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2022年12月30日 (金) 07:28時点における版
公共工事の契約制度(こうきょうこうじのけいやくせいど、The contracting systems for public works)は、公共調達(public procurement)のうち、日本の公共建設工事の契約制度について、以下の通り示す。
概論
- 公共工事の契約制度については、(当然ながら)その契約書を読み解くことで一定の概要を把握することができる[注釈 1]が、特に我が国における公共工事の契約については、各発注者においてその契約書の雛形を作成していることが多い。これら公共発注者の作成する契約書の雛形の原型となっているのが、中央建設業審議会が勧告する「公共工事標準請負契約約款」である。本稿も、概ね公共工事標準請負契約約款に沿って記載する。
- 公共工事の契約制度の特色の一つ目としては、発注者・受注者間の片務性の是正を目指していることがある。工事に限らず、多くの契約は発注者よりも受注者に負担が偏りがちであるが、特に工事請負契約は、受注者の立場が弱いと言われる。[注釈 2][注釈 3]建設業は、歴史的には、「一種の賤業であるかのごとく」見られ、建設業従事者は「請負師」と称し、「博徒の類をもって遇され」た時代があった。[注釈 4][注釈 5]特に全建設投資の約4割[1]を占める公共発注者の契約では、これを是正する観点から様々な対策が行われている。後述する、スライド条項や不可抗力条項はその典型例である。
- 公共工事の契約制度の特色のもう一つは、適切な施工体制の確保を求めることにある。建設業は、その労働集約的性格、また一つの案件に大きな資本投資が求められる性格がある上に、伝統的に盤石な資本を持ち合わせていない業者が一定数存在してきたこと、また当然ながら公共工事が税金を投じるものであるため、発注者は、資金・人材等の資本が受注者において十分に確保されることに注意する必要がある。資金の確保という点においては、発注者の承諾なしに債権譲渡ができないこと、前払金保証・契約保証といった保証制度にその特色があり、人材の確保という観点からは、建設業法上の主任技術者・監理技術者の専任要件等に特色がある。施工体制台帳や、施工体系図の作成も、適正な施工体制確保に寄与している。
- なお、本稿は主として工事を念頭に置いているが、建設コンサルタント業務についても、これに準じた制度となっている場合が多いため、参考にされたい。
公共工事標準請負契約約款
- 公共工事標準請負契約約款(以下、単に「公共約款」という。)は建設業法(昭和24年法律第100号)第34条第2項の規定に基づき、中央建設業審議会から勧告されている。
- 公共約款の規定は、発注者が全てその規定通りに守らなければならないという性質のものではないか、ほとんどの公共発注者が作成する契約書の雛形は、公共約款の規定ぶりに沿ったものとなっている。
- なお、本頁における各事項の記載については、公共約款に規定されているものが多いため、「(公共約款第〇条)」といった形で記載する。
債権譲渡(公共約款第5条)
設計図書
一括下請負の禁止(建設業法第22条)
技術者
工事の延期・中止
社会保険未加入
- 他の産業でもしばしば見られることであるが、建設産業においては、下請企業を中心に、法令によって加入が義務付けられている健康保険、厚生年金保険、雇用保険、労災保険の各保険(以下「社会保険」という。)について、企業の未加入や労働者の未加入等によって、法定福利費を適正に負担しない企業が多数存在するといわれてきた。これに対する対策の一環として、まずは公共工事の受注者から社会保険未加入業者を排除するという施策が行われている。
- 具体的には、法定福利費の
- 現在では、下請企業における社会保険未加入対策も行われており、例えば国土交通省直轄工事においては、下請企業も含めた未加入企業の排除が行われている。
スライド条項(公共約款第26条)
不可抗力(公共約款第30条)
前金払・中間前金払・部分払
前払金保証、中間前払金保証、契約(履行)保証
公共工事の受注者には、伝統的に盤石な資本を持ち合わせていない業者が一定数存在してきたため、その資本を保証するという観点から、各種保証制度が存在している。ここでは、前払金保証制度、中間前払金保証制度、契約(履行)保証制度について述べる。なお、開札前の保証制度としては、入札保証制度(入札ボンド)が存在している。
前払金保証制度
- 前払金保証制度は、「公共工事の前払金保証事業に関する法律」(昭和27年6月12日法律第184号)に基づき行われている。前述のとおり、公共工事においては、発注した工事の円滑、適正な施工を支援するために、工事代金の一部(通常は4割)を前払いする制度(前払金制度)が存在しているが、発注者側とすれば、これを担保する仕組みが必要であるため、戦後早い時期から前払金保証制度が実施されてきた。
- 登録されている前払金保証事業会社は、東日本建設業保証会社、西日本建設業保証株式会社、北海道建設業信用保証株式会社の3社となっている。
→詳細は「公共工事前払金保証事業」を参照
中間前払金保証制度
- 中間前払金保証制度は、中間前金払を保証する制度。基本的には前払金保証と変わらない。「公共工事の前払金保証事業に関する法律」(昭和27年6月12日法律第184号)の規制の中にあり、本保証を行える事業者も今日、東日本建設業保証会社、西日本建設業保証株式会社、北海道建設業信用保証株式会社の3社のみである。
契約(履行)保証制度(履行ボンド)
- 契約(履行)保証制度(履行ボンド)とは、受注者の責めに帰すべき事由により受注者が債務不履行に陥った場合に、発注者が被る金銭的損害を補填することの保証(金銭的保証)、又は残工事を保証人が選定する代替履行会社に完成させることの保証(役務的保証)の証書(履行ボンド)の提出を契約の相手方に対して求める制度をいう。
- 従前、公共工事においては工事完成保証人の活用が広く行われてきたが、[注釈 6]平成初期の入札制度改革[注釈 7]本の中で、来競争環境にあるべき他社が対価なしに保証を行うことの不自然さや、談合助長の可能性の指摘を受け、廃止された。履行ボンドの主なものとしては、契約保証金の納付や、建設業保証事業会社が行う契約保証、また、保険会社が発行する履行保証保険などが存在する。
電子保証
- これまで、前払金保証、中間前払金保証、契約(履行)保証においては、いずれも紙面による保証証書のやり取りが行われてきたが、令和4年3月14日付の公共約款改正等に伴い、電子保証が導入されつつある。
- 現在、本格的に導入が開始されているのは、東日本建設業保証会社、西日本建設業保証株式会社、北海道建設業信用保証株式会社の3社による「D-Sure」である。
- 現在は、国土交通省が導入しているほかはいくつかの地方自治体で導入されている程度であるが、徐々に広まっていくものと思われる。
契約解除
総価契約単価合意方式
- 総価契約単価合意方式(そうかけいやくたんかごういほうしき)とは、総価契約[注釈 8]の一種。契約方式としては総価契約であるものの、単価についても事前に合意しておく方式をいう。
- 元々、公共工事では単なる総価契約が取られることが多かったが、スライド条項の適用など、途中での契約変更が一定存在し、また部分払も存在することから、事前に協議して合意しておくことにより、受発注者間のの契約変更協議の円滑化を図るために導入された。契約の双務性向上にも資するとされている。
- 国土交通省では平成22年4月1日以降に入札公告を行う、河川・道路等の全ての土木工事等から導入され、都道府県等においても一部導入が始まっている。
国庫債務負担行為
国庫債務負担行為とは、財政法第15条に基づき、国会の議決を経て、次年度以降(原則5年以内)にも効力が継続する債務を負担する行為のこと。国庫債務負担行為は、政府に債務負担権限を与えるのみであり、支出権限を与えるものではないため、実際に支出するに当たっては、その年度の歳出予算に改めて計上する必要がある。次年度以降の予算の執行を前提にしているという点で、予算の繰越とは異なる。予算の単年度主義の原則から外れるのではないかとの指摘がある。
脚注
注釈
- ^ 「土建請負契約の法規範関係は、言うまでもなく、請負契約書において命題化されている。」川島武宜「土建請負契約論」(1950,日本評論社)p15
- ^ 「(前略)土建請負契約は、まさに、(中略)双務契約に該当することになる。(中略)ところが、土建請負契約、特に官公署を注文者とする土建請負契約は、(中略)「片務契約」であるとして非難されてきた。」川島武宜「土建請負契約論」(1950,日本評論社)p3
- ^ 「請負に関係する多くの役人は、請負契約が契約であるとはいえ、国家が業者に工事を明示諸般の義務を上から課するものであって、業者と対等な地位で相互に義務を負うものとして意識してはいないことを率直にわれわれに告白しているし、業者もまた、請負に際しては、権力者から御用命をうけたまわると意識しているのであることは、しばしば業者がわれわれに語ったところである。」川島武宜「土建請負契約論」(1950,日本評論社)p21
- ^ その社会的地位の低さは、官庁工事の請負業者が、普通選挙実施まで衆議院議員の被選挙権すら与えられていなかったことからもわかる。なお、これらの記述は、荒井八太郎「建設請負契約論」(1967,勁草書房)p1に見られる。
- ^ 近代初頭から戦後初期にかけて、工事請負契約がどういった環境にあったかについては、川島武宜「土建請負契約論」(1950,日本評論社)、荒井八太郎「建設請負契約論」(1967,勁草書房)を参照されたい。
- ^ この制度のもとでは、談合を破った企業に対しては工事完成保証人を誰も引き受けないという「脅し」が機能するため、談合を助長する制度であるという指摘があった。
- ^ →詳細は「公共工事の入札制度」を参照
- ^ 単価契約の対義語。契約する数量が決まっている場合において、全体の価格を決めておく契約のことをいう。反対に、単価契約は、数量が決まっていない場合などに、ひとまず単価のみ合意することで契約する方式をいう。
出典
関連文献・リンク
- 川島武宜「土建請負契約論」(1950,日本評論社)(※)
- 荒井八太郎「建設請負契約論」(1967,勁草書房)(※)
- 建設業法研究会「公共工事標準請負契約約款の解説(改訂5版)」(2020、大成出版社)
- 建設業法(昭和24年法律第100号)
- 「建設工事標準請負契約約款について」(国土交通省HP)
- 日経クロステック「「民間工事にもスライド条項を」、日建連・宮本会長を突き動かす人材難への危機感」
- 「建設業における社会保険加入対策について」(国土交通省HP)
- 浅羽隆史「国庫債務負担行為の債務性と実態分析」(2021,証券経済研究)
- 藤井亮二、山田千秀「国庫債務負担行為の現状及び後年度への財政影響」(2020,専修大学社会科学研究所社会科学年報)
※いずれも、令和4年12月18日現在、国立国会図書館デジタルコレクション・個人送信資料より閲覧可。