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飛行船

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
Airshipから転送)
ツェッペリンNT飛行船
USSロサンゼルス号
1924-1932年頃のニューヨーク市南マンハッタン上空

飛行船(ひこうせん、英語: airship)は、空気より比重の小さい気体をつめた気嚢によって機体を浮揚させ、これに推進用の動力や舵をとるための尾翼などを取り付けて操縦可能にした航空機(軽航空機)の一種である。

概要

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機体の大部分を占めるガス袋(気嚢)に水素もしくはヘリウムが充填されている。通常、ガス袋は空気抵抗を低減させるため細長い形状をしており、乗務員や旅客を乗せるゴンドラやエンジンおよびプロペラなどの推進装置が外部に取り付けられている。機体後部には尾翼があり、方向安定を得るとともに取り付けられた舵面を動かして船体の方向を変える。

飛行機に比べたらスピードでは劣るものの、客船よりは高速、離着陸に滑走が不要だというメリットがありかつては人間の大切な交通手段の一つであった。特に20世紀前半に約2.5日かけての大西洋横断運航をよく担っていた。世界一周を成し遂げ、日本茨城県霞ヶ浦航空隊基地(現・土浦市)に来航した機体(LZ 127「グラーフ・ツェッペリン」(ツェッペリン伯号))もあり、世界を熱狂させたこともある。軍事分野でも第一次世界大戦などで利用された。

1937年に発生したヒンデンブルク号爆発事故を契機に水素利用の飛行船の安全性が大問題になり、航空輸送、人間の交通手段の担い手としての役割を終えた。

現在では、大型飛行船は使われなくなり、広告宣伝用や大気圏の観測用等として、不燃性のヘリウムガスを利用した飛行船が小規模に使われている。現代で一般人が飛行船に乗ることはまずない。

呼称

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飛行船は英語では "Airship" (エアシップ)、ドイツ語では "Luftschiff" (ルフトシッフ)と言い、フランス語では  "Dirigible" (デリジャブル、ディリジャブル)という[1][2]。フランス語の "Dirigible" という単語は、もともとは「操縦できるもの」という意味である[3]。日本語ではもともと「飛行船」という言葉はなく、1909年(明治42年)頃には飛行船に相当するものは「飛行気球」あるいは「遊動気球」と呼ばれた[1]。1914年(大正3年)になると「航空船」という名称が用いられるようになり、大日本帝国海軍で航空船を運用する部隊は航空船隊と呼ばれた[1]。その後、1928年(昭和3年)に、航空母艦による「航空隊」の創設が決まり、同じ読み仮名となるのを避けるために航空船隊が飛行船隊に改称された[1]。これに伴い航空船は「飛行船」と呼ばれることとなった[1]

飛行原理

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飛行船は、周囲の大気より軽い浮揚ガスを用いて空中に浮揚する[4][5]。船体内の浮揚ガスの重さと、船体が押しのけた大気の重さの差から、重力を上回る浮揚力を得る[4][5]。この浮揚力は、いわゆるアルキメデスの原理による浮力であり、静的浮力(静的揚力ともいう)と呼ばれる[5]。静的浮力はエネルギーを消費することなく得られ、その大きさは、飛行船が飛行していても、空中に静止していても同じである[5]

飛行船に働く浮力は、静的浮力の他に、動的浮力(揚力)もある[6]。揚力は、物体の周りを流体が流れる時に発生する力であり、飛行機は翼に働く揚力によって飛行する[6]。飛行船においても、船体に迎え角をつけて飛行することで揚力を得る場合がある[6]

構造様式による分類

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飛行船の分類は、浮揚ガスを収めるガス袋を直接船体とする加圧式と、船体の中に別にガス袋を設ける非加圧式に分けられる[7]。飛行船は、構造様式によって軟式、半硬式、硬式に大別され、その他に全金属式や準硬式と呼ばれるものもある。

軟式飛行船

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軟式飛行船(以下、軟式船)は、船体がエンベロープと呼ばれるガス袋でできている[8][9]。エンベロープはガスが漏れないよう加工された膜材で構成され、その内部に浮揚ガスが充填される[10]。エンベロープの形状は内部のガス圧により保たれる[9]。初期の飛行船は気球から直接発展し、基本的に軟式であった[8][9]。21世紀初頭における飛行船は、ほとんどが軟式である[9]

重量やコストの面で有利であり、現代の飛行船はほとんどがこのタイプである。しかし、ガスの放出によって圧力が弱まると船体を維持できなくなる。突風などによって船体が変形するとコントロールを失ってしまう。また、一旦気嚢に穴が開くとガスの漏出が全体に影響するなどの欠点もある。また、船体の剛性が確保できなくなるため大型化に適しない。

半硬式飛行船

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半硬式飛行船(以下、半硬式船)は、エンベロープの下側に沿ってキール(竜骨)を取り付けたものである[9][11]。軟式船のエンベロープは、上側に張力、下側に圧縮力が作用し、船体が「へ」の字型に折れる傾向がある[11]。これを防ぐため、船舶と同様にエンベロープの下部にキールを設けることで船体形状を維持し、大型化を可能とした[9][11]

イタリアで開発された『ノルゲ号』や『イタリア号』などが半硬式船である[12]

半硬式の利点として、硬式よりも骨格が少なく軽量化できるにもかかわらず、硬式飛行船と同様に大型化が可能であること、硬式同様に枠組みにエンジン船室を取り付けられるので設計に柔軟性があり制約が少ないことがある。たとえばエンジンと船室を離れた場所に設置できるので、船室内の環境が快適である利点がある。

硬式飛行船

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硬式飛行船は、アルミ合金や複合材料といった軽量な部材により籠のように船体骨格を組み立てて、これにピアノ線などを張って補強を加え、船体に強度を持たせる[13]。骨格は肋材(フレーム)と縦通材で構成され、それを外皮で覆うことで船体形状を維持する[11][14]。船体内部のガス袋は、十数個に分割されている[11]

金属製の枠組みにより船体の重量が増加する欠点があるが、船体の強度が高くなるため大型化、高速飛行が可能。ツェッペリン号の最高速度は135km/h。

特にツェッペリン伯爵製作による一連の飛行船が有名であり、「ツェッペリン」は硬式飛行船の代名詞となった。しかし、船体が頑丈といっても強風や荒天に耐え切れるほどではなく、悪天候による「難破」事故も多発している。また航空機の進歩により大型飛行船の存在意義自体が消滅したため、21世紀現在では生産・運用はされていない。

全金属飛行船

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エンベロープを膜材でなく薄いジュラルミンの板で構成した飛行船は、全金属飛行船(以下、全金属船)またはメタルクラッド飛行船と呼ばれる[15]。アメリカ海軍が運用したZMC-2が全金属船である[11]

ZMC-2は1929年に初飛行し、1941年に運用を終了し解体された[16]

準硬式飛行船

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20世紀末に開発・初飛行したツェッペリンNTは、膜製のエンベロープを持ち、その内部に骨格を備える[17]。骨格はキールではなく、三角形のフレームと縦通材で構成される[18]。当初は準硬式の用語が無くツェッペリンNTを半硬式船と分類していたが、ツェッペリンNTの構造は従来の半硬式船とは異なることから、準硬式飛行船と呼ばれている[18][9][11][注 1]

歴史

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伊土戦争にてリビアを爆撃するイタリア王国陸軍航空隊(世界初の航空爆撃)
ツェッペリンの飛行船 (1900)

ヒンデンブルク号爆発事故

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ヒンデンブルク号爆発の瞬間

当時、ヘリウムはアメリカでしか生産されておらず、アメリカがナチス・ドイツへのヘリウムの供給を拒否したため、爆発の危険を冒しながらも水素ガスを利用していた。そのため、この事故は水素ガスによるものと推測され[注 2]、水素ガスを使用する飛行船の安全性に対する信用は失墜し、以後水素による飛行船が使われなくなる原因となった。

天然ガス運搬用飛行船

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1970年代に天然ガスを運搬するためにAerospace Developments (AD) によってハニカムサンドイッチによるセミモノコック構造の半硬式飛行船の計画が立案された[19]。この飛行船の計画は浮揚ガスとして空気よりも軽量の天然ガスと共に、少量のヘリウムを使用し、天然ガスを燃料とするエンジンからの廃熱で浮揚ガスを暖めて浮力を増やすという構想だった。第二次世界大戦前に建造された現時点において史上最大のLZ 129ヒンデンブルク号の全長は245mで浮揚ガスの体積は200000m3だったが、この構想された天然ガス運搬用飛行船は全長549mで浮揚ガスの体積は2750000m3という途轍もなく巨大な飛行船だった。天然ガスを運搬後はヘリウムガスで浮揚してガス田へ戻るという仕様だった[20][21]

この方法は政情不安定な国に天然ガスの液化施設を建設する地政学的なリスクを抑える点で有効であると考えられた。半硬式飛行船ではなく軟式飛行船を使用して天然ガスを運搬するという類似の概念は既に1920年代にR100飛行船の設計に携わったバーンズ・ウォリスによって考案されていたが大型の軟式飛行船という設計が災いして頓挫した。

計画は当時の技術水準では非実用的であるとして採用されなかったが、近年では類似の概念の飛行船の構想が複数提案される[22]

高高度プラットフォーム

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無人制御の飛行船の用途として、地上局・人工衛星と並ぶ第三の情報通信網としての「成層圏プラットフォーム」飛行船が注目されている。地上20キロメートルの成層圏に全長300メートル以上の大型無人飛行船を停留させ、無線通信の基地局として用いるというものである。基地局として必要な電力は飛行船上面に取り付けられた太陽電池でまかなうアイデアもある。地上局に比べ広範囲をカバーでき、人工衛星に比べ遅延時間が短く運用コストが低いという利点がある。

「成層圏プラットフォーム」実用化に向けた取り組みは世界各国でなされており、日本では政府による「ミレニアムプロジェクト」の一つとして、成層圏滞空飛行船を利用した通信・放送サービスが計画された。2004年には大規模に税金が投入され、北海道大樹町多目的航空公園で全長60メートルの実験機(ラジコンの軟式飛行船)の飛行試験が行われたが、資金難から中止された。

日本国内での飛行船を用いた広告

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飛行船を用いた富士フイルム広告
ニッセン「スマイル号」
メットライフアリコ「スヌーピーJ号」
アサヒビール「新スーパードライ号」

飛行船が登場する作品など

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小説
映画・ドラマ
アニメ・漫画
ゲーム

脚注

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注釈

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  1. ^ 例えば、ツェッペリンNTを運用していた日本飛行船の社長を務めた渡邊裕之は、同船は準硬式飛行船であると述べている[18]
  2. ^ ただし、現在では事故原因は水素ガスの使用ではないとされている。ヒンデンブルク号爆発事故の項目を参照。
  3. ^ その後日本支社は2012年に日本法人「メットライフアリコ生命保険株式会社」として独立、また同社も2014年に「メットライフ生命保険株式会社」(通称:メットライフ生命)に改名。

出典

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  1. ^ a b c d e 秋本 2007, p. 59.
  2. ^ 牧野 2010, p. 17.
  3. ^ 秋本 2007, p. 42.
  4. ^ a b Liao & Pasternak 2009, p. 83.
  5. ^ a b c d 牧野 2010, p. 180.
  6. ^ a b c 牧野 2010, pp. 181–182.
  7. ^ 牧野 2010, p. 140.
  8. ^ a b 牧野 2010, p. 8.
  9. ^ a b c d e f g 柴田 2003a, p. 31.
  10. ^ 牧野 2010, pp. 8–9.
  11. ^ a b c d e f g 牧野 2010, p. 9.
  12. ^ 牧野 2010, pp. 58–63.
  13. ^ 南 2003, p. 45.
  14. ^ 柴田 2003a, p. 33.
  15. ^ 牧野 2010, p. 10.
  16. ^ Keisel & Grosse Ile Historical Society 2011, p. 29.
  17. ^ 柴田 2003a, pp. 31–32.
  18. ^ a b c 渡邊 2010b, pp. 48–49.
  19. ^ C-01 Airships in the gas transportation trades”. 2017年3月14日閲覧。
  20. ^ WOOD, J.. The Shell natural gas airship, and other LTA activities by Aerospace Developments. Lighter Than Air Technology Conference. 
  21. ^ アメリカ合衆国特許第 3,972,492号
  22. ^ Concept: Natural Gas Delivery Via a NG-Powered Airship”. 2017年3月14日閲覧。
  23. ^ ピーナッツ関連情報|SNOOPY.co.jp :スヌーピー公式サイト
  24. ^ スヌーピーが大活躍 |MetLife Alico
  25. ^ [1]
  26. ^ 最近、飛行船を見ましたか?(Excite Bit コネタ) - エキサイトニュース
  27. ^ https://flyteam.jp/news/article/136292 飛行船、5年ぶり国内各地を飛行 「新スーパードライ号」関東・北海道にも登場

参考文献

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  • 秋本実『日本飛行船物語 : 航空界の特異な航跡を辿る』光人社〈光人社NF文庫〉、2007年。ISBN 978-4769825265 
  • 天沼春樹『夢みる飛行船 : イカロスからツェッペリンまで』時事通信社、2000年。ISBN 978-4788700741 
  • 柴田眞「特集 飛行船技術と成層圏プラットフォーム(前編)飛行船の誕生から成層圏飛行船まで」『航空技術』第583号、日本航空技術協会、30–34頁、2003a。ISSN 0023284X 
  • 柴田眞「特集 飛行船技術と成層圏プラットフォーム(中編)飛行船の原理と成層圏」『航空技術』第584号、日本航空技術協会、31–36頁、2003b。ISSN 0023284X 
  • 柴田眞「特集 飛行船技術と成層圏プラットフォーム(後編)」『航空技術』第585号、日本航空技術協会、40–45頁、2003c。ISSN 0023284X 
  • 柘植久慶『ツェッペリン飛行船』、中央公論社、1998年、ISBN 4-12-002744-9
  • ヘニング・ボエティウス『ヒンデンブルク炎上』(フィクション)天沼春樹 訳、新潮社、2004年、ISBN 4-10-215021-8
  • マイケル・マクドナルド『悲劇の飛行船 ヒンデンブルク号の最後』平凡社、1973年
  • 牧野光雄『飛行船の歴史と技術』308号、交通研究協会, 成山堂書店 (発売)〈交通ブックス〉、2010年。ISBN 978-4425777716 
  • 南宏和『膜利用構造物の未来 : 飛行船・巨大膜ドームからあらゆる構造物へ』日刊工業新聞社、2003年。 
  • 渡邊裕之「世界における飛行船の現状と将来性(1)」『航空技術』第659号、日本航空技術協会、42-48頁、2010a。ISSN 0023284X 
  • 渡邊裕之「世界における飛行船の現状と将来性(2)」『航空技術』第660号、日本航空技術協会、46-52頁、2010b。ISSN 0023284X 
  • 渡邊裕之「世界における飛行船の現状と将来性(3)」『航空技術』第661号、日本航空技術協会、46-50頁、2010c。ISSN 0023284X 
  • 渡邊裕之「世界における飛行船の現状と将来性(4)」『航空技術』第662号、日本航空技術協会、57-61頁、2010d。ISSN 0023284X 
  • Keisel, Kenneth M.; Grosse Ile Historical Society (2011). US Naval Air Station Grosse Ile. Images of America. Arcadia Pub.. ISBN 9780738588520. LCCN 2011-933882. https://books.google.co.jp/books?id=HcLwZXHZua4C 
  • Liao, Lin; Pasternak, Igor (2009), “A review of airship structural research and development”, Progress in Aerospace Sciences 45 (4–5): 83–96, doi:10.1016/j.paerosci.2009.03.001, ISSN 0376-0421 

関連項目

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外部リンク

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