コンテンツにスキップ

英文维基 | 中文维基 | 日文维基 | 草榴社区

「アンドレ・サ」の版間の差分

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
削除された内容 追加された内容
lk調整
Cewbot (会話 | 投稿記録)
296行目: 296行目:
| 16.
| 16.
| 2015年10月4日
| 2015年10月4日
| {{flagicon|CHN}} [[深センオープン|深圳]]
| {{flagicon|CHN}} [[深オープン|深圳]]
| ハード
| ハード
| {{flagicon|AUS}} [[クリス・グッチョーネ]]
| {{flagicon|AUS}} [[クリス・グッチョーネ]]

2020年6月20日 (土) 11:43時点における版

アンドレ・サ
André Sá
アンドレ・サ
基本情報
フルネーム André Rezende Sá
国籍 ブラジルの旗 ブラジル
出身地 同・ベロオリゾンテ
生年月日 (1977-05-06) 1977年5月6日(47歳)
身長 185cm
体重 74kg
利き手
バックハンド 両手打ち
ツアー経歴
デビュー年 1996年
引退年 2018年
ツアー通算 11勝
シングルス 0勝
ダブルス 11勝
生涯通算成績 343勝398敗
シングルス 52勝92敗
ダブルス 291勝306敗
生涯獲得賞金 $2,655,127
4大大会最高成績・シングルス
全豪 2回戦(2001)
全仏 1回戦(2000・02・03)
全英 ベスト8(2002)
全米 2回戦(2000・01)
4大大会最高成績・ダブルス
全豪 ベスト8(2004)
全仏 3回戦(2002・10・13-16)
全英 ベスト4(2007)
全米 ベスト8(2007・16)
キャリア自己最高ランキング
シングルス 55位(2002年8月12日)
ダブルス 17位(2009年2月2日)

アンドレ・レゼンデ・サAndré Rezende Sá, 1977年5月6日 - )は、ブラジルベロオリゾンテ出身の男子プロテニス選手。ダブルスの得意な選手として活動し、ATPツアーでダブルス11勝を挙げた。シングルスの優勝はないが、2002年ウィンブルドン選手権で男子シングルスのベスト8進出がある。自己最高ランキングはシングルス55位、ダブルス17位。身長185cm、体重74kg。右利き、バックハンド・ストロークは両手打ち。

来歴

サは兄の勧めで8歳からテニスを始め、ブラジルの12歳以下の部で1位になった後、13歳の時から5年間アメリカフロリダ州ブレイデントンにあるニック・ボロテリー・テニスアカデミーに留学した。1996年にプロ入りし、1997年に男子テニス国別対抗戦デビスカップブラジル代表選手に初選出される。2001年9月、香港オープンダブルスでカルステン・ブラーシュと組んで男子ツアーダブルス初優勝を果たす。2002年ウィンブルドン選手権男子シングルスでサはベスト8に勝ち進んだ。初進出の準々決勝では、地元イギリスティム・ヘンマンから第2セットを奪い3-6, 7-5, 4-6, 3-6で敗れた。2002年8月12日付で、彼はシングルス自己最高ランキング55位に入った。それから男子ツアーダブルスで3度の準優勝と、2004年全豪オープン男子ダブルスで同じブラジルのフラビオ・サレッタと組んだベスト8進出があるが、その後しばらく好成績が途絶えていた。

2007年から、サは同じブラジルのマルセロ・メロと組んでダブルス成績を伸ばし始める。サとメロが初めてペアを組んだのは、2006年7月下旬にブラジル国内で開かれたチャレンジャー大会であった。このコンビは2007年4月のエストリル・オープンで初優勝し、サは2001年9月の香港オープン以来6年ぶりのツアー2勝目を挙げた。2007年ウィンブルドン選手権男子ダブルスでは、2回戦でケビン・ウリエット/ポール・ハンリー組と5-7, 7-6, 4-6, 7-6, 28-26の長い試合を戦った。これで波に乗った2人は、準々決勝で第3シードのダニエル・ネスター/マーク・ノールズ組を6-4, 6-3, 6-4のストレートで破ったが、続く準決勝でアルノー・クレマン/ミカエル・ロドラ組に6-7, 3-6, 3-6のストレートで敗れた。サはウィンブルドンの地で、2002年シングルスでのベスト8以来5年ぶりの活躍を見せた。2007年のシーズンを最後に、サはシングルスから撤退し、メロとのダブルスに活動を絞るようになった。

2008年、サとメロは男子ツアーのダブルスで年間3勝を挙げ、北京五輪男子ダブルスにも出場した。ブラジル代表の2人は、2回戦でインドマヘシュ・ブパシ/リーンダー・パエス組に4-6, 2-6で敗れた。2009年にはオーストリア・オープンで優勝がある。この年を最後にメロとのペアを解消した。

その後はフランコ・フェレイロステファン・フースミハル・メルティナクなどとペアを組んだ。3度目の五輪出場となったロンドン五輪ではトマス・ベルッシと組んだ。1回戦で金メダルを獲得したブライアン兄弟に6–7(5), 7–6(5), 3-6で敗れた。

地元開催の2016年リオ五輪で4大会連続の五輪に出場しベルッシとのペアで1回戦で第2シードのイギリスのアンディ・マリー&ジェイミー・マリー組を 7-6(6), 7-6(14) で破った。2回戦でイタリアのファビオ・フォニーニ&アンドレアス・セッピ組に 7-5, 5-7, 3-6 で敗れた。

サは2018年2月の地元ブラジル・オープンを最後に40歳で現役を引退した。

ATPツアー決勝進出結果

ダブルス: 30回 (11勝19敗)

結果 No. 決勝日 大会 サーフェス パートナー 対戦相手 スコア
準優勝 1. 1998年2月9日 アメリカ合衆国の旗 サンノゼ ハード ブラジルの旗 ネルソン・エルツ オーストラリアの旗 トッド・ウッドブリッジ
オーストラリアの旗 マーク・ウッドフォード
1–6, 5–7
準優勝 2. 2001年1月28日 コロンビアの旗 ボゴタ クレー アルゼンチンの旗 マルティン・ロドリゲス アルゼンチンの旗 マルティン・フッド
アルゼンチンの旗 セバスティアン・プリエト
2–6, 4–6
準優勝 3. 2001年7月9日 アメリカ合衆国の旗 ニューポート アメリカ合衆国の旗 グレン・ワイナー アメリカ合衆国の旗 ボブ・ブライアン
アメリカ合衆国の旗 マイク・ブライアン
3–6, 5–7
優勝 1. 2001年9月30日 香港の旗 香港 ハード ドイツの旗 カルステン・ブラーシュ チェコの旗 ペトル・ルクサ
チェコの旗 ラデク・ステパネク
6–0, 7–5
準優勝 4. 2002年7月15日 オランダの旗 アメルスフォールト クレー ブラジルの旗 アレシャンドレ・シモーニ 南アフリカ共和国の旗 ジェフ・クッツェー
南アフリカ共和国の旗 クリス・ハガード
6–7(1–7), 3–6
準優勝 5. 2002年9月15日 ブラジルの旗 コスタ・ド・サイペ ハード ブラジルの旗 グスタボ・クエルテン アメリカ合衆国の旗 スコット・ハンフリーズ
バハマの旗 マーク・マークレイン
3–6, 6–7(1–7)
準優勝 6. 2003年7月14日 オランダの旗 アメルスフォールト クレー 南アフリカ共和国の旗 クリス・ハガード アメリカ合衆国の旗 デビン・ボウエン
オーストラリアの旗 アシュリー・フィッシャー
0–6, 4-6
優勝 2. 2007年4月29日 ポルトガルの旗 エストリル クレー ブラジルの旗 マルセロ・メロ アルゼンチンの旗 マルティン・ガルシア
アルゼンチンの旗 セバスティアン・プリエト
3–6, 6–2, [10–6]
優勝 3. 2008年2月11日 ブラジルの旗 コスタ・ド・サイペ クレー ブラジルの旗 マルセロ・メロ スペインの旗 アルベルト・モンタニェス
スペインの旗 サンティアゴ・ベントゥーラ
4–6, 6–2, [10–7]
優勝 4. 2008年5月19日 オーストリアの旗 ペルチャッハ クレー ブラジルの旗 マルセロ・メロ オーストリアの旗 ユリアン・ノール
オーストリアの旗 ユルゲン・メルツァー
7–5, 6–7(3–7), [13–11]
準優勝 7. 2008年6月15日 イギリスの旗 ロンドン ブラジルの旗 マルセロ・メロ カナダの旗 ダニエル・ネスター
セルビアの旗 ネナド・ジモニッチ
4–6, 6–7(3–7)
優勝 5. 2008年8月23日 アメリカ合衆国の旗 ニューヘイブン ハード ブラジルの旗 マルセロ・メロ インドの旗 マヘシュ・ブパシ
バハマの旗 マーク・ノールズ
7–5, 6–2
準優勝 8. 2009年3月1日 アメリカ合衆国の旗 デルレイビーチ ハード ブラジルの旗 マルセロ・メロ アメリカ合衆国の旗 ボブ・ブライアン
アメリカ合衆国の旗 マイク・ブライアン
4–6, 4–6
優勝 6. 2009年5月23日 オーストリアの旗 キッツビュール クレー ブラジルの旗 マルセロ・メロ ルーマニアの旗 アンドレイ・パベル
ルーマニアの旗 ホリア・テカウ
6–7(9–11), 6–2, [10–7]
準優勝 9. 2009年6月14日 イギリスの旗 ロンドン ブラジルの旗 マルセロ・メロ 南アフリカ共和国の旗 ウェスリー・ムーディ
ロシアの旗 ミハイル・ユージニー
4–6, 6–4, [6–10]
準優勝 10. 2011年2月20日 アルゼンチンの旗 ブエノスアイレス クレー ブラジルの旗 フランコ・フェレイロ オーストリアの旗 オリバー・マラチ
アルゼンチンの旗 レオナルド・マイエル
6–7(6–8), 3–6
準優勝 11. 2011年8月6日 オーストリアの旗 キッツビュール クレー ブラジルの旗 フランコ・フェレイロ イタリアの旗 ダニエレ・ブラッチャーリ
メキシコの旗 サンティアゴ・ゴンサレス
6–7(1–7), 6–4, [9–11]
優勝 7. 2011年9月25日 フランスの旗 メス ハード
(室内)
イギリスの旗 ジェイミー・マリー チェコの旗 ルーカス・ドロウヒー
ブラジルの旗 マルセロ・メロ
6–4, 7–6(9–7)
準優勝 12. 2012年2月19日 ブラジルの旗 サンパウロ クレー スロバキアの旗 ミハル・メルティナク アメリカ合衆国の旗 エリック・ブトラック
ブラジルの旗 ブルーノ・ソアレス
6–3, 4–6, [8–10]
準優勝 13. 2012年2月26日 アルゼンチンの旗 ブエノスアイレス クレー スロバキアの旗 ミハル・メルティナク スペインの旗 ダビド・マレーロ
スペインの旗 フェルナンド・ベルダスコ
4–6, 4–6
準優勝 14. 2012年3月4日 アメリカ合衆国の旗 デルレイビーチ ハード スロバキアの旗 ミハル・メルティナク イギリスの旗 コリン・フレミング
イギリスの旗 ロス・ハッチンス
6–2, 6–7(5–7), [13–15]
準優勝 15. 2012年7月15日 ドイツの旗 シュトゥットガルト クレー スロバキアの旗 ミハル・メルティナク フランスの旗 ジェレミー・シャルディー
ポーランドの旗 ルカシュ・クボット
1-6, 3-6
優勝 8. 2015年3月1日 アルゼンチンの旗 ブエノスアイレス クレー フィンランドの旗 ヤルコ・ニエミネン スペインの旗 パブロ・アンドゥハール
オーストリアの旗 オリバー・マラチ
4–6, 6–4, [10–7]
優勝 9. 2015年6月16日 イギリスの旗 ノッティンガム オーストラリアの旗 クリス・グッチョーネ ウルグアイの旗 パブロ・クエバス
スペインの旗 ダビド・マレーロ
6–2, 7–5
優勝 10. 2015年7月27日 クロアチアの旗 ウマグ クレー アルゼンチンの旗 マキシモ・ゴンサレス ポーランドの旗 マリウシュ・フィルステンベルク
メキシコの旗 サンティアゴ・ゴンサレス
4–6, 6–3, [10–5]
準優勝 16. 2015年10月4日 中華人民共和国の旗 深圳 ハード オーストラリアの旗 クリス・グッチョーネ イスラエルの旗 ジョナサン・エルリック
イギリスの旗 コリン・フレミング
1–6, 7–6(3), [6–10]
準優勝 17. 2016年4月25日 ルーマニアの旗 ブカレスト クレー オーストラリアの旗 クリス・グッチョーネ ルーマニアの旗 フロリン・メルギア
ルーマニアの旗 ホリア・テカウ
5–7, 4–6
準優勝 18. 2016年6月19日 イギリスの旗 ロンドン オーストラリアの旗 クリス・グッチョーネ フランスの旗 ピエール=ユーグ・エルベール
フランスの旗 ニコラ・マユ
3-6, 6-7(5)
優勝 11. 2017年3月5日 ブラジルの旗 サンパウロ クレー ブラジルの旗 ロジェリオ・ドゥトラ・シウバ ニュージーランドの旗 マーカス・ダニエル
ブラジルの旗 マルセロ・デモリネル
7–6(5), 5–7, [10–7]
準優勝 19. 2017年7月1日 イギリスの旗 イーストボーン インドの旗 ロハン・ボパンナ アメリカ合衆国の旗 ボブ・ブライアン
アメリカ合衆国の旗 マイク・ブライアン
7–6(4), 4–6, [3–10]

4大大会シングルス成績

略語の説明
 W   F  SF QF #R RR Q# LQ  A  Z# PO  G   S   B  NMS  P  NH

W=優勝, F=準優勝, SF=ベスト4, QF=ベスト8, #R=#回戦敗退, RR=ラウンドロビン敗退, Q#=予選#回戦敗退, LQ=予選敗退, A=大会不参加, Z#=デビスカップ/BJKカップ地域ゾーン, PO=デビスカップ/BJKカッププレーオフ, G=オリンピック金メダル, S=オリンピック銀メダル, B=オリンピック銅メダル, NMS=マスターズシリーズから降格, P=開催延期, NH=開催なし.

大会 1997 1998 1999 2000 2001 2002 2003 2004 2005 2006 通算成績
全豪オープン A LQ LQ A 2R 1R 1R LQ LQ A 1–3
全仏オープン A LQ A 1R LQ 1R 1R LQ LQ LQ 0–3
ウィンブルドン A 1R 2R 1R 1R QF 2R 1R LQ LQ 6–7
全米オープン LQ LQ LQ 2R 2R 1R LQ LQ LQ LQ 2–3

外部リンク