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2021年9月11日 (土) 23:57時点における版
シンシナティ・レッズ時代 (2011年6月26日) | |
基本情報 | |
---|---|
国籍 | ドミニカ共和国 |
出身地 | サンペドロ・デ・マコリス州サンペドロ・デ・マコリス |
生年月日 | 1984年3月12日(40歳) |
身長 体重 |
6' 0" =約182.9 cm 190 lb =約86.2 kg |
選手情報 | |
投球・打席 | 右投右打 |
ポジション | 投手 |
プロ入り | 2002年 アマチュア・フリーエージェント |
初出場 | 2008年5月14日 シカゴ・ホワイトソックス戦 |
経歴(括弧内はプロチーム在籍年度) | |
| |
国際大会 | |
代表チーム | ドミニカ共和国代表 |
WBC | 2009年 |
この表について
|
ホセ・フアン・アレドンド(José Juan Arredondo , 1984年3月12日 - )は、ドミニカ共和国サンペドロ・デ・マコリス出身のプロ野球選手(投手)。
経歴
エンゼルス時代
2002年6月25日に、アマチュア・フリーエージェントでアナハイム・エンゼルスと契約。
2007年にメジャーでプレイできる実力を持っていたが、AA級でプレイしていた6月にカーティス・プライドと殴り合いをしたためA級へ降格させられ、メジャー昇格が遅れた[1]。
2008年開幕をAAA級ソルトレイク・ビーズで迎え、15試合の登板で防御率2.12・10セーブを記録。5月13日にニック・エイデンハートのソルトレイク降格に伴い、メジャーへ昇格[2]。翌14日にメジャーデビュー。その後、マイナーに降格することなく登板し続け、55試合の登板で10勝2敗・防御率1.62を記録。マイク・ソーシア監督はアレドンドに信頼を寄せ、フランシスコ・ロドリゲスへのセットアッパーとして起用することもあったため、セットアッパーのスコット・シールズから不満の声もあった[3]。
2009年開幕前の3月に第2回WBCのドミニカ共和国代表に選出された[4]。
シーズン終了後、トミー・ジョン手術を行なうことを決め、2010年シーズンを全休することになったため、エンゼルスから解雇された[5]。
レッズ時代
2010年1月22日にシンシナティ・レッズとマイナー契約を結んだ。
2011年に2年ぶりとなるメジャー登板を果たした。
2013年はAAA級ルイビル・バッツでの登板に留まり、オフに自由契約となる。オフは母国ドミニカ共和国のウィンターリーグに参加。
レッズ退団後
2014年は所属球団なく、前年に続きオフに母国ドミニカ共和国のウィンターリーグに参加。
2015年はウィンターリーグでもプレーせず、2016年3月18日に独立リーグ・アトランティックリーグのヨーク・レボリューションと契約。
2017年3月1日にヨーク・レボリューションと再契約するが、7月16日に解雇となる。
詳細情報
年度別投手成績
年 度 |
球 団 |
登 板 |
先 発 |
完 投 |
完 封 |
無 四 球 |
勝 利 |
敗 戦 |
セ 丨 ブ |
ホ 丨 ル ド |
勝 率 |
打 者 |
投 球 回 |
被 安 打 |
被 本 塁 打 |
与 四 球 |
敬 遠 |
与 死 球 |
奪 三 振 |
暴 投 |
ボ 丨 ク |
失 点 |
自 責 点 |
防 御 率 |
W H I P |
---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
2008 | LAA | 52 | 0 | 0 | 0 | 0 | 10 | 2 | 0 | 16 | .833 | 244 | 61.0 | 42 | 3 | 22 | 0 | 1 | 55 | 1 | 0 | 15 | 11 | 1.62 | 1.05 |
2009 | 43 | 0 | 0 | 0 | 0 | 2 | 3 | 0 | 16 | .400 | 202 | 45.0 | 47 | 6 | 23 | 2 | 0 | 47 | 5 | 1 | 30 | 30 | 6.00 | 1.56 | |
2011 | CIN | 53 | 0 | 0 | 0 | 0 | 4 | 4 | 0 | 4 | .500 | 226 | 53.0 | 43 | 5 | 31 | 5 | 2 | 48 | 4 | 2 | 21 | 19 | 3.23 | 1.40 |
2012 | 66 | 0 | 0 | 0 | 0 | 6 | 2 | 1 | 12 | .750 | 263 | 61.0 | 50 | 7 | 34 | 2 | 1 | 62 | 0 | 2 | 26 | 20 | 2.95 | 1.38 | |
MLB:4年 | 214 | 0 | 0 | 0 | 0 | 22 | 11 | 1 | 48 | .667 | 935 | 220.0 | 182 | 21 | 110 | 9 | 4 | 212 | 10 | 5 | 92 | 80 | 3.27 | 1.33 |
- 2017年度シーズン終了時
背番号
- 66 (2008年 - 2009年)
- 33 (2011年 - 2012年)
代表歴
脚注
- ^ a b 友成那智、村上雅則『メジャーリーグ・完全データ選手名鑑2009』廣済堂出版、2009年、191頁頁。ISBN 978-4-331-51370-5。
- ^ Klima, John (2008年5月13日). “Adenhart wins, then gets sent down” (英語). MLB.com. 2009年6月29日閲覧。
- ^ 小林信行 「MLB30球団レポート&全選手個人成績 ロサンゼルス・エンゼルス/LAA セーブ記録更新の陰で、新・勝利の方程式が誕生」 『月刊スラッガー』2008年11月号、日本スポーツ企画出版社、2008年、雑誌15509-11、79頁。
- ^ 2009 Tournament Roster[リンク切れ] The official site of World Baseball Classic 2016年3月7日閲覧 [リンク切れ]
- ^ “Arredondo not offered contract by Angels”. angels.com (2009年12月13日). 2013年8月12日閲覧。
関連項目
外部リンク
- 選手の通算成績と情報 MLB、ESPN、Baseball-Reference、Fangraphs、The Baseball Cube、Baseball-Reference (Register)
- Jose Arredondo stats MiLB.com