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[[画像:Uss los angeles airship over Manhattan.jpg|thumb|right|[[ロサンゼルス (飛行船)|USSロサンゼルス号]]<br />1924-1932年頃のニューヨーク市南マンハッタン上空]] |
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'''飛行船'''(ひこうせん、英:airship)とは、[[空気]]より[[比重]]の小さい[[気体]]をつめた[[気嚢]]によって機体を浮揚させ、これに推進用の[[動力]]や舵をとるための尾翼などを取り付けて操縦可能にした[[航空機#軽航空機|航空機(軽航空機)]]の一種である。 |
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== 概要 == |
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機体の大部分を占めるガス袋(気嚢)に |
機体の大部分を占めるガス袋(気嚢)に[[水素]]もしくは[[ヘリウム]]が充填されている。通常、ガス袋は空気抵抗を低減させるため細長い形状をしており、乗務員や旅客を乗せるゴンドラや、エンジンおよびプロペラなどの推進装置が外部に取り付けられている。機体後部には尾翼があり、方向安定を得るとともに取り付けられた舵面を動かして船体の方向を変える。 |
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[[20世紀]]前半には大西洋横断航路などで旅客運行に従事していたが、[[1937年]]に発生した「[[LZ_129 (飛行船)|ヒンデンブルク号]]」の[[ヒンデンブルク号爆発事故|爆発事故]]を契機に[[水素]]利用の飛行船の信頼性は失墜し、航空輸送の担い手としての役割を終えた。その後、[[広告]]宣伝用や大気圏の観測用等として、不燃性の[[ヘリウム]]ガスを利用した飛行船が小規模に使われている。 |
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== 歴史 == |
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[[ファイル:Zeplin orta.jpg|thumb|[[伊土戦争]]にてリビアを爆撃する[[イタリア王国]]陸軍航空隊(世界初の航空爆撃)]] |
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{{See also|航空に関する年表}} |
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* [[1852年]][[9月23日]] - [[フランス]]の[[アンリ・ジファール]]によって[[蒸気機関]]をつけた飛行船の試験飛行が成功。出力3[[馬力]]、時速8キロメートル。 |
* [[1852年]][[9月23日]] - [[フランス]]の[[アンリ・ジファール]]によって[[蒸気機関]]をつけた飛行船の試験飛行が成功。出力3[[馬力]]、時速8キロメートル。 |
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* [[1897年]]には[[アシュケナジム|ユダヤ系オーストリア人]]の[[ダーフィット・シュヴァルツ]]によって、硬式飛行船が試作された。ツェッペリンはシュヴァルツの家族から特許を購入する。 |
* [[1897年]]には[[アシュケナジム|ユダヤ系オーストリア人]]の[[ダーフィット・シュヴァルツ]]によって、硬式飛行船が試作された。ツェッペリンはシュヴァルツの家族から特許を購入する。 |
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[[ファイル:First Zeppelin ascent.jpg|thumb|ツェッペリンの飛行船 (1900)]] |
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* [[1891年]]の[[ドイツ]]では、[[フェルディナント・フォン・ツェッペリン]]伯爵が退役後に独力で硬式飛行船の開発に乗り出し、1900年には飛行に成功。[[1909年]]にはドイツ海軍に飛行船を納入し、[[1911年]]にはドイツ国内民間航路(ヴィルヘルムスハーフェン - [[ベルリン]])を開設した。ツェッペリン伯爵の成功により[[ツェッペリン]]は飛行船の代名詞となった。 |
* [[1891年]]の[[ドイツ]]では、[[フェルディナント・フォン・ツェッペリン]]伯爵が退役後に独力で硬式飛行船の開発に乗り出し、1900年には飛行に成功。[[1909年]]にはドイツ海軍に飛行船を納入し、[[1911年]]にはドイツ国内民間航路(ヴィルヘルムスハーフェン - [[ベルリン]])を開設した。ツェッペリン伯爵の成功により[[ツェッペリン]]は飛行船の代名詞となった。 |
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* [[1911年]][[9月20日]]に、[[山田猪三郎]]が開発した山田式飛行船が東京上空一周飛行に成功した。 |
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* [[第一次世界大戦]]においては、ドイツ軍により[[軍用飛行船]]が用いられ、[[ロンドン]]空襲などを行った。 |
* [[第一次世界大戦]]においては、ドイツ軍により[[軍用飛行船]]が用いられ、[[ロンドン]]空襲などを行った。 |
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* 第一次大戦後、ツェッペリン伯爵の跡を継いだ[[エッケナー]]は、ツェッペリン飛行船を使った長距離・国際的な[[民間航路]]の開設に乗り出した。 |
* 第一次世界大戦後、ツェッペリン伯爵の跡を継いだ[[エッケナー]]は、ツェッペリン飛行船を使った長距離・国際的な[[民間航路]]の開設に乗り出した。 |
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** [[1924年]]に大陸縦断航路([[ストックホルム]] - [[ベルリン]] - [[ローマ]] - [[カイロ]] - [[ケープタウン]])を開設。 |
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** [[1925年]]に太平洋横断航路([[上海市|上海]] - [[霞ヶ浦]] - [[サンフランシスコ]])開設 |
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* [[1937年]]に大西洋横断航路に就航していたドイツの[[LZ 129 (飛行船)|ヒンデンブルク号]]が、アメリカ合衆国[[ニュージャージー州]]の[[レイクハースト (ニュージャージー州)|レイクハースト]]空港に着陸する際に、原因不明の出火事故を起こし爆発炎上。この事故の後、[[航空機]]([[固定翼機]])の発達もあり、民生用飛行船は使われなくなっていった(→[[ヒンデンブルク号爆発事故]])。 |
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* [[第二次世界大戦]]中のアメリカ海軍は偵察・対潜哨戒用の[[K級軟式飛行船]]の運用を活発化、終戦時には160機以上の飛行船を運用していた。 |
* [[第二次世界大戦]]中のアメリカ海軍は偵察・対潜哨戒用の[[K級軟式飛行船]]の運用を活発化、終戦時には160機以上の飛行船を運用していた。 |
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* アメリカ海軍は第二次世界大戦後も飛行船部隊を維持した。[[冷戦時代]]、飛行船の滞空能力を活かし、レーダーを搭載することで[[北極海]]方面からの[[戦略爆撃機]]に対する警戒網の一助とした。だがこうした早期警戒飛行船は[[1960年代]]中頃には[[早期警戒機]]の登場や地上レーダー網の構築により退役した。[[民生用]]に払い下げられた飛行船の多くは広告用途などに広く用いられた。 |
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=== ヒンデンブルク号爆発事故 === |
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当時、[[ヘリウム]]は[[アメリカ合衆国|アメリカ]]でしか生産されておらず、アメリカが[[ナチス・ドイツ]]へのヘリウムの供給を拒否したため、爆発の危険を冒しながらも[[水素]]ガスを利用していた。そのため、この事故は水素ガスによるものと推測され、水素ガスを使用する飛行船の安全性に対する信用は失墜し、以後水素による飛行船が使われなくなる原因となった。 |
当時、[[ヘリウム]]は[[アメリカ合衆国|アメリカ]]でしか生産されておらず、アメリカが[[ナチス・ドイツ]]へのヘリウムの供給を拒否したため、爆発の危険を冒しながらも[[水素]]ガスを利用していた。そのため、この事故は水素ガスによるものと推測され、水素ガスを使用する飛行船の安全性に対する信用は失墜し、以後水素による飛行船が使われなくなる原因となった。 |
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しかし、[[アメリカ航空宇宙局|NASA]]の元研究者[[アディスン・ベイン]]は独自の調査・研究により、この事故は水素ガス爆発ではなく、ヒンデンブルク号の機体に使われていた布に[[酸化鉄]]と[[酸化アルミニウム]]をふくんだ塗料が使われており、これが折からの[[雷]]による[[帯電]]・[[放電]]によって火がつき[[テルミット反応]]が起きたのではないか、という説を提唱している。 |
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理由はいくつかあるが、主として |
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* 当時の目撃証言や写真から、炎の色がオレンジ色だったこと(水素が燃えるときは無色) |
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* 当時の気象条件として[[積乱雲|雷雲]]が発生していたこと |
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なお、ツェッペリン社は、実験から事故原因は外皮にあると結論づけており、外皮を改良している。 |
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; 全金属製飛行船 |
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: [[第二次世界大戦]]前、[[アメリカ海軍]]が全長44.5メートルの全[[金属]]製飛行船(ZMC型)を造ったが、当時は[[ジュラルミン]]の薄板を300万本の[[リベット]]で接合するなどの苦労があり、主力飛行船型には採用されなかった。しかし現在の素材や接合技術を用いれば、こうした構造もまた十分再検討に値すると考えられる<ref>「航空用語辞典」Airshipの項目より([[鳳文書林出版]]。同名の本があるので注意。)。および外部リンク参照。</ref>。 |
: [[第二次世界大戦]]前、[[アメリカ海軍]]が全長44.5メートルの全[[金属]]製飛行船(ZMC型)を造ったが、当時は[[ジュラルミン]]の薄板を300万本の[[リベット]]で接合するなどの苦労があり、主力飛行船型には採用されなかった。しかし現在の素材や接合技術を用いれば、こうした構造もまた十分再検討に値すると考えられる<ref>「航空用語辞典」Airshipの項目より([[鳳文書林出版]]。同名の本があるので注意。)。および外部リンク参照。</ref>。 |
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== 高高度プラットフォーム == |
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「成層圏プラットフォーム」実用化に向けた取り組みは世界各国でなされており、日本では政府による「ミレニアムプロジェクト」の一つとして、成層圏滞空飛行船を利用した通信・放送サービスが計画された。2004年には大規模に税金が投入され、[[北海道]]の[[大樹町多目的航空公園]]で全長60メートルの実験機(ラジコンの軟式飛行船)の飛行試験が行われたが、資金難から中止された。 |
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== 日本国内での飛行船を用いた広告 == |
== 日本国内での飛行船を用いた広告 == |
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* [[キドカラー (飛行船)|キドカラー号]] |
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** [[1968年]]に[[日立製作所]]が飛行船でPRした[[カラーテレビ]]の商標[[キドカラー]]による。愛称は「ポンパ号」ともいわれた。 |
** [[1968年]]に[[日立製作所]]が飛行船でPRした[[カラーテレビ]]の商標[[キドカラー]]による。愛称は「ポンパ号」ともいわれた。 |
2016年12月4日 (日) 10:04時点における版
飛行船(ひこうせん、英:airship)とは、空気より比重の小さい気体をつめた気嚢によって機体を浮揚させ、これに推進用の動力や舵をとるための尾翼などを取り付けて操縦可能にした航空機(軽航空機)の一種である。
概要
機体の大部分を占めるガス袋(気嚢)に水素もしくはヘリウムが充填されている。通常、ガス袋は空気抵抗を低減させるため細長い形状をしており、乗務員や旅客を乗せるゴンドラや、エンジンおよびプロペラなどの推進装置が外部に取り付けられている。機体後部には尾翼があり、方向安定を得るとともに取り付けられた舵面を動かして船体の方向を変える。
20世紀前半には大西洋横断航路などで旅客運行に従事していたが、1937年に発生した「ヒンデンブルク号」の爆発事故を契機に水素利用の飛行船の信頼性は失墜し、航空輸送の担い手としての役割を終えた。その後、広告宣伝用や大気圏の観測用等として、不燃性のヘリウムガスを利用した飛行船が小規模に使われている。
近年では、構造上不可能とされていた完全な球体型の飛行船「ボール・オブ・ドリーム」も開発された。
歴史
- 1852年9月23日 - フランスのアンリ・ジファールによって蒸気機関をつけた飛行船の試験飛行が成功。出力3馬力、時速8キロメートル。
- 1884年、シャルル・ルナールとA・C・クレプスによる初の電動飛行。塩化クロム電池と9馬力電動モーターを使い、7.5キロメートルを23分間で飛んだ。
- 1897年にはユダヤ系オーストリア人のダーフィット・シュヴァルツによって、硬式飛行船が試作された。ツェッペリンはシュヴァルツの家族から特許を購入する。
- 1891年のドイツでは、フェルディナント・フォン・ツェッペリン伯爵が退役後に独力で硬式飛行船の開発に乗り出し、1900年には飛行に成功。1909年にはドイツ海軍に飛行船を納入し、1911年にはドイツ国内民間航路(ヴィルヘルムスハーフェン - ベルリン)を開設した。ツェッペリン伯爵の成功によりツェッペリンは飛行船の代名詞となった。
- 1901年フランスで硬式飛行船ルボーディⅠ号が完成。初の操縦可能な飛行船として成功を収めて軍から高く実用性を買われ、実質的な飛行船実用化の確立に至った。
- 1911年9月20日に、山田猪三郎が開発した山田式飛行船が東京上空一周飛行に成功した。
- 第一次世界大戦においては、ドイツ軍により軍用飛行船が用いられ、ロンドン空襲などを行った。
- 第一次世界大戦後、ツェッペリン伯爵の跡を継いだエッケナーは、ツェッペリン飛行船を使った長距離・国際的な民間航路の開設に乗り出した。
- 1926年にノルウェーの探検家アムンセンがイタリア製の飛行船ノルゲ号で北極を横断。
- 1929年にはツェッペリン伯爵号が世界一周飛行を行い、当時の飛行機の限界をはるかに超える長距離・長時間の飛行性能を見せ付けた。ドイツは第一次世界大戦の敗戦国ではあったが、飛行船の製造および運用技術ではアメリカやイギリスなどを引き離していた。
- 1930年10月5日早朝、イギリスの飛行船R101がフランス北部のボーヴェにて墜落。乗員乗客48名が死亡(生存者6名)した。以後、イギリスは飛行船計画を全面的に破棄した。
- 1933年 アメリカ合衆国ニューイングランド沖合にて、アメリカ海軍の硬式飛行船アクロン号が墜落。乗員73名が死亡(生存者3名)する、飛行船史上最悪の死亡事故となった。
- 1937年に大西洋横断航路に就航していたドイツのヒンデンブルク号が、アメリカ合衆国ニュージャージー州のレイクハースト空港に着陸する際に、原因不明の出火事故を起こし爆発炎上。この事故の後、航空機(固定翼機)の発達もあり、民生用飛行船は使われなくなっていった(→ヒンデンブルク号爆発事故)。
- 第二次世界大戦中のアメリカ海軍は偵察・対潜哨戒用のK級軟式飛行船の運用を活発化、終戦時には160機以上の飛行船を運用していた。
- アメリカ海軍は第二次世界大戦後も飛行船部隊を維持した。冷戦時代、飛行船の滞空能力を活かし、レーダーを搭載することで北極海方面からの戦略爆撃機に対する警戒網の一助とした。だがこうした早期警戒飛行船は1960年代中頃には早期警戒機の登場や地上レーダー網の構築により退役した。民生用に払い下げられた飛行船の多くは広告用途などに広く用いられた。
ヒンデンブルク号爆発事故
当時、ヘリウムはアメリカでしか生産されておらず、アメリカがナチス・ドイツへのヘリウムの供給を拒否したため、爆発の危険を冒しながらも水素ガスを利用していた。そのため、この事故は水素ガスによるものと推測され、水素ガスを使用する飛行船の安全性に対する信用は失墜し、以後水素による飛行船が使われなくなる原因となった。
種類
- 軟式飛行船
- 浮揚のためのガスを詰めた気嚢と船体が同一で、ガスの圧力で船体の形を維持する形式。重量やコストの面で有利であり、現代の飛行船はほとんどがこのタイプである。しかし、ガスの放出によって圧力が弱まると船体を維持できなくなる。突風などによって船体が変形するとコントロールを失ってしまう。また、一旦気嚢に穴が開くとガスの漏出が全体に影響するなどの欠点もある。また、船体の剛性が確保できなくなるため大型化に適しない。
- 硬式飛行船
- アルミなどの軽金属や木材などで頑丈な枠組みを作ってそれに外皮を貼り、複数の気嚢をその内部に収納する形式。金属製の枠組みにより船体の重量が増加する欠点があるが、船体の強度が高くなるため大型化、高速飛行が可能。
- 特にツェッペリン伯爵製作による一連の飛行船が有名であり、「ツェッペリン」は硬式飛行船の代名詞となった。しかし、船体が頑丈といっても強風や荒天に耐え切れるほどではなく、悪天候による「難破」事故も多発している。また航空機の進歩により大型飛行船の存在意義自体が消滅したため、現代では生産・運用はされていない。
- 半硬式飛行船
- ゴンドラを吊り下げる部分など一部分にのみ金属等による骨格を用いた軟式飛行船や、骨格がたとえば3本(機首から尾部まで骨格は通じている)と第一次大戦時の飛行船と比べて明らかにそれが少ないツェッペリンNTがこのタイプである。また、イタリアの飛行船『イタリア号』[1] のように、気嚢の下半分のみに放射状の枠を持ったものもあった。これも半硬式飛行船と呼ばれていた。
- 現在、ツェッペリンNTが『半硬式』と呼ばれるように、ただ単に構造上において気嚢の半分だけが枠組みを持っているわけではないことに注意が必要である。
- 半硬式の利点として、硬式よりも骨格が少なく軽量化できるにもかかわらず、硬式飛行船と同様に大型化が可能である事、硬式同様に枠組みにエンジンや船室を取り付けられるので設計に柔軟性があり制約が少ない事がある。たとえばエンジンと船室を離れた場所に設置できるので、船室内の環境が快適である利点がある。
- 全金属製飛行船
- 第二次世界大戦前、アメリカ海軍が全長44.5メートルの全金属製飛行船(ZMC型)を造ったが、当時はジュラルミンの薄板を300万本のリベットで接合するなどの苦労があり、主力飛行船型には採用されなかった。しかし現在の素材や接合技術を用いれば、こうした構造もまた十分再検討に値すると考えられる[2]。
高高度プラットフォーム
無人制御の飛行船の用途として、地上局・人工衛星と並ぶ第三の情報通信網としての「成層圏プラットフォーム」飛行船が注目されている。地上20キロメートルの成層圏に全長300メートル以上の大型無人飛行船を停留させ、無線通信の基地局として用いるというものである。基地局として必要な電力は飛行船上面に取り付けられた太陽電池でまかなうアイデアもある。地上局に比べ広範囲をカバーでき、人工衛星に比べ遅延時間が短く運用コストが低いという利点がある。
「成層圏プラットフォーム」実用化に向けた取り組みは世界各国でなされており、日本では政府による「ミレニアムプロジェクト」の一つとして、成層圏滞空飛行船を利用した通信・放送サービスが計画された。2004年には大規模に税金が投入され、北海道の大樹町多目的航空公園で全長60メートルの実験機(ラジコンの軟式飛行船)の飛行試験が行われたが、資金難から中止された。
日本国内での飛行船を用いた広告
- キドカラー号
- レインボー号
- ダイワハウス
- docomo
- グッドイヤー
- 東京ドームにおける無線操縦による小型飛行船:スリーボンド、バンプレストなど
- ニッセン:「チョッピー号」「スマイル号」
- アサヒスーパードライ号
- フジカラー号
- コダック号
- フジカラー号の宣伝効果に対抗してコダック社も1980年代後半にコダックの宣伝飛行船を飛ばしている。1号が事故で失われ、2号も造船された。
- コニカ号
- Yokoso! JAPAN号
- BMW号
- Yokoso JAPAN 号同様、日本飛行船所属の Zeppelin LZ N07-100型。
- スヌーピーJ号
飛行船が登場する作品など
- 小説
- 海底軍艦シリーズ(1900年 - 1907年 押川春浪著)
- 亜細亜の曙(1931年 - 1932年 山中峯太郎著)
- グスコーブドリの伝記(1932年 宮沢賢治著)
- メデューサとの出会い(1971年 アーサー・C・クラーク著)
- 晴れた空から突然に…(1989年 田中芳樹著)
- オペレーション太陽(1994年 小池潤著)
- ニンジャスレイヤー(1996年 - ブラッドレー・ボンド/フィリップ・ニンジャ・モーゼズ著)
- エアボーン、スカイブレイカー(2004年・2005年 ケネス・オッペル著)
- ダイナミックフィギュア(2011年 三島浩司著)
- 映画・ドラマ
- 盗まれた飛行船(1967年)
- サンダーバード6号(1968年) - 反重力装置による浮上方式を用いた飛行船「スカイシップ1」が登場。モデルはイギリス空軍が保有していたR101号。
- チキ・チキ・バン・バン(1968年)
- SOS北極... 赤いテント(1969年) - 北極点をめざしたイタリア号の遭難と救助を実話に基づき描く。
- ツェッペリン(1971年)
- 地球の頂上の島(1974年)
- ヒンデンブルグ(1975年)
- ブラック・サンデー(1977年)
- ブレードランナー(1982年)
- 007 美しき獲物たち(1985年)
- インディ・ジョーンズ/最後の聖戦(1989年)
- ロケッティア(1991年)
- ウルトラマンパワード(1993年 - 1994年) - 防衛チームW.I.N.R.の母艦スカイハンターは硬式飛行船。
- スカイキャプテン ワールド・オブ・トゥモロー(2004年)
- シルバー假面(2006年)
- 三銃士/王妃の首飾りとダ・ヴィンチの飛行船(2011年)
- ヒンデンブルグ 第三帝国の陰謀(2011年)
- アイアン・スカイ(2012年) - 飛行船型の宇宙戦艦が登場。
- アニメ・漫画
- やぶにらみの暴君(1952年)/王と鳥(1980年)
- エメラルダス(1975年 松本零士作) - 『月刊プリンセス』掲載の読切作品。クイーン・エメラルダス号とデス・ハーロック号が登場。
- 名探偵ホームズ(1984年 - 1985年)
- 天空の城ラピュタ(1986年) - ドーラ一家のタイガーモス号や空中戦艦ゴリアテが登場。
- ボスコアドベンチャー(1986年) - 主人公一行が気球船ボスコ号で旅をするテレビアニメ作品。
- ウォッチメン(1986年 - 1987年 アラン・ムーア/デイブ・ギボンズ作)
- 魔女の宅急便(1989年)
- 御先祖様万々歳! (1989年8月5日 - 1990年1月25日、「映画:MAROKO 麿子」/1990年3月31日)- 38年後の近未来からやってきた犬丸の孫娘を自称する少女「四方田麿子」が乗船したタイムマシンを擬装した「黄色い飛行船」として結末場面を始め、劇中で度々登場。
- ジャイアントロボ THE ANIMATION -地球が静止する日(1992年 - 1998年)
- 機動警察パトレイバー 2 the Movie(1993年)
- ドラえもん のび太の創世日記(1994年 - 1995年 藤子・F・不二雄作) - 南極で発見された大空洞を調査するため飛行船を使用。
- 天空の覇者Z(1997年 - 2002年 宇野比呂士作)
- HELLSING(1998年 - 2009年 平野耕太作)
- コミック 新・旭日の艦隊(1998年 - 2006年 荒巻義雄原作・飯島祐輔作) - 宇宙船の発射プラットフォームとして飛行船を使用。
- HUNTER×HUNTER(1998年 - ) - 作品世界においては飛行機の存在が確認されておらず、定期航路を持つ主要交通機関との位置付け。
- 轟拳ヤマト(2006年 - 2008年 飯島祐輔作)
- アームズラリー(2007年)
- とある魔術の禁書目録(2008年 - )・とある科学の超電磁砲(2009年 - ) ‐ 舞台となる学園都市上空を常に浮遊している。船体側面に大型のスクリーンがあり、学生向けの電光掲示板として利用されている。
- カールじいさんの空飛ぶ家(2009年)
- 名探偵コナン 天空の難破船(2010年)- 飛行船・ベル・ツリー号が舞台。
- 劇場版 魔法少女まどか☆マギカ [新編] 叛逆の物語(2013年)
- ガールズ&パンツァー 劇場版(2015年)
- ハイスクール・フリート(2016年)
- ゲーム
- 蓬莱学園シリーズ(1990年 - 遊演体原作)
- インクレディブル・マシーンシリーズ(1992年 - シエラ・エンターテインメント製作)
- サクラ大戦シリーズ(1996年 - セガ製作)
- ACE COMBAT 3 electrosphere(1999年 ナムコ製作)
- グランド・セフト・オートV (2013年 ロックスター・ゲームス制作)
- Fallout 4(2015年 ベセスダ・ソフトワークス製作)
脚注
- ^ 1928年建造。全長80メートル。小学館「国際版少年少女世界伝記全集第23巻-〈ワシントン/ツェッペリン〉」P125、1982年9/10刊行
- ^ 「航空用語辞典」Airshipの項目より(鳳文書林出版。同名の本があるので注意。)。および外部リンク参照。
- ^ ピーナッツ関連情報|SNOOPY.co.jp :スヌーピー公式サイト
- ^ スヌーピーが大活躍 |MetLife Alico
- ^ 最近、飛行船を見ましたか?(Excite Bit コネタ) - エキサイトニュース
- ^ その後日本支社は2012年に日本法人「メットライフアリコ生命保険株式会社」として独立、また同社も2014年に「メットライフ生命保険株式会社」(通称:メットライフ生命)に改名。
参考文献
- マイケル・マクドナルド『悲劇の飛行船 ヒンデンブルク号の最後』平凡社、1973年
- 柘植久慶『ツェッペリン飛行船』、中央公論社、1998年、ISBN 4-12-002744-9
- 天沼春樹『夢みる飛行船 イカロスからツェッペリンまで』時事通信社、2000年、ISBN 4-7887-0074-3
- ヘニング・ボエティウス『ヒンデンブルク炎上』(フィクション)天沼春樹 訳、新潮社、2004年、ISBN 4-10-215021-8