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2016年11月11日 (金) 02:40時点における版
石月 努(いしづき つとむ、本名:石附 努、1977年1月8日 - )は、愛知県一宮市出身のミュージシャン。日本の音楽グループ「FANATIC◇CRISIS」(2005年5月14日解散)のボーカル兼リーダー。現在はミュージシャン活動の他、アーティストとして空間デザイン、グラフィックデザイン、アート制作など多方面において活動する傍ら、ジュエリーデザインも手がける。
来歴
父は獣医師。4歳年下の弟あり。裕福な家庭で育つ。 幼い頃から13歳までバイオリンを習っていた。
黒板が全く見えないほど視力が悪いのに眼鏡をかけず、小学校入学当時から授業には全くついていけなかったが、子供の頃から絵を描くのが大好きで、毎年賞を獲っていた。
15歳でFANATIC◇CRISIS結成。 バンドの楽曲の作詞、作曲、ジャケットデザインのほとんどを担当していた。
1997年にフォーライフレコードからメジャーデビュー。
ステージから落下したり、喉を痛めて声が出にくくなったりしたが、一度も公演を休止しなかった。
楽曲提供はFANATIC◇CRISIS以外に、氷川きよし、ビリケンと組んだ音楽ユニットCROSS CLOVERの楽曲「evergreen(いのちの唄声)」(日本赤十字社のテーマソングとして起用)の作詞・作曲、歌手萩野崇のデビューシングル『Real Love/True Love』の作詞・作曲も担当している。
2007年5月14日、公式ブログを開設し、ジュエリーデザイナーとしての活動再開を発表。その際、活動休止中にハント症候群を発症していたことを告白(現在は完治)。
同時期に、デザイン会社株式会社スケアクロウ・ファクトリーを設立。
その後は、リゾートホテルのデザインなどの空間デザインやアートなど、多くの作品を残し多方面で活躍。
2012年8月6日、ニコ生にて音楽活動の再開を発表。9月17日には、DVDシングル「365の奇跡」、10月17日には「I.S. / 銀ノ雨。」が発売され、2013年1月27日には、渋谷公会堂でソロ初ライブ「TSUTOMU ISHIZUKI the FIRST LIVE 2013 遠い日の約束~たとえ、鬼が笑っても~」を開催し、音楽活動を本格的に再開した。
人物
- バンド内では一番年下だが、リーダーを務める。
- ラジオ番組では意外にも下ネタを言うことがあった。「四十八手をどれだけ言えるか」というお題に挑戦したこともある。
- デザイナーがいなかったため、FtCの衣装デザインは全て彼によるものだった。オリジナルのTシャツでPVに登場している姿が見られる。
- メディアへの露出は多かったものの、街中で声をかけられることは少ないと語っていた。
- 痩せ型で、腹部の贅肉がほとんど無かった為、HEY!HEY!HEY!出演時にダウンタウンに驚かれた。
- 中学時代は水泳部に所属しており、水泳は非常に得意だとラジオで語った。水泳をやめたきっかけは、水泳大会で背泳ぎをしている際に歓声が聞こえたので、絶対に自分が一位だと思って精一杯泳いでいたところ、実はプールをぐるぐる回っているだけだったと知り、クラスメイトと好きな女の子に笑われたことだという。
ディスコグラフィ
シングル
- 「I.S. / 銀ノ雨。」
配信シングル
- 「Parade」
- 「Re:BIRTH」
ミニアルバム
- 「DROP」
アルバム
- 「プテラノサウルス」
DVD
- 「365の奇跡」