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「普遍係数定理」の版間の差分

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{{Pathnav|[[数学]]|[[位相幾何学]]|[[代数的位相幾何学]]|[[ホモロジー代数学|ホモロジー代数]]|frame=1}}
[[代数トポロジー]]において、'''普遍係数定理'''(ふへんけいすうていり、{{lang-en-short|universal coefficient theorems}})はホモロジー論とコホモロジー論の間の関係を確立する。例えば、[[位相空間]] {{mvar|X}} の''整係数[[ホモロジー論]]''と、任意の[[アーベル群]] {{mvar|A}} に''係数をもつホモロジー''は以下のように関連する。整係数ホモロジー群 {{math|''H<sub>i</sub>''(''X''; '''Z''')}} は群 {{math|''H<sub>i</sub>''(''X''; ''A'')}} を完全に決定する。ここで {{math|''H<sub>i</sub>''}} は[[単体的ホモロジー]]あるいはより一般の[[特異ホモロジー]]論でもよい: 結果自体は[[自由アーベル群]]の[[チェイン複体]]についての[[ホモロジー代数]]の純粋な成果である。結果の形は、[[Tor関手]]を使うという代償を払って、他の係数 {{mvar|A}} を使うことができる形である。


'''普遍係数定理'''(ふへんけいすうていり、{{lang-en-short|universal coefficient theorems}})とは、[[単項イデアル整域]]{{Mvar|R}}上定義された[[ホモロジー (数学)|ホモロジー]]や[[コホモロジー]]から、{{Mvar|R}}-[[環上の加群|加群]]を係数とするホモロジーやコホモロジーを求める一連の定理の総称である。
例えば {{mvar|A}} を {{math|'''Z'''/2'''Z'''}} に取って係数が modulo 2 であるようにすることは一般的である。これはホモロジーに 2-[[捩れ (代数学)|捩れ]]がないことによって straightforward になる。極めて一般的に、結果は {{mvar|X}} の[[ベッチ数]] {{math|''b<sub>i</sub>''}} と[[可換体|体]] {{mvar|F}} に係数をもつベッチ数 {{math|''b''<sub>''i'',''F''</sub>}} の間に成り立つ関係を示す。これらは異なるかもしれないが、{{mvar|F}} の[[標数]]がホモロジーに {{mvar|p}}-捩れがある[[素数]] {{mvar|p}} であるときのみである。


定理は{{Mvar|R}}-加群として[[自由加群|自由]]な任意の[[鎖複体|チェイン複体]]に対して成立し、したがって特に[[特異ホモロジー|特異ホモロジー・コホモロジー]]のような[[位相幾何学|位相幾何学的]]な背景を持つホモロジー・コホモロジーに対して成立する。
== ホモロジーの場合のステートメント ==
[[加群のテンソル積]] {{math|''H<sub>i</sub>''(''X''; '''Z''') ⊗ ''A''}} を考えよう。定理は[[短完全列]]
:<math> 0 \to H_i(X; \mathbf{Z})\otimes A \overset{\mu}\to H_i(X;A) \to \operatorname{Tor}(H_{i-1}(X; \mathbf{Z}),A)\to 0</math>
が存在すると述べている。さらに、この列は、自然にではないが、[[分裂補題|分裂する]]。ここで {{mvar|μ}} は双線型写像 {{math|''H<sub>i</sub>''(''X''; '''Z''') &times; ''A'' → ''H<sub>i</sub>''(''X''; ''A'')}} によって誘導される写像である。


== 準備 ==
係数環 {{mvar|A}} が {{math|'''Z'''/''p'''''Z'''}} であれば、これは{{仮リンク|ボックシュテイン・スペクトル系列|en|Bockstein spectral sequence}}の特別な場合である。
本節では普遍係数定理を述べる準備として、チェイン複体とそのホモロジー、コチェイン複体とそのコホモロジーを復習し、さらに普遍係数定理を定式化するのに必要な概念である{{math|Tor}}関手、{{math|Ext}}関手を定義する。


=== ホモロジー ===
一般に、{{mvar|R}} を[[単項イデアル整域]]とする。{{math|''L''{{sub|&bull;}}}} を {{mvar|R}} 加群の[[鎖複体]]、{{mvar|M}} を {{mvar|R}} 加群とし、任意の {{math|''i'' &isin; '''Z'''}} に対して {{mvar|L{{sub|i}}}} が[[捩れなし加群]]であるとする。このとき、任意の {{math|''i'' &isin; '''Z'''}} に対して次の完全列が存在する:
:<math> 0 \to H_i(L_\bullet)\otimes_R M \to H_i(L_\bullet \otimes_R M) \to \operatorname{Tor}_1^R(H_{i-1}(L_\bullet),M)\to 0.</math>
さらに、任意の {{math|''i'' &isin; '''Z'''}} に対して {{mvar|L{{sub|i}}}} が[[自由加群]]ならばこの完全列は分裂する。


{{Mvar|R}}を[[可換環]]とするとき、整数{{Mvar|n}}を添え字として持つ{{Mvar|R}}-加群<math>C_n</math>と写像<math>\partial_n~:~C_n \to C_{n-1}</math>の組<math>C_* := (C_n,\partial_n)_{n\in\mathbb{Z}}</math>で、
{{mvar|M}} が[[平坦加群]]であれば、{{math|Tor}} の項は現れないことに注意。
:<math> \partial_{n-1}\circ \partial_n =0
</math>


となるもの{{Mvar|R}}上の[[鎖複体|'''チェイン複体''']]といい<ref name=":1">[[#河田]] pp.55-56.</ref>、
== コホモロジーに対する普遍係数定理 ==
:<math> H_n(C_*):=\mathrm{Ker}(\partial_n)/\mathrm{Im}(\partial_{n+1})</math>
{{mvar|G}} を主イデアル整域 {{mvar|R}}(例えば {{math|'''Z'''}} や体)上の加群とする。
を<math>C_*</math>の{{Mvar|n}}次の'''ホモロジー加群'''という<ref name=":1" />。


=== コホモロジー ===
[[Ext関手]]に関係する'''[[コホモロジー]]に対する普遍係数定理'''もある。これは自然な短完全列
可換環{{Mvar|R}}に対し、<math>C^* = (C^n,\delta^n)_{n\in\mathbb{Z}}</math>で<math>D_* := (C^{-n}, \delta^{-n})_{n\in\mathbb{Z}}</math>が{{Mvar|R}}上のチェイン複体になるものを'''コチェイン複体'''といい<ref name=":0">[[#河田]] p.69.</ref>、
:<math> 0 \to \operatorname{Ext}_R^1(\operatorname{H}_{i-1}(X; R), G) \to H^i(X; G) \overset{h} \to \operatorname{Hom}_R(H_i(X; R), G)\to 0</math>
:<math> H^n(C^*):=H_n(D_*)</math>
が存在することを述べている。ホモロジーの場合のように、列は自然にではないが分裂する。


を<math>C^*</math>の{{Mvar|n}}次の'''コホモロジー加群'''という<ref name=":0" />。
実際、
:<math>H_i(X;G) = \ker \partial_i \otimes G / \operatorname{im}\partial_{i+1} \otimes G</math>
とし、次のように定義する:
:<math>H^*(X; G) = \ker(\operatorname{Hom}(\partial, G)) / \operatorname{im}(\operatorname{Hom}(\partial, G)).</math>
このとき上の {{mvar|h}} はカノニカルな写像
:<math>h([f])([x]) = f(x).</math>
である。代替的な視点は{{仮リンク|アイレンバーグ・マックレーン空間|en|Eilenberg-MacLane space}}を経由してコホモロジーを表現することに基づくことができる。ここで写像 {{mvar|h}} は {{mvar|X}} から {{math|''K''(''G'', ''i'')}} への写像のホモトピー類をホモロジーに誘導される対応する写像に写す。したがって、アイレンバーグ・マックレーン空間はホモロジー[[関手]]の''弱右[[随伴関手|随伴]]'' (weak right [[:en:adjoint|adjoint]]) である<ref>{{Harv|Kainen|1971}}</ref>。
<!--
一般に、{{math|''L''{{sup|&bull;}}}} を {{mvar|R}} 加群の[[複体]]とし、任意の {{math|''i'' &isin; '''Z'''}} に対して {{mvar|L{{sup|i}}}} が自由加群であるとする。このとき、任意の {{math|''i'' &isin; '''Z'''}} に対して次の完全列が存在する:
:<math> 0 \to \operatorname{Ext}_R^1(H^{-i+1}(L^\bullet),G) \to H^i(\operatorname{Hom}_R(L^\bullet,G))
\to \operatorname{Hom}_R(H^{-i}(L^\bullet),G) \to 0.</math>


=== {{math|Tor}}関手 ===
{{mvar|G}} が[[入射加群]]であれば、{{math|Ext}} の項は現れないことに注意。
{{Main|Tor関手}}
-->


{{Mvar|R}}を単項イデアル整域とし、{{Mvar|M}}、{{Mvar|N}}を{{Mvar|R}}-[[環上の加群|加群]]とする。さらに短完全系列
== 例: 実射影空間の ''mod'' 2 コホモロジー ==
: <math>0 \longrightarrow A \overset{\iota}{\longrightarrow} B \overset{p}{\longrightarrow} M \to 0</math>
{{math|''X'' {{=}} '''P'''<sup>''n''</sup>('''R''')}} を{{仮リンク|実射影空間|en|real projective space}}としよう。{{math|''R'' {{=}} '''Z'''/2'''Z'''}} に係数をもつ {{mvar|X}} の特異コホモロジーを計算する。
で{{Mvar|A}}、{{Mvar|B}}が自由{{Mvar|R}}-加群であるものを選び<ref group="注" name=":0">具体的には{{mvar|M}}の{{Mvar|R}}上の生成元<math>(e_{\lambda})_{\lambda\in\Lambda}</math>を選び、<math>A:=R^{\Lambda}=\{(a_{\lambda})_{\lambda\in\Lambda}\mid a_{\lambda}\in R, </math>有限個の<math>\lambda</math>を除いて<math>a_{\lambda}=0\}</math>とし、<math>A \to R</math>を<math>(a_{\lambda})_{\lambda\in\Lambda}\to \sum_{\lambda\in\Lambda}a_{\lambda}e_{\lambda}</math>とし、{{mvar|B}}をこの写像の[[核 (代数学)|カーネル]]とすればよい。定義から明らかに{{mvar|A}}は{{mvar|R}}上自由である。また{{mvar|R}}は単項イデアル整域なので、自由加群{{mvar|A}}の部分加群である{{mvar|B}}も自由である。</ref>、
: <math>0 \longrightarrow A \otimes_R N\overset{\iota\otimes_R 1_N}{\longrightarrow} B \otimes_R N \overset{p\otimes_R 1_N}{\longrightarrow} M \otimes_R N \longrightarrow 0</math>
を考えると必ずしも完全系列にならない{{Refn|最初の{{mvar|0}}を除いた<math>A \otimes_R N\overset{\iota\otimes_R 1_N}{\longrightarrow} B \otimes_R N \overset{p\otimes_R 1_N}{\longrightarrow} M \otimes_R N \longrightarrow 0</math>は完全系列である<ref>[[#河田]] p.33.</ref>。|group=注}}。そこで
: <math>\mathrm{Tor}_R(M,N):=\mathrm{Ker}(\iota\otimes_R 1_N)</math>
と定義する<ref name=":4">[[#Dieck]] p.292.</ref>。<math>\mathrm{Tor}_R(M,N)</math>の定義は{{Mvar|A}}、{{Mvar|B}}の取り方に依存しているが、実は{{Mvar|A}}、{{Mvar|B}}を別のものに取り替えて定義した<math>\mathrm{Tor}_R(M,N)</math>と自然に同型になる事が知られているので[[well-defined]]である<ref name=":4" />。


<math>\mathrm{Tor}_R(\cdot,\cdot)</math>の事を'''{{math|Tor}}関手'''という。
整数ホモロジーは以下で与えられることを知っている:



:<math>H_i(X; \mathbf{Z}) =

なお、{{Mvar|R}}が単項イデアル整域とは限らない一般の環の場合にも{{Math|Tor}}が定義できるが本項では割愛する。また<math>\mathrm{Tor}_R(M,N)</math>の事を<math>\mathrm{Tor}^1_R(M,N)</math>と表記し、より一般に<math>\mathrm{Tor}^n_R(M,N)</math>({{math|1=''n''≧''0''}})を定義する場合もあるが、これも本項では割愛する。これらに関する詳細は[[Tor関手]]の項目を参照されたい。

{{math|Tor}}関手は以下の性質を満たす。
{{math theorem|命題{{Anchors|Torの性質}}|
{{Mvar|R}}を単項イデアル整域、{{Mvar|M}}、{{Mvar|N}}を{{Mvar|R}}-[[環上の加群|加群]]とするとき、次が成立する:
# <math>\mathrm{Tor}_R(M,N) \approx \mathrm{Tor}_R(N,M)</math>。<ref>[[#河田]] p.114.</ref>
# <math>\mathrm{Tor}_R(\oplus_{\lambda\in\Lambda}M_{\lambda},N) \approx \oplus_{\lambda\in\Lambda}\mathrm{Tor}_R(M_{\lambda},N)</math>。ここで「<math>\oplus</math>」は{{Mvar|R}}-加群としての直和を表す<ref>[[河田]] p.109.</ref>。
# {{Mvar|M}}が[[自由加群|自由]]{{Mvar|R}}-加群なら<math>\mathrm{Tor}_R(M,N) = 0</math>
# <math>\mathrm{Tor}_R(R/(x),N) \approx \{u\in N \mid xu = 0\}</math>。<ref name="名前なし-20230316123155">[[#Davis]] p.26.</ref>
# <math>\mathrm{Tor}_R(R/(x),R/(y)) \approx R/(\mathrm{gcd}(x,y))</math>、ここで{{Math|gcd(''x'',''y'')}}は{{Mvar|x}}と{{Mvar|y}}の最大公約元である。
# {{Mvar|K}}を標数{{mvar|0}}の体とするとき、任意の有限生成{{Mvar|R}}-加群{{mvar|M}}に対し、<math>\mathrm{Tor}_R(M,K) = 0</math>
}}
{{math proof|
1., 2.の証明は出典を参照。3.に関しては{{mvar|M}}が自由{{Mvar|R}}-加群であれば、
: <math>0 \to 0 \overset{\iota}{\to} M \overset{p}{\to} M \to 0</math>
という分解が可能なので、<math>\mathrm{Tor}_R(M,N) = \mathrm{Ker}(\iota \otimes_R 1_N)=0</math>である。

4.に関しては{{mvar|x}}倍する演算を「<math>x \cdot </math>」と書くと、
: <math>0 \to R \overset{x\cdot}{\to} R \overset{p}{\to} R/(x) \to 0</math>
という分解が可能であり、<math>R\oplus_R N\approx N</math>なので、
: <math>N \overset{x\cdot \otimes_R 1_N}{\to} N \overset{p \otimes 1_N}{\to} R/(x)\otimes_R N \to 0</math>
である。よって<math>\mathrm{Tor}_R(M,N) = \mathrm{Ker}(x\cdot \otimes_R 1_N)=\{u\in N \mid xu=0\}</math>である。

5.に関しては4.から直接従う。6.に関しては、{{mvar|M}}が有限生成なので、有限生成加群の基本定理より、{{mvar|R{{sup|n}}}}と{{math|''R''/(''x''{{sub|''i''}})}}の直和で書ける。よって1.により、<math>\mathrm{Tor}_R(M,N)</math>は<math>\mathrm{Tor}_R(R^n,N)</math>と<math>\mathrm{Tor}_R(R/(x_i),N)</math>の直和で書けるが、前者は3.より{{mvar|0}}に等しく、後者も4.により{{mvar|0}}に等しい。
|drop=yes}}

{{Mvar|R}}が単項イデアル整域であるので、{{Mvar|M}}、{{Mvar|N}}が有限生成である場合、[[#主イデアル整域上の有限生成加群の構造定理|有限生成加群の基本定理]]から、{{Mvar|M}}は{{Mvar|R{{sup|n}}}}と複数の{{Math|''R''/(''x''{{sub|''i''}})}}の直和で書け、{{Mvar|N}}も同様である。上述の1., 2.から{{Math|Tor{{sub|''R''}}}}は直和に関して分解できるので、上述の3., 5.を使うと、これらに対する{{Math|Tor{{sub|''R''}}}}を容易に計算できる。

=== {{Math|Ext}}関手 ===
{{Main|Ext関手}}{{math|Tor}}のときと同様、{{Mvar|R}}を単項イデアル整域とし、{{Mvar|M}}、{{Mvar|N}}を{{Mvar|R}}-[[環上の加群|加群]]とし、さらに短完全系列
: <math>0 \longrightarrow A \overset{\iota}{\longrightarrow} B \overset{p}{\longrightarrow} M \to 0</math>
で{{Mvar|A}}、{{Mvar|B}}が自由{{Mvar|R}}-加群であるものを選ぶ<ref name=":0" group="注" />。そして
: <math>0 \longrightarrow \mathrm{Hom}_R(M,N) \overset{p^*}{\longrightarrow} \mathrm{Hom}_R(B,N) \overset{\iota^*}{\longrightarrow} \mathrm{Hom}_R(A) \to 0</math>
を考えると必ずしも完全系列にはならない{{Refn|最後の{{mvar|0}}を除いた<math>0 \longrightarrow \mathrm{Hom}_R(M,N) \overset{p^*}{\longrightarrow} \mathrm{Hom}_R(B,N) \overset{\iota^*}{\longrightarrow} \mathrm{Hom}_R(A)</math>は完全系列である。<ref>[[#河田]] p.28.</ref>|group=注}}。そこで
: <math>\mathrm{Ext}_R(M,N):=\mathrm{Coker}_R(\iota^*)</math>
と定義する<ref name=":5">[[#Dieck]] p.294.</ref>。ここで{{Math|Coker}}は[[余核]]である。すなわち、<math>f~:~X \to Y</math>に対し、<math>\mathrm{Coker}(f)=Y/\mathrm{Im}(f)</math>である。



<math>\mathrm{Ext}_R(M,N)</math>の定義は{{Mvar|A}}、{{Mvar|B}}の取り方に依存しているが、実は{{Mvar|A}}、{{Mvar|B}}を別のものに取り替えて定義した<math>\mathrm{Ext}_R(M,N)</math>と自然に同型になる事が知られているので[[well-defined]]である<ref name=":5" />。

<math>\mathrm{Ext}_R(\cdot,\cdot)</math>の事を'''{{math|Ext}}関手'''という。



また<math>\mathrm{Ext}_R(M,N)</math>に関しても<math>\mathrm{Tor}_R(M,N)</math>と同様、{{Mvar|R}}が一般の環の場合に対しても定義できるし、<math>\mathrm{Ext}^n_R(M,N)</math>が定義できて<math>\mathrm{Ext}_R(M,N)=\mathrm{Ext}^1_R(M,N)</math>であるが、本項では説明を割愛する。詳細は[[Ext関手]]の項目を参照されたい。

{{math|Ext}}関手は以下を満たす:
{{math theorem|命題{{Anchors|Extの性質}}|
{{Mvar|R}}を単項イデアル整域、{{Mvar|M}}、{{Mvar|N}}を{{Mvar|R}}-[[環上の加群|加群]]とするとき、次が成立する:
# <math>\mathrm{Ext}(\oplus_{\lambda\in \Lambda}M_{\lambda},N)=\oplus_{\lambda\in \Lambda}\mathrm{Ext}(M_{\lambda},N)</math>。ここで「<math>\oplus</math>」は{{Mvar|R}}-加群としての直和である<ref name="kawada-118">[[#河田]] p.118.</ref>。
# <math>\mathrm{Ext}(M,\textstyle\prod_{\lambda\in \Lambda}N_{\lambda})=\textstyle\prod_{\lambda\in \Lambda}\mathrm{Ext}(M,N_{\lambda})</math>。ここで「<math>\textstyle\prod</math>」は{{Mvar|R}}-加群としての直積である<ref name="kawada-118" />。
# {{Mvar|M}}が自由{{Mvar|R}}-加群なら<math>\mathrm{Ext}(M,N)=0</math>
# <math>\mathrm{Ext}_R(R/(x),N) \approx N/(x)</math>。<ref name="名前なし-20230316123155"/>
# <math>\mathrm{Ext}_R(R/(x),R/(y)) \approx R/(\mathrm{gcd}(x,y))</math>、ここで{{Math|gcd(''x'',''y'')}}は{{Mvar|x}}と{{Mvar|y}}の最大公約元である。
# {{Mvar|K}}を標数{{mvar|0}}の体とするとき、任意の有限生成{{Mvar|R}}-加群{{mvar|M}}に対し、<math>\mathrm{Ext}_R(M,K) = 0</math>
}}

{{math proof|
1.、2.に関しては出典を参照。3.に関しては{{mvar|M}}が自由{{Mvar|R}}-加群であれば、
: <math>0 \to 0 \overset{\iota}{\to} M \overset{p}{\to} M \to 0</math>
という分解が可能なので、<math>\mathrm{Ext}(M,N)=\mathrm{Coker}(\iota^*)=0</math>である。

4.に関しては、{{mvar|x}}倍する演算を「<math>x \cdot </math>」と書くと、
: <math>0 \to R \overset{x\cdot}{\to} R \overset{p}{\to} R/(x) \to 0</math>
という分解が可能であり、
: <math>0 \to \mathrm{Hom}(R/(x),N) \overset{p^*}{\to} \mathrm{Hom}(R,N) \overset{(x\cdot)^*}{\to} \mathrm{Hom}(R,N) </math>
である。
ここで<math>\varphi\in \mathrm{Hom}(R,N)</math>に対し、<math>(x\cdot)^*(\varphi)(u)=\varphi(xu)=x\varphi(u)</math>である。
しかも<math>\varphi\in\mathrm{Hom}(R,N)</math>は<math>1\in R</math>の行き先により全ての<math>u\in R</math>の行き先が決まるので、<math>\mathrm{Hom}(R,N) \overset{\sim}{\to} N, \varphi\mapsto \varphi(1)</math>である。よって<math>\mathrm{Ext}_R(R/(x),N) </math><math>=\mathrm{Coker}((x\cdot)^*)</math><math>\approx N/(x)</math>である。

5.は4.から直接従う。6.に関しては、{{mvar|M}}が有限生成なので、有限生成加群の基本定理より、{{mvar|R{{sup|n}}}}と{{math|''R''/(''x''{{sub|''i''}})}}の直和で書ける。よって1.により、<math>\mathrm{Ext}_R(M,K)</math>は<math>\mathrm{Ext}_R(R^n,K)</math>と<math>\mathrm{Ext}_R(R/(x_i),K)</math>の直和で書けるが、前者は3.より{{mvar|0}}に等しく、後者も4.により{{mvar|0}}に等しい。
|drop=yes}}

{{math|Tor{{sub|R}}}}の場合と同様、{{mvar|M}}が有限生成{{mvar|R}}-加群であれば、これらの性質から{{math|Ext{{sub|R}}}}を具体的に計算できる。

== {{math|Tor}}に関する普遍係数定理 ==

=== ホモロジーの場合 ===
次の定理が成立することが知られている:
{{math theorem|定理|
{{Mvar|R}}を[[単項イデアル整域]]とし、{{Mvar|M}}を{{Mvar|R}}-[[環上の加群|加群]]とし、さらに<math>C_* := (C_n,\partial_n)_{n\in\mathbb{Z}}</math>を{{Mvar|R}}上のチェイン複体で、各{{Mvar|n}}に対し<math>C_n</math>が{{Mvar|R}}-加群として自由なものとする。このとき
:<math> 0 \to H_n(C_*) \otimes_R M \overset{\alpha}{\to} H_n(C_*\otimes M) \overset{\beta}{\to} \operatorname{Tor}_R(H_{n-1}(C_*),M) \to 0</math>

が[[完全系列|短完全系列]]となる{{Mvar|α}}、{{Mvar|β}}が存在する<ref name="Dieck295">[[#Dieck]] p.295.</ref>。

しかもこの短完全系列は<math>C_*</math>および{{Mvar|M}}に関して[[自然変換|自然]]である。さらにこの短完全系列は(自然ではなく)[[分裂補題|分裂]]する<ref name="Dieck295" />。
|note={{math|Tor}}に関する普遍係数定理{{Anchors|Torに関するホモロジーの普遍係数定理}}}}

上記の定理で{{Mvar|α}}は<math>[c]\otimes_R m\in H_n(C_*) \otimes_R M \mapsto [c \otimes_R m] \in H_n(C_* \otimes_R M)</math>と具体的に書ける<ref name="Dieck295" />。


なお、係数環 {{mvar|R}}が<math>\mathbb{Z}</math>で{{mvar|M}}が<math>\mathbb{Z}/p\mathbb{Z}</math>の場合は、上記の定理は{{仮リンク|ボックシュタイン・スペクトル系列|en|Bockstein spectral sequence}}の特別な場合に相当する。



<math>R=\mathbb{Z}</math>で各<math>H_n(C_*)</math>が有限生成加群である場合はホモロジーをより具体的に書ける。有限生成加群の基本的定理より、<math>H_n(C_*)</math>は自由加群部分{{Math|''F''{{sub|''n''}}}}と素数{{Mvar|p}}に対する<math>T_{n,p}=\{x\in H_n(C_*) \mid \exists m>0~:~ p^mx=0 \}</math>の和で書ける。(有限個の素数{{Mvar|p}}を除いて<math>T_{n,p}=0</math>である)。ここで[[普遍係数定理#Torの性質|前述したTorの性質]]を利用すると、以下がわかる:{{math theorem|命題|上記の設定のもと:
:<math>H_n(C_*\otimes M) \approx H_n(C_*)\otimes M
\oplus \operatorname{Tor}_R(H_{n-1}(C_*),M)
\approx
\begin{cases}
\begin{cases}
\mathbb{Z}_p{}^{\mathrm{rank}(F_n)+\mathrm{rank}(T_{n-1,p}\otimes \mathbb{Z}_p)} & \text{if } M=\mathbb{Z}_p\\
\mathbf{Z} & i = 0 \text{ or } i = n \text{ odd,}\\
M^{\mathrm{rank}(F_n)} & \text{if } M=\mathbb{Q},\mathbb{R},\mathbb{C}
\mathbf{Z}/2\mathbf{Z} & 0<i<n,\ i\ \text{odd,}\\
\end{cases}
0 & \text{else.}
\end{cases}</math>
</math>|note=}}


=== コホモロジーの場合 ===
{{math|Ext(''R'', ''R'') {{=}} ''R'', Ext('''Z''', ''R'') {{=}} 0}} なので上の完全列は
チェイン複体とコチェイン複体は添字の向きが違うだけなので、コチェイン複体に関しても同様の事実が従う:
{{math theorem|定理{{Anchors|Torに関するコホモロジーの普遍係数定理}}|
{{Mvar|R}}、{{Mvar|M}}を[[#Torに関するホモロジーの普遍係数定理|上述の定理]]と同様に取り、<math>C^*</math>を任意のコチェイン複体とすると、
:<math> 0 \to H^n(C^*)\otimes_R M \overset{\alpha}{\to} H^n(C^*\otimes_R M) \overset{\beta}{\to} \operatorname{Tor}_R(H^{n+1}(C^*),M) \to 0</math>
が[[完全系列|短完全系列]]となる{{Mvar|α}}、{{Mvar|β}}が存在する<ref name="Diek297">[[#Dieck]] p.297.</ref>。}}
この短完全系列が<math>C^*</math>、{{Mvar|M}}に関して[[自然変換|自然]]である事や[[分裂補題|分裂]]する事も[[#Torに関するホモロジーの普遍係数定理|前述の定理]]と同様である。


:<math>\forall i = 0, \cdots, n: \qquad \ H^i (X; R) = R</math>


また<math>R=\mathbb{Z}</math>で各<math>H^n(C_*)</math>が有限生成加群である場合は、ホモロジー場合と同様の形で具体的に書ける。
を生む。実は全[[コホモロジー環]]構造は


==={{Mvar|M}}係数のホモロジー・コホモロジーに対する普遍係数定理===
:<math>H^*(X; R) = R [w] / \left \langle w^{n+1} \right \rangle.</math>


上述のコチェイン複体関する普遍係数定理を{{Mvar|M}}を係数に持つコホモロジー(例えば{{Mvar|M}}を係数にもつ[[特異ホモロジー|特異コホモロジー]])に適用する場合は注意が必要である。
==系==
定理の特別な場合は整数コホモロジーを計算する。有限 CW 複体 {{mvar|X}} に対して、{{math|''H<sub>i</sub>''(''X''; '''Z''')}} は有限生成であり、したがって以下の[[有限生成アーベル群#準素分解|分解]]がある。


====定義====
:<math> H_i(X; \mathbf{Z}) \cong \mathbf{Z}^{\beta_i(X)}\oplus T_i,</math>
これまで同様{{Mvar|R}}が単項イデアル整域とし、{{Mvar|M}}を{{Mvar|R}}-加群する。{{Mvar|R}}上のチェイン複体<math>C_* := (C_n,\partial_n)_{n\in\mathbb{Z}}</math>に対し、
:<math> \partial_n{}^* ~:~\mathrm{Hom}_R(C_{n},M) \to \mathrm{Hom}_R(C_{n+1},M), ~~c \mapsto c \circ \partial_{n+1} </math>


と定義すると
ただし {{math|''β<sub>i</sub>''(''X'')}} は {{mvar|X}} の[[ベッチ数]]で <math>T_i</math> は <math>H_i</math> の捩れ部分である。次をチェックできる。
:<math> \partial_{n+1}{}^*\circ\partial_n{}^*=0


</math>
:<math> \operatorname{Hom}(H_i(X),\mathbf{Z}) \cong \operatorname{Hom}(\mathbf{Z}^{\beta_i(X)},\mathbf{Z}) \oplus \operatorname{Hom}(T_i, \mathbf{Z}) \cong \mathbf{Z}^{\beta_i(X)},</math>
であるので<math>\mathrm{Hom}_R(C_*,M):=(\mathrm{Hom}_R(C_*,M),\partial_n{}^*)_{n\in\mathbb{Z}}</math>はコチェイン複体である。<math>\mathrm{Hom}_R(C_*,M)</math>を{{Mvar|M}}に関する<math>C_* </math>の'''双対コチェイン複体'''({{lang-en-short|dual cochain complex}})という<ref name="Diek297" />。


{{math theorem|定義{{Anchors|係数つきホモロジー}}| 
および
* <math>H_n(C_*;M):=H_n(C_*\otimes_R M)</math>を<math>C_*</math>の{{mvar|n}}次の{{mvar|M}}'''に係数を持つホモロジー加群'''という<ref name="名前なし-20230316123155-2">[[#河田]] p.80.</ref>。
* <math>H^n(C_*;M):=H^n(\mathrm{Hom}(C_*,M))</math>を<math>C_*</math>の{{mvar|n}}次の{{mvar|M}}'''に係数を持つコホモロジー加群'''という<ref name="名前なし-20230316123155-2"/>。
}}


====ホモロジーの場合====
:<math>\operatorname{Ext}(H_i(X),\mathbf{Z}) \cong \operatorname{Ext}(\mathbf{Z}^{\beta_i(X)},\mathbf{Z}) \oplus \operatorname{Ext}(T_i, \mathbf{Z}) \cong T_i.</math>
{{mvar|M}}に係数を持つホモロジー加群の方はその定義により、
: <math>H_n(C_*;M)=H_n(C_*\otimes_R M)</math>
: <math>H_n(C_*;R)=H_n(C_*\otimes_R R)=H_n(C_*)</math>
なので、[[#Torに関するホモロジーの普遍係数定理|前述のホモロジーに関する普遍係数定理]]の<math>H_n(C_*\otimes_R M)</math>、<math>H_n(C_*)</math>を単純に置き換える事で、以下の系が従う:{{math theorem|系|
{{Mvar|R}}、{{Mvar|M}}を[[#Torに関するホモロジーの普遍係数定理|前述の定理]]と同様に取り、<math>C_*</math>を任意のチェイン複体とすると、
:<math> 0 \to H_n(C_*;R) \otimes_R M \overset{\alpha}{\to} H_n(C_*; M) \overset{\beta}{\to} \operatorname{Tor}_R(H_{n-1}(C_*;R),M) \to 0</math>
が短完全系列となる{{Mvar|α}}、{{mvar|β}}が存在する。}}


これは整数コホモロジーに対する以下ステートメントを与える:
====コホモロジーの場合====


一方、{{mvar|M}}'''を係数を持つコホモロジー加群の場合は若干の注意が必要'''である。実際、<math>C^*:=\mathrm{Hom}_R(C_*,R)</math>としてやると、
:<math> H^i(X;\mathbf{Z}) \cong \mathbf{Z}^{\beta_i(X)} \oplus T_{i-1}. </math>
: <math>H^n(C_*;R)=H^n(\mathrm{Hom}(C_*,R))=H^n(C^*)</math>
であるが、<math>H^n(C_*;M)</math>の方は
: <math>H^n(C^*;M)=H^n(\mathrm{Hom}(C_*,M))</math>
であり、[[#Torに関するコホモロジーの普遍係数定理|コホモロジーの普遍係数定理]]における
: <math>H^n(C^*\otimes_R M)=H^n(\mathrm{Hom}(C_*,R)\otimes_R M)</math>
とは異なるので単純に置き換える事ができない。しかし適切な条件下ではこれら2つが等しくなり、{{mvar|M}}を係数に持つコホモロジー加群の普遍係数定理を示す事ができる:

{{math theorem|定理|
{{Mvar|R}}、{{Mvar|M}}を[[#Torに関するホモロジーの普遍係数定理|前述の定理]]と同様に取り、さらに<math>C_* := (C_n,\partial_n)_{n\in\mathbb{Z}}</math>を{{Mvar|R}}上のチェイン複体で各{{Mvar|n}}に対し、<math>C_n</math>が{{Mvar|R}}-加群として自由なものとする。

このとき{{mvar|M}}が{{mvar|R}}上有限生成であるかもしくは全ての{{mvar|n}}に対して<math>H_n(C_*;R)</math>が{{mvar|R}}上有限生成であれば、任意の{{mvar|n}}に対して以下が[[完全系列]]になる{{Mvar|α}}、{{Mvar|β}}が存在する<ref>[[#Dieck]] p.297.</ref>:

: <math>0 \to H^n(C_*;R)\otimes_R M \overset{\alpha}{\to} H^n(C_*;M) \overset{\beta}{\to} \mathrm{Tor}_R(H^{n+1}(C_*;R),M)\to 0</math>.
}}

== {{Math|Ext}}に関する普遍係数定理 ==
{{math|Ext}}関手を使う事で、ホモロジーとコホモロジーの関係性を示す以下の普遍係数定理を示す事ができる。

[[#係数つきホモロジー|前に述べたように]]、チェイン複体<math>C_* </math>の双対コチェイン複体<math>\mathrm{Hom}_R(C_*,M):=(\mathrm{Hom}_R(C_*,M),\partial_n{}^*)_{n\in\mathbb{Z}}</math>に対し、{{Mvar|M}}を係数に持つコホモロジー加群を<math> H^n(C_*;M)=H^n(\mathrm{Hom}_R(C_*;M))</math>により定義する。

このとき以下の定理がしたがう:
{{math theorem|定理|
{{Mvar|R}}を[[単項イデアル整域]]とし、{{Mvar|M}}を{{Mvar|R}}-[[環上の加群|加群]]とし、さらに<math>C_* := (C_n,\partial_n)_{n\in\mathbb{Z}}</math>を{{Mvar|R}}上のチェイン複体で各{{Mvar|n}}に対し、<math>C_n</math>が{{Mvar|R}}-加群として自由なものする。このとき、
:<math> 0 \to \operatorname{Ext}_R(H_{n-1}(C_*),M) \overset{\beta}{\to} H^n(C_*; M) \overset{\alpha}{\to} \operatorname{Hom}_R(H_n(C_*), M)\to 0</math>
が[[完全系列|短完全系列]]となる{{Mvar|α}}、{{Mvar|β}}が存在する。

しかもこの短完全系列は<math>C_*</math>および{{Mvar|M}}に関して[[自然変換|自然]]である。さらにこの短完全系列は({{Mvar|M}}に関して自然だが<math>C_*</math>に関しては自然ではなく)[[分裂補題|分裂]]する<ref name="Dieck296" />。
|note={{Math|Ext}}に関する普遍係数定理{{Anchors|Extに関する普遍係数定理}}}}

上述の定理において{{Mvar|α}}は<math>[\varphi]\in H^n(C_*;M)=H^n(\textrm{Hom}_R(C_*,M))</math>に対し、<math>[c] \in H^n(C_*) \mapsto \varphi(c)\in M</math>という<math>\operatorname{Hom}_R(H_n(C_*), M)</math>の元を対応させる写像である<ref name="Dieck296">[[#Dieck]] p.296.</ref>。


<math>R=\mathbb{Z}</math>で各<math>H_n(C_*)</math>が有限生成加群である場合はコホモロジーをより具体的に書ける。有限生成加群の基本的定理より、<math>H_n(C_*)</math>は自由加群部分{{Math|''F''{{sub|''n''}}}}と捩れ部分群部分<math>T_n</math>の和で書ける。この事実と[[#Extの性質|{{Math|Ext}}の性質]]を利用すると、以下がわかる:{{math theorem|命題|上記の設定のもと以下が成立する<ref>[[#Davis]] p.46.</ref>:
:<math>H^n(C_*;\mathbb{Z}) \approx \mathrm{Hom}(H_n(C_*); \mathbb{Z})
\oplus \operatorname{Ext}_R(H_{n-1}(C_*),\mathbb{Z})
\approx
F_n \oplus T_{n-1}
</math>|note=}}

上記により<math>\mathbb{Z}</math>-係数コホモロジーさえ分かってしまえば、後は{{Math|Tor}}に関する普遍係数定理により他の係数のコホモロジーも求まる。

<math>H_n(C_*)</math>が有限生成であれば、[[#Extに関する普遍係数定理|上述の普遍係数定理]]でホモロジーとコホモロジーの役割を反転させた定理も成立する:
{{math theorem|定理|
{{Mvar|R}}を[[単項イデアル整域]]とし、{{Mvar|M}}を{{Mvar|R}}-[[環上の加群|加群]]とし、さらに<math>C_* := (C_n,\partial_n)_{n\in\mathbb{Z}}</math>を{{Mvar|R}}上のチェイン複体で各{{Mvar|n}}に対し、<math>C_n</math>が{{Mvar|R}}-加群として自由で、しかも<math>H_n(C_*)</math>が有限生成{{mvar|R}}-加群であるものとする。
このとき、
:<math> 0 \to \operatorname{Ext}_R(H^{n+1}(C_*),M) \overset{\beta}{\to} H_n(C_*; M) \overset{\alpha}{\to} \operatorname{Hom}_R(H^n(C_*), M)\to 0</math>
が[[完全系列|短完全系列]]となる{{Mvar|α}}、{{Mvar|β}}が存在し、この短完全系列は分裂する<ref name="Davis48" />。
|note=}}

上述の定理において、{{mvar|α}}は<math>[z]\otimes m \in H_n(C_*\otimes_R M)=H_n(C_*;M)</math>に対し、<math>[f]\in H^n(C_*)\mapsto f(z) m\in M</math>という<math>\mathrm{Hom}(H^n(C_*),M)</math>の元を対応させる写像である<ref name="Davis48">[[#Davis]] p.48.</ref>。


[[向き付け可能性|向き付け可能な]][[閉多様体|閉]][[連結空間|連結]] {{mvar|n}}-[[多様体]] {{mvar|X}} に対して、この系は[[ポアンカレ双対]]と合わせて {{math|''β<sub>i</sub>''(''X'') {{=}} ''β''<sub>''n''−''i''</sub>(''X'')}} を与える。


== 関連項目 ==
== 関連項目 ==
*{{仮リンク|キネットの定理|en|Künneth theorem}}
*{{仮リンク|キネットの定理|en|Künneth theorem}}


== 脚注 ==
== 脚注 ==

{{reflist}}
=== 出典 ===
{{reflist|20em}}

=== 注釈 ===
{{reflist|group="注"}}


== 参考文献 ==
== 参考文献 ==

*[[Allen Hatcher]], ''Algebraic Topology'', Cambridge University Press, Cambridge, 2002. ISBN 0-521-79540-0. A modern, geometrically flavored introduction to algebraic topology. The book is available free in PDF and PostScript formats on the [http://www.math.cornell.edu/~hatcher/AT/ATpage.html author's homepage].
*引用文献
* {{cite journal
** {{cite book|洋書|title=Algebraic Topology|date=2008/9/15|publisher=[[ヨーロッパ数学会|European Mathematical Society]]|ref=Dieck|author=Tammo tom Dieck|series=Ems Textbooks in Mathematics|isbn=978-3037190487}}
** {{cite book|和書|title=ホモロジー代数|date=1990/11/8|publisher=[[岩波書店]]|ref=河田|author=河田敬義|series=岩波基礎数学選書|isbn=978-4000078047}}
** {{Cite book|洋書|title=Lecture Notes in Algebraic Topology|date=2001/8/1|publisher=American Mathematical Society|author=James F. Davis, Paul Kirk|isbn=978-0821821602|series=Graduate Studies in Mathematics|ref=Davis}}
その他
**[[Allen Hatcher]], ''Algebraic Topology'', Cambridge University Press, Cambridge, 2002. ISBN 0-521-79540-0. A modern, geometrically flavored introduction to algebraic topology. The book is available free in PDF and PostScript formats on the [http://www.math.cornell.edu/~hatcher/AT/ATpage.html author's homepage].
** {{cite journal
| last = Kainen
| last = Kainen
| first = P. C.
| first = P. C.
101行目: 274行目:
| doi = 10.1007/bf01113560
| doi = 10.1007/bf01113560
}}
}}
* {{Cite book
** {{Cite book
| 和書
| 和書
| last1 = 志甫
| last1 = 志甫
114行目: 287行目:


== 外部リンク ==
== 外部リンク ==
*http://math.stackexchange.com/questions/767864/universal-coefficient-theorem-with-ring-coefficients/768481#768481
*[http://math.stackexchange.com/questions/767864/universal-coefficient-theorem-with-ring-coefficients/768481#768481 Universal coefficient theorem with ring coefficients] Mathematics


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2023年3月16日 (木) 12:31時点における最新版

普遍係数定理(ふへんけいすうていり、: universal coefficient theorems)とは、単項イデアル整域R上定義されたホモロジーコホモロジーから、R-加群を係数とするホモロジーやコホモロジーを求める一連の定理の総称である。

定理はR-加群として自由な任意のチェイン複体に対して成立し、したがって特に特異ホモロジー・コホモロジーのような位相幾何学的な背景を持つホモロジー・コホモロジーに対して成立する。

準備

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本節では普遍係数定理を述べる準備として、チェイン複体とそのホモロジー、コチェイン複体とそのコホモロジーを復習し、さらに普遍係数定理を定式化するのに必要な概念であるTor関手、Ext関手を定義する。

ホモロジー

[編集]

R可換環とするとき、整数nを添え字として持つR-加群と写像の組で、

となるものR上のチェイン複体といい[1]

n次のホモロジー加群という[1]

コホモロジー

[編集]

可換環Rに対し、R上のチェイン複体になるものをコチェイン複体といい[2]

n次のコホモロジー加群という[2]

Tor関手

[編集]

Rを単項イデアル整域とし、MNR-加群とする。さらに短完全系列

ABが自由R-加群であるものを選び[注 1]

を考えると必ずしも完全系列にならない[注 2]。そこで

と定義する[4]の定義はABの取り方に依存しているが、実はABを別のものに取り替えて定義したと自然に同型になる事が知られているのでwell-definedである[4]

の事をTor関手という。


なお、Rが単項イデアル整域とは限らない一般の環の場合にもTorが定義できるが本項では割愛する。またの事をと表記し、より一般にn0)を定義する場合もあるが、これも本項では割愛する。これらに関する詳細はTor関手の項目を参照されたい。

Tor関手は以下の性質を満たす。

命題 ―  Rを単項イデアル整域、MNR-加群とするとき、次が成立する:

  1. [5]
  2. 。ここで「」はR-加群としての直和を表す[6]
  3. M自由R-加群なら
  4. [7]
  5. 、ここでgcd(x,y)xyの最大公約元である。
  6. Kを標数0の体とするとき、任意の有限生成R-加群Mに対し、

Rが単項イデアル整域であるので、MNが有限生成である場合、有限生成加群の基本定理から、MRnと複数のR/(xi)の直和で書け、Nも同様である。上述の1., 2.からTorRは直和に関して分解できるので、上述の3., 5.を使うと、これらに対するTorRを容易に計算できる。

Ext関手

[編集]

Torのときと同様、Rを単項イデアル整域とし、MNR-加群とし、さらに短完全系列

ABが自由R-加群であるものを選ぶ[注 1]。そして

を考えると必ずしも完全系列にはならない[注 3]。そこで

と定義する[9]。ここでCoker余核である。すなわち、に対し、である。


の定義はABの取り方に依存しているが、実はABを別のものに取り替えて定義したと自然に同型になる事が知られているのでwell-definedである[9]

の事をExt関手という。


またに関してもと同様、Rが一般の環の場合に対しても定義できるし、が定義できてであるが、本項では説明を割愛する。詳細はExt関手の項目を参照されたい。

Ext関手は以下を満たす:

命題 ―  Rを単項イデアル整域、MNR-加群とするとき、次が成立する:

  1. 。ここで「」はR-加群としての直和である[10]
  2. 。ここで「」はR-加群としての直積である[10]
  3. Mが自由R-加群なら
  4. [7]
  5. 、ここでgcd(x,y)xyの最大公約元である。
  6. Kを標数0の体とするとき、任意の有限生成R-加群Mに対し、

TorRの場合と同様、Mが有限生成R-加群であれば、これらの性質からExtRを具体的に計算できる。

Torに関する普遍係数定理

[編集]

ホモロジーの場合

[編集]

次の定理が成立することが知られている:

定理 (Torに関する普遍係数定理) ―  R単項イデアル整域とし、MR-加群とし、さらにR上のチェイン複体で、各nに対しR-加群として自由なものとする。このとき

短完全系列となるαβが存在する[11]

しかもこの短完全系列はおよびMに関して自然である。さらにこの短完全系列は(自然ではなく)分裂する[11]

上記の定理でαと具体的に書ける[11]


なお、係数環 RMの場合は、上記の定理はボックシュタイン・スペクトル系列英語版の特別な場合に相当する。


で各が有限生成加群である場合はホモロジーをより具体的に書ける。有限生成加群の基本的定理より、は自由加群部分Fnと素数pに対するの和で書ける。(有限個の素数pを除いてである)。ここで前述したTorの性質を利用すると、以下がわかる:

命題 ― 上記の設定のもと:

コホモロジーの場合

[編集]

チェイン複体とコチェイン複体は添字の向きが違うだけなので、コチェイン複体に関しても同様の事実が従う:

定理 ―  RM上述の定理と同様に取り、を任意のコチェイン複体とすると、

短完全系列となるαβが存在する[12]

この短完全系列がMに関して自然である事や分裂する事も前述の定理と同様である。


またで各が有限生成加群である場合は、ホモロジー場合と同様の形で具体的に書ける。

M係数のホモロジー・コホモロジーに対する普遍係数定理

[編集]

上述のコチェイン複体関する普遍係数定理をMを係数に持つコホモロジー(例えばMを係数にもつ特異コホモロジー)に適用する場合は注意が必要である。

定義

[編集]

これまで同様Rが単項イデアル整域とし、MR-加群する。R上のチェイン複体に対し、

と定義すると

であるのではコチェイン複体である。Mに関する双対コチェイン複体: dual cochain complex)という[12]

定義 ―  

  • n次のMに係数を持つホモロジー加群という[13]
  • n次のMに係数を持つコホモロジー加群という[13]

ホモロジーの場合

[編集]

Mに係数を持つホモロジー加群の方はその定義により、

なので、前述のホモロジーに関する普遍係数定理を単純に置き換える事で、以下の系が従う:

 ―  RM前述の定理と同様に取り、を任意のチェイン複体とすると、

が短完全系列となるαβが存在する。

コホモロジーの場合

[編集]

一方、Mを係数を持つコホモロジー加群の場合は若干の注意が必要である。実際、としてやると、

であるが、の方は

であり、コホモロジーの普遍係数定理における

とは異なるので単純に置き換える事ができない。しかし適切な条件下ではこれら2つが等しくなり、Mを係数に持つコホモロジー加群の普遍係数定理を示す事ができる:

定理 ―  RM前述の定理と同様に取り、さらにR上のチェイン複体で各nに対し、R-加群として自由なものとする。

このときMR上有限生成であるかもしくは全てのnに対してR上有限生成であれば、任意のnに対して以下が完全系列になるαβが存在する[14]:

.

Extに関する普遍係数定理

[編集]

Ext関手を使う事で、ホモロジーとコホモロジーの関係性を示す以下の普遍係数定理を示す事ができる。

前に述べたように、チェイン複体の双対コチェイン複体に対し、Mを係数に持つコホモロジー加群をにより定義する。

このとき以下の定理がしたがう:

定理 (Extに関する普遍係数定理) ―  R単項イデアル整域とし、MR-加群とし、さらにR上のチェイン複体で各nに対し、R-加群として自由なものする。このとき、

短完全系列となるαβが存在する。

しかもこの短完全系列はおよびMに関して自然である。さらにこの短完全系列は(Mに関して自然だがに関しては自然ではなく)分裂する[15]

上述の定理においてαに対し、というの元を対応させる写像である[15]


で各が有限生成加群である場合はコホモロジーをより具体的に書ける。有限生成加群の基本的定理より、は自由加群部分Fnと捩れ部分群部分の和で書ける。この事実とExtの性質を利用すると、以下がわかる:

命題 ― 上記の設定のもと以下が成立する[16]

上記により-係数コホモロジーさえ分かってしまえば、後はTorに関する普遍係数定理により他の係数のコホモロジーも求まる。

が有限生成であれば、上述の普遍係数定理でホモロジーとコホモロジーの役割を反転させた定理も成立する:

定理 ―  R単項イデアル整域とし、MR-加群とし、さらにR上のチェイン複体で各nに対し、R-加群として自由で、しかもが有限生成R-加群であるものとする。 このとき、

短完全系列となるαβが存在し、この短完全系列は分裂する[17]

上述の定理において、αに対し、というの元を対応させる写像である[17]


関連項目

[編集]

脚注

[編集]

出典

[編集]
  1. ^ a b #河田 pp.55-56.
  2. ^ a b #河田 p.69.
  3. ^ #河田 p.33.
  4. ^ a b #Dieck p.292.
  5. ^ #河田 p.114.
  6. ^ 河田 p.109.
  7. ^ a b #Davis p.26.
  8. ^ #河田 p.28.
  9. ^ a b #Dieck p.294.
  10. ^ a b #河田 p.118.
  11. ^ a b c #Dieck p.295.
  12. ^ a b #Dieck p.297.
  13. ^ a b #河田 p.80.
  14. ^ #Dieck p.297.
  15. ^ a b #Dieck p.296.
  16. ^ #Davis p.46.
  17. ^ a b #Davis p.48.

注釈

[編集]
  1. ^ a b 具体的にはMR上の生成元を選び、有限個のを除いてとし、とし、Bをこの写像のカーネルとすればよい。定義から明らかにAR上自由である。またRは単項イデアル整域なので、自由加群Aの部分加群であるBも自由である。
  2. ^ 最初の0を除いたは完全系列である[3]
  3. ^ 最後の0を除いたは完全系列である。[8]

参考文献

[編集]
  • 引用文献
    • Tammo tom Dieck (2008/9/15). Algebraic Topology. Ems Textbooks in Mathematics. European Mathematical Society. ISBN 978-3037190487 
    • 河田敬義『ホモロジー代数』岩波書店〈岩波基礎数学選書〉、1990年11月8日。ISBN 978-4000078047 
    • James F. Davis, Paul Kirk (2001/8/1). Lecture Notes in Algebraic Topology. Graduate Studies in Mathematics. American Mathematical Society. ISBN 978-0821821602 

その他

外部リンク

[編集]