「Wikipedia:管理者解任の投票/青子守歌 20230611」の版間の差分
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* コメント依頼でも述べましたが、まずは、コミュニティーの貴重な資源を、今回の投票などに消費させてしま(うような言動をてしま)ったことをお詫びします。 |
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''まだコメントは行われていません。'' |
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* 今回問題視された言動については、[[Wikipedia:コメント依頼/青子守歌#被依頼者コメント|コメント依頼の非依頼者コメント]]にて説明と謝罪および対応策を述べていますので、そちらをご覧ください。自己認識では、各位からのコメントの理解、問題とされた部分について全面的に非を認めての謝罪、そして後の改善方法の提出まで(効果測定は今後になりますが)、現時点で私が可能な&必要な対応は(一旦は)一通り実施できたものと思っています。 |
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* さて、この場は「自己弁護」の場でもあるはずなので、1点だけ自己弁護します。コメント依頼での自己分析でも述べた通り、今回の問題は[[WP:EF|編集フィルター]]に関する部分で発生したという認識であって、'''管理者権限そのものに関わる部分ではなかった'''ことについて書いておきたいと思います。履歴等ご覧の通り、これまで管理者権限を幾度となくそれなりの回数を行使してきました。その行使やそれに係る活動においては、もちろん完璧ではなく時には大小様々な失敗もありはしましたが、コミュニティーやプロジェクトへの致命的な損傷につながるようなものはなく、発生した失敗に対しても放置せず都度都度改善し、活動を続けてきました。それができていたことが、今日ここまで管理者権限を任されていた理由であると思っています。その中で、特に今回のコメント依頼の問題点が「発言方法」に関する部分でしたので、コメント依頼が出た時に改めて振り返って過去(特に最近を対象に)ある程度を見返してみました。その結果、管理者権限に関する発言、例えば「記事の保護を実施した場合のノートでの説明」「投稿ブロック時の被ブロック者との対話など」について、今のところ同種の問題を発見できていません。つまり、おそらく、これまでの実績としては管理者権限に関する振る舞いにおいては(これももちろん完璧ではないにせよ)基本的にこのような問題は発生しなていなかったのだろうと考えています。このような差分がある理由について考えてみると、やはり、管理者権限は、権限自体の大きさと(あまり喜ばしいことではありませんが)その名称による圧力によって、普段以上に、より慎重な発言と行動ができていた結果だと思います。特に、管理者権限を行使する際には、基本的にはウィキペディア初心者・初級者らが相手になりやすいため、彼らへの丁寧な説明や対応(ともすれば多少の心配り)が必要であることを意識的に心がけていることは、その結果をもたらしたモノの1つだろうと考えます。もちろん、単に事例が発見できていないだけでコメント依頼で問題となったような発言がまったくなかったということも断言できません。特に同様に考えれば起きやすかったはずなのは、同じように管理者権限を持った人への発言と考えられますが、編集フィルターが絡まない部分では特に見つけられませんでした。もし同種の事例を管理者権限に関して記憶しているor見つけたという方がいらっしゃれば、ぜひ教えてください。この機会に改めて分析と改善策につなげたいと思います。また、過去についてのみ述べましたが、将来については、今回のような指向や性格が、今後未来永劫絶対に管理者権限の行使において影響させないと断言し約束することは極めて困難ですが、胸に刻み努力したいとは思っています。 |
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* なお、問題となった編集フィルター(の編集者権限)においては、[[Wikipedia:編集フィルター/権限付与の申請/2010年#付与:青子守歌|編集者としての追認]]を受けており、基本的に管理者権限とは独立して任されていると考えています。今回のコメント依頼が直接的には編集フィルターに関する部分での問題があったとの指摘を考えれば、もし仮にこれが編集フィルター編集者の除去依頼に対してであったならば、特に自己弁護できることはなかったと思います。 |
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* ただし、コメント依頼にも述べた通り、根本的には私個人の性根や思考回路のようなものが由来の言動であったことは確かであって、それらの根本的な精神構造は、管理者信任の時から変化していないことも、そしておそらく近い将来もほぼ変えられないことは、間違いないと考えています。個人的な考えでは、管理者権限行使(というかウィキペディアの活動)においてそのような各個人が根っこに持つ思想などは直接評価せず、投稿履歴などから遡れる「最高の百科事典を作成する」ことに対する言動と貢献結果にのみ着目して判断することを是としますが、そうではない考えの利用者たちとも共存協力するのがコミュニティー活動だとも思っています。そのような方々にとっても、信任投票の当時においては(信任された結果だけ見れば)「まぁ(気をつけてもらえば)大丈夫だろう」と思われていたのだと推察します。一方で、時の流れや時代の風潮などによって参加者自体が入れ替わりコミュニティーは変化してきました。その変質を考えれば、直近のコメント依頼は一旦置いといたとしても、今この時点で、色々ひっくるめて改めてフラットに「'''青子守歌が管理者権限を(今後も)適切に行使できそうか'''」の判断を投票とコメントでもらうことは、結果がどうであれ今後の私の活動にとって意義がありとても有用なものになると考えており、投票実施には賛同するものです(間に合いませんでしたが非依頼者コメントへの応答によっては自分で依頼を出す準備もしていました)。先述の通り、投票の実施によってコミュニティーの貴重な資源が消費されてしまうこと自体は好ましいことではなく申し訳ない気持ちでいっぱいですが、コミュニティーが1人1人によって形成されていることを考えれば、そのような意義や有用性は、私だけではなくコミュニティー自体の改善にも貢献するはずだとも思っています。 |
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* 最後に、改めての信任/解任投票になるので、そのための別の切り口の材料として、直近の過去と未来の私自身の活動について述べておきます。 |
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** 投稿履歴などをご覧になれば分かる通り、ここ数年は活動頻度がそれなりに低下しており、元から散発的であったこともあって、1ヶ月近くなんの活動もできなかったこともありました。活動時にも、ごく短時間しか時間が取れないこともよくあり、その場合は、目についた依頼(主に[[CAT:CSD]]の消化)の対応程度で終わることもありました。 |
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** また、ウォッチリストを開いたりメールを見るのは習慣づいているため、なにかに大きなことに気づかなかったということはあまりないはずと思いますが、気づいてもすぐに対応できなかったことは何度もありました。 |
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** 逆に、時間が取れるときは1-2週間ぐらいまとめて余裕ができることもあるので、そういう折に「誰もやらなさそう」な重そうな提案や議論をしていたことが履歴などから見えると思います。 |
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** あと、あまり表立って見えない部分では、[[WP:VRT|info-jaメール]]への対応ボランティアとしては継続して活動しており、そちらでは<small>(動いている人数が限られていることもあって「誰かがやらなきゃな」の意識が強く働くことに起因して)</small>、最高優先度ではないにせよなんとか必要十分な活動をしてきたと思います。特に、存命人物からの問い合わせ対応は(彼らの立場に立ってみれば)それなりに重要であることから、「なんとか可能な範囲で彼らに寄り添った対応をしてあげたい」vs「ウィキペディア日本語版の方針や精神も十分に理解しているので守らなきゃ」の狭間で葛藤しながら対応していました。具体的な事例は非公開なので挙げられませんが、たまに急に存命人物の記事を編集したりしているうちの何割かは、info-jaメール対応によるものでした。 |
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** プロジェクト参加者としての本務である記事執筆についても、まとまった時間が取れないため直近でこれといった業績が挙げられておらず、自分の中では不満に思っています。直近でできたことと言えば、精々、プロジェクト外での自分の活動で必要になった情報に関する英語版の記事を何個か翻訳したことぐらいが出力といったところです。専門分野の記事充実のための資料集め(教科書購入など)は趣味の範囲で続けられていますがまだ応用はできていません。 |
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** 今後についても、しばらく(年単位では)、これらの状況や活動のやり方は大きく変わらない見込みです。大きな貢献ができる気はあまりしていませんが、できる人がやった小さなことが集まったウィキというシステムと精神に乗っかり、管理者権限の行使などで砂のひと粒ずつでも対応することの意義はあるはずだと信じて、今後も活動を続けていくだろうと思います。もし管理者権限がなくなった場合の影響は、info-jaメールへの対応などが困難になるためおそらく辞任することになるのと、CSDへの対応がなくなるため投稿履歴などオンウィキで記録に残る活動はもっと目に見えて頻度が下がるように見えるかもしれません。本務については、権限の有無に関わらずになると思います。強いて言えば[[Wikipedia:良質な記事/良質な記事の再選考/ハーゲン・ポアズイユ流れ_20230525|自分が大部分を書いた記事への再選考]]で指摘されたコメントは、手元の資料でも十分に加筆できるので、次のまとまった時間では、それらを加筆して、再々選考にかけられればなとは思っていますが、いつになるかは約束が難しいです。 |
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以上をもって、解任投票へ投票される方々へのコメントとします。なおご存知の通りここの発言は一度きりで加筆修正などできませんので、なにか特段、私に対して質問や応答がほしいコメントなどがある方は、[[Wikipedia:コメント依頼/青子守歌|元のコメント依頼]]か、コメント依頼の内容とずれるかもなど判断が迷う場合は[[利用者‐会話:青子守歌|私の会話ページ]]などへいただければと思います。--[[利用者:青子守歌|青子守歌]]<small>([[利用者‐会話:青子守歌|会話]]/[[特別:投稿記録/青子守歌|履歴]])</small> 2023年6月11日 (日) 10:03 (UTC) |
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<!--自己弁護に対する第三者からのコメントは認められていません。コメントをする場合は、コメント依頼やノートなど適切なページで行って下さい。--> |
<!--自己弁護に対する第三者からのコメントは認められていません。コメントをする場合は、コメント依頼やノートなど適切なページで行って下さい。--> |
2023年6月11日 (日) 10:03時点における版
投票のテストは投票サンドボックスでできます。 |
利用者:青子守歌 の管理者解任の投票
- 青子守歌(会話 | 投稿 | ブロック | 保護 | 削除 | 移動) / 利用者ページへのリンク一覧
- Wikipedia:コメント依頼/青子守歌
投票のスケジュール
- 以下のスケジュールを確認・投票する前に
- してください。キャッシュを破棄しないと現在時刻などが更新されません。(現在のウィンドウ/タブで開いてください)
この投票は 2023年6月11日 (日) 03:59 (UTC) に提出された動議の成立に基づき行われています。動議提出日時が投票権の基準となります。
現在の状態は★のあるところです。現在時刻:2024年11月23日 (土) 00:15 (UTC)
投票結果確定
- 猶予期間 - 2023年6月11日 (日) 07:12 (UTC) から 2023年6月13日 (火) 07:12 (UTC) まで
- 投票フェイズに移行してから48時間の猶予期間です。投票は、猶予期間が終了してから行ってください。
- 投票期間 - 2023年6月13日 (火) 07:12 (UTC) から 2023年6月20日 (火) 07:12 (UTC) まで
- 賛成または反対の形で投票を行います。
- 異議申立及び確認訂正可能期間 - 2023年6月20日 (火) 07:12 (UTC) から 2023年6月23日 (金) 07:12 (UTC) まで
- 投票結果の確認や結果確認の訂正及び、投票結果最終確定のための異議申立を受け付けます。
- 異議申立期間 - 2023年6月23日 (金) 07:12 (UTC) から 2023年6月27日 (火) 07:12 (UTC) まで
- 投票結果最終確定のための異議申立を受け付けます。
- ★投票結果確定
- 投票結果が確定しました。
利用者:青子守歌 より
青子守歌 からのコメントを表示するには右の [表示] をクリックしてください。
- コメント依頼でも述べましたが、まずは、コミュニティーの貴重な資源を、今回の投票などに消費させてしま(うような言動をてしま)ったことをお詫びします。
- 今回問題視された言動については、コメント依頼の非依頼者コメントにて説明と謝罪および対応策を述べていますので、そちらをご覧ください。自己認識では、各位からのコメントの理解、問題とされた部分について全面的に非を認めての謝罪、そして後の改善方法の提出まで(効果測定は今後になりますが)、現時点で私が可能な&必要な対応は(一旦は)一通り実施できたものと思っています。
- さて、この場は「自己弁護」の場でもあるはずなので、1点だけ自己弁護します。コメント依頼での自己分析でも述べた通り、今回の問題は編集フィルターに関する部分で発生したという認識であって、管理者権限そのものに関わる部分ではなかったことについて書いておきたいと思います。履歴等ご覧の通り、これまで管理者権限を幾度となくそれなりの回数を行使してきました。その行使やそれに係る活動においては、もちろん完璧ではなく時には大小様々な失敗もありはしましたが、コミュニティーやプロジェクトへの致命的な損傷につながるようなものはなく、発生した失敗に対しても放置せず都度都度改善し、活動を続けてきました。それができていたことが、今日ここまで管理者権限を任されていた理由であると思っています。その中で、特に今回のコメント依頼の問題点が「発言方法」に関する部分でしたので、コメント依頼が出た時に改めて振り返って過去(特に最近を対象に)ある程度を見返してみました。その結果、管理者権限に関する発言、例えば「記事の保護を実施した場合のノートでの説明」「投稿ブロック時の被ブロック者との対話など」について、今のところ同種の問題を発見できていません。つまり、おそらく、これまでの実績としては管理者権限に関する振る舞いにおいては(これももちろん完璧ではないにせよ)基本的にこのような問題は発生しなていなかったのだろうと考えています。このような差分がある理由について考えてみると、やはり、管理者権限は、権限自体の大きさと(あまり喜ばしいことではありませんが)その名称による圧力によって、普段以上に、より慎重な発言と行動ができていた結果だと思います。特に、管理者権限を行使する際には、基本的にはウィキペディア初心者・初級者らが相手になりやすいため、彼らへの丁寧な説明や対応(ともすれば多少の心配り)が必要であることを意識的に心がけていることは、その結果をもたらしたモノの1つだろうと考えます。もちろん、単に事例が発見できていないだけでコメント依頼で問題となったような発言がまったくなかったということも断言できません。特に同様に考えれば起きやすかったはずなのは、同じように管理者権限を持った人への発言と考えられますが、編集フィルターが絡まない部分では特に見つけられませんでした。もし同種の事例を管理者権限に関して記憶しているor見つけたという方がいらっしゃれば、ぜひ教えてください。この機会に改めて分析と改善策につなげたいと思います。また、過去についてのみ述べましたが、将来については、今回のような指向や性格が、今後未来永劫絶対に管理者権限の行使において影響させないと断言し約束することは極めて困難ですが、胸に刻み努力したいとは思っています。
- なお、問題となった編集フィルター(の編集者権限)においては、編集者としての追認を受けており、基本的に管理者権限とは独立して任されていると考えています。今回のコメント依頼が直接的には編集フィルターに関する部分での問題があったとの指摘を考えれば、もし仮にこれが編集フィルター編集者の除去依頼に対してであったならば、特に自己弁護できることはなかったと思います。
- ただし、コメント依頼にも述べた通り、根本的には私個人の性根や思考回路のようなものが由来の言動であったことは確かであって、それらの根本的な精神構造は、管理者信任の時から変化していないことも、そしておそらく近い将来もほぼ変えられないことは、間違いないと考えています。個人的な考えでは、管理者権限行使(というかウィキペディアの活動)においてそのような各個人が根っこに持つ思想などは直接評価せず、投稿履歴などから遡れる「最高の百科事典を作成する」ことに対する言動と貢献結果にのみ着目して判断することを是としますが、そうではない考えの利用者たちとも共存協力するのがコミュニティー活動だとも思っています。そのような方々にとっても、信任投票の当時においては(信任された結果だけ見れば)「まぁ(気をつけてもらえば)大丈夫だろう」と思われていたのだと推察します。一方で、時の流れや時代の風潮などによって参加者自体が入れ替わりコミュニティーは変化してきました。その変質を考えれば、直近のコメント依頼は一旦置いといたとしても、今この時点で、色々ひっくるめて改めてフラットに「青子守歌が管理者権限を(今後も)適切に行使できそうか」の判断を投票とコメントでもらうことは、結果がどうであれ今後の私の活動にとって意義がありとても有用なものになると考えており、投票実施には賛同するものです(間に合いませんでしたが非依頼者コメントへの応答によっては自分で依頼を出す準備もしていました)。先述の通り、投票の実施によってコミュニティーの貴重な資源が消費されてしまうこと自体は好ましいことではなく申し訳ない気持ちでいっぱいですが、コミュニティーが1人1人によって形成されていることを考えれば、そのような意義や有用性は、私だけではなくコミュニティー自体の改善にも貢献するはずだとも思っています。
- 最後に、改めての信任/解任投票になるので、そのための別の切り口の材料として、直近の過去と未来の私自身の活動について述べておきます。
- 投稿履歴などをご覧になれば分かる通り、ここ数年は活動頻度がそれなりに低下しており、元から散発的であったこともあって、1ヶ月近くなんの活動もできなかったこともありました。活動時にも、ごく短時間しか時間が取れないこともよくあり、その場合は、目についた依頼(主にCAT:CSDの消化)の対応程度で終わることもありました。
- また、ウォッチリストを開いたりメールを見るのは習慣づいているため、なにかに大きなことに気づかなかったということはあまりないはずと思いますが、気づいてもすぐに対応できなかったことは何度もありました。
- 逆に、時間が取れるときは1-2週間ぐらいまとめて余裕ができることもあるので、そういう折に「誰もやらなさそう」な重そうな提案や議論をしていたことが履歴などから見えると思います。
- あと、あまり表立って見えない部分では、info-jaメールへの対応ボランティアとしては継続して活動しており、そちらでは(動いている人数が限られていることもあって「誰かがやらなきゃな」の意識が強く働くことに起因して)、最高優先度ではないにせよなんとか必要十分な活動をしてきたと思います。特に、存命人物からの問い合わせ対応は(彼らの立場に立ってみれば)それなりに重要であることから、「なんとか可能な範囲で彼らに寄り添った対応をしてあげたい」vs「ウィキペディア日本語版の方針や精神も十分に理解しているので守らなきゃ」の狭間で葛藤しながら対応していました。具体的な事例は非公開なので挙げられませんが、たまに急に存命人物の記事を編集したりしているうちの何割かは、info-jaメール対応によるものでした。
- プロジェクト参加者としての本務である記事執筆についても、まとまった時間が取れないため直近でこれといった業績が挙げられておらず、自分の中では不満に思っています。直近でできたことと言えば、精々、プロジェクト外での自分の活動で必要になった情報に関する英語版の記事を何個か翻訳したことぐらいが出力といったところです。専門分野の記事充実のための資料集め(教科書購入など)は趣味の範囲で続けられていますがまだ応用はできていません。
- 今後についても、しばらく(年単位では)、これらの状況や活動のやり方は大きく変わらない見込みです。大きな貢献ができる気はあまりしていませんが、できる人がやった小さなことが集まったウィキというシステムと精神に乗っかり、管理者権限の行使などで砂のひと粒ずつでも対応することの意義はあるはずだと信じて、今後も活動を続けていくだろうと思います。もし管理者権限がなくなった場合の影響は、info-jaメールへの対応などが困難になるためおそらく辞任することになるのと、CSDへの対応がなくなるため投稿履歴などオンウィキで記録に残る活動はもっと目に見えて頻度が下がるように見えるかもしれません。本務については、権限の有無に関わらずになると思います。強いて言えば自分が大部分を書いた記事への再選考で指摘されたコメントは、手元の資料でも十分に加筆できるので、次のまとまった時間では、それらを加筆して、再々選考にかけられればなとは思っていますが、いつになるかは約束が難しいです。
以上をもって、解任投票へ投票される方々へのコメントとします。なおご存知の通りここの発言は一度きりで加筆修正などできませんので、なにか特段、私に対して質問や応答がほしいコメントなどがある方は、元のコメント依頼か、コメント依頼の内容とずれるかもなど判断が迷う場合は私の会話ページなどへいただければと思います。--青子守歌(会話/履歴) 2023年6月11日 (日) 10:03 (UTC)
投票は終了しました。
解任に賛成 (Demand the resignation of the sysop)
解任に反対 (Oppose the resignation of the sysop)
- 投票の資格
- 一定の条件を満たす利用者のみが投票できます。Wikipedia:管理者の解任#投票権者を参照ください。
- コメントについての注意
- この投票ページや、投票の際の要約欄にコメントを記載すると、投票が無効票になります。Wikipedia:コメント依頼/青子守歌やこの投票ページのノートなどでコメントを行うことは可能です。