第23警戒群
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第23警戒隊(だい23けいかいぐん)は、輪島分屯基地に所在した中部航空警戒管制団隷下の部隊である。
概要
[編集]→「レーダーサイト#日本のレーダーサイト」を参照
沿革
[編集][1] ※輪島分屯基地としての沿革も含む
- 1947年(昭和22年): 米軍レーダー管制部隊が輪島市袖ヶ浜へ展開
- 1953年(昭和28年): 米軍レーダーが高洲山へ展開
- 1956年(昭和31年): 航空自衛隊東部訓練航空警戒隊第2中隊第2小隊設立(袖ヶ浜)
- 1959年(昭和34年): 米軍から航空自衛隊へレーダー移管
- 1961年(昭和36年): 部隊移転(袖ヶ浜から青葉ヶ丘(現在)へ)
- 1961年(昭和36年): 部隊改編(第23警戒群と改称)
- 1992年(平成 4年): 第303基地防空隊新設
- 2005年(平成17年): 第303基地防空隊廃止
- 2021年(令和 3年) 6月末:廃止(第23警戒隊へ改編)
部隊編成
[編集]- 群本部
- 監視管制隊
- 通信電子隊
- 基地業務隊
この節の加筆が望まれています。 |
歴代の主要幹部
[編集]代 | 氏名 | 在職期間 | 前職 | 後職 |
---|---|---|---|---|
津田一郎 | 年 月 日 - 1970年 7月15日 | 航空幕僚監部人事教育部教育課 術科教育班長 | ||
福岡宣雄 | 年 月 日 - 1973年 7月15日 | 航空幕僚監部装備部補給課計画班長 | ||
笹原幸弐 | 1973年 | 7月16日 - 1975年 4月15日航空自衛隊幹部学校付 | 航空総隊司令部防衛部指揮班長 | |
魚住昭典 | 年 月 日 - 1977年 3月15日 | 西部航空警戒管制団 西部防空管制群司令 | ||
西牟田道由 | 年 月 日 - 1978年 7月31日 | 航空総隊司令部防衛部指揮班長 | ||
西山幹男 | 1978年 | 8月 1日 - 1980年 3月16日航空幕僚監部監理部会計課予算班長 | 航空幕僚監部監理部会計課長 | |
年 月 日 - 年 月 日 | ||||
十時國臣 | 年 月 日 - 1984年 7月31日 | 南西航空警戒管制隊 南西防空管制群司令 | ||
関昭 | 年 月 日 - 1987年 3月31日 | 航空幕僚監部防衛部勤務 | ||
亀井誠三郎 | 年 月 日 - 1988年 3月15日 | 西部航空方面隊司令部防衛部防衛班長 | ||
村岡繁樹 | 年 月 日 - 1991年 7月31日 | 航空自衛隊幹部学校勤務 | ||
年 月 日 - 年 月 日 | ||||
池邊正 | 2000年 | 3月31日 - 2001年 3月31日航空自衛隊幹部学校付 | 統合幕僚会議事務局第5幕僚室勤務 兼 防衛局防衛政策課勤務 | |
物部明徳 | 2001年 | 4月 1日 - 2002年 7月31日航空幕僚監部人事教育部教育課 一般教育班長 |
高射教導隊副司令 | |
三井晴雄 | 2002年 | 8月 1日 - 2003年11月30日第3高射群副司令 | 航空自衛隊幹部学校主任研究開発官 | |
高林久 | 2003年12月 | 1日 - 年 月 日航空総隊司令部防衛部防衛課研究室長 | ||
年 月 日 - 年 月 日 | ||||
佐藤雅俊 (2等空佐) |
2007年 | 4月 1日 - 2009年 3月23日統合幕僚監部指揮通信システム部 指揮通信システム運用課勤務 |
航空システム通信隊 システム管理群司令 | |
神谷正一 | 2009年 ※2010年 1月 1日 1等空佐昇任 |
3月24日 - 2011年 7月31日航空幕僚監部防衛部施設課 通信建設班長 (2等空佐) |
近畿中部防衛局東海防衛支局 岐阜防衛事務所長 | |
切石薫 | 2011年 | 8月 1日 - 2013年 3月31日情報本部勤務 | 作戦情報隊作戦情報処理群司令 | |
井上英憲 | 2013年 ※2014年 7月 1日 1等空佐昇任 |
4月 1日 - 2015年 3月24日航空保安管制群副司令 (2等空佐) |
航空支援集団司令部防衛部 運用第2課長 | |
及川光洋 (2等空佐) |
2015年 | 3月25日 - 年 月 日航空幕僚監部首席法務官付法務官 (法律支援担当) |
||
佐藤令 (2等空佐) |
2017年 | 8月 1日 - 年 月 日統合幕僚監部運用部運用第1課勤務 | ||
末 | 二宮啓彰 (2等空佐) |
2019年 | 8月31日 - 2021年 6月30日航空戦術教導団高射教導群副司令 | 第23警戒隊長 |
脚注
[編集]- ^ “輪島分屯基地(航空自衛隊ウェブサイト ウェブマガジン)”. 2017年10月16日閲覧。