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「ノート:玉井正寿」の版間の差分

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Rikisekita (会話 | 投稿記録)
Rikisekita (会話 | 投稿記録)
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*''ノートページや会話ページに書き込むときには署名をお願いします。''署名することにより、いつ誰が何を言ったかが理解しやすくなります。IPユーザーの方も半角チルダを4つ(<code><nowiki>~~~~</nowiki></code>)で名前と投稿日時の署名が簡単にできます。今後の提案・議論・報告を追うことも容易になりますのでご協力願います。<small>(この署名のないコメントは、2012年8月7日 (火) 06:12‎(UTC)に[[利用者:Rikisekita]]が記述したものです)- --[[利用者:Chiba ryo|Chiba ryo]]([[利用者‐会話:Chiba ryo|会話]]) 2012年8月7日 (火) 07:08 (UTC)が付記。</small>
*''ノートページや会話ページに書き込むときには署名をお願いします。''署名することにより、いつ誰が何を言ったかが理解しやすくなります。IPユーザーの方も半角チルダを4つ(<code><nowiki>~~~~</nowiki></code>)で名前と投稿日時の署名が簡単にできます。今後の提案・議論・報告を追うことも容易になりますのでご協力願います。<small>(この署名のないコメントは、2012年8月7日 (火) 06:12‎(UTC)に[[利用者:Rikisekita]]が記述したものです)- --[[利用者:Chiba ryo|Chiba ryo]]([[利用者‐会話:Chiba ryo|会話]]) 2012年8月7日 (火) 07:08 (UTC)が付記。</small>


== 著作物について ==
== 経歴について ==
1.玉井正寿氏が産能大へ入職した時期は?[[利用者:Rikisekita|RIKiSekita]]([[利用者‐会話:Rikisekita|会話]]) 2012年8月9日 (木) 15:48 (UTC)
::1959年に愛媛県産業能率研究所退職とともに、産能大へ入職したと断定できるのか。


2.黄綬勲章受賞年度は?[[利用者:Rikisekita|RIKiSekita]]([[利用者‐会話:Rikisekita|会話]]) 2012年8月9日 (木) 15:48 (UTC)
# 次の書籍への玉井正寿の関わり方が不明確。

3.生まれた月日は確認できないか?[[利用者:Rikisekita|RIKiSekita]]([[利用者‐会話:Rikisekita|会話]]) 2012年8月9日 (木) 15:48 (UTC)

== 著作物について ==
1.次の書籍への玉井正寿の関わり方が不明確。
::「わたしのVE史 玉井正寿(産能大学教授)が開発した日本のVE-日本的ジョブプランや機能評価の考え方など」によると「玉井正寿 監訳」と記述されているが、インターネットでこの書籍の情報を調べてみると玉井正寿の名前が記されていないため確認が必要。[[利用者:Rikisekita|RIKiSekita]]([[利用者‐会話:Rikisekita|会話]]) 2012年8月8日 (水) 03:24 (UTC)
::「わたしのVE史 玉井正寿(産能大学教授)が開発した日本のVE-日本的ジョブプランや機能評価の考え方など」によると「玉井正寿 監訳」と記述されているが、インターネットでこの書籍の情報を調べてみると玉井正寿の名前が記されていないため確認が必要。[[利用者:Rikisekita|RIKiSekita]]([[利用者‐会話:Rikisekita|会話]]) 2012年8月8日 (水) 03:24 (UTC)
::*VEアプローチ-実例による分析の手順(アーサー E.マッジ著、中神芳夫 訳、山路陽三 訳、鈴木長生 訳、産業能率短期大学出版部 1974年)
::*VEアプローチ-実例による分析の手順(アーサー E.マッジ著、中神芳夫 訳、山路陽三 訳、鈴木長生 訳、産業能率短期大学出版部 1974年)


== VA/VE史について ==
== VA/VE史について ==
1.日本へのVA/VEの導入のきっかけについて

# 日本へのVA/VEの導入のきっかけについて
::1955,1956の日本生産性本部による原価管理調査団の派遣が日本へのVA/VEの導入につながったというのが定説である。しかし、1959の同調査団の派遣、および翌年(1960)のハインリッツの来日が日本での導入・普及につながったのではないかという見方もできるため、詳細を文献等により確認する必要がある。[[利用者:Rikisekita|RIKiSekita]]([[利用者‐会話:Rikisekita|会話]]) 2012年8月8日 (水) 03:28 (UTC)
::1955,1956の日本生産性本部による原価管理調査団の派遣が日本へのVA/VEの導入につながったというのが定説である。しかし、1959の同調査団の派遣、および翌年(1960)のハインリッツの来日が日本での導入・普及につながったのではないかという見方もできるため、詳細を文献等により確認する必要がある。[[利用者:Rikisekita|RIKiSekita]]([[利用者‐会話:Rikisekita|会話]]) 2012年8月8日 (水) 03:28 (UTC)

# 1974-77の3年間産能大からの視察団派遣のなかった理由は。[[利用者:Rikisekita|RIKiSekita]]([[利用者‐会話:Rikisekita|会話]]) 2012年8月9日 (木) 15:48 (UTC)
::産能大からの派遣はなかったが、玉井正寿氏は渡米していたという資料あり?

# FASTがツリー形式を取るようになったのはいつの時期か。[[利用者:Rikisekita|RIKiSekita]]([[利用者‐会話:Rikisekita|会話]]) 2012年8月9日 (木) 15:48 (UTC)
::機能系統図は、バイザウェイ、カウフマンにより完成されたFASTダイアグラムがベースになっているのか。
::FASTダイアグラムがツリー形式で記述されるようになったのは、バイザウェイ、カウフマンが玉井正寿の機能系統図にヒントを得たということはないか。

2012年8月9日 (木) 15:48時点における版

  • ノートページや会話ページに書き込むときには署名をお願いします。署名することにより、いつ誰が何を言ったかが理解しやすくなります。IPユーザーの方も半角チルダを4つ(~~~~)で名前と投稿日時の署名が簡単にできます。今後の提案・議論・報告を追うことも容易になりますのでご協力願います。(この署名のないコメントは、2012年8月7日 (火) 06:12‎(UTC)に利用者:Rikisekitaが記述したものです)- --Chiba ryo会話2012年8月7日 (火) 07:08 (UTC)が付記。[返信]

経歴について

1.玉井正寿氏が産能大へ入職した時期は?RIKiSekita会話2012年8月9日 (木) 15:48 (UTC)[返信]

1959年に愛媛県産業能率研究所退職とともに、産能大へ入職したと断定できるのか。

2.黄綬勲章受賞年度は?RIKiSekita会話2012年8月9日 (木) 15:48 (UTC)[返信]

3.生まれた月日は確認できないか?RIKiSekita会話2012年8月9日 (木) 15:48 (UTC)[返信]

著作物について

1.次の書籍への玉井正寿氏の関わり方が不明確。

「わたしのVE史 玉井正寿(産能大学教授)が開発した日本のVE-日本的ジョブプランや機能評価の考え方など」によると「玉井正寿 監訳」と記述されているが、インターネットでこの書籍の情報を調べてみると玉井正寿の名前が記されていないため確認が必要。RIKiSekita会話2012年8月8日 (水) 03:24 (UTC)[返信]
  • VEアプローチ-実例による分析の手順(アーサー E.マッジ著、中神芳夫 訳、山路陽三 訳、鈴木長生 訳、産業能率短期大学出版部 1974年)

VA/VE史について

1.日本へのVA/VEの導入のきっかけについて

1955,1956の日本生産性本部による原価管理調査団の派遣が日本へのVA/VEの導入につながったというのが定説である。しかし、1959の同調査団の派遣、および翌年(1960)のハインリッツの来日が日本での導入・普及につながったのではないかという見方もできるため、詳細を文献等により確認する必要がある。RIKiSekita会話2012年8月8日 (水) 03:28 (UTC)[返信]
  1. 1974-77の3年間産能大からの視察団派遣のなかった理由は。RIKiSekita会話2012年8月9日 (木) 15:48 (UTC)[返信]
産能大からの派遣はなかったが、玉井正寿氏は渡米していたという資料あり?
  1. FASTがツリー形式を取るようになったのはいつの時期か。RIKiSekita会話2012年8月9日 (木) 15:48 (UTC)[返信]
機能系統図は、バイザウェイ、カウフマンにより完成されたFASTダイアグラムがベースになっているのか。
FASTダイアグラムがツリー形式で記述されるようになったのは、バイザウェイ、カウフマンが玉井正寿の機能系統図にヒントを得たということはないか。
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