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2022年10月8日 (土) 02:45時点における版
弥富市立大藤小学校 | |
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北緯35度5分4.1秒 東経136度44分59.5秒 / 北緯35.084472度 東経136.749861度座標: 北緯35度5分4.1秒 東経136度44分59.5秒 / 北緯35.084472度 東経136.749861度 | |
過去の名称 |
鍋田村立鍋田北部小学校 弥富町立鍋田北部小学校 弥富町立大藤小学校 |
国公私立の別 | 公立学校 |
設置者 | 弥富市 |
設立年月日 | 1873年 |
共学・別学 | 男女共学 |
学期 | 3学期制 |
学校コード | B123210008719 |
所在地 | 〒498-0041 |
愛知県弥富市芝井14丁目1175 | |
外部リンク | 公式ウェブサイト |
ウィキポータル 教育 ウィキプロジェクト 学校 |
弥富市立大藤小学校(やとみしりつおおふじしょうがっこう)は、愛知県弥富市芝井14丁目にある公立小学校。
概要
- 校区(行政区単位表記)は森津、鎌島、芝井、松名、寛延、間崎、稲元、稲吉、加稲、富島、大縄場であり、公立中学校へ進学する場合、弥富市立弥富中学校に進学する[1]。
- 旧・海部郡鍋田村の小学校であり、かつての校名は「鍋田北部小学校」である。現在の校名は1958年に改称されたのだが、校名は校区(旧・鍋田村北部)に存在した大藤村に由来する。
沿革
- 1873年(明治6年) - 寛延新田に寛延義校として開校。
- 1874年(明治7年) - 啓蒙学校に改称する。
- 1877年(明治10年) -
- 松名新田に唐崎学校が開校。
- 啓蒙学校が芝井新田に移転し、芝井学校に改称する。
- 芝井学校から稲地学校が分離する。
- 1887年(明治20年) - 芝井学校が尋常小学芝井学校、唐崎学校が尋常小学唐崎学校に改称する。
- 1889年(明治22年)10月1日 - 森津村、稲元新田、稲荷新田、芝井新田、鎌島新田、松名新田、寛延新田、間崎新田、川原欠新田が合併し、大藤村が発足。
- 1892年(明治25年) - 尋常小学芝井学校と尋常小学唐崎学校を統合し、大藤尋常小学校となる。現在地に校舎を新築し、移転する。
- 1906年(明治39年)7月1日 - 大藤村、両国村、弥富町の一部(中山新田)が合併し、鍋田村が発足する。
- 1907年(明治40年) - 鍋田村北部尋常小学校に改称する。
- 1909年(明治42年) - 高等科を設置し、鍋田村北部尋常高等小学校に改称する。
- 1941年(昭和16年)4月1日 - 鍋田村北部国民学校に改称する。
- 1947年(昭和22年)4月1日 - 鍋田村立鍋田北部小学校に改称する。
- 1955年(昭和30年)4月1日 - 彌富町、鍋田村、市江村の一部(楽平、佐古木新田、又八新田)と合併し、弥富町が発足。同時に弥富町立鍋田北部小学校に改称する。
- 1957年(昭和32年)4月1日 - 中川、川原欠が弥富町立弥富小学校前ケ須分校校区に移る。
- 1958年(昭和33年)4月1日 - 弥富町立大藤小学校に改称する。
- 1977年(昭和52年) - 新校舎が完成する。
- 1979年(昭和54年) - 南校舎、管理棟が完成する。
- 2006年(平成18年)4月1日 - 弥富町が十四山村を編入。市制施行し、弥富市となる。同時に弥富市立大藤小学校に改称する。
交通アクセス
- 近鉄名古屋線近鉄弥富駅下車、徒歩約50分。
- 弥富市コミュニティバス南部ルート「松名」バス停より徒歩約8分。
周辺施設
- 弥富市立弥富中学校
- 弥富市立大藤保育所
- 愛知黎明高等学校
- 木曽岬町立木曽岬中学校
参考文献
- 弥富町誌編集委員会『弥富町誌』弥富町、1994年、pp. 390-391
- 海部郡弥富町教育委員会『やとみ 下巻』、1972年、pp. 45-49