「量子デコヒーレンス」の版間の差分
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よく「閉鎖系の[[エントロピー]]は増大する」と言われる。このような、[[エントロピー]]が「増えた」とか「減った」という時には、必ず[[粗視化]]あるいは[[縮約]]操作が入っている。粗視化されていない厳密な分布関数…例えば量子力学的な…から決定されるエントロピーは時間依存性を持たない。粗視化されて初めて、系は[[時間反転対称性]]を失い、[[エントロピー]]の一方的な増加法則が生じる。 |
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たとえば「[[ブラックホール]]の[[情報量]]([[エントロピー]])は、その[[表面積]]に比例するが、[[蒸発]]により表面積は減少する。つまり、[[情報]]が失われている」と言った時、この情報は「[[粗視化]]された([[巨視的]]な)情報」である。 |
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一方、「[[ユニタリ的]]時間発展の特徴は情報を保存する |
一方、「[[ユニタリ的]]時間発展の特徴は情報を保存することで、その場合[[エントロピー]]は変化しない」と言った時、その情報は「[[粗視化]]されていない([[微視的]]な)情報」である。この2つは一般に、別の物である。 |
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「ブラックホールの情報パラドックス」には、複数の異なるパラドックスが存在する。ユニタリ性に関する誤解と思われる説明も多いと考えられるため、ここで整理する。 |
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1.「ブラックホールの情報量は、その質量および表面積のみに依存するため、それ以前にブラックホールに落下した物体が何であったかに依らない。そのためブラックホールに落ちた物体は、例えばそれが苺のショートケーキであったか、Tシャツであったかの情報を失う。これは量子力学の原理であるユニタリ性(情報の保存)に反する。これはパラドックスだ。」 |
1.「ブラックホールの情報量は、その質量および表面積のみに依存するため、それ以前にブラックホールに落下した物体が何であったかに依らない。そのためブラックホールに落ちた物体は、例えばそれが苺のショートケーキであったか、Tシャツであったかの情報を失う。これは量子力学の原理であるユニタリ性(情報の保存)に反する。これはパラドックスだ。」 |
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しかしユニタリ性はあくまでも経験則であり、ブラックホールのような[[極端]]な時空で成立するという保証も無い事も記しておく。 |
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==参考文献== |
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2021年9月27日 (月) 15:17時点における版
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量子デコヒーレンス(りょうしデコヒーレンス)は、量子系の干渉が環境との相互作用によって失われる現象。デコヒーレンス。
概要
「シュレーディンガーの猫」の問題で、「波動関数の収縮」を異なる量子状態間の干渉(遷移確率)の消失(デコヒーレンス: decoherence)であるとする解釈がある。 デコヒーレンスは外部環境からの熱揺らぎなどが主な原因であるとする。これに関する Caldeira-Leggett理論によって、本質的には「シュレーディンガーの猫」パラドックスは解決できると考える研究者は多い。つまり、猫のようなマクロな系は本質的に孤立系とはなり得ず、常に外界からの揺動を受けている。その揺動は猫の波動関数を収縮させ、その結果、箱の中において猫の生死は観測前に既に決定している、ということである。 ただし、この解釈には議論の必要な点がある。すなわち、デコヒーレンスによって系の状態が完全に古典(混合)状態へと移行する訳ではないので、 状態が決定されるためには観測もしくは、多世界解釈による世界の分岐が必要となる可能性がある点である。 このように現時点で、あらゆる物理的状況に適用できるほど、デコヒーレンスについての説明が成功している訳ではない。
この「外部環境」は必ずしも空間的に外側である必要すらないとされている。量子デコヒーレンスは現在では量子コンピューターの実現への障害としての関心が強い。
古典系における時間反転対称性の破れ
古典系においての基礎方程式であるニュートン方程式は時間反転対称性つまり可逆性を持つ。ある運動に対して、その向きを反転した運動が存在する。ところが液体中の古典粒子の運動を記述するランジュバン方程式は不可逆な方程式である。静水の中で発射されたボールは水分子との衝突により減衰し静止する。しかし静止したボールが静水中の分子からの揺動を受けて高速度となる事は起こらない。
ニュートン方程式からランジュバン方程式を導出する際には「粗視化」あるいは「縮約」という平均化操作が行われる。水分子全てとボールを全てニュートン方程式で記述し、そして水分子の自由度をすべて平均化すると、ボールのみに対するランジュバン方程式が得られる。そしてボールは不可逆性を得る(森理論)。
この事は平均化によって水分子の詳細な情報が失われた事によるとも言えるし、「水+ボール」という複合系の部分系「ボール」は、保存系ではないからなんでもあり(環境効果)とも言える。このように粗視化操作によって、我々の住む巨視的な世界の不可逆性が再現される。
Caldeira-Leggett模型
量子力学における物体の波動性、状態の重ね合わせという奇妙な性質は、数学的にはユニタリ性(unitarity)という言葉で置き換えられる。 古典的に不可逆な系においてはユニタリ性が破れる事が期待される。[要出典]
A.O.CaldeiraとA.J.Leggettは、熱的環境に浸された一つの調和振動子(ばね振り子)がユニタリ性を失う事を理論的に示した。熱的環境としては無数の調和振動子を用い、古典的にブラウン運動(揺動散逸定理)を再現するような物である。初期状態でガウス型波動関数の対を用意すると、それぞれの波束中心(平均値)は古典的な減衰調和振動を行い、波束幅は揺動散逸定理を再現する。
それら2つの波束の間の量子干渉は、無環境の場合、2つが接触すれば強くコサイン型の振動を生じる(これは2重スリット実験における干渉縞そのものである)。ところがこのような「摩擦」が存在する系では量子干渉が強く減衰する事が考えられている。 (A.O.Caldeira and A.J.Leggett. Phys.Rev.A 31 1059-1066 (1985))
量子干渉はユニタリ性から来るため、この結果は系がユニタリ性を失った事を示している。
ここで用いられた手法はFeynman-Vernonの影響汎関数法と呼ばれ、熱的環境の自由度を平均化して対象となる系の振舞いを記述する。これは古典的ランジュバン方程式をニュートン方程式から導出する際に用いられた粗視化操作と同等である。それゆえにその操作によって系のユニタリ性が破れたとも解釈できる。[要出典]
デコヒーレンス時間
量子状態間の干渉(遷移確率、状態の重ね合わせ)の減衰時間ΤDの事であり、一般的に力学的な運動の減衰時間ΤRより短い。例えば、温度300 K・質量1 gの巨視的な物体が、1 cmだけ離れた量子状態を持つとする。つまり
- Ψ = |x = 0⟩ + |x = 1 cm⟩。
この場合、ΤD/ΤRは10−40乗程度となる。 力学的な減衰時間ΤRが宇宙年齢(約1.4×1017 s)ほどだったとしても、量子干渉は1×10−23 s程度で崩壊する。(Zurek 1984他)
この様に、巨視的な物体が熱的な環境に曝されている場合、その環境効果が微弱であろうとも、物体の「巨視的に異なる」量子状態の重ね合わせは簡単に破壊される。
直感的な解釈
「二重スリット実験を考えてみよう。2つのスリットから出た光は干渉し、スクリーン上に濃淡の縞模様を映し出す。ところが、もしもスリット板が外部からの揺動やノイズにさらされている場合どうなるだろうか? 縞模様は振動し、光の濃い部分と薄い部分が混ざり合い平均化されてしまう。実際に、電子を用いた干渉実験の撮影時には、実験施設の近くをダンプカーが通っただけで失敗する。」
これはよく用いられるデコヒーレンスの直感的な説明であるが、それほど間違いではないと思われるだけでなく、重大な示唆も含んでいる。つまり、デコヒーレンスによって失われるのは粒子の確率密度関数の量子干渉項だけではなく、その他の振動的な部分も破壊するのか、という事である。
並行宇宙
量子力学の多世界解釈(エヴェレット解釈)との関連で、われわれの住む宇宙も複数の異なる量子状態を持つはずである。それを並行宇宙と思っても良かろう、という話がある(レベル3マルチバース)。普通これを否定するには、「巨視的な系に量子力学は使えないだろう」という文脈が用いられた。例えばシュレーディンガーが猫のパラドックスを考案した理由は、巨視系に対して量子力学を適用しようとしていた当時の研究者達への批判であったとされている。
ここでの「巨視的」というのは、かつては空間的スケールの事を指していた。しかしながら現在では、巨視的物体であっても極低温まで冷やすなどして熱揺らぎを除いた場合には、量子揺らぎが重要になることが知られている。実際、次世代重力波検出実験に用いられるレーザーの反射鏡は巨視的物体であるけれども、量子力学的に取り扱われる事が実験的に必要である。よって古典系かどうかは空間のスケールのみで決定されるわけではない、という考え方が主流になってきている。
とりあえず「量子力学は空間的に巨大な系にも成立する」という仮定の下に、デコヒーレンスを用いて、我々の住む宇宙の単一性を示すことも出来る。我々が宇宙を認識する時には、全ての構成粒子ではなくその「部分系」のみを見ている事に注意しよう。これは我々の認識可能な空間範囲が広い宇宙の一部分である、という意味でもあるし、また我々が「物体」として認識可能な自由度は、全宇宙を構成する自由度の全てではないという意味でもある。「集団的自由度」と言い換えても良い。
「情報」とブラックホール、デコヒーレンス
よく「閉鎖系のエントロピーは増大する」と言われる。このような、エントロピーが「増えた」とか「減った」という時には、必ず粗視化あるいは縮約操作が入っている。粗視化されていない厳密な分布関数…例えば量子力学的な…から決定されるエントロピーは時間依存性を持たない。粗視化されて初めて、系は時間反転対称性を失い、エントロピーの一方的な増加法則が生じる。
たとえば「ブラックホールの情報量(エントロピー)は、その表面積に比例するが、蒸発により表面積は減少する。つまり、情報が失われている」と言った時、この情報は「粗視化された(巨視的な)情報」である。
一方、「ユニタリ的時間発展の特徴は情報を保存することで、その場合エントロピーは変化しない」と言った時、その情報は「粗視化されていない(微視的な)情報」である。この2つは一般に、別の物である。
「ブラックホールの情報パラドックス」には、複数の異なるパラドックスが存在する。ユニタリ性に関する誤解と思われる説明も多いと考えられるため、ここで整理する。
1.「ブラックホールの情報量は、その質量および表面積のみに依存するため、それ以前にブラックホールに落下した物体が何であったかに依らない。そのためブラックホールに落ちた物体は、例えばそれが苺のショートケーキであったか、Tシャツであったかの情報を失う。これは量子力学の原理であるユニタリ性(情報の保存)に反する。これはパラドックスだ。」
物体の形状、化学的性質といった巨視的な情報はユニタリ性には従わない。
2.「ブラックホールはその表面上の粒子・反粒子対生成との相互作用によって蒸発し、消滅する。そのときブラックホール内部の情報は全て失われる。これは量子力学の原理であるユニタリ性(情報の保存)に反する。これはパラドックスだ。」
蒸発するブラックホールは散逸系であり、外部環境へとエネルギーや粒子が逃げていく。散逸系では一般にユニタリ性は成り立たない。
ブラックホールは、どのような情報も外部に逃がさないと長年考えられて来た。しかし、それが量子力学の原理であるユニタリ性(情報量の保存)に従うならば、ブラックホールと蒸発する粒子全てを合わせた閉鎖系では微視的情報が保存されるべきである。そのためブラックホール内部の微視的情報と等量の情報を蒸発粒子が何らかの形でブラックホールの外へ持ち出さなくてはならないことになる。この矛盾がブラックホールの情報パラドックスである。そのために量子もつれ現象などを利用してそのメカニズムが考案されようとしているが(ホロヴィッツ=マルダセナモデル)、ユニタリ性はあくまでも経験則であり、ブラックホールのような極端な時空で成立するという保証もない。
参考文献
- Zurekによる概論:http://arxiv.org/ftp/quant-ph/papers/0306/0306072.pdf (PDF)
- Caldeira-Leggett理論:"Influence of damping on quantum interference: An exactly soluble model" Phys. Rev. A 31, 1059–1066 (1985)
- 藤崎弘士その他による詳細な研究の一例:"Dynamical aspects of quantum entanglement for weakly coupled kicked tops." Phys Rev E Stat Nonlin Soft Matter Phys. 2003 Jun;67(6 Pt 2):066201. Epub 2003 Jun 2.
- 日本語での参考文献:岩波書店新物理学選書「巨視的トンネル現象」高木伸 ISBN 4-00-007412-1
- 日本語での参考文献:「散乱の量子力学」 並木 美喜雄, 大場 一郎(岩波書店)ISBN 4000054058
- 清水明による解説:「量子測定の原理とその問題点」http://as2.c.u-tokyo.ac.jp/archive/MathSci469(2002).pdf (PDF)
- 竹内薫による血も涙も無いシュレ猫談義:http://kaoru.to/s_column/s_column06.htm
関連項目
物理学 |
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カテゴリ 物理学 |
外部リンク
- The Role of Decoherence in Quantum Mechanics - スタンフォード哲学百科事典「量子デコヒーレンス」の項目。