コンテンツにスキップ

英文维基 | 中文维基 | 日文维基 | 草榴社区

「清野とおる」の版間の差分

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
削除された内容 追加された内容
Iganin (会話 | 投稿記録)
タグ: モバイル編集 モバイルウェブ編集
Cewbot (会話 | 投稿記録)
m WP:BOTREQ: Category:東京都区部出身の人物新設に伴う貼り変え作業
129行目: 129行目:
{{DEFAULTSORT:せいの とおる}}
{{DEFAULTSORT:せいの とおる}}
[[Category:日本の漫画家]]
[[Category:日本の漫画家]]
[[Category:東京都出身の人物]]
[[Category:東京都区部出身の人物]]
[[Category:1980年生]]
[[Category:1980年生]]
[[Category:存命人物]]
[[Category:存命人物]]

2016年6月8日 (水) 02:16時点における版

清野 とおる
本名 清野 通
生誕 (1980-03-24) 1980年3月24日(44歳)
日本の旗 日本東京都板橋区志村
国籍 日本の旗 日本
職業 漫画家
活動期間 1998年 -
ジャンル エッセイ漫画
不条理漫画
青年漫画
代表作青春ヒヒヒ
ハラハラドキドキ
東京都北区赤羽
公式サイト 清野とおる 公式サイト
『 ブラッドフェスティバル 』
(プロバイダのサービス終了のため閲覧不可)
テンプレートを表示

清野 とおる(せいの とおる、1980年3月24日 - )は、日本漫画家エッセイスト東京都板橋区志村出身。東京都北区赤羽在住。

成立高等学校在学中に『ヤングマガジン増刊赤BUTA』に掲載された『アニキの季節』で1998年にデビューの後、『週刊ヤングジャンプ』にて『青春ヒヒヒ』『ハラハラドキドキ』を連載。単行本化されるも絶版に。

その後、短編やイラストを雑誌に寄稿しながら、ブログで身辺雑記を綴り話題になる。2008年、ブログがBbmfマガジンの編集者の目に留まり、携帯サイト『ケータイまんが王国』にて『東京都北区赤羽』を連載して各種メディアで注目を集める。『漫画アクション』(双葉社)誌上で続編となる『ウヒョッ! 東京都北区赤羽』を連載中。

経歴

高校時代はVOWに投稿しており、「フランス床屋ナポレオン」ネタが『VOW9』(1997年)に掲載(セイノトオル名義)。『VOW23』では「VOWと俺」という自伝的エッセイ漫画を寄稿している。

高校在学時に処女作となる「猿」を『週刊ヤングマガジン』に投稿して月刊奨励賞に入選。その後、1998年に『ヤングマガジン増刊赤BUTA』に掲載された「アニキの季節」(清野通名義)で高校3年生の時に漫画家デビューする。しかし、『ヤングマガジン』ではネームがまったく通らなくなったので、『週刊ヤングジャンプ』に移籍し、多くの読切作品を発表する。大学在学中[1]、同誌にて「青春ヒヒヒ」(2001年・上下巻)、「ハラハラドキドキ」(2002年・全2巻)を連載するも半年で打ち切られる(いずれも絶版)。「連載を失って実家にいるのが、いたたまれなくなった」という理由から実家のある東京都板橋区志村から隣町の東京都北区赤羽に引越し、2003年の冬から赤羽で一人暮らしを始める。その赤羽で出会った人たちや、体験した出来事が、後の清野の創作活動に多大な影響を与えることになる。

2006年に集英社との専属契約が切れた後は、他社に持ち込みを行うが、「こんな作品を持ってきて何をしたいんですか?」など、漫画と人格を否定され続け、清野曰く「ゴミクズ同然の扱い」を受けたという。それでも持ち込みを続け、小学館の編集者に見出されるが、ネームはボツが続き、漫画家を続けていく自信を失ってしまいながらも自分の作風を模索するスランプの時代を送る。清野自身この時期を、「漫画の海の中でブクブク溺れているような状態でした。そういうときはすべてうまくいかないんですよ。」と振り返っている。

その後、『週刊ヤングサンデー』を中心に数多くの不条理ギャグ短編を発表するが、同誌の休刊により無収入状態となる。不本意なバイト生活を送りながら『東京都北区赤羽』の原型となる赤羽を舞台にしたエッセイ漫画を出版社に持ち込むが「一般人やホームレスの写真は載せられない」という理由でボツになるも、赤羽ネタなどを個人ブログに綴り話題になる。

2008年秋に、ブログがBbmfマガジンの編集者の目に留まり、『ケータイまんが王国』にて、同年12月からす『東京都北区赤羽』を連載開始。単行本8冊を刊行。20万部以上を売り上げ、NHKなどさまざまな番組で特集を組まれる。ブックストア談・文教堂赤羽店では、2万部以上を売り上げ、「赤羽では『ONE PIECE』より売れている漫画」として有名らしい。清野も何度かテレビ番組に出演するが、いずれも顔にモザイク処理が施されているか、マスクを被っているかで、公の場では素顔を晒したことはない。

2012年、『ケータイまんが王国』を運営するBbmfマガジンの出版事業撤退により、『東京都北区赤羽』の連載が終了。

2013年4月から双葉社漫画アクションにて続編となる『ウヒョッ!東京都北区赤羽』を連載開始。清野にとって「ハラハラドキドキ」以来10年振りのメジャー誌連載となった。

2015年1月より同作品を題材としたドキュメンタリー風テレビドラマ『山田孝之の東京都北区赤羽』としてテレビドラマ化された。

2016年4月から、『その「おこだわり」、俺にもくれよ!!』を題材にしたドラマ『その「おこだわり」、私にもくれよ!!』が放送された[2]

現在は『漫画アクション』(双葉社)にて「ウヒョッ!東京都北区赤羽」を、『モーニング・ツー』(講談社)にて「その『おこだわり』、俺にもくれよ!!」を、『SPA!』(扶桑社)にて「ゴハンスキー」を連載中。

エピソード

  • 趣味は徘徊・尾行・貸本漫画の収集。
  • 独特の絵柄と作風を持っており、内容は不条理ギャグが多い。不条理漫画のクオリティには定評があり、漫画家の漫☆画太郎は「私は仮性、清野とおるは真性の○○○イです!!!」と激賞している。しかし清野は、「ロクな思い出がないし、もう不条理漫画を描くつもりは無い」と述べている。これは10年間描き続けた不条理漫画が結果的にダメだったことや、編集者に「これを描く事によって君は、その先に何を求めたいの?」など散々な評価だったためである。現在はエッセイ形式の漫画に完全移行している。
  • 赤羽近辺で活動する女性ホームレス「ペイティさん」と交友があり、会うたびに自作のカセットテープや謎の芸術作品、怪文書、皮膚、女性用靴下、セロテープなどを贈られている。彼女はどこからともなく出没して芸術活動や自作ソングを披露したりするが、歌詞も曲調も奇っ怪極まりないものに仕上がっている。清野曰く「孤高の天才ホームレス」。
  • 同期の押切蓮介とはデビュー当初から親交があり、アルバイト先の友人の部署で働いているパートのオバちゃんの友人の友人を通じて偶然すぎる偶然で知りあった[3]。プライベートで徘徊、音楽、同人活動などを共にする深い付き合いで、よく単行本の帯に(皮肉めいた)推薦文を互いに出し合っている。押切によると、「読者の女性から『付き合っているのですか』としつこくメールが来た」ほどの仲である。押切による「蓮介漫画日記」では、しばしば清野とのエピソードが描かれる。また、清野も自身の漫画で押切との交流によるエピソードを描いている。
  • 漫☆画太郎と交流があり、互いのファンである。画太郎からはたびたびサインやイラストを同封した新刊や生原稿をプレゼントされている。また、『東京都北区赤羽以外の話』で画太郎と出会ったエピソードを描いている[4]
  • 中学時代に1960年代の貸本ホラー漫画に感銘を受ける。特に池川伸治の貸本漫画に熱中する(ファンが興じて会いに行ったエピソードあり)。友人である押切蓮介との初めての会話は徳南晴一郎の貸本漫画『怪談人間時計』の話題であった(押切も清野と同様に貸本ホラー漫画を収集していた)。押切も清野もデビュー当時の作風は貸本ホラー漫画の影響が色濃く見られるシュール不条理な作品が多い。ただし清野自身は心霊の類をまったく信じていない。
  • 少年時代は強迫観念による幻聴に悩まされており、幻聴の命令に従わないと激しい頭痛に襲われたという。「友人を殴る」「水溜りを飲む」「答案を破く」「小学校を脱走する」などトゥレット障害による奇行が多くなり、小学校を早退させられて脳波検査を受けた事を明かしている。漫画家になってからも原因不明の吐き気から抗精神病薬を服用していた時期がある。
  • 作中に登場する清野本人は好青年なキャラクターで描かれているが、友人の漫画家・まんしゅうきつこ曰く、「実際の清野氏は口数も少なく陰惨なオーラを放っている」、「清野氏が輝く瞬間は面白い街人に会った時だけ」、「普段は目もあてられないほど陰鬱な男で、清野氏の描くキャラクターとは対照的」と述べている[5]。なお、そのギャップは本人も承知の上である。
  • Bbmfマガジンの編集者は、清野に仕事を依頼をする前に、清野のブログや過去に描いた漫画の不条理な内容から「清野って奴は頭大丈夫なのか?」と怖がっていたという[6]。この時、友人の押切蓮介や松本次郎の仲介を経て連載されたのが「東京都北区赤羽」である。
  • 少年時代に電車内で都市伝説の「三本足のサリーちゃん」に遭遇したエピソードがある。「三本足のサリーちゃん」とは1987年東京都町田市周辺と神奈川県西北部(あるいは横浜市中央林間駅東京都町田駅周辺)に出没していた謎の怪人であり、「白いアニメの仮面」「金髪のカツラ」「セーラー服」「松葉杖」を身につけて徘徊していたことで知られる。しかし、清野が電車を走り回っていた時に誰も居ない車両で見た「三本足のサリーちゃん」らしき人物は女子高生ではなく、完全に女装したオッサンであったという[7]
  • 中学時代、給食で残ったヨーグルトを何を血迷ったのか神としてトイレに祭って、新興宗教「ヨーグルト教」を開祖したことがある。信者は他のクラスにまで拡大し、清野は「教祖」として天狗になっていたが、先生にバレてしまい、「ヨーグルト教」はあっけなく崩壊してしまった。
  • 昭和58年から昭和61年まで板橋区の某保育園に通っていたが、児童虐待を平然と行う園長と従属する副園長によって支配された「地獄保育園」であったという[8]。園児は縄で縛られたり、下半身だけ裸にされ立たせたりした。清野自身もニワトリ小屋に閉じ込められたり、無実の罪を着せられ強制的に土下座させられたりした。それでも、園内の雑用をしていた園長の息子や保母さんは、園児を必死になって守ってくれたという。母と対照的に温厚で子供好きだった園長の息子は、母の常軌を逸した行動を咎めて対立していたが、昭和59年に園内の中庭で掃除中に変死した[9]。数多くのトラウマを残した「地獄保育園」は言うまでもなく卒園数年後に潰れた。その後、園長は亡くなるが、葬儀の参列者は興味本位で見に行った同級生の母親含めて2人だけだったという。
  • 小学三年生の時に、ブリーフしか履いてない絵に描いたような変態おじさんが近所に存在しており、小学生公園で走り回って遊んだりしていたが、何を思ったのか公園のすべり台の上で全裸になり、通行人に目撃され通報され逮捕された。パトカーで連れ去られていった光景を清野は今も鮮明に覚えているという[10]
  • 初めて見た射精は、小学二年生の時に近所の神社に虫を捕りに行った際に、木陰から現れた全裸おじさんの手淫による射精であった[11]
  • 高2の秋に赤羽駅で轢死体を目撃するも、死体よりも死体にショックを受けた乗客の嘔吐物のほうが気持ち悪かったという[12]
  • 2007年頃、2ちゃんねるで「このスレは鬼女に監視されています」というアスキーアートに清野の絵が使われ、浸透する一つのきっかけともなった。

作品リスト

  • アニキの季節
  • 青春ヒヒヒ(2002年刊行 集英社※絶版)
  • ハラハラドキドキ(2004年刊行 集英社※絶版)
  • 東京都北区赤羽(2009年-2012年刊行 Bbmfマガジン※絶版)
  • ウヒョッ! 東京都北区赤羽双葉社
  • 東京都北区赤羽以外の話(講談社
  • ガードレールと少女 清野とおる漫画短変集(彩図社
    • 「ま」(増刊ヤングジャンプ・漫革 2005年8/15号)
    • 廊下を走ろう(週刊ヤングジャンプ 2003年13号)
    • 曲がれない男(増刊ヤングジャンプ・漫革 2006年8/15号)
    • 三日目の大惨事 〜私たちどうなるの?〜(増刊ヤングジャンプ・漫革 2004年6/5号)
    • みんなの桃論(週刊ヤングジャンプ 2004年26号)
    • ロフトの上の人(ビジネスジャンプ増刊・魂 2006年27号)
    • 千絵と遊ぼう(未発表作品)
    • 桜の木の下で(週刊ヤングジャンプ 2002年51号)
    • 私のケサランパサラン(増刊ヤングジャンプ・漫革 2004年11/20号)
    • スキ!スキ!過疎!!(週刊ヤングジャンプ 2003年15号)
    • 山下君は酸性か?(週刊ヤングジャンプ 2003年15号)
    • うんち日和(ビッグコミックスピリッツ増刊・YSスペシャル 2009年2/25号)
    • 富士子(週刊ヤングジャンプ 2005年20号)
    • 社会問題撲滅少女(増刊ヤングジャンプ・漫革 2006年11/15号)
    • ぬり絵少女(未発表作品)
    • ガードレールと少女(週刊ヤングサンデー 2007年8号)
  • 押切と清野の本(講談社)※入手困難
    • ハダカ日和
    • 関根の国
    • おもちゃのギャギャギャ
    • 青春ヒヒヒ パイロット版
    • お通しは通させない
  • 全っっっっっ然知らない街を歩いてみたものの (大洋図書
  • バカ男子(イーストプレス
  • Love & Peace 〜清野とおるのフツウの日々〜(白泉社
  • その「おこだわり」、俺にもくれよ!!講談社
  • 清野とおるのキ○チ○ガ○イと呼ばないで(日刊サイゾー
  • その他『SPA!』『R25』『テレビブロス』『文藝春秋』等多くの雑誌で挿絵担当

メディア出演

映像化作品

脚注

  1. ^ Bbmfマガジン刊『東京都北区赤羽』第一巻第一話より
  2. ^ “清野とおるの「おこだわり」、松岡茉優主演でドラマ化!監督は松江哲明”. コミックナタリー (株式会社ナターシャ). (2016年2月14日). http://natalie.mu/comic/news/176089 2016年2月14日閲覧。 
  3. ^ 神崎君:清野のブログ
  4. ^ 清野とおる『東京都北区赤羽以外の話』(講談社2012年4月
  5. ^ まんしゅうきつこのオリモノわんだーらんど「ブログを始めたきっかけ」
  6. ^ Diner対談 Vol.4「漫画家になりたかった男と漫画家になった男」
  7. ^ 電車の怪人:清野のブログ
  8. ^ 地獄保育園:清野のブログ
  9. ^ 清野とおる『青春ヒヒヒ』下巻・巻末(集英社)2002年6月
  10. ^ 愛すべき変態:清野のブログ
  11. ^ 愛すべき変態②:清野のブログ
  12. ^ はじめての死体:清野のブログ

外部リンク