「デスティニーズ・チャイルド」の版間の差分
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2016年11月6日 (日) 07:46時点における版
デスティニーズ・チャイルド | |
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出身地 |
アメリカ合衆国 テキサス州ヒューストン |
ジャンル | R&B、ヒップホップ、ポップ、ソウル |
活動期間 | 1990年 - 2005年 |
レーベル | コロムビア・レコード |
旧メンバー |
ビヨンセ(1990年 - 2005年) ケリー・ローランド(1992年 - 2005年) ミシェル・ウィリアムズ(2000年 - 2005年) ラターヴィア(1990年 - 2000年) ラトーヤ(1993年 - 2000年) ファラ(2000年) |
デスティニーズ・チャイルド(英: Destiny's Child)は、アメリカ合衆国のR&B音楽グループ。1997年にデビュー以来3000万枚以上アルバムを売り上げている。日本ではデスチャの愛称で親しまれている。
来歴
オリジナルメンバーは4人組。テキサス州ヒューストン出身のビヨンセ(Beyoncé Knowles、本名:Beyonce Giselle Knowles 1981年9月4日 - )とラターヴィア(LaTavia、本名:LaTavia Marie Roberson 1981年11月1日 - )が1990年にグループを結成し、1992年にジョージア州アトランタ出身のケリー・ローランド(Kelly Rowland、本名:Kelendria Trene Rowland 1981年2月11日 - )、1993年にラトーヤ(LeToya、本名:LeToya Nicole Luckett 1981年3月11日 - )が加入し、カルテットを結成。ビヨンセとケリーはデビュー後しばらくは従姉妹とされていたが、最近はビヨンセの父であるマシュー・ノールズの友人の娘とされている(2人の関係は諸事情があるようで、マシューがケリーの後見人になっていることから、2人は異母姉妹との説もある。)。
4人は各々の地元と、ビヨンセの母であるティナの美容院で活動した。グループは1992年、地方公演後にCBSのテレビ番組「スター・サーチ(Star Search)」にエントリーしたが、 結成当時「Girl's Tyme」[1]と命名されたこのグループの評価は星3つで、番組で優勝はしたものの、本意な成績ではなかった。マシューは彼女らの夢を叶えるため、何十万ドルの給料だったゼロックスを退職し、マネージャーに専念することを決意。グループ名を聖書からの引用で「デスティニーズ・チャイルド(Destiny's Child:運命の子)」と変える。
クリスティーナ・アギレラやTLCのツアーの前座を経験し、初楽曲を提供したのは、1997年映画「メン・イン・ブラック」のサウンドトラックに収録された「キリング・タイム(Killing Time)」。1998年にデビューシングル「ノー、ノー、ノー パート2(No, No, No Pt. 2)」が大ヒット。同年に発売のデビュー・アルバム『デスティニーズ・チャイルド』はアルバムは、フージーズのワイクリフ・ジョン、ジャーメイン・デュプリなどのプロデュースを受け、ゴールド・アルバムに選ばれる。
セカンド・アルバム「ライティングズ・オン・ザ・ウォール」を1999年7月に発表。アルバムからのファースト・シングル「ビルズ・ビルズ・ビルズ(Bills, Bills, Bills)」は、ビルボードシングル・チャートで1位を獲得。セカンド・シングル「バガブー(Bug-a-Boo)」はR&Bチャート1位を記録。一方、ラターヴィアとラトーヤはギャラや待遇面でビヨンセをあまりに不公平に扱うマシューに、以前から不満を持っていた。メンバー内の確執は噂されていたが、同年、2人は突如グループから脱退させられる(2人やファンも知らない間に「セイ・マイ・ネーム(Say My Name)」のPVに新メンバーが登場していた)。そのため、2人はグループらを相手に訴訟を起こし、2000年には約200万ドルの賠償金を受け取ることで結審。ラトーヤは2005年ソロデビュー。
2000年、イリノイ州ロックフォード出身のミシェル・ウィリアムズ(Michelle Williams、本名:Tenetria Michelle Williams 1980年7月23日 - )とファラ(Farrah、本名:Farrah Franklin 1981年3月3日 - )の2人が正式に新メンバーとして加入するが、ファラは頻繁に遅刻や欠勤を繰り返し、その怠惰な私生活を理由に解雇される。以後の活動は3人編成となる。
2001年、「サヴァイバー」を発表。400万枚以上のセールスを記録する。9月7日と10日(アメリカ同時多発テロ事件の前日)ニューヨークで行われたマイケル・ジャクソン(Michael Jackson)のソロ30周年記念ライブにて、「Bootylicious」をマイケルの前で歌う。その時はマイケルのように帽子を被り、マイケルのダンスをして会場にいたファンに喜ばれた。同年末「8デイズ・オブ・クリスマス」をリリース後、活動休止。
それぞれのソロ活動という3年の休眠期間を経て、2004年先行シングル「ルーズ・マイ・ブレス(Lose My Breath)」をリリース後、アルバム「デスティニー・フルフィルド」を発表。初期はリードボーカルというスタイルを取り、ジャケット写真では常に中心だったビヨンセだが、本作では3人のバランスが取れた作品になっている。また、3人の人気は、2005年にバービー人形になったことにも象徴されている。
2005年4月から、日本公演(5会場6公演)を皮切りに、マクドナルドをメイン・スポンサーとして「Destiny Fulfilled... and Lovin' It」ワールドツアーを展開。同ツアー中の6月11日、スペイン バルセロナで行なわれたライヴ中に突然解散を表明。人気絶頂の中、9月10日カナダ バンクーバー公演を最後に解散。同年11月15日カリフォルニア州ハリウッドで収録された、アメリカABCのテレビ番組「ジミー・キンメル・ライブ」でのパフォーマンスが最後の出演になった。今後、ビヨンセとケリーは主に歌手と女優として、ミッシェルは主に舞台でそれぞれソロ活動を続けていく予定である。
解散後間もない2006年2月19日に、ヒューストンで開催されたNBAオールスターゲームで1日限定の再結成。試合前の国歌斉唱のパフォーマンスを披露した。
2009年、再結成ツアーを計画しており、さらにスタジオで新曲をレコーディングする可能性もある。「私たちはまた一緒に仕事ができるのをすごく楽しみにしている。全員揃ってスタジオに入れる時間をスケジュールを確認して調整しなくちゃいけない」とケリーは語るが、のちにビヨンセサイドがこの話を否定している。
その後、2013年2月3日、第47回スーパーボウルのハーフタイムショーにおいてビヨンセの出演が決まっていたが、ショーの中盤にサプライズとしてケリーとミッシェルが登場し、デスティニーズ・チャイルド時代の曲を披露。再び1日限定の再結成となった。
ディスコグラフィ
アルバム
- デスティニーズ・チャイルド - Destiny's Child (1998年3月)全米67位 全英45位
- ライティングズ・オン・ザ・ウォール - Writings On The Wall (1999年7月)全米5位 全英10位 オリコン33位
- サヴァイヴァー - Survivor (2001年4月)全米1位 全英1位 オリコン12位
- 8デイズ・オブ・クリスマス - 8 Days Of Christmas (2001年12月)
- デスティニー・フルフィルド - Destiny Fulfilled (2004年11月)全米2位 全英5位 オリコン4位
- ナンバーワンズ - #1's (2005年10月)全米1位 全英6位 オリコン1位
- ライヴ・イン・アトランタ(2006年4月)※日本企画版 DVD付
DVD
- プラチナムズ・オン・ウォール - Platinum's On The Wall (2001年3月)
- ワールド・ツアー - Music World Music Presents Destiny's Child World Tour (2003年)
- Live In Atlanta (2006年3月)
慈善活動
- 過去3年間、5000万ドル以上をドナルド・マクドナルド・ハウス財団などに寄付。
- 2005年、デスティニーズ・チャイルドは「Destiny Fulfilled... and Lovin' It」ワールド・ツアー中にドナルド・マクドナルド・ハウスに訪問。また北米のチケットの売り上げの一部をドナルド・マクドナルド・ハウス財団に寄贈。
- ビヨンセ、ケリー・ローランド、マシュー、ティナ、ソランジュ(ビヨンセの妹でソロ歌手)は、テキサス州ヒューストンで仮設住宅をカトリーナ被害者と避難者に提供する目的とした、サバイバー財団の設立を発表。サバイバー財団はKnowles-Rowland Center For Youth (ヒューストンの多目的の共同体奉仕活動施設)の設立などに事業を拡張している。
脚注
外部リンク
- Destiny's Child
- デスティニーズ・チャイルド - ソニー・ミュージックエンタテインメント(日本)