「オセロ (ボードゲーム)」の版間の差分
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[[画像:God Tone and Guo Dong playing Othello 20190414b.jpg|thumb|オセロを楽しむ人々]] |
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'''オセロ''' ('''Othello''') は、それぞれ黒と白の石を担当する2人のプレイヤーが、自分の石で相手の石を挟んで自分の石に変えるという条件のもとに、交互に盤面へ石を打っていき、最終的にどちらの石が盤面に多く置かれるかを競う[[ボードゲーム]]である。 |
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{{Infobox game |
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「オセロ」「Othello」は[[メガハウス]](旧・[[ツクダオリジナル]])の[[登録商標]]であるため、他社製品ではほぼ同一のゲームであっても原則として別の名称が使われる。例として、「'''リバーシ''' ('''Reversi''')」や「'''白黒ゲーム'''」などの別名がある。ただし、本来リバーシはオセロの原型となったゲーム、あるいはよく似た別のゲームの名前であり、オセロの別名ではない(詳しくは後述する)。また、[[日本放送協会|NHK]]でも、かつては同様の理由から「'''白と黒の石を取り合うゲーム'''」などと言い換えていたが、2018年の世界オセロ選手権大会では「オセロ」と報道するようになっている<ref>この他、NHKでは、2010年頃から『[[ギネス世界記録]]』、2017年頃から『[[ミシュランガイド]]』などの商標も使われている。</ref>。 |
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| title = オセロ |
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| image_link = Othello-Standard-Board.jpg |
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| image_caption = オセロの盤と石 |
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| designer = [[長谷川五郎]] |
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| publisher = [[メガハウス]]、[[マテル]] |
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| date = [[1973年]][[4月25日]] |
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| genre = [[ボードゲーム]] |
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| players = 2人 |
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| setup_time = 1分間未満 |
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| playing_time = 標準10分間、最大80分間 |
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| random_chance = なし |
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| skills = 頭脳、読み合い、駆け引き |
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| website = {{URL|https://www.megahouse.co.jp/othello/|オセロ公式サイト}} |
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}} |
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{{Infobox game |
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== 概要 == |
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| title = リバーシ |
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オセロは、[[二人零和有限確定完全情報ゲーム]]に分類され、[[囲碁]]・[[将棋]]・[[チェス]]などと同様、運の要素がなく、2人のプレイヤーが互いの知恵を絞って実力だけを頼りに勝敗を決するゲームである。単純明快なルールでありながら、人間が[[ゲーム木]]の全展開を把握可能な程度を超えており、[[コンピュータ]]が発達した[[2019年]]現在でもなお完全解析がなされていないほどの奥深さがある。このことを端的に表した「'''覚えるのに一分、極めるのに一生''' (A minute to learn, a lifetime to master)」という言葉が[[キャッチフレーズ]]となっている<ref name="example">長谷川五郎 『オセロゲームの歴史』[[河出書房新社]]、2011年。</ref>。 |
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| designer = ジョン・モレット、ルイス・ウォーターマン |
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| publisher = [[ジャック・オブ・ロンドン]]、ほか多数 |
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| date = [[1888年]] |
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'''オセロ''' ('''Othello''') は、「相手の石を自分の石で挟めば、それも自分の石になる」という基本原理に基づく[[ボードゲーム]]である。それぞれ黒と白を担当する2人のプレイヤーが、この基本原理に基づいて交互に盤面へ石を打っていき、最終的な石の個数を競う。 |
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オセロは、一般にゲームの基本ルールのみならず、名称や用具のデザインまでをも含めたパッケージ全体を指す。このパッケージは、[[製薬会社]]社員でボードゲーム研究家の'''[[長谷川五郎]]'''が[[1970年]]頃に[[東京都]]で開発し、[[1973年]]に[[ツクダオリジナル]](現・[[メガハウス]])から発売されたものである。ゲームの基本ルール自体は、それ以前に考案されたものと同様であり、オセロの原型は、'''ジョン・モレット'''(John Mollett)と'''ルイス・ウォーターマン'''(Lewis Waterman)が[[19世紀]]に[[イギリス]]で考案した'''リバーシ'''というゲーム、あるいは[[1945年]]に幼少期の長谷川本人が[[水戸市]]で考案した'''挟み碁'''というゲームのどちらかとされる。リバーシと挟み碁のうち、どちらが直接的なオセロの発祥であるのかについては、長谷川自身の発言が一定しないため、不明である。 |
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現在知られているオセロのパッケージは、[[製薬会社]]社員でボードゲーム研究家の'''[[長谷川五郎]]'''によって[[1970年]]頃に[[東京都]]で開発され、[[1973年]]にツクダ(後の[[ツクダオリジナル]]、[[パルボックス]]、[[メガハウス]])から発売されたものである。ゲームの基本ルール自体は、'''ジョン・モレット''' (John Mollett) と'''ルイス・ウォーターマン''' (Lewis Waterman) が[[19世紀]]に[[イギリス]]の[[ロンドン]]で考案した'''リバーシ''' ('''Reversi''') というゲームと同様である。「オセロ」という名称は、[[ウィリアム・シェイクスピア]]の[[戯曲]]『[[オセロ (シェイクスピア)|オセロ]]』に由来し、長谷川の父が命名した。 |
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オセロは、それぞれ黒と白を自分の色とする2人のプレイヤーが交互に盤面に石を打ち合って、最終的に自分の色の石の数が多いほうが勝ちとなる。この際、自分の色の石で挟むことによって相手の色の石を自分の色に変えることができるというのが最大の特徴である。オセロでは、素早く盤上の石の色を変更できるようにするため、表裏が黒白に塗り分けられた平たい石を用いる。また、盤面は、8×8の正方形のマス目が描かれた緑色のものを用いる(なお、「グランドオセロ」や「エイトスターズオセロ」などと呼ばれる8×8以外の特殊な盤面を用いるものもある)。 |
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長谷川がオセロ開発に当たってリバーシを参照したのかどうかという点は、長谷川自身の発言が一定しなかったため、不明である。[[1945年]]に幼少期の長谷川本人がリバーシとは独立に[[水戸市]]で考案した'''挟み碁'''というゲームがオセロの原型であるとする説もあるが、挟み碁の存在を裏付ける証拠はない。このような経緯から、オセロとリバーシの関係性をどのように位置付けるべきかは争いがある。発祥の地についても、ロンドン、水戸、東京という3つの説がある(このうち、水戸はオセロ発祥の地を自称している)。なお、「オセロ」「Othello」という名称はメガハウスの[[登録商標]]であるため、他社の製品ではオセロと同様のゲームであっても「'''リバーシ'''」として販売される。 |
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「オセロ」という名称は、[[イギリス]]の劇作家・[[ウィリアム・シェイクスピア|シェイクスピア]]の[[戯曲]]『[[オセロ (シェイクスピア)|オセロ]]』に由来する。これは、緑の平原が広がるイギリスを舞台にして、黒人の将軍・オセロと白人の妻・デズデモーナを中心に敵味方がめまぐるしく寝返るという戯曲のストーリーに、緑の盤面上で黒白の石がひっくり返って形勢が変わっていくゲーム性をなぞらえたものである<ref>[http://www.othello.gr.jp/column/1780 オセロ誕生秘話(3)〜オセロファンのエネルギーがオセロのビックバンを作った!!〜(日本オセロ連盟HP 長谷川五郎寄稿)]</ref><ref name="example" />。 |
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オセロは、抽象戦略ゲーム([[アブストラクトゲーム]])の一つである。運の要素がなく、2人のプレイヤーが互いに知恵を絞って実力だけを頼りに勝敗を決するゲームである。ゲームのルールは単純明快だが、著名なプレイヤーによって多数の戦術が生み出され、日々戦略的な進歩を続けている。このことを端的に表した「'''覚えるのに一分、極めるのに一生''' (A minute to learn, a lifetime to master)」という言葉が[[キャッチフレーズ]]となっている。 |
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オセロの競技人口は、 長谷川によると2001年頃の時点で約6000万人である<ref>長谷川五郎 『オセロの勝ち方 [改訂新版]』 [[河出書房新社]]、2006年。</ref>。 公益財団法人日本生産性本部余暇創研が発行している『[[レジャー白書]]』によれば[[将棋]]の競技人口は約600万人、[[囲碁]]の競技人口は約220万人、[[チェス]]の競技人口は調査対象外となっており、これらを上回っていると長谷川は主張している。ただし、『レジャー白書』では一年以内に実際に遊んだ者を競技者として数えている一方、長谷川はオセロのルールを知る者すべてを競技者として推計しているため、同じ条件で比較されたものではない。 |
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数学的には、[[囲碁]]・[[将棋]]・[[チェス]]などと同様に[[二人零和有限確定完全情報ゲーム]]に分類され、[[コンピュータ]]による研究も行われている。[[コンピュータオセロ]]は、[[1997年]]に人間の世界チャンピオンに勝利しており、人間のトッププレイヤーを上回る実力を持つ。もっとも、オセロの[[ゲーム木]]複雑性はそこまで低いものではなく、コンピュータが発達した[[2019年]]現在もなお完全解析がなされていないほどの奥深さを持つ。 |
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元ツクダオリジナルの和久井威は、オセロがロングセラーとなった要因に対象年齢が幅広いことを挙げている<ref>和久井は、「夫とオセロをして勝つと夫の機嫌が悪くなり、「待った」をされて結婚以来初めて口答えをした」という87歳の女性の投書が『朝日新聞』に載ったという話を紹介している。</ref><ref name="tj"/>。実際に、小学校の教室、[[老人ホーム]]、[[老人福祉施設|デイサービス]]センターなどにもオセロ盤が設置されていることがあり、休み時間の子供たちや高齢者もゲームを楽しんでいる<ref>参考資料:[[2006年]][[7月17日]]付[[フジサンケイ ビジネスアイ]]「“脳内革命”でオセロ人気 高齢者が熱視線、売れ行き好調」。</ref>。なお、2019年2月現在、確認されている最高齢競技者は日本の[[田中カ子]](116歳)である。 |
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オセロは、世界各国で子供から老人まで様々な人によってプレイされている。特に、日本での競技人口は多く、遊びの文化として定着している。 |
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オセロは、遊びであると同時に[[マインドスポーツ]]の一つとしても知られている。世界各国で数々の大会が開催されており、日本でも囲碁や将棋などと同様に複数のタイトル戦が存在する。最も大きな大会は、[[1977年]]以降、毎年一回開催されている'''世界オセロ選手権'''である。 |
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このほか、オセロ・リバーシには、'''ニップ'''、'''グランドオセロ'''、'''エイトスターズオセロ'''、'''ロリット'''など多数の派生ゲームも存在し、様々な形で人々から親しまれている。 |
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{{-}} |
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== プレイ方法 == |
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=== 用具 === |
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オセロをプレイするために必要な用具は、盤と石である{{Efn|大会では、このほかに[[対局時計]]も使用される。}}<ref name="megahouse-what">{{Cite web |title=オセロってなに? |website=オセロ公式サイト |publisher=メガハウス |url=https://www.megahouse.co.jp/othello/what/ |accessdate=2020-03-23}}</ref>。 |
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オセロの盤は、8×8の正方形のマス目が描かれた緑色のものを使用する{{R|megahouse-what}}。オセロの石は、表裏を'''黒と白'''に塗り分けた平たい円盤状のものを使用する{{R|megahouse-what}}。オセロは、「相手の石を自分の石で挟めば、それも自分の石になる」という基本原理に最大の特徴がある{{Sfn|長谷川五郎|1974}}。そこで、相手の石を自分の石に変える動作を素早く行うため、相手の色の石を裏返して自分の色にすることでこれを表現する{{Sfn|長谷川五郎|1974}}。 |
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メガハウスによる公式のオセロ用具は、表のようにプレイヤーの便宜を図るために様々な工夫を凝らした製品が順次追加されている<ref>{{Cite web |title=オセロ商品 |website=オセロ公式サイト |publisher=メガハウス |url=https://www.megahouse.co.jp/othello/products/ |accessdate=2020-03-30}}</ref>。 |
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{| class="wikitable" style="font-size:small; margin:1rem; float:right;" |
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|+ メガハウスによるオセロ用具 |
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! 発売時期 !! 製品名 !! 特徴 |
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! 1973年 - |
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| オフィシャルオセロ || オセロ公式大会使用盤。 |
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! 1975年頃 - |
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| マグネットオセロ || 石がマグネット式で石ずれ防止になり、かつ盤が折り畳み可能。 |
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! 1970年代後半 - |
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| ベストオセロ、ナイスオセロ || 盤に石ケースを内蔵。2000年代にもマイナーチェンジあり。 |
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! 1980年代前半 - |
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| ヴィクトリーオセロ || マス目に立体ガイド付きで石がずれない入門用。 |
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! 2004年 - |
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| 大回転オセロ || 盤に回転式の石を固定。2013年までの名称は「オセロ極」。 |
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|- |
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! 2005年 - |
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| 大回転オセロミニ || 持ち運びに便利な小型版。2013年までの名称は「オセロ極Jr.」。 |
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|} |
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また、[[視覚障害者]]向けに触って石を識別できるもの、[[指]]の障害などで石をつまめない人が盤と一体化した石を回したりして楽しめるもの(表の「大回転オセロ」も該当)など、バリアフリーを意識した用具も開発・発売されている<ref>{{Cite news |和書 |title=オセロ 誰もが楽しむ工夫で進化 |newspaper=日本経済新聞 |date=2018-12-01 |url=https://www.nikkei.com/article/DGKKZO38428140R01C18A2CR0000/ |accessdate=2020-03-23}}</ref>。 |
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== 遊び方 == |
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=== 基本ルール === |
=== 基本ルール === |
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オセロの基本ルールは以下の通りである。なお、以下では符号を用いて説明することがあるが、図の盤面外に記載されている列と行を表す。例えば、f5はf列5行目のことである。 |
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[[画像:Othello.PNG|thumb|オセロの初期配置]] |
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# 2人のプレイヤーがそれぞれ黒番と白番のどちらを担当するかを決める(後述)。 |
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# 図のように、盤面中央の4マスに黒と白の石を2つずつ置く。右上と左下が黒、左上と右下が白になるように互い違いに配置する。 |
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# 黒番、白番の順で交互に盤面の空いているマスに自分の色の石を打っていく。この際、'''相手の色の石を自分の色の石で縦・横・斜めのいずれかの方向で挟めば、挟まれた石をひっくり返して、自分の色に変えることができる'''。 |
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# 石を打つときは、相手の色の石を1つ以上挟むように打たなければならない。挟めるマスが1つもない場合はパスとなり、相手の手番となる。パスの回数に制限はないが、挟めるマスがあるのにパスをすることは認められない。 |
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# すべてのマスが石で埋まるか、あるいは両者ともに挟めるマスがなくなったときは、ゲーム終了(終局)となる。'''終局時点で両者の色の石の数を数え、多いほうが勝ちとなる'''。なお、同数だった場合には、引き分けありの対局では引き分け、引き分けなしの対局では黒番・白番の決定時に「終局時に石の数が同数だった場合に勝者となる権利」(後述)を得ていた側の勝ちとなる。 |
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事前準備として、以下の2つが必要である。 |
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=== 黒番・白番 === |
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オセロは黒と白の石を用いるが、プレイヤーの手番は、'''黒を担当するプレイヤーが[[先手]]、白を担当するプレイヤーが[[後手]]'''というように色と合わせて定められている。手番を含めた両プレイヤーの地位をそれぞれ黒番・白番と呼ぶ。 |
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* [[じゃんけん]]などで各プレイヤーがそれぞれ黒番と白番のどちらを担当するかを決めておく(公式戦での手番決定方法は後述)。 |
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黒番・白番は、ゲーム開始前に何らかの方法で決定する必要がある。一般的には[[じゃんけん]]などの簡易な方法で決められることもあるが、公式ルールでは、「伏せ石」と呼ばれる[[囲碁]]の[[ニギリ]]に近い方法が採用されている。伏せ石のやり方は、[[引き分け]]ありの対局と引き分けなしの対局でそれぞれ異なっており、以下のように決まっている。 |
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* 初期配置として、図1のように'''盤面中央の4マスに黒石と白石を2つずつ置く'''{{R|megahouse-what}}。右上と左下が黒石、左上と右下が白石になるように互い違いに配置する{{Sfn|長谷川五郎|1974}}。 |
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事前準備を終えたらゲームを開始する。 |
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{{Columns-start}} |
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{{Othello diagram |
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| left |
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| 図1 |
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<!-- 盤面 a b c d e f g h (X:黒石、O:白石) --> |
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<!-- 1 --> | | | | | | | | |
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<!-- 2 --> | | | | | | | | |
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<!-- 3 --> | | | | | | | | |
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<!-- 4 --> | | | |O|X| | | |
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<!-- 5 --> | | | |X|O| | | |
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<!-- 6 --> | | | | | | | | |
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<!-- 7 --> | | | | | | | | |
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<!-- 8 --> | | | | | | | | |
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| 初手(黒番) |
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}} |
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初手は黒番が打つ{{Sfn|長谷川五郎|1974}}。この際、'''今打った石と他の自分の色の石とで縦・横・斜めのいずれかの方向で挟んだ相手の色の石は、裏返して自分の色に変える'''{{R|megahouse-what}}。例えば、図1の局面で、黒番がf5に打てば、今打った黒石とd5の黒石によってe5の白石を横に挟んでいるので、これを裏返して黒石に変える(図2)。 |
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{{Column}} |
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{{Othello diagram |
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| left |
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| 図2 |
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<!-- 盤面 a b c d e f g h (X:黒石、O:白石) --> |
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<!-- 1 --> | | | | | | | | |
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<!-- 2 --> | | | | | | | | |
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<!-- 3 --> | | | | | | | | |
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<!-- 4 --> | | | |O|X| | | |
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<!-- 5 --> | | | |X|X|X| | |
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<!-- 6 --> | | | | | | | | |
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<!-- 7 --> | | | | | | | | |
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<!-- 8 --> | | | | | | | | |
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| 2手目(白番) |
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}} |
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2手目は白番が打つ。さきほどと同じように、挟んだ相手の色の石を裏返して自分の色に変える。例えば、図2から白番がd6に打てば、今打った白石とd4の白石によってd5の黒石を縦に挟んでいるので、これを裏返して白石に変える(図3)。 |
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{{Columns-end}} |
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{{Columns-start}} |
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{{Othello diagram |
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| left |
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| 図3 |
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<!-- 盤面 a b c d e f g h (X:黒石、O:白石) --> |
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<!-- 1 --> | | | | | | | | |
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<!-- 2 --> | | | | | | | | |
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<!-- 3 --> | | | | | | | | |
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<!-- 4 --> | | | |O|X| | | |
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<!-- 5 --> | | | |O|X|X| | |
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<!-- 6 --> | | | |O| | | | |
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<!-- 7 --> | | | | | | | | |
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<!-- 8 --> | | | | | | | | |
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| 3手目(黒番) |
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}} |
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後は同様に、相手の石を挟みながら、'''黒番、白番が交互に'''空きマスに自分の色の石を打っていく{{Sfn|長谷川五郎|1974}}。例えば、図3から黒番がc3に打てば、d4の白石を斜めに挟んでいるので、これを裏返して黒石に変える。 |
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{{Column}} |
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{{Othello diagram |
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| left |
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| 図4 |
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<!-- 盤面 a b c d e f g h (X:黒石、O:白石) --> |
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<!-- 1 --> | | | | | | | | |
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<!-- 2 --> | | | | | | | | |
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<!-- 3 --> | | | | |X| | | |
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<!-- 4 --> | | | |O|X|O| | |
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<!-- 5 --> | | | |X|O|O| | |
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<!-- 6 --> | | | | | |O| | |
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<!-- 7 --> | | | | | | | | |
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<!-- 8 --> | | | | | | | | |
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| 複数の石(黒番) |
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}} |
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複数の石を一度に挟むことも可能である{{Sfn|長谷川五郎|1974}}。この場合、挟んだ石はすべて自分の色に変えなければならない{{R|megahouse-what}}。例えば、図4の局面で黒番がg5に打つと、f5とe5の白石を横に挟み、f4の白石を斜めに挟んでいるので、これら3つの石をすべて黒石に変える(図5)。 |
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{{Columns-end}} |
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{{Columns-start}} |
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{{Othello diagram |
|||
| left |
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| 図5 |
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<!-- 盤面 a b c d e f g h (X:黒石、O:白石) --> |
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<!-- 1 --> | | | | | | | | |
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<!-- 2 --> | | | | | | | | |
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<!-- 3 --> | | | | |X| | | |
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<!-- 4 --> | | | |O|X|X| | |
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<!-- 5 --> | | | |X|X|X|X| |
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<!-- 6 --> | | | | | |O| | |
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<!-- 7 --> | | | | | | | | |
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<!-- 8 --> | | | | | | | | |
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| 不正な着手(白番) |
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}} |
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石を打つときは、必ず相手の色の石を1つ以上挟むように打たなければならない{{R|megahouse-what}}。例えば、図5で仮に白番がe2に打ったとしても黒石を1つも挟めないから、白番がe2に打つことはできない。 |
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{{Column}} |
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{{Othello diagram |
|||
| left |
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| 図6 |
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<!-- 盤面 a b c d e f g h (X:黒石、O:白石) --> |
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<!-- 1 --> | | | | | | | | |
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<!-- 2 --> | | | | | | | | |
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<!-- 3 --> | | | | | | | | |
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<!-- 4 --> | | |X|X|X| | |O |
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<!-- 5 --> | | | |X|X|X|O|O |
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<!-- 6 --> | | | | | |X| |O |
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<!-- 7 --> | | | | | |X| | |
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<!-- 8 --> | | | | | | | | |
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| パス・ルール(黒番→白番) |
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}} |
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'''挟める石がなければパス'''となり、相手の手番になる{{R|megahouse-what}}。例えば、図6の局面で、黒番は挟める白石がないのでパスとなる。パスに回数制限はないが、挟める石があるときはパスできない{{Sfn|長谷川五郎|1974}}。なお、相手のパスによって自分の着手が続くと手元の石が足りなくなることがあるが、相手の手元の石を使ってもよい{{Sfn|長谷川五郎|1974}}。 |
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{{Columns-end}} |
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{{Columns-start}} |
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{{Othello diagram |
|||
| left |
|||
| 図7 |
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<!-- 盤面 a b c d e f g h (X:黒石、O:白石) --> |
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<!-- 1 --> |O|O|O|O|O|O|O|O |
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<!-- 2 --> |O|X|X|O|O|X|O|X |
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<!-- 3 --> |O|X|X|X|X|O|X|X |
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<!-- 4 --> |O|X|O|X|X|X|X|X |
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<!-- 5 --> |O|X|O|O|X|X|X|X |
|||
<!-- 6 --> |O|X|O|O|O|X|X|X |
|||
<!-- 7 --> |O|O|O|O|O|O|X|X |
|||
<!-- 8 --> |O|X|X|X|X|X|X|X |
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| 通常の終局(終局) |
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}} |
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このようにしてプレイを続けていき、盤上のすべてのマスが石で埋まって空きマスがなくなれば、ゲーム終了(終局)となる{{R|megahouse-what}}。例えば、図7では、すべてのマスが石で埋まっているため、終局である。 |
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{{Column}} |
|||
{{Othello diagram |
|||
| left |
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| 図8 |
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<!-- 盤面 a b c d e f g h (X:黒石、O:白石) --> |
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<!-- 1 --> | | | | | | | | |
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<!-- 2 --> | | | | | | | | |
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<!-- 3 --> | | |X| | | | | |
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<!-- 4 --> | | | |X|X|X|X| |
|||
<!-- 5 --> | | | |X|X|X|X|X |
|||
<!-- 6 --> | | | | |X| |X| |
|||
<!-- 7 --> | | | | | |X| | |
|||
<!-- 8 --> | | | | |O| |X| |
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| 双方打てずの終局(終局) |
|||
}} |
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空いているマスがあっても、両者ともに挟める石がないときは終局となる{{Sfn|長谷川五郎|1974}}。例えば、図8では、まだ空きマスがあるが、黒番も白番も相手の色の石を挟む方法がないから、終局である。なお、一方の石が全滅してしまった場合も、両者ともに挟める石がないときに該当するから終局である。 |
|||
{{Columns-end}} |
|||
'''ゲームが終了したら黒石・白石の数を数え、多いほうが勝ち'''となる{{R|megahouse-what}}。同数の場合は、通常の対局では[[引き分け]]、引き分けでは不都合のある対局(勝ち上がり式トーナメントの大会等)では黒番・白番の決定時に「終局時に石の数が同数だった場合に勝者となる権利」(後述)を得ていた側の勝ちとなる{{Sfn|長谷川五郎|2006}}。 |
|||
成績は、石数もしくは石差で記録される{{Sfn|長谷川五郎|2006}}。例えば、図7ならば34対30(4石差)で黒番の勝ちである。空きマスがある場合には、その数が勝者の石数に加算される<ref name="joa-rule">{{Cite web |title=日本オセロ連盟競技ルール |publisher=日本オセロ連盟 |url=https://www.othello.gr.jp/rule |accessdate=2020-03-23}}</ref>{{Efn|国際的には従前から使われていたルールだが、日本では2014年よりこのルールが追加された。}}。例えば、図8ならば63対1(62石差)で黒番の勝ちである。 |
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=== ハンデキャップ === |
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{| class="wikitable" style="font-size:small; margin:1rem; float:right;" |
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|+ オセロのハンデキャップ |
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| |
|||
{{Othello diagram |
|||
| none |
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| |
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<!-- 盤面 a b c d e f g h (X:黒石、O:白石) --> |
|||
<!-- 1 --> |X| | | | | | | |
|||
<!-- 2 --> | | | | | | | | |
|||
<!-- 3 --> | | | | | | | | |
|||
<!-- 4 --> | | | |O|X| | | |
|||
<!-- 5 --> | | | |X|O| | | |
|||
<!-- 6 --> | | | | | | | | |
|||
<!-- 7 --> | | | | | | | | |
|||
<!-- 8 --> | | | | | | | | |
|||
| 1子局(白番) |
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}} |
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{{Othello diagram |
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| none |
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| |
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<!-- 盤面 a b c d e f g h (X:黒石、O:白石) --> |
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<!-- 1 --> |X| | | | | | | |
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<!-- 2 --> | | | | | | | | |
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<!-- 3 --> | | | | | | | | |
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<!-- 4 --> | | | |O|X| | | |
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<!-- 5 --> | | | |X|O| | | |
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<!-- 6 --> | | | | | | | | |
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<!-- 7 --> | | | | | | | | |
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<!-- 8 --> | | | | | | | |X |
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| 2子局(白番) |
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}} |
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|- |
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| |
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{{Othello diagram |
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| none |
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| |
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<!-- 盤面 a b c d e f g h (X:黒石、O:白石) --> |
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<!-- 1 --> |X| | | | | | |X |
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<!-- 2 --> | | | | | | | | |
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<!-- 3 --> | | | | | | | | |
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<!-- 4 --> | | | |O|X| | | |
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<!-- 5 --> | | | |X|O| | | |
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<!-- 6 --> | | | | | | | | |
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<!-- 7 --> | | | | | | | | |
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<!-- 8 --> | | | | | | | |X |
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| 3子局(白番) |
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}} |
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| |
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{{Othello diagram |
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| none |
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| |
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<!-- 盤面 a b c d e f g h (X:黒石、O:白石) --> |
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<!-- 1 --> |X| | | | | | |X |
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<!-- 2 --> | | | | | | | | |
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<!-- 3 --> | | | | | | | | |
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<!-- 4 --> | | | |O|X| | | |
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<!-- 5 --> | | | |X|O| | | |
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<!-- 6 --> | | | | | | | | |
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<!-- 7 --> | | | | | | | | |
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<!-- 8 --> |X| | | | | | |X |
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| 4子局(白番) |
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}} |
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|} |
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実力差がある場合には[[ハンデキャップ]](ハンデ)をつけて対局することもできる。ハンデキャップ戦では、実力差に応じて図のように盤面の隅に黒石を置いた状態からゲームを開始する。 |
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ハンデキャップ戦の場合は、下手が黒番、上手が白番を持つが、通常の対局とは異なり、白番(上手)の先手で対局を開始する。 |
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=== 伏せ石 === |
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オセロは黒と白の石を用いるが、プレイヤーの手番は、'''黒を担当するプレイヤーが[[先手]]、白を担当するプレイヤーが[[後手]]'''というように色と合わせて定められている{{R|megahouse-what}}。手番を含めた両プレイヤーの地位をそれぞれ黒番・白番と呼ぶ。 |
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大会などの公式戦では、「伏せ石」と呼ばれる[[囲碁]]の[[ニギリ]]に近い方法で黒番・白番を決定する{{R|joa-rule}}。伏せ石のやり方は、引き分けありの対局と引き分けなしの対局でそれぞれ異なっており、以下のように決まっている{{R|joa-rule}}。 |
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# まず、上位者が石一つを手で隠して盤上に置く。 |
# まず、上位者が石一つを手で隠して盤上に置く。 |
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38行目: | 338行目: | ||
# 石の上面が黒白どちらであるかを確認し、引き分けの有無に応じて以下の通り黒番・白番を決定する。 |
# 石の上面が黒白どちらであるかを確認し、引き分けの有無に応じて以下の通り黒番・白番を決定する。 |
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#* 引き分けありの場合は、開示された石の上面・下面の色のうち、下位者は宣言した側の色を担当する。すなわち、下位者が「上」と宣言したときは開示された石の上面の色、「下」と宣言したときは開示された石の下面の色を下位者が担当する。 |
#* 引き分けありの場合は、開示された石の上面・下面の色のうち、下位者は宣言した側の色を担当する。すなわち、下位者が「上」と宣言したときは開示された石の上面の色、「下」と宣言したときは開示された石の下面の色を下位者が担当する。 |
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#* 引き分けなしの場合は、一方のプレイヤーには「黒番・白番を選ぶ権利」、他方のプレイヤーには「終局時に石の数が同数だった場合に勝者となる権利」が与えられる。下位者が宣言した色と開示された石の上面の色とを照らし合わせ、的中している場合は下位者、的中していない場合は上位者が、どちらの権利が欲しいかを選択す |
#* 引き分けなしの場合は、一方のプレイヤーには「黒番・白番を選ぶ権利」、他方のプレイヤーには「終局時に石の数が同数だった場合に勝者となる権利」が与えられる。下位者が宣言した色と開示された石の上面の色とを照らし合わせ、的中している場合は下位者、的中していない場合は上位者が、どちらの権利が欲しいかを選択する。最後に黒番・白番を選ぶ権利を得た側のプレイヤーが黒番と白番のどちらにするかを選ぶ。 |
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=== |
=== ブライトウェル・ポイント === |
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主要な国際大会等では、[[リーグ戦]]で勝ち星の数が並んだ際、ブライトウェル・ポイントと呼ばれる点数を計算して順位を決定する。ブライトウェル・ポイントは、以下の数式で計算される<ref>{{Cite web |author=中島哲也 |title=世界戦組み合わせ方式 |website=Othello! JAPAN |date=2006-10-30 |url=http://www.othello.org/news/?date=20061030&no=1 |accessdate=2020-03-30}}</ref>。 |
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実力差がある場合には[[ハンディキャップ|ハンデ]]をつけて対局することもできる。ハンデ戦では、実力差に応じて次のように盤面の隅に黒石を置いた状態からゲームを開始する。 |
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{{math|ブライトウェル・ポイント {{=}} 石数合計 + 対戦相手の勝数合計 × 6}} |
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* 1子局―左上の隅に黒石を置いて対局を開始する。 |
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* 2子局―左上と右下の隅に黒石を置いて対局を開始する。 |
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* 3子局―左上と右下、右上の隅に黒石を置いて対局を開始する。 |
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* 4子局―4か所全ての隅に黒石を置いて対局を開始する。 |
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なお、この方式は、オセロのイギリス代表選手で数学者のグラハム・ブライトウェルによって考案された。 |
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ハンデ戦の場合は下手が黒番を、上手が白番を持つが、通常の対局とは異なり、'''白番(上手)の先手'''で対局を開始する。 |
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{{-}} |
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{{Back to TOC}} |
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== 歴史 == |
== 歴史 == |
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=== オセロの起源 === |
=== オセロの起源 === |
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現在普及しているオセロのパッケージは、日本オセロ連盟元会長の[[長谷川五郎]]が[[ツクダオリジナル]]に持ち込 |
現在普及しているオセロのパッケージは、日本オセロ連盟元会長の[[長谷川五郎]]が[[1970年]]頃に[[東京都]]で完成させてゲーム会社の[[ツクダオリジナル|ツクダ]]に持ち込み、[[1973年]]に発売されたものである{{Sfn|月刊トイジャーナル|2007}}。長谷川がオセロを開発するに至った経緯については本人の説明が二転三転しており、定かではない。特に、オセロのルーツについては、 |
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* ジョン・モレットとルイス・ウォーターマンが[[19世紀]]に[[イギリス]]の[[ロンドン]]で考案した'''アネクゼイション'''や'''リバーシ'''(源平碁)というゲームがオセロの原型であり、長谷川が東京都内でリバーシの基本ルールを維持しつつ名称・用具・環境などを整備してパッケージとして確立したものがオセロである。 |
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* [[1945年]]に中学生時代の長谷川本人がリバーシとは独立に[[茨城県]][[水戸市]]で考案した'''挟み碁'''というゲームがオセロの原型である(結果的にオセロとリバーシは似通ったゲームとなっているが両者は無関係)。 |
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という2つの説がある。オセロ発売当初、長谷川は'''リバーシがオセロの原型'''であるとしていたが{{Sfn|長谷川五郎|1973}}<ref name="yomiuri">{{Cite journal |和書 |title=スリルの大逆転ゲーム 軽薄でNOWな『オセロ』の爆発的人気 その必勝法まで |journal=週刊読売 |volume=32 |issue=38 |publisher=読売新聞社 |date=1973-08 |page=112 |doi=10.11501/1815367}}</ref><ref name="izawa">{{Cite journal |和書 |author=飯沢匡 |title=当世商売訪問 (3) -新ゲーム『オセロ』をつくったアマチュア魂 |journal=潮 |volume=186 |publisher=潮出版社 |date=1974-12 |page=278 |doi=10.11501/3367797}}</ref>{{Sfn|長谷川五郎|1981}}、[[2000年]]頃からは、'''自身が考案した挟み碁がオセロの原型'''であると主張するようになっている{{Sfn|長谷川五郎|2011}}。なお、2000年以降の長谷川の発言以外に挟み碁というゲームが実在したことを裏付ける根拠はない。 |
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{| class="wikitable" style="font-size:small; margin:1rem; float:right;" |
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|+ オセロとそのルーツになったゲームの違い |
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! ゲーム名 !! 最初期の文献(出典) !! 開発年・開発者・発売元 !! 石の色 !! 盤面の形状 !! 初期配置 !! 複数石挟み !! 着手不能時 !! 着手回数制限 |
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|- |
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! アネクゼイション |
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| Waterman v Ayres<br />(1888年){{Sfn|Waterman v Ayres|1888}} || 1870年(ロンドン)<br />ジョン・モレット<br />F・H・エアーズ || {{Unknown}} || {{No2|十字形}} || {{Unknown}} || {{Unknown}} || {{Unknown}} || {{Unknown}} |
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|- |
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! リバーシ(19世紀) |
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| Reversi and Go Bang<br />(1890年){{Sfn|Berkeley, Authorized by Lewis Waterman|1890}} || 1883年(ロンドン)<br />ルイス・ウォーターマン<br />ジャック・アンド・サン || {{Draw|{{Ubl|黒白|黒赤|赤白}}}} || {{Yes2|8×8の正方形}} || {{No2|オリジナル}} || {{Yes2|全部裏返す}} || {{Yes2|パス}} || {{No2|32手}} |
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|- |
|||
! リバーシ(20世紀) |
|||
| 世界遊戯法大全<br />(1907年){{Sfn|松浦政泰|1907}} || 1900年頃<br />不明<br />多数 || {{Draw|{{Ubl|黒白|黒赤|赤白}}}} || {{Yes2|8×8の正方形}} || {{Draw|{{Ubl|クロス|パラレル|オリジナル}}}} || {{Yes2|全部裏返す}} || {{Yes2|パス}} || {{Yes2|無制限}} |
|||
|- |
|||
! 挟み碁 |
|||
| オセロ百人物語<br />(2005年){{Sfn|長谷川五郎|2005}} || 1945年(水戸)<br />長谷川五郎<br />未発売 || {{Yes2|黒白}} || {{No2|多様{{Efn|8×8の正方形、8×9の長方形、9×10の長方形、八角形などを使い分けていた}}}} || {{Unknown}} || {{No2|多様{{Efn|複数の石を挟んだときは、全部裏返すルール、1個だけ裏返すルール、挟んだ本人が裏返す個数を自由に決められるルールなど様々なルールを使用していた。}}}} || {{Unknown}} || {{Unknown}} |
|||
|- |
|||
! オセロ |
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| オセロの打ち方<br />(1974年){{Sfn|長谷川五郎|1974}} || 1970年頃(東京)<br />長谷川五郎<br />ツクダ || {{Yes2|黒白}} || {{Yes2|8×8の正方形}} || {{Yes2|クロス}} || {{Yes2|全部裏返す}} || {{Yes2|パス}} || {{Yes2|無制限}} |
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|} |
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アネクゼイション、リバーシ、挟み碁、オセロは、いずれも「挟んだら裏返す」という基本原理に共通点があるが、細かい部分では表のような違いがある。 |
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ここでは、'''リバーシに基づく歴史と挟み碁に基づく歴史の双方'''を対等に紹介する。歴史とは離れたオセロとリバーシの関連性や評価などの事項については、[[#オセロとリバーシ|オセロとリバーシの節]]を参照。 |
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=== 19世紀のリバーシ === |
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オセロに似たゲームとして記録に残る最古のものは、[[1870年]]にイギリスの'''ジョン・モレット''' (John Mollett) が開発した'''アネクゼイション''' (Annexation) というボードゲームである{{Sfn|Waterman v Ayres|1888}}{{Efn|なお、E・O・ハルビンは、中国の伝統的遊びとしてリバーシとほぼ同様のFan Mienというゲームを紹介しているが<ref>{{Cite book |language=en |last=Harbin |first=E. O. |title=Games of Many Nations |publisher=Abingdon Press |year=1954 |page=52 |url=https://archive.org/details/gamesofmanynatio00harb/page/52/mode/2up |accessdate=2020-03-23}}</ref>、これに対して[[リスボン大学]]教授のジョアン・ペドロ・ネトは、Fan Mianは噂にすぎず一切の証拠がないとしている<ref>{{Cite web |language=en |last=Neto |first=João Pedro |title=Othello |work=The World of Abstract Games |date=2016-01-07 |url=https://www.di.fc.ul.pt/~jpn/gv/othello.htm |accessdate=2020-03-23}}</ref>。}}。アネクゼイションは、十字形の盤面を用いていたが、現在のオセロと同様に挟んだら裏返すという基本原理に基づくゲームだった{{Sfn|Waterman v Ayres|1888}}。開発から6年後の[[1876年]]にF・H・エアーズがこれを発売した{{Sfn|Waterman v Ayres|1888}}。 |
|||
[[1883年]]、同じくイギリスの'''ルイス・ウォーターマン''' (Lewis Waterman) がアネクゼイションの盤面を[[チェッカー]]盤([[チェスボード]]と同じ8×8の正方形)に改良して'''リバーシ''' (Reversi) を開発した{{Sfn|Waterman v Ayres|1888}}<ref>{{Cite book |language=en |editor-last=Hoffmann |editor-first=Professor |title=The Book of Table Games |publisher=Routledge |year=1894 |page=611 |url=https://books.google.co.jp/books?id=kwkYAAAAYAAJ&pg=PA611#v=twopage&q&f=false |accessdate=2020-03-23}}</ref><ref>{{Cite book |和書 |author=シド・サクソン |others=竹田原裕介(訳) |title=シド・サクソンのゲーム大全 |publisher=ニューゲームズオーダー |date=2017-12 |page=277 |isbn=9784908124204}}</ref>。リバーシは、[[1886年]]に[[ロンドン]]のサタデー・レビュー紙に掲載され、世に知られることになった<ref>{{Cite news |language=en |title=Reversi |newspaper=The Saturday Review |date=1886-08-21}}</ref>。ウォーターマンは、[[1888年]]にリバーシを商品化し、ジャック・アンド・サン(現・[[ジャック・オブ・ロンドン]])から発売した{{Sfn|Berkeley, Authorized by Lewis Waterman|1890}}。なお、リバーシ発売後にF・H・エアーズがアネクゼイションの改良版として「Annex a Game of Reverses」という名前でリバーシとほぼ同一のゲームを販売したため、商標をめぐって訴訟となったが、「リバーシ」は「裏返す」という意味の単語「Reverse」に由来し、[[16世紀]]から[[フランス]]でプレイされていた伝統的[[トランプ]]ゲームのリバーシス([[ハーツ (トランプゲーム)|ハーツ]]の原型)の別名でもあることから商標権は認められず、両者はともにこのゲームを販売できることになった{{Sfn|Waterman v Ayres|1888}}。 |
|||
商品化から2年後の[[1890年]]にウォーターマンが承認したリバーシの解説書によると、当時のリバーシと現在のオセロとのルール上の違いは、以下の2点のみである{{Sfn|Berkeley, Authorized by Lewis Waterman|1890}}。 |
|||
; 初期配置オリジナル・ルール |
|||
: 初期のリバーシでは、盤面に石を置かずにゲームを開始していた。初手から4手目まで交互に中央4マスのうち好きな位置に石を打ち込むことで、初期配置を決めた(なお、初期配置を決めるための4手は相手の石を挟まなくて良かった)。 |
|||
; 着手回数32手制限ルール |
|||
: 初期のリバーシでは、両対局者はそれぞれ最大32回しか石を打つことができなかった。つまり、ゲーム開始時に各々の手元に32個の石が配布され、相手のパスによって自分が連続して着手した結果手元の32個の石を使い果たしてしまった場合は、それ以降の自分の手番がすべてパスになった。 |
|||
同書によると当時のリバーシの石の色は'''黒と白''' (black and white) であり、現在のオセロと同様である{{Sfn|Berkeley, Authorized by Lewis Waterman|1890}}。もっとも、ジャック・アンド・サンから発売されたオリジナルのリバーシは、チェッカーと同様に黒白<ref>{{Cite web |language=en |last=Ballam |first=Richard |title=Example of the Game Reversi JJ11 |work=The Ballam Collection |publisher=The Games Board |url=https://www.gamesboard.org.uk/cgi-pub/gardpub.cgi?table=examples&pk=14191&command=view |accessdate=2020-03-23}}</ref>、黒赤<ref>{{Cite web |language=en |last=Ballam |first=Richard |title=Example of the Game Reversi JJ5 |work=The Ballam Collection |publisher=The Games Board |url=https://www.gamesboard.org.uk/cgi-pub/gardpub.cgi?table=examples&pk=13606&command=view |accessdate=2020-03-23}}</ref>、赤白<ref>{{Cite web |language=en |last=Ballam |first=Richard |title=Example of the Game Reversi JJ10 |work=The Ballam Collection |publisher=The Games Board |url=https://www.gamesboard.org.uk/cgi-pub/gardpub.cgi?table=examples&pk=14275&command=view |accessdate=2020-03-23}}</ref>という少なくとも3通りのバージョンが存在していたことがボードゲーム収集家のリチャード・バラムのコレクションで確認できる。 |
|||
=== 20世紀のリバーシ === |
|||
リバーシが考案されてから20年ほどの間にルールの変遷があった。まず、着手回数32手制限ルールはすぐに廃止され、相手がパスした場合には相手の手元の石を使ってもよいことになった<ref name="jrf-history">{{Cite web |title=History of Reversi |publisher=日本リバーシ協会 |date=1999-01-11 |url=http://www.reversi.net/reversi/history/indexj.html |accessdate=2020-03-23 |archiveurl=https://web.archive.org/web/20010217103817/http://www.reversi.net/reversi/history/indexj.html |archivedate=2001-02-17}}</ref>。1900年頃のF・H・エアーズのリバーシに添付されたルール説明書には、「彼が打つことができないでいる限り、対戦相手は彼の石を使用して打つ」と明記されている<ref>{{Cite web |language=en |last=Ballam |first=Richard |title=Example of the Game Reversi (Ayres) 2 |work=The Ballam Collection |publisher=The Games Board |url=https://www.gamesboard.org.uk/cgi-pub/gardpub.cgi?table=examples&pk=13598&command=view |accessdate=2020-03-23}}</ref>。また、初期配置に関しては、簡便のために最初から中央4マスに石を置いてからゲームを開始するのが主流となった{{R|jrf-history}}。この結果、20世紀初頭には、現在のオセロとのルール上の違いはほぼなくなっており{{R|jrf-history}}、'''[[1907年]]に編纂された『[[世界遊戯法大全]]』では現在のオセロと完全に同一のルール'''が定められている{{Sfn|松浦政泰|1907}}。 |
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{| class="wikitable" style="font-size:small; margin:1rem; float:right;" |
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|+ リバーシの初期配置 |
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{{Othello diagram |
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| none |
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<!-- 盤面 a b c d e f g h (X:黒石、O:白石) --> |
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<!-- 1 --> | | | | | | | | |
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<!-- 2 --> | | | | | | | | |
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<!-- 3 --> | | | | | | | | |
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<!-- 4 --> | | | |O|X| | | |
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<!-- 5 --> | | | |X|O| | | |
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<!-- 6 --> | | | | | | | | |
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<!-- 7 --> | | | | | | | | |
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<!-- 8 --> | | | | | | | | |
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| クロス(黒番) |
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}} |
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{{Othello diagram |
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| none |
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| |
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<!-- 盤面 a b c d e f g h (X:黒石、O:白石) --> |
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<!-- 1 --> | | | | | | | | |
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<!-- 2 --> | | | | | | | | |
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<!-- 3 --> | | | | | | | | |
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<!-- 4 --> | | | |O|O| | | |
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<!-- 5 --> | | | |X|X| | | |
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<!-- 6 --> | | | | | | | | |
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<!-- 7 --> | | | | | | | | |
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<!-- 8 --> | | | | | | | | |
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| パラレル(黒番) |
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}} |
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{{Othello diagram |
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| none |
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<!-- 盤面 a b c d e f g h (X:黒石、O:白石) --> |
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<!-- 1 --> | | | | | | | | |
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<!-- 2 --> | | | | | | | | |
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<!-- 3 --> | | | | | | | | |
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<!-- 4 --> | | | | | | | | |
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<!-- 5 --> | | | | | | | | |
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<!-- 6 --> | | | | | | | | |
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<!-- 7 --> | | | | | | | | |
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<!-- 8 --> | | | | | | | | |
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| オリジナル(黒番) |
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}} |
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|} |
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もっとも、初期配置に関しては、図の3つのルールがローカルルールとして併存しており、どのルールを採用するかは競技団体・競技者や開発メーカーによって違いがあった<ref name="jrf-rules">{{Cite web |title=Reversi Rules |publisher=日本リバーシ協会 |date=2000-04-05 |url=http://www.reversi.net/reversi/rulej.html |accessdate=2020-03-23 |archiveurl=https://web.archive.org/web/20010217102329/http://www.reversi.net/reversi/rulej.html |archivedate=2001-02-17}}</ref>{{Efn|例えば、市販の源平碁(リバーシ)に添付されたルール説明を確認すると、パラレルとなっているもの<ref>{{Cite web |author=鰍工房康魚 |title=骨董市で見つけた源平碁の小箱 |website=鰍工房 手作り小品工芸 工作日記 |date=2011-10-14 |url=https://kazika-koubou.at.webry.info/201110/article_9.html |accessdate=2020-03-23}}</ref>、クロスとなっているもの<ref>{{Cite web |author=坂口和大 |title=坂口和大が所有している源平碁は3種類になった |website=オセロ九段、第21期オセロ名人位、坂口和大のブログ |date=2018-09-23 |url=https://ameblo.jp/sakaguchiothello/entry-12406836985.html |accessdate=2020-03-23}}</ref>の双方が確認できる。}}。 |
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なお、クロス・ルールを採用した場合(『世界遊戯法大全』など)には現在のオセロと完全に同一のルールとなる。 |
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石の色については、黒白のものもあったが<ref>{{Cite book |language=en |last=Bell |first=R. C. |title=Board and Table Games from Many Civilizations |volume=1 |edition=2 |publisher=Oxford University Press |year=1969 |page=74 |url=https://archive.org/details/B-001-002-771/page/n107/mode/2up |accessdate=2020-03-23}}</ref>、黒赤が主流となった。日本では源平になぞらえて主に[[紅白]](赤白)の石を使った。 |
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* ジョン・モレットとルイス・ウォーターマンが[[19世紀]]に[[イギリス]]で考案した'''リバーシ'''というゲームがオセロの原型であり、長谷川がリバーシの基本ルールを維持しつつ名称・用具・環境などを整備してパッケージとして確立したものがオセロである。 |
|||
* [[1945年]]に中学生時代の長谷川本人がリバーシとは独立に[[茨城県]][[水戸市]]で考案した'''挟み碁'''というゲームがオセロの原型であり、結果的にリバーシと似通ったゲームとなってはいるが両者は無関係である。 |
|||
リバーシは、早くから日本にも輸入され、「'''源平碁'''」という名前で発売された<ref>{{Cite web |title=ポータブル リバーシ(スタンダード) |work=商品案内 |publisher=ハナヤマ |url=https://www.hanayamatoys.co.jp/product/category/game/portable/portable-reversi-standard.html |accessdate=2020-03-23}}</ref><ref name="kato">{{Cite encyclopedia |editor=加藤周一 |title=オセロ |encyclopedia=世界大百科事典 |edition=2 |publisher=日立デジタル平凡社 |date=1998-10 |isbn=9784582041019}}</ref>。なお、名称は「源平碁」であるが、[[碁石]]ではなく表裏が別の色に塗り分けられた通常通りのリバーシの石でプレイされた<ref>{{Cite web |author=坂口和大 |title=源平碁を触る、今日(2014年12月6日)のカルチャースクール(東急BE)オセロ教室 |website=オセロ九段、第21期オセロ名人位、坂口和大のブログ |date=2014-12-06 |url=https://ameblo.jp/sakaguchiothello/entry-11961484015.html |accessdate=2020-03-23}}</ref>。幼少期の[[明仁|明仁親王]](のちの天皇・上皇)も父の[[昭和天皇]]とリバーシで遊んでいた<ref>{{Cite episode |title=天皇 運命の物語 (1) -敗戦国の皇太子 |network=NHK |series=平成から令和へ |airdate=2018-12-23 |url=https://www.nhk-ondemand.jp/goods/G2018094346SA000/ |accessdate=2020-03-23}}</ref>。 |
|||
という2つの説がある。長谷川は、オセロのパッケージが発売された当初は前者の説明をしていたが<ref>長谷川五郎『オセロの打ち方』講談社、1981年。</ref>、[[2000年]]頃からは後者の説明をするようになっている<ref>長谷川五郎著『オセロゲームの歴史』河出書房新社、2011年。</ref>。また、日本オセロ連盟の公式見解も同様であり、当初は前者の立場であったが、長谷川からの指摘を受けて後者の立場に改めている<ref>[http://hasera.blog.jp/archives/4179585.html オセロノート 長谷川五郎氏のご冥福をお祈りいたします]</ref>。 |
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リバーシ(源平碁)は現在のオセロとよく似たゲームである{{Sfn|長谷川五郎|1981}}。しかし、現在のオセロほどの支持を得ることはできず、忘れられた存在となっていった{{Sfn|長谷川五郎|1981}}。オセロ発売当初の説明によれば、'''長谷川は幼少期に兄がプレイしているのを見てリバーシのことを知った'''{{Sfn|長谷川五郎|1973}}。そして、忘れられたゲームだったリバーシの道具を1970年頃に東京で改良して復活させたものがオセロである{{Sfn|長谷川五郎|1981}}{{Sfn|長谷川五郎|1973}}。 |
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'''リバーシについては後述'''するとして、ここではひとまず挟み碁を起源とする説に依拠した歴史を紹介する。 |
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=== 挟み碁 === |
=== 挟み碁 === |
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[[File:Go board part.jpg|thumb|囲碁の盤と石]] |
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近年の長谷川の主張によれば、オセロのルーツは、[[第二次世界大戦]]が終わって間もない[[1945年]]の夏に水戸市で長谷川が考案した簡易囲碁ゲーム「挟み碁」である<ref>日本オセロ連盟のサイトには長谷川の談話として「[[黒板]]をおいた青空授業が9月から始まりました。オセロの原型はそういう環境の下に生まれました。」と記載されている。[http://www.othello.gr.jp/column/1028 オセロ誕生秘話(1)生い立ち (日本オセロ連盟HP 長谷川五郎寄稿)]</ref><ref name="example" />。なお、水戸市はこれに基づいて「オセロ発祥の地」を自称し、オセロにまつわる様々なイベントを開催している。 |
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近年の長谷川の主張によれば、オセロのルーツは、[[第二次世界大戦]]が終わって間もない[[1945年]]の夏に水戸市で長谷川が考案した簡易囲碁ゲーム'''挟み碁'''である{{Efn|日本オセロ連盟のサイトには長谷川の談話として「[[黒板]]をおいた青空授業が9月から始まりました。オセロの原型はそういう環境の下に生まれました。」と記載されている<ref>{{Cite web |author=長谷川五郎 |title=オセロ誕生秘話 (1) -生い立ち |work=コラム |publisher=日本オセロ連盟 |url=https://www.othello.gr.jp/column/1028 |accessdate=2020-03-23}}</ref>}}{{Sfn|長谷川五郎|2011}}。 |
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長谷川によれば、当時の長谷川は'''相手の石を囲んだら取れる'''という囲碁のルールがよく分からなかったため、'''相手の石を挟んだら取れる'''という簡易ルールで遊んでいた。その後、石を取るのではなく、'''相手の石を挟んだら自分の石と置き換える'''というルールに改良し、現在のオセロに近いものとなった。さらに、自分の石と置き換える作業を簡単にするため、碁石ではなく表裏を黒白に塗り分けた紙の石を裏返すというアイデアに至った。 |
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長谷川によれば、当時の長谷川は'''相手の石を囲んだら取れる'''という囲碁のルールがよく分からなかったため、'''相手の石を挟んだら取れる'''という簡易ルールで遊んでいた{{Sfn|長谷川五郎|2011}}。その後、石を取るのではなく、相手の石を挟んだら自分の石と置き換えるというルールに改良し、現在のオセロに近いものとなった{{Sfn|長谷川五郎|2011}}。さらに、自分の石と置き換える作業を簡単にするため、碁石ではなく表裏を黒白に塗り分けた紙の石を裏返すというアイデアに至った{{Sfn|長谷川五郎|2011}}。 |
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長谷川は、中学・高校・大学にわたって、このゲームを級友とプレイしていたが、大学卒業によってその機会がなくなり、挟み碁は一旦姿を消すことになった。 |
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挟み碁には'''挟んだら裏返すという基本原理'''以外に定まったルールはなかった{{Sfn|長谷川五郎|2011}}。盤面は長谷川が自作した8×8、8×9、9×10、八角形など多様な形状のものを使用し、「複数の石を挟んだときも裏返せる石は1個のみ」あるいは「挟んだ石のうち裏返したくない石は裏返さなくていい」など、そのときどきで様々なルールを採用してプレイしていた{{Sfn|長谷川五郎|2005}}。 |
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これが2000年頃から長谷川が主張するようになったオセロの起源である。ただし、1990年代以前の文献では長谷川はこの挟み碁について触れていない。 |
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長谷川は、中学・高校・大学にわたって、このゲームを級友と楽しんでいたが、大学卒業によってその機会がなくなり、挟み碁は一旦姿を消すことになった{{Sfn|長谷川五郎|2011}}。 |
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これが2000年頃から長谷川が主張するようになったオセロの起源である(ただし、1990年代以前の文献では長谷川は挟み碁について触れていない)。 |
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=== オセロの成立 === |
=== オセロの成立 === |
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[[File:Nagoya Milk Cap 20140604.JPG|thumb|牛乳瓶の紙蓋]] |
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[[1964年]]当時、[[東京都]]で[[製薬会社]]の営業として仕事をしていた長谷川は、会社の同僚の女子社員たちから何かゲームを教えて欲しいと頼まれた<ref>オセロ開発のきっかけについて、『オセロゲームの歴史』ではこのように説明しているが、取引先の病院に頼まれたのがきっかけであるとしている書籍もある。長谷川の発言が一定していないため、真相は不明である。</ref>。長谷川は[[囲碁]]・[[将棋]]ともに五段の腕前を誇り、最初はこれらのゲームを教えたが、難しすぎるとのことで上手く行かず、そんな折に少年時代に考案した挟み碁のことを思い出した。そこで、自宅で妻と家庭の[[牛乳瓶]]の紙蓋<ref>なお、オセロの石のサイズ(約35ミリメートル)は、牛乳瓶の紙蓋とほぼ同じである。これは、当初牛乳瓶の紙蓋を利用してプレイしていたことに由来する。</ref>を集めて石を自作し、女子社員たちにルールを教えたところ、彼女らが昼休みにこのゲームを楽しむようになった。 |
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[[1964年]]当時、[[東京都]]で[[中外製薬]]の営業担当として仕事をしていた長谷川は、同僚の女子社員たちから何かゲームを教えて欲しいと頼まれた{{Sfn|長谷川五郎|2011}}{{Efn|オセロ開発のきっかけについて、『オセロゲームの歴史』ではこのように説明しているが、取引先の病院に頼まれたのがきっかけであるとしている書籍もある。長谷川の発言が一定していないため、真相は不明である。}}。長谷川は[[囲碁]]・[[将棋]]ともに五段の腕前を誇り、最初はこれらのゲームを教えたが、難しすぎるとのことで上手く行かなかった{{Sfn|長谷川五郎|2011}}{{Sfn|長谷川五郎|1974}}。また、妻にも囲碁を教えたが、これも上手く行かなかった{{Sfn|長谷川五郎|2011}}{{Sfn|長谷川五郎|1974}}。そんな折に少年時代の記憶にあったリバーシもしくは挟み碁のことを思い出した{{Sfn|長谷川五郎|2011}}{{Sfn|長谷川五郎|1974}}。そこで、自宅で妻と家庭の[[牛乳瓶]]の紙蓋{{Efn|なお、オセロの石のサイズ(約35ミリメートル)は、牛乳瓶の紙蓋とほぼ同じである。これは、当初牛乳瓶の紙蓋を利用してプレイしていたことに由来する。}}を集めて石を自作し、女子社員たちにルールを教えたところ、彼女らが昼休みにこのゲームを楽しむようになった{{Sfn|長谷川五郎|2011}}。 |
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さらに、営業先の[[病院]]でもこのゲームを紹介したところ、入院中の患者の時間潰しや[[リハビリテーション]]に使えるとのことで好評を博した。長谷川が担当していたある病院の医局長からは「このゲームは社会復帰を目指す患者のリハビリに適し華がある」と太鼓判を押されたという<ref>初期の全日本オセロ選手権大会の実力者に病院関係者が多いことはこのような経緯による[http://www.othello.gr.jp/column/1446 オセロ誕生秘話(2)〜オセロゲームの歴史はファンと共に歩むことによって作られて行った〜(日本オセロ連盟HP 長谷川五郎寄稿)]。また、オセロ発売前に開かれた「第1回選手権大会」に来た客にも、長谷川の縁でファンとなっていた病院関係者が多かったという。</ref><ref name="example" /><ref>長谷川五郎 『オセロ百人物語 オセロ史を飾った名選手たち』河出書房新社、2005年。</ref>。 |
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さらに、営業先の[[病院]]でもこのゲームを紹介したところ、入院中の患者の時間潰しや[[リハビリテーション]]に使えるとのことで好評を博した{{Sfn|長谷川五郎|2011}}。長谷川が担当していたある病院の医局長からは「このゲームは社会復帰を目指す患者のリハビリに適し華がある」と太鼓判を押されたという{{Sfn|長谷川五郎|2011}}{{Efn|初期の全日本オセロ選手権大会の実力者に病院関係者が多いことはこのような経緯による<ref>{{Cite web |author=長谷川五郎 |title=オセロ誕生秘話 (2) -オセロゲームの歴史はファンと共に歩むことによって作られて行った |work=コラム |publisher=日本オセロ連盟 |url=https://www.othello.gr.jp/column/1446 |accessdate=2020-03-23}}</ref>。また、オセロ発売前に開かれた「第1回選手権大会」に来た客にも、長谷川の縁でファンとなっていた病院関係者が多かったという。}}{{Sfn|長谷川五郎|2011}}{{Sfn|長谷川五郎|2005}}。 |
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手応えを覚えた長谷川は、仲間たちとともに実験・研究を繰り返し、このゲームをさらに改良することにした。当初は自作の8×9の盤を使っていたが、[[1970年]]10月に[[メルク (ドイツ)|メルク社]]([[西ドイツ]]の製薬会社)から[[チェス]]セットが日本の薬品関係者に贈られると、長谷川はこの8×8の[[チェスボード|チェス盤]]を採用して、チェス盤に合った牛乳瓶の紙蓋を使用するようになった。さらに、当初は間接挟みでも石を返すという現在よりもやや複雑なルールを採用していたが、直接挟みのみに限定した簡明なルールに変更した<ref>井上博『逆転の発見 ― オセロの定石と必勝戦術』[[ネコ・パブリッシング|企画室ネコ]]、1977年10月10日、66頁。なお、長谷川は、1964年に同僚の女子社員に教えた時点から現在と同じ8×8盤を使用していたと主張している。</ref>。これにより、'''1970年頃、東京で現在のオセロと同様のゲームが完成した'''。 |
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手応えを覚えた長谷川は、仲間たちとともに実験・研究を繰り返し、このゲームをさらに改良することにした。当初長谷川は自作の8×9の盤を使っていたが、[[1970年]]10月に[[メルク (ドイツ)|メルク]]([[西ドイツ]]の製薬会社)から[[チェス]]セットが日本の薬品関係者に贈られると、8×8のチェスボードを採用して、チェスボードに合った牛乳瓶の紙蓋を使用するようになった{{Sfn|井上博|1977|p=66}}。さらに、当初長谷川は間接挟みでも石を返すという現在よりもやや複雑なルールを採用していたが、直接挟みのみに限定した簡明なルールに変更した{{Sfn|井上博|1977|p=66}}{{Efn|なお、近年の長谷川は、1964年に同僚の女子社員に教えた時点から現在と同じ8×8盤を使用していたと主張している。}}。これにより、'''1970年頃、東京で現在のオセロと同様のゲームが完成した'''{{Sfn|井上博|1977|p=66}}。 |
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完成したゲームには、当初黒と白の石をパンダに見立てて「ランラン・カンカン」という名前(上野動物園で人気となっていたバンダの[[カンカンとランラン]]に由来)が検討されていたが、長谷川の父親で旧制水戸高等学校(水高)の英国文学教授であった[[長谷川四郎 (英文学者)|長谷川四郎]]の発案で「オセロ」に変更された。これは、長谷川四郎の専門分野である英国文学の代表作・[[ウィリアム・シェイクスピア|シェイクスピア]]の[[戯曲]]『[[オセロ (シェイクスピア)|オセロ]]』に由来したものである。 |
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完成したゲームには、当初黒と白の石をパンダに見立てて「ランラン・カンカン」という名前(上野動物園で人気となっていたバンダの[[カンカンとランラン]]に由来)も検討されていたが<ref name="hasegawa-hiwa3">{{Cite web |author=長谷川五郎 |title=オセロ誕生秘話 (3) -オセロファンのエネルギーがオセロのビックバンを作った!! |work=コラム |publisher=日本オセロ連盟 |url=https://www.othello.gr.jp/column/1780 |accessdate=2020-03-23}}</ref>、長谷川の父親で旧制水戸高等学校(水高)の英国文学教授であった[[長谷川四郎 (英文学者)|長谷川四郎]]の発案で「オセロ」に変更された{{Sfn|長谷川五郎|2011}}。これは、英国文学の代表作である[[ウィリアム・シェイクスピア]]の[[戯曲]]『[[オセロ (シェイクスピア)|オセロ]]』に由来する{{Sfn|長谷川五郎|2011}}。緑の平原が広がるイギリスを舞台にして、黒人の将軍・オセロと白人の妻・デズデモーナを中心に敵味方がめまぐるしく寝返るという戯曲のストーリーに、緑の盤面上で黒白の石が裏返って形勢が変わっていくゲーム性をなぞらえたものである{{R|hasegawa-hiwa3}}{{Sfn|長谷川五郎|2011}}。 |
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=== 商品化とオセロブーム === |
=== 商品化とオセロブーム === |
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[[1972年]]10月<ref>{{Cite press release |title=世界各国の代表がオセロ発祥のまち・水戸に集結! 日本での開催は10年ぶり! |publisher=メガハウス |date=2016-10-24 |url=https://prtimes.jp/main/html/rd/p/000000193.000005808.html |accessdate=2020-03-23}}</ref>、長谷川が玩具メーカーのツクダにオセロを持ち込んだところ、これが認められ、商品化が決まった<ref name="wakui-toyagain7">{{Cite interview |subject=和久井威 |interviewer=野口智弘 |title=オセロ (1) -パッケージにタバコ? 大人向けだったオセロ |work=あの素晴しいトイをもう一度 (7) |publisher=マイナビ |series=マイナビニュース |date=2007-02-20 |url=http://news.mynavi.jp/column/toyagain/007/ |accessdate=2020-03-23 |archiveurl=https://web.archive.org/web/20170519200530/http://news.mynavi.jp/column/toyagain/007/ |archivedate=2017-05-19}}</ref>{{Sfn|月刊トイジャーナル|2007}}。 |
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[[1972年]]、長谷川が玩具メーカーのツクダオリジナルにオセロを持ち込んだところ、これが認められ、商品化されて販売されることになった<ref name="mnv1">{{Cite news|url=http://news.mynavi.jp/column/toyagain/007/|title=あの素晴しいトイをもう一度 第7回 オセロ(1) - パッケージにタバコ? 大人向けだったオセロ|newspaper=マイナビニュース|author=野口智弘|date=2007-02-20|accessdate=2017-04-02}} ここでは和久井は「製品として発売するまでには1年近くかけてます」と述べている。</ref><ref name="tj">「特別企画 和久井威氏ロングインタビュー その2」『月刊トイジャーナル』2007年6月号、pp.72-74。このインタビューでは持ち込みは「(昭和)47年の年末」と述べている。</ref>。商品企画部門の責任者だった和久井威によると、当時玩具に対してキャラクター以外の[[ロイヤリティー]]を払うという意識が業界にはほとんどなく、オセロにも[[特許|パテント]]は付いていなかったが、ツクダオリジナルのオーナーは「おもちゃはアイデアだから」と支払を認めたという<ref name="tj"/>。玩具業界には子供向けのボードゲームは4人以上で遊べるべきという意識があったため、2人用ゲームであるオセロは大人をターゲットとして、パッケージ表面には[[たばこ|タバコ]]や[[ライター]]を写したデザインが採用された<ref name="mnv1"/>。価格は2200円に設定された<ref name="tj"/><ref name="mnv2"/>。 |
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商品化に先立ち、[[1973年]]1月には'''日本オセロ連盟'''が設立され、同年[[4月7日]]には'''第1回全日本オセロ選手権大会'''が開催された{{Sfn|長谷川五郎|2011}}。 |
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[[1973年]][[4月25日]]<ref>『国産はじめて物語 Part2<1950〜70年代編> 戦後の日本を魅了したヒット商品の誕生秘話』ナナ・コーポレート・コミュニケーション、2004年7月7日、143頁。</ref>(1973年[[4月29日]]とする資料もある<ref>日本オセロ連盟編『図解 オセロ入門』虹有社、1983年、13頁。</ref>)、「オフィシャルオセロ」が発売された。その初期ロットは在庫を残さないよう3000個で、経費の都合でテレビ宣伝も打たなかったものの、[[百貨店]]の店頭などで実演販売をすると着実に売れていった<ref name="tj"/><ref name="mnv2">{{Cite news|url=http://news.mynavi.jp/column/toyagain/008/|title=あの素晴しいトイをもう一度 第8回 オセロ(2) - 最初はたった3000個、オイルショックを乗り越え世界へ|newspaper=マイナビニュース|author=野口智弘|date=2007-02-28|accessdate=2017-04-02}}</ref>。これに自信を得た和久井がその年の年末商戦に向けてテレビ[[コマーシャルメッセージ|CM]]([[ドンキーカルテット]]のジャイアント吉田を起用)を製作したところ、オンエア後の10月からの3ヶ月間で38万個、翌[[1974年]]に120万個以上<ref>和久井は2年目(1974年)の販売個数について、『トイジャーナル』では「160万個」、マイナビニュースでは「120万個」と述べている。</ref>、[[1975年]]に280万個が売れる大ヒット商品となった<ref name="tj"/><ref name="mnv2"/><ref>[https://nendai-ryuukou.com/1970/1973.html 年代流行1973年(昭和48年)流行・出来事]</ref>。『日経流通新聞』(現『[[日経MJ]]』)の[[ヒット商品番付]]では、1973年、1974年と2年連続で「[[大関]]」に選出された<ref name="mnv2"/>。 |
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同年[[4月25日]]<ref>{{Cite book |和書 |editor=レトロ商品研究所 |title=国産はじめて物語 (2) -1950〜70年代編-戦後の日本を魅了したヒット商品の誕生秘話 |publisher=ナナ・コーポレート・コミュニケーション |date=2004-07 |page=143 |isbn=9784901491204}}</ref>([[4月29日]]とする資料もある{{Sfn|日本オセロ連盟(編纂)|1983|p=13}})、「オフィシャルオセロ」が発売された。商品企画部門の責任者だった和久井威によると、当時玩具に対してキャラクター以外の[[ロイヤリティー]]を払うという意識が業界にはほとんどなく、オセロも[[特許権]]や[[実用新案権]]は付いていなかったが、ツクダのオーナーは「おもちゃはアイデアだから」と支払を認めたという{{Sfn|月刊トイジャーナル|2007}}。玩具業界には子供向けのボードゲームは4人以上で遊べるべきという意識があったため、2人用ゲームであるオセロは大人をターゲットとして、パッケージ表面には[[たばこ]]や[[ライター]]を写したデザインが採用された{{R|wakui-toyagain7}}。価格は2200円に設定された{{Sfn|月刊トイジャーナル|2007}}<ref name="wakui-toyagain8">{{Cite interview |subject=和久井威 |interviewer=野口智弘 |title=オセロ (2) -最初はたった3,000個、オイルショックを乗り越え世界へ |work=あの素晴しいトイをもう一度 (8) |publisher=マイナビ |series=マイナビニュース |date=2007-02-28 |url=http://news.mynavi.jp/column/toyagain/008/ |accessdate=2020-03-23 |archiveurl=https://web.archive.org/web/20170519201351/http://news.mynavi.jp/column/toyagain/008/ |archivedate=2017-05-19}}</ref>。 |
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1977年に[[アメリカ合衆国]]でも発売され、その年のうちに100万個が売れたという<ref name="mnv2"/>。なお、「A minute to learn, a lifetime to master」のキャッチフレーズは、この時にアメリカ側で考案されたものである<ref name="mnv2"/>。また、1973年から全日本オセロ選手権大会が開催されていたが、アメリカでの発売が開始された1977年からは世界オセロ選手権大会も始まった。 |
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初期ロットは在庫を残さないよう3000個で、経費の都合でテレビ宣伝も打たなかったものの、[[百貨店]]の店頭などで実演販売をすると着実に売れていった{{Sfn|月刊トイジャーナル|2007}}{{R|wakui-toyagain8}}。これに自信を得た和久井がその年の年末商戦に向けてテレビ[[コマーシャルメッセージ|CM]]{{Efn|[[ドンキーカルテット]]のジャイアント吉田を起用。}}を製作したところ、オンエア後の10月からの3か月間で38万個、翌[[1974年]]に120万個以上{{Efn|和久井は2年目(1974年)の販売個数について、『トイジャーナル』{{Sfn|月刊トイジャーナル|2007}}では「160万個」、『マイナビニュース』{{R|wakui-toyagain8}}では「120万個」と述べている。}}、[[1975年]]に280万個が売れる大ヒット商品となった{{Sfn|月刊トイジャーナル|2007}}{{R|wakui-toyagain8}}<ref>{{Cite web |title=1973年(昭和48年)流行・出来事 |website=年代流行 |url=https://nendai-ryuukou.com/1970/1973.html |accessdate=2020-03-23}}</ref>。『日経流通新聞』(現『[[日経MJ]]』)の[[ヒット商品番付]]では、1973年、1974年と2年連続で「[[大関]]」に選出された{{R|wakui-toyagain8}}。 |
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[[2002年]]、ツクダオリジナルは[[バンダイ]]の子会社となり、[[2003年]]3月には和久井が経営する[[ワクイコーポレーション]]と経営統合して[[パルボックス]]となった。さらに[[2005年]]には、パルボックスは[[バンダイ]]の子会社[[メガハウス]]に統合し、[[2019年]]現在はメガハウスがオセロを販売している。なお、アメリカではゲイブリルが最初の販売元だったが<ref name="mnv2"/>、その後数社の変遷を経て、2007年時点では[[マテル]]が欧米での販売権を所有している<ref name="mnv2"/>。 |
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[[1977年]]に[[アメリカ合衆国]]でも発売され、その年のうちに100万個が売れたという{{R|wakui-toyagain8}}。この年から、世界オセロ選手権大会も始まった{{Sfn|長谷川五郎|2005}}。 |
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和久井によると、2007年時点でもオセロは年間40~50万個は売れ続けているという<ref name="tj"/>。 |
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ツクダの玩具製造部門は1974年からツクダオリジナルとして独立。[[2002年]]、ツクダオリジナルは[[バンダイ]]の子会社となり、[[2003年]]3月には和久井が経営する[[ワクイコーポレーション]]と経営統合して[[パルボックス]]となった。さらに[[2005年]]には、パルボックスは[[バンダイ]]の子会社[[メガハウス]]に統合され、[[2019年]]現在はメガハウスがオセロを販売している。なお、アメリカ合衆国ではゲイブリルが最初の販売元だったが{{R|wakui-toyagain8}}、その後数社の変遷を経て、[[2007年]]時点では[[マテル]]が欧米での販売権を所有している{{R|wakui-toyagain8}}。 |
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== 関連ゲーム == |
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=== リバーシ(源平碁) === |
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==== リバーシの概要 ==== |
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オセロとよく似たゲームに'''リバーシ'''('''Reversi'''、'''レヴァルシー'''、'''源平碁''')がある。 |
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和久井によると、2007年時点でもオセロは年間40~50万個は売れ続けているという{{Sfn|月刊トイジャーナル|2007}}。 |
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リバーシは、[[1870年]]にイギリスのジョン・モレット(John Mollett)が考案した'''アネクゼイション'''というボードゲームを改良して、[[1883年]]にイギリスのルイス・ウォーターマン(Lewis Waterman)が開発した。アネクゼイションとリバーシは、盤面の形などが異なる。なお、モレットとウォーターマンとの間で権利関係の争いがあり、訴訟となったが、アネクゼイションとリバーシは細部に違いがあるものの「挟んだら裏返す」というゲームの本質部分において同一であることが認定され、モレットが勝訴している。リバーシは[[1888年]]に商品化され、早くから日本にも輸入された<ref>読売新聞に「源平智慧競(げんぺいちえくらべ)が日本橋3丁目の丸善より発売された」という記載がある。</ref><ref>加藤周一ほか『世界大百科事典 第2版』[[平凡社]]。</ref>。幼少期の[[明仁|明仁親王(現上皇陛下)]]も父の[[昭和天皇]]とリバーシで遊んでいた<ref>NHK「天皇 運命の物語」第一話 2018年12月23日放映。</ref>。 |
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{{-}} |
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{{Back to TOC}} |
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==== オセロとリバーシの違い ==== |
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オセロとリバーシの最大の違いは、'''石の色'''である。オセロは黒白の石を使用することが公式に定められている<ref>既述の通り、オセロという名称は、シェイクスピアのオセロで黒人と白人が出てくることをモチーフにしており、オセロでは黒白以外の石を用いることはできない。</ref>。一方、リバーシは、オリジナルのパッケージでは'''赤黒の石'''が使用されており、これが基本であるが、メーカーによって異なる色が使われることもある。例えば'''オセロ発売以前'''の1969年にイギリスで刊行された書籍に黒白のリバーシが掲載されている<ref>{{Cite book |
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|last = Bell |
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|first = R. C. |
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|year = 1969 |
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|title = Board and Table Games From Many Civilizations |
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|publisher = Oxford University Press}}</ref>。また、日本では、源平碁という名前で源平の旗の色をモチーフにした[[紅白]]の石を使うこともあった。 |
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== オセロとリバーシ == |
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[[画像:Inicio_del_reversi.png|thumb|リバーシの初期配置]] |
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=== オセロとリバーシの違い === |
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'''ゲームの基本ルールは、オセロもリバーシもほぼ同じ'''である。ただし、日本では、オセロが発売されるまでリバーシの統一団体がなかったため、 |
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{| class="wikitable" style="font-size:small; margin:1rem; float:right;" |
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|+ オセロとリバーシの違い(再掲) |
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! ゲーム名 !! 最初期の文献(出典) !! 開発年・開発者・発売元 !! 石の色 !! 盤面の形状 !! 初期配置 !! 複数石挟み !! 着手不能時 !! 着手回数制限 |
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|- |
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! リバーシ(19世紀) |
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| Reversi and Go Bang<br />(1890年){{Sfn|Berkeley, Authorized by Lewis Waterman|1890}} || 1883年(ロンドン)<br />ルイス・ウォーターマン<br />ジャック・アンド・サン || {{Draw|{{Ubl|黒白|黒赤|赤白}}}} || {{Yes2|8×8の正方形}} || {{No2|オリジナル}} || {{Yes2|全部裏返す}} || {{Yes2|パス}} || {{No2|32手}} |
|||
|- |
|||
! リバーシ(20世紀) |
|||
| 世界遊戯法大全<br />(1907年){{Sfn|松浦政泰|1907}} || 1900年頃<br />不明<br />多数 || {{Draw|{{Ubl|黒白|黒赤|赤白}}}} || {{Yes2|8×8の正方形}} || {{Draw|{{Ubl|クロス|パラレル|オリジナル}}}} || {{Yes2|全部裏返す}} || {{Yes2|パス}} || {{Yes2|無制限}} |
|||
|- |
|||
! オセロ |
|||
| オセロの打ち方<br />(1974年){{Sfn|長谷川五郎|1974}} || 1970年頃(東京)<br />長谷川五郎<br />ツクダ || {{Yes2|黒白}} || {{Yes2|8×8の正方形}} || {{Yes2|クロス}} || {{Yes2|全部裏返す}} || {{Yes2|パス}} || {{Yes2|無制限}} |
|||
|} |
|||
{| class="wikitable" style="font-size:small; margin:1rem; float:right;" |
|||
* 初期配置(ゲーム開始時に中央4マスに置く石を、互い違い(クロス)とするか、並行(パラレル)とするか、あるいは自由とするか) |
|||
|+ リバーシの初期配置(再掲) |
|||
* 打てる箇所がない場合の扱い(パスになるのか、終局になるのか、また、パスが原因で一方の石が足りなくなったらどうするのか) |
|||
| |
|||
{{Othello diagram |
|||
などについて、いくつかのローカルルールが存在していた<ref>市販の源平碁(リバーシ)に添付されたルール説明を確認すると、[http://kazika-koubou.at.webry.info/201110/article_9.html 骨董市で見つけた源平碁の小箱]では、初期配置が横並びとなっているが、[https://ameblo.jp/sakaguchiothello/entry-12406836985.html 坂口和大が所有している源平碁は3種類になった]では、初期配置が互い違いとなっている。</ref>。リバーシが考案された当初の正式なルールは不明だが、'''[[1907年]]に編纂された『[[世界遊戯法大全]]』では現在のオセロと完全に同一のルール'''(初期配置は互い違い、打てる箇所がなければパス)が定められている<ref>松浦政泰 編『世界遊戯法大全』博文館、1907年。</ref>。なお、リバーシの盤面の大きさは、オセロと同様の8×8である。この他に、10×10の盤面を特別なバリエーション(グランドオセロ、パーフェクトリバーシ)として販売しており、この点も全く同じである。 |
|||
| none |
|||
| |
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<!-- 盤面 a b c d e f g h (X:黒石、O:白石) --> |
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<!-- 1 --> | | | | | | | | |
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==== オセロとリバーシの関係性 ==== |
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オセロとリバーシとは類似したゲームであるため、オセロは先行するリバーシに基づいて開発されたのか、それとも別々に考案されたものが偶然似ただけなのかという点がしばしば議論される。この点については、オセロ開発者の長谷川五郎の説明が一貫しないため、真相は不明である。 |
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{{Othello diagram |
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[[1973年]]にツクダオリジナルからオセロを発売した当初、長谷川は'''リバーシがオセロの原型'''であると認めたうえで、'''名称・用具・環境などを整備したものがオセロ'''であるとしていた。長谷川は、ゲームの面白さは、ルールが3分の1、名称・用具・環境などの要素が3分の2を占めることを指摘し、後者が不十分であったリバーシは子供の玩具以外の何物でもなかったが、オセロはすべてを整備して大人でも遊べるゲームとして完成させたものであるとアピールしていた<ref>長谷川五郎『オセロの打ち方』講談社、1981年。「オセロの売れっぷり」実業の日本77巻5号、実業之日本社、1974年。</ref>。 |
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それに対し、[[2000年]]頃からは、長谷川はリバーシに触れることなく、'''[[1945年]]に水戸で碁石を使って自身が考案した挟み碁がオセロの原型'''であると主張するようになっている<ref>長谷川五郎『オセロゲームの歴史』河出書房新社、2011年。</ref>。長谷川五郎が設立した日本オセロ連盟も同様であり、連盟の委員であった長谷川彰によると、連盟のウェブサイトには当初「オセロの起源はリバーシ」と明記していたが、会長の長谷川五郎からリバーシについて触れないように指示され、「戦後、水戸、碁石」という長谷川五郎による挟み碁を紹介する文章に改めたという<ref>[http://hasera.blog.jp/archives/4179585.html オセロノート 長谷川五郎氏のご冥福をお祈りいたします]</ref>。それまで、長谷川五郎は自身が考案した挟み碁の存在について言及していなかったため、長谷川彰は、長谷川五郎から突然「戦後、水戸、碁石」という話を聞かされて驚いたと述べている<ref>[http://hasera.blog.jp/archives/4065449.html オセロの起源に関する主張まとめ]</ref>。 |
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{{Othello diagram |
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このような経緯に基づき、'''オセロは長谷川とツクダオリジナルによるリバーシの盗作であると批判する専門家'''も一部に存在する。例えば、パズル・ゲーム研究者の[[田中潤司]]は、リバーシは大正時代から日本でも源平碁として親しまれており、玩具メーカーであるツクダオリジナルがこれを知らなかったわけがないから、悪意を持って名前を変えて発売したのではないかと指摘している<ref>都筑道夫『黄色い部屋はいかに改装されたか?』フリースタイル、2012年。</ref>。また、ボードゲーム研究者の[[草場純]]は、オセロとリバーシの違いは初期配置のみであるとしたうえで、長谷川が初期配置を互い違いに限定したのはリバーシの改悪であると厳しく批判している<ref>[https://twitter.com/kusabazyun/status/1109318099948298240 本人のTwitter]</ref><ref>[http://kusabazyun.banjoyugi.net/Home/reproductioned/theory/bunka ゲーム研究家・草場純さんの研究を収集するサイト「ゲームの受容とゲーム文化」]</ref>。 |
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| オリジナル(黒番) |
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もっとも、事実関係は不明であるうえ、万が一盗作であったとしても、長谷川がオセロを発売した時点ですでにリバーシの開発者はこの世におらず、'''特に権利関係が問題視されることはない'''。また、発売当初に長谷川が主張していた通り、現在のオセロの興隆は、ゲーム性のみならず名称・用具・環境を伴った長谷川の構築したブランド力によるものであり、先行するリバーシを上回る世界的認知度を得ている。以上の理由から、オセロの原型をリバーシとする場合であっても、長谷川を中興の祖として位置付け、その功績を高く評価するのが一般的である。 |
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'''リバーシ'''('''Reversi'''、'''レヴァルシー'''、'''源平碁''')は、オセロ発売以前からあるほぼ同様のゲームである<ref name="kusaba-2020">{{Cite journal |和書 |author=草場純 |title=フェアリーゲーム (4) -オセロバリエーション |journal=数学セミナー |volume=59 |issue=2 |publisher=日本評論社 |date=2020-02 |page=82 |issn=03864960}}</ref>。リバーシは、19世紀と20世紀でルールがわずかに異なる(細かい変遷については、[[#歴史|歴史の節]]を参照)。20世紀のリバーシには、石の色として黒白、黒赤、赤白の3パターンがあり、初期配置についてクロス、パラレル、オリジナルという3種類のローカルルールが存在した{{R|jrf-rules}}。 |
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==== オセロの別名としてのリバーシ ==== |
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現在では、赤黒の石を用いる本来のリバーシはオセロと比べて競技人口が著しく減っており、代わって'''オセロの別名としてリバーシという言葉が使われることが増えている'''。アメリカオセロ連盟によれば、これは、オセロの[[商標権]]との抵触を避けるためにリバーシの名を借りてオセロと完全に同一(黒白の石)のゲームを販売するメーカーが存在するためである<ref>[http://usothello.org/faq/]</ref>。 |
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オセロは、このうち、石の色に黒白、初期配置にクロスを採用したものと同一である。黒白の石{{Sfn|Berkeley, Authorized by Lewis Waterman|1890}}、クロス配置{{Sfn|松浦政泰|1907}}はともに1907年以前の文献に掲載されており、オセロが初出ではない。 |
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1973年のオセロ発売当初、「オセロ」という商品名は商標として、黒白の石や緑の盤面などのデザインは意匠として、ともに登録されて権利保護の対象となっていた。ゆえに、当時は、長谷川が商品化を持ち込み販売を応諾したツクダオリジナル以外の他社は、オセロの名称はもちろん、黒白の石を用いるデザインも無断で使用することができなかった。 |
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なお、「リバーシは盤面の大きさが自由であった」「リバーシはパスができなかった」などとされることがある<ref>{{Cite web |title=「オセロ」と「リバーシ」は実は違うゲーム! その違いはなに? 起源とともに紹介! |website=FUNDO |publisher=リプルゼ |date=2019-07-27| url=https://fundo.jp/257160 |accessdate=2020-03-24}}</ref>が、誤りである。実際には、1890年刊行の最初期の解説書の時点から「'''盤面は8×8の正方形'''{{Efn|公式の盤面は8×8だったが、後に「パーフェクトリバーシ」という名称で10×10、「オクトリバーシ」という名称で八角形のバリエーションも発売された。なお、オセロも「グランドオセロ」「エイトスターズオセロ」という名称で全く同様のバリエーションを発売していた。}}」「'''打てる箇所がない場合はパス'''」というルールが定められており、この点は現在のオセロと同一である{{Sfn|Berkeley, Authorized by Lewis Waterman|1890}}。 |
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その後、[[意匠権]]は保護期間の20年が満了し、他社でもオセロと同様の黒白の石のゲームを販売することが可能となったものの、商標権は[[2019年]]現在も保護されているため、他社が販売する場合に「オセロ」の名称を使用することはできないままである。そこで、他社が販売する場合には、黒白の石を使用していても「リバーシ」の名称を使用することが一般的となっている(他に「白黒ゲーム」などとする場合もある)。 |
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=== オセロとリバーシの関係性 === |
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リバーシという名称でのオセロと同様のゲーム(黒白の石を使用)は、インターネット上でのオンライン対戦を含むコンピュータゲームのほか、安価なポータブルゲームとしてコンビニエンスストアなど小規模な店舗などでも見られる(ただし石のサイズ等はオセロの公式規定とやや異なることもある)。[[Microsoft Windows]]には、リバーシという名称でのオセロが[[Microsoft Windows 3.x|Windows 3.0]]までは標準で付属されていたが、Windows 3.1以降は付属されなくなった。その後、[[Microsoft Windows Millennium Edition|Windows Me]]および[[Microsoft Windows XP|Windows XP]]では再びゲームとして[[インターネット]]リバーシが付属されていたが、[[Microsoft Windows Vista|Windows Vista]]以降では付属されなくなった。 |
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オセロは、リバーシよりも後発のゲームであり、そのルールは初期配置クロス・ルールを採用したリバーシと完全に同一である。そのため、オセロは先行するリバーシに依拠して開発されたのか、リバーシに依拠しているならば別ゲームと言えるほどの違いがあるのかという点がしばしば議論される。オセロ開発者の[[長谷川五郎]]の説明が一貫しないことから明確な結論は出ておらず、オセロとリバーシの関係性については以下の3つの見解がある。 |
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; オセロはリバーシの商品名の一つ |
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=== ニップ === |
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: リバーシをプレイするために開発された新しい用具の商品名がオセロであるとする見解である{{R|jrf-history}}{{R|kato}}。この見解に立った場合、オセロで初期配置がクロスに限定されていることは、同一ゲーム内のローカルルールの変化にすぎず、ゲームとしては[[ロンドン]]発祥のリバーシの範疇に含まれるということになる。 |
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[[画像:Nipp.svg|thumb|ニップの盤面]] |
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; オセロはリバーシを改良した新ゲーム |
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リバーシのほかに、オセロに先行する類似ゲームとしては、'''ニップ'''と呼ばれるものもある<ref>長谷川五郎『オセロの打ち方』講談社、1981年。</ref>。 |
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: リバーシが改変されて成立した新しいゲームの名称がオセロであるとする見解である<ref name="skogen">{{Cite web |language=en |last=Skogen |first=Tor Birger |title=Goro Hasegawa in Memorian |publisher=World Othello Federation |date=2016-07-01 |url=http://www.worldothello.nu/?q=content/goro-hasegawa-memorian |accessdate=2020-03-26}}</ref>。この見解は、オセロはリバーシに依拠しているものの、[[1970年]]頃[[東京都]]での長谷川のゲーム研究によって、名称・用具・環境が整備され、初期配置がクロスに限定されたことでゲームとしての本質的な部分が変化し、リバーシとは区別される新ゲームが完成したと考える。 |
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; オセロはリバーシとは独立に考案された類似ゲーム |
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: オセロはリバーシとは関係なく戦後[[1945年]]に[[水戸市]]で長谷川が挟み碁として独立に考案した全く別のゲームであるとする見解である{{Sfn|長谷川五郎|2011}}。この見解によれば、リバーシとの類似は偶然ということになる。なお、'''挟み碁'''というゲームの存在を裏付ける根拠は、[[2000年]]以降の長谷川の発言以外になく、他の見解の立場からは、'''史実でない'''とされている。 |
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=== オセロの独自性論争 === |
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ニップは、円形の盤面を用いるという点にオセロとは異なる特徴がある。 |
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長谷川は、[[1973年]]に[[ツクダオリジナル|ツクダ]]からオセロを発売した当初、リバーシの影響下にあること自体は認めたうえで、改良による独自性をアピールし、新ゲームとしてこれを宣伝した{{Sfn|長谷川五郎|1973}}{{R|yomiuri}}{{R|izawa}}<ref>{{Cite journal |和書 |title=新ゲーム・オセロの売れっぷり |journal=実業の日本 |volume=77 |issue=5 |publisher=実業之日本社 |date=1974-03 |page=23 |doi=10.11501/2270347}}</ref>。長谷川は1973年の雑誌記事でオセロ開発の経緯について以下のように記し、源平碁(リバーシ)を土台にゲームを改良したと明言している。 |
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{{Quotation|何か原型になるものはないか? そのとき私は、兄が30年以上も前の小学生時代に'''源平碁'''をやっていたことを思い出した。{{Interp|和文=1|中略}}現在は滅びてしまったが、'''これを土台に改良'''すればいけると直感した。|長谷川五郎(1973年)|{{Sfn|長谷川五郎|1973}}}} |
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ニップがどのような経緯で生まれたものか詳細は明らかになっていないが、1933年に松本彌助名義で実用新案登録がなされている<ref>実用新案登録187845号</ref>。 |
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1981年の著書『オセロの打ち方』でも、長谷川はリバーシ(源平碁)がオセロの原型であると認めたうえで、ゲームの面白さは、ルールが3分の1、'''名称・用具・環境など'''の要素が3分の2を占めることを指摘し、後者が不十分であったリバーシは子供の玩具以外の何物でもなかったが、オセロはすべてを整備して大人でも遊べるゲームとして完成させたものであるとアピールしている{{Sfn|長谷川五郎|1981}}。 |
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=== オセロ公式バリエーション === |
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[[画像:Day_after_WOC2006.JPG|thumb|世界選手権に合わせて設置された巨大オセロ]] |
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メガハウス(旧ツクダオリジナル)によるオセロ盤の公式バリエーションは、これまでに様々なものが発売されてきた。代表的なものは以下の通りである。 |
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これに対し、複数の専門家がオセロはリバーシと別のゲームと言いうるほどの独自性はなく、リバーシの商品名の一つにすぎないと指摘し、新ゲームとして喧伝されていることに批判的な見解を示した。 |
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* '''ミニオセロ'''……盤面を8×8から6×6に縮小したもの。 |
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* '''グランドオセロ'''……盤面を8×8から10×10に拡大したもの(終売)。 |
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* '''エイトスターズオセロ'''(旧称「88オセロ(エイティエイトオセロ)」)……グランドオセロから盤面の四隅を切り落として8つの隅を持つ八角形状にしたもの(終売)。 |
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* '''みんなでオセロ'''……四人対戦を可能にしたもの。 |
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小説家の[[都筑道夫]]は、オセロ発売直後に疑問を抱いて独自の調査を行い、娯楽研究家である[[矢野目源一]]の著書『娯楽大百科』<ref>{{Cite book |和書 |editor=矢野目源一 |title=娯楽大百科 |publisher=金園社 |series=実用百科選書 |year=1954 |page=135 |oclc=673431541}}</ref>の記述などに基づいて、オセロはリバーシとそのまま同一のゲームであるといち早く指摘した。都筑は、ツクダが海外輸出を目指していることに触れ、以下のようにオセロを批判している。 |
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このほか、通常の8×8オセロについても、以下のようにプレイヤーの便宜を図るために様々な工夫を凝らした製品が順次追加されている。 |
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{{Quotation|碁将棋をしのぐ日本の新しいゲーム、なぞとむこうへ持っていったら、なんだ、珍しくもない、リヴァースィじゃないか、といわれるだけだろう。|都筑道夫|<ref name="tsuzuki">{{Cite book |和書 |author=都筑道夫 |title=黄色い部屋はいかに改装されたか? |publisher=晶文社 |year=1975 |oclc=672607231}}</ref>}} |
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小説家でパズル・ゲーム研究家の[[田中潤司]]は、都筑に対して、リバーシは昔から日本でも源平碁として親しまれており、オセロ発売5年前の他社のカタログにも掲載されているという事実を紹介した。田中は、以下のように述べ、発売元のツクダが長谷川にロイヤリティーを支払ったことについて疑問を呈している。 |
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{{Quotation|あれは源平碁ですよ。{{Interp|和文=1|中略}}だいたい、昔からあるものを、発売元が知らないのが、おかしいんですよ。|田中潤司|{{R|tsuzuki}}}} |
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アメリカ合衆国の数学者でパズル・ゲーム研究家の[[マーティン・ガードナー]]は、オセロがアメリカ合衆国で発売された年に、[[サイエンティフィック・アメリカン]]の連載「数学ゲーム」の中で以下のように記し、わざわざ高額のオセロを購入しなくても同じゲームがプレイできると読者にアドバイスしている。 |
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{{Quotation|Othello is the 19th-century English board game of reversi with nothing altered except the name.<br />(オセロは名前以外に何一つ変わりがない19世紀イギリスのボードゲーム・リバーシだ)|マーティン・ガードナー|<ref name="gardner">{{Cite journal |language=en |last=Gardner |first=Martin |title=Mathematical Games |journal=Scientific American |volume=236 |issue=4 |publisher=Scientific American |date=1977-04 |doi=10.1038/scientificamerican0477-129}}</ref>}} |
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なお、長谷川はオセロ発売前の[[1971年]]に'''新しい源平碁(リバーシ)用具の実用新案を出願'''(のちに登録拒絶が確定)している<ref>{{Cite journal |和書 |author=特許庁 |coauthors=長谷川敏 |title=実全昭47-001276 |journal=実用新案公報 |publisher=発明協会 |year=1972 |url=https://www.j-platpat.inpit.go.jp/c1800/PU/JP-S47-001276/B8CE79868524DDC1629D8BE834C0770DFBFEC35B650D6A9FC5C52E8421ADE78C/23/ja |accessdate=2020-03-26}}</ref>。これに基づけば、長谷川は、自身の開発したものは新ゲームではなくリバーシの用具の一つにすぎないと認識していたことになる。 |
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リバーシとオセロのルール上の唯一の違いである、クロス配置への限定については、肯定的な評価も否定的に評価も存在する。元オセロ世界チャンピオンのベン・シーリーは、パラレル配置では白番が完勝してしまう展開があるが、クロス配置では黒白の利点が拮抗して引き分けに至る展開が多いことを指摘し、クロス配置を採用した長谷川を高く評価している<ref>{{Cite web |language=en |last=Seeley |first=Ben |title="Reversi" versus Othello |publisher=World Othello Federation |date=2015-05-19 |url=http://worldothello.nu/?q=content/reversi-versus-othello |accessdate=2020-03-26}}</ref>。一方、ゲーム研究家の[[草場純]]は、クロス配置がパラレル配置に劣る理由として、初期配置の状態で180度回転させても同じだから上下が区別できなくなってしまう点、初手がすべて対称形なので選択の余地がない無意味な一手になってしまう点を指摘し、長谷川が初期配置をクロスに限定したことを「'''オセロはリバーシの改悪'''」と断じ、厳しく批判している{{R|kusaba-2020}}<ref>{{Cite tweet |author=草場純 |title=ただしオセロはリバーシの改悪なので、現在はリバーシ配置で打っています |date=2019-03-23 |user=kusabazyun |number=1109318099948298240 |accessdate=2020-03-26}}</ref><ref>{{Cite web |author=草場純 |title=ゲームの受容とゲーム文化 |website=ゲーム研究家・草場純さんの研究を収集するサイト |publisher=くぼた屋 |date=2008-01-06 |url=http://kusabazyun.banjoyugi.net/Home/reproductioned/theory/bunka |accessdate=2020-03-26}}</ref>。 |
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=== オセロの商標とその影響 === |
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ゲームとしての独自性の有無はともかくとして、長谷川の構築した名称・用具・環境を伴うブランド力によってオセロは全世界に普及した。オセロの認知度が向上するに伴い、次第にリバーシ自体が'''オセロの影響'''を受けるようになった。 |
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20世紀のリバーシにはクロス、パラレル、オリジナルの3つの初期配置ルールが存在することは前述したが、現代ではパラレルやオリジナルのルールでプレイされることはほとんどなく、オセロと同様のクロス配置が主流となっている<ref name="usoa">{{Cite web |language=en |title=FAQs |publisher=United States Othello Association |url=http://usothello.org/faq/ |accessdate=2020-03-27}}</ref>。また、石の色も黒白、黒赤、赤白の3パターンがあったが、こちらも現代ではオセロと同じ黒白が主流となっている。つまり、もはや両者に違いはなく、実質的に'''リバーシはオセロの別名'''と言いうる状況となっている。 |
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これは、オセロの[[商標権]]を持つツクダ(後のツクダオリジナル、パルボックス、メガハウス)以外の各社が、商標権との抵触を避けつつオセロと同様の商品を販売するためにリバーシの名を借りたためである{{R|usoa}}。[[1973年]]のオセロ発売当初、「オセロ」という商品名は商標として、黒白の石や緑の盤面などのデザインは意匠として、ともにツクダによって登録され、権利保護の対象となっていた。その後、[[意匠権]]は保護期間の20年が満了したため、他社も同一のデザインを使用することができるようになったが、商標権は[[2019年]]現在も保護が続いている。そこで、他社は、オセロはリバーシの商品名の一つであるとする見解に基づき、「リバーシ」の商品名でオセロと同一デザインの商品を発売するのが一般的となっているのである{{R|usoa}}。 |
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[[1999年]]には、日本最大手のオセロ情報サイトを運営していた元タイトルホルダーのオセロ選手に対し、'''商標権侵害'''であるとしてツクダオリジナルが内容証明郵便を送り付けたことがきっかけとなって、日本で商標権のないリバーシに着目する動きが広まり、元タイトルホルダー4名を含む多数の高段者たちが集まって日本リバーシ協会を設立した<ref>{{Cite web |author=中島哲也 |title=内容証明郵便送付事件 |website=Othello! JAPAN |date=1999-08-08 |url=http://www.othello.org/copyright/ |accessdate=2020-03-27 |archiveurl=https://web.archive.org/web/19990825111328/http://www.othello.org/copyright/ |archivedate=1999-08-25}}</ref><ref>{{Cite web |title=Japan Reversi Federation |publisher=日本リバーシ協会 |date=2000-04-05 |url=http://www.reversi.net/federation/indexj.html |accessdate=2020-03-27 |archiveurl=https://web.archive.org/web/20010205045100/http://www.reversi.net/federation/indexj.html |archivedate=2001-02-05}}</ref>{{R|jrf-history}}<ref>{{Cite tweet |author=hasera |title=なぜそんなことになったかというと、中島氏がオセロの商標無断使用と言われて訴えられそうになったからです |date=2020-03-16 |user=hasera |number=1239566511359979521 |accessdate=2020-03-27}}</ref>。日本リバーシ協会の理事に対して「リバーシ禁止―オセロ連盟を除名」と題した脅迫状が送り付けられる事件が発生し<ref>{{Cite web |author=hasera |title=地獄の道化師からの脅迫(?)状 |url=https://www.hasera.net/othello/doukeshi.html |accessdate=2020-03-22}}</ref>、日本オセロ連盟の一部幹部からは、リバーシはオセロと敵対するゲームであるとして日本リバーシ協会を排斥する主張がなされたとされる<ref>{{Cite web |author=長谷川彰 |title=リバーシとオセロは敵対するゲーム? |url=http://www.dab.hi-ho.ne.jp/hasera/reversi/shucho02.html |accessdate=2020-03-22 |archiveurl=https://web.archive.org/web/20010707054806/http://www.dab.hi-ho.ne.jp/hasera/reversi/shucho02.html |archivedate=2001-07-07}}</ref>。その後、日本リバーシ協会は活動を停止した。 |
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なお、日本の公共放送[[日本放送協会|NHK]]では、かつてはオセロの商標を避けるために「'''白と黒の石を取り合うゲーム'''」などと言い換えて報道していたが、2018年頃からは「オセロ」と報道するようになっている{{Efn|この他、NHKでは、2010年頃から『[[ギネス世界記録]]』、2017年頃から『[[ミシュランガイド]]』などの商標も使われている。}}。 |
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=== リバーシ依拠性論争 === |
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[[File:Day after WOC2006.JPG|thumb|水戸で開催されたオセロ・イベントの様子]] |
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発売当初はリバーシの影響下にあることを公言していた長谷川だが、次第にそれを伏せるようになった。そして、[[2000年]]頃、長谷川はリバーシとは無関係に1945年に水戸で自身が独立にゲームを考案したとする新たな見解を示した。当時、日本オセロ連盟のウェブサイトには「オセロの起源はリバーシ」と明記されていたが、連盟会長の長谷川が執筆した「戦後、水戸、碁石」という新しい文章に差し替えられた<ref>{{Cite web |author=hasera |title=長谷川五郎氏のご冥福をお祈りいたします |website=othlog |date=2016-06-24 |url=http://othlog.hasera.net/archives/4179585.html |accessdate=2020-03-22}}</ref><ref>{{Cite web |author=hasera |title=オセロの起源に関する主張まとめ |website=othlog |date=2016-06-19 |url=http://othlog.hasera.net/archives/4065449.html |accessdate=2020-03-22}}</ref>。長谷川は、この文章の中で以下のように主張した。 |
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{{Quotation|オセロの原形は、1945年9月に茨城県水戸市で生まれました。{{Interp|和文=1|中略}}囲碁(相手の石を囲んだら取る)を良く知らない中1の生徒達のガヤガヤワイワイの中から、相手の石を挟んだら取るというルールが'''私の発案'''で生まれました。|長谷川五郎(2000年)|<ref>{{Cite web |author=長谷川五郎 |title=オセロの歴史 |publisher=日本オセロ連盟 |url=https://www.othello.gr.jp/r_info/history/ |accessdate=2020-03-17}}</ref>}} |
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この件に関し、連盟HP委員として差し替え作業を担当したhaseraは次のように語っている。 |
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{{Quotation|「オセロが水戸発祥って2000年くらいに突然五郎さんが言い出して僕なんかは困惑した話なんですよ。それまでは1960年代にゲーム研究して1973年までに完成・発売したという話を信じてたのに、急に戦後の水戸発祥ってことになった。|hasera|<ref>{{Cite tweet |author=hasera |title=オセロが水戸発祥って2000年くらいに突然五郎さんが言い出して僕なんかは困惑した話なんですよ |date=2018-12-16 |user=hasera |number=1074141496687751169 |accessdate=2020-03-29}}</ref>}} |
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これ以降、オセロはリバーシとは独立に水戸で考案されたとする情報が広く拡散した{{Efn|雑学ライターの[[杉村喜光]]によると、2000年頃から突然一斉に雑学本でオセロが水戸発祥という雑学が語られるようになった<ref>{{Cite tweet |author=杉村喜光 |title=オセロの起源に関し「長谷川五郎さんが中学時代に碁石を使って→中外製薬時代に牛乳のフタを使って」という話が、2000年前後に雑学本で突然一斉に語られ始めた物なので、ちょいと怪しいと思っていましたが… |date=2020-03-18 |user=tisensugimura |number=1240203419412922369 |accessdate=2020-03-18}}</ref>}}。 |
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オセロ販売元の[[メガハウス]]は、2020年現在、オセロは長谷川が水戸で独立に考案したとする説を採っている<ref name="megahouse-history">{{Cite web |title=オセロ誕生の秘密 |website=オセロ公式サイト |publisher=メガハウス |url=https://www.megahouse.co.jp/othello/history/ |accessdate=2020-03-23}}</ref>。水戸市は、同説に基づき、「オセロ発祥の地」を自称し、オセロにまつわる様々なイベントを開催している<ref>{{Cite web |title=オセロNewsみと |publisher=水戸市 |date=2020-03-11 |url=https://www.city.mito.lg.jp/001373/geijutubunnka/othello/p021015.html |accessdate=2020-03-25}}</ref><ref>{{Cite web |language=id |last=Susilo |first=Richard |title=Awal Mula Permainan Othello dari Jepang, Penemunya Goro Hasegawa Gunakan Tutup Botol Susu |website=Tribunnews.com |publisher=Kompas Gramedia |date=2019-12-26 |url=https://www.tribunnews.com/internasional/2019/12/26/awal-mula-permainan-othello-dari-jepang-menggunakan-tutup-botol-susu-oleh-penciptanya-goro-hasegawa |accessdate=2020-03-25}}</ref>{{Efn|なお、1974年の長谷川の著書{{Sfn|長谷川五郎|1974}}には「オセロ発祥の地は中外製薬(長谷川が勤務していた東京の製薬会社)」と記載されている。}}。 |
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一方、世界オセロ連盟は、2020年現在オセロの歴史に関する項を空欄にしており、態度を明らかにしていないが<ref>{{Cite web |language=en |title=Othello History |publisher=World Othello Federation |url=https://www.worldothello.org/about/about-othello/othello-history |accessdate=2020-03-17}}</ref>、長谷川が死去した2016年には、当時の世界オセロ連盟会長だったトール・ビルゲル・スコーゲンが、長谷川はリバーシに基づいてオセロを開発したとする見解を示しつつ長谷川に哀悼の意を示す声明を発表した{{R|skogen}}。 |
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なお、オセロがリバーシに依拠して開発されたのかどうかはともかくとして、いずれにしても長谷川がオセロを発売した時点ですでにリバーシの開発者はこの世におらず、'''特に権利関係が問題視されることはない'''。 |
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{{-}} |
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{{Back to TOC}} |
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== 戦術 == |
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=== オセロ戦術の発展 === |
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オセロは単純なルールでありながら、勝つためには頭脳、読み合い、駆け引きが要求される{{R|megahouse-what}}。非常に多彩な戦術が知られており、「'''覚えるのに一分、極めるのに一生''' (A minute to learn, a lifetime to master)」という言葉が[[キャッチフレーズ]]になっている{{Sfn|長谷川五郎|2011}}{{Efn|このキャッチフレーズは、オセロがアメリカ合衆国で発売された際に考案された。}}。 |
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1890年のリバーシの解説書には、すでにいくつかの戦術が掲載されていた{{Sfn|Berkeley, Authorized by Lewis Waterman|1890}}。隅の重要性や序盤での注意点など基本的な戦術が解説されている{{Sfn|Berkeley, Authorized by Lewis Waterman|1890}}。 |
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さらに進んで、現在知られている詳細な戦術を体系的に整備したのは、オセロのパッケージを開発した[[長谷川五郎]]である{{Sfn|長谷川五郎|2006}}{{Sfn|長谷川五郎|1974}}。長谷川は、[[1974年]]に『オセロの打ち方』を著し、この中で、様々な棋譜とともに勝つための戦術を体系的に解説した。 |
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その後、オセロの流行とともに様々な強豪プレイヤーが自らの理論を書籍として出版し、オセロ戦術は日々進歩を遂げている。 |
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ここでは、標準的な戦術書でよく解説される基礎的な概念を説明することで、オセロ戦術の全体像を概観する。 |
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=== 定石 === |
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{{Othello diagram |
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| left |
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| |
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<!-- 盤面 a b c d e f g h (X:黒石、O:白石) --> |
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<!-- 1 --> | | | | | | | | |
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<!-- 2 --> | | | | | | | | |
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<!-- 3 --> | | | | | | | | |
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<!-- 4 --> | | | |O|X| | | |
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<!-- 5 --> | | | |X|O|X| | |
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<!-- 6 --> | | | | | |O| | |
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<!-- 7 --> | | | | | | | | |
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<!-- 8 --> | | | | | | | | |
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| 定石(黒番) |
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}} |
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図は、序盤の3手目の局面である。ルール上、ここで黒番にはc4、d3、e6、f7の4つの選択肢がある。しかしながら、c4、d3、f7の進行は白番が正しく対応すればいずれも黒番必敗となることが判明しているため、初心者を除けば黒番は必ずe6と打つ{{Sfn|長谷川五郎|2006}}{{Sfn|村上健|2011}}。 |
|||
このように、不利にならない手は限られているから、双方がある程度の実力を有していれば序盤の進行はいくつかの決まったパターンに収束しやすい。そういったパターン化された進行を「'''[[定石]]'''」という{{Sfn|長谷川五郎|2006}}{{Sfn|村上健|2011}}{{Sfn|井上博|1977}}。上級者同士の対局では、基本的な定石を双方が覚えたうえで、どの定石を選択するか、どこで定石から変化するかなど細かい駆け引きを行う{{Sfn|長谷川五郎|2006}}{{Sfn|井上博|1977}}。 |
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{{-}} |
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{| class="wikitable" style="font-size:small; margin:1rem; float:left;" |
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| |
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{{Othello diagram |
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| none |
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| |
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<!-- 盤面 a b c d e f g h (X:黒石、O:白石) --> |
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<!-- 1 --> | | | | | | | | |
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<!-- 2 --> | | | | | | | | |
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<!-- 3 --> | | | | |X| | | |
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<!-- 4 --> | | | |X|O|O| | |
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<!-- 5 --> | | |X|X|O|X| | |
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<!-- 6 --> | | | |O| | | | |
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<!-- 7 --> | | | | | | | | |
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<!-- 8 --> | | | | | | | | |
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| 兎定石(黒番) |
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}} |
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{{Othello diagram |
|||
| none |
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| |
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<!-- 盤面 a b c d e f g h (X:黒石、O:白石) --> |
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<!-- 1 --> | | | | | | | | |
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<!-- 2 --> | | | | | | | | |
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<!-- 3 --> | | |X|O| | | | |
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<!-- 4 --> | | |X|X|X| | | |
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<!-- 5 --> | | | |O|X|X| | |
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<!-- 6 --> | | | |O| | | | |
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<!-- 7 --> | | | | | | | | |
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<!-- 8 --> | | | | | | | | |
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| 虎定石(黒番) |
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}} |
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{| class="wikitable" |
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! 発売時期!! 製品名 !! 特徴 |
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|- |
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! 1973年〜 |
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| オフィシャルオセロ || オセロ公式大会使用盤。 |
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{{Othello diagram |
|||
| none |
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| |
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<!-- 盤面 a b c d e f g h (X:黒石、O:白石) --> |
|||
<!-- 1 --> | | | | | | | | |
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<!-- 2 --> | | | | | | | | |
|||
<!-- 3 --> | | | | | | | | |
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<!-- 4 --> | | | |O|X| | | |
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<!-- 5 --> | | |X|X|X|X| | |
|||
<!-- 6 --> | | | |O|O|O| | |
|||
<!-- 7 --> | | | | | | | | |
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<!-- 8 --> | | | | | | | | |
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| 牛定石(黒番) |
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}} |
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| |
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{{Othello diagram |
|||
| none |
|||
| |
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<!-- 盤面 a b c d e f g h (X:黒石、O:白石) --> |
|||
<!-- 1 --> | | | | | | | | |
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<!-- 2 --> | | | | | | | | |
|||
<!-- 3 --> | | | |X|X| | | |
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<!-- 4 --> | | | |X|X|O| | |
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<!-- 5 --> | | | |X|O|O| | |
|||
<!-- 6 --> | | | | | |O| | |
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<!-- 7 --> | | | | | | | | |
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<!-- 8 --> | | | | | | | | |
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| 鼠定石(黒番) |
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}} |
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|} |
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主要な定石には、盤上の石の形を動物などに見立てて、名前が与えられている{{Efn|これは、北海道代表選手の若松雅迪の発案による<ref>{{Cite web |author=長谷川五郎|title=オセロ史を飾った百人の名選手の物語 (4) -日本のオセロから世界のオセロへ |work=コラム |publisher=日本オセロ連盟 |date=2003-04-01 |url=https://www.othello.gr.jp/r_info/100/004/ |accessdate=2020-03-22}}</ref>。}}。中でも、兎定石、虎定石、牛定石、鼠定石の4つは最も基本的なものであり、四大定石と呼ばれている{{Sfn|長谷川五郎|2006}}。 |
|||
兎定石は、比較的変化が少なく、王道を往く基本形が深く研究されているため、初級者にも好まれる{{Sfn|井上博|1977}}。 |
|||
虎定石は非常に変化が多く、相手の研究を外す目的で上級者が好んで採用する{{Sfn|井上博|1977}}。 |
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牛定石は、シンプルな展開からスリリングな展開まで様々な展開が考えられる{{Sfn|井上博|1977}}{{Sfn|長谷川五郎|2006}}。 |
|||
鼠定石は、現在では黒番が有利であることが判明しており、白番が避ける傾向にあるため、ほとんど打たれない{{Sfn|村上健|2011}}。 |
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{{-}} |
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=== 一石返しと中割り === |
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{{Othello diagram |
|||
| left |
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| |
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<!-- 盤面 a b c d e f g h (X:黒石、O:白石) --> |
|||
<!-- 1 --> | | | | | | | | |
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<!-- 2 --> | | | | | | | | |
|||
<!-- 3 --> | | |X|X|X|X| | |
|||
<!-- 4 --> | | |X|O|X|X| | |
|||
<!-- 5 --> | | |X|X|X|X|X| |
|||
<!-- 6 --> | | |X|X|X|O|X| |
|||
<!-- 7 --> | | | | |X|X| | |
|||
<!-- 8 --> | | | | | | | | |
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| 失敗例(黒番) |
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}} |
|||
図の局面は一見すると黒石がとても多く、初心者には黒番がリードしているように見えるかもしれない。しかし、黒番はここでg7以外に打てる箇所がない。そこで仕方なく黒番がg7に打つと白番がh8の隅を取れる状態になるから、黒番は圧倒的不利となる。 |
|||
このように、オセロでは序盤・中盤の局面で石が多いからといって必ずしも有利というわけではない。多くの場合はその逆であり、石が多すぎる側は不利となる{{Sfn|長谷川五郎|1981}}{{Sfn|長谷川五郎|2006}}{{Sfn|村上健|2011}}{{Sfn|井上博|1977}}。オセロは相手の石を挟まなければ着手できないため、相手の石が少なかったり、相手の石が自分の石で囲まれていたりすると、着手可能な箇所が少なくなり、本来打ちたくない箇所に打つしかなくなってしまうのである。逆に言えば、序盤・中盤では、石を取りすぎず、自分の石が相手の石に囲まれた状態を目指すのが基本となる{{Sfn|長谷川五郎|2006}}{{Sfn|井上博|1977}}。 |
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{{-}} |
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{{Othello diagram |
|||
| left |
|||
| |
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<!-- 盤面 a b c d e f g h (X:黒石、O:白石) --> |
|||
<!-- 1 --> | | | | | | | | |
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<!-- 2 --> | | | | | | | | |
|||
<!-- 3 --> | | | |X|X| | | |
|||
<!-- 4 --> | | | |X|X|O| | |
|||
<!-- 5 --> | | |X|O|O|O| | |
|||
<!-- 6 --> | | |O|O| |O| | |
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<!-- 7 --> | | | | | | | | |
|||
<!-- 8 --> | | | | | | | | |
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| 一石返し・中割(黒番) |
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}} |
|||
例えば、図は兎定石の9手目の局面であるが、ここで黒番の定石手はe6である。この手は、e5の白石1つだけを挟む手であるから自分の石を増やしすぎることはない。また、e5はすでに周囲を他の石で囲まれているから、自分の石を相手の石の中に潜り込ませることができる。したがって、理想的な好手である。 |
|||
好手の類型として「'''一石返し'''」と「'''中割り'''」が有名である{{Sfn|長谷川五郎|1981}}{{Sfn|長谷川五郎|2006}}{{Sfn|村上健|2011}}。一石返しは、相手の石を1つだけ挟むように打つことである。中割りは、周囲をほぼ他の石に囲まれている相手の石だけを挟むように打つことである。一石返しは自分の石を必要以上に増やさない手であり、中割りは自分の石を相手の石で囲ませる手であるため、これらを意識することで好手を発見しやすくなる{{Sfn|長谷川五郎|1981}}{{Sfn|長谷川五郎|2006}}{{Sfn|村上健|2011}}。図でのe6という手は、一石返しでなおかつ中割りである。 |
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{{-}} |
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=== 隅とその周辺 === |
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{{Othello diagram |
|||
| left |
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| |
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<!-- 盤面 a b c d e f g h (X:黒石、O:白石) --> |
|||
<!-- 1 --> | |X|X|X| | | | |
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<!-- 2 --> |X|X|X|X|X| | | |
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<!-- 3 --> |X|X|X|X|X|X| | |
|||
<!-- 4 --> |X|X|X|X|X|X|X| |
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<!-- 5 --> | |X|X|X|X|X|X|O |
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<!-- 6 --> | | |X|X|X|X|O|O |
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<!-- 7 --> | | | |X|X|O|O|O |
|||
<!-- 8 --> | | | | |O|O|O|O |
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| 確定石(白番) |
|||
}} |
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図の局面で、黒石はどれも終局までに白石に挟まれてしまう可能性があるが、10個の白石はもはや黒石で挟むことができない。したがって、これらの白石は終局まで白石であることが確定している。 |
|||
このような、挟まれることがないから終局まで色が変わらないと確定した石のことを「'''確定石'''」という{{Sfn|長谷川五郎|2006}}{{Sfn|村上健|2011}}。確定石を増やしていくことは、勝利に直結するので重要である{{Sfn|長谷川五郎|1981}}{{Sfn|長谷川五郎|2006}}{{Sfn|村上健|2011}}。 |
|||
オセロで勝つために大切な要素の一つとして「'''隅'''」がある{{Sfn|長谷川五郎|2006}}。オセロ盤のうち四隅のマス(a1、a8、h1、h8)については、挟むことができないから、隅に石を置けば必ず確定石となる。また、図のように隅から隣接するマスに同じ色の石が置かれている場合には、それらも確定石となることがある。したがって、隅を狙うのはオセロの基本となる{{Sfn|長谷川五郎|1981}}{{Sfn|長谷川五郎|2006}}{{Sfn|村上健|2011}}{{Sfn|井上博|1977}}。 |
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{{-}} |
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{{Othello diagram |
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| left |
|||
| |
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<!-- 盤面 a b c d e f g h (X:黒石、O:白石) --> |
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<!-- 1 --> | |X| | | | |X| |
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<!-- 2 --> |X|O| | | | |O|X |
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<!-- 3 --> | | | | | | | | |
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<!-- 4 --> | | | | | | | | |
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<!-- 5 --> | | | | | | | | |
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<!-- 6 --> | | | | | | | | |
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<!-- 7 --> |X|O| | | | |O|X |
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<!-- 8 --> | |X| | | | |X| |
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| C・X |
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}} |
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隅と関連して重要な概念として、CとXがある{{Sfn|長谷川五郎|2006}}。図で黒石を置いたマス(隅と縦横に隣接するマス)がC、白石を置いたマス(隅と斜めに隣接するマス)がXである{{Sfn|長谷川五郎|2006}}。 |
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当然のことながら、CやXに自分が石を打たなければ、相手に隅を取られることはない。したがって、初心者の間は、CやXを極力避け、相手がCやXに打ってきたら隅を取りに行くという戦術がよく使われる。しかし、初心者を脱すると、あえてXに打って相手に隅を取らせたうえで自分はCを取り、Cを基点に隣接する大量のマスを自分のものにするといった勝負手も必要となってくる{{Sfn|佐谷哲|2019}}{{Sfn|長谷川五郎|2005}}。いずれにしても、隅、C、Xに関する攻防は初心者から上級者まで注目されるポイントである{{Sfn|長谷川五郎|2006}}。 |
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{{-}} |
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=== 手止まりと偶数理論 === |
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{{Othello diagram |
|||
| left |
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| |
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<!-- 盤面 a b c d e f g h (X:黒石、O:白石) --> |
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<!-- 1 --> | | |X| | |X|X|X |
|||
<!-- 2 --> |X| |X|X|X|O|O|O |
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<!-- 3 --> |O|O|O|O|O|O|O|O |
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<!-- 4 --> |O|O|X|O|O|X|X|O |
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<!-- 5 --> |O|O|O|X|O|X|X|O |
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<!-- 6 --> |O|O|X|O|X|X|X|O |
|||
<!-- 7 --> |O| |O|O|O|X|O|O |
|||
<!-- 8 --> |X|X|X|X|X|X|X|O |
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| 手止まり(黒番) |
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}} |
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図のような局面を考える。ここで黒番が左下のb7に打ち込むと、c7、d7、e7の3つの石を黒石にすることができる。そして、b7の周辺にはもう空きマスがないから、これらの石が再び白番に返される心配はなく、良い手であると考えられる。 |
|||
このように、隣接する空きマスが他にないマスに打ち込むことを「'''手止まり'''」と言い、終盤戦では手止まりを打つのが一つの目標となる{{Sfn|長谷川五郎|1981}}{{Sfn|長谷川五郎|2006}}{{Sfn|井上博|1977}}。 |
|||
終盤戦において重要となるのは、まずは先を読み切って地道に石を数えることである。しかし、石を数えることのほかに、互いに隣接する空きマスの数に着目することである程度類型的に好手を見つけることができる{{Sfn|長谷川五郎|2006}}{{Sfn|村上健|2011}}。手止まりを打つこともその一つである。 |
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{{-}} |
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{{Othello diagram |
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| left |
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| |
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<!-- 盤面 a b c d e f g h (X:黒石、O:白石) --> |
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<!-- 1 --> | | |X| | |X|X|X |
|||
<!-- 2 --> |X| |X|X|X|O|O|O |
|||
<!-- 3 --> |O|O|O|O|O|O|O|O |
|||
<!-- 4 --> |O|O|X|O|O|X|X|O |
|||
<!-- 5 --> |O|O|O|X|O|X|X|O |
|||
<!-- 6 --> |O|O|X|O|X|X|X|O |
|||
<!-- 7 --> |O|X|X|X|X|X|O|O |
|||
<!-- 8 --> |X|X|X|X|X|X|X|O |
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| 偶数理論(白番) |
|||
}} |
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図は、さきほどの局面から黒番がb7に打った局面である。ここで互いに隣接する空きマスの数を見ると、左上には3つ(奇数)の空きマスがあり、中央上には2つ(偶数)の空きマスがある。この局面で白番が打つべき最善手は、左上の空きマスの数を2つ(偶数)にするa1である。次に黒番b2に対して、すかさずb1とすれば手止まりが打てるし、さらに黒番d1に対してe1とすればまた手止まりが打てる。 |
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重要なのは、白番は互いに隣接する空きマスの数を偶数にしていることである。偶数にしておけば空きマスが1つのときに自分の手番になるから、そこで手止まりが打てるというわけである。これを「'''偶数理論'''」と呼び、手止まりをたくさん打つために有効な理論である{{Sfn|長谷川五郎|2006}}{{Sfn|村上健|2011}}。 |
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{{-}} |
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=== 黒番・白番それぞれの戦略 === |
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{| class="wikitable" style="font-size:small; margin:1rem; float:right;" |
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|+ オセロの2手目の選択肢 |
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{{Othello diagram |
|||
| none |
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| |
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<!-- 盤面 a b c d e f g h (X:黒石、O:白石) --> |
|||
<!-- 1 --> | | | | | | | | |
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<!-- 2 --> | | | | | | | | |
|||
<!-- 3 --> | | | | | | | | |
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<!-- 4 --> | | | |O|X| | | |
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<!-- 5 --> | | | |O|X|X| | |
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<!-- 6 --> | | | |O| | | | |
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<!-- 7 --> | | | | | | | | |
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<!-- 8 --> | | | | | | | | |
|||
| 縦取り(黒番) |
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}} |
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| |
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{{Othello diagram |
|||
| none |
|||
| |
|||
<!-- 盤面 a b c d e f g h (X:黒石、O:白石) --> |
|||
<!-- 1 --> | | | | | | | | |
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<!-- 2 --> | | | | | | | | |
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<!-- 3 --> | | | | | | | | |
|||
<!-- 4 --> | | | |O|X| | | |
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<!-- 5 --> | | | |X|O|X| | |
|||
<!-- 6 --> | | | | | |O| | |
|||
<!-- 7 --> | | | | | | | | |
|||
<!-- 8 --> | | | | | | | | |
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| 斜め取り(黒番) |
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}} |
|||
| |
|||
{{Othello diagram |
|||
| none |
|||
| |
|||
<!-- 盤面 a b c d e f g h (X:黒石、O:白石) --> |
|||
<!-- 1 --> | | | | | | | | |
|||
<!-- 2 --> | | | | | | | | |
|||
<!-- 3 --> | | | | | | | | |
|||
<!-- 4 --> | | | |O|O|O| | |
|||
<!-- 5 --> | | | |X|X|X| | |
|||
<!-- 6 --> | | | | | | | | |
|||
<!-- 7 --> | | | | | | | | |
|||
<!-- 8 --> | | | | | | | | |
|||
| 並び取り(黒番) |
|||
}} |
|||
|} |
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オセロの戦略は、黒番と白番でそれぞれ違いがある{{Sfn|長谷川五郎|2006}}。 |
|||
まず、黒番の初手は、どこへ打っても対称形になるため、実質的意味はない。白番の2手目には縦取り、斜め取り、並び取りの3つの選択肢がある。 |
|||
縦取りは兎定石・虎定石、斜め取りは牛定石、並び取りは鼠定石を志向した手であり、白番が得意な定石を選択できる{{Sfn|長谷川五郎|2006}}。縦取りの場合、これに対して黒番はc5として兎定石にするか、c3として虎定石にするかを選択できる{{Sfn|長谷川五郎|2006}}。兎・虎・牛・鼠のいずれの定石においても様々な変化があるが、黒番が変化を選択できることが多いため、どちらかと言うと黒番が定石の主導権を握りやすいと言われている{{Sfn|長谷川五郎|2006}}{{Sfn|村上健|2011}}。 |
|||
終盤戦では、白番は偶数理論を使って積極的に手止まりを狙っていくことができる。終局までパスがなければ、偶数理論を使うことができるのは後攻の白番のみであるため、一般に終盤戦は白番が打ちやすいと言われている{{Sfn|長谷川五郎|2006}}{{Sfn|村上健|2011}}。もっとも、白番が打てない空きマスを作ることで黒番が偶数理論を逆用する「逆偶数理論」などの戦術もある{{Sfn|佐谷哲|2019}}。 |
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このように、黒番・白番それぞれに強みとなる部分があり、どちらが有利か一概には言えない。コンピュータによる完全解析はなされておらず、部分的な解析結果からは引き分けが結論となる可能性が高いと言われている<ref name="murakami-2017">{{Cite interview |subject=村上健 |interviewer=辰井裕紀 |cointerviewers=杉本吏 |title=人間VSコンピュータオセロ 衝撃の6戦全敗から20年、元世界チャンピオン村上健さんに聞いた「負けた後に見えてきたもの」 |publisher=ITmedia |series=ねとらぼアンサー |date=2017-10-21 |url=https://nlab.itmedia.co.jp/nl/articles/1710/06/news013.html |accessdate=2020-03-22}}</ref>。なお、これまでに行われた対局の統計では、ほぼ互角であるが白番がわずかに勝ち越している<ref>{{Cite web |title=黒と白の勝率 |website=キロキティア |date=2017-10-08 |url=https://choi.lavox.net/stats/bw_win |accessdate=2020-03-22}}</ref>。 |
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== オセロとコンピュータ == |
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=== コンピュータオセロの発展 === |
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オセロは、シンプルなルールが[[コンピュータ]]の[[プログラミング (コンピュータ)|プログラミング]]に適しているため、プログラミングの教材や[[コンピュータゲーム]]の製品として、これまで数々のコンピュータ・プログラムが開発されてきた{{Sfn|森田和郎・国枝交子・津田伸秀|1986}}。オセロがアメリカ合衆国で発売された[[1977年]]、早くも4月にはN・J・D・ジェイコブスが世界初とされる[[コンピュータオセロ]]のプログラムを[[サイエンティフィック・アメリカン]]誌に掲載した{{R|gardner}}。翌[[1978年]]にはアーケードゲーム([[任天堂]])<ref>{{Cite news |和書 |title=コンピューター・オセロ テーブル型TVゲーム機発売した任天堂 |newspaper=ゲームマシン |publisher=アミューズメント通信社 |date=1978-06-15 |page=18 |url=https://onitama.tv/gamemachine/pdf/19780615p.pdf |format=PDF |accessdate=2020-03-22}}</ref>、[[1980年]]には家庭用ゲーム([[Atari 2600]])としてコンピュータオセロが製品化された。また、1980年の10月からは[[アスキー (企業)|アスキー]]によりオセロ・プログラム同士を対局させる「マイクロオセロリーグ」が定期的に開催され、その模様は記事として掲載された{{Sfn|森田和郎・国枝交子・津田伸秀|1986}}。[[1986年]]には同社からオセロを題材とした思考ゲームのプログラミング解説書も出版された{{Sfn|森田和郎・国枝交子・津田伸秀|1986}}。 |
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最古のコンピュータオセロは特別強いものではなかったが、数年が経つとアルゴリズムが整理され、終盤の正確な読みによって瞬く間に人間の上級者とも戦えるようになった。1980年にはオセロ・プログラムのMoorが当時の世界チャンピオン・井上博を相手に初めて1勝を挙げた(6番勝負で1勝5敗){{R|murakami-2017}}。[[1982年]]には[[森田和郎]]の開発した森田オセロが全日本選手権2位の北島秀樹ら強豪プレイヤーたちが集う大会にゲスト参加して6戦全勝で優勝した{{R|murakami-2017}}。その後、ハードウェアの進歩とソフトウェアの改良によってコンピュータオセロは着実に力を伸ばしたが、1980年の井上戦から17年間、公の場で人間の世界チャンピオンと対戦する機会はなかった{{R|murakami-2017}}。 |
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{{Othello diagram |
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| right |
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<!-- 盤面 a b c d e f g h (X:黒石、O:白石) --> |
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<!-- 1 --> |X|X|X|X|X|X|X|X |
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<!-- 2 --> |X|X|O|X|X|X|X|X |
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<!-- 3 --> |X|X|X|O|X|X|O|X |
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<!-- 4 --> |X|X|O|X|X|O|X|X |
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<!-- 5 --> |X|X|X|X|X|X|X|X |
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<!-- 6 --> |X|X|X|O|X|X|X|X |
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<!-- 7 --> |X|X|O|O|O|X|X|X |
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<!-- 8 --> |X|X|X|X|X|X|X|X |
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| Logistello vs. 村上健 第4局(終局) |
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}} |
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[[1997年]]8月、オセロ・プログラムのLogistelloが[[村上健]](当時の世界チャンピオン)と対戦して6番勝負で6勝0敗の成績を残し、コンピュータオセロの実力がすでに人間のトッププレイヤーを超えていることを証明した<ref>{{Cite web |language=en |last=Buro |first=Michael |title=The Othello Match of the Year |date=1997-08-20 |url=https://skatgame.net/mburo/event.html |accessdate=2020-03-22}}</ref>。実際には、それ以前からコンピュータの実力が人間を上回っていたことは明らかであり、村上は「もはや人間が及ぶレベルではありませんでした。負けると思っていました」と潔くLogistelloを称えた{{R|murakami-2017}}。なお、同年5月には[[コンピュータチェス]]の[[ディープ・ブルー (コンピュータ)|ディープ・ブルー]]が[[ガルリ・カスパロフ]]を破ったばかりだった{{Efn|[[ディープ・ブルー対ガルリ・カスパロフ]]を参照。なお、そのほかの二人零和有限確定完全情報ゲームでは、1994年にチェッカー、2006年にシャンチー、2017年に囲碁と将棋、2018年に連珠でコンピュータが人間のトッププレイヤーに勝利あるいは引き分けという結果を残した。}}。 |
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現在では、トップレベルのオセロ・プログラムに人間が勝つことはまず不可能と考えられており、スマホで動作する無料のプログラムの中にも人間の世界チャンピオンを凌ぐレベルのものがある。人間のプレイヤーも自身の研究にコンピュータオセロを活用するようになっている{{R|murakami-2017}}。このほか、[[2019年]]には、負けることに特化した「最弱オセロ」が公開されて話題となるなど、多様な研究が進められている<ref>{{Cite interview |subject=吉田拓真 |interviewer=秋夏 |title=「負けるのが難しい」…世界最弱のオセロAIを体験-開発者に誕生のきっかけを訊いた |publisher=イード |series=Game*Spark |date=2019-07-26 |url=https://www.gamespark.jp/article/2019/07/26/91659.html |accessdate=2020-03-22}}</ref><ref>{{Cite web |author=Kikka |title=「負けられるなら負けてみてくれ!」 世界最弱のオセロAIが開発され、負けられないと話題に |website=ねとらぼ |publisher=ITmedia |date=2019-07-28 |url=https://nlab.itmedia.co.jp/nl/articles/1907/28/news017.html |accessdate=2020-03-22}}</ref><ref>{{Cite interview |subject=吉田拓真 |title=「世界最弱のオセロAI」が話題…一体何のために作ったの? 開発者に聞いた |publisher=FNN |series=FNN.jpプライムオンライン |date=2019-08-02 |url=https://www.fnn.jp/posts/00047526HDK/201908021730_FNNjpeditorsroom_HDK |accessdate=2020-03-22}}</ref>。 |
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=== オセロの解析 === |
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オセロは[[二人零和有限確定完全情報ゲーム]]に分類され、[[ゲーム木]]複雑性は10の58乗程度である<ref>{{Cite book |language=en |last=Allis |first=Louis Victor |title=Searching for Solutions in Games and Artificial Intelligence |publisher=Rijksuniversiteit Limburg te Maastricht |series=Ph.D. Thesis |date=1994-09-23 |page=167 |url=https://www.dphu.org/uploads/attachements/books/books_3721_0.pdf |accessdate=2020-03-29}}</ref>。そのほかの代表的な二人零和有限確定完全情報ゲームでは、[[チェッカー]]が10の31乗程度、[[連珠]]が10の70乗程度、[[チェス]]が10の123乗程度、[[シャンチー]]が10の150乗程度、[[将棋]]が10の226乗程度、[[囲碁]]が10の360乗程度となっており、オセロのゲーム木はチェッカーの次に小さい。 |
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二人零和有限確定完全情報ゲームは、理論上は双方最善手ならば先手必勝・後手必勝・引き分けのいずれかの結論が下せるはずだが、オセロは2019年時点で未だにコンピュータによる完全解析はされておらず、結論は不明である{{Efn|なお、チェッカーは2007年にコンピュータによって完全解析がなされた。}}。部分的には、以下の事実が判明している。 |
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* オセロのある局面が黒番必勝・白番必勝・引き分けのいずれであるかを判定する問題は、[[PSPACE#PSPACE完全|PSPACE完全]]である<ref>{{Cite journal |language=en |last=Iwata |first=Shigeki |last2=Kasai |first2=Takumi |title=The Othello Game on an n×n Board is PSPACE-Complete |jornal=Theoretical Computer Science |volume=123 |issue=2 |publisher=Elsevier |date=1994-01-31 |doi=10.1016/0304-3975(94)90131-7}}</ref>。 |
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* 盤面を4×4に縮小したオセロは、3対13で白番(後手)の必勝となる{{Efn|実際には黒石が3個、白石が11個、空きマスが2個で終局となるが、現行ルールでは空きマスの数が勝者の石数に加算されるため、3対13で白番の10石勝ちとなる。空きマスに関する過去のルールに基づいて「8石勝ち」と記載している資料もある。}}<ref>{{Cite web |language=en |title=Othello 4x4 |publisher=Artificial Intelligence Laboratorium |date=2008-09-02 |url=http://ailab.awardspace.com/othello4x4.html |accessdate=2020-03-30 |archiveurl=https://web.archive.org/web/20190124002428/http://ailab.awardspace.com/othello4x4.html |archivedate=2019-01-24}}</ref>。 |
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* 盤面を6×6に縮小したオセロは、16対20で白番(後手)の必勝となる<ref>{{Cite web |last=Feinstein |first=Joel |title=Perfect Play in 6x6 Othello from Two Alternative Starting Positions |url=http://www.feinst.demon.co.uk/Othello/6x6sol.html |accessdate=2020-03-22 |archiveurl=https://web.archive.org/web/20131031041130/http://www.feinst.demon.co.uk/Othello/6x6sol.html |archivedate=2013-10-31}}</ref>。 |
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* 通常通りの8×8のオセロでは、一部の定石で引き分けとなることが判明している<ref>{{Cite web |author=奥原俊彦 |title=Public Draw Variations |url=http://www.amy.hi-ho.ne.jp/okuhara/pubdraw.htm |accessdate=2020-03-22}}</ref>。 |
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なお、8×8のオセロの結論は引き分けになる可能性が高いと言われている{{R|murakami-2017}}。 |
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== オセロと文化 == |
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=== 普及度 === |
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[[File:God Tone and Guo Dong playing Othello 20190414b.jpg|thumb|オセロを楽しむ人々]] |
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オセロは国際的に普及している。2015年時点で、世界36の国と地域に連盟があり、世界競技人口は約6億人と推計されている<ref>{{Cite news |和書 |title=オセロ世界選手権、発祥の水戸で10年ぶり開催へ |newspaper=朝日新聞 |date=2015-09-04 |url=https://www.asahi.com/articles/ASH933T9YH93UJHB00B.html |accessdate=2020-03-23}}</ref>。 |
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ツクダでオセロの商品化を担当した和久井威は、オセロがロングセラーとなった要因に対象年齢が幅広いことを挙げている{{Efn|和久井は、「夫とオセロをして勝つと夫の機嫌が悪くなり、「待った」をされて結婚以来初めて口答えをした」という87歳の女性の投書が『朝日新聞』に載ったという話を紹介している。}}{{Sfn|月刊トイジャーナル|2007}}。オセロは、石の誤飲の危険性を考慮して対象年齢を6歳以上としているが、実際には何歳からでもプレイは可能である<ref>{{Cite web |author=田中祐子 |title=家族で勝負! 今こそ、頭を鍛えるオセロ |publisher=All About |date=2006-10-16 |url=https://allabout.co.jp/gm/gc/198704/ |accessdate=2020-03-23}}</ref>。通常10分間以内{{Efn|なお、大会では長時間をかけてプレイされる。例えば、世界オセロ選手権決勝の持ち時間は各40分間なので、両者合わせて最大80分間が必要である。}}に決着がつくため、学校の休み時間などで楽しむことも可能である{{R|megahouse-history}}。また、高齢者にも人気があり、[[老人福祉施設]]などでもプレイされている<ref>{{Cite news |和書 |title=“脳内革命”でオセロ人気 高齢者が熱視線、売れ行き好調 |newspaper=フジサンケイビジネスアイ |publisher=日本工業新聞社 |date=2006-07-17 |url=http://www.business-i.jp/news/sou-page/news/200607170023a.nwc |accessdate=2020-03-23 |archiveurl=https://web.archive.org/web/20060813230735/http://www.business-i.jp/news/sou-page/news/200607170023a.nwc |archivedate=2006-08-13}}</ref>。なお、2019年3月現在、長寿世界一の人物である日本の[[田中カ子]](116歳)がオセロを毎日プレイしていると話しており、最高齢競技者である<ref>{{Cite web |title=田中カ子さん長寿世界一記念オセロ大会 |work=大会案内 |publisher=日本オセロ連盟 |url=https://www.othello.gr.jp/competition_guide/14991 |accessdate=2020-03-23}}</ref>。 |
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インターネットでのオンライン対戦やコンピュータゲームとしても各国でプレイされている。[[Microsoft Windows]]の[[Microsoft Windows 1.0|1.0]]、[[Microsoft Windows 2.0|2.0]]、2.1、[[Microsoft Windows 3.x|3.0]]、[[Microsoft Windows Millennium Edition|Me]]、[[Microsoft Windows XP|XP]]の各バージョンには、「リバーシ」という名称でオセロが標準搭載された。 |
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=== 日本におけるオセロ === |
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特に日本の競技人口は多く、[[長谷川五郎]]によると2001年頃の時点で約6000万人である{{Sfn|長谷川五郎|2006}}。長谷川は、日本国内の競技人口は、[[将棋]]が約1500万人、[[囲碁]]が約1000万人、[[チェス]]が約500万人であり、オセロはこれらを上回っていると主張している{{Sfn|長谷川五郎|2006}}。なお、公益財団法人日本生産性本部余暇創研が発行している『[[レジャー白書]]2018』によれば、日本国内の競技人口は、トランプ・オセロ・カルタ・花札などが約2370万人、将棋が約700万人、囲碁が約190万人、チェスが調査対象外となっている<ref>{{Cite book |和書 |editor=日本生産性本部 |title=レジャー白書 2018 |publisher=生産性出版 |date=2018-08 |isbn=9784820120797}}</ref>{{Efn|『レジャー白書』では、トランプ・オセロ・カルタ・花札が合算されていることに加え、一年以内に実際に遊んだ者を競技者として数えている(長谷川はルールを知る者すべてを競技者として推計している)ことから、長谷川の推計とは大きく異なった数字になっている。}}。オセロと同様のゲーム(ただし石のサイズ等はオセロの公式規定とやや異なることもある)は、「リバーシ」などの名前で安価なポータブルゲームとして[[コンビニエンスストア]]など様々な店舗で販売されている。 |
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日本では、オセロを題材にして様々な文化的活動が行われている。 |
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* 小説家の[[恩田陸]]は、[[1995年]]に『[[常野物語]]』シリーズのうちの一作としてオセロをモチーフにした短編小説「オセロ・ゲーム」を発表した<ref>{{Cite book |和書 |author=恩田陸 |title=常野物語-光の帝国 |publisher=集英社 |date=1997-10 |isbn=9784087742923}}</ref>。 |
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* 小説家の[[佐藤多佳子]]は、[[2002年]]にオセロをモチーフにした短編小説「オセロ・ゲーム」を発表した<ref>{{Cite book |和書 |author=佐藤多佳子 |title=黄色い目の魚 |publisher=新潮社 |date=2002-10 |isbn=9784104190034}}</ref>。 |
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* 漫画家の[[池沢理美]]は、[[2001年]]から[[2004年]]にかけてオセロをモチーフにした漫画『オセロ』を発表した<ref>{{Cite book |和書 |author=池沢理美 |title=オセロ。(1) |publisher=講談社 |series=講談社コミックスフレンドB |date=2001-08 |isbn=9784063412499}}</ref>。 |
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* シンガーソングライターの[[田島貴男]]のソロユニットである[[ORIGINAL LOVE]]は、[[2006年]]にアルバム『東京 飛行』の中でオセロをモチーフにした楽曲「オセロ」を発表した。 |
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* シンガーソングライターの[[川嶋あい]]は、[[2015年]]にアルバム『[[Be Your Side]]』の中でオセロをモチーフにした楽曲「オセロ」を発表した。 |
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* [[1975年]]から放送されているクイズ番組の[[パネルクイズ アタック25]]は、オセロによく似たボード形式で対戦する<ref>{{Cite news |和書 |title=シンプルなのに展開にハラハラ…『アタック25』が40周年 19日に2000回 |newspaper=産経新聞 |date=2015-07-14 |url=https://www.sankei.com/entertainments/news/150714/ent1507140002-n1.html |accessdate=2020-03-31}}</ref>。 |
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* [[2017年]]から放送されているクイズ番組の[[東大王]]は、「難問オセロ」というコーナーがあり、オセロ形式で対戦する。 |
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* お笑い芸人の[[中島知子]]と[[松嶋尚美]]は、[[1993年]]から[[2013年]]まで「[[オセロ (お笑い)|オセロ]]」という名前のお笑いコンビを組んでおり、それぞれ「オセロの黒」「オセロの白」という愛称があった。 |
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このほか、日本の著名人の中には、[[佐藤健 (俳優)|佐藤健]]<ref>{{Cite web |title=芸能界オセロ最強の佐藤健が世界チャンピオンとガチンコ勝負『行列のできる法律相談所』 |website=テレビドガッチ |publisher=プレゼントキャスト |date=2014-07-27 |url=http://dogatch.jp/news/ntv/26866 |accessdate=2020-03-23 |archiveurl=https://web.archive.org/web/20160821163710/http://dogatch.jp/news/ntv/26866 |archivedate=2016-08-21}}</ref>、[[小島瑠璃子]]<ref>{{Cite web |title=小島瑠璃子(コジマルリコ) |work=タレントキャスティング |publisher=ホリプロ |url=https://www.horipro.co.jp/kojimaruriko/ |accessdate=2020-03-23}}</ref>、[[永山瑛太]]<ref>{{Cite web |author=中島哲也 |title=石橋VS瑛太の激マジオセロ勝負 |website=Othello! JAPAN |date=2009-01-07 |url=http://www.othello.org/news/?date=20090107&no=1 |accessdate=2020-03-23}}</ref>など、オセロ好きを公言している者も多い。 |
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== 大会 == |
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{{色}} |
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=== 世界オセロ選手権 === |
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[[File:Deskohraní 2008 0037.jpg|thumb|オセロ大会の様子]] |
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{{Othello diagram |
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| right |
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<!-- 盤面 a b c d e f g h (X:黒石、O:白石) --> |
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<!-- 1 --> |O|O|O|O|O|O|O|O |
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<!-- 2 --> |O|X|X|O|O|X|O|X |
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<!-- 3 --> |O|X|X|X|X|O|X|X |
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<!-- 4 --> |O|X|O|X|X|X|X|X |
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<!-- 5 --> |O|X|O|O|X|X|X|X |
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<!-- 6 --> |O|X|O|O|O|X|X|X |
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<!-- 7 --> |O|O|O|O|O|O|X|X |
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<!-- 8 --> |O|X|X|X|X|X|X|X |
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| 第1回世界オセロ選手権大会決勝 井上博 vs. トーマス・ヘイベル(終局) |
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'''世界オセロ選手権''' (World Othello Championship) はアメリカ合衆国でオセロが発売された[[1977年]]に始まった<ref>{{Cite web |language=en |title=World Othello Championship |publisher=World Othello Federation |url=https://www.worldothello.org/about/world-othello-championship |accessdate=2020-03-14}}</ref>。当初は世界チャンピオンを決める無差別部門だけで、代表枠も各国1人だったが、[[1987年]]からは代表枠が3人に増えて団体部門が始まった。さらに、[[2005年]]からは女子部門、[[2016年]]からはユース部門(15歳以下)が新設された(女子やユースが無差別部門に出場することも可能)<ref name="wof-woc">{{Cite web |language=en |title=WOC History |publisher=World Othello Federation |url=https://www.worldothello.org/about/world-othello-championship/woc |accessdate=2020-03-14}}</ref>。2019年現在、世界オセロ選手権は世界オセロ連盟が主催している{{R|wof-woc}}。 |
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第1回大会は日本の[[東京]]で開催された{{R|wof-woc}}。また、10回、20回、30回、40回の記念大会はいずれも日本で開催されている{{R|wof-woc}}。記念大会は、第20回大会までは[[長谷川五郎]]が[[1970年]]頃に現在のオセロのパッケージを開発した東京で開催されていたが、既述の通り[[2000年]]頃から長谷川が「オセロの発祥は[[1945年]]に[[茨城県]][[水戸市]]で自身が考案した挟み碁である」と主張するようになったことを受け、三十(みと)の語呂合わせとなる2006年の第30回大会を機に、それ以降は水戸で開催されている<ref>{{Cite news |和書 |title=オセロ故郷・水戸へ帰る |newspaper=日本経済新聞 |date=2005-12-20 |page=44}}</ref>。また、[[2019年]]の第43回大会は、当初[[香港]]で開催予定だったが、[[2019年逃亡犯条例改正案|逃亡犯条例改正案]]をめぐる混乱を受け、急遽東京で開催された{{Efn|東京での開催は23年ぶり、日本での開催は3年ぶりである。}}。 |
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2019年時点の最多記録は、以下の通りである。 |
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* 個人優勝回数記録 |
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** 無差別部門 7回: 為則英司(日本)(1986, 1988-1990, 1995, 2005-2006) |
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** 女子部門 2回: 菅原美紗(日本)(2017-2018)、ジョアンナ・ウィリアム(オーストラリア)(2014, 2019) |
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** ユース部門 2回: 髙橋晃大(日本)(2017, 2019) |
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* 個人連覇記録 |
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** 無差別部門 3連覇: 為則英司(日本)(1988-1990) |
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** 女子部門 2連覇: 菅原美紗(日本)(2017-2018) |
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** ユース部門: なし |
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* 国別優勝回数記録 |
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** 無差別部門 32回: 日本 (1977-1979, 1981-1983, 1985-1991, 1994-1998, 2000, 2005-2007, 2009-2015, 2017-2019) |
|||
** 女子部門 6回: 日本 (2005-2007, 2009, 2017-2018) |
|||
** ユース部門 4回: 日本 (2016-2019) |
|||
** 団体部門 17回: 日本 (1999, 2003, 2005-2019) |
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* 国別連覇記録 |
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** 無差別部門 7連覇: 日本 (1985-1991, 2009-2015) |
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** 女子部門 3連覇: 日本 (2005-2007) |
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** ユース部門 4連覇: 日本 (2016-2019) |
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** 団体部門 15連覇: 日本 (2005-2019) |
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これまでの大会結果は以下の通り{{R|wof-woc}}<ref name="joa-champ">{{Cite web |title=歴代チャンピオン |publisher=日本オセロ連盟 |url=https://www.othello.gr.jp/data/champ.html |accessdate=2020-03-30}}</ref><ref name="nakazima-champions">{{Cite web |author=中島哲也 |title=オセロメジャー大会の歴代チャンピオン |website=Othello! JAPAN |url=http://www.othello.org/congrats/champions.html |accessdate=2020-03-23}}</ref>(国際大会で合計2回以上優勝した者に着色)。 |
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{| class="wikitable" style="font-size:small; margin:auto;" |
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|+ 歴代世界オセロ選手権 |
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! colspan=2 | 開催年 |
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! 開催地 |
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! 無差別部門優勝者 |
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! 無差別部門準優勝者 |
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! 女子部門優勝者 |
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! ユース部門優勝者 |
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! 団体部門優勝国 |
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|- |
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! {{Nowrap|第{{0}}1回}} !! {{Nowrap|1977年}} |
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! 1975年頃〜 |
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| {{Flagicon|JPN}} 東京 || {{Flagicon|JPN}} {{Bgcolor|#DCEDC8|井上博}} || {{Flagicon|NOR}} トーマス・ヘイベル || || || |
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| マグネットオセロ || 石がマグネット式で石ずれ防止になり、かつ盤が折り畳み可能。 |
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|- |
|- |
||
! 第{{0}}2回 !! 1978年 |
|||
! 1970年代後半〜 |
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| {{Flagicon|USA}} [[ニューヨーク]] || {{Flagicon|JPN}} {{Bgcolor|#FFCCBC|丸岡秀範}} || {{Flagicon|USA}} キャロル・ジェイコブズ || || || |
|||
| ベストオセロ、ナイスオセロ || 盤に石ケースを内蔵。2000年代にもマイナーチェンジあり。 |
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|- |
|- |
||
! 第{{0}}3回 !! 1979年 |
|||
! 1980年代前半〜 |
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| {{Flagicon|ITA}} [[ローマ]] || {{Flagicon|JPN}} {{Bgcolor|#DCEDC8|井上博}} || {{Flagicon|USA}} ジョナサン・サーフ || || || |
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| ビクトリーオセロ || マス目に立体ガイド付きで石がずれない入門用。 |
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! 第{{0}}4回 !! 1980年 |
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! 2000年代前半〜 |
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| {{Flagicon|GBR}} [[ロンドン]] || {{Flagicon|USA}} ジョナサン・サーフ || {{Flagicon|JPN}} 三村卓也 || || || |
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| 大回転オセロ || 盤に回転式の石を固定。発売当初は「オセロ極(きわめ)」と呼ばれていた。 |
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! 第{{0}}5回 !! 1981年 |
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| {{Flagicon|BEL}} [[ブリュッセル]] || {{Flagicon|JPN}} {{Bgcolor|#FFCCBC|丸岡秀範}} || {{Flagicon|USA}} ブライアン・ローズ || || || |
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! 第{{0}}6回 !! 1982年 |
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| {{Flagicon|SWE}} [[ストックホルム]] || {{Flagicon|JPN}} [[谷田邦彦]] || {{Flagicon|USA}} {{Bgcolor|#E0E0E0|デイビッド・シェイマン}} || || || |
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! 第{{0}}7回 !! 1983年 |
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| {{Flagicon|FRA}} [[パリ]] || {{Flagicon|JPN}} {{Bgcolor|#FFECB3|石井健一}} || {{Flagicon|GBR}} イムレ・リーダー || || || |
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! 第{{0}}8回 !! 1984年 |
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| {{Flagicon|AUS}} [[メルボルン]] || {{Flagicon|FRA}} ポール・ラル || {{Flagicon|JPN}} 谷口良一 || || || |
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! 第{{0}}9回 !! 1985年 |
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| {{Flagicon|GRC}} [[アテネ]] || {{Flagicon|JPN}} {{Bgcolor|#FFCDD2|[[瀧澤雅樹]]}} || {{Flagicon|ITA}} パオロ・ギラルダート || || || |
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! 第10回 !! 1986年 |
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| {{Flagicon|JPN}} 東京 || {{Flagicon|JPN}} {{Bgcolor|#A5D6A7|為則英司}} || {{Flagicon|FRA}} ポール・ラル || || || |
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! 第11回 !! 1987年 |
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| {{Flagicon|ITA}} [[ミラノ]] || {{Flagicon|JPN}} {{Bgcolor|#FFECB3|石井健一}} || {{Flagicon|FRA}} ポール・ラル || || || {{Flag|USA}} |
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! 第12回 !! 1988年 |
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| {{Flagicon|FRA}} パリ || {{Flagicon|JPN}} {{Bgcolor|#A5D6A7|為則英司}} || {{Flagicon|GBR}} グラハム・ブライトウェル || || || {{Flag|GBR}} |
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|- |
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! 第13回 !! 1989年 |
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| {{Flagicon|POL}} [[ワルシャワ]] || {{Flagicon|JPN}} {{Bgcolor|#A5D6A7|為則英司}} || {{Flagicon|GBR}} グラハム・ブライトウェル || || || {{Flagu|GBR}} |
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|- |
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! 第14回 !! 1990年 |
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| {{Flagicon|SWE}} ストックホルム || {{Flagicon|JPN}} {{Bgcolor|#A5D6A7|為則英司}} || {{Flagicon|FRA}} ディディエ・ピオ || || || {{Flag|FRA}} |
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|- |
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! 第15回 !! 1991年 |
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| {{Flagicon|USA}} ニューヨーク || {{Flagicon|JPN}} 金田繁 || {{Flagicon|FRA}} ポール・ラル || || || {{Flagu|USA}} |
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! 第16回 !! 1992年 |
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| {{Flagicon|ESP}} [[バルセロナ]] || {{Flagicon|FRA}} マルク・タステ || {{Flagicon|USA}} {{Bgcolor|#E0E0E0|デイビッド・シェイマン}} || || || {{Flagu|GBR}} |
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|- |
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! 第17回 !! 1993年 |
|||
| {{Flagicon|GBR}} [[ロンドン]] || {{Flagicon|USA}} {{Bgcolor|#E0E0E0|デイビッド・シェイマン}} || {{Flagicon|FRA}} エマニュエル・カスパール || || || {{Flagu|USA}} |
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|- |
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! 第18回 !! 1994年 |
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| {{Flagicon|FRA}} パリ || {{Flagicon|JPN}} {{Bgcolor|#FFCDD2|瀧澤雅樹}} || {{Flagicon|DEN}} カーステン・フェルボー || || || {{Flagu|FRA}} |
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! 第19回 !! 1995年 |
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| {{Flagicon|AUS}} メルボルン || {{Flagicon|JPN}} {{Bgcolor|#A5D6A7|為則英司}} || {{Flagicon|USA}} {{Bgcolor|#E0E0E0|デイビッド・シェイマン}} || || || {{Flagu|USA}} |
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|- |
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! 第20回 !! 1996年 |
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| {{Flagicon|JPN}} 東京 || {{Flagicon|JPN}} {{Bgcolor|#B3E5FC|[[村上健]]}} || {{Flagicon|FRA}} ステファン・ニコレ || || || {{Flagu|GBR}} |
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|- |
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! 第21回 !! 1997年 |
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| {{Flagicon|GRC}} アテネ || {{Flagicon|JPN}} {{Bgcolor|#FFF9C4|末國誠}}{{Efn|name=same-makoto|末國誠とマコト・スエクニは同一人物。}} || {{Flagicon|GBR}} グラハム・ブライトウェル || || || {{Flagu|GBR}} |
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|- |
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! 第22回 !! 1998年 |
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| {{Flagicon|ESP}} バルセロナ || {{Flagicon|JPN}} {{Bgcolor|#B3E5FC|村上健}} || {{Flagicon|FRA}} エマニュエル・カスパール || || || {{Flagu|FRA}} |
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|- |
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! 第23回 !! 1999年 |
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| {{Flagicon|ITA}} ミラノ || {{Flagicon|NLD}} {{Bgcolor|#E0E0E0|デイビッド・シェイマン}} || {{Flagicon|JPN}} 中島哲也 || || || {{Flag|JPN}} |
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|- |
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! 第24回 !! 2000年 |
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| {{Flagicon|DNK}} [[コペンハーゲン]] || {{Flagicon|JPN}} {{Bgcolor|#B3E5FC|村上健}} || {{Flagicon|USA}} ブライアン・ローズ || || || {{Flagu|USA}} |
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! 第25回 !! 2001年 |
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| {{Flagicon|USA}} ニューヨーク || {{Flagicon|USA}} ブライアン・ローズ || {{Flagicon|USA}} ラファエル・シュライバー || || || {{Flagu|USA}} |
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|- |
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! 第26回 !! 2002年 |
|||
| {{Flagicon|NLD}} [[アムステルダム]] || {{Flagicon|NLD}} {{Bgcolor|#E0E0E0|デイビッド・シェイマン}} || {{Flagicon|USA}} {{Bgcolor|#E1BEE7|ベン・シーリー}} || || || {{Flagu|USA}} |
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! 第27回 !! 2003年 |
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| {{Flagicon|SWE}} ストックホルム || {{Flagicon|USA}} {{Bgcolor|#E1BEE7|ベン・シーリー}} || {{Flagicon|JPN}} {{Bgcolor|#FFF9C4|末國誠}}{{Efn|name=same-makoto}} || || || {{Flagu|JPN}} |
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|- |
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! 第28回 !! 2004年 |
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| {{Flagicon|GBR}} ロンドン || {{Flagicon|USA}} {{Bgcolor|#E1BEE7|ベン・シーリー}} || {{Flagicon|JPN}} {{Bgcolor|#FFF9C4" |末國誠}}{{Efn|name=same-makoto}} || || || {{Flagu|USA}} |
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|- |
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! 第29回 !! 2005年 |
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| {{Flagicon|ISL}} [[レイキャヴィーク]] || {{Flagicon|JPN}} {{Bgcolor|#A5D6A7|為則英司}} || {{Flagicon|KOR}} イ・クァンウク || {{Flagicon|JPN}} 星央子{{Efn|name=same-hisako|木下央子と星央子は同一人物。}} || || {{Flagu|JPN}} |
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! 第30回 !! 2006年 |
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| {{Flagicon|JPN}} 水戸 || {{Flagicon|JPN}} {{Bgcolor|#A5D6A7|為則英司}} || {{Flagicon|SIN}} {{Bgcolor|#FFF9C4|マコト・スエクニ}}{{Efn|name=same-makoto}} || {{Flagicon|JPN}} 辻淑美{{Efn|name=same-tosimi|高野淑美と辻淑美は同一人物。}} || || {{Flagu|JPN}} |
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|- |
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! 第31回 !! 2007年 |
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| {{Flagicon|GRC}} アテネ || {{Flagicon|JPN}} 冨永健太 || {{Flagicon|FRA}} ステファン・ニコレ || {{Flagicon|JPN}} 龍見有希子 || || {{Flagu|JPN}} |
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|- |
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! 第32回 !! 2008年 |
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| {{Flagicon|NOR}} [[オスロ]] || {{Flagicon|ITA}} ミケーレ・ボラッシ || {{Flagicon|JPN}} 宮岡環 || {{Flagicon|GER}} リーヤー・イェー || || {{Flagu|JPN}} |
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|- |
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! 第33回 !! 2009年 |
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| {{Flagicon|BEL}} [[ヘント]] || {{Flagicon|JPN}} {{Bgcolor|#B2EBF2|高梨悠介}} || {{Flagicon|GER}} マティアス・ベルク || {{Flagicon|JPN}} 浦島芽衣 || || {{Flagu|JPN}} |
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|- |
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! 第34回 !! 2010年 |
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| {{Flagicon|ITA}} ローマ || {{Flagicon|JPN}} {{Bgcolor|#B2EBF2|高梨悠介}} || {{Flagicon|ITA}} ミケーレ・ボラッシ || {{Flagicon|NLD}} イェスカ・ヘルメス || || {{Flagu|JPN}} |
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|- |
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! 第35回 !! 2011年 |
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| {{Flagicon|USA}} [[ニューアーク]] || {{Flagicon|JPN}} 信川紘輝 || {{Flagicon|THA}} ピヤナット・アンチュリー || {{Flagicon|USA}} チエン・ツァイ || || {{Flagu|JPN}} |
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! 第36回 !! 2012年 |
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| {{Flagicon|NLD}} [[レーワルデン]] || {{Flagicon|JPN}} {{Bgcolor|#B2EBF2|高梨悠介}} || {{Flagicon|JPN}} 岡本一樹 || {{Flagicon|SWE}} ベロニカ・ステンベリ || || {{Flagu|JPN}} |
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|- |
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! 第37回 !! 2013年 |
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| {{Flagicon|SWE}} ストックホルム || {{Flagicon|JPN}} 岡本一樹 || {{Flagicon|THA}} ピヤナット・アンチュリー || {{Flagicon|FIN}} ケイティ・ウー || || {{Flagu|JPN}} |
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|- |
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! 第38回 !! 2014年 |
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| {{Flagicon|THA}} [[バンコク]] || {{Flagicon|JPN}} {{Bgcolor|#FFF9C4|末國誠}}{{Efn|name=same-makoto}} || {{Flagicon|USA}} {{Bgcolor|#E1BEE7|ベン・シーリー}} || {{Flagicon|AUS}} {{Bgcolor|#FFF59D|ジョアンナ・ウィリアム}} || || {{Flagu|JPN}} |
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|- |
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! 第39回 !! 2015年 |
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| {{Flagicon|GBR}} [[ケンブリッジ]] || {{Flagicon|JPN}} {{Bgcolor|#B2EBF2|高梨悠介}} || {{Flagicon|JPN}} {{Bgcolor|#FFF9C4|末國誠}}{{Efn|name=same-makoto}} || {{Flagicon|USA}} ヨーコ・サノ{{Efn|name=same-yoko|佐野洋子とヨーコ・サノは同一人物。}} || || {{Flagu|JPN}} |
|||
|- |
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! 第40回 !! 2016年 |
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| {{Flagicon|JPN}} 水戸 || {{Flagicon|THA}} ピヤナット・アンチュリー || {{Flagicon|CHN}} イェン・ソン || {{Flagicon|CHN}} {{Bgcolor|#F8BBD0|チェン・トン}} || {{Flagicon|JPN}} 和田真幹 || {{Flagu|JPN}} |
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|- |
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! 第41回 !! 2017年 |
|||
| {{Flagicon|BEL}} ヘント || {{Flagicon|JPN}} {{Bgcolor|#B2EBF2|高梨悠介}} || {{Flagicon|JPN}} {{Bgcolor|#FFAB91|[[高橋晃大|髙橋晃大]]}} || {{Flagicon|JPN}} {{Bgcolor|#C5CAE9|菅原美紗}} || {{Flagicon|JPN}} {{Bgcolor|#FFAB91|髙橋晃大}} || {{Flagu|JPN}} |
|||
|- |
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! 第42回 !! 2018年 |
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| {{Flagicon|CZE}} [[プラハ]] || {{Flagicon|JPN}} {{Bgcolor|#C5E1A5|福地啓介}} || {{Flagicon|THA}} ピヤナット・アンチュリー || {{Flagicon|JPN}} {{Bgcolor|#C5CAE9|菅原美紗}} || {{Flagicon|JPN}} {{Bgcolor|#C5E1A5|福地啓介}} || {{Flagu|JPN}} |
|||
|- |
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! 第43回 !! 2019年 |
|||
| {{Flagicon|JPN}} 東京 || {{Flagicon|JPN}} {{Bgcolor|#FFAB91|髙橋晃大}} || {{Flagicon|JPN}} {{Bgcolor|#B2EBF2|高梨悠介}} || {{Flagicon|AUS}} {{Bgcolor|#FFF59D|ジョアンナ・ウィリアム}} || {{Flagicon|JPN}} {{Bgcolor|#FFAB91|髙橋晃大}} || {{Flagu|JPN}} |
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|} |
|} |
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=== オセロワールドカップ === |
|||
また、[[視覚障害者]]向けに触って石を識別できたり、[[指]]の障害などで石をつまめない人が盤と一体化した石を回したりして楽しめるタイプ(上表の「大回転オセロ」もこれに該当する)も開発・発売されている<ref>[https://www.nikkei.com/article/DGKKZO38428140R01C18A2CR0000/ 【モノごころ ヒト語り】オセロ 誰もが楽しむ工夫で進化]『日本経済新聞』夕刊2018年12月1日(社会・スポーツ面)2018年12月3日閲覧。</ref>。 |
|||
'''オセロワールドカップ''' (Othello World Cup) は、オセロの発売40周年を記念し、世界オセロ選手権と並ぶもう一つの世界大会として日本オセロ連盟と[[ニッポン放送]]の主催で[[2013年]]に始まり、[[2014年]]まで開催された<ref name="megahouse-owc">{{Cite web |title=オセロワールドカップ2013 東京ソラマチにて開催! |website=メガトイ |publisher=メガハウス |url=https://www.megahouse.co.jp/megatoy/contents/20130111_owc/ |accessdate=2020-03-30}}</ref><ref>{{Cite web |title=owc2014、優勝は中国のSong Yan選手! |work=ニュース&トピックス |publisher=日本オセロ連盟 |date=2014-01-17 |url=https://www.othello.gr.jp/ps3/o40.html |accessdate=2020-03-14}}</ref><ref>{{Cite web |title=owc2014、全日程を終了 |work=ニュース&トピックス |publisher=日本オセロ連盟 |date=2014-01-19 |url=https://www.othello.gr.jp/ps3/o41.html |accessdate=2020-03-14}}</ref>。通常のオセロ以外にも、10×10の盤面を用いるグランドオセロ、八角形の盤面を用いるエイトスターズオセロも競技種目となっていた{{R|megahouse-owc}}。このほか、オセロ開発者の長谷川五郎が新たに開発した全く別のゲームである[[ミラクルファイブ]]の大会も併せて開催された{{R|megahouse-owc}}。 |
|||
これまでの大会結果は以下の通り{{R|joa-champ}}{{R|nakazima-champions}}(国際大会で合計2回以上優勝した者に着色)。 |
|||
=== オセロ用具を用いた派生ゲーム === |
|||
現在は[[コンピュータゲーム]]や[[スマートフォン]]ゲームが全盛の中、[[アナログゲーム]]の売上は減少しており、オセロもその例外ではない。アナログのボードゲーム販売強化手法の一つとして、オセロと他の家庭用ボードゲームを一緒にして販売されるケースも多い。この場合、オセロ石を活用して様々なバリエーションの派生ゲームが追加されるケースもある。例として、オセロの石を使って、マス目の少ない[[囲碁]]、[[おはじき]]、[[積木]]崩し、[[トランプ]]のチップ等で遊ぶケースがある。もっとも、日本オセロ連盟が公式にルールを定めているものではない。 |
|||
{| class="wikitable" style="font-size:small; margin:auto;" |
|||
== 大会 == |
|||
|+ 歴代オセロワールドカップ |
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[[画像:Deskohraní 2008 0037.jpg|thumb|オセロ大会の様子]] |
|||
! colspan=2 | 開催年 |
|||
主要なオセロ大会としては、世界大会の世界オセロ選手権([[1977年]] - )、オセロワールドカップ([[2013年]] - [[2014年]])、日本大会の全日本オセロ選手権([[1973年]] - )、オセロ名人戦([[1980年]] - )、オセロ王座戦([[2006年]] - )などが挙げられる<ref>[http://www.othello.gr.jp/data/champ.html 日本オセロ連盟HP 歴代世界チャンピオン一覧]</ref>。このほか、各地で非公式なものも含めて多くの大会が開催されている。 |
|||
! 開催地 |
|||
! 無差別部門優勝者 |
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! 無差別部門準優勝者 |
|||
! 女子部門優勝者 |
|||
! グランドオセロ部門優勝者 |
|||
! エイトスターズオセロ部門優勝者 |
|||
|- |
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! {{Nowrap|第1回}} !! {{Nowrap|2013年}} |
|||
| {{Flagicon|JPN}} 東京 || {{Flagicon|JPN}} 伊藤純哉 || {{Flagicon|JPN}} 岡本一樹 || {{Flagicon|IDN}} {{Bgcolor|#FFF59D|ジョアンナ・ウィリアム}} || {{Flagicon|AUS}} マット・ビナー || {{Flagicon|JPN}} 中島哲也 |
|||
|- |
|||
! 第2回 !! 2014年 |
|||
| {{Flagicon|SIN}} [[シンガポール]] || {{Flagicon|CHN}} イェン・ソン || {{Flagicon|JPN}} 冨永健太 || {{Flagicon|HKG}} {{Bgcolor|#F8BBD0|チェン・トン}} || {{Flagicon|JPN}} {{Bgcolor|#B2EBF2|高梨悠介}} || {{Flagicon|JPN}} 山川高志 |
|||
|} |
|||
=== |
=== オセロ日本国内タイトル === |
||
オセロの大会の歴史は、[[1973年]]の'''全日本オセロ選手権'''から始まった{{Sfn|長谷川五郎|2011}}。その後、日本では'''オセロ名人戦'''と'''オセロ王座戦'''が新設され、三大タイトルとされている<ref>{{Cite web |author=長谷川五郎 |title=第2期オセロ王座戦総評 |work=連盟からのお知らせ |publisher=日本オセロ連盟 |date=2007-11-02 |url=https://www.othello.gr.jp/ps4/231.html |accessdate=2020-03-23}}</ref>。 |
|||
世界オセロ選手権 (World Othello Championship) はアメリカ合衆国でオセロが発売された1977年に始まった。第1回大会は日本の[[東京都]]で開催された。また、10回、20回、30回、40回の記念大会はいずれも日本で開催されている。記念大会は、第20回大会までは[[長谷川五郎]]が[[1970年]]頃に現在のオセロのパッケージを開発した東京で開催されていたが、既述の通り[[2000年]]頃から長谷川が「オセロの発祥は[[1945年]]に[[茨城県]][[水戸市]]で自身が考案した挟み碁である」と主張するようになったことを受け、三十(みと)の語呂合わせとなる[[2006年]]の第30回大会を機に、それ以降は水戸で開催されている<ref>2005年12月20日『日本経済新聞』朝刊44P記事「オセロ故郷・水戸へ帰る」</ref>。なお、水戸市はこれ以降「オセロ発祥の地」を名乗っている。 |
|||
これまでの大会結果は以下の通り{{R|joa-champ}}{{R|nakazima-champions}}(国際大会・日本国内大会で合計4回以上優勝した者に着色)。 |
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また、2019年の第43回大会は、当初[[香港]]で開催予定だったが、[[2019年逃亡犯条例改正案|逃亡犯条例改正案]]をめぐる混乱を受け、急遽東京で開催された<ref>日本での開催は3年ぶり、東京での開催は23年ぶりである。</ref>。 |
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{{Columns-start}} |
|||
個人の優勝回数は、2019年時点で為則英司(日本)の7回が最多である。国別の優勝回数は、2019年時点で日本が個人戦で32回、団体戦で17回を数え、いずれも世界最多である。 |
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{| class=" |
{| class="wikitable" style="font-size:small; margin:auto;" |
||
|+ 歴代オセロ日本国内タイトル保持者(男子) |
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! colspan=2|開催年 |
|||
! 開催 |
! 開催年 |
||
! 全日本選手権者 |
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! 世界チャンピオン |
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! 名人 |
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! 団体戦優勝国 |
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! 王座 |
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|- |
|- |
||
! {{Nowrap|1973年}} |
|||
| 第{{Display none|0}}1回|| {{nowrap|1977年}} || {{flagicon|JPN}} 東京|| {{flagicon|JPN}} 井上博 ||(未実施) |
|||
| 辻嘉一郎 || || |
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|- |
|- |
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! 1974年 |
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| 第{{Display none|0}}2回|| 1978年 || {{flagicon|USA}} ニューヨーク || {{flagicon|JPN}} 丸岡秀範 ||(未実施) |
|||
| 笠原孝一 || || |
|||
|- |
|- |
||
! 1975年 |
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| 第{{Display none|0}}3回|| 1979年 || {{flagicon|ITA}} ローマ || {{flagicon|JPN}} 井上博 ||(未実施) |
|||
| 山崎明 || || |
|||
|- |
|- |
||
! 1976年 |
|||
| 第{{Display none|0}}4回|| 1980年 || {{flagicon|GBR}} ロンドン || {{flagicon|USA}} ジョナサン・サーフ ||(未実施) |
|||
| 藤田二三夫 || || |
|||
|- |
|- |
||
! 1977年 |
|||
| 第{{Display none|0}}5回|| 1981年 ||{{flagicon|BEL}} ブリュッセル|| {{flagicon|JPN}} 丸岡秀範 ||(未実施) |
|||
| {{Bgcolor|#DCEDC8|井上博}} || || |
|||
|- |
|- |
||
! 1978年 |
|||
| 第{{Display none|0}}6回|| 1982年 || {{flagicon|SWE}} ストックホルム || {{flagicon|JPN}} [[谷田邦彦]]|| (未実施) |
|||
| {{Bgcolor|#FFCCBC|丸岡秀範}} || || |
|||
|- |
|- |
||
! 1979年 |
|||
| 第{{Display none|0}}7回|| 1983年 || {{flagicon|FRA}} パリ || {{flagicon|JPN}} 石井健一 || (未実施) |
|||
| {{Bgcolor|#DCEDC8|井上博}} || || |
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|- |
|- |
||
! 1980年 |
|||
| 第{{Display none|0}}8回|| 1984年 || {{flagicon|AUS}} メルボルン || {{flagicon|FRA}} ポール・ラル || (未実施) |
|||
| 三村卓也 || 河村末告 || |
|||
|- |
|- |
||
! 1981年 |
|||
|第{{Display none|0}}9回|| 1985年 ||{{flagicon|GRC}} アテネ|| {{flagicon|JPN}} [[瀧澤雅樹|滝沢雅樹]] || (未実施) |
|||
| {{Bgcolor|#FFCCBC|丸岡秀範}} || 河村末告 || |
|||
|- |
|- |
||
! 1982年 |
|||
| {{nowrap|第10回}}|| 1986年 || {{flagicon|JPN}} 東京|| {{flagicon|JPN}} 為則英司 || (未実施) |
|||
| 谷田邦彦 || 河村末告 || |
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|- |
|- |
||
! 1983年 |
|||
| 第11回|| 1987年 || {{flagicon|ITA}} ミラノ|| {{flagicon|JPN}} 石井健一|| {{USA}} |
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| {{Bgcolor|#FFECB3|石井健一}} || 長谷川武 || |
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|- |
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! 1984年 |
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| 第12回|| 1988年 || {{flagicon|FRA}} パリ||{{flagicon|JPN}} 為則英司 || {{GBR}} |
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| 谷口良一 || {{Bgcolor|#FFECB3|石井健一}} || |
|||
|- |
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! 1985年 |
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| 第13回|| 1989年 ||{{flagicon|POL}} ワルシャワ||{{flagicon|JPN}} 為則英司 ||{{GBR}} |
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| {{Bgcolor|#FFCDD2|瀧澤雅樹}} || {{Bgcolor|#FFECB3|石井健一}} || |
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! 1986年 |
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| 第14回|| 1990年 || {{flagicon|SWE}} ストックホルム || {{flagicon|JPN}} 為則英司 || {{FRA}} |
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| {{Bgcolor|#A5D6A7|為則英司}} || {{Bgcolor|#FFECB3|石井健一}} || |
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|- |
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! 1987年 |
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| 第15回|| 1991年 || {{flagicon|USA}} ニューヨーク || {{flagicon|JPN}} 金田繁 || {{USA}} |
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| {{Bgcolor|#FFECB3|石井健一}} || 瀧澤信行 || |
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|- |
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! 1988年 |
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| 第16回|| 1992年 || {{flagicon|ESP}} バルセロナ|| {{flagicon|FRA}} マーク・タステ ||{{GBR}} |
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| {{Bgcolor|#A5D6A7|為則英司}} || {{Bgcolor|#A5D6A7|為則英司}} || |
|||
|- |
|- |
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! 1989年 |
|||
| 第17回|| 1993年 || {{flagicon|GBR}} ロンドン|| {{flagicon|USA}} デビッド・シェイマン|| {{USA}} |
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| {{Bgcolor|#A5D6A7|為則英司}} || {{Bgcolor|#A5D6A7|為則英司}} || |
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|- |
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! 1990年 |
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| 第18回|| 1994年 || {{flagicon|FRA}} パリ|| {{flagicon|JPN}} 滝沢雅樹 ||{{FRA}} |
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| {{Bgcolor|#A5D6A7|為則英司}} || {{Bgcolor|#A5D6A7|為則英司}} || |
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|- |
|- |
||
! 1991年 |
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| 第19回|| 1995年 || {{flagicon|AUS}} メルボルン|| {{flagicon|JPN}} 為則英司 || {{USA}} |
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| 金田繁 || 手塚博久 || |
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|- |
|- |
||
! 1992年 |
|||
| 第20回|| 1996年 || {{flagicon|JPN}} 東京|| {{flagicon|JPN}} [[村上健]] || {{GBR}} |
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| {{Bgcolor|#E0E0E0|坂口和大}} || 手塚博久 || |
|||
|- |
|- |
||
! 1993年 |
|||
| 第21回|| 1997年 || {{flagicon|GRC}} アテネ || {{flagicon|JPN}} 末國誠 || {{GBR}} |
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| 瀧澤信行 || {{Bgcolor|#FFF9C4|末國誠}}{{Efn|name=same-makoto}} || |
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|- |
|- |
||
! 1994年 |
|||
| 第22回|| 1998年 || {{flagicon|ESP}} バルセロナ|| {{flagicon|JPN}} 村上健 || {{FRA}} |
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| {{Bgcolor|#FFCDD2|瀧澤雅樹}} || {{Bgcolor|#FFF9C4|末國誠}}{{Efn|name=same-makoto}} || |
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|- |
|- |
||
! 1995年 |
|||
| 第23回|| 1999年 || {{flagicon|ITA}} ミラノ || {{flagicon|NLD}} デビッド・シェイマン ||{{JPN}} |
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| {{Bgcolor|#A5D6A7|為則英司}} || {{Bgcolor|#E0E0E0|坂口和大}} || |
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|- |
|- |
||
! 1996年 |
|||
| 第24回|| 2000年 || {{flagicon|DNK}} コペンハーゲン|| {{flagicon|JPN}} 村上健 || {{USA}} |
|||
| {{Bgcolor|#B3E5FC|村上健}} || {{Bgcolor|#FFCDD2|瀧澤雅樹}} || |
|||
|- |
|- |
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! 1997年 |
|||
| 第25回|| 2001年 || {{flagicon|USA}} ニューヨーク || {{flagicon|USA}} ブライアン・ローズ ||{{USA}} |
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| {{Bgcolor|#FFF9C4|末國誠}}{{Efn|name=same-makoto}} || {{Bgcolor|#E1BEE7|中島哲也}} || |
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|- |
|- |
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! 1998年 |
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| 第26回|| 2002年 ||{{flagicon|NLD}} アムステルダム|| {{flagicon|NLD}} デビッド・シェイマン ||{{USA}} |
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| {{Bgcolor|#B3E5FC|村上健}} || {{Bgcolor|#E1BEE7|中島哲也}} || |
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|- |
|- |
||
! 1999年 |
|||
| 第27回|| 2003年 || {{flagicon|SWE}} ストックホルム || {{flagicon|USA}} ベン・シーリー||{{JPN}} |
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| {{Bgcolor|#DEB887|冨永健太}} || {{Bgcolor|#DEB887|冨永健太}} || |
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|- |
|- |
||
! 2000年 |
|||
| 第28回|| 2004年 || {{flagicon|GBR}} ロンドン|| {{flagicon|USA}} ベン・シーリー||{{USA}} |
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| {{Bgcolor|#E0E0E0|坂口和大}} || {{Bgcolor|#E0E0E0|坂口和大}} || |
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|- |
|- |
||
! 2001年 |
|||
| 第29回|| 2005年 || {{flagicon|ISL}} レイキャビック|| {{flagicon|JPN}} 為則英司 ||{{JPN}} |
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| {{Bgcolor|#E0E0E0|坂口和大}} || {{Bgcolor|#B3E5FC|村上健}} || |
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|- |
|- |
||
! 2002年 |
|||
| 第30回|| 2006年 || {{flagicon|JPN}} 水戸|| {{flagicon|JPN}} 為則英司 ||{{JPN}} |
|||
| 駒野達也 || 北島秀樹 || |
|||
|- |
|- |
||
! 2003年 |
|||
| 第31回|| 2007年 || {{flagicon|GRC}} アテネ || {{flagicon|JPN}} 冨永健太 ||{{JPN}} |
|||
| 後藤宏 || {{Bgcolor|#FFF9C4|末國誠}}{{Efn|name=same-makoto}} || |
|||
|- |
|- |
||
! 2004年 |
|||
| 第32回|| 2008年 || {{flagicon|NOR}} オスロ|| {{flagicon|ITA}} ミケーレ・ボラッシ ||{{JPN}} |
|||
| {{Bgcolor|#A5D6A7|為則英司}} || {{Bgcolor|#FFF9C4|末國誠}}{{Efn|name=same-makoto}} || |
|||
|- |
|- |
||
! 2005年 |
|||
| 第33回|| 2009年 || {{flagicon|BEL}} ゲント || {{flagicon|JPN}} 高梨悠介 ||{{JPN}} |
|||
| {{Bgcolor|#A5D6A7|為則英司}} || 宮岡環 || |
|||
|- |
|- |
||
! 2006年 |
|||
| 第34回|| 2010年 || {{flagicon|ITA}} ローマ|| {{flagicon|JPN}} 高梨悠介 ||{{JPN}} |
|||
| {{Bgcolor|#E1BEE7|中島哲也}} || {{Bgcolor|#E1BEE7|中島哲也}} || {{Bgcolor|#A5D6A7|為則英司}} |
|||
|- |
|- |
||
! 2007年 |
|||
| 第35回|| 2011年 || {{flagicon|USA}} ニューアーク|| {{flagicon|JPN}} 信川紘輝 ||{{JPN}} |
|||
| 大野友弘 || {{Bgcolor|#DEB887|冨永健太}} || {{Bgcolor|#E1BEE7|中島哲也}} |
|||
|- |
|- |
||
! 2008年 |
|||
| 第36回|| 2012年 || {{flagicon|NLD}} レーワールデン|| {{flagicon|JPN}} 高梨悠介 ||{{JPN}} |
|||
| 飯島隆宗 || 宮岡環 || {{Bgcolor|#FFCDD2|瀧澤雅樹}} |
|||
|- |
|- |
||
! 2009年 |
|||
| 第37回|| 2013年 ||{{flagicon|SWE}} ストックホルム || {{flagicon|JPN}} 岡本一樹||{{JPN}} |
|||
| {{Bgcolor|#FFCDD2|瀧澤雅樹}} || {{Bgcolor|#B2EBF2|高梨悠介}} || {{Bgcolor|#C8E6C9|岡本一樹}} |
|||
|- |
|- |
||
! 2010年 |
|||
| 第38回|| 2014年 || {{flagicon|THA}} バンコク || {{flagicon|JPN}} 末國誠||{{JPN}} |
|||
| 佐々木惣平 || {{Bgcolor|#B2EBF2|高梨悠介}} || {{Bgcolor|#FFCDD2|瀧澤雅樹}} |
|||
|- |
|- |
||
! 2011年 |
|||
| 第39回|| 2015年 || {{flagicon|GBR}} ケンブリッジ|| {{flagicon|JPN}} 高梨悠介 ||{{JPN}} |
|||
| {{Bgcolor|#C8E6C9|岡本一樹}} || 信川紘輝 || 戸田智也 |
|||
|- |
|- |
||
! 2012年 |
|||
| 第40回|| 2016年 || {{flagicon|JPN}} 水戸|| {{flagicon|THA}} ピヤナット・アンチュリー ||{{JPN}} |
|||
| {{Bgcolor|#B2EBF2|高梨悠介}} || {{Bgcolor|#C8E6C9|岡本一樹}} || 栗田誠矢 |
|||
|- |
|- |
||
! 2013年 |
|||
| 第41回|| 2017年 || {{flagicon|BEL}} ゲント|| {{flagicon|JPN}} 高梨悠介 ||{{JPN}} |
|||
| 宮崎裕司 || {{Bgcolor|#C8E6C9|岡本一樹}} || 山川高志 |
|||
|- |
|- |
||
! 2014年 |
|||
| 第42回|| 2018年 || {{flagicon|CZE}} プラハ|| {{flagicon|JPN}} 福地啓介 ||{{JPN}} |
|||
| {{Bgcolor|#C8E6C9|岡本一樹}} || {{Bgcolor|#FFF9C4|末國誠}}{{Efn|name=same-makoto}} || {{Bgcolor|#FFF9C4|末國誠}}{{Efn|name=same-makoto}} |
|||
|- |
|- |
||
! 2015年 |
|||
| 第43回|| 2019年 || {{flagicon|JPN}} 東京|| {{flagicon|JPN}} 髙橋晃大 || {{JPN}} |
|||
| {{Bgcolor|#FFF9C4|末國誠}}{{Efn|name=same-makoto}} || {{Bgcolor|#B2EBF2|高梨悠介}} || {{Bgcolor|#B2EBF2|高梨悠介}} |
|||
|- |
|||
! 2016年 |
|||
| 長野泰志 || 笠井雅也 || {{Bgcolor|#B2EBF2|高梨悠介}} |
|||
|- |
|||
! 2017年 |
|||
| 栗田誠矢 || {{Bgcolor|#B2EBF2|高梨悠介}} || 福永小鉢 |
|||
|- |
|||
! 2018年 |
|||
| 土屋正太郎 || 清水直希 || {{Bgcolor|#B2EBF2|高梨悠介}} |
|||
|- |
|||
! 2019年 |
|||
| {{Bgcolor|#B2EBF2|高梨悠介}} || {{Bgcolor|#FFAB91|髙橋晃大}} || {{Bgcolor|#FFAB91|髙橋晃大}} |
|||
|} |
|} |
||
{{Column}} |
|||
== 戦術 == |
|||
オセロには様々な戦術が知られている。これらの戦術のほとんどはオセロのパッケージを開発した[[長谷川五郎]]によって整備された。ここでは、標準的な戦術書でよく解説される概念を説明することで、オセロ戦術の全体像を概観する。 |
|||
{| class="wikitable" style="font-size:small; margin:auto;" |
|||
=== 定石 === |
|||
|+ 歴代オセロ日本国内タイトル保持者(女子) |
|||
オセロの序盤の進行は、双方がある程度の実力を有していれば、考えられる手が限られており、いくつかの決まったパターンに分類することができる<ref name="strategy">長谷川五郎『オセロの打ち方』講談社、1981年。 長谷川五郎『オセロの勝ち方』河出書房新社、2006年。村上健『強くなるオセロ』ナツメ社、2011年。井上博『逆転の発見』ネコ・パブリッシング、1992年。</ref>。これを「'''[[定石]]'''」という。上級者同士の対局では、基本的な定石を双方が覚えたうえで、細かい駆け引きを行いながら序盤が進行する。 |
|||
! 開催年 |
|||
! 全日本女子選手権者 |
|||
! 女流名人 |
|||
! 女流王座 |
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|- |
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! {{Nowrap|1973年}} |
|||
| 篠崎幸子 || || |
|||
|- |
|||
! 1974年 |
|||
| 鈴木富美子 || || |
|||
|- |
|||
! 1975年 |
|||
| 水谷孝美 || || |
|||
|- |
|||
! 1976年 |
|||
| 大山恵理子 || || |
|||
|- |
|||
! 1977年 |
|||
| 水谷美貴子 || || |
|||
|- |
|||
! 1978年 |
|||
| 石井恵美子 || || |
|||
|- |
|||
! 1979年 |
|||
| 玉家美樹 || || |
|||
|- |
|||
! 1980年 |
|||
| 国枝交子 || || |
|||
|- |
|||
! 1981年 |
|||
| 大橋公江 || || |
|||
|- |
|||
! 1982年 |
|||
| 大寿美里香 || || |
|||
|- |
|||
! 1983年 |
|||
| 堀内恵子 || || |
|||
|- |
|||
! 1984年 |
|||
| 松井琴子 || || |
|||
|- |
|||
! 1985年 |
|||
| 松井琴子 || || |
|||
|- |
|||
! 1986年 |
|||
| 田中美由紀{{Efn|name=same-miyuki|田中美由紀と佐藤美由紀は同一人物。}} || || |
|||
|- |
|||
! 1987年 |
|||
| 玉家美樹 || || |
|||
|- |
|||
! 1988年 |
|||
| 佐藤美由紀{{Efn|name=same-miyuki}} || || |
|||
|- |
|||
! 1989年 |
|||
| 渡邊あずさ || || |
|||
|- |
|||
! 1990年 |
|||
| 石井まさみ || || |
|||
|- |
|||
! 1991年 |
|||
| 渡邊あずさ || || |
|||
|- |
|||
! 1992年 |
|||
| 渡邊あずさ || || |
|||
|- |
|||
! 1993年 |
|||
| 大柳真咲 || || |
|||
|- |
|||
! 1994年 |
|||
| {{Bgcolor|#F8BBD0|山中真美}} || || |
|||
|- |
|||
! 1995年 |
|||
| {{Bgcolor|#F8BBD0|山中真美}} || || |
|||
|- |
|||
! 1996年 |
|||
| 大柳真咲 || || |
|||
|- |
|||
! 1997年 |
|||
| 杉山暁美 || || |
|||
|- |
|||
! 1998年 |
|||
| {{Bgcolor|#BBDEFB|佐野洋子}}{{Efn|name=same-yoko}} || || |
|||
|- |
|||
! 1999年 |
|||
| {{Bgcolor|#BBDEFB|佐野洋子}}{{Efn|name=same-yoko}} || || |
|||
|- |
|||
! 2000年 |
|||
| {{Bgcolor|#F8BBD0|山中真美}} || || |
|||
|- |
|||
! 2001年 |
|||
| 玉家琴江 || || |
|||
|- |
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! 2002年 |
|||
| {{Bgcolor|#FFE0B2|木下央子}}{{Efn|name=same-hisako}} || 大柳真咲 || |
|||
|- |
|||
! 2003年 |
|||
| {{Bgcolor|#D1C4E9|高野淑美}}{{Efn|name=same-tosimi}} || {{Bgcolor|#F8BBD0|山中真美}} || |
|||
|- |
|||
! 2004年 |
|||
| {{Bgcolor|#FFE0B2|木下央子}}{{Efn|name=same-hisako}} || {{Bgcolor|#BBDEFB|佐野洋子}}{{Efn|name=same-yoko}} || |
|||
|- |
|||
! 2005年 |
|||
| {{Bgcolor|#F8BBD0|山中真美}}、須藤麻依 || {{Bgcolor|#FFE0B2|木下央子}}{{Efn|name=same-hisako}} || |
|||
|- |
|||
! 2006年 |
|||
| {{Bgcolor|#F0F4C3|龍見有希子}} || 早田恵実 || {{Bgcolor|#D1C4E9|辻淑美}}{{Efn|name=same-tosimi}} |
|||
|- |
|||
! 2007年 |
|||
| {{Bgcolor|#F0F4C3|龍見有希子}} || {{Bgcolor|#F0F4C3|龍見有希子}} || 船津あすか |
|||
|- |
|||
! 2008年 |
|||
| {{Bgcolor|#F0F4C3|龍見有希子}} || 浦島芽衣 || {{Bgcolor|#D1C4E9|辻淑美}}{{Efn|name=same-tosimi}} |
|||
|- |
|||
! 2009年 |
|||
| {{Bgcolor|#BBDEFB|佐野洋子}}{{Efn|name=same-yoko}} || 浦島芽衣 || 齋藤綾 |
|||
|- |
|||
! 2010年 |
|||
| 谷澤美里 || 谷澤美里 || 齋藤綾 |
|||
|- |
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! 2011年 |
|||
| {{Bgcolor|#BBDEFB|佐野洋子}}{{Efn|name=same-yoko}} || 桜井結夏 || 佐藤玲子 |
|||
|- |
|||
! 2012年 |
|||
| 佐藤玲子 || {{Bgcolor|#F8BBD0|山中真美}} || {{Bgcolor|#F8BBD0|山中真美}} |
|||
|- |
|||
! 2013年 |
|||
| {{Bgcolor|#BBDEFB|佐野洋子}}{{Efn|name=same-yoko}} || {{Bgcolor|#FFF59D|ジョアンナ・ウィリアム}} || {{Bgcolor|#FFE0B2|星央子}}{{Efn|name=same-hisako}} |
|||
|- |
|||
! 2014年 |
|||
| {{Bgcolor|#F0F4C3|龍見有希子}} || 宮岡有希 || 高橋里美 |
|||
|- |
|||
! 2015年 |
|||
| 船津あすか || 高橋里美 || 早坂敏江 |
|||
|- |
|||
! 2016年 |
|||
| 羽田潤 || {{Bgcolor|#FFE0B2|木下央子}}{{Efn|name=same-hisako}} || {{Bgcolor|#F0F4C3|龍見有希子}} |
|||
|- |
|||
! 2017年 |
|||
| {{Bgcolor|#C5CAE9|菅原美紗}} || {{Bgcolor|#F8BBD0|山中真美}} || 冨所多恵 |
|||
|- |
|||
! 2018年 |
|||
| {{Bgcolor|#C5CAE9|菅原美紗}} || 佐藤麗子 || {{Bgcolor|#F8BBD0|山中真美}} |
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|- |
|||
! 2019年 |
|||
| {{Bgcolor|#C5CAE9|菅原美紗}} || 乗光歩 || |
|||
|} |
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{{Columns-end}} |
|||
定石には、盤上の石の形を動物などに見立てて、それぞれの名前が与えられている。これらの名前の大半は長谷川が考案したものである。定石は、2手目までの進行によって、縦取り・斜め取り・並び取りの3つに分類されている<ref name="strategy" />。 |
|||
=== オセロの段級位 === |
|||
* 縦取り定石―兎定石、虎定石など |
|||
日本オセロ連盟は[[段級位制]]を採用しており、主要な世界大会・日本大会の結果に基づき、選手に[[段位]]・級位を与えている<ref>{{Cite web |title=日本オセロ連盟段級位認定規程 |publisher=日本オセロ連盟 |url=https://www.othello.gr.jp/grade_regulations |accessdate=2020-03-26}}</ref>。2019年現在、最高位の九段を保持しているのは、以下の7名である<ref>{{Cite web |author=中島哲也 |title=九段とは |website=Othello! JAPAN |url=http://www.othello.org/dic/e/9 |accessdate=2020-03-26}}</ref>。 |
|||
* 斜め取り定石―牛定石など |
|||
* 並び取り定石―鼠定石など |
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* {{Bgcolor|#A5D6A7|為則英司}} |
|||
=== 中割りと一石返し === |
|||
* {{Bgcolor|#B3E5FC|村上健}} |
|||
オセロは、最終的に多くの石を残した側が勝ちとなる。しかしながら、途中の局面で石が多いからといって有利というわけではない。多くの場合はその逆であり、石が多すぎる側は不利となる<ref name="strategy" />。なぜならば、オセロでは相手の石を挟まなければ着手できないため、挟む対象である相手の石が少なければ着手可能な箇所も必然的に少なくなり、本来打ちたくない箇所に打つしかなくなってしまうからである。自分の石の周りを相手の石が取り囲んでいるような状態になれば、自分はどこでも着手できるが相手は着手できないという状況になるから理想的である。このような観点から、「'''中割り'''」と「'''一石返し'''」はオセロの基本戦略として有名である。 |
|||
* {{Bgcolor|#E0E0E0|坂口和大}} |
|||
* {{Bgcolor|#FFF9C4|末國誠}} |
|||
* {{Bgcolor|#FFCDD2|瀧澤雅樹}} |
|||
* {{Bgcolor|#B2EBF2|高梨悠介}} |
|||
* {{Bgcolor|#C8E6C9|岡本一樹}} |
|||
なお、[[将棋の段級]]では、棋士、女流棋士、アマチュアの段級位はそれぞれ別個の制度であるが、オセロの段級位はすべて共通である。 |
|||
中割りは、周囲のほとんどのマスを他の石に囲まれている相手の石だけを挟むように打つことである。一石返しは、相手の石を1つだけ挟むように打つことである。中割りは、自分の石が相手の石で取り囲まれるようにする手であり、一石返しは、自分の石を必要以上に増やさない手であるため、好手を見つける基礎的なテクニックとなっている<ref name="strategy" />。 |
|||
{{-}} |
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{{Back to TOC}} |
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=== 隅の戦略 === |
|||
オセロで勝つために大切な要素の一つとして「'''隅'''」がある。オセロ盤のうち四隅のマスについては、挟むことができないから、一度石が置かれてしまえば色が変わることはない。また、隅から連続して複数のマスに同じ色の石が置かれている場合も、挟むことができない場合がある。このように、挟むことができないから終局まで絶対に色が変わることがないと確定した石を「確定石」という。確定石を増やしていくことは重要である<ref name="strategy" />。 |
|||
== 派生ゲーム == |
|||
隅と関連して重要な概念として、CとXがある。隅と縦横に隣接したマスがC、隅と斜めに隣接したマスがXである。当然のことながら、CやXに自分が石を打たなければ、相手に隅を取られることはない。したがって、初心者の間は、CやXを極力避け、相手がCやXに打ってきたら隅を取りに行くという戦術がよく使われる。しかし、初心者を脱すると、あえてXに打って相手に隅を取らせたうえで隣接する大量のマスを自分のものにするといった勝負手も必要となってくる。いずれにしても、隅、C、Xに関する攻防は初心者から上級者まで注目されるポイントである<ref name="strategy" />。 |
|||
=== ニップ === |
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[[File:Nipp.svg|thumb|円形ニップの盤面]] |
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'''ニップ''' ('''Nip''') は、盤面の形を変更したリバーシの派生ゲームである。オセロに先行する類似ゲームとして、オセロ開発者の[[長谷川五郎]]がその名を挙げている{{Sfn|長谷川五郎|1981}}。 |
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=== 手止まりと偶数理論 === |
|||
終盤戦において重要となるのは、まずは先を読み切って地道に石を数えることである。石を数えることのほかに、ある程度類型的に判断される要素として、互いに隣接する空きマスの数が挙げられる<ref name="strategy" />。 |
|||
このゲームには、 |
|||
例えば、Cが1マスだけ空いており、その周辺の隅やXなどすべて埋まっている状態を考える。ここでCに打ち込めば、周囲の石を自分の色に返した状態となり、周囲に空きマスがないことから相手にやり返されることなく終局までこの付近のマスの状態は変化しないと考えれる。したがって、このC打ちは(このマスの周辺においては)自分が優位となる手である。このように、隣接するマスの中で最後の1つとなった空きマスに打ち込むことを「'''手止まり'''」と言い、終盤戦では手止まりを打つのが一つの目標となる<ref name="strategy" />。 |
|||
* 八角形の盤面を用いるニップ |
|||
「'''偶数理論'''」は手止まりをたくさん打つために有効な理論である<ref name="strategy" />。これは、互いに隣接する空きマスの数をそれぞれ偶数に調整することを意識して打つというものである。偶数の空きマスのどこかに相手が打てば空きマスは1つ減って奇数となるので、すかさず自分もそこに打って偶数に戻す。これを繰り返すことで、空きマスが1マスのときに必ず自分の手番となるから、手止まりを打つことができる。 |
|||
* 円形の盤面を用いるニップ |
|||
の2種類がある。 |
|||
終局までパスがなければ、後攻である白番は偶数理論を使って手止まりを多く打つチャンスがあるため、黒番よりも有利だとする考え方もある<ref name="strategy" />。一方で白番が打てない空きマスを作ることで黒番が偶数理論を逆用する「'''逆偶数理論'''」などの戦術もある。なお、理論上オセロはコンピュータによる完全解析がなされれば黒番必勝・白番必勝・引き分けのいずれかの結論が下せるはずであるが、未だに結論は出ておらず、黒番が定石を主導できることがあるため、黒番を得意とする者もいる。 |
|||
確認されている中で最古のニップは、八角形のニップである。このタイプは、隅を増やすことで競技を多様化するとの意図により、松本彌助によって考案され、[[1933年]]に実用新案登録がなされた<ref>{{Cite journal |和書 |author=特許局 |coauthors=松本彌助 |title=実公昭08-008505 |journal=実用新案公報 |publisher=帝国発明協会 |year=1933 |url=https://www.j-platpat.inpit.go.jp/c1800/PU/JP-S08-008505/82CD46D6272A1080394C80BBE80C864727BBE08AEA5EB97D10288379BF9B5050/22/ja |accessdate=2020-03-18}}</ref>。なお、リバーシとは異なり、両者ともに打つ箇所がない場合には、ゲームを終了するのではなく、好きなところに打って良いというルールが採用されていた<ref>{{Cite web |author=hi_kmd |title=ニップゲームについて新しくわかったこと |website=紙ブグロはてな |date=2019-12-10 |url=http://kamibglo.hatenablog.com/entry/2019/12/10/181816 |accessdate=2020-03-22}}</ref>。 |
|||
== コンピュータオセロ == |
|||
{{Main|コンピュータオセロ}} |
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オセロはルールがシンプルでコンピュータに適しているため、[[プログラミング (コンピュータ)|プログラミング]]の教材、あるいはテレビゲームの製品として、数々のコンピュータ・プログラムが開発されてきた。オセロがアメリカ合衆国で発売された[[1977年]]、早くも4月にはN. J. D. Jacobsが世界初とされるコンピュータオセロ・プログラムを[[サイエンティフィック・アメリカン]]誌に掲載した<ref>{{cite journal |last=Gardner|first=Martin|date=April 1977|title=Mathematical Recreations|journal=Scientific American}}</ref>。翌[[1978年]]にはアーケードゲーム([[任天堂]])<ref>{{Cite web |url=https://onitama.tv/gamemachine/pdf/19780615p.pdf |title=Game Machine |accessdate=2019-06-09 |date=1978-06-15 |format=PDF |website=[https://onitama.tv/gamemachine/archive.html ゲームマシン アーカイブ - Game Machine Archive] |work=ゲームマシン 第98号 |page=18 |quote=コンピューター・オセロ テーブル型TVゲーム機発売した任天堂}}</ref>、[[1980年]]には家庭用ゲーム([[Atari 2600]])としてコンピュータオセロが製品化された。また、[[メディアリーヴス|アスキー]]によりオセロ・プログラムを対局させる「マイクロオセロリーグ」が企画され、その模様は記事として掲載された。[[1986年]]には同社からオセロを題材とした思考ゲームのプログラミング解説書も出版された<ref>[[森田和郎|森田]]ら(共著)『思考ゲームプログラミング』。</ref>。 |
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[[1966年]]に廃業したホテル[[和光荘]]は、歴史的建造物として内装がそのまま保存されており、ホテル内で遊ばれていた当時のニップが展示されている。和光荘に展示されているニップは、八角形の盤面であり、石の色は赤白である<ref name=tamayoshi>{{Cite web |author=tamayoshi |title=小樽の和光荘に行ったら想像よりすごかった(後) |website=どさんこカメラ |date=2018-10-27 |url=https://dosanko-camera.hatenablog.com/entry/2018/10/27/121256 |accessdate=2020-03-16}}</ref>。なお、オセロ発売前にも関わらず、オセロと同様の'''緑の盤面'''を使用している{{R|tamayoshi}}。[[黒井千次]]は戦時中に八角形のニップで遊んでいたと語っている<ref>{{Cite book |和書 |author=黒井千次 |title=老いのつぶやき |publisher=河出書房新社 |date=2012-05 |isbn=9784309021102}}</ref>。 |
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最古のコンピュータオセロは特別強いものではなかったが、数年が経つとアルゴリズムが整理され、終盤の正確な読みによって瞬く間に人間の上級者とも戦えるようになった。1980年にはオセロ・プログラムのMoorが当時の世界チャンピオン・井上博を相手に初めて1勝を挙げた(6番勝負で1勝5敗)。その後、ハードウェアの進歩とソフトウェアの改良によってコンピュータオセロは着実に力を伸ばし、[[1997年]]、オセロ・プログラムのLogistelloが、当時の世界チャンピオン・[[村上健]]を相手に6勝0敗という圧倒的な成績で勝利し、コンピュータオセロの実力がすでに人間のトップを超えていることを証明した<ref>実際には、それ以前から超えていた可能性もあるが、1980年の井上戦から1997年の村上戦までの17年の間に、人間の世界チャンピオンとの対戦はなかった。</ref>。主要なボードゲームでは、1994年に[[チェッカー]]、1997年に[[チェス]]、2017年に[[将棋]]と[[囲碁]]でコンピュータが人間の世界チャンピオンを破っており、これはおおむね[[ゲーム木]]複雑性の低い順と同様である。 |
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一方、現在主流となっているのは円形のニップである。このタイプは、隅がないゆえに自分の石を確定させることができず、終盤でいつ逆転が起きてもおかしくないスリリングな展開を特徴としている<ref>{{Cite web |author=中島雅弘 |title=Nipp |website=アブストラクトゲーム博物館 |date=2020-02-27 |url=https://www.nakajim.net/index.php?Nipp |accessdate=2020-03-22}}</ref>。円形ニップは、[[1953年]]にゲーム会社[[ハナヤマ]]の創業者である花山直康および蜂須賀千博、中村九蔵によって実用新案出願がなされている<ref>{{Cite journal |和書 |author=特許庁 |coauthors=花山直康 |title=実公昭29-004827 |journal=実用新案公報 |publisher=発明協会 |year=1954 |url=https://www.j-platpat.inpit.go.jp/c1800/PU/JP-S29-004827/0735BBC10A2D666B18EFFC56ABA4A24638FBEFDA2753F13BB7022069983CC311/22/ja |accessdate=2020-03-18}}</ref><ref>{{Cite journal |和書 |author=特許庁 |coauthors=蜂須賀千博、中村九蔵 |title=実公昭29-004825 |journal=実用新案公報 |publisher=発明協会 |year=1954 |url=https://www.j-platpat.inpit.go.jp/c1800/PU/JP-S29-004825/BE823F9CB330CA651CEE869AD0A9FA9930016810FADD60655017E307AEF53D6E/22/ja |accessdate=2020-03-18}}</ref>。ハナヤマのニップは、実用新案の時点ではピン状の駒を盤面に刺してプレイするゲームであったが、その後はリバーシと同様に石を裏返すゲームとなり、複数のゲームが遊べる「ダブルクインテットNEO」や「ゲーム12」といったパッケージの中に収録されて発売された。 |
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現在では、トップレベルのオセロ・プログラムに人間が勝つことはまず不可能と考えられており、スマホで動作する無料のプログラムの中にも人間の世界チャンピオンを凌ぐレベルのものがある。この他、[[2019年]]には、負けることに特化した「最弱オセロ」が公開されて話題となるなど、多様な研究が進められている<ref>[https://www.gamespark.jp/article/2019/07/26/91659.html 「負けるのが難しい」…世界最弱のオセロAIを体験―開発者に誕生のきっかけを訊いた【特集】]</ref><ref>[https://nlab.itmedia.co.jp/nl/articles/1907/28/news017.html 「負けられるなら負けてみてくれ!」 世界最弱のオセロAIが開発され、負けられないと話題に]</ref><ref>[https://www.fnn.jp/posts/00047526HDK/201908021730_FNNjpeditorsroom_HDK 「世界最弱のオセロAI」が話題…一体何のために作ったの?開発者に聞いた]</ref>。 |
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=== 公式派生ゲーム === |
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オセロの盤をn×nに一般化した場合、ある局面で黒番か白番のどちらが必勝であるかを判定する問題は[[PSPACE#PSPACE完全|PSPACE完全]]であることが分かっている。オセロよりも複雑性の低いチェッカーについては、双方の最善手がすべて解明されているが、オセロ(通常通り8×8の盤面を用いるオセロ)は[[2019年]]時点で未だに完全には解明されていない。盤の大きさが4×4あるいは6×6のケースは全て解明されており、例えば6×6のケースについて双方が最善の手順を取った場合、16対20で後手が必勝となることがその手順とともに明らかにされている<ref>{{cite web|url=http://www.feinst.demon.co.uk/Othello/6x6sol.html|title=Perfect play in 6x6 Othello from two alternative starting positions|accessdate=2008-06-01}}</ref>。 |
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メガハウス(ツクダ、ツクダオリジナル、パルボックス)によるオセロの公式派生ゲームは、これまでに様々なものが発売されてきた。代表的なものは以下の通りである。 |
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; ミニオセロ |
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== 関連文献・資料 == |
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: 盤面を8×8から6×6に縮小したもの。 |
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=== 定石書・戦術書 === |
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; グランドオセロ(終売) |
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* [[丸岡秀範]] 『ぼくたちオセロエイジ』 (C・D企画: [[大和学芸図書]]、1979/03) |
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: 盤面を8×8から10×10に拡大したもの。 |
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* [http://www.othello.gr.jp/ 日本オセロ連盟](編纂) 『図解 オセロ入門』 ([[虹有社]]、1983/01) ISBN 4770900058 |
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; エイトスターズオセロ(終売) |
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* [[谷田邦彦]] 『図解 早わかりオセロ ― これが必勝のコツだ!!』 ([[日東書院本社]]、1986/12) ISBN 4528004933 |
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: 旧称「88オセロ(エイティエイトオセロ)」。グランドオセロから盤面の四隅を切り落として8つの隅を持つ八角形状にしたもの。八角形ニップに似ているが、こちらのほうがサイズが大きい。 |
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* 谷田邦彦 『絵でわかるオセロ入門』 (日東書院本社、1988/05) ISBN 4528008440 |
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; みんなでオセロ |
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* 井上博 『逆転の発見 ― オセロの定石と必勝戦術 (改訂新版)』 ([[ネコ・パブリッシング]]、1992/12) ISBN 4873660882 |
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: 四人対戦を可能にしたもの。 |
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* [[長谷川五郎]] 『オセロの打ち方 ― 勝つための基本戦術』(講談社、1981/12) ISBN 4061277596 |
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* 長谷川五郎 『オセロ百戦百勝 ― 勝つための技術』(講談社、1990/07) ISBN 4062048434 |
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* 長谷川五郎 『オセロ大観〈1〉』 ([[近代文藝社]]、1995/09) ISBN 477334718X |
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* 長谷川五郎 『オセロ大観〈2〉』 (近代文藝社、1995/09) ISBN 4773347198 |
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* 長谷川五郎 『オセロの勝ち方 [改訂新版]』 ([[河出書房新社]]、2006/07) ISBN 4309269087 |
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* 長谷川五郎 『オセロ教室』(近代文藝社、2008/8) ISBN 4773375825 |
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* [[中島哲也 (オセロ)|中島哲也]] 『たのしく上達 図解オセロ ― 定石から必勝テクニックまでわかりやすく解説!』([[成美堂出版]]、2009/05) ISBN 4415305490 |
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* 村上健 『史上最強カラー図解 強くなるオセロ』([[ナツメ社]]、2011/03) ISBN 4816350330 |
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* 滝沢雅樹(監修) 『図解 オセロの基本―マンガで覚える』 (滋慶出版/土屋書店 、2011/11) ISBN 4806912344 |
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* 佐谷哲 『現代オセロの最新理論』 ([[マイナビ出版]]、2019/01) ISBN 9784839966492 |
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* 髙橋晃大 『髙橋晃大のオセロ必勝手筋100』 (マイナビ出版、2019/10) ISBN 9784839969363 |
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* 松浦政泰『世界遊戯法大全』(1907年、博文館) {{NDLDC|860315}} (コマ番号111〜112)ASIN B008Y7Q9QU |
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グランドオセロとエイトスターズオセロは、[[#オセロワールドカップ|オセロワールドカップ]]で公式種目に採用された{{R|megahouse-owc}}。 |
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=== 歴史 === |
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* 長谷川五郎 『オセロの打ち方 ― 勝つための基本戦術』(講談社、1981/12) ISBN 4061277596 |
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* 長谷川五郎 『オセロ百人物語 オセロ史を飾った名選手たち』 (河出書房新社、2005/12) ISBN 4309906559 |
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* 長谷川五郎 『オセロゲームの歴史』 (河出書房新社、2011/07) ISBN 9784309909134 |
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* 「和久井威氏ロングインタビュー 第2回」『月刊トイジャーナル』2007年6月号、東京玩具人形協同組合 |
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=== 派生ゲーム === |
=== その他の派生ゲーム === |
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[[File:Rolit Giant.jpg|thumb|Rolit]] |
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* 長谷川五郎 『オセロの打ち方 ― 勝つための基本戦術』(講談社、1981/12) ISBN 4061277596 |
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* 長谷川五郎 『ソクラテスの打ち方』(ソラリス、1994年) ISBN 4795203806 |
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4人対戦可能なオセロ派生ゲームとしては、前述のみんなでオセロがメガハウス公式の商品として存在するが、このほかに'''ロリット''' ('''Rolit''') と呼ばれる球体の石を用いたものがある<ref>{{Cite web |language=en |title=Rolit |work=Products |publisher=Goliath Games |url=https://www.goliathgames.us/product/rolit/ |accessdate=2020-03-31}}</ref>。 |
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* [[佐藤周二]] 『オセロ盤でもできる知的ゲーム [[4・7]]』 ([[創栄出版]]、2006/08) ISBN 4434081616 |
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非公式の派生ゲームとしては、[[東京農工大学]]教授のパズル・ゲーム研究者である[[小谷善行]]が1983年に考案した'''フェアリーオセロ'''が知られている{{R|kusaba-2020}}<ref>{{Cite web |author=草場純 |title=オセロバリエーション紹介 |website=ゲーム研究家・草場純さんの研究を収集するサイト |publisher=くぼた屋 |date=1994-01-17 |url=http://kusabazyun.banjoyugi.net/Home/reproductioned/fairy/oserobarieshon |accessdate=2020-03-22}}</ref>。小谷は、オセロという名前は「-Own(自分の石を打つ) Set-Enemy(相手の石を裏返す) Reset-Own(自分の石はそのまま)」というルールを示しているものと意図的に誤読し、これらの単語を様々に組み合わせることで数十種類の派生ゲームのルールを作成した。例えば、オセレ「-Own(自分の石を打つ) Set-Enemy(相手の石を裏返す) Reset-Enemy(相手の石はそのまま)」であれば、自分の石 (Own) と相手の石 (Reset-Enemy) に挟まれた相手の石 (Set-Enemy) を裏返すというルールになる。 |
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また、佐藤周二は、オセロ用具を使用した新ゲーム'''4・7'''を考案し、解説書を出版している{{Sfn|佐藤周二|2006}}。 |
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現在は[[コンピュータゲーム]]や[[スマートフォン]]ゲームが全盛の中、[[アナログゲーム]]の売上は減少しており、販売強化手法の一つとして、複数の家庭用ボードゲームを抱き合わせにして製品化するケースも多い。この場合、オセロ石を活用して様々なバリエーションの派生ゲームが追加されることもある。例として、オセロの石を使って、盤面を縮小した[[囲碁]]、[[はさみ将棋]]、[[おはじき]]、[[積木]]崩し、[[トランプ]]のチップ等として遊ぶケースがある。もっとも、これらはあくまでパッケージとしてのおまけにすぎず、独立して大会などが開かれるものではない。 |
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このほか、長谷川五郎が開発した全く新しい別ゲームである'''[[ミラクルファイブ]]'''(セルゴ、ソクラテス)もオセロの派生ゲームとしてオセロの大会内でプレイされることがある{{R|megahouse-owc}}。 |
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== 文献・資料 == |
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=== 総合・歴史 === |
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* {{Cite book |author=Waterman v Ayres |title=Law Times Reports: Containing All the Cases Argued and Determined in the House of Lords |volume=59 |publisher=Law Times Office |language=en |year=1888 |url=https://books.google.co.jp/books?id=xi4yAAAAIAAJ&pg=PA17#v=onepage&q&f=false |ref=harv}} |
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* {{Cite book |author=Berkeley, Authorized by Lewis Waterman |title=Reversi and Go Bang |publisher=Frederick A. Stokes Company |language=en |year=1890 |url=https://www.loc.gov/collections/selected-digitized-books/?fa=segmentof:dcmsiabooks.reversigobang00berk/%7Ccontributor:berkeley |ref=harv}} |
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* {{Cite book |和書 |author=松浦政泰 |chapter=二五八、裏返へし(レヴアルシー)Reversi |title=[[世界遊戯法大全]] |year=1907 |month=12 |publisher=[[博文館]] |ndldc=860315 |asin=B008Y7Q9QU |pages=187-189 |ref=harv}}([https://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/860315/112 国立国会図書館デジタルコレクション]、コマ番号111-112) |
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* {{Cite journal |和書 |author=[[長谷川五郎]] |title=大流行の『オセロ』ゲームづくり一代 |year=1973 |publisher=[[講談社]] |journal=現代 |volume=1973年12月号 |pages=147 |ref=harv}} |
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* {{Cite book |和書 |author=長谷川五郎 |title=オセロ百人物語 オセロ史を飾った名選手たち |publisher=[[河出書房新社]] |year=2005 |month=12 |isbn=4309906559 |ref=harv}} |
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* {{Cite magazine |和書 |title=和久井威氏ロングインタビュー |magazine=月刊トイジャーナル |volume=2007年5月号、6月号 |year=2007 |publisher=東京玩具人形協同組合 |ref={{SfnRef|月刊トイジャーナル|2007}}}} |
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* {{Cite book |和書 |author=長谷川五郎 |title=オセロゲームの歴史 |publisher=河出書房新社 |year=2011 |month=07 |isbn=9784309909134 |ref=harv}} |
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=== 戦術 === |
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=== プログラミングなどとの関係 === |
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* {{Cite book |和書 |author=長谷川五郎 |title=オセロの打ち方 |publisher=日本オセロ連盟 |year=1974 |ref=harv}} |
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* [[森田和郎]]ら 『思考ゲームプログラミング ― オセロゲームの[[アルゴリズム]]と作成法』 ([[アスキー (企業)|アスキー]]、1986/02) ISBN 4871481867 |
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* {{Cite book |和書 |author=井上博 |title=逆転の発見 ― オセロの定石と必勝戦術 |publisher=[[ネコ・パブリッシング]] |date=1977-10 |ref=harv}} |
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* [[池原吉彦]] 『オセロで学ぶ [[BASIC]] 入門 ― 手作りプログラムで学ぶコンピュータ基礎講座』 ([[技術評論社]]、1990/07) ISBN 487408365X |
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* {{Cite book |和書 |author=丸岡秀範 |title=ぼくたちオセロエイジ |publisher=C・D企画: 大和学芸図書 |year=1979 |month=03}} |
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* [[Seal Software]] 『[[リバーシ]]のアルゴリズム [[C++]] & [[Java]] 対応 ―「探索アルゴリズム」「[[評価関数]]」の設計と実装』 ([[工学社]]、2003/06) ISBN 4875934289 |
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* {{Cite book |和書 |author=長谷川五郎 |title=オセロの打ち方 ― 勝つための基本戦術{{Efn|1974年の書籍の改訂版であるが、内容が大きく異なる。}} |publisher=講談社 |year=1981 |month=12 |isbn=4061277596 |ref=harv}} |
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* {{Cite book |和書 |editor=日本オセロ連盟(編纂) |title=図解 オセロ入門 |publisher=虹有社 |year=1983 |month=1 |isbn=4770900058 |ref=harv}} |
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* {{Cite book |和書 |author=[[谷田邦彦]] |title=図解 早わかりオセロ ― これが必勝のコツだ!! |publisher=[[日東書院本社]] |year=1986 |month=12 |isbn=4528004933}} |
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* {{Cite book |和書 |author=谷田邦彦 |title=絵でわかるオセロ入門 |publisher=日東書院本社 |year=1988 |month=05 |isbn=4528008440}} |
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* {{Cite book |和書 |author=長谷川五郎 |title=オセロ百戦百勝 ― 勝つための技術』 |publisher=講談社 |year=1990 |month=7 |isbn=4062048434}} |
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* {{Cite book |和書 |author=長谷川五郎 |title=オセロ大観〈1〉 |publisher=[[近代文藝社]] |year=1995 |month=9 |isbn=477334718X}} |
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* {{Cite book |和書 |author=長谷川五郎 |title=オセロ大観〈2〉 |publisher=近代文藝社 |year=1995 |month=9 |isbn=4773347198}} |
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* {{Cite book |和書 |author=長谷川五郎 |title=オセロの勝ち方 [改訂新版] |publisher=河出書房新社 |year=2006 |month=07 |isbn=4309269087 |ref=harv}} |
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* {{Cite book |和書 |author=長谷川五郎 |title=オセロ教室 |publisher=近代文藝社 |year=2008 |month=8 |isbn=4773375825}} |
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* {{Cite book |和書 |author=中島哲也 |title=たのしく上達 図解オセロ ― 定石から必勝テクニックまでわかりやすく解説! |publisher=[[成美堂出版]] |year=2009 |month=05 |isbn=4415305490}} |
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* {{Cite book |和書 |author=[[村上健]] |title=史上最強カラー図解 強くなるオセロ |publisher=[[ナツメ社]] |year=2011 |month=03 |isbn=4816350330 |ref=harv}} |
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* {{Cite book |和書 |editor=[[瀧澤雅樹|滝沢雅樹]](監修) |title=図解 オセロの基本―マンガで覚える |publisher=滋慶出版/土屋書店 |year=2011 |month=11 |isbn=4806912344 |ref=harv}} |
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* {{Cite book |和書 |author=佐谷哲 |title=現代オセロの最新理論 |publisher=[[マイナビ出版]] |year=2019 |month=1 |isbn=9784839966492 |ref=harv}} |
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* {{Cite book |和書 |author=[[高橋晃大|髙橋晃大]] |title=髙橋晃大のオセロ必勝手筋100 |publisher=マイナビ出版 |year=2019 |month=10 |isbn=9784839969363}} |
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=== プログラミング === |
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* {{Cite book |和書 |author=[[森田和郎]]・国枝交子・津田伸秀 |title=思考ゲームプログラミング ― オセロゲームの[[アルゴリズム]]と作成法 |publisher=[[アスキー (企業)|アスキー]] |year=1986 |month=02 |isbn=4871481867 |ref=harv}} |
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* 『中島哲也のオセロ[[セミナー]]』([[サクセス (ゲーム会社)|サクセス]]、2002年)--- [[Xbox (ゲーム機)|Xbox]] 対応 |
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* {{Cite book |和書 |author=池原吉彦 |title=オセロで学ぶ [[BASIC]] 入門 ― 手作りプログラムで学ぶコンピュータ基礎講座 |publisher=[[技術評論社]] |year=1990 |month=07 |isbn=487408365X}} |
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* {{Cite book |和書 |author=Seal Software |title=リバーシのアルゴリズム [[C++]] & [[Java]] 対応 ―「探索アルゴリズム」「[[評価関数]]」の設計と実装 |publisher=[[工学社]] |year=2003 |month=06 |isbn=4875934289}} |
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=== コンピュータ |
=== コンピュータソフト === |
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* 『[[オセロマルチビジョン]]』(FG-1000、ツクダオリジナル、1983) - 本体にゲームを内蔵。[[セガゲームス|セガ]]の[[SG-1000]]シリーズと互換性があった。 |
* 『[[オセロマルチビジョン]]』(FG-1000、ツクダオリジナル、1983) - 本体にゲームを内蔵。[[セガゲームス|セガ]]の[[SG-1000]]シリーズと互換性があった。 |
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* 『オセロ』([[SG-1000]]、[[セガゲームス|セガ]]、1985) |
* 『オセロ』([[SG-1000]]、[[セガゲームス|セガ]]、1985) |
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* 『オセロ』([[ファミリーコンピュータ]]、[[河田]]、1986/10/13) - 旧[[ツクダオリジナル]](現[[メガハウス]])から正式にライセンスを受けて作られている。 |
* 『オセロ』([[ファミリーコンピュータ]]、[[河田]]、1986/10/13) - 旧[[ツクダオリジナル]](現[[メガハウス]])から正式にライセンスを受けて作られている。 |
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* 『スーパーオセロ』 |
* 『スーパーオセロ』(アーケード、フジワラ、1986) |
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* 『オセロ』([[ゲームボーイ]]、[[河田]]、1990/2/9) |
* 『オセロ』([[ゲームボーイ]]、[[河田]]、1990/2/9) |
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* 『究極のオセロゲーム』 |
* 『究極のオセロゲーム』(アーケード、[[サクセス (ゲーム会社)|サクセス]]、1990) |
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* 『オセロワールド』([[スーパーファミコン]]、ツクダオリジナル、1992/4/5) - 評論筋からは「単純に敵が強すぎて初心者に厳しい」と評されている<ref name="muri200">マイウェイ出版 |
* 『オセロワールド』([[スーパーファミコン]]、ツクダオリジナル、1992/4/5) - 評論筋からは「単純に敵が強すぎて初心者に厳しい」と評されている<ref name="muri200">{{Cite book|和書|publisher=マイウェイ出版 |title=死ぬ前にクリアしたい200の無理ゲー ファミコン&スーファミ |isbn=9784865119855 |date=2018年10月10日 |page=70}}</ref>。 |
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* 『オセロワールド』(ゲームボーイ、ツクダオリジナル、1994/9/30) |
* 『オセロワールド』(ゲームボーイ、ツクダオリジナル、1994/9/30) |
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* 『オセロダービー』 |
* 『オセロダービー』(アーケード、サンワイズ、1995) |
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* 『オセロワールドII 夢と未知への挑戦』([[PlayStation (ゲーム機)|PlayStation]]、ツクダオリジナル、1995/12/8) |
* 『オセロワールドII 夢と未知への挑戦』([[PlayStation (ゲーム機)|PlayStation]]、ツクダオリジナル、1995/12/8) |
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* 『オセロしようよ』 |
* 『オセロしようよ』(アーケード、[[サクセス (ゲーム会社)|サクセス]]、1998) |
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* 『オセロミレニアム』([[ゲームボーイカラー]]、ツクダオリジナル、1999/10/8) |
* 『オセロミレニアム』([[ゲームボーイカラー]]、ツクダオリジナル、1999/10/8) |
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* 『中島哲也のオセロセミナー』([[Xbox (ゲーム機)|Xbox]]、[[サクセス (ゲーム会社)|サクセス]]、2002) |
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* 『[[SuperLiteシリーズ|SuperLite 2000シリーズ]] オセロ』([[PlayStation 2]]、[[サクセス (ゲーム会社)|サクセス]]、2003/7/31) |
* 『[[SuperLiteシリーズ|SuperLite 2000シリーズ]] オセロ』([[PlayStation 2]]、[[サクセス (ゲーム会社)|サクセス]]、2003/7/31) |
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* 『オセロ de オセロ DS』([[ニンテンドーDS]]、[[メガハウス]]、2008/6/12)- [[タレント]]の[[オセロ (お笑い)|オセロ]]が登場する。 |
* 『オセロ de オセロ DS』([[ニンテンドーDS]]、[[メガハウス]]、2008/6/12) - [[タレント]]の[[オセロ (お笑い)|オセロ]]が登場する。 |
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* 『オセロ』([[ニンテンドーDSiウェア]]、[[アークシステムワークス]]、2009/7/29) |
* 『オセロ』([[ニンテンドーDSiウェア]]、[[アークシステムワークス]]、2009/7/29) |
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* 『オセロ』([[Wiiウェア]]、アークシステムワークス、2009/12/22) |
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* 『オセロ』([[PlayStation Vita]]オンライン配信、アークシステムワークス、2014/8/7) |
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* 『オセロ』([[Nintendo Switch]]ダウンロードソフト、アークシステムワークス、2017/3/3) |
* 『オセロ』([[Nintendo Switch]]ダウンロードソフト、アークシステムワークス、2017/3/3) |
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=== 派生ゲーム === |
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* {{Cite book |和書 |author=長谷川五郎 |title=ソクラテスの打ち方 |publisher=ソラリス |year=1994 |isbn=4795203806}} |
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* {{Cite book |和書 |author=佐藤周二 |title=オセロ盤でもできる知的ゲーム 4・7 |publisher=創栄出版 |year=2006 |month=8 |isbn=4434081616 |ref=harv}} |
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== 脚注 == |
== 脚注 == |
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=== 注釈 === |
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=== 出典 === |
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== 関連項目 == |
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* [[長谷川五郎]] - オセロの開発者。 |
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* [[ミラクルファイブ]] |
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* [[メガハウス]] - オセロの販売元。 |
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* [[ツクダオリジナル]] |
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* [[ジャック・オブ・ロンドン]] - リバーシのオリジナルの販売元。 |
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* [[パルボックス]] |
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* [[ミラクルファイブ]] - 長谷川五郎が開発した別のボードゲーム。 |
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* [[メガハウス]] |
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* [[ハナヤマ]] -- リバーシとして販売。 |
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* [[オセロマルチビジョン]] |
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* [[パネルクイズ アタック25]] -- 4色で行うオセロのようなボード形式に則る[[クイズ番組]]。 |
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* [[テンペスト (ゲーム)]] -- 4色版オセロ。『パネルクイズ アタック25』からクイズを省略した形で進める。 |
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== 外部リンク == |
== 外部リンク == |
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{{Wikibooks|オセロ}} |
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* [http://www.othello.gr.jp/ 一般社団法人日本オセロ連盟] |
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* [https://www.megahouse.co.jp/othello/ オセロ公式サイト(株式会社メガハウス)] |
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* [https://www.worldothello.org/ World Othello Federation] |
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* [https://www.othello.gr.jp/ 一般社団法人日本オセロ連盟] |
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* [http://www.othello.org/ Othello! JAPAN] |
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* [https://www.arcsystemworks.jp/othello/ Othello シリーズサイト(アークシステムワークス株式会社)] |
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* [http://www.arcsystemworks.jp/othello/ オセロ総合サイト(アークシステムワークス)] |
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* [https://othello.to-kei.net/weak/ 最弱オセロ] |
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2020年3月31日 (火) 06:29時点における版
オセロの盤と石 | |
デザイナー | 長谷川五郎 |
---|---|
販売元 | メガハウス、マテル |
発売日 | 1973年4月25日 |
ジャンル | ボードゲーム |
プレイ人数 | 2人 |
準備時間 | 1分間未満 |
プレイ時間 | 標準10分間、最大80分間 |
運要素 | なし |
必要技能 | 頭脳、読み合い、駆け引き |
ウェブサイト | オセロ公式サイト |
デザイナー | ジョン・モレット、ルイス・ウォーターマン |
---|---|
販売元 | ジャック・オブ・ロンドン、ほか多数 |
発売日 | 1888年 |
オセロ (Othello) は、「相手の石を自分の石で挟めば、それも自分の石になる」という基本原理に基づくボードゲームである。それぞれ黒と白を担当する2人のプレイヤーが、この基本原理に基づいて交互に盤面へ石を打っていき、最終的な石の個数を競う。
現在知られているオセロのパッケージは、製薬会社社員でボードゲーム研究家の長谷川五郎によって1970年頃に東京都で開発され、1973年にツクダ(後のツクダオリジナル、パルボックス、メガハウス)から発売されたものである。ゲームの基本ルール自体は、ジョン・モレット (John Mollett) とルイス・ウォーターマン (Lewis Waterman) が19世紀にイギリスのロンドンで考案したリバーシ (Reversi) というゲームと同様である。「オセロ」という名称は、ウィリアム・シェイクスピアの戯曲『オセロ』に由来し、長谷川の父が命名した。
長谷川がオセロ開発に当たってリバーシを参照したのかどうかという点は、長谷川自身の発言が一定しなかったため、不明である。1945年に幼少期の長谷川本人がリバーシとは独立に水戸市で考案した挟み碁というゲームがオセロの原型であるとする説もあるが、挟み碁の存在を裏付ける証拠はない。このような経緯から、オセロとリバーシの関係性をどのように位置付けるべきかは争いがある。発祥の地についても、ロンドン、水戸、東京という3つの説がある(このうち、水戸はオセロ発祥の地を自称している)。なお、「オセロ」「Othello」という名称はメガハウスの登録商標であるため、他社の製品ではオセロと同様のゲームであっても「リバーシ」として販売される。
オセロは、抽象戦略ゲーム(アブストラクトゲーム)の一つである。運の要素がなく、2人のプレイヤーが互いに知恵を絞って実力だけを頼りに勝敗を決するゲームである。ゲームのルールは単純明快だが、著名なプレイヤーによって多数の戦術が生み出され、日々戦略的な進歩を続けている。このことを端的に表した「覚えるのに一分、極めるのに一生 (A minute to learn, a lifetime to master)」という言葉がキャッチフレーズとなっている。
数学的には、囲碁・将棋・チェスなどと同様に二人零和有限確定完全情報ゲームに分類され、コンピュータによる研究も行われている。コンピュータオセロは、1997年に人間の世界チャンピオンに勝利しており、人間のトッププレイヤーを上回る実力を持つ。もっとも、オセロのゲーム木複雑性はそこまで低いものではなく、コンピュータが発達した2019年現在もなお完全解析がなされていないほどの奥深さを持つ。
オセロは、世界各国で子供から老人まで様々な人によってプレイされている。特に、日本での競技人口は多く、遊びの文化として定着している。
オセロは、遊びであると同時にマインドスポーツの一つとしても知られている。世界各国で数々の大会が開催されており、日本でも囲碁や将棋などと同様に複数のタイトル戦が存在する。最も大きな大会は、1977年以降、毎年一回開催されている世界オセロ選手権である。
このほか、オセロ・リバーシには、ニップ、グランドオセロ、エイトスターズオセロ、ロリットなど多数の派生ゲームも存在し、様々な形で人々から親しまれている。
プレイ方法
用具
オセロをプレイするために必要な用具は、盤と石である[注釈 1][1]。
オセロの盤は、8×8の正方形のマス目が描かれた緑色のものを使用する[1]。オセロの石は、表裏を黒と白に塗り分けた平たい円盤状のものを使用する[1]。オセロは、「相手の石を自分の石で挟めば、それも自分の石になる」という基本原理に最大の特徴がある[2]。そこで、相手の石を自分の石に変える動作を素早く行うため、相手の色の石を裏返して自分の色にすることでこれを表現する[2]。
メガハウスによる公式のオセロ用具は、表のようにプレイヤーの便宜を図るために様々な工夫を凝らした製品が順次追加されている[3]。
発売時期 | 製品名 | 特徴 |
---|---|---|
1973年 - | オフィシャルオセロ | オセロ公式大会使用盤。 |
1975年頃 - | マグネットオセロ | 石がマグネット式で石ずれ防止になり、かつ盤が折り畳み可能。 |
1970年代後半 - | ベストオセロ、ナイスオセロ | 盤に石ケースを内蔵。2000年代にもマイナーチェンジあり。 |
1980年代前半 - | ヴィクトリーオセロ | マス目に立体ガイド付きで石がずれない入門用。 |
2004年 - | 大回転オセロ | 盤に回転式の石を固定。2013年までの名称は「オセロ極」。 |
2005年 - | 大回転オセロミニ | 持ち運びに便利な小型版。2013年までの名称は「オセロ極Jr.」。 |
また、視覚障害者向けに触って石を識別できるもの、指の障害などで石をつまめない人が盤と一体化した石を回したりして楽しめるもの(表の「大回転オセロ」も該当)など、バリアフリーを意識した用具も開発・発売されている[4]。
基本ルール
オセロの基本ルールは以下の通りである。なお、以下では符号を用いて説明することがあるが、図の盤面外に記載されている列と行を表す。例えば、f5はf列5行目のことである。
事前準備として、以下の2つが必要である。
- じゃんけんなどで各プレイヤーがそれぞれ黒番と白番のどちらを担当するかを決めておく(公式戦での手番決定方法は後述)。
- 初期配置として、図1のように盤面中央の4マスに黒石と白石を2つずつ置く[1]。右上と左下が黒石、左上と右下が白石になるように互い違いに配置する[2]。
事前準備を終えたらゲームを開始する。
後は同様に、相手の石を挟みながら、黒番、白番が交互に空きマスに自分の色の石を打っていく[2]。例えば、図3から黒番がc3に打てば、d4の白石を斜めに挟んでいるので、これを裏返して黒石に変える。
石を打つときは、必ず相手の色の石を1つ以上挟むように打たなければならない[1]。例えば、図5で仮に白番がe2に打ったとしても黒石を1つも挟めないから、白番がe2に打つことはできない。
このようにしてプレイを続けていき、盤上のすべてのマスが石で埋まって空きマスがなくなれば、ゲーム終了(終局)となる[1]。例えば、図7では、すべてのマスが石で埋まっているため、終局である。
空いているマスがあっても、両者ともに挟める石がないときは終局となる[2]。例えば、図8では、まだ空きマスがあるが、黒番も白番も相手の色の石を挟む方法がないから、終局である。なお、一方の石が全滅してしまった場合も、両者ともに挟める石がないときに該当するから終局である。
ゲームが終了したら黒石・白石の数を数え、多いほうが勝ちとなる[1]。同数の場合は、通常の対局では引き分け、引き分けでは不都合のある対局(勝ち上がり式トーナメントの大会等)では黒番・白番の決定時に「終局時に石の数が同数だった場合に勝者となる権利」(後述)を得ていた側の勝ちとなる[5]。
成績は、石数もしくは石差で記録される[5]。例えば、図7ならば34対30(4石差)で黒番の勝ちである。空きマスがある場合には、その数が勝者の石数に加算される[6][注釈 2]。例えば、図8ならば63対1(62石差)で黒番の勝ちである。
ハンデキャップ
実力差がある場合にはハンデキャップ(ハンデ)をつけて対局することもできる。ハンデキャップ戦では、実力差に応じて図のように盤面の隅に黒石を置いた状態からゲームを開始する。
ハンデキャップ戦の場合は、下手が黒番、上手が白番を持つが、通常の対局とは異なり、白番(上手)の先手で対局を開始する。
伏せ石
オセロは黒と白の石を用いるが、プレイヤーの手番は、黒を担当するプレイヤーが先手、白を担当するプレイヤーが後手というように色と合わせて定められている[1]。手番を含めた両プレイヤーの地位をそれぞれ黒番・白番と呼ぶ。
大会などの公式戦では、「伏せ石」と呼ばれる囲碁のニギリに近い方法で黒番・白番を決定する[6]。伏せ石のやり方は、引き分けありの対局と引き分けなしの対局でそれぞれ異なっており、以下のように決まっている[6]。
- まず、上位者が石一つを手で隠して盤上に置く。
- 次に下位者が引き分けの有無によって以下の方式で宣言を行う。
- 引き分けありの場合は、下位者は「上」もしくは「下」と宣言する。
- 引き分けなしの場合は、下位者は「黒」もしくは「白」と宣言する。
- 下位者の宣言が終わったら上位者は石を隠していた手をどけて石を開示する。
- 石の上面が黒白どちらであるかを確認し、引き分けの有無に応じて以下の通り黒番・白番を決定する。
- 引き分けありの場合は、開示された石の上面・下面の色のうち、下位者は宣言した側の色を担当する。すなわち、下位者が「上」と宣言したときは開示された石の上面の色、「下」と宣言したときは開示された石の下面の色を下位者が担当する。
- 引き分けなしの場合は、一方のプレイヤーには「黒番・白番を選ぶ権利」、他方のプレイヤーには「終局時に石の数が同数だった場合に勝者となる権利」が与えられる。下位者が宣言した色と開示された石の上面の色とを照らし合わせ、的中している場合は下位者、的中していない場合は上位者が、どちらの権利が欲しいかを選択する。最後に黒番・白番を選ぶ権利を得た側のプレイヤーが黒番と白番のどちらにするかを選ぶ。
ブライトウェル・ポイント
主要な国際大会等では、リーグ戦で勝ち星の数が並んだ際、ブライトウェル・ポイントと呼ばれる点数を計算して順位を決定する。ブライトウェル・ポイントは、以下の数式で計算される[7]。
ブライトウェル・ポイント = 石数合計 + 対戦相手の勝数合計 × 6
なお、この方式は、オセロのイギリス代表選手で数学者のグラハム・ブライトウェルによって考案された。
歴史
オセロの起源
現在普及しているオセロのパッケージは、日本オセロ連盟元会長の長谷川五郎が1970年頃に東京都で完成させてゲーム会社のツクダに持ち込み、1973年に発売されたものである[8]。長谷川がオセロを開発するに至った経緯については本人の説明が二転三転しており、定かではない。特に、オセロのルーツについては、
- ジョン・モレットとルイス・ウォーターマンが19世紀にイギリスのロンドンで考案したアネクゼイションやリバーシ(源平碁)というゲームがオセロの原型であり、長谷川が東京都内でリバーシの基本ルールを維持しつつ名称・用具・環境などを整備してパッケージとして確立したものがオセロである。
- 1945年に中学生時代の長谷川本人がリバーシとは独立に茨城県水戸市で考案した挟み碁というゲームがオセロの原型である(結果的にオセロとリバーシは似通ったゲームとなっているが両者は無関係)。
という2つの説がある。オセロ発売当初、長谷川はリバーシがオセロの原型であるとしていたが[9][10][11][12]、2000年頃からは、自身が考案した挟み碁がオセロの原型であると主張するようになっている[13]。なお、2000年以降の長谷川の発言以外に挟み碁というゲームが実在したことを裏付ける根拠はない。
ゲーム名 | 最初期の文献(出典) | 開発年・開発者・発売元 | 石の色 | 盤面の形状 | 初期配置 | 複数石挟み | 着手不能時 | 着手回数制限 |
---|---|---|---|---|---|---|---|---|
アネクゼイション | Waterman v Ayres (1888年)[14] |
1870年(ロンドン) ジョン・モレット F・H・エアーズ |
不明 | 十字形 | 不明 | 不明 | 不明 | 不明 |
リバーシ(19世紀) | Reversi and Go Bang (1890年)[15] |
1883年(ロンドン) ルイス・ウォーターマン ジャック・アンド・サン |
|
8×8の正方形 | オリジナル | 全部裏返す | パス | 32手 |
リバーシ(20世紀) | 世界遊戯法大全 (1907年)[16] |
1900年頃 不明 多数 |
|
8×8の正方形 |
|
全部裏返す | パス | 無制限 |
挟み碁 | オセロ百人物語 (2005年)[17] |
1945年(水戸) 長谷川五郎 未発売 |
黒白 | 多様[注釈 3] | 不明 | 多様[注釈 4] | 不明 | 不明 |
オセロ | オセロの打ち方 (1974年)[2] |
1970年頃(東京) 長谷川五郎 ツクダ |
黒白 | 8×8の正方形 | クロス | 全部裏返す | パス | 無制限 |
アネクゼイション、リバーシ、挟み碁、オセロは、いずれも「挟んだら裏返す」という基本原理に共通点があるが、細かい部分では表のような違いがある。
ここでは、リバーシに基づく歴史と挟み碁に基づく歴史の双方を対等に紹介する。歴史とは離れたオセロとリバーシの関連性や評価などの事項については、オセロとリバーシの節を参照。
19世紀のリバーシ
オセロに似たゲームとして記録に残る最古のものは、1870年にイギリスのジョン・モレット (John Mollett) が開発したアネクゼイション (Annexation) というボードゲームである[14][注釈 5]。アネクゼイションは、十字形の盤面を用いていたが、現在のオセロと同様に挟んだら裏返すという基本原理に基づくゲームだった[14]。開発から6年後の1876年にF・H・エアーズがこれを発売した[14]。
1883年、同じくイギリスのルイス・ウォーターマン (Lewis Waterman) がアネクゼイションの盤面をチェッカー盤(チェスボードと同じ8×8の正方形)に改良してリバーシ (Reversi) を開発した[14][20][21]。リバーシは、1886年にロンドンのサタデー・レビュー紙に掲載され、世に知られることになった[22]。ウォーターマンは、1888年にリバーシを商品化し、ジャック・アンド・サン(現・ジャック・オブ・ロンドン)から発売した[15]。なお、リバーシ発売後にF・H・エアーズがアネクゼイションの改良版として「Annex a Game of Reverses」という名前でリバーシとほぼ同一のゲームを販売したため、商標をめぐって訴訟となったが、「リバーシ」は「裏返す」という意味の単語「Reverse」に由来し、16世紀からフランスでプレイされていた伝統的トランプゲームのリバーシス(ハーツの原型)の別名でもあることから商標権は認められず、両者はともにこのゲームを販売できることになった[14]。
商品化から2年後の1890年にウォーターマンが承認したリバーシの解説書によると、当時のリバーシと現在のオセロとのルール上の違いは、以下の2点のみである[15]。
- 初期配置オリジナル・ルール
- 初期のリバーシでは、盤面に石を置かずにゲームを開始していた。初手から4手目まで交互に中央4マスのうち好きな位置に石を打ち込むことで、初期配置を決めた(なお、初期配置を決めるための4手は相手の石を挟まなくて良かった)。
- 着手回数32手制限ルール
- 初期のリバーシでは、両対局者はそれぞれ最大32回しか石を打つことができなかった。つまり、ゲーム開始時に各々の手元に32個の石が配布され、相手のパスによって自分が連続して着手した結果手元の32個の石を使い果たしてしまった場合は、それ以降の自分の手番がすべてパスになった。
同書によると当時のリバーシの石の色は黒と白 (black and white) であり、現在のオセロと同様である[15]。もっとも、ジャック・アンド・サンから発売されたオリジナルのリバーシは、チェッカーと同様に黒白[23]、黒赤[24]、赤白[25]という少なくとも3通りのバージョンが存在していたことがボードゲーム収集家のリチャード・バラムのコレクションで確認できる。
20世紀のリバーシ
リバーシが考案されてから20年ほどの間にルールの変遷があった。まず、着手回数32手制限ルールはすぐに廃止され、相手がパスした場合には相手の手元の石を使ってもよいことになった[26]。1900年頃のF・H・エアーズのリバーシに添付されたルール説明書には、「彼が打つことができないでいる限り、対戦相手は彼の石を使用して打つ」と明記されている[27]。また、初期配置に関しては、簡便のために最初から中央4マスに石を置いてからゲームを開始するのが主流となった[26]。この結果、20世紀初頭には、現在のオセロとのルール上の違いはほぼなくなっており[26]、1907年に編纂された『世界遊戯法大全』では現在のオセロと完全に同一のルールが定められている[16]。
もっとも、初期配置に関しては、図の3つのルールがローカルルールとして併存しており、どのルールを採用するかは競技団体・競技者や開発メーカーによって違いがあった[28][注釈 6]。
なお、クロス・ルールを採用した場合(『世界遊戯法大全』など)には現在のオセロと完全に同一のルールとなる。
石の色については、黒白のものもあったが[31]、黒赤が主流となった。日本では源平になぞらえて主に紅白(赤白)の石を使った。
リバーシは、早くから日本にも輸入され、「源平碁」という名前で発売された[32][33]。なお、名称は「源平碁」であるが、碁石ではなく表裏が別の色に塗り分けられた通常通りのリバーシの石でプレイされた[34]。幼少期の明仁親王(のちの天皇・上皇)も父の昭和天皇とリバーシで遊んでいた[35]。
リバーシ(源平碁)は現在のオセロとよく似たゲームである[12]。しかし、現在のオセロほどの支持を得ることはできず、忘れられた存在となっていった[12]。オセロ発売当初の説明によれば、長谷川は幼少期に兄がプレイしているのを見てリバーシのことを知った[9]。そして、忘れられたゲームだったリバーシの道具を1970年頃に東京で改良して復活させたものがオセロである[12][9]。
挟み碁
近年の長谷川の主張によれば、オセロのルーツは、第二次世界大戦が終わって間もない1945年の夏に水戸市で長谷川が考案した簡易囲碁ゲーム挟み碁である[注釈 7][13]。
長谷川によれば、当時の長谷川は相手の石を囲んだら取れるという囲碁のルールがよく分からなかったため、相手の石を挟んだら取れるという簡易ルールで遊んでいた[13]。その後、石を取るのではなく、相手の石を挟んだら自分の石と置き換えるというルールに改良し、現在のオセロに近いものとなった[13]。さらに、自分の石と置き換える作業を簡単にするため、碁石ではなく表裏を黒白に塗り分けた紙の石を裏返すというアイデアに至った[13]。
挟み碁には挟んだら裏返すという基本原理以外に定まったルールはなかった[13]。盤面は長谷川が自作した8×8、8×9、9×10、八角形など多様な形状のものを使用し、「複数の石を挟んだときも裏返せる石は1個のみ」あるいは「挟んだ石のうち裏返したくない石は裏返さなくていい」など、そのときどきで様々なルールを採用してプレイしていた[17]。
長谷川は、中学・高校・大学にわたって、このゲームを級友と楽しんでいたが、大学卒業によってその機会がなくなり、挟み碁は一旦姿を消すことになった[13]。
これが2000年頃から長谷川が主張するようになったオセロの起源である(ただし、1990年代以前の文献では長谷川は挟み碁について触れていない)。
オセロの成立
1964年当時、東京都で中外製薬の営業担当として仕事をしていた長谷川は、同僚の女子社員たちから何かゲームを教えて欲しいと頼まれた[13][注釈 8]。長谷川は囲碁・将棋ともに五段の腕前を誇り、最初はこれらのゲームを教えたが、難しすぎるとのことで上手く行かなかった[13][2]。また、妻にも囲碁を教えたが、これも上手く行かなかった[13][2]。そんな折に少年時代の記憶にあったリバーシもしくは挟み碁のことを思い出した[13][2]。そこで、自宅で妻と家庭の牛乳瓶の紙蓋[注釈 9]を集めて石を自作し、女子社員たちにルールを教えたところ、彼女らが昼休みにこのゲームを楽しむようになった[13]。
さらに、営業先の病院でもこのゲームを紹介したところ、入院中の患者の時間潰しやリハビリテーションに使えるとのことで好評を博した[13]。長谷川が担当していたある病院の医局長からは「このゲームは社会復帰を目指す患者のリハビリに適し華がある」と太鼓判を押されたという[13][注釈 10][13][17]。
手応えを覚えた長谷川は、仲間たちとともに実験・研究を繰り返し、このゲームをさらに改良することにした。当初長谷川は自作の8×9の盤を使っていたが、1970年10月にメルク(西ドイツの製薬会社)からチェスセットが日本の薬品関係者に贈られると、8×8のチェスボードを採用して、チェスボードに合った牛乳瓶の紙蓋を使用するようになった[38]。さらに、当初長谷川は間接挟みでも石を返すという現在よりもやや複雑なルールを採用していたが、直接挟みのみに限定した簡明なルールに変更した[38][注釈 11]。これにより、1970年頃、東京で現在のオセロと同様のゲームが完成した[38]。
完成したゲームには、当初黒と白の石をパンダに見立てて「ランラン・カンカン」という名前(上野動物園で人気となっていたバンダのカンカンとランランに由来)も検討されていたが[39]、長谷川の父親で旧制水戸高等学校(水高)の英国文学教授であった長谷川四郎の発案で「オセロ」に変更された[13]。これは、英国文学の代表作であるウィリアム・シェイクスピアの戯曲『オセロ』に由来する[13]。緑の平原が広がるイギリスを舞台にして、黒人の将軍・オセロと白人の妻・デズデモーナを中心に敵味方がめまぐるしく寝返るという戯曲のストーリーに、緑の盤面上で黒白の石が裏返って形勢が変わっていくゲーム性をなぞらえたものである[39][13]。
商品化とオセロブーム
1972年10月[40]、長谷川が玩具メーカーのツクダにオセロを持ち込んだところ、これが認められ、商品化が決まった[41][8]。
商品化に先立ち、1973年1月には日本オセロ連盟が設立され、同年4月7日には第1回全日本オセロ選手権大会が開催された[13]。
同年4月25日[42](4月29日とする資料もある[43])、「オフィシャルオセロ」が発売された。商品企画部門の責任者だった和久井威によると、当時玩具に対してキャラクター以外のロイヤリティーを払うという意識が業界にはほとんどなく、オセロも特許権や実用新案権は付いていなかったが、ツクダのオーナーは「おもちゃはアイデアだから」と支払を認めたという[8]。玩具業界には子供向けのボードゲームは4人以上で遊べるべきという意識があったため、2人用ゲームであるオセロは大人をターゲットとして、パッケージ表面にはたばこやライターを写したデザインが採用された[41]。価格は2200円に設定された[8][44]。
初期ロットは在庫を残さないよう3000個で、経費の都合でテレビ宣伝も打たなかったものの、百貨店の店頭などで実演販売をすると着実に売れていった[8][44]。これに自信を得た和久井がその年の年末商戦に向けてテレビCM[注釈 12]を製作したところ、オンエア後の10月からの3か月間で38万個、翌1974年に120万個以上[注釈 13]、1975年に280万個が売れる大ヒット商品となった[8][44][45]。『日経流通新聞』(現『日経MJ』)のヒット商品番付では、1973年、1974年と2年連続で「大関」に選出された[44]。
1977年にアメリカ合衆国でも発売され、その年のうちに100万個が売れたという[44]。この年から、世界オセロ選手権大会も始まった[17]。
ツクダの玩具製造部門は1974年からツクダオリジナルとして独立。2002年、ツクダオリジナルはバンダイの子会社となり、2003年3月には和久井が経営するワクイコーポレーションと経営統合してパルボックスとなった。さらに2005年には、パルボックスはバンダイの子会社メガハウスに統合され、2019年現在はメガハウスがオセロを販売している。なお、アメリカ合衆国ではゲイブリルが最初の販売元だったが[44]、その後数社の変遷を経て、2007年時点ではマテルが欧米での販売権を所有している[44]。
和久井によると、2007年時点でもオセロは年間40~50万個は売れ続けているという[8]。
オセロとリバーシ
オセロとリバーシの違い
ゲーム名 | 最初期の文献(出典) | 開発年・開発者・発売元 | 石の色 | 盤面の形状 | 初期配置 | 複数石挟み | 着手不能時 | 着手回数制限 |
---|---|---|---|---|---|---|---|---|
リバーシ(19世紀) | Reversi and Go Bang (1890年)[15] |
1883年(ロンドン) ルイス・ウォーターマン ジャック・アンド・サン |
|
8×8の正方形 | オリジナル | 全部裏返す | パス | 32手 |
リバーシ(20世紀) | 世界遊戯法大全 (1907年)[16] |
1900年頃 不明 多数 |
|
8×8の正方形 |
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全部裏返す | パス | 無制限 |
オセロ | オセロの打ち方 (1974年)[2] |
1970年頃(東京) 長谷川五郎 ツクダ |
黒白 | 8×8の正方形 | クロス | 全部裏返す | パス | 無制限 |
リバーシ(Reversi、レヴァルシー、源平碁)は、オセロ発売以前からあるほぼ同様のゲームである[46]。リバーシは、19世紀と20世紀でルールがわずかに異なる(細かい変遷については、歴史の節を参照)。20世紀のリバーシには、石の色として黒白、黒赤、赤白の3パターンがあり、初期配置についてクロス、パラレル、オリジナルという3種類のローカルルールが存在した[28]。
オセロは、このうち、石の色に黒白、初期配置にクロスを採用したものと同一である。黒白の石[15]、クロス配置[16]はともに1907年以前の文献に掲載されており、オセロが初出ではない。
なお、「リバーシは盤面の大きさが自由であった」「リバーシはパスができなかった」などとされることがある[47]が、誤りである。実際には、1890年刊行の最初期の解説書の時点から「盤面は8×8の正方形[注釈 14]」「打てる箇所がない場合はパス」というルールが定められており、この点は現在のオセロと同一である[15]。
オセロとリバーシの関係性
オセロは、リバーシよりも後発のゲームであり、そのルールは初期配置クロス・ルールを採用したリバーシと完全に同一である。そのため、オセロは先行するリバーシに依拠して開発されたのか、リバーシに依拠しているならば別ゲームと言えるほどの違いがあるのかという点がしばしば議論される。オセロ開発者の長谷川五郎の説明が一貫しないことから明確な結論は出ておらず、オセロとリバーシの関係性については以下の3つの見解がある。
- オセロはリバーシの商品名の一つ
- リバーシをプレイするために開発された新しい用具の商品名がオセロであるとする見解である[26][33]。この見解に立った場合、オセロで初期配置がクロスに限定されていることは、同一ゲーム内のローカルルールの変化にすぎず、ゲームとしてはロンドン発祥のリバーシの範疇に含まれるということになる。
- オセロはリバーシを改良した新ゲーム
- リバーシが改変されて成立した新しいゲームの名称がオセロであるとする見解である[48]。この見解は、オセロはリバーシに依拠しているものの、1970年頃東京都での長谷川のゲーム研究によって、名称・用具・環境が整備され、初期配置がクロスに限定されたことでゲームとしての本質的な部分が変化し、リバーシとは区別される新ゲームが完成したと考える。
- オセロはリバーシとは独立に考案された類似ゲーム
- オセロはリバーシとは関係なく戦後1945年に水戸市で長谷川が挟み碁として独立に考案した全く別のゲームであるとする見解である[13]。この見解によれば、リバーシとの類似は偶然ということになる。なお、挟み碁というゲームの存在を裏付ける根拠は、2000年以降の長谷川の発言以外になく、他の見解の立場からは、史実でないとされている。
オセロの独自性論争
長谷川は、1973年にツクダからオセロを発売した当初、リバーシの影響下にあること自体は認めたうえで、改良による独自性をアピールし、新ゲームとしてこれを宣伝した[9][10][11][49]。長谷川は1973年の雑誌記事でオセロ開発の経緯について以下のように記し、源平碁(リバーシ)を土台にゲームを改良したと明言している。
何か原型になるものはないか? そのとき私は、兄が30年以上も前の小学生時代に源平碁をやっていたことを思い出した。〔中略〕現在は滅びてしまったが、これを土台に改良すればいけると直感した。 — 長谷川五郎(1973年)、[9]
1981年の著書『オセロの打ち方』でも、長谷川はリバーシ(源平碁)がオセロの原型であると認めたうえで、ゲームの面白さは、ルールが3分の1、名称・用具・環境などの要素が3分の2を占めることを指摘し、後者が不十分であったリバーシは子供の玩具以外の何物でもなかったが、オセロはすべてを整備して大人でも遊べるゲームとして完成させたものであるとアピールしている[12]。
これに対し、複数の専門家がオセロはリバーシと別のゲームと言いうるほどの独自性はなく、リバーシの商品名の一つにすぎないと指摘し、新ゲームとして喧伝されていることに批判的な見解を示した。
小説家の都筑道夫は、オセロ発売直後に疑問を抱いて独自の調査を行い、娯楽研究家である矢野目源一の著書『娯楽大百科』[50]の記述などに基づいて、オセロはリバーシとそのまま同一のゲームであるといち早く指摘した。都筑は、ツクダが海外輸出を目指していることに触れ、以下のようにオセロを批判している。
碁将棋をしのぐ日本の新しいゲーム、なぞとむこうへ持っていったら、なんだ、珍しくもない、リヴァースィじゃないか、といわれるだけだろう。 — 都筑道夫、[51]
小説家でパズル・ゲーム研究家の田中潤司は、都筑に対して、リバーシは昔から日本でも源平碁として親しまれており、オセロ発売5年前の他社のカタログにも掲載されているという事実を紹介した。田中は、以下のように述べ、発売元のツクダが長谷川にロイヤリティーを支払ったことについて疑問を呈している。
あれは源平碁ですよ。〔中略〕だいたい、昔からあるものを、発売元が知らないのが、おかしいんですよ。 — 田中潤司、[51]
アメリカ合衆国の数学者でパズル・ゲーム研究家のマーティン・ガードナーは、オセロがアメリカ合衆国で発売された年に、サイエンティフィック・アメリカンの連載「数学ゲーム」の中で以下のように記し、わざわざ高額のオセロを購入しなくても同じゲームがプレイできると読者にアドバイスしている。
Othello is the 19th-century English board game of reversi with nothing altered except the name.
(オセロは名前以外に何一つ変わりがない19世紀イギリスのボードゲーム・リバーシだ) — マーティン・ガードナー、[52]
なお、長谷川はオセロ発売前の1971年に新しい源平碁(リバーシ)用具の実用新案を出願(のちに登録拒絶が確定)している[53]。これに基づけば、長谷川は、自身の開発したものは新ゲームではなくリバーシの用具の一つにすぎないと認識していたことになる。
リバーシとオセロのルール上の唯一の違いである、クロス配置への限定については、肯定的な評価も否定的に評価も存在する。元オセロ世界チャンピオンのベン・シーリーは、パラレル配置では白番が完勝してしまう展開があるが、クロス配置では黒白の利点が拮抗して引き分けに至る展開が多いことを指摘し、クロス配置を採用した長谷川を高く評価している[54]。一方、ゲーム研究家の草場純は、クロス配置がパラレル配置に劣る理由として、初期配置の状態で180度回転させても同じだから上下が区別できなくなってしまう点、初手がすべて対称形なので選択の余地がない無意味な一手になってしまう点を指摘し、長谷川が初期配置をクロスに限定したことを「オセロはリバーシの改悪」と断じ、厳しく批判している[46][55][56]。
オセロの商標とその影響
ゲームとしての独自性の有無はともかくとして、長谷川の構築した名称・用具・環境を伴うブランド力によってオセロは全世界に普及した。オセロの認知度が向上するに伴い、次第にリバーシ自体がオセロの影響を受けるようになった。
20世紀のリバーシにはクロス、パラレル、オリジナルの3つの初期配置ルールが存在することは前述したが、現代ではパラレルやオリジナルのルールでプレイされることはほとんどなく、オセロと同様のクロス配置が主流となっている[57]。また、石の色も黒白、黒赤、赤白の3パターンがあったが、こちらも現代ではオセロと同じ黒白が主流となっている。つまり、もはや両者に違いはなく、実質的にリバーシはオセロの別名と言いうる状況となっている。
これは、オセロの商標権を持つツクダ(後のツクダオリジナル、パルボックス、メガハウス)以外の各社が、商標権との抵触を避けつつオセロと同様の商品を販売するためにリバーシの名を借りたためである[57]。1973年のオセロ発売当初、「オセロ」という商品名は商標として、黒白の石や緑の盤面などのデザインは意匠として、ともにツクダによって登録され、権利保護の対象となっていた。その後、意匠権は保護期間の20年が満了したため、他社も同一のデザインを使用することができるようになったが、商標権は2019年現在も保護が続いている。そこで、他社は、オセロはリバーシの商品名の一つであるとする見解に基づき、「リバーシ」の商品名でオセロと同一デザインの商品を発売するのが一般的となっているのである[57]。
1999年には、日本最大手のオセロ情報サイトを運営していた元タイトルホルダーのオセロ選手に対し、商標権侵害であるとしてツクダオリジナルが内容証明郵便を送り付けたことがきっかけとなって、日本で商標権のないリバーシに着目する動きが広まり、元タイトルホルダー4名を含む多数の高段者たちが集まって日本リバーシ協会を設立した[58][59][26][60]。日本リバーシ協会の理事に対して「リバーシ禁止―オセロ連盟を除名」と題した脅迫状が送り付けられる事件が発生し[61]、日本オセロ連盟の一部幹部からは、リバーシはオセロと敵対するゲームであるとして日本リバーシ協会を排斥する主張がなされたとされる[62]。その後、日本リバーシ協会は活動を停止した。
なお、日本の公共放送NHKでは、かつてはオセロの商標を避けるために「白と黒の石を取り合うゲーム」などと言い換えて報道していたが、2018年頃からは「オセロ」と報道するようになっている[注釈 15]。
リバーシ依拠性論争
発売当初はリバーシの影響下にあることを公言していた長谷川だが、次第にそれを伏せるようになった。そして、2000年頃、長谷川はリバーシとは無関係に1945年に水戸で自身が独立にゲームを考案したとする新たな見解を示した。当時、日本オセロ連盟のウェブサイトには「オセロの起源はリバーシ」と明記されていたが、連盟会長の長谷川が執筆した「戦後、水戸、碁石」という新しい文章に差し替えられた[63][64]。長谷川は、この文章の中で以下のように主張した。
オセロの原形は、1945年9月に茨城県水戸市で生まれました。〔中略〕囲碁(相手の石を囲んだら取る)を良く知らない中1の生徒達のガヤガヤワイワイの中から、相手の石を挟んだら取るというルールが私の発案で生まれました。 — 長谷川五郎(2000年)、[65]
この件に関し、連盟HP委員として差し替え作業を担当したhaseraは次のように語っている。
「オセロが水戸発祥って2000年くらいに突然五郎さんが言い出して僕なんかは困惑した話なんですよ。それまでは1960年代にゲーム研究して1973年までに完成・発売したという話を信じてたのに、急に戦後の水戸発祥ってことになった。 — hasera、[66]
これ以降、オセロはリバーシとは独立に水戸で考案されたとする情報が広く拡散した[注釈 16]。
オセロ販売元のメガハウスは、2020年現在、オセロは長谷川が水戸で独立に考案したとする説を採っている[68]。水戸市は、同説に基づき、「オセロ発祥の地」を自称し、オセロにまつわる様々なイベントを開催している[69][70][注釈 17]。
一方、世界オセロ連盟は、2020年現在オセロの歴史に関する項を空欄にしており、態度を明らかにしていないが[71]、長谷川が死去した2016年には、当時の世界オセロ連盟会長だったトール・ビルゲル・スコーゲンが、長谷川はリバーシに基づいてオセロを開発したとする見解を示しつつ長谷川に哀悼の意を示す声明を発表した[48]。
なお、オセロがリバーシに依拠して開発されたのかどうかはともかくとして、いずれにしても長谷川がオセロを発売した時点ですでにリバーシの開発者はこの世におらず、特に権利関係が問題視されることはない。
戦術
オセロ戦術の発展
オセロは単純なルールでありながら、勝つためには頭脳、読み合い、駆け引きが要求される[1]。非常に多彩な戦術が知られており、「覚えるのに一分、極めるのに一生 (A minute to learn, a lifetime to master)」という言葉がキャッチフレーズになっている[13][注釈 18]。
1890年のリバーシの解説書には、すでにいくつかの戦術が掲載されていた[15]。隅の重要性や序盤での注意点など基本的な戦術が解説されている[15]。
さらに進んで、現在知られている詳細な戦術を体系的に整備したのは、オセロのパッケージを開発した長谷川五郎である[5][2]。長谷川は、1974年に『オセロの打ち方』を著し、この中で、様々な棋譜とともに勝つための戦術を体系的に解説した。
その後、オセロの流行とともに様々な強豪プレイヤーが自らの理論を書籍として出版し、オセロ戦術は日々進歩を遂げている。
ここでは、標準的な戦術書でよく解説される基礎的な概念を説明することで、オセロ戦術の全体像を概観する。
定石
図は、序盤の3手目の局面である。ルール上、ここで黒番にはc4、d3、e6、f7の4つの選択肢がある。しかしながら、c4、d3、f7の進行は白番が正しく対応すればいずれも黒番必敗となることが判明しているため、初心者を除けば黒番は必ずe6と打つ[5][72]。
このように、不利にならない手は限られているから、双方がある程度の実力を有していれば序盤の進行はいくつかの決まったパターンに収束しやすい。そういったパターン化された進行を「定石」という[5][72][73]。上級者同士の対局では、基本的な定石を双方が覚えたうえで、どの定石を選択するか、どこで定石から変化するかなど細かい駆け引きを行う[5][73]。
主要な定石には、盤上の石の形を動物などに見立てて、名前が与えられている[注釈 19]。中でも、兎定石、虎定石、牛定石、鼠定石の4つは最も基本的なものであり、四大定石と呼ばれている[5]。
兎定石は、比較的変化が少なく、王道を往く基本形が深く研究されているため、初級者にも好まれる[73]。
虎定石は非常に変化が多く、相手の研究を外す目的で上級者が好んで採用する[73]。
牛定石は、シンプルな展開からスリリングな展開まで様々な展開が考えられる[73][5]。
鼠定石は、現在では黒番が有利であることが判明しており、白番が避ける傾向にあるため、ほとんど打たれない[72]。
一石返しと中割り
図の局面は一見すると黒石がとても多く、初心者には黒番がリードしているように見えるかもしれない。しかし、黒番はここでg7以外に打てる箇所がない。そこで仕方なく黒番がg7に打つと白番がh8の隅を取れる状態になるから、黒番は圧倒的不利となる。
このように、オセロでは序盤・中盤の局面で石が多いからといって必ずしも有利というわけではない。多くの場合はその逆であり、石が多すぎる側は不利となる[12][5][72][73]。オセロは相手の石を挟まなければ着手できないため、相手の石が少なかったり、相手の石が自分の石で囲まれていたりすると、着手可能な箇所が少なくなり、本来打ちたくない箇所に打つしかなくなってしまうのである。逆に言えば、序盤・中盤では、石を取りすぎず、自分の石が相手の石に囲まれた状態を目指すのが基本となる[5][73]。
例えば、図は兎定石の9手目の局面であるが、ここで黒番の定石手はe6である。この手は、e5の白石1つだけを挟む手であるから自分の石を増やしすぎることはない。また、e5はすでに周囲を他の石で囲まれているから、自分の石を相手の石の中に潜り込ませることができる。したがって、理想的な好手である。
好手の類型として「一石返し」と「中割り」が有名である[12][5][72]。一石返しは、相手の石を1つだけ挟むように打つことである。中割りは、周囲をほぼ他の石に囲まれている相手の石だけを挟むように打つことである。一石返しは自分の石を必要以上に増やさない手であり、中割りは自分の石を相手の石で囲ませる手であるため、これらを意識することで好手を発見しやすくなる[12][5][72]。図でのe6という手は、一石返しでなおかつ中割りである。
隅とその周辺
図の局面で、黒石はどれも終局までに白石に挟まれてしまう可能性があるが、10個の白石はもはや黒石で挟むことができない。したがって、これらの白石は終局まで白石であることが確定している。
このような、挟まれることがないから終局まで色が変わらないと確定した石のことを「確定石」という[5][72]。確定石を増やしていくことは、勝利に直結するので重要である[12][5][72]。
オセロで勝つために大切な要素の一つとして「隅」がある[5]。オセロ盤のうち四隅のマス(a1、a8、h1、h8)については、挟むことができないから、隅に石を置けば必ず確定石となる。また、図のように隅から隣接するマスに同じ色の石が置かれている場合には、それらも確定石となることがある。したがって、隅を狙うのはオセロの基本となる[12][5][72][73]。
隅と関連して重要な概念として、CとXがある[5]。図で黒石を置いたマス(隅と縦横に隣接するマス)がC、白石を置いたマス(隅と斜めに隣接するマス)がXである[5]。
当然のことながら、CやXに自分が石を打たなければ、相手に隅を取られることはない。したがって、初心者の間は、CやXを極力避け、相手がCやXに打ってきたら隅を取りに行くという戦術がよく使われる。しかし、初心者を脱すると、あえてXに打って相手に隅を取らせたうえで自分はCを取り、Cを基点に隣接する大量のマスを自分のものにするといった勝負手も必要となってくる[75][17]。いずれにしても、隅、C、Xに関する攻防は初心者から上級者まで注目されるポイントである[5]。
手止まりと偶数理論
図のような局面を考える。ここで黒番が左下のb7に打ち込むと、c7、d7、e7の3つの石を黒石にすることができる。そして、b7の周辺にはもう空きマスがないから、これらの石が再び白番に返される心配はなく、良い手であると考えられる。
このように、隣接する空きマスが他にないマスに打ち込むことを「手止まり」と言い、終盤戦では手止まりを打つのが一つの目標となる[12][5][73]。
終盤戦において重要となるのは、まずは先を読み切って地道に石を数えることである。しかし、石を数えることのほかに、互いに隣接する空きマスの数に着目することである程度類型的に好手を見つけることができる[5][72]。手止まりを打つこともその一つである。
図は、さきほどの局面から黒番がb7に打った局面である。ここで互いに隣接する空きマスの数を見ると、左上には3つ(奇数)の空きマスがあり、中央上には2つ(偶数)の空きマスがある。この局面で白番が打つべき最善手は、左上の空きマスの数を2つ(偶数)にするa1である。次に黒番b2に対して、すかさずb1とすれば手止まりが打てるし、さらに黒番d1に対してe1とすればまた手止まりが打てる。
重要なのは、白番は互いに隣接する空きマスの数を偶数にしていることである。偶数にしておけば空きマスが1つのときに自分の手番になるから、そこで手止まりが打てるというわけである。これを「偶数理論」と呼び、手止まりをたくさん打つために有効な理論である[5][72]。
黒番・白番それぞれの戦略
オセロの戦略は、黒番と白番でそれぞれ違いがある[5]。
まず、黒番の初手は、どこへ打っても対称形になるため、実質的意味はない。白番の2手目には縦取り、斜め取り、並び取りの3つの選択肢がある。
縦取りは兎定石・虎定石、斜め取りは牛定石、並び取りは鼠定石を志向した手であり、白番が得意な定石を選択できる[5]。縦取りの場合、これに対して黒番はc5として兎定石にするか、c3として虎定石にするかを選択できる[5]。兎・虎・牛・鼠のいずれの定石においても様々な変化があるが、黒番が変化を選択できることが多いため、どちらかと言うと黒番が定石の主導権を握りやすいと言われている[5][72]。
終盤戦では、白番は偶数理論を使って積極的に手止まりを狙っていくことができる。終局までパスがなければ、偶数理論を使うことができるのは後攻の白番のみであるため、一般に終盤戦は白番が打ちやすいと言われている[5][72]。もっとも、白番が打てない空きマスを作ることで黒番が偶数理論を逆用する「逆偶数理論」などの戦術もある[75]。
このように、黒番・白番それぞれに強みとなる部分があり、どちらが有利か一概には言えない。コンピュータによる完全解析はなされておらず、部分的な解析結果からは引き分けが結論となる可能性が高いと言われている[76]。なお、これまでに行われた対局の統計では、ほぼ互角であるが白番がわずかに勝ち越している[77]。
オセロとコンピュータ
コンピュータオセロの発展
オセロは、シンプルなルールがコンピュータのプログラミングに適しているため、プログラミングの教材やコンピュータゲームの製品として、これまで数々のコンピュータ・プログラムが開発されてきた[78]。オセロがアメリカ合衆国で発売された1977年、早くも4月にはN・J・D・ジェイコブスが世界初とされるコンピュータオセロのプログラムをサイエンティフィック・アメリカン誌に掲載した[52]。翌1978年にはアーケードゲーム(任天堂)[79]、1980年には家庭用ゲーム(Atari 2600)としてコンピュータオセロが製品化された。また、1980年の10月からはアスキーによりオセロ・プログラム同士を対局させる「マイクロオセロリーグ」が定期的に開催され、その模様は記事として掲載された[78]。1986年には同社からオセロを題材とした思考ゲームのプログラミング解説書も出版された[78]。
最古のコンピュータオセロは特別強いものではなかったが、数年が経つとアルゴリズムが整理され、終盤の正確な読みによって瞬く間に人間の上級者とも戦えるようになった。1980年にはオセロ・プログラムのMoorが当時の世界チャンピオン・井上博を相手に初めて1勝を挙げた(6番勝負で1勝5敗)[76]。1982年には森田和郎の開発した森田オセロが全日本選手権2位の北島秀樹ら強豪プレイヤーたちが集う大会にゲスト参加して6戦全勝で優勝した[76]。その後、ハードウェアの進歩とソフトウェアの改良によってコンピュータオセロは着実に力を伸ばしたが、1980年の井上戦から17年間、公の場で人間の世界チャンピオンと対戦する機会はなかった[76]。
1997年8月、オセロ・プログラムのLogistelloが村上健(当時の世界チャンピオン)と対戦して6番勝負で6勝0敗の成績を残し、コンピュータオセロの実力がすでに人間のトッププレイヤーを超えていることを証明した[80]。実際には、それ以前からコンピュータの実力が人間を上回っていたことは明らかであり、村上は「もはや人間が及ぶレベルではありませんでした。負けると思っていました」と潔くLogistelloを称えた[76]。なお、同年5月にはコンピュータチェスのディープ・ブルーがガルリ・カスパロフを破ったばかりだった[注釈 20]。
現在では、トップレベルのオセロ・プログラムに人間が勝つことはまず不可能と考えられており、スマホで動作する無料のプログラムの中にも人間の世界チャンピオンを凌ぐレベルのものがある。人間のプレイヤーも自身の研究にコンピュータオセロを活用するようになっている[76]。このほか、2019年には、負けることに特化した「最弱オセロ」が公開されて話題となるなど、多様な研究が進められている[81][82][83]。
オセロの解析
オセロは二人零和有限確定完全情報ゲームに分類され、ゲーム木複雑性は10の58乗程度である[84]。そのほかの代表的な二人零和有限確定完全情報ゲームでは、チェッカーが10の31乗程度、連珠が10の70乗程度、チェスが10の123乗程度、シャンチーが10の150乗程度、将棋が10の226乗程度、囲碁が10の360乗程度となっており、オセロのゲーム木はチェッカーの次に小さい。
二人零和有限確定完全情報ゲームは、理論上は双方最善手ならば先手必勝・後手必勝・引き分けのいずれかの結論が下せるはずだが、オセロは2019年時点で未だにコンピュータによる完全解析はされておらず、結論は不明である[注釈 21]。部分的には、以下の事実が判明している。
- オセロのある局面が黒番必勝・白番必勝・引き分けのいずれであるかを判定する問題は、PSPACE完全である[85]。
- 盤面を4×4に縮小したオセロは、3対13で白番(後手)の必勝となる[注釈 22][86]。
- 盤面を6×6に縮小したオセロは、16対20で白番(後手)の必勝となる[87]。
- 通常通りの8×8のオセロでは、一部の定石で引き分けとなることが判明している[88]。
なお、8×8のオセロの結論は引き分けになる可能性が高いと言われている[76]。
オセロと文化
普及度
オセロは国際的に普及している。2015年時点で、世界36の国と地域に連盟があり、世界競技人口は約6億人と推計されている[89]。
ツクダでオセロの商品化を担当した和久井威は、オセロがロングセラーとなった要因に対象年齢が幅広いことを挙げている[注釈 23][8]。オセロは、石の誤飲の危険性を考慮して対象年齢を6歳以上としているが、実際には何歳からでもプレイは可能である[90]。通常10分間以内[注釈 24]に決着がつくため、学校の休み時間などで楽しむことも可能である[68]。また、高齢者にも人気があり、老人福祉施設などでもプレイされている[91]。なお、2019年3月現在、長寿世界一の人物である日本の田中カ子(116歳)がオセロを毎日プレイしていると話しており、最高齢競技者である[92]。
インターネットでのオンライン対戦やコンピュータゲームとしても各国でプレイされている。Microsoft Windowsの1.0、2.0、2.1、3.0、Me、XPの各バージョンには、「リバーシ」という名称でオセロが標準搭載された。
日本におけるオセロ
特に日本の競技人口は多く、長谷川五郎によると2001年頃の時点で約6000万人である[5]。長谷川は、日本国内の競技人口は、将棋が約1500万人、囲碁が約1000万人、チェスが約500万人であり、オセロはこれらを上回っていると主張している[5]。なお、公益財団法人日本生産性本部余暇創研が発行している『レジャー白書2018』によれば、日本国内の競技人口は、トランプ・オセロ・カルタ・花札などが約2370万人、将棋が約700万人、囲碁が約190万人、チェスが調査対象外となっている[93][注釈 25]。オセロと同様のゲーム(ただし石のサイズ等はオセロの公式規定とやや異なることもある)は、「リバーシ」などの名前で安価なポータブルゲームとしてコンビニエンスストアなど様々な店舗で販売されている。
日本では、オセロを題材にして様々な文化的活動が行われている。
- 小説家の恩田陸は、1995年に『常野物語』シリーズのうちの一作としてオセロをモチーフにした短編小説「オセロ・ゲーム」を発表した[94]。
- 小説家の佐藤多佳子は、2002年にオセロをモチーフにした短編小説「オセロ・ゲーム」を発表した[95]。
- 漫画家の池沢理美は、2001年から2004年にかけてオセロをモチーフにした漫画『オセロ』を発表した[96]。
- シンガーソングライターの田島貴男のソロユニットであるORIGINAL LOVEは、2006年にアルバム『東京 飛行』の中でオセロをモチーフにした楽曲「オセロ」を発表した。
- シンガーソングライターの川嶋あいは、2015年にアルバム『Be Your Side』の中でオセロをモチーフにした楽曲「オセロ」を発表した。
- 1975年から放送されているクイズ番組のパネルクイズ アタック25は、オセロによく似たボード形式で対戦する[97]。
- 2017年から放送されているクイズ番組の東大王は、「難問オセロ」というコーナーがあり、オセロ形式で対戦する。
- お笑い芸人の中島知子と松嶋尚美は、1993年から2013年まで「オセロ」という名前のお笑いコンビを組んでおり、それぞれ「オセロの黒」「オセロの白」という愛称があった。
このほか、日本の著名人の中には、佐藤健[98]、小島瑠璃子[99]、永山瑛太[100]など、オセロ好きを公言している者も多い。
大会
世界オセロ選手権
世界オセロ選手権 (World Othello Championship) はアメリカ合衆国でオセロが発売された1977年に始まった[101]。当初は世界チャンピオンを決める無差別部門だけで、代表枠も各国1人だったが、1987年からは代表枠が3人に増えて団体部門が始まった。さらに、2005年からは女子部門、2016年からはユース部門(15歳以下)が新設された(女子やユースが無差別部門に出場することも可能)[102]。2019年現在、世界オセロ選手権は世界オセロ連盟が主催している[102]。
第1回大会は日本の東京で開催された[102]。また、10回、20回、30回、40回の記念大会はいずれも日本で開催されている[102]。記念大会は、第20回大会までは長谷川五郎が1970年頃に現在のオセロのパッケージを開発した東京で開催されていたが、既述の通り2000年頃から長谷川が「オセロの発祥は1945年に茨城県水戸市で自身が考案した挟み碁である」と主張するようになったことを受け、三十(みと)の語呂合わせとなる2006年の第30回大会を機に、それ以降は水戸で開催されている[103]。また、2019年の第43回大会は、当初香港で開催予定だったが、逃亡犯条例改正案をめぐる混乱を受け、急遽東京で開催された[注釈 26]。
2019年時点の最多記録は、以下の通りである。
- 個人優勝回数記録
- 無差別部門 7回: 為則英司(日本)(1986, 1988-1990, 1995, 2005-2006)
- 女子部門 2回: 菅原美紗(日本)(2017-2018)、ジョアンナ・ウィリアム(オーストラリア)(2014, 2019)
- ユース部門 2回: 髙橋晃大(日本)(2017, 2019)
- 個人連覇記録
- 無差別部門 3連覇: 為則英司(日本)(1988-1990)
- 女子部門 2連覇: 菅原美紗(日本)(2017-2018)
- ユース部門: なし
- 国別優勝回数記録
- 無差別部門 32回: 日本 (1977-1979, 1981-1983, 1985-1991, 1994-1998, 2000, 2005-2007, 2009-2015, 2017-2019)
- 女子部門 6回: 日本 (2005-2007, 2009, 2017-2018)
- ユース部門 4回: 日本 (2016-2019)
- 団体部門 17回: 日本 (1999, 2003, 2005-2019)
- 国別連覇記録
- 無差別部門 7連覇: 日本 (1985-1991, 2009-2015)
- 女子部門 3連覇: 日本 (2005-2007)
- ユース部門 4連覇: 日本 (2016-2019)
- 団体部門 15連覇: 日本 (2005-2019)
これまでの大会結果は以下の通り[102][104][105](国際大会で合計2回以上優勝した者に着色)。
開催年 | 開催地 | 無差別部門優勝者 | 無差別部門準優勝者 | 女子部門優勝者 | ユース部門優勝者 | 団体部門優勝国 | |
---|---|---|---|---|---|---|---|
第 1回 | 1977年 | 東京 | 井上博 | トーマス・ヘイベル | |||
第 | 2回1978年 | ニューヨーク | 丸岡秀範 | キャロル・ジェイコブズ | |||
第 | 3回1979年 | ローマ | 井上博 | ジョナサン・サーフ | |||
第 | 4回1980年 | ロンドン | ジョナサン・サーフ | 三村卓也 | |||
第 | 5回1981年 | ブリュッセル | 丸岡秀範 | ブライアン・ローズ | |||
第 | 6回1982年 | ストックホルム | 谷田邦彦 | デイビッド・シェイマン | |||
第 | 7回1983年 | パリ | 石井健一 | イムレ・リーダー | |||
第 | 8回1984年 | メルボルン | ポール・ラル | 谷口良一 | |||
第 | 9回1985年 | アテネ | 瀧澤雅樹 | パオロ・ギラルダート | |||
第10回 | 1986年 | 東京 | 為則英司 | ポール・ラル | |||
第11回 | 1987年 | ミラノ | 石井健一 | ポール・ラル | アメリカ合衆国 | ||
第12回 | 1988年 | パリ | 為則英司 | グラハム・ブライトウェル | イギリス | ||
第13回 | 1989年 | ワルシャワ | 為則英司 | グラハム・ブライトウェル | イギリス | ||
第14回 | 1990年 | ストックホルム | 為則英司 | ディディエ・ピオ | フランス | ||
第15回 | 1991年 | ニューヨーク | 金田繁 | ポール・ラル | アメリカ合衆国 | ||
第16回 | 1992年 | バルセロナ | マルク・タステ | デイビッド・シェイマン | イギリス | ||
第17回 | 1993年 | ロンドン | デイビッド・シェイマン | エマニュエル・カスパール | アメリカ合衆国 | ||
第18回 | 1994年 | パリ | 瀧澤雅樹 | カーステン・フェルボー | フランス | ||
第19回 | 1995年 | メルボルン | 為則英司 | デイビッド・シェイマン | アメリカ合衆国 | ||
第20回 | 1996年 | 東京 | 村上健 | ステファン・ニコレ | イギリス | ||
第21回 | 1997年 | アテネ | 末國誠[注釈 27] | グラハム・ブライトウェル | イギリス | ||
第22回 | 1998年 | バルセロナ | 村上健 | エマニュエル・カスパール | フランス | ||
第23回 | 1999年 | ミラノ | デイビッド・シェイマン | 中島哲也 | 日本 | ||
第24回 | 2000年 | コペンハーゲン | 村上健 | ブライアン・ローズ | アメリカ合衆国 | ||
第25回 | 2001年 | ニューヨーク | ブライアン・ローズ | ラファエル・シュライバー | アメリカ合衆国 | ||
第26回 | 2002年 | アムステルダム | デイビッド・シェイマン | ベン・シーリー | アメリカ合衆国 | ||
第27回 | 2003年 | ストックホルム | ベン・シーリー | 末國誠[注釈 27] | 日本 | ||
第28回 | 2004年 | ロンドン | ベン・シーリー | 末國誠[注釈 27] | アメリカ合衆国 | ||
第29回 | 2005年 | レイキャヴィーク | 為則英司 | イ・クァンウク | 星央子[注釈 28] | 日本 | |
第30回 | 2006年 | 水戸 | 為則英司 | マコト・スエクニ[注釈 27] | 辻淑美[注釈 29] | 日本 | |
第31回 | 2007年 | アテネ | 冨永健太 | ステファン・ニコレ | 龍見有希子 | 日本 | |
第32回 | 2008年 | オスロ | ミケーレ・ボラッシ | 宮岡環 | リーヤー・イェー | 日本 | |
第33回 | 2009年 | ヘント | 高梨悠介 | マティアス・ベルク | 浦島芽衣 | 日本 | |
第34回 | 2010年 | ローマ | 高梨悠介 | ミケーレ・ボラッシ | イェスカ・ヘルメス | 日本 | |
第35回 | 2011年 | ニューアーク | 信川紘輝 | ピヤナット・アンチュリー | チエン・ツァイ | 日本 | |
第36回 | 2012年 | レーワルデン | 高梨悠介 | 岡本一樹 | ベロニカ・ステンベリ | 日本 | |
第37回 | 2013年 | ストックホルム | 岡本一樹 | ピヤナット・アンチュリー | ケイティ・ウー | 日本 | |
第38回 | 2014年 | バンコク | 末國誠[注釈 27] | ベン・シーリー | ジョアンナ・ウィリアム | 日本 | |
第39回 | 2015年 | ケンブリッジ | 高梨悠介 | 末國誠[注釈 27] | ヨーコ・サノ[注釈 30] | 日本 | |
第40回 | 2016年 | 水戸 | ピヤナット・アンチュリー | イェン・ソン | チェン・トン | 和田真幹 | 日本 |
第41回 | 2017年 | ヘント | 高梨悠介 | 髙橋晃大 | 菅原美紗 | 髙橋晃大 | 日本 |
第42回 | 2018年 | プラハ | 福地啓介 | ピヤナット・アンチュリー | 菅原美紗 | 福地啓介 | 日本 |
第43回 | 2019年 | 東京 | 髙橋晃大 | 高梨悠介 | ジョアンナ・ウィリアム | 髙橋晃大 | 日本 |
オセロワールドカップ
オセロワールドカップ (Othello World Cup) は、オセロの発売40周年を記念し、世界オセロ選手権と並ぶもう一つの世界大会として日本オセロ連盟とニッポン放送の主催で2013年に始まり、2014年まで開催された[106][107][108]。通常のオセロ以外にも、10×10の盤面を用いるグランドオセロ、八角形の盤面を用いるエイトスターズオセロも競技種目となっていた[106]。このほか、オセロ開発者の長谷川五郎が新たに開発した全く別のゲームであるミラクルファイブの大会も併せて開催された[106]。
これまでの大会結果は以下の通り[104][105](国際大会で合計2回以上優勝した者に着色)。
開催年 | 開催地 | 無差別部門優勝者 | 無差別部門準優勝者 | 女子部門優勝者 | グランドオセロ部門優勝者 | エイトスターズオセロ部門優勝者 | |
---|---|---|---|---|---|---|---|
第1回 | 2013年 | 東京 | 伊藤純哉 | 岡本一樹 | ジョアンナ・ウィリアム | マット・ビナー | 中島哲也 |
第2回 | 2014年 | シンガポール | イェン・ソン | 冨永健太 | チェン・トン | 高梨悠介 | 山川高志 |
オセロ日本国内タイトル
オセロの大会の歴史は、1973年の全日本オセロ選手権から始まった[13]。その後、日本ではオセロ名人戦とオセロ王座戦が新設され、三大タイトルとされている[109]。
これまでの大会結果は以下の通り[104][105](国際大会・日本国内大会で合計4回以上優勝した者に着色)。
開催年 | 全日本選手権者 | 名人 | 王座 |
---|---|---|---|
1973年 | 辻嘉一郎 | ||
1974年 | 笠原孝一 | ||
1975年 | 山崎明 | ||
1976年 | 藤田二三夫 | ||
1977年 | 井上博 | ||
1978年 | 丸岡秀範 | ||
1979年 | 井上博 | ||
1980年 | 三村卓也 | 河村末告 | |
1981年 | 丸岡秀範 | 河村末告 | |
1982年 | 谷田邦彦 | 河村末告 | |
1983年 | 石井健一 | 長谷川武 | |
1984年 | 谷口良一 | 石井健一 | |
1985年 | 瀧澤雅樹 | 石井健一 | |
1986年 | 為則英司 | 石井健一 | |
1987年 | 石井健一 | 瀧澤信行 | |
1988年 | 為則英司 | 為則英司 | |
1989年 | 為則英司 | 為則英司 | |
1990年 | 為則英司 | 為則英司 | |
1991年 | 金田繁 | 手塚博久 | |
1992年 | 坂口和大 | 手塚博久 | |
1993年 | 瀧澤信行 | 末國誠[注釈 27] | |
1994年 | 瀧澤雅樹 | 末國誠[注釈 27] | |
1995年 | 為則英司 | 坂口和大 | |
1996年 | 村上健 | 瀧澤雅樹 | |
1997年 | 末國誠[注釈 27] | 中島哲也 | |
1998年 | 村上健 | 中島哲也 | |
1999年 | 冨永健太 | 冨永健太 | |
2000年 | 坂口和大 | 坂口和大 | |
2001年 | 坂口和大 | 村上健 | |
2002年 | 駒野達也 | 北島秀樹 | |
2003年 | 後藤宏 | 末國誠[注釈 27] | |
2004年 | 為則英司 | 末國誠[注釈 27] | |
2005年 | 為則英司 | 宮岡環 | |
2006年 | 中島哲也 | 中島哲也 | 為則英司 |
2007年 | 大野友弘 | 冨永健太 | 中島哲也 |
2008年 | 飯島隆宗 | 宮岡環 | 瀧澤雅樹 |
2009年 | 瀧澤雅樹 | 高梨悠介 | 岡本一樹 |
2010年 | 佐々木惣平 | 高梨悠介 | 瀧澤雅樹 |
2011年 | 岡本一樹 | 信川紘輝 | 戸田智也 |
2012年 | 高梨悠介 | 岡本一樹 | 栗田誠矢 |
2013年 | 宮崎裕司 | 岡本一樹 | 山川高志 |
2014年 | 岡本一樹 | 末國誠[注釈 27] | 末國誠[注釈 27] |
2015年 | 末國誠[注釈 27] | 高梨悠介 | 高梨悠介 |
2016年 | 長野泰志 | 笠井雅也 | 高梨悠介 |
2017年 | 栗田誠矢 | 高梨悠介 | 福永小鉢 |
2018年 | 土屋正太郎 | 清水直希 | 高梨悠介 |
2019年 | 高梨悠介 | 髙橋晃大 | 髙橋晃大 |
開催年 | 全日本女子選手権者 | 女流名人 | 女流王座 |
---|---|---|---|
1973年 | 篠崎幸子 | ||
1974年 | 鈴木富美子 | ||
1975年 | 水谷孝美 | ||
1976年 | 大山恵理子 | ||
1977年 | 水谷美貴子 | ||
1978年 | 石井恵美子 | ||
1979年 | 玉家美樹 | ||
1980年 | 国枝交子 | ||
1981年 | 大橋公江 | ||
1982年 | 大寿美里香 | ||
1983年 | 堀内恵子 | ||
1984年 | 松井琴子 | ||
1985年 | 松井琴子 | ||
1986年 | 田中美由紀[注釈 31] | ||
1987年 | 玉家美樹 | ||
1988年 | 佐藤美由紀[注釈 31] | ||
1989年 | 渡邊あずさ | ||
1990年 | 石井まさみ | ||
1991年 | 渡邊あずさ | ||
1992年 | 渡邊あずさ | ||
1993年 | 大柳真咲 | ||
1994年 | 山中真美 | ||
1995年 | 山中真美 | ||
1996年 | 大柳真咲 | ||
1997年 | 杉山暁美 | ||
1998年 | 佐野洋子[注釈 30] | ||
1999年 | 佐野洋子[注釈 30] | ||
2000年 | 山中真美 | ||
2001年 | 玉家琴江 | ||
2002年 | 木下央子[注釈 28] | 大柳真咲 | |
2003年 | 高野淑美[注釈 29] | 山中真美 | |
2004年 | 木下央子[注釈 28] | 佐野洋子[注釈 30] | |
2005年 | 山中真美、須藤麻依 | 木下央子[注釈 28] | |
2006年 | 龍見有希子 | 早田恵実 | 辻淑美[注釈 29] |
2007年 | 龍見有希子 | 龍見有希子 | 船津あすか |
2008年 | 龍見有希子 | 浦島芽衣 | 辻淑美[注釈 29] |
2009年 | 佐野洋子[注釈 30] | 浦島芽衣 | 齋藤綾 |
2010年 | 谷澤美里 | 谷澤美里 | 齋藤綾 |
2011年 | 佐野洋子[注釈 30] | 桜井結夏 | 佐藤玲子 |
2012年 | 佐藤玲子 | 山中真美 | 山中真美 |
2013年 | 佐野洋子[注釈 30] | ジョアンナ・ウィリアム | 星央子[注釈 28] |
2014年 | 龍見有希子 | 宮岡有希 | 高橋里美 |
2015年 | 船津あすか | 高橋里美 | 早坂敏江 |
2016年 | 羽田潤 | 木下央子[注釈 28] | 龍見有希子 |
2017年 | 菅原美紗 | 山中真美 | 冨所多恵 |
2018年 | 菅原美紗 | 佐藤麗子 | 山中真美 |
2019年 | 菅原美紗 | 乗光歩 |
オセロの段級位
日本オセロ連盟は段級位制を採用しており、主要な世界大会・日本大会の結果に基づき、選手に段位・級位を与えている[110]。2019年現在、最高位の九段を保持しているのは、以下の7名である[111]。
- 為則英司
- 村上健
- 坂口和大
- 末國誠
- 瀧澤雅樹
- 高梨悠介
- 岡本一樹
なお、将棋の段級では、棋士、女流棋士、アマチュアの段級位はそれぞれ別個の制度であるが、オセロの段級位はすべて共通である。
派生ゲーム
ニップ
ニップ (Nip) は、盤面の形を変更したリバーシの派生ゲームである。オセロに先行する類似ゲームとして、オセロ開発者の長谷川五郎がその名を挙げている[12]。
このゲームには、
- 八角形の盤面を用いるニップ
- 円形の盤面を用いるニップ
の2種類がある。
確認されている中で最古のニップは、八角形のニップである。このタイプは、隅を増やすことで競技を多様化するとの意図により、松本彌助によって考案され、1933年に実用新案登録がなされた[112]。なお、リバーシとは異なり、両者ともに打つ箇所がない場合には、ゲームを終了するのではなく、好きなところに打って良いというルールが採用されていた[113]。
1966年に廃業したホテル和光荘は、歴史的建造物として内装がそのまま保存されており、ホテル内で遊ばれていた当時のニップが展示されている。和光荘に展示されているニップは、八角形の盤面であり、石の色は赤白である[114]。なお、オセロ発売前にも関わらず、オセロと同様の緑の盤面を使用している[114]。黒井千次は戦時中に八角形のニップで遊んでいたと語っている[115]。
一方、現在主流となっているのは円形のニップである。このタイプは、隅がないゆえに自分の石を確定させることができず、終盤でいつ逆転が起きてもおかしくないスリリングな展開を特徴としている[116]。円形ニップは、1953年にゲーム会社ハナヤマの創業者である花山直康および蜂須賀千博、中村九蔵によって実用新案出願がなされている[117][118]。ハナヤマのニップは、実用新案の時点ではピン状の駒を盤面に刺してプレイするゲームであったが、その後はリバーシと同様に石を裏返すゲームとなり、複数のゲームが遊べる「ダブルクインテットNEO」や「ゲーム12」といったパッケージの中に収録されて発売された。
公式派生ゲーム
メガハウス(ツクダ、ツクダオリジナル、パルボックス)によるオセロの公式派生ゲームは、これまでに様々なものが発売されてきた。代表的なものは以下の通りである。
- ミニオセロ
- 盤面を8×8から6×6に縮小したもの。
- グランドオセロ(終売)
- 盤面を8×8から10×10に拡大したもの。
- エイトスターズオセロ(終売)
- 旧称「88オセロ(エイティエイトオセロ)」。グランドオセロから盤面の四隅を切り落として8つの隅を持つ八角形状にしたもの。八角形ニップに似ているが、こちらのほうがサイズが大きい。
- みんなでオセロ
- 四人対戦を可能にしたもの。
グランドオセロとエイトスターズオセロは、オセロワールドカップで公式種目に採用された[106]。
その他の派生ゲーム
4人対戦可能なオセロ派生ゲームとしては、前述のみんなでオセロがメガハウス公式の商品として存在するが、このほかにロリット (Rolit) と呼ばれる球体の石を用いたものがある[119]。
非公式の派生ゲームとしては、東京農工大学教授のパズル・ゲーム研究者である小谷善行が1983年に考案したフェアリーオセロが知られている[46][120]。小谷は、オセロという名前は「-Own(自分の石を打つ) Set-Enemy(相手の石を裏返す) Reset-Own(自分の石はそのまま)」というルールを示しているものと意図的に誤読し、これらの単語を様々に組み合わせることで数十種類の派生ゲームのルールを作成した。例えば、オセレ「-Own(自分の石を打つ) Set-Enemy(相手の石を裏返す) Reset-Enemy(相手の石はそのまま)」であれば、自分の石 (Own) と相手の石 (Reset-Enemy) に挟まれた相手の石 (Set-Enemy) を裏返すというルールになる。
また、佐藤周二は、オセロ用具を使用した新ゲーム4・7を考案し、解説書を出版している[121]。
現在はコンピュータゲームやスマートフォンゲームが全盛の中、アナログゲームの売上は減少しており、販売強化手法の一つとして、複数の家庭用ボードゲームを抱き合わせにして製品化するケースも多い。この場合、オセロ石を活用して様々なバリエーションの派生ゲームが追加されることもある。例として、オセロの石を使って、盤面を縮小した囲碁、はさみ将棋、おはじき、積木崩し、トランプのチップ等として遊ぶケースがある。もっとも、これらはあくまでパッケージとしてのおまけにすぎず、独立して大会などが開かれるものではない。
このほか、長谷川五郎が開発した全く新しい別ゲームであるミラクルファイブ(セルゴ、ソクラテス)もオセロの派生ゲームとしてオセロの大会内でプレイされることがある[106]。
文献・資料
総合・歴史
- Waterman v Ayres (1888) (英語). Law Times Reports: Containing All the Cases Argued and Determined in the House of Lords. 59. Law Times Office
- Berkeley, Authorized by Lewis Waterman (1890) (英語). Reversi and Go Bang. Frederick A. Stokes Company
- 松浦政泰「二五八、裏返へし(レヴアルシー)Reversi」『世界遊戯法大全』博文館、1907年12月、187-189頁。ASIN B008Y7Q9QU。(国立国会図書館デジタルコレクション、コマ番号111-112)
- 長谷川五郎「大流行の『オセロ』ゲームづくり一代」『現代』1973年12月号、講談社、1973年、147頁。
- 長谷川五郎『オセロ百人物語 オセロ史を飾った名選手たち』河出書房新社、2005年12月。ISBN 4309906559。
- 「和久井威氏ロングインタビュー」『月刊トイジャーナル』2007年5月号、6月号、東京玩具人形協同組合、2007年。
- 長谷川五郎『オセロゲームの歴史』河出書房新社、2011年7月。ISBN 9784309909134。
戦術
- 長谷川五郎『オセロの打ち方』日本オセロ連盟、1974年。
- 井上博『逆転の発見 ― オセロの定石と必勝戦術』ネコ・パブリッシング、1977年10月。
- 丸岡秀範『ぼくたちオセロエイジ』C・D企画: 大和学芸図書、1979年3月。
- 長谷川五郎『オセロの打ち方 ― 勝つための基本戦術[注釈 32]』講談社、1981年12月。ISBN 4061277596。
- 日本オセロ連盟(編纂) 編『図解 オセロ入門』虹有社、1983年1月。ISBN 4770900058。
- 谷田邦彦『図解 早わかりオセロ ― これが必勝のコツだ!!』日東書院本社、1986年12月。ISBN 4528004933。
- 谷田邦彦『絵でわかるオセロ入門』日東書院本社、1988年5月。ISBN 4528008440。
- 長谷川五郎『オセロ百戦百勝 ― 勝つための技術』』講談社、1990年7月。ISBN 4062048434。
- 長谷川五郎『オセロ大観〈1〉』近代文藝社、1995年9月。ISBN 477334718X。
- 長谷川五郎『オセロ大観〈2〉』近代文藝社、1995年9月。ISBN 4773347198。
- 長谷川五郎『オセロの勝ち方 [改訂新版]』河出書房新社、2006年7月。ISBN 4309269087。
- 長谷川五郎『オセロ教室』近代文藝社、2008年8月。ISBN 4773375825。
- 中島哲也『たのしく上達 図解オセロ ― 定石から必勝テクニックまでわかりやすく解説!』成美堂出版、2009年5月。ISBN 4415305490。
- 村上健『史上最強カラー図解 強くなるオセロ』ナツメ社、2011年3月。ISBN 4816350330。
- 滝沢雅樹(監修) 編『図解 オセロの基本―マンガで覚える』滋慶出版/土屋書店、2011年11月。ISBN 4806912344。
- 佐谷哲『現代オセロの最新理論』マイナビ出版、2019年1月。ISBN 9784839966492。
- 髙橋晃大『髙橋晃大のオセロ必勝手筋100』マイナビ出版、2019年10月。ISBN 9784839969363。
プログラミング
- 森田和郎・国枝交子・津田伸秀『思考ゲームプログラミング ― オセロゲームのアルゴリズムと作成法』アスキー、1986年2月。ISBN 4871481867。
- 池原吉彦『オセロで学ぶ BASIC 入門 ― 手作りプログラムで学ぶコンピュータ基礎講座』技術評論社、1990年7月。ISBN 487408365X。
- Seal Software『リバーシのアルゴリズム C++ & Java 対応 ―「探索アルゴリズム」「評価関数」の設計と実装』工学社、2003年6月。ISBN 4875934289。
コンピュータソフト
- 『オセロマルチビジョン』(FG-1000、ツクダオリジナル、1983) - 本体にゲームを内蔵。セガのSG-1000シリーズと互換性があった。
- 『オセロ』(SG-1000、セガ、1985)
- 『オセロ』(ファミリーコンピュータ、河田、1986/10/13) - 旧ツクダオリジナル(現メガハウス)から正式にライセンスを受けて作られている。
- 『スーパーオセロ』(アーケード、フジワラ、1986)
- 『オセロ』(ゲームボーイ、河田、1990/2/9)
- 『究極のオセロゲーム』(アーケード、サクセス、1990)
- 『オセロワールド』(スーパーファミコン、ツクダオリジナル、1992/4/5) - 評論筋からは「単純に敵が強すぎて初心者に厳しい」と評されている[122]。
- 『オセロワールド』(ゲームボーイ、ツクダオリジナル、1994/9/30)
- 『オセロダービー』(アーケード、サンワイズ、1995)
- 『オセロワールドII 夢と未知への挑戦』(PlayStation、ツクダオリジナル、1995/12/8)
- 『オセロしようよ』(アーケード、サクセス、1998)
- 『オセロミレニアム』(ゲームボーイカラー、ツクダオリジナル、1999/10/8)
- 『中島哲也のオセロセミナー』(Xbox、サクセス、2002)
- 『SuperLite 2000シリーズ オセロ』(PlayStation 2、サクセス、2003/7/31)
- 『オセロ de オセロ DS』(ニンテンドーDS、メガハウス、2008/6/12) - タレントのオセロが登場する。
- 『オセロ』(ニンテンドーDSiウェア、アークシステムワークス、2009/7/29)
- 『オセロ』(Wiiウェア、アークシステムワークス、2009/12/22)
- 『オセロ』(PlayStation Portableオンライン配信、アークシステムワークス、2010/3/25)
- 『オセロ3D』(ニンテンドー3DSダウンロードソフト、アークシステムワークス、2011/6/7)
- 『オセロ』(Wii Uダウンロードソフト、アークシステムワークス、2013/4/17)
- 『オセロ』(PlayStation Vitaオンライン配信、アークシステムワークス、2014/8/7)
- 『オセロ』(Nintendo Switchダウンロードソフト、アークシステムワークス、2017/3/3)
派生ゲーム
- 長谷川五郎『ソクラテスの打ち方』ソラリス、1994年。ISBN 4795203806。
- 佐藤周二『オセロ盤でもできる知的ゲーム 4・7』創栄出版、2006年8月。ISBN 4434081616。
脚注
注釈
- ^ 大会では、このほかに対局時計も使用される。
- ^ 国際的には従前から使われていたルールだが、日本では2014年よりこのルールが追加された。
- ^ 8×8の正方形、8×9の長方形、9×10の長方形、八角形などを使い分けていた
- ^ 複数の石を挟んだときは、全部裏返すルール、1個だけ裏返すルール、挟んだ本人が裏返す個数を自由に決められるルールなど様々なルールを使用していた。
- ^ なお、E・O・ハルビンは、中国の伝統的遊びとしてリバーシとほぼ同様のFan Mienというゲームを紹介しているが[18]、これに対してリスボン大学教授のジョアン・ペドロ・ネトは、Fan Mianは噂にすぎず一切の証拠がないとしている[19]。
- ^ 例えば、市販の源平碁(リバーシ)に添付されたルール説明を確認すると、パラレルとなっているもの[29]、クロスとなっているもの[30]の双方が確認できる。
- ^ 日本オセロ連盟のサイトには長谷川の談話として「黒板をおいた青空授業が9月から始まりました。オセロの原型はそういう環境の下に生まれました。」と記載されている[36]
- ^ オセロ開発のきっかけについて、『オセロゲームの歴史』ではこのように説明しているが、取引先の病院に頼まれたのがきっかけであるとしている書籍もある。長谷川の発言が一定していないため、真相は不明である。
- ^ なお、オセロの石のサイズ(約35ミリメートル)は、牛乳瓶の紙蓋とほぼ同じである。これは、当初牛乳瓶の紙蓋を利用してプレイしていたことに由来する。
- ^ 初期の全日本オセロ選手権大会の実力者に病院関係者が多いことはこのような経緯による[37]。また、オセロ発売前に開かれた「第1回選手権大会」に来た客にも、長谷川の縁でファンとなっていた病院関係者が多かったという。
- ^ なお、近年の長谷川は、1964年に同僚の女子社員に教えた時点から現在と同じ8×8盤を使用していたと主張している。
- ^ ドンキーカルテットのジャイアント吉田を起用。
- ^ 和久井は2年目(1974年)の販売個数について、『トイジャーナル』[8]では「160万個」、『マイナビニュース』[44]では「120万個」と述べている。
- ^ 公式の盤面は8×8だったが、後に「パーフェクトリバーシ」という名称で10×10、「オクトリバーシ」という名称で八角形のバリエーションも発売された。なお、オセロも「グランドオセロ」「エイトスターズオセロ」という名称で全く同様のバリエーションを発売していた。
- ^ この他、NHKでは、2010年頃から『ギネス世界記録』、2017年頃から『ミシュランガイド』などの商標も使われている。
- ^ 雑学ライターの杉村喜光によると、2000年頃から突然一斉に雑学本でオセロが水戸発祥という雑学が語られるようになった[67]
- ^ なお、1974年の長谷川の著書[2]には「オセロ発祥の地は中外製薬(長谷川が勤務していた東京の製薬会社)」と記載されている。
- ^ このキャッチフレーズは、オセロがアメリカ合衆国で発売された際に考案された。
- ^ これは、北海道代表選手の若松雅迪の発案による[74]。
- ^ ディープ・ブルー対ガルリ・カスパロフを参照。なお、そのほかの二人零和有限確定完全情報ゲームでは、1994年にチェッカー、2006年にシャンチー、2017年に囲碁と将棋、2018年に連珠でコンピュータが人間のトッププレイヤーに勝利あるいは引き分けという結果を残した。
- ^ なお、チェッカーは2007年にコンピュータによって完全解析がなされた。
- ^ 実際には黒石が3個、白石が11個、空きマスが2個で終局となるが、現行ルールでは空きマスの数が勝者の石数に加算されるため、3対13で白番の10石勝ちとなる。空きマスに関する過去のルールに基づいて「8石勝ち」と記載している資料もある。
- ^ 和久井は、「夫とオセロをして勝つと夫の機嫌が悪くなり、「待った」をされて結婚以来初めて口答えをした」という87歳の女性の投書が『朝日新聞』に載ったという話を紹介している。
- ^ なお、大会では長時間をかけてプレイされる。例えば、世界オセロ選手権決勝の持ち時間は各40分間なので、両者合わせて最大80分間が必要である。
- ^ 『レジャー白書』では、トランプ・オセロ・カルタ・花札が合算されていることに加え、一年以内に実際に遊んだ者を競技者として数えている(長谷川はルールを知る者すべてを競技者として推計している)ことから、長谷川の推計とは大きく異なった数字になっている。
- ^ 東京での開催は23年ぶり、日本での開催は3年ぶりである。
- ^ a b c d e f g h i j k l m n 末國誠とマコト・スエクニは同一人物。
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- ^ 1974年の書籍の改訂版であるが、内容が大きく異なる。
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関連項目
- 長谷川五郎 - オセロの開発者。
- メガハウス - オセロの販売元。
- ジャック・オブ・ロンドン - リバーシのオリジナルの販売元。
- ミラクルファイブ - 長谷川五郎が開発した別のボードゲーム。