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2016年11月11日 (金) 03:34時点における版
立花 淳一(たちばな じゅんいち、1959年 - )は、日本の歌謡曲の歌手。1984年/1985年のヒット曲「ホテル」や、五月みどりの3度目の夫だったことで知られる[1]。
経歴
1981年、正木一郎という芸名でRVCから「帰ってきたよ」をリリースし、歌手デビュー[2][3]。
1984年にテイチクから発売された「ホテル」(なかにし礼・作詞、浜圭介・作曲)が80万枚を越える最大のヒット作となったとされる[1]。立花は、この曲で1985年上半期の有線放送大賞最優秀新人賞を受賞した[4]。
1985年に20歳年上の五月みどりと結婚、年齢の違いなどが話題となったが、立花の浮気が発覚して2年で離婚に至った[1](五月みどり#結婚歴、参照)。
1988年には、韓国歌謡のカバーを集めたアルバム『立花潤一が歌う韓国メロディー決定盤』をテイチクから出したが、その後はレーベルを移り、センチュリーレコード、オリエントレコードからレコードを出した。
再婚を機に1990年代前半から大阪に定住して関西ローカルで活動し、一時期は吉本興業に所属していた[1]。2010年にホリデージャパンに移り、芸名を川本一市と改め「人生(ゆめ)八分酒八分」をリリースしたが、依然として「ホテル」のイメージが強く、2012年3月に、元の立花淳一に戻した[1]。近年ではサンテレビジョンの『生×カラ!TV』などに出演している[1]。
おもなシングル
正木一郎・RVC
- 帰ってきたよ、1981年
- あなたについて行く、1982年
立花 淳一・テイチク
- ホテル、1984年
- 雪桜、1986年
立花 淳一・センチュリー
- 日陰華、1994年
立花 淳一・オリエント
- 俺の花、1998年
川本一市・ホリデージャパン
- 人生(ゆめ)八分酒八分、2010年
出典・脚注
- ^ a b c d e f “【あの人は今こうしている】20歳年上の五月みどりさんとの電撃結婚が印象深い立花淳一さん”. 日刊ゲンダイ. (2012年5月7日) 2013年10月16日閲覧。
- ^ “第12回「日本歌謡大賞新人祭り」(1981年度大会)”. CHERRY★CREEK. 2013年10月22日閲覧。
- ^ “愛川公笙プロフィール”. トオルフォンミュージック. 2013年10月22日閲覧。
- ^ “俺ら「有線放送大賞だ」 吉幾三 上半期グランプリ 受賞”. 朝日新聞・東京夕刊. (1985年7月17日page=11) - 聞蔵IIビジュアルにて閲覧
外部リンク
- 立花淳一 (@kawamoto0904) - X(旧Twitter)