「イギリス領カメルーン」の版間の差分
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2020年7月18日 (土) 09:29時点における版
British Cameroons | ||||||
委任統治領 | ||||||
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国歌 女王陛下万歳 | ||||||
首都 | ブエア | |||||
言語 | 英語(公用語) ドゥアラ語 オロコ語 草原バンツー語群 フラニ語 カヌリ語 | |||||
宗教 | イスラム教(北部) キリスト教(南部) | |||||
政治機構 | 委任統治領 | |||||
歴史・時代 | 第一次世界大戦 | |||||
• | ドイツ保護領カメルーン分割 | 1922年7月20日 | ||||
• | カメルーンとナイジェリアに併合 | 1961年10月1日 | ||||
通貨 | 西アフリカ・ポンド | |||||
現在 | カメルーン ナイジェリア |
イギリス領カメルーン(英語:British Cameroons)は、イギリス帝国のイギリス領西アフリカの委任統治領。 現在は南部はカメルーンに、北部はナイジェリアに併合された。
歴史
1884年、アフリカ分割によって、現在のカメルーンの領域はドイツ保護領カメルーンになった。
1914年、第一次世界大戦が発生し、イギリス帝国とフランス第三共和政、ベルギーがドイツ保護領カメルーンを征服した。
1916年、ドイツ軍が完全に排除された。
1922年、国際連盟はカメルーンをイギリスとフランスの委任統治領にした。
第二次世界大戦の頃には40万人が暮らしていたが、イギリス軍の義勇兵になったのは3500人だけだった[1]。
同年10月1日、ナイジェリアがイギリスから独立したが、イギリス領カメルーンがどちらに帰属するかが問題だった。
1961年2月11日、国民投票が行われた。 イスラム教徒が多い北部はナイジェリアとの統合を望み、キリスト教徒の多い南部はカメルーンとの統合を望んだ[2]。
同年10月1日、南部はカメルーンに統合され、南西州と北西州に分割された。 同時にイギリスの信託統治領となった。
カメルーンに帰属後、分離独立の動きが活発になり、南カメルーン連邦共和国としての独立も試みられた。
2016年には、英語圏(旧イギリス領カメルーン)の独立をめぐる争いが活発化して政府側が965人を逮捕。2018年時点の避難民は18万人に達している[3]。
関連項目
脚注
- ^ I.C.B Dear, ed, The Oxford Companion to World War II (1995) p 163
- ^ Nohlen, D, Krennerich, M & Thibaut, B (1999) Elections in Africa: A data handbook, p177 ISBN 0-19-829645-2
- ^ “カメルーン英語圏独立紛争、18万人が避難生活 HRW報告”. AFP (2018年7月20日). 2018年7月25日閲覧。