「マルテンサイト」の版間の差分
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'''マルテンサイト'''({{lang-en-short|martensite}})は、Fe-C系合金([[鋼]]や[[鋳鉄]])を安定な[[オーステナイト]]から急冷する事によって得られる同素変態(化学反応の一種)組織である。[[体心正方格子]]の鉄の[[結晶]]中に[[炭素]]が侵入した[[固溶体]]で、鉄鋼材料の組織の中で最高の硬度を有する組織である{{Sfn|キャリスター|2002|pp=182, 195}}ためその合金の多くは靭性の品質を向上させるため焼戻しの熱処理を伴う。この熱処理による強度調整能力の幅が最も大きいことが特徴である。そのため、科学技術においても合金の重要な現象の一つとなっており、幅広く産業で利用されている。そういった理由のため分野を超えた横断的な工業製品製造の横串力的な存在で材料力学(構造力学)と双璧をなす代表的な学問分野の軸の一つと考えられてきた。 |
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'''マルテンサイト'''({{lang-en-short|martensite}})は、Fe-C系合金([[鋼]]や[[鋳鉄]])を安定な[[オーステナイト]]から急冷する事によって得られる組織である。[[体心正方格子]]の鉄の[[結晶]]中に[[炭素]]が侵入した[[固溶体]]で、鉄鋼材料の組織の中で最も硬く脆い組織である{{Sfn|キャリスター|2002|pp=182, 195}}。 |
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[[1891年]]に[[ドイツ]]の[[冶金学者]][[アドルフ・マルテンス]](Adolf Martens)により[[発見]]され、マルテンサイトという名称も、彼の名前に由来しており<ref name="おはなし_57">{{Cite book |和書 |author=大和久重雄 |title=熱処理のおはなし |edition=訂正版 |year=2006 |publisher=日本規格協会 |isbn=4-542-90108-4 |page=57}}</ref>、その名称は近代製鋼の確立とともに普及していった。今ではあまり使用されないが、組織形状が[[麻]]の[[葉]]に似ていることから、日本の冶金学の権威者の一人である[[本多光太郎]]による'''麻留田'''(マルテン)という[[漢字]]の[[当て字]]がある<ref name="おはなし_57" />。 |
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== マルテンサイトの形成 == |
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[[Image:Martensite.jpg|thumb|AISI 4140鋼のマルテンサイト組織]] |
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[[Image:Steel 035 water quenched.png|thumb|870°から水[[焼入れ]]されたC0.35%C鋼のマルテンサイト組織]] |
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鉄-炭素合金(Fe-C系合金)の結晶は、高温では[[オーステナイト]]([[面心立方格子構造]])が、[[常温]]では[[フェライト相]]([[体心立方格子構造]])が安定している。このため、高温のオーステナイトを冷却するとフェライトに[[相変異|変態]]しようとする。フェライトはオーステナイトと比べ少量の炭素しか固溶できないため、変態する際には結晶中から炭素を移動させなければならず、移動のための[[拡散]]が伴わなければならない(拡散変態)。 |
鉄-炭素合金(Fe-C系合金)の結晶は、状態図からもわかるように高温では[[オーステナイト]]([[面心立方格子構造]])が、[[常温]]では[[フェライト相]]([[体心立方格子構造]])が安定している。このため、高温のオーステナイトを冷却するとフェライトに[[相変異|変態]]しようとする。フェライトはオーステナイトと比べ少量の炭素しか固溶できないため、変態する際には結晶中から金属炭化物を析出させるために炭素を移動させなければならず、移動のための[[拡散]]が伴わなければならない(拡散変態)。 |
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鉄-炭素合金をゆっくり冷却すると、炭素はフェライト組織から追い出されて[[セメンタイト]](鉄炭化物)を生じ、[[パーライト]](フェライトとセメンタイトの層状組織)が形成される。しかし、拡散が十分に起きない速さで急冷すると、炭素が体心立方格子の一軸を引き伸ばし、そこへ炭素が侵入した[[準安定状態]]の結晶構造となる(無拡散変態)。このように |
鉄-炭素合金の素材をゆっくり冷却すると、炭素はフェライト組織から追い出されて[[セメンタイト]](鉄炭化物)を生じ、[[パーライト]](フェライトとセメンタイトの層状組織)が形成される。しかし、拡散が十分に起きない速さで急冷(多くは油冷・空冷)すると、熱力学的駆動力(原理的には自由エネルギー差;その本質は量子論におけるd電子磁性スピンの挙動が奇跡の鉄を作り出す。)により炭素が体心立方格子の一軸を引き伸ばし、そこへ炭素が侵入した[[準安定状態]]の結晶構造となる(無拡散変態)。強化機構としては炭素による固溶強化が主体であるが、このようなナノテクノロジー的加工・熱処理制御により形成される組織をマルテンサイトと言い<ref>{{Cite book |和書 |author=田村今男 |title=鉄鋼材料学 |url=https://www.google.co.jp/books/edition/%E9%89%84%E9%8B%BC%E6%9D%90%E6%96%99%E5%AD%A6/MixbmwEACAAJ?hl=ja |date=1981 |publisher=[[朝倉書店]] |page=40 |oclc=47447146}}</ref>、現在でも重要な基盤研究でものづくりのコア技術として位置付けられている。 |
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加工のみの場合の変態もあり、常温でオーステナイトの状態の鉄に[[応力]]を加えることによりマルテンサイトを生じることもある。これを応力誘起マルテンサイトとよぶ。マルテンサイト系の[[形状記憶合金]]は、この[[マルテンサイト変態]]を利用したものである{{Sfn|日本材料学会|2000|p=321}}。[[ステンレス鋼]]のSUS301(17-7ステンレス鋼;室温でオーステナイト組織を有する)は[[冷間加工]]に対して不安定なため、室温下で[[プレス加工]]、トリミング、[[切削加工]]、[[鍛造]]などを行うとマルテンサイトに変態する。これを加工誘起マルテンサイト変態という{{Sfn|日本材料学会|2000|p=266}}。 |
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例外的になるが炭素固溶強化でないマルテンサイト鋼としてはマルエージング鋼があり、金属間化合物の析出による強化がなされる。そのほか例外的なものとして炭素固溶強化タイプではあるが、黒鉛を迅速にマルテンサイトのマトリクスへ微細析出させ、ピンオンディスク試験でストライベック線図を測定し低フリクション(低摩擦係数)化させた事例(高強度黒鉛鋼)の報告もある。 |
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== 利用 == |
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⚫ | マルテンスにより[[19世紀]]末に発見される以前から経験的に利用されており、一時期、マルテンサイトであることが[[鋼]]の[[定義]]でもあった。[[日本]]でもすでに千年以上前からたたら製鉄による和鉄・和鋼(玉鋼)素材により作刀された[[日本刀]]などの伝統的なものづくり技術に応用されていたものを科学的に再認識したものであり、現在でも特殊鋼の一種である軸受鋼、[[工具鋼]]を中心にステンレスや[[一般構造用圧延鋼材|構造用鋼]]等、機械、エンジン、金型等の摺動構造部品あるいは軸受、歯車等の動力伝達部品への展開応用がなされ市場に流通している。ここで重要なのが、炭素濃度でマルテンサイトの構造が変わるということである。現実的な冷却速度において炭素量 0.6–0.7 wt% 以下でマルテンサイト化に成功した材料は、全ての組織がラスマルテンサイトという組織となるが、それ以上の濃度域ではレンズ状マルテンサイトという組織が形成され、これにより非常に脆くなる。[[浸炭]]の不具合などにみられるのも、こういった組織構造に由来する。このような熱処理における不安定性の解消をねらい合金設計されたのがSKD11等の合金工具鋼(ダイス鋼)と位置付けられる。低硬度のダイス鋼は熱間ダイス鋼と呼ばれ、500℃以上の使用環境で用いられる。冷間ダイス鋼は冷間塑性加工用とへ使われるが、耐熱性があり熱間用途としても一部使用される。軸受鋼としてはSUJ2が代表的であり、ボールベアリングに用いられている。 |
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[[焼入れ]]とは、鋼をこの組織へ変態させる作業である。この無拡散変態によって結晶が歪むため、焼入れにより変形が起こる。マルテンサイトが形成されると[[硬度]]が向上する一方で[[靭性]]が低下するため、さらに[[焼き戻し]]を行った上で利用することが多い。評価としては強度は一軸の板状もしくは棒状の引張試験で評価し、靭性はシャルピー衝撃試験、摩擦試験はボールオンディスクやその他試験を行って評価する。 |
ここで熱処理における[[焼入れ]]とは、鋼をこの組織へ変態させる作業である。この無拡散変態によって結晶が歪むため、焼入れにより変形が起こる。マルテンサイトが形成されると[[硬度]]が向上する一方で[[靭性]]が低下するため、さらに[[焼き戻し]]を行った上で利用することが多い。評価としては強度は一軸の板状もしくは棒状の引張試験で評価し、靭性はシャルピー衝撃試験を行う。疲労試験は高サイクル領域は回転曲げ疲労試験、低サイクル領域では一軸の引張り圧縮試験を行う。摩擦試験はボールオンディスク試験や大越式摩耗試験、その他摩耗試験を行って評価する。 |
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近年では、高張力鋼(ハイテン)の応用が、自動車・トラックの車体・骨格系のプレス技術分野で発達し日本はトップクラスにあるが、その金属組織(TRIP(TRansformation Induced Plasticity;変態誘起塑性)鋼等)においても適用されている。さらには、これらを成形切断する金型用鋼(工具鋼)もさらに強度が高いマルテンサイトが適用され、ものづくりの最先端技術といわれている。さらにはオイルとの相互作用(極圧性能;トライボ化学反応プロセス)の制御により摺動時にカジリ(摩擦・摩耗損傷の一種、凝着、焼付きに類する)を抑制する自己潤滑性がありその境界潤滑挙動がCCSCモデル(炭素結晶の競合モデル;通称ダイヤモンド理論)で説明されるSKD11改良型鋼(マテリアルズ・インフォマティクス応用(DX;デジタル・トランスフォーメーションの一種))も登場し、プレス技術におけるプラントのメンテナンスにおいてグローバル経営での強さの源泉ともなっている。CCSCモデルの特徴はオーガニックコンパウンドを起源としたエキソエレクトロン等による化学反応により無機的な損傷や延命効果を示すとしている。このような横断的な特徴をもつため、複合材料化技術(ギア、ベアリング、バルブ等の交通モビリティパーツ)においてもバイオ燃料との親和性の高さもありその横串力となるコア技術の可能性があり、今後のグリーン経済の発展に伴う応用も先端分野ですそのが広い社会実装が期待されている。 |
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*{{Cite book |和書 |ref={{SfnRef|キャリスター|2002}} |author=W. D. キャリスター |title=材料の科学と工学1 : 材料の微細構造 |edition=初版 |year=2002 |publisher=培風館 |isbn=4-563-06712-1 |translator=入戸野 修(監訳)}} |
*{{Cite book |和書 |ref={{SfnRef|キャリスター|2002}} |author=W. D. キャリスター |title=材料の科学と工学1 : 材料の微細構造 |edition=初版 |year=2002 |publisher=培風館 |isbn=4-563-06712-1 |translator=入戸野 修(監訳)}} |
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* {{Cite book |和書 |ref=harv |author=日本材料学会 |title=機械材料学 |date=2000 |publisher=日本材料学会 |isbn=4-901381-00-8 |oclc=835317023}} |
* {{Cite book |和書 |ref=harv |author=日本材料学会 |title=機械材料学 |date=2000 |publisher=日本材料学会 |isbn=4-901381-00-8 |oclc=835317023}} |
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* 自動車用鋼板の開発に新しい道筋~先端鉄鋼「TRIP鋼」の引張力に対するふるまいを実験的に解明~J-PARCセンター 兵庫県立大学 京都大学<nowiki/>https://www.jaea.go.jp/02/press2017/p18022601/ |
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* 清永欣吾 中村秀樹 内田憲正,高速度工具鋼の動向について 鉄と鋼 68巻1号(1962)34 |
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* 田村今男著:鉄鋼材料強度学―-強靭化と加工熱処理- (1969年) |
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* 西山善次著:マルテンサイト変態(基本編、応用編) 丸善, 1971.12-1974.7 |
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* 久保田邦親:ニューラルネットワーク法による工具鋼の疲労特性の予測、材料とプロセス (日本鉄鋼協会講演論文集) 巻: 12 号: 3 ページ: 595 発行年: 1999年03月01日 |
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* 久保田邦親,藤田悦夫:高硬度黒鉛鋼の組織に及ぼすAl, Cuの影響 : 摩擦特性に及ぼす黒鉛分布の影響材料とプロセス : 日本鉄鋼協会講演論文集 = Current advances in materials and processes : report of the ISIJ meeting 16 (6), 1525-, 2003-09-01 |
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* 久保田邦親、中津英司、小松原周吾:特許第4258772号 2010年度中国地方発明協会発明表彰文部科学大臣奨励賞 高性能新冷間ダイス鋼 |
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* 八十致雄 (安来市和鋼博物館) , 三奈木義博 (安来市和鋼博物館) , 高岩俊文 (安来市和鋼博物館) , 久保田邦親 (日立金属 安来工場冶金研究所) , 金泉豪史 (日立金属 安来工場冶金研究所), 大庭卓也 (島根大学 総合理工) , 森戸茂一 (島根大学 総合理工) , 林泰輔 (島根大学 総合科学研究支援セ)[古墳時代の大刀のマルテンサイト組織の研究]、第152回日本金属学会講演概要(2013)238 |
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* 久保田邦親、上田精心、庄司辰也:CCSCモデルを念頭にした工具鋼の自己潤滑現象の素過程の解析、日本トライボロジー学会トライボロジー会議(姫路)予稿集 春 C21(2015) |
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* 久保田邦親、小松原周吾、扇原孝志、鳴海雅稔、山岡美樹「新冷間ダイス鋼SLD-MAGICの開発」:日立金属技報 = Hitachi metals technical review / 日立金属株式会社(現プロテリアル)技術開発本部グローバル技術革新センターGRIT 編 vol.21(2005)p45 |
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* 久保田邦親 阿部行雄 小松原周吾: ハイテン成形性に優れた次世代冷間金型用鋼の開発 |素形材Vol.48 No.12 p.11,2007. (経済産業大臣賞) |
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* 久保田邦親:-工具鋼開発の最前線-金型用先端材料のマルチスケール合金設計,塑性と加工 53 (612), 10-15, 2012 |
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* 久保田邦親,上田精心,大石勝彦、田村庸:自己潤滑性工具鋼のトライボ物理化学の解析 日本金属学会秋季講演大会概要集(2013)p.703 |
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* 久保田邦親「新型工具鋼のグラファイト層間化合物による自己潤滑性能」日本鉄鋼協会 創形創質工学部会 第40回トライボロジーフォーラム研究会 「塑性加工用工具材料と表面改質の最近の動向」講演資料 2014 機械振興会館(東京) |
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*牧正志:鉄鋼の相変態 ―マルテンサイト変態編 Ⅰ ― 鉄合金のマルテンサイト変態の特徴 ―まてりあ Materia Japan 第54巻 第11号(2015) |
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*井上達雄:日本刀に息づく科学と技術、材料」(Journal of the Society of Materials Science, Japan), Vol. 66, No. 11, pp. 804-810, Nov. 2017 |
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*低フリクションを実現する自己潤滑性特殊鋼の境界潤滑機構 日立金属技報 = Hitachi metals technical review / 日立金属株式会社(現プロテリアル)技術開発本部グローバル技術革新センターGRIT 編33 20-27, 2017 |
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* 久保田邦親:境界潤滑現象の本性について(CCSCモデル)内燃機関シンポジウム講演論文集(2018)29th No.84 | 文献情報 | J-GLOBAL 科学技術総合リンクセンター (jst.go.jp) |
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*蓄熱と放熱、加える力で制御できる合金 産総研 2023年3月31日 21:51 日本経済新聞ネット版 |
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* 久保田 邦親:たたら製鉄から国土開発を考えるConsidering land development from Japan's ancient steel-making process, "Tatara",理想の国土を実現するために -キホンとギモン-土木学会誌Vol.108 No.5 May 2023 |
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== 関連項目 == |
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* [[合金]] |
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* [[熱力学]] |
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* [[マルテンサイト変態]] |
* [[マルテンサイト変態]] |
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* [[熱処理]] |
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* [[トルースタイト]] |
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* [[ベイナイト]] |
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* [[工具鋼]] |
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* 軸受鋼 |
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* [[マテリアルズ・インフォマティクス]] |
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* [[ニューラルネットワーク]] |
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* [[ラマン分光法]] |
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* [[トライボロジー]] |
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* [[潤滑油]] |
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* [[俵国一]] |
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2023年7月22日 (土) 23:13時点における版
マルテンサイト(英: martensite)は、Fe-C系合金(鋼や鋳鉄)を安定なオーステナイトから急冷する事によって得られる同素変態(化学反応の一種)組織である。体心正方格子の鉄の結晶中に炭素が侵入した固溶体で、鉄鋼材料の組織の中で最高の硬度を有する組織である[1]ためその合金の多くは靭性の品質を向上させるため焼戻しの熱処理を伴う。この熱処理による強度調整能力の幅が最も大きいことが特徴である。そのため、科学技術においても合金の重要な現象の一つとなっており、幅広く産業で利用されている。そういった理由のため分野を超えた横断的な工業製品製造の横串力的な存在で材料力学(構造力学)と双璧をなす代表的な学問分野の軸の一つと考えられてきた。
1891年にドイツの冶金学者アドルフ・マルテンス(Adolf Martens)により発見され、マルテンサイトという名称も、彼の名前に由来しており[2]、その名称は近代製鋼の確立とともに普及していった。今ではあまり使用されないが、組織形状が麻の葉に似ていることから、日本の冶金学の権威者の一人である本多光太郎による麻留田(マルテン)という漢字の当て字がある[2]。
マルテンサイトの形成
鉄-炭素合金(Fe-C系合金)の結晶は、状態図からもわかるように高温ではオーステナイト(面心立方格子構造)が、常温ではフェライト相(体心立方格子構造)が安定している。このため、高温のオーステナイトを冷却するとフェライトに変態しようとする。フェライトはオーステナイトと比べ少量の炭素しか固溶できないため、変態する際には結晶中から金属炭化物を析出させるために炭素を移動させなければならず、移動のための拡散が伴わなければならない(拡散変態)。
鉄-炭素合金の素材をゆっくり冷却すると、炭素はフェライト組織から追い出されてセメンタイト(鉄炭化物)を生じ、パーライト(フェライトとセメンタイトの層状組織)が形成される。しかし、拡散が十分に起きない速さで急冷(多くは油冷・空冷)すると、熱力学的駆動力(原理的には自由エネルギー差;その本質は量子論におけるd電子磁性スピンの挙動が奇跡の鉄を作り出す。)により炭素が体心立方格子の一軸を引き伸ばし、そこへ炭素が侵入した準安定状態の結晶構造となる(無拡散変態)。強化機構としては炭素による固溶強化が主体であるが、このようなナノテクノロジー的加工・熱処理制御により形成される組織をマルテンサイトと言い[3]、現在でも重要な基盤研究でものづくりのコア技術として位置付けられている。
加工のみの場合の変態もあり、常温でオーステナイトの状態の鉄に応力を加えることによりマルテンサイトを生じることもある。これを応力誘起マルテンサイトとよぶ。マルテンサイト系の形状記憶合金は、このマルテンサイト変態を利用したものである[4]。ステンレス鋼のSUS301(17-7ステンレス鋼;室温でオーステナイト組織を有する)は冷間加工に対して不安定なため、室温下でプレス加工、トリミング、切削加工、鍛造などを行うとマルテンサイトに変態する。これを加工誘起マルテンサイト変態という[5]。
例外的になるが炭素固溶強化でないマルテンサイト鋼としてはマルエージング鋼があり、金属間化合物の析出による強化がなされる。そのほか例外的なものとして炭素固溶強化タイプではあるが、黒鉛を迅速にマルテンサイトのマトリクスへ微細析出させ、ピンオンディスク試験でストライベック線図を測定し低フリクション(低摩擦係数)化させた事例(高強度黒鉛鋼)の報告もある。
利用
マルテンスにより19世紀末に発見される以前から経験的に利用されており、一時期、マルテンサイトであることが鋼の定義でもあった。日本でもすでに千年以上前からたたら製鉄による和鉄・和鋼(玉鋼)素材により作刀された日本刀などの伝統的なものづくり技術に応用されていたものを科学的に再認識したものであり、現在でも特殊鋼の一種である軸受鋼、工具鋼を中心にステンレスや構造用鋼等、機械、エンジン、金型等の摺動構造部品あるいは軸受、歯車等の動力伝達部品への展開応用がなされ市場に流通している。ここで重要なのが、炭素濃度でマルテンサイトの構造が変わるということである。現実的な冷却速度において炭素量 0.6–0.7 wt% 以下でマルテンサイト化に成功した材料は、全ての組織がラスマルテンサイトという組織となるが、それ以上の濃度域ではレンズ状マルテンサイトという組織が形成され、これにより非常に脆くなる。浸炭の不具合などにみられるのも、こういった組織構造に由来する。このような熱処理における不安定性の解消をねらい合金設計されたのがSKD11等の合金工具鋼(ダイス鋼)と位置付けられる。低硬度のダイス鋼は熱間ダイス鋼と呼ばれ、500℃以上の使用環境で用いられる。冷間ダイス鋼は冷間塑性加工用とへ使われるが、耐熱性があり熱間用途としても一部使用される。軸受鋼としてはSUJ2が代表的であり、ボールベアリングに用いられている。
ここで熱処理における焼入れとは、鋼をこの組織へ変態させる作業である。この無拡散変態によって結晶が歪むため、焼入れにより変形が起こる。マルテンサイトが形成されると硬度が向上する一方で靭性が低下するため、さらに焼き戻しを行った上で利用することが多い。評価としては強度は一軸の板状もしくは棒状の引張試験で評価し、靭性はシャルピー衝撃試験を行う。疲労試験は高サイクル領域は回転曲げ疲労試験、低サイクル領域では一軸の引張り圧縮試験を行う。摩擦試験はボールオンディスク試験や大越式摩耗試験、その他摩耗試験を行って評価する。
近年では、高張力鋼(ハイテン)の応用が、自動車・トラックの車体・骨格系のプレス技術分野で発達し日本はトップクラスにあるが、その金属組織(TRIP(TRansformation Induced Plasticity;変態誘起塑性)鋼等)においても適用されている。さらには、これらを成形切断する金型用鋼(工具鋼)もさらに強度が高いマルテンサイトが適用され、ものづくりの最先端技術といわれている。さらにはオイルとの相互作用(極圧性能;トライボ化学反応プロセス)の制御により摺動時にカジリ(摩擦・摩耗損傷の一種、凝着、焼付きに類する)を抑制する自己潤滑性がありその境界潤滑挙動がCCSCモデル(炭素結晶の競合モデル;通称ダイヤモンド理論)で説明されるSKD11改良型鋼(マテリアルズ・インフォマティクス応用(DX;デジタル・トランスフォーメーションの一種))も登場し、プレス技術におけるプラントのメンテナンスにおいてグローバル経営での強さの源泉ともなっている。CCSCモデルの特徴はオーガニックコンパウンドを起源としたエキソエレクトロン等による化学反応により無機的な損傷や延命効果を示すとしている。このような横断的な特徴をもつため、複合材料化技術(ギア、ベアリング、バルブ等の交通モビリティパーツ)においてもバイオ燃料との親和性の高さもありその横串力となるコア技術の可能性があり、今後のグリーン経済の発展に伴う応用も先端分野ですそのが広い社会実装が期待されている。
なお、工具鋼などの鉄系マルテンサイトは、かつては硬質磁性材料(強磁性体)に使われた。いわゆる磁石であるがこの硬質とは、マルテンサイトの硬さに由来している。
脚注
- ^ キャリスター 2002, pp. 182, 195.
- ^ a b 大和久重雄『熱処理のおはなし』(訂正版)日本規格協会、2006年、57頁。ISBN 4-542-90108-4。
- ^ 田村今男『鉄鋼材料学』朝倉書店、1981年、40頁。OCLC 47447146 。
- ^ 日本材料学会 2000, p. 321.
- ^ 日本材料学会 2000, p. 266.
参考文献
- W. D. キャリスター 著、入戸野 修(監訳) 訳『材料の科学と工学1 : 材料の微細構造』(初版)培風館、2002年。ISBN 4-563-06712-1。
- 日本材料学会『機械材料学』日本材料学会、2000年。ISBN 4-901381-00-8。OCLC 835317023。
- 自動車用鋼板の開発に新しい道筋~先端鉄鋼「TRIP鋼」の引張力に対するふるまいを実験的に解明~J-PARCセンター 兵庫県立大学 京都大学https://www.jaea.go.jp/02/press2017/p18022601/
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- 田村今男著:鉄鋼材料強度学―-強靭化と加工熱処理- (1969年)
- 西山善次著:マルテンサイト変態(基本編、応用編) 丸善, 1971.12-1974.7
- 久保田邦親:ニューラルネットワーク法による工具鋼の疲労特性の予測、材料とプロセス (日本鉄鋼協会講演論文集) 巻: 12 号: 3 ページ: 595 発行年: 1999年03月01日
- 久保田邦親,藤田悦夫:高硬度黒鉛鋼の組織に及ぼすAl, Cuの影響 : 摩擦特性に及ぼす黒鉛分布の影響材料とプロセス : 日本鉄鋼協会講演論文集 = Current advances in materials and processes : report of the ISIJ meeting 16 (6), 1525-, 2003-09-01
- 久保田邦親、中津英司、小松原周吾:特許第4258772号 2010年度中国地方発明協会発明表彰文部科学大臣奨励賞 高性能新冷間ダイス鋼
- 八十致雄 (安来市和鋼博物館) , 三奈木義博 (安来市和鋼博物館) , 高岩俊文 (安来市和鋼博物館) , 久保田邦親 (日立金属 安来工場冶金研究所) , 金泉豪史 (日立金属 安来工場冶金研究所), 大庭卓也 (島根大学 総合理工) , 森戸茂一 (島根大学 総合理工) , 林泰輔 (島根大学 総合科学研究支援セ)[古墳時代の大刀のマルテンサイト組織の研究]、第152回日本金属学会講演概要(2013)238
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- 久保田邦親 阿部行雄 小松原周吾: ハイテン成形性に優れた次世代冷間金型用鋼の開発 |素形材Vol.48 No.12 p.11,2007. (経済産業大臣賞)
- 久保田邦親:-工具鋼開発の最前線-金型用先端材料のマルチスケール合金設計,塑性と加工 53 (612), 10-15, 2012
- K.Kubota, T.Ohba and S.Morito; Wear, Wear 271(11):2884-2889 Sep.2011 DOI: 10.1016/j.wear.2011.06.007
- 久保田邦親,上田精心,大石勝彦、田村庸:自己潤滑性工具鋼のトライボ物理化学の解析 日本金属学会秋季講演大会概要集(2013)p.703
- 久保田邦親「新型工具鋼のグラファイト層間化合物による自己潤滑性能」日本鉄鋼協会 創形創質工学部会 第40回トライボロジーフォーラム研究会 「塑性加工用工具材料と表面改質の最近の動向」講演資料 2014 機械振興会館(東京)
- 牧正志:鉄鋼の相変態 ―マルテンサイト変態編 Ⅰ ― 鉄合金のマルテンサイト変態の特徴 ―まてりあ Materia Japan 第54巻 第11号(2015)
- 井上達雄:日本刀に息づく科学と技術、材料」(Journal of the Society of Materials Science, Japan), Vol. 66, No. 11, pp. 804-810, Nov. 2017
- 低フリクションを実現する自己潤滑性特殊鋼の境界潤滑機構 日立金属技報 = Hitachi metals technical review / 日立金属株式会社(現プロテリアル)技術開発本部グローバル技術革新センターGRIT 編33 20-27, 2017
- 久保田邦親:境界潤滑現象の本性について(CCSCモデル)内燃機関シンポジウム講演論文集(2018)29th No.84 | 文献情報 | J-GLOBAL 科学技術総合リンクセンター (jst.go.jp)
- 蓄熱と放熱、加える力で制御できる合金 産総研 2023年3月31日 21:51 日本経済新聞ネット版
- 久保田 邦親:たたら製鉄から国土開発を考えるConsidering land development from Japan's ancient steel-making process, "Tatara",理想の国土を実現するために -キホンとギモン-土木学会誌Vol.108 No.5 May 2023