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「トヨタ生活協同組合」の版間の差分

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2020年6月29日 (月) 13:36時点における版

トヨタ自動車工業株式会社挙母工場互助会[1]

挙母豊田生活消費組合[2]

有限責任挙母豊田生活購買利用組合[2]

トヨタ生活協同組合[1][3]
種類 生活協同組合
本社所在地 日本の旗 日本
470-1201
豊田市豊栄町2丁目111番地[1][3]
北緯35度2分51.5秒 東経137度9分15.5秒 / 北緯35.047639度 東経137.154306度 / 35.047639; 137.154306座標: 北緯35度2分51.5秒 東経137度9分15.5秒 / 北緯35.047639度 東経137.154306度 / 35.047639; 137.154306
設立 1945年昭和20年)12月15日
(「トヨタ自動車株式会社挙母工場互助会」設立)[1]

1949年(昭和24年)7月8日
(「トヨタ生活協同組合」改組)[3]
業種 小売業
法人番号 8180305005438
事業内容 物品供給事業
文化・教育活動による組合員の文化的、経済的生活向上を図る事業
代表者 理事長 山本哲夫
資本金 出資金
約3億2758万円(1989年(平成元年)時点)[3]

8億2500万円
従業員数 1,999名(2017年3月31日現在)
決算期 3月[4]
外部リンク https://www.meglia-net.jp/
特記事項:組合員数: 255,614人(2006年(平成18年)3月31日現在)
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トヨタ生活協同組合(トヨタせいかつきょうどうくみあい)は、愛知県豊田市に本部を置く生活協同組合である。

歴史・概要

1938年(昭和13年)前後に「トヨタ自動車株式会社」の社内売店として「トヨタ百貨店」が発足したのが始まりで、第2次世界大戦中は「豊友商事」として物資の配給を行っていた[2]

1945年(昭和20年)12月15日に「トヨタ自動車株式会社挙母工場互助会」が設立され[1]、1947年(昭和22年)4月に任意組合の「挙母豊田生活消費組合」に改組し[2]、1948年(昭和23年)5月1日に「産業組合法」に基づく「有限責任挙母豊田生活購買利用組合」に改組して産業組合となった[2]

1949年(昭和24年)7月8日に「消費生活協同組合法」に基づく「トヨタ生活協同組合」に改組して生活協同組合となった[3]

1950年(昭和25年)3月に理容・美容やクリーニングなどのサービス事業を開始し[3]、葬儀や墓石などの葬祭事業やトヨタ自動車工場内・寮の売店・食堂運営にも参入した[5]

また、1952年(昭和27年)1月には各地域組合員の主婦で地域家庭会を組織化し[3]、店舗などの運営についての意見を反映させており[5]、文化教室の運営などは家庭会での主婦からの要望を反映させる形で開始された[5]

当組合は「トヨタ自動車」の発展と共に業績が拡大し[2]、互助会発足から約40年後の1984年(昭和59年)度には売上高約488億円で日本国内の生活協同組合では4位[6]、職域生活協同組合では最大の組織へと発展した[7]。 なお、この売り上げ規模は当時の小売業全体でも約70位前後であり[6]、中堅のスーパーマーケットに当たるものであった[7]

こうした事業活動の拡大に対して、地元の挙母商店街協同組合から販売価格を下町の協定と同額にするように要求されたり[2]、下町への進出を阻止されたりするなど地元の一般小売店への配慮も要求されるなど[2]、長年商店街とは冷戦関係となっていた[8]。 しかし、大規模小売店舗法の廃止に伴って大型店の出店増えたことなどが影響して、豊田市駅前から1997年(平成9年)にアピタ、2000年(平成12年)12月25日にそごう[9]2002年(平成14年)5月末にサティ[10]と大型店の撤退が相次いだことから[8]、当組合がサティの跡地の一部に出店する形で商店街は協調路線へ転換した[8]

発足当初はトヨタの本社西門前に本部店を構えていたが[5]、1976年(昭和51年)3月25日に豊田市山之手に新・本部店を開店した[3]。 その後の事業拡大に伴って本部の事務所機能は本部店を離れ[5]、豊田市豊栄町の[3]物流センター内に移転した[5]

年表

  • 1938年昭和13年)前後 - 「トヨタ自動車株式会社」の社内売店「トヨタ百貨店」が発足[2]
  • 第2次世界大戦中 - 「豊友商事」が物資の配給業務を実施[2]
  • 1945年(昭和20年)12月15日 - 「トヨタ自動車株式会社挙母工場互助会」設立[1]
  • 1947年(昭和22年)4月 - 「挙母豊田生活消費組合」に改組し、任意組合となる[2]
  • 1948年(昭和23年)5月1日 - 「産業組合法」に基づく「有限責任挙母豊田生活購買利用組合」に改組し、産業組合となる[2]
  • 1949年(昭和24年)7月8日 - 「消費生活協同組合法」に基づく「トヨタ生活協同組合」に改組し、生活協同組合となる[3]
  • 1950年(昭和25年)3月 - 理容・美容やクリーニングなどのサービス事業を開始[3]
  • 1952年(昭和27年)1月 - 各地域組合員の主婦で、地域家庭会を組織化[3]
  • 1976年(昭和51年)3月25日 - 新・本部店を開店[3]
  • 1995年(平成7年) - 新名称MEGLIAを制定

店舗

近年は、MEGLiA(メグリア)の名称で店舗展開を行っている。

  • 大型店舗(メグリア) - 豊田市に10店舗、みよし市1店舗。
    店舗面積約17,455m²[11]、延べ床面積約32,500m²[11]。直営店舗面積約11,682m²[11]
    同組合の最大店舗で直営売場と約70の専門店で構成される。三菱UFJ銀行豊田南支店が入居している他、9行の店舗外ATMを設置。
    豊田市駅東地区市街地再開発ビルの店舗面積約12,865m²[11]、延べ床面積約63,311m²[11]。直営店舗面積約4,900m²[11]
    ギャザの1階と2階で食料品や衣料品などを販売[8]
    2002年(平成14年)5月末に閉店のサティ跡地に出店[10]
    半径1km圏内の無料宅配サービスを行っている。
  • 小型店舗(メグリアミニ) - 7店舗
  • 生協会館
  • 本のメグリア - 本の販売とCD・DVDのレンタル
  • メグリア調剤薬局
  • ガソリンスタンド - ENEOS(豊田市4店舗)
  • 葬儀センター - 葬儀センター。生協の直営の葬儀センターは全国初。(豊田市4カ所)
  • カルスポ - 家庭会での主婦からの要望を反映させる形で開始された文化教室[5]。メグリアカードがあれば入会金不要(豊田市3店舗、みよし市1店舗)

かつて運営していた店舗

豊田市

  • 高根店(豊田市大林町[3]、1965年(昭和40年)5月開店[3] - ?閉店)
店舗面積132m²[3]
  • 逢妻店(豊田市本新町5-80[4]、1971年(昭和46年)6月開店[3] - ?閉店)
店舗面積119m²[3]
  • 伊保原店(豊田市大清水町南岬1-281[4]、1972年(昭和47年)10月開店[3] - ?閉店)
店舗面積299m²[3]
  • 前山店(豊田市前山町3-2-1[4]、1973年(昭和48年)12月開店[3] - ?閉店)
店舗面積360m²[3]
  • 野見山店(豊田市野見山町1-52[4]、1974年(昭和47年)11月開店[3] - ?閉店)
店舗面積564m²[3]
  • 古瀬間店(豊田市古瀬間町[3]、1977年(昭和52年)3月開店[3] - ?閉店)
店舗面積158m²[3]
店舗面積706m²[3]
  • 丸山店(豊田市丸山町6丁目21番地[1]、1981年(昭和56年)6月開店[3] - ?閉店)
店舗面積163m²[3]
  • さなげ台店(豊田市亀首町八ッ口洞11番地[1]、1981年(昭和56年)9月開店[3] - ?閉店)
店舗面積170m²[3]
  • 宮町店(豊田市宮町[3]、1982年(昭和57年)4月開店[3] - ?閉店)
店舗面積728m²[3]
  • 生協会館コピック店(豊田市丸山町[3]、1986年(昭和61年)2月開店[3] - ?閉店)
店舗面積1,845m²[3]
  • 丸山店(豊田市三軒町 8丁目97-1[1]、?開店 - ?閉店)
店舗面積287m²[3]

岡崎市

  • 岡崎店(岡崎市百々西町5丁目1番地[1]、1982年(昭和57年)6月開店[3] - ?閉店)
店舗面積1,046m²[3]
  • 滝町店(岡崎市滝町[3]、1983年(昭和58年)6月開店[3] - ?閉店)
店舗面積165m²[3]

豊橋市

  • サンレイク店(豊橋市富士見台2丁目81番地[1]、1981年(昭和56年)12月開店[3] - ?閉店)
店舗面積467m²[3]

田原市

  • 田原店(田原市[3]、1986年(昭和61年)4月開店[3] - ?閉店)
店舗面積315m²[3]

売上高

  • 1984年(昭和59年)3月期:約488億円[6]。日本の生活協同組合第4位[6]
  • 1985年(昭和60年)3月期:約515億円[5]

組合員への還元など

かつては、店舗利用額に応じて商品券を提供する形で還元していた[5]

近年は、組合員証は「メグリアカード」と称する磁気式のプラスチックカードであり、店舗利用額に応じてポイントが付与している。 また、CD・DVDレンタルなども行える。

脚注

  1. ^ a b c d e f g h i j k 『生協名鑑 1995年版 日本生協連会員紹介』 コープ出版、1994年12月。ISBN 978-4873320540
  2. ^ a b c d e f g h i j k l 豊田市教育委員会 『豊田市史 第4巻 現代』 豊田市、1977年3月1日。
  3. ^ a b c d e f g h i j k l m n o p q r s t u v w x y z aa ab ac ad ae af ag ah ai aj ak al am an ao ap aq ar as at au av aw ax ay az 『流通会社年鑑 1990年版』 日本経済新聞社、1990年11月24日。
  4. ^ a b c d e 『流通会社年鑑 1978年版』 日本経済新聞社、1977年10月25日。
  5. ^ a b c d e f g h i 高木敏行 『トヨタ 超高収益システムの秘密』 こう書房、1985年11月20日。ISBN 978-4769602118
  6. ^ a b c d 都丸泰助 窪田暁子 遠藤宏一 『トヨタと地域社会 現代企業都市生活論』 大月書店、1987年1月12日。ISBN 978-4272140190
  7. ^ a b 近藤智雄 『かくて彼らは勝った トヨタ 50年の戦い』 毎日新聞社、1987年11月10日。ISBN 978-4620305882
  8. ^ a b c d 中日新聞社経済部 『トヨタの世界』 中日新聞社、2007年2月28日。ISBN 978-4806205364
  9. ^ “そごう8店舗が閉店 いずれも引き受け手ないまま”. 朝日新聞 (朝日新聞社). (2000年12月26日)
  10. ^ a b “5月末で閉店の豊田サティ後継テナントはトヨタ生協 愛知県豊田市”. タイハン特報 (大量販売新聞社). (2002年5月20日)
  11. ^ a b c d e f g h 『週刊東洋経済 臨時増刊 全国大型小売店総覧 2009年版』 東洋経済新報社、2009年。

関連文献

  • 井上邦彦 『トヨタ生協革命―苦境からの脱出』 日科技連出版社、2003年。ISBN 4817180145

関連項目

外部リンク