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[[1225年]]に成立した[[陳朝]]は徹底的な血縁重視体制([[太上皇|上皇]]体制)を採ることで中央集権化を進めていた。[[13世紀]]までは有能な皇帝や一族([[陳興道]])らが多数現れて有効に機能したが、[[14世紀]]になると有能な皇帝・血族が現れずに国内は皇族や重臣の離反・腐敗などで乱れた。


このような中で勢力を拡張したのが、[[五代十国時代]]([[940年代]])に[[婺州]][[永康市|永康県]]から南下・移住した祖先を持つ<ref>{{cite book|author=K. W. Taylor|title=A History of the Vietnamese|url=https://books.google.com/books?id=P2HP31kOSA4C&pg=PA166#v=onepage&q&f=false|date=9 May 2013|publisher=Cambridge University Press|isbn=978-0-521-87586-8|pages=166–}}</ref><ref>{{cite book|author=Kenneth R. Hall|title=Secondary Cities and Urban Networking in the Indian Ocean Realm, C. 1400-1800|url=https://books.google.com/books?id=gyPjBevBHxcC&pg=PA161#v=onepage&q&f=false|year=2008|publisher=Lexington Books|isbn=978-0-7391-2835-0|pages=161–}}</ref>[[胡季リ|胡季犛]]である。彼は陳朝で採用されていた[[科挙]]で選抜された官僚と手を組んで陳朝内部で巧みに勢力を拡張し、第9代皇帝・[[陳芸宗|芸宗]]の[[外戚]]となってその寵愛を受けた。第10代皇帝・[[陳睿宗|睿宗]]が対[[チャンパ]]戦争で戦死して皇帝の威信が衰えると、[[1388年]]には第11代皇帝・[[陳晛]]を殺害して自らの娘婿である[[陳順宗|順宗]]を擁立し、宰相として実権を握った。
このような中で勢力を拡張したのが、[[五代十国時代]]([[940年代]])に[[婺州]][[永康市|永康県]]から南下・移住した祖先を持つ<ref>{{cite book|author=K. W. Taylor|title=A History of the Vietnamese|url=https://books.google.com/books?id=P2HP31kOSA4C&pg=PA166#v=onepage&q&f=false|date=9 May 2013|publisher=Cambridge University Press|isbn=978-0-521-87586-8|pages=166–}}</ref><ref>{{cite book|author=Kenneth R. Hall|title=Secondary Cities and Urban Networking in the Indian Ocean Realm, C. 1400-1800|url=https://books.google.com/books?id=gyPjBevBHxcC&pg=PA161#v=onepage&q&f=false|year=2008|publisher=Lexington Books|isbn=978-0-7391-2835-0|pages=161–}}</ref>[[胡季犛]]である。彼は陳朝で採用されていた[[科挙]]で選抜された官僚と手を組んで陳朝内部で巧みに勢力を拡張し、第9代皇帝・[[陳芸宗|芸宗]]の[[外戚]]となってその寵愛を受けた。第10代皇帝・[[陳睿宗|睿宗]]が対[[チャンパ]]戦争で戦死して皇帝の威信が衰えると、[[1388年]]には第11代皇帝・[[陳晛]]を殺害して自らの娘婿である[[陳順宗|順宗]]を擁立し、宰相として実権を握った。


[[1394年]]、上皇としてかろうじて陳朝を支えていた芸宗が死去すると、胡季犛は直ちに有力皇族と重臣の[[粛清]]を開始。[[1398年]]には成長した順宗を廃して殺し、幼少の[[陳少帝|少帝]]を擁立する。[[1400年]]には遂に少帝をも廃し、自らが皇帝として即位。国号を大虞と改め、姓を黎から胡とした。ここに陳朝は滅び、胡朝が誕生したのである。
[[1394年]]、上皇としてかろうじて陳朝を支えていた芸宗が死去すると、胡季犛は直ちに有力皇族と重臣の[[粛清]]を開始。[[1398年]]には成長した順宗を廃して殺し、幼少の[[陳少帝|少帝]]を擁立する。[[1400年]]には遂に少帝をも廃し、自らが皇帝として即位。国号を大虞と改め、姓を黎から胡とした。ここに陳朝は滅び、胡朝が誕生したのである。
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== 歴代君主 ==
== 歴代君主 ==
# [[胡季リ|胡季犛]](胡一元)
# [[胡季犛]](胡一元)
# [[胡漢蒼]]
# [[胡漢蒼]]



2020年8月28日 (金) 05:08時点における版

胡朝
大虞
陳朝 1400年 - 1407年 後陳朝
胡朝の位置
公用語 ベトナム語
首都 清化(タインホア)
皇帝
1400年 - 1401年 胡季犛(胡一元)
1401年 - 1407年胡漢蒼
変遷
成立 1400年
滅亡1407年
ベトナムの歴史
ベトナム語の『ベトナムの歴史』
文郎国
甌雒
南越
第一次北属期
前漢統治)
徴姉妹
第二次北属期
後漢六朝統治)
前李朝
第三次北属期
南漢統治)
呉朝
丁朝
前黎朝
李朝

陳朝
胡朝
第四次北属期
統治)
後陳朝
後黎朝前期
莫朝
後黎朝
後期
南北朝
莫朝
南北朝
後黎朝後期
阮氏政権 鄭氏政権
西山朝
阮朝
フランス領
インドシナ
ベトナム帝国
コーチシナ共和国 ベトナム
民主共和国
ベトナム国
ベトナム
共和国
南ベトナム
共和国
ベトナム社会主義共和国

胡朝(こちょう、ホーちょう、ベトナム語Nhà Hồ / 家胡)は、ベトナムを支配した王朝1400年 - 1407年)。首都タインホア

経歴

成立への過程

1225年に成立した陳朝は徹底的な血縁重視体制(上皇体制)を採ることで中央集権化を進めていた。13世紀までは有能な皇帝や一族(陳興道)らが多数現れて有効に機能したが、14世紀になると有能な皇帝・血族が現れずに国内は皇族や重臣の離反・腐敗などで乱れた。

このような中で勢力を拡張したのが、五代十国時代940年代)に婺州永康県から南下・移住した祖先を持つ[1][2]胡季犛である。彼は陳朝で採用されていた科挙で選抜された官僚と手を組んで陳朝内部で巧みに勢力を拡張し、第9代皇帝・芸宗外戚となってその寵愛を受けた。第10代皇帝・睿宗が対チャンパ戦争で戦死して皇帝の威信が衰えると、1388年には第11代皇帝・陳晛を殺害して自らの娘婿である順宗を擁立し、宰相として実権を握った。

1394年、上皇としてかろうじて陳朝を支えていた芸宗が死去すると、胡季犛は直ちに有力皇族と重臣の粛清を開始。1398年には成長した順宗を廃して殺し、幼少の少帝を擁立する。1400年には遂に少帝をも廃し、自らが皇帝として即位。国号を大虞と改め、姓を黎から胡とした。ここに陳朝は滅び、胡朝が誕生したのである。

滅亡

胡季犛は粛清と簒奪を繰り返したため、周囲からの恨みと反感を買っていた。このため陳朝の血を引く息子の胡漢蒼に皇位を譲って上皇となった。しかし実権は依然として胡季犛が掌握していた。

胡季犛は陳朝と同じく血族重視制度を採用しながらも、一方で旧体制の弊害だった貴族制度の廃止や科挙制度のさらなる改革による有能な人材の登用、軍事力の強化、文芸奨励、戸籍制度の導入など様々な進歩的改革を進めた。

しかし中国南部への勢力拡大を企図する永楽帝は、陳朝の復権とその皇族の即位を要求する。胡季犛はこれを拒絶して永楽帝と対立、明のベトナム侵攻の口実を与え、1407年に明の大軍の侵攻(明・大虞戦争)を受けた首都タインホアは陥落した。胡季犛と胡漢蒼の父子は明軍によって南京に護送され、永楽帝によって父子ともども処刑された。

わずか2代7年の短命王朝であった。

歴代君主

  1. 胡季犛(胡一元)
  2. 胡漢蒼

脚注

  1. ^ K. W. Taylor (9 May 2013). A History of the Vietnamese. Cambridge University Press. pp. 166–. ISBN 978-0-521-87586-8. https://books.google.com/books?id=P2HP31kOSA4C&pg=PA166#v=onepage&q&f=false 
  2. ^ Kenneth R. Hall (2008). Secondary Cities and Urban Networking in the Indian Ocean Realm, C. 1400-1800. Lexington Books. pp. 161–. ISBN 978-0-7391-2835-0. https://books.google.com/books?id=gyPjBevBHxcC&pg=PA161#v=onepage&q&f=false 

関連文献

関連項目