池内はこれには言及していないけれど、サイードがイメージほどはアラブ世界ともパレスチナとも関係なく、アラビア語も大してできず、アラブ世界ではまったく相手にされておらず、アラブ中東をネタに欧米で英語でしか書かない人物だと指摘したうえで、サイードの議論の問題点を挙げ、むしろルイスのほうがきちんとした学問的な基盤に基づいて発言をしていることを明確に示してくれる。そして、日本にも多いサイード信者、さらには中東に反近代的な幻想を投影してしまう傾向について、穏やかな口調ながらもきわめて手厳しい批判を展開している。アラブ世界は近代化しないという批判に対し、近代化のかわりにイスラーム化という変ななんでもありの概念が持ち出されている、と(あ、ちなみにこの「イスラーム」という書き方も、その過程で生じた言葉狩りの結果だそうな。知らなかった。ぼくは確か板垣雄三に影響されような記憶がある)。」
井筒俊彦のイスラーム解釈に関して:公表された論考・記事は次の通り。鼎談「我々にとっての井筒俊彦はこれから始まる 生誕一〇〇年 イスラーム、禅、東洋哲学・・・・・・」『中央公論』2014年4月号。なお、以下の2論文は増補新板「イスラーム世界の論じ方」に収録されている。「井筒俊彦の主要著作に見る日本的イスラーム理解」『井筒俊彦』(KAWADE 道の手帖)2014年6月(初出は『日本研究』第36集、2007年9月)。「言語的現象としての宗教」『月報 井筒俊彦全集 第12巻 アラビア語入門』慶應義塾大学出版会、2016年3月。
ジハードに関して:更にイスラーム共同体による過去の征服の過程の殺戮を「正しい宗教の拡大のためにおこなった正しい行い」として全面的に正当化し、他の宗教・思想のそれは批判するという一部のムスリムの思想に対しても批判を加えている[8]。
中東政治全般
『外交』掲載論文「『ポストISIL』に潜む新たな混迷」Vol. 46, 2017年11月。「中東に見る『国民国家』再編の射程」 Vol.37, 2016年5月。「中東の地政学的変容とグローバル・ジハード論」Vol.28, 2016年11月。 「アル・カーイダの夢ー2020年世界カリフ国家構想」Vol.23, 2014年1月。
「イスラム成立とオスマン帝国崩壊 影響与え続ける「初期イスラム」現代を決定づけたオスマン崩壊」『週刊エコノミスト』2014年11月11日号
《アラブの春5年 独裁崩壊の代償》「アラブの混乱 地域分裂、危機は深まる 」『毎日新聞』2016年1月15日朝刊
サイクス=ピコ協定に関して
サイクス=ピコ協定は、第一次世界大戦後の中東に秩序を与え、それをもとに政治が行われたり、国民社会が形成され、国際関係が取り結ばれたと主張し、サイクス=ピコ協定という外交文書やイギリス、フランスの帝国主義・植民地支配だけに、現在の中東諸問題の責任を帰する立場を批判している[9]。以下に寄稿「中東にみる「国民国家」再編の射程—サイクス・ピコ協定から100年の歴史的位相」『外交』Vol.37、2016年5月号
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ISISに関して
この時期に公開された論考を以下に挙げる。「復活するアルカイダ ~テロへ向かう世界の若者たち~」クローズアップ現代+、2014年4月24日。「いま何が... "イスラム国"勢力拡大のワケ」NHK週刊ニュース深読み、2014年09月20日。イスラム国躍進の構造と力 『公研』2014年10月号 山形浩生との対話。「イスラーム国」に共感する「大人」たち」『公研』2014年11月号。「若者はなぜイスラム国を目指すのか」『文藝春秋』2014年12月号。「勢力拡大する『イスラム国』~日本へのテロの脅威は?」出演、BSジャパン『ニュース日経プラス10』2015年3月12日 。「イスラム国とは何か 判断材料にしてほしい」『読売プレミアム』2015年3月27日。「分散化して生き延びるIS 世界にジハードが広がる恐れも」e-World Premium, Vol. 28 (2016年5月号), 時事通信社。テロ“拡散”時代 世界はどう向き合うか - NHKクローズアップ現代 No.3783 2016年3月16日。「イスラム国」の実態は 中東の構造変化が背景 松尾博文 日本経済新聞(2016年12月5日)
ISILによる日本人拘束事件に関して
2015年1月20日、ISILのメンバーが湯川氏と後藤氏を殺害すると述べている動画が公開された。同日、池内はブログ記事を公開。「単に首相が訪問して注目を集めたタイミングを狙って、従来から拘束されていた人質の殺害が予告されたという事実関係を、疎かにして議論してはならない」「イスラーム国」側の宣伝に無意識に乗り、「安倍政権批判」という政治目的のために、あたかも日本が政策変更を行っているかのように論じ、それが故にテロを誘発したと主張して、結果的にテロを正当化する議論が日本側に出てくるならば、少なくともそれがテロの暴力を政治目的に利用した議論だということは周知されなければならない」と述べる。2月3日「イスラム国」は日本の支援が「非軍事的」であることを明確に認識しているとのブログ記事を公開。3月12日、本件検証委員会へ外部有識者として参画、守秘義務のかかる非常勤の国家公務員として菅官房長官より発令された。これに対する本人見解。
2015年3月18日にチュニジアの首都・チュニスのバルド国立博物館で、外国人観光客が武装した男2人組に襲われた。これを受けて、3月22日「週刊BS-TBS報道部」に出演し、チュニジア分析を行う。
シリアのアサド政権による化学兵器使用
2017年4月4日にシリア北西部イドリブ県内、反政府派支配地域ハンシャイフンへ化学兵器攻撃が行われた。これへの報復措置として、米軍はシリアのシャイラト空軍基地を標的に59発の巡航ミサイルを発射した。この事件を受け4月18日「米国のシリア攻撃展望は 米政策の不可測性に長短」と題する記事を日本経済新聞に寄稿した。同年10月26日、国連とOPCW(化学兵器禁止機関)の合同調査団が、サリンを使用したのはシリアのアサド政権であると結論づけた。
2016年7月1日、バングラデシュの首都ダッカにあるレストランを、武装した7人が襲撃した。犯人たちは「アッラーフ・アクバル」と叫びながら襲撃を行なったと報じられ、犠牲者には、国際協力機構 (JICA) 関係者の日本人7人が含まれていた。2017年7月、国際開発ジャーナルの事件後1年特集号に、「中東と動揺する世界」と題する記事を寄稿し、グローバル・ジハードの周辺への拡散とまだら状の秩序の出現による予測不可能性について述べている。
トランプ大統領のエルサレム認識について
2017年12月7日、トランプ大統領がエルサレムをイスラエルの首都と認めて大使館を移転すると発表した。これを受けて世界に与える印象と、アメリカがとる具体策とのギャップを指摘する一連の論考を新潮社の会員制情報サイトのフォーサイトに公開した(エルサレム問題は何が「問題」なのか)。日本人研究者として、東エルサレムの領域の意義を説明した、この時期唯一の解説であり、今後公にこの件に触れるなら、まず一読して事実関係を踏まえてからにすべきといえる重要な一文である。本件に関し、12月10日放送のBS-TBSの「週刊報道LIFE」に出演して解説を行う。12月13日、ニッポン放送「ザ・ボイス そこまで言うか!」に出演し、周辺事情を解説した。
「米トランプ大統領のエルサレム首都認定宣言」「中東協力センターニュース」2018年1月号
エルサレムの地位に関する見解を以下の媒体に寄稿しており、これも増補新板「イスラーム世界の論じ方」に収録されている。「エルサレム「神殿の丘」の宗教と権力」『熱風』2015年3月号 スタジオジブリ出版部
西洋とイスラム
宇野重規との対談「宗教と普遍主義の衝突」(中央公論 2016年9月号)において、移民問題が焦点となったイギリスのEU離脱の是非を問う国民投票を入り口に、SNS時代の直接民主制の機能と限界、西洋近代が培ってきた普遍があまりに強固である場合、起源も歴史的な発展経路も異なるイスラムが有する別種の「普遍」を認識し、適切に対応するのが遅れることを指摘しつつ、対西欧で独自発展した日本の言論界がこの構造を明確に自覚できていないが故に内包する危うさについて述べた。これは2016年12月19日の読売新聞朝刊文化欄「回顧2016 論壇」の「今年の論考ベスト3」で、久米郁男(早稲田大学教授・政治学)と坂元一哉(大阪大学教授・国際政治学)によりベスト3に選ばれた。
国末憲人は、『ポピュリズムと欧州動乱 フランスはEU崩壊の引き金を引くのか』(2017年4月)において、ムスリム同胞団の創設者ハサン・バンナーの孫でイスラーム思想家・活動家のターリク・ラマダーンとの議論を、池内との議論と合わせて深め、ムスリムの権利擁護を主張する議論が西欧の社会規範の前提となる自由を掘り崩すことになる危険性を問うた。ここに、『朝日新聞』2016年10月21日付朝刊のインタビュー「奉じる「自由」の不自由さ」の要旨が再掲された。
パリ同時テロ事件に関して
2015年11月13日、パリのバタクラン劇場と周辺のレストラン・カフェ数カ所、及びスタジアムにおいて130名が犠牲となるテロ事件が発生した。特別編集版「パリ同時テロ事件を考える」が白水社より出版され、ここに『「イスラーム国」の2つの顔』を寄稿した。これも「増補新版イスラーム世界の論じ方」に収録されている。また、”パリ同時テロ事件“世界はどう向き合うのか” と題するNHK日曜討論に出演している。ここで、イスラム教の教義とイスラム教徒を分けて考える必要性に言及した。クローズアップ現代にも出演、解説。「緊急報告 パリ“同時テロ”の衝撃」No.3733 2015年11月16日。【地図】パリ同時多発テロ事件の発生地点詳細。
シャルリ・エブド事件に関して
2015年1月7日、イスラム教の預言者ムハンマドの戯画を掲載したシャルリ・エブド紙社屋と編集記者を標的としたテロ事件が発生した。1月8日付毎日新聞に「緊張高まるだろう」とコメントを掲載し、「西洋社会に拒絶感、移民抑制も」とのコメントを『産経新聞』に掲載した。 この事件を受け、月刊誌「ふらんす」特別編集による「シャルリ・エブド事件を考える」が白水社より出版され、ここに「自由をめぐる2つの公準」を寄稿した。同論文は「増補新版イスラーム世界の論じ方」に収録された。
政治思想・国際政治
ウォルター・ラッセル・ミード著「神と黄金」書評を、「二十一世紀の『大きな話』、あるいは歴史を動かす蛮勇」としてアステイオン86「権力としての民意」特集巻(2017年5月)に寄稿した。
「グローバル・リスク分析」 PHP総研グローバル・リスク分析プロジェクト 2018年版 2017年版 2016年版 2015年版 2014年版 2013年版
文藝春秋オピニオン論点100 2018年版「『イスラーム国』後の中東で表面化する競合と対立」、2017年版「テロの世界的拡散 その先には何があるのか」、2016年版「『アラブの春』から『新しい中世』でせめぎ合う新冷戦へ」、2015年版「『イスラーム国』とグローバル・ジハード」
「独裁国家の仕組み」『公研』2016年10月号 武内宏樹との対談
各国語による著作・論文
Ikeuchi Laboratory ”Individual and collective actions spontaneously motivated by the Islamic religio-political normati ve systems”
書評・その他
対話する「未来論」:イスラームの宗教と脳の機能は交差する 先端研30周年記念サイト
「2016新書大賞」で、『イスラーム国の衝撃』が第3位に選ばれた。『中央公論』2016年3 月号に選評が掲載され、「目利き28人が選ぶ2015年私のオススメ新書」、永江朗・荻上チキ(対談)「『ぶれない軸』を持っているかがレーベルの明暗を分けた」にも取り上げられている。
「『イスラム国』が映し出した欧州普遍主義の終焉」と題する鼎談が『中央公論』2015年4月号に掲載された。なお、同じメンバーによる鼎談が、「国際政治学者が振り返る2017年」というテーマで、12月22日の「国際政治チャンネル(仮)」で放送された。
「必須教養は「アメリカの世界戦略と現代史」」『文藝春秋』2014年7月号
『外交』に掲載された洋書書評は以下の通り。「ギリシア、切り取られた過去」Vol.12 平成24年3月。「シリア アサド政権の権力構造」Vol.10 平成23年11月。「『ポスト9.11』の時代とはなんだったのか」Vol.9 平成23年9月。「イエメン 混乱の先の希望」Vol.8 平成23年7月。「エジプトを突き動かす『若者』という政治的存在」Vol.7 平成23年5月。「『革命前夜』のエジプト」Vol.6 平成23年2月。「聖人と弁護士ーブッシュとブレアの時代」Vol.5 平成23年1月。「善政のアレゴリー、あるいはインテリジェンスの哲学」Vol.4 平成22年12月。「将軍たちは前回の戦争を準備する」Vol.3 平成22年11月。「グローバル都市ドバイが写し出す国際社会の形」Vol.2 平成22年10月。「リベラルたちの『改心』あるいはアメリカ外交史のフロイト的解釈」創刊号(Vol.1)平成22年9月。
論争・批判
内田樹批判
2014年12月18日、「<衆院選を終えて>「カネ優先」見直す時」と題する内田による記事が東京新聞朝刊に掲載された。衆議院選の結果、自民党一強が決定したのを受けて、「経済成長なき世界での「how to live (どう生きるか)」を問うべき」と書いたのに対し、12月20日 、FB池内アカウントの記事において「こういうものを「思想」と呼んでいるうちは、日本のメディアは3流以下」と批判し反響を呼んだ。同年11月6日付週刊現代の北大学生イスラム国渡航事件に関する取材に対して内田は「どのような『驚愕すべき政治的意見』であっても、その表明を強権的に禁圧すべきではない」と発言している。これは過激派のプロパガンダに対応するには不適切な態度であり、同記事で「日本からイスラム過激派に参加しようとする若者には、宗教的な動機も、政治的な動機もない」と述べる池内に、現実から遊離した無責任発言と受け止められてもおかしくない。翌年出版された内田の「日本の反知性主義」に対し、同じくFBアカウントの記事で批判している。
NYTの記事に関連して
発端となった記事「She Broke Japan’s Silence on Rape」DEC. 29, 2017。まだ進行中の議論なので、ツイッターのまとめ記事をひとまず掲載する。
NYT記事「レイプ」「執行猶予付き判決」を誤訳した女性に、誤訳を指摘する池内恵先生が、噛み付かれまくる
迫害と苦難
研究を続けるに際して受けた迫害と苦難について、差し障りのない範囲で記述したい。イスラム研究がより自由かつ開かれた場となり、真摯な研究者にとっての研究環境が改善することを期待しつつ。
池内の研究を拒否した大御所は、アラブの春以降、ジハード主義の台頭からグローバルジハードの世界展開、ISの成立とその推移を通して現実に否定されているにも関わらず、「イスラムはテロをしない」という主張を批判・修正せず、偽りに依拠した見解を公にし、日本のイスラム理解を妨げた。
一例をあげると、2015年2月3日付の河北新報第4面に東大名誉教授・板垣雄三氏が、人質事件の顛末を受けて「日本は敵」対日観変化」とするコラムを投稿した。このコラムで筆者は、“イスラム国”ことISILがイスラムや西アジアを代表する組織であるかのように記述しているが、誤りである。また、アラブ・イスラム諸国の間さえ一致した見解がないので、「対日観を巡って東アジアと西アジアの「一体化」が促されてしまったこと」と断言出来ないのは、現地を多少なりとも知ればわかる。結果として、この記事はイスラムをあまり知らない日本人に誤解を与えてしまっている。
「イスラム復興」と日本の研究者内で呼ばれる現象についても、概念とその概念が意味する具体的な事象について議論の余地がある。これは多数の研究者が関わるテーマなので、ここで詳細に踏み込むのは控える。
アカデミズムにあるまじきことであり、猛省されなければならない。今なお若手研究者が誤った分析概念を論文で言及し、学会内での認識も是正されないまま継承されていくのは問題だ。
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評価
池内がイスラムに内在する秩序概念を適切に日本に紹介した実績は評価に値する。池内以前にイスラムをその実相に即した形で伝えるイスラム研究者が無かった事実に、日本におけるイスラム研究のある種の不十分さが見て取れるだろう。特にイスラム主義とその主義に忠誠を誓った者が実行する聖戦(ジハード)について、実態に即した解説を行い得たイスラム研究者が池内を置いて他に無かった。[要検証 ]
池内がイスラムに内在する秩序概念を適切に日本に紹介した実績は評価に値する。「現代アラブの社会思想」”はじめに”において「日本人がテロや戦争から身を守るためには、短期的にはその発生源と由来を熟知して危険を察知しておき、長期的にその発生源をなくしてゆくプロセスに出来る限りの参加を果たすしか無い。そのためにはその発生源となっている地域の状況を実態に即して理解しておく必要がある」と明記し、1,アラブ・イスラム地域でテロリズムが発生していること。2,その理由を知り対策を立てる必要性。3,現地状況を実態に即して理解する必要性。の3点について述べており、その著作全体はこの理解を進めるのに資するよう組み立てられている。また、同書6ページで、現地の若者が陥っている「知的閉塞状況」と、そこに至る社会思想史の主要な潮流を把握し、その背景にある政治、社会・文化的経緯を解き明かしたい、と著作の意図と目的を明らかにしている。同書7ページに、『「1967年」を基点としてアラブ世界が経験した思想的分極化とその帰趨について』とあるように、池内は取り上げるイスラム思想の時代区分を1967年以降の現代アラブ・イスラム社会と明記している。つまり池内は現代アラブ社会において特異的に現れる思想特性を理解するために必要な歴史的・宗教的・政治的概念について説明を試みており、イスラムについて詳細な知識のない読者も一定の理解に至るのが可能になっている。
一連の著作が日本の読者に支持され、相応のイスラム理解をもたらしたのは、複数の出版物がベストセラーとなったことで間接的に伺う事ができる。これだけの支持を集めた概説書によるイスラムへの基本理解が、テロ事件が報じられる際に犯人自身が主張する「イスラム」への誤解や偏見に対する防波堤ともなった。池内以前にこうした理解を促進する書籍を出版する研究者が見られなかった事実も含めて、日本のイスラム研究者は池内の功績を認め、彼に感謝するのが適当だろう。
特に、イスラム主義者とその主義に忠誠を誓ったものが実行する聖戦(ジハード)について、その源流が近代においても150年は過去に遡るものであり、時代背景に規定されながら理論と実践を発展させて来たものである以上、実態に即した解説は、それに関与しない大多数の信者も含めたイスラム全体を理解するために不可欠なものであった。しかしながら、これを適切に分節化した説明は池内が試みるまで待たねばならなかった。
池内の主張に対してはイスラム教徒全てが前時代的考えを持っていないにもかかわらず、イスラムをステレオタイプ化して批判しているという評価や、日本のイスラーム研究は決して池内が言うように親イスラームに偏ってはいないという批判がある。
塩尻和子は、池内のイスラーム批判は、クルアーンの中の一部の暴力的な文言だけを取り出し、イスラーム世界の現実において展開された諸宗教の共存や、聖書の中の暴力的文言を無視した不当なものであると批判している[10]。しかしながら、その後イスラムを掲げたテロ事件は世界で多発しており、塩尻はその現実に対して適切な説明を行いえていない。教義上の平和主義と信仰の現実態に差異があるなら、イスラム研究者はその双方を視野に入れて検討するのが適切であろう。
臼杵陽は、池内はイスラーム原理主義はその隘路を「終末論」や「陰謀史観」で覆い隠そうとしていると主張しているが、実際にはアラブ世界の陰謀論を声高に宣伝する中東研究者はアメリカでもイスラエルでさえも少数派であり、それは日本研究者が日本における「トンデモ本」を日本の世論一般を代表するものとして取り上げて、それが日本の世論だと主張するような歪曲と大して変わらないと批判している。さらに、中東地域研究に携わる研究者であれば、池内の議論は池内がかなり恣意的にアラビア語の文献や資料を集めてきて陰謀論を軸に展開していると考えるだろうと主張している。また、池内の主張はネオコンであるダニエル・パイプスのような研究者の陰謀説と一致しており、池内は自らの「客観性」を標榜しながらもイスラーム世界全体が「陰謀史観とオカルト思想」で覆われているかのごとく描くことで、アメリカ政府の「対テロ戦争」遂行とそれを支持する日本政府に益する政策志向的な議論を展開する偏向した政治的立場を取っていると指摘している[11]。
臼杵氏は、イスラム主義テロリズムを理論的に支える思想が終末論に駆られたものであるのを検討の対象から外している。現実に発生するテロリズムに関して、研究者はその実態に即した説明なり分析なりを示すべきである。[要検証 ][11]
前掲臼杵論文は、池内が説明を試みている「イスラムを掲げてテロを行うムスリム」に関する記述がなく、過去の文献の記述を追いながら「いかに語るか」の文言検討に終始している。読者の関心事が「現実に生起する事象の説明」であり、またテロに至るイスラム主義を理論的に支える思想が終末論に駆られたものである以上、その論理と現実社会における広範な受容度を説明するために関連資料を挙げるのは、読者の理解を促進するために必須であり、批判は不適切である。
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学歴
- 1992年3月 - 東京都立国立高等学校卒業
- 1996年3月 - 東京大学文学部思想文化学科イスラム学専修課程卒業
- 1998年3月 - 東京大学大学院総合文化研究科地域文化研究専攻修士課程修了
- 2001年3月 - 東京大学大学院総合文化研究科地域文化研究専攻博士課程単位取得退学
職歴
- 2001年4月 - 日本貿易振興会アジア経済研究所研究員
- 2003年10月 - 日本貿易振興機構アジア経済研究所地域研究センター研究員
- 2004年4月 - 国際日本文化研究センター助教授
- 2007年4月 - 国際日本文化研究センター准教授
- 2007年12月 - 2008年3月 - アレクサンドリア大学客員教授(エジプト)
- 2008年10月 - 東京大学先端科学技術研究センター准教授
- 2009年10月〜12月 - ウィルソン・センター研究員(Japan Scholar)
- 2010年4月 - ケンブリッジ大学クレアホール客員フェロー・ケンブリッジ大学政治国際学部客員研究員
受賞歴
- 2002年 - 第2回大佛次郎論壇賞(『現代アラブの社会思想』)
- 2006年 - 第5回毎日書評賞(『書物の運命』)
- 2009年 - サントリー学芸賞(『イスラーム世界の論じ方』)
- 2015年 - 第69回毎日出版文化賞(『イスラーム国の衝撃』)
- 2016年 - 第12回中曽根康弘賞(優秀賞)
著書
- 『現代アラブの社会思想――終末論とイスラーム主義』(講談社現代新書、2002年)
- 『アラブ政治の今を読む』(中央公論新社、2004年)
- 『書物の運命』(文藝春秋、2006年)
- 『イスラーム世界の論じ方』(中央公論新社、2008年)
- 増補新版『イスラーム世界の論じ方』(中央公論新社、2016年)
- 『中東 危機の震源を読む』(新潮選書、2009年)
- 『イスラーム国の衝撃』文春新書、2015年
- 『サイクス・ピコ協定 百年の呪縛 【中東大混迷を解く】』(新潮選書、2016年)
- 『「アラブの春」とは何だったのか』 東京大学出版会 出版予定
翻訳
- ブルース・ローレンス『コーランの読み方 イスラーム思想の謎を解く』(ポプラ新社、2016年)ISBN 978-4-591-14964-5
- ジル・ケペル『中東戦記 ポスト9.11時代への政治的ガイド』(講談社選書メチエ、2011年
その他
- Spread of radical Islamic ideology cannot be stopped by force February 5, 2015 Nikkei Asian Review
- Impact of the Islamic State and Global Jihadism October 23, 2017
参照
- ^ 『アラブ政治の今を読む』p.214、池内によればこのような風潮は日本のイスラーム研究の多数派であるとしている
- ^ 『アラブ政治の今を読む』pp.213-215、pp.225-227
- ^ 塩尻和子「イスラームの教義は暴力を容認するのか(1)」『中東協力センターニュース』30巻1号(2005年・PDFファイル)、池内の著書からの引用を参照
- ^ 『アラブ政治の今を読む』p.210、p.214
- ^ 『アラブ政治の今を読む』p.226
- ^ 『アラブ政治の今を読む』p.198
- ^ 『アラブ政治の今を読む』p.198
- ^ 『アラブ政治の今を読む』pp.226-227
- ^ 『サイクス=ピコ協定 百年の呪縛』pp.13-16
- ^ 塩尻和子「イスラームの教義は暴力を容認するのか(2)」『中東協力センターニュース』30巻2号(2005年・PDFファイル)。 ここで塩尻は池内の意見はイスラームの暴力的側面を過度に強調していると主張している。
- ^ a b 臼杵陽「日米における中東イスラーム研究の「危機」」『地域研究』7巻1号、2005年 (PDF)
外部リンク
- 中東・イスラーム学の風姿花伝 - 公式ブログ
- アステイオン84 特集 帝国の崩壊と呪縛
- Satoshi Ikeuchi 池内恵 (@chutoislam) - X(旧Twitter)
- 池内 恵 - Facebook
- 国際政治チャンネル 池内恵が2018年1月の国内外ニュース×20を解説 You Tube版
- 日本記者クラブ講演 「エジプト、シリア大統領選後の中東」 2014.6.27
- 日本記者クラブ講演 「アラブの春から3年:米・中東関係」2013.12.13
- 日本記者クラブ講演 「権力移行期の世界⑧ エジプト」 2012.6.29