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2016年6月8日 (水) 02:02時点における版
笑福亭 圓笑(4代目) | |
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五枚笹は、笑福亭一門の定紋である。 | |
本名 | 鈴木 義男 |
生年月日 | 1940年3月26日(84歳) |
出身地 | 東京都品川区 |
言語 | 日本語 |
方言 | 江戸弁 |
最終学歴 | 攻玉社商業高等学校 |
師匠 | 笑福亭松鶴 (6代目) |
芸風 | 江戸落語(上方噺家として活動) |
事務所 | フリー |
活動時期 | 1981年10月 - |
過去の代表番組 | 猿笑の夜はお酒と男と女(KBS京都ラジオ) |
他の活動 | 日本ゆうもあクラブ会員、日本くじら党党首、「クジラ食文化を守る会」幹事 |
弟子 | 弟子の項目参照。 |
4代目笑福亭 圓笑(しょうふくてい えんしょう、1940年(昭和15年)3月26日 - )は、東京都品川区出身の落語家(上方噺家)。本名は鈴木 義男(すずき よしお)。出囃子『かごや』。前名は同音異字の「笑福亭 猿笑」。
来歴・人物
小学校のころから落語に興味を持ちのちにアマチュア落語で名をはせる。この頃に柳家小三治と出会っている。高校卒業後6代目三遊亭圓生に弟子入りを両親に反対されたために家出同然で家を出て、アマチュア落語家を続けながら生計を立てるためにサラリーマンや板前などの職に就いていたが、諦めきれず30代半ばで来阪。1981年10月に6代目笑福亭松鶴に入門。高座名は、6代目三遊亭圓生への入門が家族の反対によりかなわなかったことにちなんで、松鶴が名づけた。
上方落語界では、同じ東京出身者で関西弁で上方落語を演じる桂春雨がいるが、猿笑は江戸弁で江戸落語を高座にかける唯一の落語家である。 上方落語協会会員。芸能事務所には所属していない。
2014年現在、現役の松鶴の弟子としては総領弟子3代目仁鶴に次いで2番目の年長者である(笑福亭鶴光・笑福亭鶴瓶などは年下だが兄弟子にあたる)。
NPO法人「京・ハハハハハ笑いの会」、日本ゆうもあクラブ会員。他に、日本くじら党党首を名乗り、1993年5月にはニューヨーク・タイムズに、捕鯨擁護の意見広告を自費で掲載した。
弟子
著書
- くじら談義 鯨は身を助ける(ブックマン社、1993年11月、ISBN 4893082051)
過去の出演番組
- 猿笑の夜はお酒と男と女(KBS京都ラジオ)アシスタント:曽和伸子(現:曽和ローズ)
出典
- 天満天神繁昌亭ホームページ 上方落語家名鑑 - 笑福亭円笑
- くだるくだらない物語 第五回 そして、さまざまな花が開く 二. 春雨、猿笑、ブラック、小田原丈 - 「和の学校」公式サイト内の記事
- 『上方落語家名鑑 第二版』(やまだりよこ著、天満天神繁昌亭+上方落語協会編、出版文化社、2010年)p71 - プロフィールに「平成20年9月、四代目円笑に改名」とある。