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== 歴史 ==
== 歴史 ==
創建は[[日本統治時代の台湾|日本による台湾統治の時代]]の1914年<ref name="fukuro_46-47">以下、本節は特記ない限り前掲{{harv|王|二村|後藤|2010|pp=46-47}} による。</ref>。[[大稲テイ|大稲埕]]の茶商で、公会の理事長や[[稲江信用組合]]の理事長でもあった陳朝駿の別荘として、また商売上のつきあいのある人々との社交場を兼ねて、おそらく日本人建築家の設計により1913年着工で建設された。1923年に陳朝駿は死去するが、[[世界恐慌]]の影響もあり店は倒産、別荘は人手に渡ることになる。いつごろ人手に渡ったかについては {{harv|王|二村|後藤|2010|pp=46-47}} の資料によれば正確な時期は明記されていないものの世界恐慌中のこととし、王某の手に渡ったとしている。別の年表によれば、少なくとも1936年には華南銀行の所有となったこと、およびそれまでは陳一族の所有であったとされる<ref name="storyhouse.com.tw">{{Cite web |url=http://www.storyhouse.com.tw/main/modules/MySpace/index.php?sn=storyhouse&pg=ZC967933 |archiveurl=https://web.archive.org/web/20171206074517/http://www.storyhouse.com.tw/main/modules/MySpace/index.php?sn=storyhouse&pg=ZC967933 |archivedate=2017-12-06|title=台北故事館-TaipeiStoryHouse - 古蹟沿革 |publisher=台北故事館 |accessdate=2020-08-26}} 館内には情報量の少し多い同様の掲示物がある。</ref>。1939年に[[第二次世界大戦]]が始まると、日本の[[憲兵]]隊により徴発された<ref name="storyhouse.com.tw" />。戦後は1950年の国有化、1954年の黄國書による買い取りなどのイベントがあるとともに<ref>館内1階の掲示物による。黄國書 ({{En|Huang Kuo-shu}}) は立法院長をつとめた人物。2017年11月17日閲覧。</ref>、南側に二棟ほど増築が行われた<!--建て増しはフクロウ本に記載あり-->。1975年には無住となり荒廃することとなった。1979年には[[台北市政府]]が暫定的に管理することになり、1982年に建物を中心とした公園とし、1987年からは美術館として使用することが決定、1990年に修復計画が策定され、1998年10月14日公告で「{{Zh|圓山別莊}}(円山別荘)」として市定古蹟に登録された<ref>前掲{{harv|王|二村|後藤|2010|pp=46-47}} および{{harv|文化部文化資産局}} 参照。</ref>。修復は2002年に李重耀により開始され<!--ここはフクロウ本にもあり--><ref>{{Cite web |url=https://www.watchinese.com/article/2011/3614 |title=國寶建築師李重耀 |publisher=看雜誌([[:zh:看 (雜誌)|zh]]) |accessdate=2017-11-25}}</ref>、2003年4月19日に台北故事館としてオープンした<ref name="storyhouse.com.tw" />。修復には台北市文化局により2500万[[ニュー台湾ドル|台湾元]]が充てられた<ref name="Tourism_Bureau">{{Cite web |url=https://jp.taiwan.net.tw/m1.aspx?sNo=0003090&id=3565 |title=台北故事館 |publisher=[[交通部観光局]] |ref={{SfnRef|交通部観光局}} |accessdate=2020-08-26}}</ref>。2015年5月からは郭木生文教基金會が運営を引き継いでいる<ref>{{Cite web |url=http://www.taipeistoryhouse.org.tw/pageview.asp?pageno=1 |title=台北故事館 taipei story house |publisher=財團法人郭木生文教基金會 |accessdate=2017-11-25}}</ref>。
創建は[[日本統治時代の台湾|日本による台湾統治の時代]]の1914年<ref name="fukuro_46-47">以下、本節は特記ない限り前掲{{harv|王|二村|後藤|2010|pp=46-47}} による。</ref>。[[大稲埕]]の茶商で、公会の理事長や[[稲江信用組合]]の理事長でもあった陳朝駿の別荘として、また商売上のつきあいのある人々との社交場を兼ねて、おそらく日本人建築家の設計により1913年着工で建設された。1923年に陳朝駿は死去するが、[[世界恐慌]]の影響もあり店は倒産、別荘は人手に渡ることになる。いつごろ人手に渡ったかについては {{harv|王|二村|後藤|2010|pp=46-47}} の資料によれば正確な時期は明記されていないものの世界恐慌中のこととし、王某の手に渡ったとしている。別の年表によれば、少なくとも1936年には華南銀行の所有となったこと、およびそれまでは陳一族の所有であったとされる<ref name="storyhouse.com.tw">{{Cite web |url=http://www.storyhouse.com.tw/main/modules/MySpace/index.php?sn=storyhouse&pg=ZC967933 |archiveurl=https://web.archive.org/web/20171206074517/http://www.storyhouse.com.tw/main/modules/MySpace/index.php?sn=storyhouse&pg=ZC967933 |archivedate=2017-12-06|title=台北故事館-TaipeiStoryHouse - 古蹟沿革 |publisher=台北故事館 |accessdate=2020-08-26}} 館内には情報量の少し多い同様の掲示物がある。</ref>。1939年に[[第二次世界大戦]]が始まると、日本の[[憲兵]]隊により徴発された<ref name="storyhouse.com.tw" />。戦後は1950年の国有化、1954年の黄國書による買い取りなどのイベントがあるとともに<ref>館内1階の掲示物による。黄國書 ({{En|Huang Kuo-shu}}) は立法院長をつとめた人物。2017年11月17日閲覧。</ref>、南側に二棟ほど増築が行われた<!--建て増しはフクロウ本に記載あり-->。1975年には無住となり荒廃することとなった。1979年には[[台北市政府]]が暫定的に管理することになり、1982年に建物を中心とした公園とし、1987年からは美術館として使用することが決定、1990年に修復計画が策定され、1998年10月14日公告で「{{Zh|圓山別莊}}(円山別荘)」として市定古蹟に登録された<ref>前掲{{harv|王|二村|後藤|2010|pp=46-47}} および{{harv|文化部文化資産局}} 参照。</ref>。修復は2002年に李重耀により開始され<!--ここはフクロウ本にもあり--><ref>{{Cite web |url=https://www.watchinese.com/article/2011/3614 |title=國寶建築師李重耀 |publisher=看雜誌([[:zh:看 (雜誌)|zh]]) |accessdate=2017-11-25}}</ref>、2003年4月19日に台北故事館としてオープンした<ref name="storyhouse.com.tw" />。修復には台北市文化局により2500万[[ニュー台湾ドル|台湾元]]が充てられた<ref name="Tourism_Bureau">{{Cite web |url=https://jp.taiwan.net.tw/m1.aspx?sNo=0003090&id=3565 |title=台北故事館 |publisher=[[交通部観光局]] |ref={{SfnRef|交通部観光局}} |accessdate=2020-08-26}}</ref>。2015年5月からは郭木生文教基金會が運営を引き継いでいる<ref>{{Cite web |url=http://www.taipeistoryhouse.org.tw/pageview.asp?pageno=1 |title=台北故事館 taipei story house |publisher=財團法人郭木生文教基金會 |accessdate=2017-11-25}}</ref>。


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2020年9月11日 (金) 06:15時点における版

台北故事館
地図
地図

台北故事館(たいぺいぐーしーくわん[1]中国語: 臺北故事館[2]英語: Taipei Story House[3])は台北市中山区に建つ洋館市定古蹟美術館[2][4]台北物語館[5]、過去の呼び名である圓山別荘(円山別荘、圓山別莊[6]、さらにかつての所有者の名前を冠して茶商陳朝駿圓山別荘とも表記される[7]

歴史

創建は日本による台湾統治の時代の1914年[7]大稲埕の茶商で、公会の理事長や稲江信用組合の理事長でもあった陳朝駿の別荘として、また商売上のつきあいのある人々との社交場を兼ねて、おそらく日本人建築家の設計により1913年着工で建設された。1923年に陳朝駿は死去するが、世界恐慌の影響もあり店は倒産、別荘は人手に渡ることになる。いつごろ人手に渡ったかについては (王, 二村 & 後藤 2010, pp. 46–47) の資料によれば正確な時期は明記されていないものの世界恐慌中のこととし、王某の手に渡ったとしている。別の年表によれば、少なくとも1936年には華南銀行の所有となったこと、およびそれまでは陳一族の所有であったとされる[8]。1939年に第二次世界大戦が始まると、日本の憲兵隊により徴発された[8]。戦後は1950年の国有化、1954年の黄國書による買い取りなどのイベントがあるとともに[9]、南側に二棟ほど増築が行われた。1975年には無住となり荒廃することとなった。1979年には台北市政府が暫定的に管理することになり、1982年に建物を中心とした公園とし、1987年からは美術館として使用することが決定、1990年に修復計画が策定され、1998年10月14日公告で「圓山別莊(円山別荘)」として市定古蹟に登録された[10]。修復は2002年に李重耀により開始され[11]、2003年4月19日に台北故事館としてオープンした[8]。修復には台北市文化局により2500万台湾元が充てられた[12]。2015年5月からは郭木生文教基金會が運営を引き継いでいる[13]

ファイル:Entrance of Taipei Story House .jpg
入り口の柱

建築・展示

かつては花園や馬場が付属した広大な土地を有していたが、現在は敷地すべて含めても450坪ほどに収まっている[14]。外見のデザインはイギリス風のハーフティンバー様式[4]新古典主義[4]またはチューダー様式[15]と分類される。台湾においては、チューダー様式の洋館はほかに存在しない。1階部分がレンガ造で2階部分は木造、屋根は銅板葺きという構成。外観の植物をモチーフとした装飾は特徴のひとつとされる。入り口に立つ4本の柱はギリシャイオニア式を採用している[5]。内部は地上2階の各階3部屋とそれらをつなぐ廊下、階段室からなり、さらに屋根裏部屋をもつ。また、1階には柱列をガラス張りにした土産物屋も付属している。内装は1階が中国風で、2階は往時は敷きであったというが、この畳は維持されていない。1階ロビーおよび2階にも暖炉が設置されている。

台北の伝統文化を対象[6]とする展示が各部屋で行われ、企画展と常設の台北故事館自体の歴史が展示される[16]

付属施設として、カフェレストランの「故事茶坊」と土産物屋の「生活小芸坊」がある。

アクセス

住所表記は台北市中山区中山北路3段181-1號。基隆河沿いに立地する[17]MRT圓山駅(円山駅)より徒歩で10分ほど[1][17]

近隣施設として台北市立美術館が挙げられる[7]。ほかには孔子廟、大龍峒保安宮円山公園士林夜市もある[17]。市立美術館を右手に北上した位置なのだが、台北故事館は道路レベルより若干低い位置に建っているため、気づかずに素通りしてしまうケースがしばしばある。存在は知られながらも正式名称を把握している人が少なく「(市立)美術館のそばの小屋」、「洋食屋」、「ケーキ屋」扱いされたりするケースもあるという[12]

脚注

  1. ^ a b 台北おさんぽマップ てのひらサイズ』実業之日本社〈おさんぽマップ〉、2016年https://books.google.co.jp/books?id=Dgj7DAAAQBAJ 
  2. ^ a b 圓山別莊”. 文化部文化資産局. 2017年11月25日閲覧。
  3. ^ Taipei Story House”. Taipei Travel. 台北市政府観光伝播局. 2017年11月25日閲覧。(英語)
  4. ^ a b c 王恵君; 二村悟; 後藤治 監修『図説台湾都市物語 : 台北・台中・台南・台北』河出書房新社〈ふくろうの本〉、2010年、46頁http://ci.nii.ac.jp/ncid/BB01154634 
  5. ^ a b 台北物語館”. Taipei Travel. 台北市政府観光伝播局. 2017年11月25日閲覧。
  6. ^ a b 北区の旅 Taipei Travel”. 台北市政府観光伝播局. 2017年11月25日閲覧。
  7. ^ a b c 以下、本節は特記ない限り前掲(王, 二村 & 後藤 2010, pp. 46–47) による。
  8. ^ a b c 台北故事館-TaipeiStoryHouse - 古蹟沿革”. 台北故事館. 2017年12月6日時点のオリジナルよりアーカイブ。2020年8月26日閲覧。 館内には情報量の少し多い同様の掲示物がある。
  9. ^ 館内1階の掲示物による。黄國書 (Huang Kuo-shu) は立法院長をつとめた人物。2017年11月17日閲覧。
  10. ^ 前掲(王, 二村 & 後藤 2010, pp. 46–47) および(文化部文化資産局) 参照。
  11. ^ 國寶建築師李重耀”. 看雜誌(zh). 2017年11月25日閲覧。
  12. ^ a b 台北故事館”. 交通部観光局. 2020年8月26日閲覧。
  13. ^ 台北故事館 taipei story house”. 財團法人郭木生文教基金會. 2017年11月25日閲覧。
  14. ^ 下記出典による。建物本体は40坪ほど。 大戦末期に路幅拡張のために花畑および車庫エリアが削減された (王, 二村 & 後藤 2010, p. 46)。
  15. ^ 以下、本節は特記ない限り前掲(交通部観光局) による。
  16. ^ 企画展は下記参照。
  17. ^ a b c 地方文化館”. 文化部地方文化館. 2013年12月2日時点のオリジナルよりアーカイブ。2017年11月25日閲覧。

外部リンク

座標: 北緯25度04分24秒 東経121度31分28秒 / 北緯25.07333度 東経121.52444度 / 25.07333; 121.52444