「王僧弁」の版間の差分
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侯景の乱鎮圧および建康陥落の功が認められ、永寧郡公ついで鎮衛将軍・尚書令となり、[[荊州区|江陵]]にとどまっていた蕭繹を皇帝として擁立する(元帝)。さらに西征を行い、[[湘州]]の[[陸納]]や、皇帝を私称した益州の武陵王[[蕭紀]](元帝の弟)を討伐。また、[[北斉]]の軍も撃退し、太尉・車騎大将軍となる。 |
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かつて王僧弁に敗れた蕭誉の弟の[[蕭詧]]は[[西魏]]へ亡命し、保護されていたが、この蕭詧こそ梁の正統であるという名分のもと、[[554年]]西魏は江陵を攻め、元帝を殺害した。西魏の傀儡である蕭詧は即位([[後梁 (南朝)|後梁]]の宣帝)するが、建康側はこれを認めず、王僧弁は陳霸先らとともに晋安王[[蕭方智]](敬帝)を擁立し、太宰となった。 |
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いっぽう、西魏と対立する北斉は、侯景の乱の頃(当時は北斉ではなく[[東魏]])に捕らえていた元帝の従兄弟の[[蕭淵明]](閔帝)を梁に送還し、皇帝とするよう迫った。江陵奪回のため、北斉との連携が不可避と考えた王僧弁は、[[淮南]]割譲および蕭方智の立太子を条件として、これに応じたが、あくまで蕭方智を皇帝に推す陳霸先と対立。[[紹泰]]元年([[555年]])、陳霸先に攻められ、建康で敗死した。ライバルを倒した陳霸先は2年後、敬帝から禅譲を受け[[陳 (南朝)|陳]]の武帝となったが、王僧弁の残党は各地で反抗し、結局陳は弱体化を免れ得ず、南朝最後の王朝となる。 |
いっぽう、西魏と対立する北斉は、侯景の乱の頃(当時は北斉ではなく[[東魏]])に捕らえていた元帝の従兄弟の[[蕭淵明]](閔帝)を梁に送還し、皇帝とするよう迫った。江陵奪回のため、北斉との連携が不可避と考えた王僧弁は、[[淮南]]割譲および蕭方智の立太子を条件として、これに応じたが、あくまで蕭方智を皇帝に推す陳霸先と対立。[[紹泰]]元年([[555年]])、陳霸先に攻められ、建康で敗死した。ライバルを倒した陳霸先は2年後、敬帝から禅譲を受け[[陳 (南朝)|陳]]の武帝となったが、王僧弁の残党は各地で反抗し、結局陳は弱体化を免れ得ず、南朝最後の王朝となる。 |
2020年8月13日 (木) 02:58時点における版
王僧弁(おう そうべん、生年不詳 - 555年)は、南北朝時代の南朝梁の将軍。字は君才。太原郡祁県の人。本来の表記は王僧辯。
生涯
天監年間(502年 - 519年)に、父の王神念に従って北魏から梁へ亡命。湘東王蕭繹に仕え湘東国左常侍・竟陵郡太守となる。太清2年(548年)、侯景の乱が起き、梁は大混乱となるが、王僧弁は蕭繹に仕え、大宝元年(550年)河東王蕭誉を討伐した功により、左衛将軍ついで領軍将軍となる。翌年さらに大都督に進み、江州で陳霸先と同盟し、巴陵の地で侯景を破る。大宝3年(552年)には侯景軍の支配下にあった首都建康を奪還するが、軍兵らの大規模な略奪により名声を失う。侯景は逃亡の途中、殺された。
侯景の乱鎮圧および建康陥落の功が認められ、永寧郡公ついで鎮衛将軍・尚書令となり、江陵にとどまっていた蕭繹を皇帝として擁立する(元帝)。さらに西征を行い、湘州の陸納や、皇帝を私称した益州の武陵王蕭紀(元帝の弟)を討伐。また、北斉の軍も撃退し、太尉・車騎大将軍となる。
かつて王僧弁に敗れた蕭誉の弟の蕭詧は西魏へ亡命し、保護されていたが、この蕭詧こそ梁の正統であるという名分のもと、554年西魏は江陵を攻め、元帝を殺害した。西魏の傀儡である蕭詧は即位(後梁の宣帝)するが、建康側はこれを認めず、王僧弁は陳霸先らとともに晋安王蕭方智(敬帝)を擁立し、太宰となった。
いっぽう、西魏と対立する北斉は、侯景の乱の頃(当時は北斉ではなく東魏)に捕らえていた元帝の従兄弟の蕭淵明(閔帝)を梁に送還し、皇帝とするよう迫った。江陵奪回のため、北斉との連携が不可避と考えた王僧弁は、淮南割譲および蕭方智の立太子を条件として、これに応じたが、あくまで蕭方智を皇帝に推す陳霸先と対立。紹泰元年(555年)、陳霸先に攻められ、建康で敗死した。ライバルを倒した陳霸先は2年後、敬帝から禅譲を受け陳の武帝となったが、王僧弁の残党は各地で反抗し、結局陳は弱体化を免れ得ず、南朝最後の王朝となる。
子女
- 王顗
- 王頒
- 王頠
- 王顒
- 王頍
伝記史料
参考文献
- 柴田宜勝「王僧辯」『東洋歴史大辞典』 上巻、池内宏、矢野仁一、橋本増吉、濱田耕作 監修(縮刷復刻版)、臨川書店、1986年(原著1941年)、354頁。ISBN 4653014701。
- 森三樹三郎 著「王僧辯」、平凡社 編『アジア歴史事典』 2巻、平凡社、1984年、34頁。