コンテンツにスキップ

英文维基 | 中文维基 | 日文维基 | 草榴社区

「ハウ・ドゥ・ユー・スリープ?」の版間の差分

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
削除された内容 追加された内容
編集の要約なし
タグ: モバイル編集 モバイルウェブ編集
Cewbot (会話 | 投稿記録)
37行目: 37行目:
これらポールの一連の楽曲に、ジョンは怒りをぶちまける様に、同曲を書くことにより、ポールに反撃した訳だが、ジョンは後に「僕がポールに対して、憤っていたから、この曲を書いた。卑劣な当てつけを込めて書いたから、あいつもそう受け取ったんだ。ただ…あいつのにだって、当てつけはあるんだ。対象を明白にしてないから、誰も気づかないだけさ」とコメントした。
これらポールの一連の楽曲に、ジョンは怒りをぶちまける様に、同曲を書くことにより、ポールに反撃した訳だが、ジョンは後に「僕がポールに対して、憤っていたから、この曲を書いた。卑劣な当てつけを込めて書いたから、あいつもそう受け取ったんだ。ただ…あいつのにだって、当てつけはあるんだ。対象を明白にしてないから、誰も気づかないだけさ」とコメントした。


ジョンは曲中でポールがビートルズ時代に書いた「[[サージェント・ペパーズ・ロンリー・ハーツ・クラブ・バンド]]」と「[[イエスタデイ]]」、そしてファーストソロシングル「[[アナザー・デイ]]」、さらに1969年に広まった[[都市伝説]]「[[ポール死亡説]]」まで持ち出している<ref name="blaney89">{{cite book |first=John |last=Blaney |title=John Lennon: Listen To This Book |year=2005 |pages=89| publisher=Biddles Ltd. |location=Guildford, Great Britain |isbn=0-9544528-1-X}}</ref>。
ジョンは曲中でポールがビートルズ時代に書いた「[[サージェント・ペパーズ・ロンリー・ハーツ・クラブ・バンド]]」と「[[イエスタデイ (ビートルズの曲)|イエスタデイ]]」、そしてファーストソロシングル「[[アナザー・デイ]]」、さらに1969年に広まった[[都市伝説]]「[[ポール死亡説]]」まで持ち出している<ref name="blaney89">{{cite book |first=John |last=Blaney |title=John Lennon: Listen To This Book |year=2005 |pages=89| publisher=Biddles Ltd. |location=Guildford, Great Britain |isbn=0-9544528-1-X}}</ref>。


作曲の作業には、リンゴも同席していたが、歌詞が出来上がるにつれて、段々と不機嫌になり、「ジョン、もうやめておけよ」と忠告した<ref name="blaney89"/>。その場にいたOZ誌のフェリックス・デニスは「極めて幼稚極まり無い内容だった。恐らくリンゴが説得したのだろう。元の歌詞はレコードで聴けるものより、比べモノにならないくらい下品だった」と評している。
作曲の作業には、リンゴも同席していたが、歌詞が出来上がるにつれて、段々と不機嫌になり、「ジョン、もうやめておけよ」と忠告した<ref name="blaney89"/>。その場にいたOZ誌のフェリックス・デニスは「極めて幼稚極まり無い内容だった。恐らくリンゴが説得したのだろう。元の歌詞はレコードで聴けるものより、比べモノにならないくらい下品だった」と評している。

2021年9月20日 (月) 13:43時点における版

ハウ・ドゥ・ユー・スリープ?
ジョン・レノン楽曲
収録アルバムイマジン
リリース1971年9月9日
録音1971年5月26日 - 7月5日
時間5分36秒
レーベルアップル・レコード
作詞者ジョン・レノン
作曲者ジョン・レノン
プロデュース
イマジン 収録曲
オー・マイ・ラヴ
(7)
ハウ・ドゥ・ユー・スリープ?
(8)
ハウ?
(9)
ミュージックビデオ
「How Do You Sleep?」 - YouTube

ハウ・ドゥ・ユー・スリープ(眠れるかい?)」 (英語: How Do You Sleep?) は、ジョン・レノンの楽曲。1971年に発表されたスタジオ・アルバムイマジン』のB面3曲目に収録された。内容はビートルズのメンバーだったポール・マッカートニーを痛烈に批判したものである。元来「ハウ・ドゥ・ユー・スリープ」という言葉は、ビートルズのメンバーの間で目の大きなポールを茶化すために使われていた。

背景

ジョンとポールは1970年4月10日のポール脱退表明、つまりビートルズの解散をきっかけとして不仲となっているが、とりわけ1971年当時は、大変険悪な状況であった。ポールは「ポール & リンダ・マッカートニー」名義で発表したセカンドアルバム『ラム[注釈 1]の収録曲「3本足」や「トゥ・メニー・ピープル」で、ジョンはもちろんジョージ・ハリスンリンゴ・スターも暗に非難していた[注釈 2][1][2]

これらポールの一連の楽曲に、ジョンは怒りをぶちまける様に、同曲を書くことにより、ポールに反撃した訳だが、ジョンは後に「僕がポールに対して、憤っていたから、この曲を書いた。卑劣な当てつけを込めて書いたから、あいつもそう受け取ったんだ。ただ…あいつのにだって、当てつけはあるんだ。対象を明白にしてないから、誰も気づかないだけさ」とコメントした。

ジョンは曲中でポールがビートルズ時代に書いた「サージェント・ペパーズ・ロンリー・ハーツ・クラブ・バンド」と「イエスタデイ」、そしてファーストソロシングル「アナザー・デイ」、さらに1969年に広まった都市伝説ポール死亡説」まで持ち出している[3]

作曲の作業には、リンゴも同席していたが、歌詞が出来上がるにつれて、段々と不機嫌になり、「ジョン、もうやめておけよ」と忠告した[3]。その場にいたOZ誌のフェリックス・デニスは「極めて幼稚極まり無い内容だった。恐らくリンゴが説得したのだろう。元の歌詞はレコードで聴けるものより、比べモノにならないくらい下品だった」と評している。

ポールはこの曲について特に反撃はしなかった。「あの曲で“ジョンは酷い嫌な奴”とは思わないで欲しい」と発言している。

なお、ジョンはその後のインタビューで、ジョンは「あれは自分自身のことを歌ったんだよ。ポールと僕のことに、あんたらは関係ない。曲のインスピレーションを得るために(当時の)ポールへの憎しみを題材として使っただけだ。本当に憎んでいたわけじゃない」と発言している[4]

レコーディング

本作のレコーディングは、1971年5月26日にアスコット・サウンド・スタジオで開始され、7月5日にオーバーダビングが施された[5]。レコーディングには、ビートルズ末期にポールと最も不仲だったと言われるジョージも参加し、スライドギターを演奏した[6]。このほか、クラウス・フォアマンベースアラン・ホワイトドラムスニッキー・ホプキンス電子ピアノフラックス・フィドラーズストリングスで参加した[3]

本作をレコーディングしている様子を記録した映像の中では、女性器を意味する卑語「cunt(「嫌な奴」、「バカな奴」の意味もある)」をもってポールを呼んでいる(「How Do You Sleep, you CUNT?」)。演奏においてもジョンは「もっと悪意を込めて演奏しろ。悪意のある曲だ」と他のメンバーに指示している場面が映像で確認できる。

2018年10月5日に発売された『イマジン:アルティメイト・コレクション』に、テイク5&6が収録された[7]。これに先立ち、同年9月21日に1971年5月26日のセッション時の映像が公開された[7][8]

歌詞からの抜粋

「サージェント・ペパーズ・ロンリー・ハーツ・クラブ・バンド」について
「『サージェント・ペパーズ』はお前にとって驚きだっただろうよ…」
「イエスタデイ」、「アナザー・デイ」について
「お前の傑作なんざ、「イエスタデイ」だけだ。それも消えちまった今となっては「アナザー・デイ」ってわけよ」
「ポール死亡説」について
「奴らはお前が死んだと言っていたが、そいつは正しかった…」

この他にも、

  • 「その女々しい目ん玉を見開いてよく見るがいい」
  • 「君を天才だとかなんとか祭り上げる俗物どもと暮らしてるんだろ」
  • 「かあちゃんになんか言われるたびにビクビクしちゃってさ」
  • 「かわいい顔も1、2年くらいはもつかもな。だけど、お前の才能なんざ直にみんなに暴かれるだろうよ」
  • 「お前の作る音楽は僕の耳には雑音にしか聴こえない」
  • 「お前の一番の失敗は、お前のその頭の中身だ」
  • 「長年一緒だったから、進歩したのだと思ったのに…」

など、かなり辛辣な非難が歌われている。

演奏

脚注

注釈

  1. ^ この曲が収録された『イマジン』にはポールのアルバム『ラム』のジャケット写真「羊と戯れるもの」のパロディであるポストカード「豚と戯れるジョン」が同封されていた。
  2. ^ 君はチャンスを掴んでいたのに、自分自身でフイにしてしまった。僕にはどうすることもできない。君が勝手にぶち壊したんだから(「トゥー・メニー・ピープル」)」、「何かにつけて、お説教する人間が多すぎる(「トゥー・メニー・ピープル」)」、「友達だと思っていたのに、僕をガッカリさせた(「3本足」)」

出典

  1. ^ Playboy Magazine (1984年). “Playboy Interview With Paul and Linda McCartney”. Playboy Press. 2020年7月18日閲覧。
  2. ^ Cadogan, Patrick (2008). The Revolutionary Artist: John Lennon's Radical Years. Morrisville, North Carolina: Lulu. pp. 141. ISBN 978-1-4357-1863-0 
  3. ^ a b c Blaney, John (2005). John Lennon: Listen To This Book. Guildford, Great Britain: Biddles Ltd.. pp. 89. ISBN 0-9544528-1-X 
  4. ^ “Insight & Sound”. Cash Box. (1971-12-11). 
  5. ^ Madinger, Chip; Raile, Scott (2015). LENNONOLOGY Strange Days Indeed - A Scrapbook Of Madness. Chesterfield, MO: Open Your Books, LLC. pp. 239, 247. ISBN 978-1-63110-175-5 
  6. ^ Leng, Simon (2003). The Music of George Harrison: While My Guitar Gently Weeps. London: Firefly Publishing. ISBN 0-946719-50-0 
  7. ^ a b “ジョン・レノン『イマジン』からジョージ・ハリスンとの未発表セッション映像公開”. BARKS (ジャパンミュージックネットワーク). (2018年9月24日). https://www.barks.jp/news/?id=1000160075 2020年7月18日閲覧。 
  8. ^ John Lennon (21 September 2018). How Do You Sleep? (Takes 5 & 6, Raw Studio Mix Out-take) - John Lennon & The Plastic Ono Band. 2020年7月18日閲覧

関連項目