長野県篠ノ井高等学校犀峡校
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(犀峡高等学校から転送)
長野県篠ノ井高等学校犀峡校 | |
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北緯36度33分47秒 東経137度59分38秒 / 北緯36.56306度 東経137.99388度座標: 北緯36度33分47秒 東経137度59分38秒 / 北緯36.56306度 東経137.99388度 | |
過去の名称 |
牧郷教員養成所 更級西部中等公民学校 更級西部農学校 長野県犀峡農業高等学校 長野県犀峡高等学校 |
国公私立の別 | 公立学校 |
設置者 | 長野県 |
併合学校 | 水内高等女学校 |
設立年月日 |
1921年 (牧郷教員養成所) |
共学・別学 | 男女共学 |
分校 | 2011年4月~ |
課程 | 全日制課程 |
単位制・学年制 | 学年制 |
設置学科 | 普通科 |
学校コード | D120220100135 |
高校コード | 20119H |
所在地 | 〒381-2413 |
長野県長野市信州新町下市場70 | |
外部リンク | 公式サイト |
ウィキポータル 教育 ウィキプロジェクト 学校 |
長野県篠ノ井高等学校犀峡校(ながのけんしののいこうとうがっこうさいきょうこう)は、長野県長野市信州新町下市場にある公立(県立)高等学校の分校。
概要
[編集]文化祭は「琅鶴祭」(ろうかくさい)と称し、近隣に所在する「琅鶴湖」(ろうかくこ、水内ダム湖)に由来する。 また、分校長の位置付けは、副校長となる。(校長は、長野県篠ノ井高等学校の校長となる)
沿革
[編集]- 1921年7月 - 牧郷教員養成所として開校。
- 1924年4月1日 - 牧郷村外四ケ村学校組合に移管。更級西部中等公民学校に改称。
- 1940年3月31日 - 更級西部農学校に改称。
- 1948年4月1日 - 水内高等女学校と統合し、牧郷村外五ケ村学校組合立の長野県犀峡農業高等学校となる。
- 1949年4月1日 - 県立に移管。長野県犀峡高等学校となる。普通科を設置。
- 1950年3月31日 - 農業課程廃止。
- 1968年3月31日 - 定時制課程閉課程。
- 2006年9月15日 - 長野県中条高等学校との統合案を県議会が否決。
- 2010年7月8日 - 長野県教育委員会定例会(第909回)で、長野県篠ノ井高等学校の分校となることが決定。
- 2010年10月14日 - 平成22年9月定例県議会において、犀峡高校を2011年(平成23年)4月に篠ノ井高校の分校とすることが同意され、可決された。
- 2011年4月1日 - 長野県篠ノ井高等学校犀峡校が開校。
- 2011年4月7日 - 同新校名で、開校式が行われた。入学式も同日に行われ、入学生は、同新校名の第1期となる。
- 2011年10月 - バレー部が廃部になり、バドミントン同好会に変更。
- 2013年3月2日 - 同年(平成24年度(2012年度))で、同年(度)時の第65回卒業証書授与式の卒業生をもって、長野県犀峡高等学校生がすべて卒業し、同日、閉校式が行われる。
- 2013年3月31日 - 長野県犀峡高等学校が閉校。
- 2013年4月1日 - 長野県篠ノ井高等学校犀峡校に完全移行。
- 2015年7月11日 - 松本市野球場にて行われた第97回全国高等学校野球選手権大会長野大会にて、野球部女子マネージャー(同年時:3年生)が始球式を行う。
教育目標
[編集]- 確かな学力と生きる力の向上を目指し、学習指導と進路指導を充実する。
- 地域と連携し、地域の特性を生かした魅力ある教育活動を推進する。
- 学校をあげてクラブ活動を活性化し、生徒一人ひとりの個性を伸す。
校章
[編集]モチーフは、柿の葉で、三角形に並んでいる中央部に、「高」の字がある
校歌・応援歌
[編集]最寄駅
[編集]関連項目
[編集]- 長野県高等学校一覧
- 旧制中等教育学校の一覧 (長野県)
- 長野県篠ノ井高等学校 - 2011年4月に分校化にされ、本校である。