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16歳まで[[ヴィクトール・クドリャフツェフ]]に指導を受けていた[[シングルスケーティング|シングル]]の選手だったが、同門の[[イリヤ・クーリック]]の前に限界を感じ[[アイスダンス]]に転向<ref name="days8">「フィギュアスケート振付師ファイル」『フィギュアスケートDays vol.8』ダイエックス出版、2009年2月、pp.76-77</ref>。[[1994年]][[世界フィギュアスケート選手権|世界選手権]]に[[アゼルバイジャン]]代表として出場。[[1998年]]には[[ベラルーシ]]代表として[[タチアナ・ナフカ]]とともに[[1998年長野オリンピック]]に出場、16位となった。この年を最後に競技生活から退く。 |
16歳まで[[ヴィクトール・クドリャフツェフ]]に指導を受けていた[[シングルスケーティング|シングル]]の選手だったが、同門の[[イリヤ・クーリック]]の前に限界を感じ[[アイスダンス]]に転向<ref name="days8">「フィギュアスケート振付師ファイル」『フィギュアスケートDays vol.8』ダイエックス出版、2009年2月、pp.76-77</ref>。[[1994年]][[世界フィギュアスケート選手権|世界選手権]]に[[アゼルバイジャン]]代表として出場。[[1998年]]には[[ベラルーシ]]代表として[[タチアナ・ナフカ]]とともに[[1998年長野オリンピック]]に出場、16位となった。この年を最後に競技生活から退く。 |
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引退後はタチアナ・タラソワのアシスタントとなり、間もなく振付師としての才能を示し始めた。1999-2000シーズンの[[バーバラ・フーザル=ポリ]] & [[マウリツィオ・マルガリオ]]組『ロード・オブ・ザ・ダンス』、そして2000-2001シーズン、[[アレクセイ・ヤグディン]]『[[グラディエーター]]』で脚光を浴び、翌2001-2002シーズンには『Winter』、『[[仮面の男]]』でヤグディンを世界トップに返り咲かせた<ref name="pia">上坂美穂編『オール・アバウトフィギュアスケート』ぴあ(ぴあワンダーランドSpecial)、2005年11月、p.50</ref><ref name="colors2007">小坂有紀編『COLORS 2007 フィギュアスケート男子読本』あおば出版、2007年3月、p.90</ref><!-- 第2段落ここまでの出典 -->。[[2003年]]にタラソワと袂を分かち独立。その後、[[荒川静香]]を[[2006年トリノオリンピックのフィギュアスケート競技|トリノオリンピック]]金メダリストに、[[安藤美姫]]を不調から立ち直らせて[[2007年世界フィギュアスケート選手権|2007年]]と[[2011年世界フィギュアスケート選手権|2011年の世界選手権]]優勝に、[[髙橋大輔 (フィギュアスケート選手)| |
引退後はタチアナ・タラソワのアシスタントとなり、間もなく振付師としての才能を示し始めた。1999-2000シーズンの[[バーバラ・フーザル=ポリ]] & [[マウリツィオ・マルガリオ]]組『ロード・オブ・ザ・ダンス』、そして2000-2001シーズン、[[アレクセイ・ヤグディン]]『[[グラディエーター]]』で脚光を浴び、翌2001-2002シーズンには『Winter』、『[[仮面の男]]』でヤグディンを世界トップに返り咲かせた<ref name="pia">上坂美穂編『オール・アバウトフィギュアスケート』ぴあ(ぴあワンダーランドSpecial)、2005年11月、p.50</ref><ref name="colors2007">小坂有紀編『COLORS 2007 フィギュアスケート男子読本』あおば出版、2007年3月、p.90</ref><!-- 第2段落ここまでの出典 -->。[[2003年]]にタラソワと袂を分かち独立。その後、[[荒川静香]]を[[2006年トリノオリンピックのフィギュアスケート競技|トリノオリンピック]]金メダリストに、[[安藤美姫]]を不調から立ち直らせて[[2007年世界フィギュアスケート選手権|2007年]]と[[2011年世界フィギュアスケート選手権|2011年の世界選手権]]優勝に、[[髙橋大輔 (フィギュアスケート選手)|髙橋大輔]]を2007年世界選手権2位に導くなどの実績を残している。 |
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近年では振付師を中心に活動。 |
近年では振付師を中心に活動。 |
2020年11月30日 (月) 09:02時点における版
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2008/2009 GPファイナルフリー演技後のキス・アンド・クライで(右は安藤美姫) | ||||
生誕 |
1975年12月17日(49歳) ソビエト連邦 モスクワ | |||
身長 | 175㎝ | |||
選手情報 | ||||
代表国 |
ベラルーシ アゼルバイジャン | |||
引退 | 1998年 |
ニコライ・モロゾフ(ロシア語:Николай Александрович Морозов, ラテン文字:Nikolai Alexandrovich Morozov、1975年12月17日 - )は、ロシア生まれ、アメリカ在住のフィギュアスケートコーチ、振付師。1990年代にはアイスダンスの選手として活躍し、ベラルーシ代表としてタチアナ・ナフカと組んで1998年長野オリンピックに出場した。フィギュアスケーターのカロリヌ・ドゥアラン、アイスダンスの2003年世界チャンピオンでフィギュアスケート振付師のシェイリーン・ボーンはいずれも元妻。3人目の妻となったのはペア・アイスダンス選手であるワシリーサ・ダワンコワ。ワシリーサは、2019年に離婚していることをインタビューで語った。
経歴
16歳までヴィクトール・クドリャフツェフに指導を受けていたシングルの選手だったが、同門のイリヤ・クーリックの前に限界を感じアイスダンスに転向[1]。1994年世界選手権にアゼルバイジャン代表として出場。1998年にはベラルーシ代表としてタチアナ・ナフカとともに1998年長野オリンピックに出場、16位となった。この年を最後に競技生活から退く。
引退後はタチアナ・タラソワのアシスタントとなり、間もなく振付師としての才能を示し始めた。1999-2000シーズンのバーバラ・フーザル=ポリ & マウリツィオ・マルガリオ組『ロード・オブ・ザ・ダンス』、そして2000-2001シーズン、アレクセイ・ヤグディン『グラディエーター』で脚光を浴び、翌2001-2002シーズンには『Winter』、『仮面の男』でヤグディンを世界トップに返り咲かせた[2][3]。2003年にタラソワと袂を分かち独立。その後、荒川静香をトリノオリンピック金メダリストに、安藤美姫を不調から立ち直らせて2007年と2011年の世界選手権優勝に、髙橋大輔を2007年世界選手権2位に導くなどの実績を残している。
近年では振付師を中心に活動。
コーチ・振付師としての特徴
ニュージャージー州ハッケンサックにある「アイスハウス」を拠点として指導にあたっている[4]。自身がアイスダンスの選手だったこともあり、ステップに力を入れている[2]。氷の上で動きを実際に行えるのが特長[5]。
振付師としては、音楽、要素、動きなど、そのスケーターに一番合うものを選んで構成したいという考えを持っている[6]。作品は選手をよく観察したうえで作られ、選手の欠点を補い長所を目立たせるものと評されている[7]。確実に点を取る構成とドラマチックさ、フェイスラインを撫でる振り付けが特徴とされる[1]。
主な作品
- アレクセイ・ヤグディン(男子シングル)2000-2001シーズン『グラディエーター』[1]、2001-2002シーズン『ウィンター』[1]、『仮面の男』[1][2]
- 本田武史(男子シングル)2002-2003シーズン『リバーダンス』、2005-2006シーズン『ロミオとジュリエット』、『トスカ』
- シェイ=リーン・ボーン & ヴィクター・クラーツ(アイスダンス)2002-2003シーズン『アダージョ』[2]
- 荒川静香(女子シングル)2002-2003シーズン『白鳥の湖』[1][2]、2005-2006シーズン『トゥーランドット』[1][6]
- エレーナ・グルシナ & ルスラン・ゴンチャロフ(アイスダンス)2004-2005シーズン『四季』[2]
- ミシェル・クワン(女子シングル)2003-2004シーズン『アランフエス協奏曲』[2]
- 髙橋大輔(男子シングル)2006-2007シーズン『オペラ座の怪人』[1][6]、『白鳥の湖』[1]
- 安藤美姫(女子シングル)2006-2007シーズン『シェヘラザード』[1][6]
脚注
- ^ a b c d e f g h i j 「フィギュアスケート振付師ファイル」『フィギュアスケートDays vol.8』ダイエックス出版、2009年2月、pp.76-77
- ^ a b c d e f g 上坂美穂編『オール・アバウトフィギュアスケート』ぴあ(ぴあワンダーランドSpecial)、2005年11月、p.50
- ^ 小坂有紀編『COLORS 2007 フィギュアスケート男子読本』あおば出版、2007年3月、p.90
- ^ 『ファンブック2009』p.15。なお、同リンクではロビン・ワグナーやアルトゥール・ドミトリエフも指導にあたっている(『Cutting Edge 2008 日本男子フィギュアスケートオフィシャルファンブック』DAI-X出版、2007年12月、p.81)
- ^ モロゾフ・コーチ「高橋の演技歴史に残す」『Yomiuri online』2007年10月30日更新
- ^ a b c d 青嶋ひろの「振付師に聞く 第3回 ニコライ・モロゾフ」『フィギュアスケートDays vol.2』DAI-X出版、2007年3月、pp.100-102
- ^ 小坂有紀編『COLORS 2007 フィギュアスケート男子読本』あおば出版、2007年3月、p.90