「太田駅 (新潟県)」の版間の差分
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2020年2月15日 (土) 12:10時点における版
太田駅 | |
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おおだ Ōda | |
◄本明 (1.3 km) (0.8 km) 上北谷► | |
所在地 | 新潟県見附市太田町 |
所属事業者 | 越後交通 |
所属路線 | 越後交通栃尾線 |
キロ程 | 21.1 km(悠久山起点) |
駅構造 | 地上駅 |
ホーム | 1面1線 |
開業年月日 | 1915年(大正4年)2月14日 |
廃止年月日 | 1973年(昭和48年)4月16日 |
備考 | 上北谷駅(初代)→太田駅に改名 |
太田駅(おおだえき)は、かつて新潟県見附市太田町に存在した、越後交通栃尾線の駅である。1973年(昭和48年)4月16日、栃尾線の部分廃止により廃駅となった。
駅構造
地上駅。開業当初は少なくとも2線を持つ交換施設を有していたようであるが[1]、末期は1面1線に縮小している。
歴史
- 1915年(大正4年)2月14日 - 栃尾鉄道による浦瀬 - 栃尾間開業に伴い新潟県古志郡上北谷村に開設。 当初は上北谷駅(初代)と称した[2]。
- 1929年(昭和4年) 太田駅に改称。
- 1956年(昭和31年)11月20日 - 社名変更に伴い栃尾電鉄の駅となる。
- 1960年(昭和35年)10月1日 - 長岡鉄道、中越自動車との3社合併により越後交通の駅となる。
- 1973年(昭和48年)4月16日 - 栃尾線の上見附 - 栃尾間部分廃止により廃駅となる。
駅跡
当駅周辺の路盤跡は舗装され、栃鉄サイクリングロードに転用されている。路盤跡北側の地面が盛り上がっているが、駅施設との関連は不明。
駅周辺
駅跡を取り囲むように民家が立ち並ぶ。
駅のすぐ南を県道19号が路盤跡と並行している。また、上見附方向へ約300m進むと、太田跨線橋が路線跡を跨いでおり、現役当時の雰囲気を残す。
駅の北には刈谷田川が流れ、稚児清水川との合流地点となっている。
- 太田神社
- 太田の清水
バス路線
越後交通 太田下口バス停
- 急行長岡駅前=見附=栃尾(楡原トンネル経由、小貫経由)
隣の駅
出典
- ^ 『栃尾鉄道案内』巻末資料写真.
- ^ 『官報』「軽便鉄道運輸開始」1915年2月19日(国立国会図書館デジタルコレクション)
参考文献
- 栃尾鉄道株式会社『栃尾鉄道案内』栃尾鉄道(原著1915年6月8日)。doi:10.11501/932594 。2019年7月6日閲覧。
外部リンク
- 五万分一地形圖 (スタンフォード大学ライブラリ)- 明治44年測量・昭和6年要部修正測量及同修正縮図(参謀本部)
- NJ-54-34-3 三條 https://purl.stanford.edu/zx896kk5583