「ヒトジラミ」の版間の差分
ワンニャン・ハイソッ・エッタハード (会話 | 投稿記録) 編集の要約なし |
|||
1行目: | 1行目: | ||
{{Otheruses|頭髪や衣服を生息域とするシラミ|主に陰部を生息域とするシラミ|ケジラミ}} |
|||
{{生物分類表 |
{{生物分類表 |
||
|名称 = ヒトジラミ |
|名称 = ヒトジラミ |
||
43行目: | 44行目: | ||
== 習性 == |
== 習性 == |
||
ヒトジラミの宿主はヒトに限られる。他の動物の血を吸うことが出来ても |
ヒトジラミの宿主はヒトに限られる。理由はよく分かっていないが、他の動物の血を吸うことが出来ても生育は出来ない<ref>佐藤編著(2003),p.126</ref>。 |
||
アタマジラミは常に頭髪にいるが、コロモジラミは下着の縫い目にいて、吸血時のみ肌に移動する。成虫が1日に吸血する回数は、実験では2回とされるが、現実には4回かそれ以上と考えられる<ref>加納・篠永(1997).p.13</ref>。 |
アタマジラミは常に頭髪にいるが、コロモジラミは下着の縫い目にいて、吸血時のみ肌に移動する。成虫が1日に吸血する回数は、実験では2回とされるが、現実には4回かそれ以上と考えられる<ref>加納・篠永(1997).p.13</ref>。 |
||
58行目: | 59行目: | ||
シラミ類は動物の体表に常在するものであり、衣服のようにその外を住処とするのは異例である。衣服は人類のみが持つものであり、そこを住処とするシラミの存在、その発祥には興味の持たれるところである。コロモジラミが体毛に生息するアタマジラミとごく近縁であることは古くより認められた。[[分子系統]]の発達により、これらの近縁性が絶対的な時間を含めて論じられるようになった<ref>以下、Weiss(2009)</ref>。それによると、本種に近縁な同属の種がチンパンジーに寄生するが、それと本種が分岐したのは550万年前である。これは、宿主の種分化の時期、つまり人類の起源にほぼ相当する。ただ、問題なのは、ヒトジラミが遺伝的にはっきりした2タイプがあり、一つは凡世界的なもの、もう一つは新世界のものである。それらが分化したのが、この方法では118万年前となることである。これは、明らかに現生のヒト ''Homo sapiens'' の起源を大幅に上回る。ここから推察されるのは、この種分化が、現生のヒトの祖先が[[ホモ・エレクタス]] ''H. erectus'' から分化してきた頃に起こったと言うことである。それから約100万年、ヒト属の2種が共存し、彼等は交雑はしなかったかも知れないが、外部寄生虫の行き来はあったであろう。この様な中でシラミの2系統が生じ、それが共存するに至ったと考えられる。 |
シラミ類は動物の体表に常在するものであり、衣服のようにその外を住処とするのは異例である。衣服は人類のみが持つものであり、そこを住処とするシラミの存在、その発祥には興味の持たれるところである。コロモジラミが体毛に生息するアタマジラミとごく近縁であることは古くより認められた。[[分子系統]]の発達により、これらの近縁性が絶対的な時間を含めて論じられるようになった<ref>以下、Weiss(2009)</ref>。それによると、本種に近縁な同属の種がチンパンジーに寄生するが、それと本種が分岐したのは550万年前である。これは、宿主の種分化の時期、つまり人類の起源にほぼ相当する。ただ、問題なのは、ヒトジラミが遺伝的にはっきりした2タイプがあり、一つは凡世界的なもの、もう一つは新世界のものである。それらが分化したのが、この方法では118万年前となることである。これは、明らかに現生のヒト ''Homo sapiens'' の起源を大幅に上回る。ここから推察されるのは、この種分化が、現生のヒトの祖先が[[ホモ・エレクタス]] ''H. erectus'' から分化してきた頃に起こったと言うことである。それから約100万年、ヒト属の2種が共存し、彼等は交雑はしなかったかも知れないが、外部寄生虫の行き来はあったであろう。この様な中でシラミの2系統が生じ、それが共存するに至ったと考えられる。 |
||
アタマジラミとコロモジラミが分化したのは10万年前と推定されている。これは人類が衣類を身につけ始めてすぐのことであったと考えられている。アタマジラミは髪の毛に住み着いてその部位の肌から血を吸うが、毛の少ない身体の皮膚では繁殖できない。だが、衣類に生息の場を得て、コロモジラミはそれ以外の皮膚での生息が可能になった。さらに、分子系統によると、コロモジラミはアタマジラミの凡世界系統から複数回にわたって発生したと考えられる。 |
アタマジラミとコロモジラミが分化したのは10万年前と推定されている。これは人類が衣類を身につけ始めてすぐのことであったと考えられている。アタマジラミは髪の毛に住み着いてその部位の肌から血を吸うが、毛の少ない身体の皮膚では繁殖できない。だが、衣類に生息の場を得て、コロモジラミはそれ以外の皮膚での生息が可能になった。さらに、分子系統によると、コロモジラミはアタマジラミの凡世界系統から複数回にわたって発生したと考えられる。最近は[[ケジラミ]]が女性の髪から発見されることがある。これは[[性行為]]の方法が変化したためではないかとの観測がある<ref>日本家屋害虫学会(1995),p.160</ref>。 |
||
== 被害と駆除 == |
== 被害と駆除 == |
||
68行目: | 69行目: | ||
== 現在日本の状況 == |
== 現在日本の状況 == |
||
日本でも古来、アタマジラミ、コロモジラミ共に重要な寄生虫であった。特に[[第二次世界大戦|第二次大戦]]後には衛生面の不備により、両種共に大発生を見た。[[DDT]]がその駆除に使われたことはよく知られている。 |
日本でも古来、アタマジラミ、コロモジラミ共に重要な寄生虫であった。特に[[第二次世界大戦|第二次大戦]]後には衛生面の不備により、両種共に大発生を見た。[[DDT]]がその駆除に使われたことはよく知られている。たかられているかどうかは痒みが目安となる。痒みの原因がシラミからくるものかどうか髪の毛の中をみてもらう習慣は戦後もしばらく続いた。[[白髪]]だとなかなか判別しにくい。 |
||
生活水準の向上と衛生面の改善により、その発生はごく少なくなった。毎日入浴洗髪をし、着替えを頻繁にする条件下では、シラミは生活を維持しづらい。国内では1950年代に両者共にほぼ消滅状態となった。ただし、1970年代から僅かずつ報告があり、1980年代からはやや増加の傾向がある。この理由としてはシラミの側では薬剤耐性の系統が生じたこと、人の側では一度消滅状態になったことで、伝統的なシラミへの対応の知恵が途絶えたことが挙げられる。例えば親にシラミに対する知識がないために、子にシラミが発生してもなかなか気付かず、大繁殖を始めてようやく気付く、といった例がある。また、[[ホームレス]]や[[独居老人]]といったシラミの温床になりやすい場が新たに生じたことも挙げられる。コロモジラミではこの様な高齢化を舞台にした増殖が、アタマジラミでは[[幼稚園]]や[[小学校]]などの集団での感染拡大が見られている<ref>この章は佐藤(2003),p,127,p.129-130による</ref>。 |
|||
⚫ | |||
⚫ | |||
== 参考文献 == |
== 参考文献 == |
||
79行目: | 77行目: | ||
*加納六郎・篠永哲、『日本の有害節足動物』、(1997)、東海大学出版会 |
*加納六郎・篠永哲、『日本の有害節足動物』、(1997)、東海大学出版会 |
||
*Robin A Weiss, 2009. Apes, Lice and prehistory. J. Biol. 8(2);20. |
*Robin A Weiss, 2009. Apes, Lice and prehistory. J. Biol. 8(2);20. |
||
== 関連項目 == |
|||
* [[地球ドラマチック]]([[NHK教育テレビ]])- "人間誕生"の手がかりを求めて [http://www.at-douga.com/?p=7737] |
|||
* [[クローズアップ現代]]([[NHK総合テレビ]])- 忍び寄る"スーパーナンキンムシ" [http://www.nhk.or.jp/gendai/articles/3284/index.html] |
|||
* [[木田幸紀]] |
|||
* [[堂元光]] |
|||
⚫ | |||
⚫ | |||
{{デフォルトソート:ひとしらみ}} |
{{デフォルトソート:ひとしらみ}} |
2017年12月24日 (日) 15:31時点における版
ヒトジラミ | ||||||||||||||||||||||||
---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
ヒトジラミ(アタマジラミ)
| ||||||||||||||||||||||||
分類 | ||||||||||||||||||||||||
| ||||||||||||||||||||||||
学名 | ||||||||||||||||||||||||
Pediculus humanus (Linnaeus) | ||||||||||||||||||||||||
和名 | ||||||||||||||||||||||||
ヒトジラミ |
ヒトジラミ Pediculus humanus L. は、ヒトに付くシラミの1種である。伝統的にはケジラミと本種とだけがヒトを宿主とするシラミであり、本種は頭髪及び衣服を生息域とする。ただし近年になって上記学名はコロモジラミのものとすることがある。この記事ではヒトジラミの意味でこれを扱う。
概説
シラミ類は宿主の種によって寄生する種が異なり、場合によってはその部位によっても種が異なる。ヒトの場合、陰部を生息域とするのがケジラミ Pthirus pubis であるが、頭髪及び衣服には本種が生息する。本種とケジラミとは外形が大きく異なり、科の段階で別の分類群に属する。
本種は更に頭髪に生息するものと衣服に生息するものに区別され、この両者は形態的には差が明確ではないが、遺伝的に、それに生態的に完全に隔離されている。そこで衣服に付くものをコロモジラミ P. humanus corporis 、頭髪に付くものをアタマジラミ P. humanus humanus とし、両者を本種の亜種とする扱いが行われた。しかし近年、これらを独立種とする扱いも行われる。この項ではこの2つを同一種と見なし、両者に共通する部分だけを扱う。
ヒトジラミはヒトだけを宿主とする外部寄生虫である。アタマジラミは頭髪、コロモジラミは衣類にいて、皮膚より吸血する。歩脚の先端は挟状になり、これで毛髪や繊維を掴み、素早く移動する。不完全変態であり、幼虫も成虫に似た形態と生態を持つ。卵も頭髪ないし衣類の繊維に張り付いた形で産み付けられ、その生涯を生息域から離れない。他者への感染は接触による。そのために集団生活する場合には広がる場合がある。成虫は条件にもよるが、数日程度は人体から離れても生存出来る。
ヒトジラミは吸血することで痒みを与えるが、それだけでなく病原体を運ぶベクターでもあり、特に発疹チフスは伝染病として恐れられた。
形態
体長は成虫で2-4mm程度、アタマジラミのほうがやや小型である[1]。体は全体として腹背に扁平で、体表に弾力があり、全体に半透明で淡い灰白色だが、アタマジラミの方が黒みが強く、特に体の側縁に沿って黒い斑紋が入る[2]。頭部は丸みを帯びた三角形で、口器は普段は頭部に引き込まれており、吸血する際には突出する。その上唇には歯状の突起があり、吸血する際に口器が皮膚に固着するのを助ける。触角は5節、その基部の後方に目がある。
胸部の3体節は互いに癒合しており、3対の歩脚があるが、翅は完全に退化している。歩脚はよく発達し、先端ははっきりと爪状になる。脛節末端にある突起と先端の爪とが向き合って鋏状となっており、この間に毛や繊維を掴むことが出来る[3][4]。
腹部は9節からなり、各節の両端に側板があり、この部分は褐色をしており、またここに気門が開く。気門があるのは第3~第8節である。腹部末端の節には内部に生殖器があり、雄では先端に向けて細くなるが、雌では先端が軽く2裂する[5]。
生活史
卵は楕円形で乳白色を呈し、先端に平らな蓋があってその中央に15-20の気孔突起がある[6]。卵は毛髪(アタマジラミ)や繊維(コロモジラミ)にセメント様の物質で貼り付けられ、産卵直後は透明で、後に黄色っぽく色づき、孵化直前には褐色になる。卵の孵化には約1週間を要する。孵化時には蓋が外れ、これが幼虫の脱出口となる[7]。
孵化直後の幼虫は成虫の形に似ているが、触角は3節で体が軟らかい。側板は2令から見られる。幼虫は成虫と同様に吸血しながら成長し、7-16日で3令を経て成虫になる。成虫の寿命は32-35日で、雌成虫は約4週間の間、1日に8個、生涯で約200個の卵を産む。
-
卵
-
幼生
-
アタマジラミ幼生
習性
ヒトジラミの宿主はヒトに限られる。理由はよく分かっていないが、他の動物の血を吸うことが出来ても生育は出来ない[8]。
アタマジラミは常に頭髪にいるが、コロモジラミは下着の縫い目にいて、吸血時のみ肌に移動する。成虫が1日に吸血する回数は、実験では2回とされるが、現実には4回かそれ以上と考えられる[9]。
人体から離れ、吸血できない状態では、コロモジラミは条件にもよるが1週間程度まで生存できる場合がある。この点でアタマジラミの方が弱く、せいぜい2日程度で死亡する[10]。
分類と系統上の問題
本種は古くから以下の2亜種に分けられてきた。
- Pediculus humanus ヒトジラミ
- P. humanus corporis コロモジラミ
- P. humanus capitis アタマジラミ
ただし、WHOなどはこれら2種を別種として扱うようになっており、その場合にはコロモジラミを P. humanus 、アタマジラミを P. capitis を使用している。
シラミ類は動物の体表に常在するものであり、衣服のようにその外を住処とするのは異例である。衣服は人類のみが持つものであり、そこを住処とするシラミの存在、その発祥には興味の持たれるところである。コロモジラミが体毛に生息するアタマジラミとごく近縁であることは古くより認められた。分子系統の発達により、これらの近縁性が絶対的な時間を含めて論じられるようになった[11]。それによると、本種に近縁な同属の種がチンパンジーに寄生するが、それと本種が分岐したのは550万年前である。これは、宿主の種分化の時期、つまり人類の起源にほぼ相当する。ただ、問題なのは、ヒトジラミが遺伝的にはっきりした2タイプがあり、一つは凡世界的なもの、もう一つは新世界のものである。それらが分化したのが、この方法では118万年前となることである。これは、明らかに現生のヒト Homo sapiens の起源を大幅に上回る。ここから推察されるのは、この種分化が、現生のヒトの祖先がホモ・エレクタス H. erectus から分化してきた頃に起こったと言うことである。それから約100万年、ヒト属の2種が共存し、彼等は交雑はしなかったかも知れないが、外部寄生虫の行き来はあったであろう。この様な中でシラミの2系統が生じ、それが共存するに至ったと考えられる。
アタマジラミとコロモジラミが分化したのは10万年前と推定されている。これは人類が衣類を身につけ始めてすぐのことであったと考えられている。アタマジラミは髪の毛に住み着いてその部位の肌から血を吸うが、毛の少ない身体の皮膚では繁殖できない。だが、衣類に生息の場を得て、コロモジラミはそれ以外の皮膚での生息が可能になった。さらに、分子系統によると、コロモジラミはアタマジラミの凡世界系統から複数回にわたって発生したと考えられる。最近はケジラミが女性の髪から発見されることがある。これは性行為の方法が変化したためではないかとの観測がある[12]。
被害と駆除
感染は接触によることが多いので、集団生活をする場で感染が広がることが知られる。 主な被害は吸血による直接的な影響と、感染症の伝搬である。また、これを駆除する方法が伝統的なものから科学技術によるものまで多く存在する。いずれに関しても、各亜種(種)の記事に任せる。
感染症の伝搬
感染症のベクターとしては、コロモジラミの方が重要で、発疹チフス、塹壕熱、回帰熱などの主要媒介動物である[13]。これも個別の記事に任せる。
現在日本の状況
日本でも古来、アタマジラミ、コロモジラミ共に重要な寄生虫であった。特に第二次大戦後には衛生面の不備により、両種共に大発生を見た。DDTがその駆除に使われたことはよく知られている。たかられているかどうかは痒みが目安となる。痒みの原因がシラミからくるものかどうか髪の毛の中をみてもらう習慣は戦後もしばらく続いた。白髪だとなかなか判別しにくい。
生活水準の向上と衛生面の改善により、その発生はごく少なくなった。毎日入浴洗髪をし、着替えを頻繁にする条件下では、シラミは生活を維持しづらい。国内では1950年代に両者共にほぼ消滅状態となった。ただし、1970年代から僅かずつ報告があり、1980年代からはやや増加の傾向がある。この理由としてはシラミの側では薬剤耐性の系統が生じたこと、人の側では一度消滅状態になったことで、伝統的なシラミへの対応の知恵が途絶えたことが挙げられる。例えば親にシラミに対する知識がないために、子にシラミが発生してもなかなか気付かず、大繁殖を始めてようやく気付く、といった例がある。また、ホームレスや独居老人といったシラミの温床になりやすい場が新たに生じたことも挙げられる。コロモジラミではこの様な高齢化を舞台にした増殖が、アタマジラミでは幼稚園や小学校などの集団での感染拡大が見られている[14]。
参考文献
- 佐藤仁彦、『生活害虫の事典(普及版)』、(2003)、(普及版としては2009)、朝倉書店
- 加納六郎・篠永哲、『日本の有害節足動物』、(1997)、東海大学出版会
- Robin A Weiss, 2009. Apes, Lice and prehistory. J. Biol. 8(2);20.
関連項目
出典
- ^ 以下、記載は主として加納・篠永(1997).p.13
- ^ 佐藤編著(2003),p.125,128
- ^ 佐藤編著(2003),p.125
- ^ ちなみにケジラミでは先端の爪と向き合う突起は脛節の基部にある。
- ^ 佐藤編著(2003),p.126
- ^ 以下、主として加納・篠永(1997).p.13
- ^ 佐藤編著(2003),p.126
- ^ 佐藤編著(2003),p.126
- ^ 加納・篠永(1997).p.13
- ^ 佐藤編著(2003),p.126,p.129
- ^ 以下、Weiss(2009)
- ^ 日本家屋害虫学会(1995),p.160
- ^ 佐藤編著(2003),p.127
- ^ この章は佐藤(2003),p,127,p.129-130による