経済安全保障
経済安全保障(けいざい あんぜんほしょう、英: Economic security)、または経済セキュリティ(けいざい セキュリティ)とは[1]、国家が、自国の経済活動や国民生活に対する脅威を取り除き、一国の経済体制や社会生活の安定を維持するために、エネルギー・資源・食料などの安定供給を確保するための措置を講じることである[2]。
一国の経済システムが安全に活動できる条件として、国民全体の生存に必要な最低限の生活必需品の生産量、輸出入量の規模およびそれを保障する条件、ある特定時点の生活水準の維持に必要な輸出入量の条件など、各種の水準が設けられている[1]。
政治と国際関係の文脈において、経済安全保障は、国民国家が自らの選択した政策に従って、国民経済を望ましい形で発展させることができる能力のことを指す。歴史的に、民族の征服は、略奪、新たな資源の獲得、征服された民族の経済の管理による貿易の拡大を通じて、征服者を富ませてきた。征服地域に通貨を流通させ、インフレを嫌う市民が競争的に購買力を中央へと投資の形で還流させることで中央は購買力を再回収し、さらなる征服や軍備増強を行うことで、通貨覇権は維持される。各国は国家資本主義や産業政策、保護主義や関税の設定を表向きないし秘密裏に実施し、自国産業の優位性を確保している。一部の通貨覇権国家は、国際条約の締結によって他国の国家の経済主権を制約することで、自由貿易と通貨覇権を維持している。多国間協定・相互依存性・天然資源の安定供給などを特徴とする今日の複雑な国際貿易システムのもとにおいては、軍事政策と同様、経済安全保障は国家安全保障の重要な部分を成すものと言っても過言ではない[3]。
経済的安全保障は、特に2001年9月11日のアメリカ同時多発テロ事件以降、アメリカの外交政策における石油地政学において、国際関係の重要な決定要因として提言されてきた[4]。
経済的安定と経済機会の間にはトレードオフの関係があると広く信じられている[5]。
経済安全保障の一種である経済リアリズムとして取られる戦略は以下の通りである。自国の経済力が強く、自国通貨の購買力が強い時には、他国の市場の自由化を促して、他国の資本や土地を買収する。反対に、自国の経済力が弱い時には保護主義を取り、自国の資本や土地を外国からの買収から反市場的に保護する。例えば、経済リアリズムを重視するアメリカ合衆国は、アメリカよりも強大な経済力を持つ中国が現れたときに、自由貿易から保護主義へと転じた。一方で、長年に渡るアメリカによる自由化や市場開放の圧力を受けてきた日本は、日本経済が低迷している中、一貫して自由貿易や外資への市場開放を継続している。その結果として、他国の国家資本主義が自由に日本に上陸し、日本の資本や土地が中国などの外国資本による買収の対象となっていると批判される。
各国の経済安全保障
[編集]アメリカ合衆国
[編集]子供の経済安全保障は、家族や団体の収入レベルと雇用の安定によって示される[6]。50歳以上の人々の経済的安全保障は、社会保障給付、年金・貯蓄、収入・雇用、および健康保険の加入状況で示される[7]。
1972年、アリゾナ州議会は、「子供・大人・家族の、安全・幸福・自給自足」を促進することを使命とする、経済安全保障局を設立した。この部門は、雇用安定委員会、州公共福祉局、職業リハビリテーション局、州経済機会局、徒弟制度評議会、州労働計画局によって従前は管理されていた、州政府の活動を統合したものである。1974年には、州精神遅滞局(下院法案2213により発達障害局に改称)が、同局に統合された。同局設立は、管理負担・サービス・支出の重複を減らして、人々への直接サービスの統合を提供することを目的としていた。2007年1月に、家族支援プログラムである、ファミリーコネクションが統合された[8]。
ミネソタ州経済安全保障局は、1977年に雇用サービスおよび職業リハビリテーション局、知事人事局、および貧困対策プログラムを管理する経済機会局の3つの部門が統合して設立されたものである。1985年に、州の視覚障害者サービスが同局に統合された。2003年、ミネソタ州経済安全保障局とミネソタ州貿易経済開発局が合併し、ミネソタ州雇用経済開発局が設立された[9]。
カナダ
[編集]カナダ政府は、経済安全保障を「労働力と資本の生産性を持続的に向上させ、イノベーション・国内外への投資・持続可能な経済成長を促進する公正かつ安全でダイナミックなビジネス環境の維持を含む、[カナダ]国民の生活水準を高めるために必要な条件を保つ」ことと定義づけている[10]。同国のカナダ安全情報局は、国家全体の経済安全保障に対する脅威は、「経済的利益のために、専有情報や技術などの経済情報への不正アクセスを取得するための、外国政府による違法、秘密、または強制的な活動」である、経済スパイと見なしている[10]。
日本
[編集]沿革
[編集]2019年9月13日、国家安全保障会議の事務局である国家安全保障局の局長が、外務省出身の谷内正太郎から警察庁出身の北村滋に変わった。同年10月31日、北村は長年の目標だった経済安全保障を扱う「経済班」の設置準備室を局内に立ち上げた[11][12]。
2020年4月1日、国家安全保障局に経済班が発足[13]。この後、経済安全保障の観点からの政策提案が見られるようになり[14]、自民党は「経済安全保障一括推進法案」の策定に向けた準備を開始した[3][15]。
2021年10月4日、第1次岸田内閣が発足。内閣府特命担当大臣(科学技術政策、宇宙政策)に就任した小林鷹之は、国務大臣の所管事項として「我が国の経済成長の基盤を守るための経済安全保障に関する施策を総合的に推進するため企画立案及び行政各部の所管する事務の調整」も兼務した[16]。
同年11月19日に総理官邸で第1回経済安全保障推進会議が開催され[17]、経済安全保障推進法の策定に向け、内閣官房に経済安全保障法制準備室を設置した[18]。同年11月26日に経済安全保障法制に関する有識者会議第1回が開催された[19]。
2022年2月25日、経済安全保障推進法案が閣議決定された[20]。
同年4月13日、参議院の本会議の代表質問で立憲民主党の杉尾秀哉と日本共産党の田村智子は大川原化工機事件について言及。杉尾は「功を焦った公安警察の勇み足とも言えるこの事件は、反中ムードに乗じた経済安保の危うさを象徴している」、田村は「経済安全保障によって、根拠も不明確なまま身柄を長期拘束し、ひたすら自白を強要する、人権じゅうりんの違法捜査が行われ得ることを示した事件」と述べ、冤罪を引き起こした背景に経済安全保障があると強調した[21]。
同年5月11日、経済安全保障推進法案が参議院本会議で可決、成立した[22]。自民党、公明党の他、立憲民主党、日本維新の会、国民民主党も賛成した[23][24]。
同年5月23日、北村滋は『経済安全保障―異形の大国、中国を直視せよ』(中央公論新社)を上梓[25]。同書において「日本は無防備なスパイ天国から脱却せよ」と訴えた。元首相の安倍晋三は6月3日、自身のTwitterで「警察庁外事課長時代のスパイハンターとして摘発した数々の事件から始まり、如何に経済安全保障が喫緊の課題であるかが綴られている」と紹介した[26]。
同年8月1日、経済安全保障推進法が一部施行され、内閣府は経済安全保障推進室を設置[27]。また、経済安全保障担当の内閣府特命担当大臣を新設し、初代大臣に小林鷹之が就任した[28]。
同年8月10日に第2次岸田第1次改造内閣が発足し、首相の岸田文雄は、小林の後任の経済安全保障担当大臣に高市早苗を任命した[29]。同年6月12日、高市はフジテレビ系の情報番組に生出演した際、「経済安全保障推進法にスパイ防止法に近い物を入れ込んで行くことが大事だ」と発言している[30]。
アメリカによる自由化や市場開放の圧力を受けてきた日本は、日本経済が低迷している中でも一貫して自由貿易や外資への市場開放を継続している。アメリカによる影響で締結した国際条約により、日本の土地主権や経済主権は制約されている。その結果として、他国の国家資本主義が自由に日本に上陸し、日本の資本や土地が中国などの外国資本による買収の対象となっていると批判されている。
脚注
[編集]- ^ a b 「経済セキュリティ」『ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典』 。コトバンクより2023年2月3日閲覧。
- ^ 「経済安全保障」『デジタル大辞泉』 。コトバンクより2023年2月3日閲覧。
- ^ a b “新たな「防衛力」 経済安全保障とは何か”. NHK政治マガジン. 日本放送協会 (2020年10月21日). 2020年11月29日閲覧。
- ^ Rupert, Mark (2007). International Relations Theory. Oxford: Oxford University Press
- ^ Mankiw (2012). Principles of Economics (6 ed.). South-Western Cengage Learning. p. 547
- ^ Childstats.gov - America's Children: Key National Indicators of Well-Being 2007 - Economic Circumstances
- ^ “Beyond 50: Summary Tables and Charts”. 2008年10月11日時点のオリジナルよりアーカイブ。2007年10月24日閲覧。
- ^ About DES
- ^ DEED History
- ^ a b Backgrounder No. 6: Economic Security Archived 2011-10-05 at the Wayback Machine.
- ^ 二階堂友紀 (2019年11月5日). “国家安全保障局に来春、経済班 体制強化の背景にあの国”. 朝日新聞. 2023年8月19日閲覧。
- ^ 小口佳伸 (2022年2月22日). “Mr.インテリジェンスの正体は 政権中枢での10年”. NHK. 2023年8月19日閲覧。
- ^ “国家安全保障局「経済班」発足 5G、サイバー攻撃、海洋資源争奪…新型コロナ対策も”. 毎日新聞. (2020年4月1日) 2020年4月5日閲覧。
- ^ 中村直貴 (2020年10月1日). “経済安全保障 -概念の再定義と一貫した政策体系の構築に向けて-”. 立法と調査 事項別索引(外交・防衛). 調査室作成資料. 参議院. 2020年11月29日閲覧。
- ^ “自民、経済安保推進法の制定求める 年末までに政府に提言”. Mainichi Daily News. (2020年10月16日) 2020年11月30日閲覧。
- ^ “「職責の重み受け止め全力」 小林鷹之経済安保相”. 産経新聞. (2021年10月4日) 2021年10月31日閲覧。
- ^ “令和3年11月19日 経済安全保障推進会議 | 令和3年 | 総理の一日 | ニュース”. 首相官邸ホームページ. 2021年11月28日閲覧。
- ^ “経済安保推進法策定へ準備室設置 有識者会議にNSS前局長ら起用へ:朝日新聞デジタル”. 朝日新聞デジタル (2021年11月19日). 2024年2月17日閲覧。
- ^ “経済安全保障法制に関する有識者会議|内閣官房ホームページ”. www.cas.go.jp. 2021年11月28日閲覧。
- ^ “経済安保推進法案を閣議決定 重要物資の安定供給確保、罰則も”. 時事ドットコム. 時事通信社 (2022年2月25日). 2022年3月9日閲覧。
- ^ “第208回国会 参議院 本会議 第16号 令和4年4月13日”. 国会会議録検索システム. 2023年7月21日閲覧。
- ^ “経済安保推進法が成立 23年から施行、供給網を強化”. 日本経済新聞 (2022年5月11日). 2022年5月16日閲覧。
- ^ “経済安保法案、参院委で可決 11日成立へ”. 日本経済新聞 (2022年5月10日). 2024年2月17日閲覧。
- ^ “経済安保法 参院本会議で可決・成立 | NHK”. NHK NEWS WEB (2022年5月11日). 2022年5月11日時点のオリジナルよりアーカイブ。2024年2月17日閲覧。
- ^ “経済安全保障 異形の大国、中国を直視せよ”. 中央公論新社. 2023年9月26日閲覧。
- ^ “安倍晋三 Twitter 2022年6月3日 午後5:56”. 2023年9月26日閲覧。
- ^ “「重要物資」を指定へ 経済安保推進室が発足”. 日本経済新聞 (2022年8月1日). 2024年2月17日閲覧。
- ^ “小林内閣府特命担当大臣記者会見要旨 令和4年8月1日 - 内閣府”. 内閣府ホームページ. 2024年2月17日閲覧。
- ^ “第2次岸田改造内閣 閣僚名簿”. 首相官邸ホームページ. 2024年2月17日閲覧。
- ^ “高市氏「スパイ防止法に近いものを経済安保推進法に組み込むことが大事」”. FNN プライムオンライン (2022年6月12日). 2023年9月26日閲覧。
関連項目
[編集]外部リンク
[編集]- 『経済安全保障』 - コトバンク
- 提言「『経済安全保障戦略策定』に向けて」 - 自由民主党
- 経済安全保障特集ページ - 公安調査庁