航空戦術
航空戦術(こうくうせんじゅつ、英:Air tactics)とは、作戦・戦闘において航空戦力を運用する戦術。
概要
[編集]航空戦略的に空軍力の優位は偏在性、行動距離、移動速度、突破力、打撃力、運用の柔軟性などが挙げられる。特に空中という空間を活用することにより地理的な制約を受けない作戦行動が可能であることは最大の特徴でもある。航空戦術とはこの空軍力を戦術的に運用する戦術である。その作戦領域は空中であり、これは気象地象が影響している三次元の立体空間であるが、その戦術は気象、航空力学の原理、さらに航空機の性能・兵装によって規定される。
基礎概念
[編集]陣形
[編集]航空戦術において使用される諸々の航空機の各種隊形はさまざまな戦闘状況における編隊飛行を目的としている。最も基本的なものは基本隊形であり、進出・帰投で多用する。これは水平直線飛行時の僚機位置は隊長機の37度の方向に対して翼端間隔6フィート、ややスタック・タウンした位置を占位する。単に航行する場合には基本隊形から約2機分間隔を開いた航空隊形を使用する。航空作戦の実施では基本隊形よりも機動性が求められる状況ならば一定間隔で正面に対し縦隊に展開する縦隊隊形を、また視界が求められる状況ならば索敵・防御を目的とした疎隔隊形に転換する。機動隊形は戦闘機動、索敵または相互支援を目的とした隊形であり、戦闘隊形に移行すれば戦闘機動などの長期間の最大性能が容易に発揮できる隊形である。気象状況によって雲量が多い場合には基本隊形から間隔をつめるならば密集隊形を、ビール・オフや編隊の解散、着陸などを行う際の隊形は梯形隊形で行動する。空中戦など特定の状況ではこのような隊形を解いた上で各機の判断で戦闘行動を行う。
攻撃
[編集]航空攻撃(空襲、Air attack)とは航空戦力による攻撃的な戦闘行動である。防御行動の一部と密接に関連しており、完全に区別できるものではない。
攻勢対航空(Offensive Counterair, OCA)は敵戦力の撃滅、戦闘力の軽減を目的とした敵の航空戦力に対する攻撃である。攻勢対航空にはまず敵の地上部隊や兵站に対する地上攻撃がある。空対地の航空攻撃によって敵の退路、指揮通信施設、野外集積所などを破壊する。さらに航空優勢を獲得するために航空撃滅(戦闘機掃討 Fighter Sweep)があり、これは後述するように敵の戦闘機を排除することによって達成される。また護衛(Escort)という行動もあるが、これは爆撃機などの空対空の戦闘力をあまり持たない航空戦力を空対空の戦闘力が高い戦闘機などによって援護することである。
ただし近年は機能の統合化によって、戦闘爆撃機(戦闘攻撃機)など攻撃機・戦闘機の機能を兼ね備えた航空機が登場したために自己護衛(Self-Escort)もある。そして敵の地上施設に設置されたさまざまな防空施設を破壊・弱体化・無力化させる敵防空の制圧(Suppression of Enemy Air Defense, SEAD)は特に典型的な航空攻撃である。
防御
[編集]航空防御(防空 Air defense)とは航空戦力に防御的な戦闘行動である。防勢対航空(DCA)は積極的な手段を含めた友軍または利益を敵の航空戦力から守るための防御であり、拠点の防空は典型的な防勢対航空作戦に当たる。積極的防空は反応的に友軍や利益を敵の航空攻撃または空挺攻撃の効率性を妨害するために戦闘機による空中戦闘などであり、消極的防空は積極的防空以外のすべての手段をさすものであり、敵の攻撃の効率性を最小限にとどめるための偽装などである。防勢対航空は事前の諜報と周密な準備が必要である。
航空戦技
[編集]航空戦技とは戦闘単位である個別の航空機の操縦者が持つ戦闘技術であるが、航空戦においてはこの航空戦技は陸海上作戦と比べてより大きな意味を持っていることが第一次世界大戦の教訓からわかっている。つまり空中戦の勝敗を左右する要素に操縦士の錬度が非常に重要な位置を占めており、この錬度の確保は戦術的な必要性がある。
ベトナム戦争において一時期、アメリカ空軍・アメリカ海軍は訓練不足により操縦士の錬度が低下した結果ベトナムでの航空優勢を失ったためにトップガンなどの教育プログラムを実施して熟練度を回復させ、航空優勢を確保した事例などがこれを示している。またこの錬度は操縦士だけでなく一般的な戦闘力にも言えることである。
航空戦技の制約において敵機を攻撃するのに最適な相対位置を占位するために連続的に運動と対抗運動を繰り返して相対位置とエネルギー状態を転換し、敵の意表を突いて攻撃することが空中戦では求められる。航空戦においてはある運動には必ず対抗する運動があり、この運動によって戦闘の主導権が争奪されるため、正確かつ適時の奇襲的な運動が勝敗を左右する。
航空撃滅
[編集]作戦領域の航空優勢を獲得することは、陸海軍部隊との統合作戦を行うためにも必要である。航空優勢を獲得するためには敵の航空戦力を地上と空中で撃滅する航空撃滅が必要であり、これは航空撃滅戦とも称される。この要領としてはまず戦闘機と爆撃機を以って飛行場など敵航空戦力の基地を攻撃する。空中の敵は戦闘機で撃墜し、地上の敵機と施設は主に爆撃機によって破壊する。この際には可能な限り圧倒的な戦力で迅速かつ徹底した攻撃を行い、短時間にその戦闘目的を達成することが最上である。敵の航空戦力を撃滅することによって対抗勢力がなくなり、航空優勢を確保することができる。ただし敵が広範囲に配置している場合や敵の航空機の生産能力が高い場合は長期間にわたって優勢が確保できない。したがって航空撃滅は敵情の調査に基づいて反復しないと航空優勢が維持できない。
太平洋戦争において日本陸海軍の航空部隊は、南方作戦においてイギリス・アメリカ・オランダなどの連合軍航空戦力に対して航空撃滅戦を行い、短期間で航空優勢を確保し陸海軍部隊の作戦遂行に貢献した。特に蘭印作戦における陸軍のパレンバン空挺作戦では、パレンバン飛行場・製油所・油田に対し空中挺進する第1挺進団のため、空挺作戦発動前より飛行第64戦隊の一式戦闘機「隼」を主力としたパレンバン航空撃滅戦が行われ、南方作戦における最重要戦略目標たる油田地帯の攻略に寄与した。
また六日戦争においてイスラエルは航空戦力によって開戦とほぼ同時にエジプトの航空戦力を撃滅し、さらに基地の滑走路を破壊したことにより残存する航空戦力をも無力化した。また防空監視網の詳細を調査した上で超低空侵攻を行い、エジプトの各基地の奇襲に成功した。
防空
[編集]防空とは特定空域における航空優勢を維持するための戦闘行動であり、基地防衛、都市防衛のために行われる。作戦領域の航空優勢を保持することは航空戦力の自由な運用のためだけではなく、その領域における陸上・海上戦力の作戦行動のために不可欠である。防空では早期警戒、敵の航空攻撃に対しては迎撃機による要撃、地上からの対空攻撃、電子戦、各種基地防衛が行われる。
戦略攻撃
[編集]戦略攻撃(Strategic attack)とは戦略的な価値を持つ敵の拠点、たとえば指揮統制の機能が集中する司令部、大規模な兵器生産施設が位置する軍需工場地帯、敵国の政経中枢である主要都市、などに対する攻撃である。ただしその他の戦略的な重要性を有する対象に対する攻撃をも含まれる。戦略攻撃は攻撃目標によって一点に対して行うピンポイント攻撃と一面に対して行う戦略爆撃のようにその様式は区別される。
地上航空支援
[編集]地上作戦の近接航空支援は航空戦力の主要な役割である。大規模な攻勢作戦や局地的な対ゲリラ作戦には航空支援の存在が欠かせない。この重要な任務には、航空撃滅による航空優勢の確保、敵情の航空偵察、敵の地上目標の破壊、敵の後方支援の破壊、味方の運動・機動・突撃・追撃・退却の援護、友軍砲兵の弾着観測、地上戦力の空輸、地上部隊への補給、連絡員や負傷者の輸送などが挙げられる。
第二次世界大戦でドイツがポーランドやノルウェーに対する電撃戦を成功させた大きな要因に航空優勢の獲得とこれを活用した航空戦力による地上部隊の航空支援を実施したことにある。
朝鮮戦争においてもアメリカは在日戦力と本土からの増援によって航空優勢を獲得し、この航空優勢により国連軍地上部隊は航空支援を受けながら北進することができた。
海上航空支援
[編集]海上戦力と航空戦力は海軍部隊として組織されており、海上作戦にとっても航空支援は欠かせない。海上航空支援で主なものは航空撃滅による航空優勢の確保、敵情偵察、捜索、哨戒、対潜戦闘、対艦戦闘などがある。
航空母艦との連携によって陸地基地以外でも活動が可能となり、航空戦力は海軍部隊の戦略攻撃や上陸部隊の援護などを行うだけでなく、ヘリコプターや対潜艦艇と連携して対潜戦闘を実施することも可能となっている。
空中挺進
[編集]空中挺進(空挺)とは落下傘、輸送機、滑空機、ヘリコプターなどによって空中から挺進し、戦闘に加入する作戦行動である。
重要地点の奇襲占領、上陸・渡河の援護、敵の後方かく乱などを目的として行われる。空中挺進は技術的に大部隊を加入させることはできないために補助的な作戦行動である。従って空挺部隊と主力の連携によって成果を得られる。空挺作戦の実施のためには降下座標とその空域の航空優勢が必要となる。降下後にも航空輸送などによる航空支援が継続的に必要となる。空中挺進は戦略的な大機動を行うことが可能であるものの降下時には惰弱であるために大きな損害が出ることを考慮しなければならない。特に降下した地形の制約、根拠地や通常の陸上作戦で得られるさまざまな支援が不足する。特に空輸が難しい火砲や戦車は敵情によって決定的に不足する。
空挺作戦のためには大量の輸送機を運用しなければならず、そのために民間の航空機を転用したことも歴史上に見られる。1944年のノルマンディー上陸作戦では連合軍は3個空挺師団を投入し、上陸部隊の援護を行った。また1945年に連合軍はランの渡河作戦を援護するためにおおよそ1万7千の空挺員、600両の車両、280門の火砲が空挺作戦に投入され、成功を収めた。
関連項目
[編集]参考文献
[編集]- 防衛大学校・防衛学研究会編『軍事学入門』(かや書房、2000年)
- 石津朋之、ウィリアムソン・マーレー編『21世紀のエア・パワー 日本の安全保障を考える』(芙蓉書房出版、2006年)
- ビル・ガンストン、マイク・スピック著、江畑謙介訳『図解 現代の航空戦』(原書房、1995年
- フランク・B・ギブニー編『ブリタニカ国際百科事典 1 - 20』(ティービーエス・ブリタニカ、1972年)
- 土子猛『日本海軍航空史(1)用兵編』(時事通信社、昭和44年)
- United States of Air Force, Air Force Doctrine Documents 2-1, Air Warfare, November 1999.