高松茶臼山古墳
高松茶臼山古墳 | |
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墳丘(左に前方部、右奥に後円部) | |
所在地 | 香川県高松市前田西町・新田町・東山崎町 |
位置 | 北緯34度18分30.10秒 東経134度6分15.52秒 / 北緯34.3083611度 東経134.1043111度座標: 北緯34度18分30.10秒 東経134度6分15.52秒 / 北緯34.3083611度 東経134.1043111度 |
形状 | 前方後円墳 |
規模 |
墳丘長75m(または66m) 高さ2.4m(後円部) |
埋葬施設 | 竪穴式石室2基 |
出土品 | 鍬形石など副葬品多数・埴輪 |
築造時期 | 4世紀末 |
史跡 | 香川県指定史跡「高松市茶臼山古墳」 |
地図 |
高松茶臼山古墳(たかまつちゃうすやまこふん)は、香川県高松市前田西町・新田町・東山崎町にある古墳。形状は前方後円墳。香川県指定史跡に指定されている(指定名称は「高松市茶臼山古墳」)。
概要
[編集]香川県中部、高松平野東部の、久米山から東に延びる東茶臼山丘陵上に築造された古墳である[1]。1969年(昭和44年)に発掘調査が実施されている[2]。
墳形は前方後円形で、前方部を北東方向に向ける。墳丘は地山整形の上に盛土で構築されており[2]、墳丘長は75メートル[1][2][3](または66メートル[4])を測る。墳丘外表では葺石のほか埴輪(壺形埴輪か)が認められる[2]。埋葬施設は後円部墳頂における竪穴式石室2基で、いずれも石室主軸を東西方向とする。発掘調査では、両石室から鍬形石を始めとする副葬品が検出されている。
この高松茶臼山古墳は、古墳時代前期の4世紀末葉頃の築造と推定される[2]。前方後円墳・長大な竪穴式石室・割竹形木棺の使用(推定)・鍬形石の出土の点で畿内的様相の強い古墳であり[2]、高松平野西部における在地色の強い積石塚古墳群である石清尾山古墳群との間で、高松平野における政治的状況および畿内ヤマト王権との関係性を考察するうえで重要視される古墳になる[1][3]。
古墳域は1970年(昭和45年)に香川県指定史跡に指定されている[3]。
遺跡歴
[編集]墳丘
[編集]墳丘の規模は次の通り[2]。
- 墳丘長:75メートル(または66メートル[4])
- 後円部
- 直径:35メートル
- 高さ:2.4メートル
- 前方部
- 幅:26メートル
- 高さ:1.8メートル
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前方部から後円部を望む
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後円部から前方部を望む
埋葬施設
[編集]埋葬施設としては後円部墳頂において2基の竪穴式石室が構築されている。いずれも石室主軸を東西方向とする。それぞれの詳細は次の通り。
- 1号石室(第1主体部:南石室)
- 2号石室(第2主体部:北石室)
多くの点で畿内色の強い高松茶臼山古墳であるが、石室主軸を東西方向とする点では在地色を示す[3]。
そのほか、前方部で組合式箱形石棺2基、前方部端部裾で組合式箱形石棺2基・土壙墓2基が認められている[2]。
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1号石室内部
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2号石室内部
出土品
[編集]発掘調査で石室内から検出された副葬品は次の通り[2]。
- 1号石室
- 画文帯同行式神獣鏡 1 - 舶載鏡(中国製鏡)。
- 碧玉製鍬形石 2 - 人骨2体の間。朱が塗られる。
- 管玉
- 勾玉
- ガラス製小玉
- 大刀 1
- 鉄剣 5
- 鉄鏃 1
- 土師器壺 2
- 2号石室
- 鉄鏃 2
- 鏃形大型鉄器 2
- 鉄剣 1
- 鉄斧 1
- 鉇 1
- 小玉 2
鍬形石の出土は、香川県内では唯一の例になる[3]。
なお、前方部の埋葬施設からは副葬品は検出されていない[2]。
文化財
[編集]香川県指定文化財
[編集]- 史跡
- 高松市茶臼山古墳 - 1970年(昭和45年)8月8日指定[3]。
脚注
[編集]参考文献
[編集](記事執筆に使用した文献)
- 史跡説明板(高松市教育委員会設置)
- 「茶臼山古墳」『日本歴史地名大系 38 香川県の地名』平凡社、1989年。ISBN 4582490387。
- 三宅良明「茶臼山古墳」『日本古墳大辞典』東京堂出版、1989年。ISBN 4490102607。
関連文献
[編集](記事執筆に使用していない関連文献)
- 『高松市の文化財 -まもるまなぶつたえる-』高松市教育委員会、2011年。
- 香川県埋蔵文化財センター 編『高松市茶臼山古墳』香川県教育委員会、2014年。
関連項目
[編集]- 久本古墳・山下古墳 - 高松茶臼山古墳の北に所在する後期古墳。久本古墳は高松市指定史跡。
外部リンク
[編集]- 高松市茶臼山古墳 - 高松市ホームページ