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2016年10月17日 (月) 13:51時点における版
ボビー・キンボール | |
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基本情報 | |
出生名 | Robert Troy Kimball |
生誕 | 1947年3月29日(77歳) |
出身地 | アメリカ合衆国 テキサス州オレンジ |
ジャンル | ロック、AC |
職業 | シンガー、 セッション・ミュージシャン |
担当楽器 |
歌 キーボード パーカッション |
活動期間 | 1970年代 – 現在 |
共同作業者 |
TOTO, The Levee Band, S.S. Fools, Kayak, ソロ |
公式サイト | www.bobbykimball.com |
ボビー・キンボール(Bobby Kimball、本名:Robert Troy Kimball、1947年3月29日 - [1])は、アメリカ合衆国のシンガー。ロックバンドTOTOの歴代シンガーの中でも最もよく知られている。
若年期
キンボールはルイジアナ州ヴィントンで育ったが、ヴィントンには産科の病院がなかったため、隣町のテキサス州オレンジで生まれた[1]。幼少時から歌い始め、音楽一家の中で歌うこととピアノにも手を出して青春を過ごした。1970年代を通して地元ルイジアナ州ニューオーリンズの様々なバンドのボーカリストを務めた。その中には、のちにLe RouxとなるThe Levee Bandが含まれていた。1976年、S.S. Foolsに加入した。このバンドではリードボーカリストの他にキーボード奏者も務めた。同年、S.S. Foolsはバンド名と同名のアルバムをリリースしたが、最初のツアーのさなかに解散してしまった。
TOTOへの加入
1977年、キンボールはルイジアナを去り、ロサンゼルスに移り住んだ。そこで彼は5人のセッションミュージシャンに加わると共に6人でTOTOを結成した。彼はバンドへのオーディションソングとして自身で書いた"You are the Flower"[2]を提供した。その曲は彼らのデビューアルバム『TOTO(邦題:宇宙の騎士)』にも収録されている。
広く知れ渡っている風評として、本名の苗字が実はトトース(Toteaux)であり、バンド名TOTOの由来がそこから来ている、というものがある。この風評は実際はTOTOの初代ベーシストであるデヴィット・ハンゲイトによるジョークである[3]。このジョークは、一般にTOTOの由来としていつの間にか真実味を帯びてしまい、30年近く経過した現在ですら信じる者が多い結果となってしまった。なお、キンボールはれっきとした本名である。
TOTOでは4枚のスタジオ・オリジナル・アルバムに参加。1982年にグラミー賞を獲得した『TOTO IV(邦題:聖なる剣)』に引き続く1984年の5つめのアルバム『Isolation(邦題:アイソレーション)』制作中にドラッグと私的な問題が他のメンバー間で衝突を引き起こし、TOTOから脱退した[4]。制作中にはメンバーだったためか、IsolationにはLionなど彼がクレジットされた楽曲も存在している。
TOTO以後
TOTOを去った後、キンボールはFar Corporation[5](後にグラミー賞を剥奪される不運な口パクユニット、ミリ・ヴァニリを世に送り出す)のフランク・フェーリアンの下で彼自身のキャリアを磨くためドイツに移住した。彼はセッションシンガーとしても活動し続けた。そして、様々なアーティストのバック・ボーカルとして参加。1989年~1990年の短い期間、TOTO復帰を前提に『Past to Present 1977-1990(邦題:グレーテストヒッツ)』のレコーディングに参加したが、TOTOの所属レコード会社の意向で結局南アフリカ出身のシンガージャン=ミシェル・バイロンが正式メンバーとして迎えられ、キンボールが録音した楽曲は収録されなかった[4]。しかしバイロンはその後まもなく解雇された。以後1991年から1997年まではギタリスト・ボーカリストであるスティーヴ・ルカサーがTOTOのメイン・ボーカルの役目を引き継いだ[4]。1990年後半、ライブアルバム『Classic Toto Hits』をリリースした。その後何年かにわたり、様々なTOTOのヒット曲をリリースし続けた[5]。それらの中にはフランクフルトロックオーケストラと共にレコーディングした3つのアルバムも含まれる[5]。1994年、初のソロアルバムとなる『Rise Up』をリリースした[5]。
TOTO復帰後
1998年、TOTO20周年を記念した作品「TOTO XX<1977-1997>」のリリースに合わせ、歴代メンバーと共にステージに立った。この作品には前述の「Past to Present 1977-1990」の為にレコーディングされた楽曲も収録されている。この20周年での共演でジョセフ・ウィリアムズとキンボールのどちらかが正式に復帰するのではないかと噂され、ファンも期待していたが、それに応えるようにTOTOの正式メンバーに復帰。TOTOは1982年の『聖なる剣』以来となるキンボールの参加アルバム『Mindfields』を製作した。TOTOは1999年から2000年までの間『Mindfields』のツアーを行った。2000年にキンボールは既にリリースされているシングル「Kristine」を収録したセカンドソロアルバム『All I Ever Needed』をリリースした[5]。2002年にはカバーアルバム『Through the Looking Glass』をリリースした。2005年、新メンバーグレッグ・フィリンゲインズを迎えたTOTOは2006年2月に『Falling In Between』をリリース。『Mindfields』以来のスタジオアルバムであった。しかし2007年末、2008年前半のツアーを持って無期限の活動停止を宣言。同年6月にはスティーヴ・ルカサーが「終了した」と伝え、7月にはTOTOは解散したことが正式に発表された。キンボールは現在、後続の意欲的な若手歌手を支援するウェブサイトを主催している[6]。
TOTO再結成への不参加と現在のソロ活動
2010年、元イエスのメンバーであるトニー・ケイ、ビリー・シャーウッドらとYOSOなるバンドを結成し(バンド名は Yes + TOTO の捩り)、ライヴ活動とレコーディングを行なう。ライヴではTOTOの曲も演奏されている。
TOTOは2010年より、筋萎縮性側索硬化症(ALS、またはルー・ゲーリック病とも)に冒され闘病中のマイク・ポーカロへの応援ツアーとして一時的に再結成[7]しているが、これには3代目のジョセフが参加し、キンボールは参加しなかった。理由については「スケジュールがあわず」と回答しているが、同時に「私は離れていてもTOTOが大好きなので、今後そういう誘いがあるなら喜んで参加する」とも続けた[8]。
2015年3月、マイクの訃報を受けて、療養に向けて懸命に頑張るマイクへの支援に自分が水を差すことを恐れて、長らくマイク本人とは会っていなかったことを明かし、彼への哀悼の念も併せて、「マイクは最高に優しい人間だったし、ぼくが知っている中でも、“グレート・ミュージシャン”だった」「彼が帰国する直前、東京で一緒に写真を撮ったんだ。この写真で、彼の笑顔を見るのが好きだったよ」とコメントした[9]。
その他の活動
オランダのバンドKayakに、2003年「Merlin - Bard of the Unseen」ツアーに加入し、アーサー王伝説をモチーフとした作品においてランスロット役を詠唱した。
主な来日公演
- 1980年3月、TOTOのメンバーとして初来日。
- 2008年3月、TOTOが解散する直前にボズ・スキャッグスとの競演日本ツアーのため来日[10]。
- 2012年6月、TOTO, Chicago, Journeyで活躍した4人のヴォーカリストの競演「Voice of AOR」で、ファーギー・フレデリクセン、ビル・チャンプリン、スティーヴ・オージェリーと共に来日し、東京、大阪、名古屋で公演した[11]。
- 2014年9月、進撃の阪神巨人 ロックコンサート!! 日本武道館で、深見東州、ジョー・リン・ターナー、ミッキー・トーマス、スティーヴ・オージェリーと東州ロック5人組を結成し、一夜限りのチャリティーライブを行った[12][13]。
脚注
- ^ a b Bobby Kimball Encyclopedia
- ^ Bobby Kimball Q&A
- ^ Robert's Toto Homepage
- ^ a b c Steve Lukather interview 2004
- ^ a b c d e Bobby Kimball Discography
- ^ Bobby Kimball Official Site
- ^ 2014年現在は一時的の枠を超え、活動を継続している。
- ^ YOSOのアルバム「Elements」リリースに関するインタビューにて発言。http://www.cdjournal.com/main/cdjpush/yoso/1000000487
- ^ 米バンド「TOTO」ベーシストのマイク・ポーカロが死去 8年におよぶ闘病の末、59歳の生涯に幕を閉じる | 海外ドラマ&セレブニュース TVグルーヴ
- ^ TOTOが3月の来日公演を最後に無期限活動休止 (2008/01/24) RO69(アールオーロック)
- ^ VOICE OF AOR | UPCOMING ARTIST CREATIVEMAN PRODUCTIONS
- ^ “Legendary artists rock Tokyo, raise money for charity”. ジャパンタイムズ (ジヤパンタイムズ). (2014年10月4日). オリジナルの2014年10月19日時点におけるアーカイブ。
- ^ “ロックスターらがチャリティーコンサート エイズ撲滅へ”. 毎日新聞 (毎日新聞社). (2014年9月28日)