「中田一次」の版間の差分
表示
削除された内容 追加された内容
Eijisan117 (会話 | 投稿記録) 編集の要約なし |
m cewbot: 修正ウィキ文法 69: ISBNの構文違反 |
||
2行目: | 2行目: | ||
'''中田 一次'''(なかだ かずつぐ、[[1921年]][[1月5日]] - [[2001年]][[4月9日]])は、[[日本]]の[[作曲家]]、[[指揮者]]、[[ファゴット]]奏者。[[童謡]]などの作曲で知られる。筆名は楫山つとむ。 |
'''中田 一次'''(なかだ かずつぐ、[[1921年]][[1月5日]] - [[2001年]][[4月9日]])は、[[日本]]の[[作曲家]]、[[指揮者]]、[[ファゴット]]奏者。[[童謡]]などの作曲で知られる。筆名は楫山つとむ。 |
||
[[東京音楽学校]]卒業。[[山形大学]]音楽科教授を経て、[[昭和音楽大学]]短期大学部名誉教授も務めた。[[日本フィルハーモニー交響楽団]]、[[東京管楽器協会]]などで[[ファゴット]]と[[コントラファゴット]]を演奏、晩年は日本ファゴット(バスーン)協会会長を務めた。バッハ等古典作品の[[ダブルリード]]合奏のための編曲も多く、またNHKラジオ「音楽の泉」テーマ曲として昭和30年代から40年代に流れたシューベルト「[[楽興の時 (シューベルト)|楽興の時]]」の編曲者でもある(番組テーマは後にピアノ独奏のものに変更。この経緯は[[大塚修造]]著「ただいま放送中」音楽之友社ON Books |
[[東京音楽学校]]卒業。[[山形大学]]音楽科教授を経て、[[昭和音楽大学]]短期大学部名誉教授も務めた。[[日本フィルハーモニー交響楽団]]、[[東京管楽器協会]]などで[[ファゴット]]と[[コントラファゴット]]を演奏、晩年は日本ファゴット(バスーン)協会会長を務めた。バッハ等古典作品の[[ダブルリード]]合奏のための編曲も多く、またNHKラジオ「音楽の泉」テーマ曲として昭和30年代から40年代に流れたシューベルト「[[楽興の時 (シューベルト)|楽興の時]]」の編曲者でもある(番組テーマは後にピアノ独奏のものに変更。この経緯は[[大塚修造]]著「ただいま放送中」音楽之友社ON Books ISBN 4-276-35090-5 C0273 P880E に詳しい)。教育者としては、ほとんど独学だった[[湯浅譲二]]の唯一の師であった。(Wiki湯浅の項参照) |
||
父は[[中田章]](「[[早春賦]]」の作曲者)、弟は[[中田喜直]]。ともに作曲家である。 |
父は[[中田章]](「[[早春賦]]」の作曲者)、弟は[[中田喜直]]。ともに作曲家である。 |
||
2016年11月15日 (火) 17:53時点における版
中田 一次(なかだ かずつぐ、1921年1月5日 - 2001年4月9日)は、日本の作曲家、指揮者、ファゴット奏者。童謡などの作曲で知られる。筆名は楫山つとむ。
東京音楽学校卒業。山形大学音楽科教授を経て、昭和音楽大学短期大学部名誉教授も務めた。日本フィルハーモニー交響楽団、東京管楽器協会などでファゴットとコントラファゴットを演奏、晩年は日本ファゴット(バスーン)協会会長を務めた。バッハ等古典作品のダブルリード合奏のための編曲も多く、またNHKラジオ「音楽の泉」テーマ曲として昭和30年代から40年代に流れたシューベルト「楽興の時」の編曲者でもある(番組テーマは後にピアノ独奏のものに変更。この経緯は大塚修造著「ただいま放送中」音楽之友社ON Books ISBN 4-276-35090-5 C0273 P880E に詳しい)。教育者としては、ほとんど独学だった湯浅譲二の唯一の師であった。(Wiki湯浅の項参照) 父は中田章(「早春賦」の作曲者)、弟は中田喜直。ともに作曲家である。
主な作品
- おこりっこなしよ
- キリン
- ちらちらこゆき
- とんぼの思い出