「砲戦車」の版間の差分
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:「砲戦車ノ諸元ニツキテノ理由」レファレンスコードA03032102700 |
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*『帝国陸軍戦車と砲戦車』学習研究社 ISBN |
*『帝国陸軍戦車と砲戦車』学習研究社 ISBN 4056027234 ISBN-13:978-4056027235 |
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*『日本の戦車と軍用車両』高橋昇 文林堂 |
*『日本の戦車と軍用車両』高橋昇 文林堂 |
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*『大砲入門―陸軍兵器徹底研究』佐山二郎 光人社NF文庫 |
*『大砲入門―陸軍兵器徹底研究』佐山二郎 光人社NF文庫 |
2016年11月15日 (火) 19:04時点における版
砲戦車(ほうせんしゃ)は、大日本帝国陸軍の軍用車両の分類のひとつである。日本独自の兵器カテゴリーである。
概要
戦車部隊に随伴し、当時日本陸軍の一般的な戦車に搭載されていた37~57ミリ程度の備砲では迅速な破壊が困難なトーチカや装甲車両に対し大威力の75ミリ以上の火砲をもって制圧、あるいは撲滅することを目的としている。
また通常の榴弾に加え、発煙弾などを用い制圧射撃を行うことで味方戦車の機動戦闘を支援するといった役割も求められており、その意味では第二次世界大戦期のドイツ陸軍における初期のIV号戦車や、イギリス軍のCS(closed support近接支援)型に近い性格となっている。
車体は支援する戦車隊との整備や機動力の兼ね合いから既存の戦車と同じものを用い、外観なども著しく 大きくなってはならないとされた。その上で1ランク上の火砲を装備することは困難であるが、十分な射界を 維持できるのであれば「やむを得ず」旋回砲塔形式を採用せず、後方や上面は簡易なものであっても可とされており、 決して固定戦闘室やオープントップの砲塔自体を指して戦車と砲戦車を分類するものではない。
戦車と砲戦車
砲戦車に求められた最大の特長は備砲の砲弾威力である。当時の日本軍の主力戦車である九五式軽戦車、九七式中戦車の備砲を例に比較すると、37ミリ砲弾:600g程度、47ミリ砲弾:1.5kg程度、57ミリ砲弾:2.5kg程度に対し山野砲で用いられた75ミリ砲弾は概ね6kg~7kg程度と砲弾重量、 つまり一発あたりの破壊力が飛躍的に増大している。
これは、たとえ時間をかけて目標に多数の砲弾を撃ち込んで破壊し得たとしても、その機動力をもって戦線突破、 後方浸透を身上とする戦車部隊にとってそのようなタイムロスは致命的であり、敵の反撃を容易にし部隊を 危険に晒すことに繋がってしまうため、上記のような「迅速な機動のための迅速な破壊」が砲戦車に求められた任務であった。
しかし単に砲弾重量が大きければ良いというわけではなく、移動目標に対する射撃や貫通力の観点から ある程度の発射速度や砲口初速も求められており(例として改造三八式野砲が挙げられている。また二式砲戦車では 試作時に用いられた四一式山砲は初速不足とみなされ、砲身長を増した九九式戦車砲として搭載されている)、 砲戦車は対陣地・対戦車のいずれかに限らず、当時の同一車体を用いた戦車より総合的に優れた火力を求められた装甲戦闘車両と言える。
砲戦車と自走砲
「砲戦車」とは、機甲科の管轄の場合のカテゴリー呼称であり、同一車種でも砲兵科管轄の場合「自走砲」と呼ばれる。具体例としては「一式砲戦車」がある。これは機甲科での呼称であり、砲兵科では「一式七糎半自走砲」である。
日本陸軍では多くの軍用車輌はカタカナ二文字の略記号(秘匿名称)でも表すことができ、砲戦車は、「ホ○」という記号で表される。ホは砲(ホウ)の頭文字を取ったものである。○には開発計画順にイ、ロ、ハ・・・と割り当てられる。計画順なので、未完成の車輌も含む。また自走砲(つまり砲兵科管轄)も「ホ○」で表す。ただしナト、カトなどの例外もある。
「ホ○」には、諸外国では「自走砲」、「突撃砲」、「駆逐戦車」、「戦車駆逐車」と呼ばれるカテゴリーに相当するものが幅広く含まれる。古い書籍においてはこれらの車両に対してしばしば「砲戦車」という訳語を当てはめたものが見受けられる。
このように一般には「カテゴリーの頭文字+開発順」の組み合わせで表記される。ただしこのルールに該当しない変則的な略記号もある。
日本陸軍の砲戦車、自走砲には、ホイ、ホロ、ホニ、ホト、ホチ、ホリ、ホル、ナト、カトなどがある[1]。
- ホイ・・・二式砲戦車
- ホロ・・・四式十五糎自走砲
- ホニ・・・ホニI、ホニII、ホニIIIがある。
- ホト・・・試製四式十二糎自走砲
- ホチ・・・試製五式十五糎自走砲
- ホリ・・・試製五式砲戦車・・・ホリIとホリIIがある。
- ホル・・・試製五式四十七粍自走砲
- ナト・・・試製七糎半対戦車自走砲
- カト・・・試製十糎対戦車自走砲
配備
陸軍戦車研究委員会により一般的に三個小隊で編制される戦車中隊に新たに第四の小隊として、あるいは四個中隊編制される戦車連隊に第五の中隊として配備されることが構想されたが、後者が採られた。
一方で本土決戦が叫ばれる中、より対戦車戦闘力の高い三式砲戦車は「砲戦車」の名を冠しながら10個独立自走砲大隊に配備されることも予定され野戦砲兵学校で教育が行われた。また、本土の装備優良な戦車連隊では中戦車2個中隊には47mm砲搭載の戦車が充てられ、砲戦車中隊には三式中戦車が2個中隊配備されており、戦車・砲戦車・自走砲といった車両の制式名と部隊名称が一致しない例も見られる。終戦までに生産された砲戦車は少なく、57ミリ砲搭載型の九七式中戦車を充てられることもあった。
一例としては、司馬遼太郎こと福田定一(終戦時少尉)が乗車した九七式中戦車も、戦車第一連隊第五中隊に配備されるはずの砲戦車の代用である。
脚注
参考文献
- 「戦車研究委員会決議事項」レファレンスコードA03032012600
- 「砲戦車ノ諸元ニツキテノ理由」レファレンスコードA03032102700
- 『帝国陸軍戦車と砲戦車』学習研究社 ISBN 4056027234 ISBN-13:978-4056027235
- 『日本の戦車と軍用車両』高橋昇 文林堂
- 『大砲入門―陸軍兵器徹底研究』佐山二郎 光人社NF文庫
- 『歴史と視点―私の雑記帖 』司馬遼太郎 新潮文庫