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互恵的利他主義

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
間接互恵性から転送)

互恵的利他主義(ごけいてきりたしゅぎ)とは、あとで見返りがあると期待されるために、ある個体が他の個体の利益になる行為を即座の見返り無しでとる利他的行動の一種である。生物は個体レベルで他の個体を助けたり、助けられたりする行動がしばしば観察される。関係する個体間に深い血縁関係があれば血縁選択説による説明が可能だが、血縁関係がない場合(たとえば大型魚とソウジウオのホンソメワケベラ)にはこのメカニズムの存在が予測できる。

概要

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互恵的利他行動は無条件ではない。まず協力することで余剰の利益を見込めなければならない。そのためには受益者の利益が行為者のコストよりも大きくなければならない。次に立場が逆転した場合に先の受益者が返礼しなければならない。そうしなければ通常、最初の行為者は次回からその相手への利他的行動を取りやめる。

互恵主義者が非互恵主義者による搾取を避けるために、互恵主義者は「いかさま師」を特定し、記憶し、罰するメカニズムがなければならない。最初は利他的に振る舞うが、相手も利他主義者でない場合には援助を取り下げるこの戦略はゲーム理論しっぺ返し戦略と酷似している。

おそらく互恵的利他主義のもっとも良い例であるのは、チスイコウモリの血液のやりとりである。チスイコウモリは集団で洞穴などに住み、夜間にほ乳類などの血を吸う。しかし20%程度の個体は全く血を吸うことができずに夜明けを迎える。これは彼らにとってしばしば致命的な状況をもたらす。この場合、血を十分に吸った個体は飢えた仲間に血を分け与える。それによって受益者の利益(延長される餓死までの時間)は失われる行為者の利益(縮小される餓死までの時間)を上回る。また返礼をしない個体は仲間からの援助を失い、群れから追い出される。

ロバート・トリヴァースの理論

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1970年代初期の生物学への一連の草分け的な貢献において、ロバート・トリヴァースは互恵的利他主義、親の投資親子の対立の理論を提示した。トリヴァースは、互恵的利他主義の特徴として次の3つをあげている。

  • やりとりされる行為が、受け手には利益になるが、実行者には犠牲を伴う。
  • 代償と見返りの間にタイムラグがある。
  • 見返りを条件に犠牲を払う

またロバート・アクセルロッドは、コンピュータシミュレーションにより、相手が協力した場合は自分も協力し、相手が裏切った場合は自分も裏切るというしっぺ返し戦略が、進化において有効な戦略であることを示唆した[1]

トリヴァースは互恵的利他主義を提案した論文『互恵的利他主義の進化』で次のように述べた。「このモデルによって、互恵的利他主義を統制する精神的なメカニズムの詳細を明らかにすることができる」。多くの動物学者はこれを動物や時には植物など他の生物にも適用したが、彼は明確に人間の心理に適用することを念頭に置いていた。

統制システム

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互恵的利他主義の機能のために、自然選択はそれぞれの個体の複雑な心的システムをひいきする。そこには他者へ恩恵を施す傾向、ズルをして搾取する傾向、恩恵に返礼し、ズルに報復する傾向が含まれる。以下のような心的メカニズムは互恵的利他主義をうみだし維持する直接要因となる。

  • 感情:他者を好む傾向、友情、好感の持てる知人に対する利他的行動の動機付けとなる。
  • 道徳的攻撃性:「いかさま師」は互恵主義者のこのようなポジティブな感情を利用するため、いかさま師を見つけ排除するシステムは自然選択によって対抗適応として選択されやすい。利他主義者は違反者に献身的な行為を続けるのではなくて、違反者の態度を変えさせようとする。このメカニズムは非互恵的個体を教育したり、極端なケースでは隔離したり、傷付けたり、追放する。
  • 感謝と同情:感謝は利他行為への返報を動機づける。同時にコスト/利益比への敏感さも統制するだろう。同情は受益者の状態に応じて、行為者の利他的行為の動機付けとなる。
  • 罪の意識:いかさまを発見されれば友好的な関係は終わり、違反者にとっては大きなコストとなる。したがって選択圧は違反者に不正行為の償いをし、それを繰り返さないと他の個体に納得させるような心的メカニズムを形成するよう働く。罪の意識は違反の埋め合わせと将来の互恵関係の再開の動機付けとなる。落ち込みのような特定の精神的メカニズムは誠実さや和解を強化し、促すメカニズムと見なせるかも知れない。
  • 微妙な不正行為:利他主義者の振りをすることで、人は他者の自分への態度へ影響を与えられるかも知れない。微妙な不正行為は共感を得るために見せかけの道徳的攻撃性、見せかけの罪の意識、見せかけの同情を必要とするかも知れない。安定した進化的平衡はわずかな割合の違反者を許容する。微妙な不正はいかなる互恵的な集団に置いても存在しうる。精神病質の適応性はこれによって説明可能かも知れない。
  • 信用:選択は道徳的攻撃性を感知する能力を支持する。感情的な基盤(寛容さや罪の意識)無しで利他的行為を行う人々はたとえ利他主義的であっても将来的には信頼できないかも知れない。
  • 協力:利他行為は(感謝の感情がある他の個体に)友好的な感情を引き起こす。それは相互関係のきっかけとなる。「あなたがして欲しいことを他人にし、他人からして欲しいことをして貰う」という戦略は従って選択的な有利さをもたらす。赤の他人や敵への親切は新たな友好関係を引き起こすかも知れない。
  • 多党的な相互関係:人間が小さな固く結びついた集団で生きている状況では、人は他の人々から利他主義やいかさまを学ぶことができる。人々は不正行為を強制したり、交換関係を築くためにルールへの同意に基づいて共に行動するかも知れない。
  • 発達的可塑性:生態的、社会的は時間や場所によって幅広く変化する。利他主義といかさま形質の発達的可塑性は利点をもたらす。単純な心的システムは互恵的利他主義者である必要条件を満たすことができない。発達的可塑性は特に親族から、適切な反応を学ぶことができる。例えば罪の意識に関する教育は他者の小さな不正を許したり、より重大な結果に結びつく過ちを思いとどまらせることができる。

間接互恵性

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トリヴァースによって提案された互恵主義は長期的なつきあいがある二個体間で行われる物であった。しかし人間の場合は直接関係のない相手にも協力的な行動を示す。数理生物学マーティン・ノヴァク数学者カール・シグムンドが、間接互恵性により利他行動が進化しうることをコンピュータシミュレーションで示唆した[2]

間接互恵性とは社会的な評判を通して間接的に行われる互恵関係である。自分が直接利害関係にない相手であっても親切に振る舞えば、気前の良い利他主義者であるという評判が高まり、他の構成員が利他的行動を示してくれやすくなるかも知れない。このような評判システムのもとで、見ず知らずの相手への利他的行動は進化したのだと考えられる。

脚注

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  1. ^ Axelrod, Robert (1984). The Evolution of Cooperation. Basic Books. ISBN 0-465-02121-2 
  2. ^ Nowak, M. A.; Sigmund, K. (1998). “Evolution of indirect reciprocity by image scoring”. Nature 393 (6685): 573–7. doi:10.1038/31225. PMID 9634232. 

関連文献

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  • Robert Axelrod, The Evolution of Cooperation, 1985, ISBN 0465021212(邦訳 R.アクセルロッド、『つき合い方の科学』、1998年、ISBN 4623029239)-基礎的な文献
  • Dawkins, Richard, The Selfish Gene (1990),第二版以降には協力に関する二つの章がある, ISBN 0-19-286092-5
  • Kropotkin, Peter (1902). Mutual Aid: A Factor of Evolution.
  • Trivers, R.L. (1971). The evolution of reciprocal altruism. Quarterly Review of Biology. 46: 35-57.
  • Trivers, R.L. (1972). Parental investment and sexual selection. In B. Campbell (Ed.), Sexual selection and the descent of man, 1871-1971 (pp. 136-179). Chicago, IL: Aldine.
  • Trivers, R.L. (1974). Parent-offspring conflict. American Zoologist. 14: 249-264.
  • Todes, D. P. (1989). Darwin Without Malthus: The Struggle for Existence in Russian Evolutionary Thought.(邦訳 D. P. トーデス、『ロシアの博物学者たち;ダーウィン進化論と相互扶助論』垂水雄二訳、工作舎 1992 ISBN 4-87502-205-0)
  • Martin Nowak (2006). Five rules for the evolution of cooperation. Science 314: 1560-1563.[1]

関連項目

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