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黒田一義

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
黒田稔から転送)

黒田 一義(くろだ かずよし、1860年8月25日(万延元年7月9日[1]) - 1918年大正7年)[2]11月15日[1])は、旧福岡藩大老三奈木黒田家13代当主明治に至り男爵となった。

経歴

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藩祖黒田孝高の養子、黒田一成を家祖とする。代々1万6000石を食み、福岡藩の国老を務める[3]

11代当主黒田一美の長男で義兄の12代当主一雄黒田一葦二男)の跡を明治12年(1879年)に継いだ[1]。先々代一葦の維新の際の功により、明治33年に特旨をもって華族に列し男爵を授けられる[3]

旧地に残る別邸の「旧三奈木黒田家庭園」は、福岡県朝倉市指定文化財(名勝)に指定された。

家族

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  • 祖父・黒田一葦 - 父一美の妻、千代子の父。筑前三奈木黒田家10代当主
  • 父・黒田一美(1830-1897) - 黒田曙園の長男[2][4]。一葦の甥[5]。三奈木黒田家11代当主 
  • 義兄・黒田一雄(1844-1912) - 一葦の二男。一美の養子[4]。三奈木黒田家12代当主。前妻ハルは黒田静意の娘、後妻タマは黒田曙園の娘。35歳で一義に家督を譲る。[2]
  • 母・イサ(1834年生) - 福岡県士族・野村隼人長女[4]
  • 妻・タキ(1864年生) - 加藤静也の娘。[2]
  • 長男・黒田義夫(一弘、1890-1922) -三奈木黒田家14代当主 [2]
  • 二男・黒田稔(1895-1939) - 男爵、旧福岡藩国老。三奈木黒田家15代当主。東京帝国大学法学部政治科卒業後、横浜正金銀行員。岳父に松本健次郎[2]
  • 孫・黒田一夫(1925-1973) - 稔の長男。男爵、旧福岡藩国老。三奈木黒田家16代当主。妹に喜代子、弟に黒田美治あり[6]

栄典

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脚注

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  1. ^ a b c 『平成新修旧華族家系大成』上巻、568頁。
  2. ^ a b c d e f 『現代華族譜要』日本史籍協会、1929年。
  3. ^ a b 黒田稔『人事興信録』第8版 [昭和3(1928)年7月]
  4. ^ a b c 黑田一義『人事興信録』初版 [明治36(1903)年4月
  5. ^ 旧三奈木黒田家庭園朝倉市
  6. ^ 『人事興信録』第13版(昭和16年) 上、黒田一夫
  7. ^ 『官報』号外「授爵叙任及辞令」1900年5月9日。

参考文献

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外部リンク

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日本の爵位
先代
叙爵
男爵
(三奈木)黒田家初代
1900年 - 1918年
次代
黒田一弘