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* 『私は戦友になれたかしら―小野田寛郎とブラジルに命をかけた30年』清流出版 ISBN 4860290135 ISBN-13: 978-4860290139 2002/08 |
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2016年11月15日 (火) 18:49時点における版
小野田 町枝(おのだ まちえ、1937年 - )は、(財)小野田自然塾理事、小野田牧場共同経営者、日本女性の会会長。夫は小野田寛郎。
人物
茨城県出身[1]。千葉県立佐原女子高等学校卒業後、日産自動車、トーメン、ブリヂストンに勤務[1]。その後、保険代理店を経営しながら、上智大学で聴講生として心理学を学ぶ[1]。
1976年に小野田寛郎と結婚し、ブラジルへ移住。牧場を開拓し、日本語学校を創設した[1]。
2006年、安西愛子の後任として日本会議の女性組織・日本女性の会の会長に就任[2]。
発言・主張
- 「私はね、若い人に働こうと言いたいの。生き方に迷ったり、袋小路に入ってしまったと感じたら額に汗して仕事をしてみて。必ず心は軽くなります。今の日本には若い人の仕事はたくさんある。どんな仕事でも、きっとあなたの血となり肉となる。理屈じゃなく、人を支えてくれます」と語った[1]。
- 選択的夫婦別姓制度導入に反対[3]。
著書
- 『私は戦友になれたかしら―小野田寛郎とブラジルに命をかけた30年』清流出版 ISBN 4860290135 ISBN-13: 978-4860290139 2002/08