72式魚雷
72式魚雷 | |
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海上自衛隊呉史料館の展示品 | |
種類 | 長魚雷(HWT) |
原開発国 | 日本 |
運用史 | |
配備期間 | 1972年-1994年 |
配備先 | 海上自衛隊 |
開発史 | |
開発者 | 技術研究本部 |
開発期間 | 1965年-1971年[1] |
諸元 | |
全長 | 6,250ミリメートル (20.51 ft)[2] |
直径 | 533ミリメートル (1.749 ft)[2] |
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射程 |
20,000メートル (11 nmi) (45kt時)[2] 10,000メートル (5.4 nmi) (65kt時)[2] |
炸薬量 | 300キログラム (660 lb)[2] |
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エンジン |
レシプロエンジン[1] (アルコール燃料+過酸化水素酸化剤)[2] |
誘導方式 | 無誘導 |
72式魚雷(ななにしきぎょらい)は海上自衛隊が運用していた長魚雷[1]。魚雷艇及び潜水艦に対浮上航行潜水艦・対水上艦向け兵装として搭載されていた[1][2][3][4]。非誘導魚雷であり、1972年(昭和47年)に制式採用され、1994年(平成6年)に運用が終了した。開発・製造は三菱重工業[1]。開発中の名称はG-5B[1]。
概要
[編集]海上自衛隊では、創設間もない1954年(昭和29年)より、旧海軍の酸素魚雷の技術を基に、新型魚雷の開発に着手した。この新型魚雷はG-5と呼称され[4]、昭和39年度まで研究が続けられたが、実用化には至らなかった[1]。なお、このとき並行して開発されたホーミング誘導式の電気式魚雷が試製54式魚雷(G-1~4B)であった[5]。
その後、昭和40年度より、駛走距離の延伸を目的として、新型機関を搭載したG-5Bの開発が開始された[1]。技術的な不確定要素が大きいことから、研究試作によって開発に着手し、昭和42年度に基本要目が策定された[6]。
当初は、燃料にアルコール、酸化剤に硝酸を用いるレシプロエンジンで開発が進められたが、硝酸の取り扱い辛さや排出気体の問題が生じた[1]。その後、過酸化水素の取扱に関する情報が入手できたこともあって、酸化剤はこちらに変更された[6]。これにより排気も水蒸気・二酸化炭素となったため、航跡も無くすことができた[1][2]。
昭和47年度に72式魚雷I型として制式化され、海上自衛隊の魚雷艇と潜水艦に搭載された[1][2]。1980年代になると、潜水艦は、これに代わりハープーン対艦ミサイルを装備するようになり[1][3]、魚雷艇も最後の15号魚雷艇が1994年(平成6年)に退役したことから、72式魚雷も運用が終了し、順次廃棄された[2]。
搭載艦艇
[編集]出典
[編集]- ^ a b c d e f g h i j k l 「水雷兵器」『丸スペシャル No.76』潮書房、1983年、42頁。
- ^ a b c d e f g h i j 72式魚雷I型展示のご案内(佐世保史料館)
- ^ a b c d 「海上自衛隊潜水艦史」『世界の艦船』、海人社、2006年10月、132頁、NAID 40007466930。
- ^ a b Norman Friedman (1989). The Naval Institute guide to world naval weapons systems. Naval Institute Press. p. 420
- ^ 香田洋二「国産護衛艦建造の歩み(第5回) 第1次防衛力整備計画以前 昭和29-32年度」『世界の艦船』第778号、海人社、2013年5月、146-153頁、NAID 40019640953。
- ^ a b 防衛庁技術研究本部創立25周年記念行事企画委員会 編『防衛庁技術研究本部二十五年史』技術研究本部、1978年、101-102頁。 NCID BN01573744。
- ^ 「水雷兵器」『丸スペシャル No.76』潮書房、1983年、31頁。