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|著作=『趙州真際禅師語録』 |
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'''趙州従諗'''(じょうしゅう じゅうしん、[[778年]] - [[897年]])は、[[中国]]の[[唐]]代の[[禅]][[僧]]。[[諡]]は'''真際禅師'''。俗姓は郝。[[曹州]][[臨淄区|臨淄県]]郝郷の出身。 |
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== 生涯 == |
== 生涯 == |
2020年9月11日 (金) 21:01時点における版
趙州従諗 | |
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778年 - 897年 | |
『仏祖正宗道影』木版画 | |
諡号 | 真際大師 |
生地 | 曹州臨淄県郝郷 |
没地 | 趙州観音院 |
宗派 | 禅宗 |
寺院 | 曹州龍興寺、趙州観音院 |
師 | 南泉普願、黄檗希運、塩官斉安 |
著作 | 『趙州真際禅師語録』 |
趙州従諗(じょうしゅう じゅうしん、778年 - 897年)は、中国の唐代の禅僧。諡は真際禅師。俗姓は郝。曹州臨淄県郝郷の出身。
生涯
幼くして曹州の龍興寺で出家し、後に池陽の南泉普願の下に至り、師の「平常心是道」に関する言葉により、大悟してその法嗣となる。嵩山の琉璃壇で受戒する。
60歳で遊方の途に出て、黄檗希運、塩官斉安らの禅匠の下で修禅する。
80歳で趙州の観音院(東院、河北省石家荘市趙県)に住するようになり、その後、40年間「口唇皮禅」と称される特異な禅風を宣揚し、120歳で没した。諡して真際大師という。
彼と門弟との問答の多くが、後世の「公案」となり、広く知られることとなった。特に、「狗子仏性」のエピソードは公案集『無門関』の第一則に取りあげられ、東洋的「絶対無」の思想を象徴する問答として名高い。
語録等
- 『趙州真際禅師語録三巻』
- 『趙州真際禅師行状』
主な刊本
- 『趙州録 Ⅱ』<禅語録傍訳全書 第10巻> 竹村牧男 編著 四季社 2002年
- 『趙州録 Ⅰ・洞山録』<禅語録傍訳全書 第2巻> 四季社 2001年
- 『心に甦る「趙州録」』 窪田慈雲 2013年 春秋社 ISBN 978-4393146156。解説・現代語訳・原文収録
- 『趙州録提唱』 福島慶道 春秋社 2013年 ISBN 978-4393142813
- 『禅の語録 11 趙州録』 秋月龍珉 筑摩書房 1972年、新装版2016年
伝記資料
注・出典
師:南泉普願 | 禅宗 | 弟子: |