「理想気体」の版間の差分
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[[File:Translational motion.gif|thumb|right|200px|理想気体分子が分子同士または容器壁と完全弾性衝突を繰り返す様子。分子同士が衝突するためには分子は有限の大きさを持たなければならない。]] |
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{{出典の明記|date=2011年7月}} |
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'''理想気体'''(りそうきたい、{{lang-en|ideal gas}})または'''完全気体'''(かんぜんきたい、{{en|perfect gas}})は、[[圧力]]が[[熱力学温度|温度]]と[[密度]]に比例し、[[内部エネルギー]]が密度に依らない[[気体]]である<ref>『[[#理化学辞典|理化学辞典]]』「理想気体」.</ref>。気体の最も基本的な[[モデル (自然科学)|理論モデル]]であり、より現実的な他の気体の理論モデルはすべて、低密度で理想気体に漸近する。[[統計力学]]および[[気体分子運動論]]においては、気体を構成する個々の粒子<ref group=注>[[分子]]や[[原子]]など。</ref>の体積が無視できるほど小さく、構成粒子間には[[引力]]が働かない系である<ref>『[[#アトキンス物理化学|アトキンス物理化学]]』 p. 9.</ref>。 |
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[[File:Translational motion.gif|thumb|right|200px|理想気体分子が分子同士または容器壁と完全弾性衝突を繰り返す様子]] |
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'''理想気体'''(りそうきたい、{{lang-en|ideal gas}})または'''完全気体'''(かんぜんきたい、{{en|perfect gas}})は、[[圧力]]が[[熱力学温度|温度]]と[[体積]]の逆数([[密度]])に比例し、[[内部エネルギー]]が温度に比例するような[[気体]]の[[モデル (自然科学)|理論モデル]]である。 |
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[[統計力学]]においては、気体の構成粒子([[分子]]や[[原子]]など)の[[体積]]と、構成粒子間の[[相互作用]]をともに無視できるとした系である。 |
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実際にはどんな気体分子にも体積があり、分子間力も働いているので理想気体とは若干異なる性質を持つ。そのような理想気体でない気体は[[実在気体]]または不完全気体と呼ばれる<ref>[[伏見 |
実際にはどんな気体分子<ref group=注>気体を構成する個々の粒子のこと。気体分子運動論では、構成粒子が原子であってもこれを分子と呼ぶことが多い。</ref>にも体積があり、[[分子間力]]も働いているので理想気体とは若干異なる性質を持つ。そのような理想気体でない気体は[[実在気体]]または不完全気体と呼ばれる<ref>[[#伏見p9|伏見 1942]], p. 9.</ref>。実在気体も、低圧で高温の状態では理想気体に近い振る舞いをする。[[標準状態|常温・常圧]]では実在気体を理想気体とみなせる場合が多い。 |
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== 状態方程式 == |
== 状態方程式 == |
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{{main|理想気体の状態方程式}} |
{{main|理想気体の状態方程式}} |
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理想気体の状態方程式には2ないし3種のバリエーションがある。大きな違いは、気体を粒子の集まりとみなすか否かである。式の上での形式的な違いは、[[平衡状態]]における理想気体の圧力 {{mvar|p}} が |
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* [[質量密度]]に比例するか |
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* [[数密度]]に比例するか |
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* モル密度([[モル体積]]の逆数)<ref>『[[#グリーンブック|グリーンブック]]』 p. 167.</ref>に比例するか |
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である。 |
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=== 質量密度を変数とする状態方程式 === |
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温度 {{mvar|T}}、体積 {{mvar|V}}、[[質量]] {{mvar|m}} の平衡状態における、理想気体の圧力 {{mvar|p}} は |
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<math>p =\frac{ |
<math>p =\frac{mR_M T}{V}</math> |
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}} |
}} |
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で表され、質量密度 {{math|''m''/''V''}} と温度 {{mvar|T}} に比例する。気体の種類 {{mvar|M}} によって異なる比例係数 {{mvar|R<sub>M</sub>}} は[[気体定数|比気体定数]]<ref group=注>{{en|specific gas constant}}。単に気体定数と呼ぶことが多い。</ref>と呼ばれる<ref>『[[#理化学辞典|理化学辞典]]』「気体定数」.</ref>。{{mvar|R<sub>M</sub>}} は、[エネルギー]×[温度]<sup>−1</sup>×[質量]<sup>−1</sup> の[[量の次元|次元]]を持つ定数で、例えば空気の比気体定数は {{math|1= ''R''<sub>air</sub> = 287 J kg<sup>−1</sup>K<sup>−1</sup>}} である{{sfn|松尾|1994|p=9}}。この状態方程式は、気体の構成粒子の存在を前提としない場合でも意味を持つ式である。 |
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で表される。ここで、比例係数 {{mvar|R}} は[[気体定数]]と呼ばれている。物質量を[[国際単位系|SI単位]]の[[モル]]で量った場合は、気体定数は気体の種類によらない普遍定数となる。 |
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モルで量った時の気体定数は特にモル気体定数と呼ばれる。また、統計力学において、気体の構成粒子の存在を前提とする場合に、物質量を粒子数で量った場合には比例定数は記号 {{mvar|k}} で表され、[[ボルツマン定数]]と呼ばれる<ref>SIにおいて、モルで量る物質量には次元を与えられるが、粒子数は無次元量として扱われるので、モル気体定数 {{mvar|R}} とボルツマン定数 {{mvar|k}} の次元は異なる。具体的にはアボガドロ定数を掛けた分だけ異なる。</ref>。 |
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=== 数密度を変数とする状態方程式 === |
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統計力学によると、体積 {{mvar|V}} の容器の中に[[古典力学]]に従う {{mvar|N}} 個の[[自由粒子]]が閉じ込められているとき、温度 {{mvar|T}} の平衡状態におけるこの気体の圧力 {{mvar|p}} は |
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<math>p =\frac{Nk_\text{B} T}{V}</math> |
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}} |
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で与えられ、数密度 {{math|''N''/''V''}} と温度 {{mvar|T}} に比例する。比例係数 {{math|''k''<sub>B</sub>}} は気体の種類によらない普遍定数で、[[ボルツマン定数]]と呼ばれる。 {{math|''k''<sub>B</sub>}} の次元は [エネルギー]×[温度]<sup>−1</sup> である。粒子数 {{mvar|N}} が式中に現れていることから明らかなように、この状態方程式は、気体の構成粒子の存在を前提としなければ意味を持たない。 |
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=== モル体積を変数とする状態方程式 === |
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温度 {{mvar|T}}、体積 {{mvar|V}}、[[物質量]] {{mvar|n}} の平衡状態における、理想気体の圧力 {{mvar|p}} は |
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<math>p =\frac{nRT}{V}</math> |
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}} |
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で表され、モル体積 {{math|''V''/''n''}} に反比例し、温度 {{mvar|T}} に比例する。比例係数 {{mvar|R}} は気体の種類によらない普遍定数で、モル気体定数<ref group=注>{{en|molar gas constant}}。単に気体定数と呼ぶことが多い。</ref>と呼ばれる。{{mvar|R}} は [エネルギー]×[温度]<sup>−1</sup>×[物質量]<sup>−1</sup> の次元を持ち、その値はボルツマン定数 {{math|''k''<sub>B</sub>}} に[[アボガドロ定数]] {{math|''N''<sub>A</sub>}} を掛けたものに等しい。また、比気体定数 {{mvar|R<sub>M</sub>}} に気体の[[モル質量]] {{mvar|M}} を掛けたものにも等しい。この状態方程式は、通常は、気体の構成粒子の存在を前提としている。なぜなら[[国際単位系|SI単位系]]では、気体の物質量 {{mvar|n}} は構成粒子数 {{mvar|N}} を {{math|''N''<sub>A</sub>}} で割ったものとして定義されるからである。ただしSIの定義にこだわらなければ、気体の構成粒子の存在を前提しなくても、純粋に巨視的な物理学の範囲内でこの状態方程式に意味を持たせることができる{{sfn|キャレン|1999|p=12}}{{sfn|田崎|2000|p=52}}。 |
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== 内部エネルギー == |
== 内部エネルギー == |
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理想気体のエネルギーの表式にも2ないし3種のバリエーションがある。大きな違いは、気体の[[熱容量]]が温度に依存するか否かである。理想気体の状態方程式と[[熱力学的状態方程式#理想気体|熱力学的状態方程式]]から、内部エネルギーが体積に依存しないことが示される。しかし、内部エネルギーが温度に比例すること、すなわち定積熱容量が温度に依存しないことまでは示されない。理想気体の状態方程式を満足する気体は'''半理想気体'''、あるいは'''半完全気体'''と呼ばれる{{sfn|松尾|1994|p=15}}。半理想気体のうち、内部エネルギーが温度に比例する気体を'''狭義の理想気体'''という。狭義の理想気体のうち、構成粒子が内部自由度<ref group=注>粒子の回転や変形などの[[自由度]]のこと。</ref>を持たない気体を'''単原子理想気体'''という{{sfn|キャレン|1998|p=87}}。 |
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温度 {{mvar|T}}、物質量 {{mvar|N}} の平衡状態における、理想気体の内部エネルギー {{mvar|U}} は |
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=== 単原子理想気体 === |
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温度 {{mvar|T}}、物質量 {{mvar|n}} の平衡状態における、単原子理想気体の内部エネルギー {{mvar|U}} は |
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{{Indent| |
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<math>U =\frac{3}{2}nRT=\frac{3}{2}Nk_\text{B} T</math> |
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}} |
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で表される。この式から単原子理想気体の[[定積モル熱容量]] {{math|''C''<sub>''V'', m</sub>}} は |
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<math>C_{V,\text{m}} = \frac{3}{2}R</math> |
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}} |
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と与えられる。単原子理想気体の {{math|''C''<sub>''V'', m</sub>}} は、温度にも気体の種類にも依らない定数である。 |
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=== 狭義の理想気体 === |
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温度 {{mvar|T}}、物質量 {{mvar|n}} の平衡状態における、狭義の理想気体の内部エネルギー {{mvar|U}} は |
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{{Indent| |
{{Indent| |
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<math>U = |
<math>U =cnRT=cNk_\text{B} T</math> |
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}} |
}} |
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で表される。 |
で表される。 |
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ここで、比例係数 {{mvar|c}} は自由度の 1/2 に相当する定数である。単原子分子なら {{math|''c'' {{=}} 3/2}}、二原子分子なら {{math|''c'' {{=}} 5/2}} である。 |
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構成粒子を[[剛体]]とみなせる場合、比例係数 {{mvar|c}} は粒子1個当たりの[[自由度]]の 1/2 に相当する。内部自由度のない単原子理想気体であれば {{math|''c'' {{=}} 3/2}} である。剛体回転子とみなせる直線分子なら内部自由度が 2 なので {{math|''c'' {{=}} 5/2}}、剛体回転子とみなせる非直線分子なら内部自由度が 3 なので {{math|''c'' {{=}} 3}} である。実在の分子で剛体回転子とみなせる分子は少ない。例えば[[一酸化炭素]] CO は {{math|''c'' {{=}} 2.50}} だが、[[二酸化炭素]] CO<sub>2</sub> は {{math|''c'' {{=}} 3.46}} である。[[水蒸気]] H<sub>2</sub>O は {{math|''c'' {{=}} 3.04}} だが、[[二酸化硫黄]] SO<sub>2</sub> は {{math|''c'' {{=}} 3.80}} である。二原子分子に限っても[[塩素]] Cl<sub>2</sub> は {{math|''c'' {{=}} 3.08}} であって、5/2 よりもむしろ 3 に近い<ref>これらの {{mvar|c}} の値は『[[#アトキンス第8版|アトキンス物理化学]]』 表2・7 より算出した。</ref>。[[希ガス]]、[[酸素]]、[[窒素]]、[[水蒸気]]などの少数の例外を除けば、比例係数 {{mvar|c}} は[[分子式]]から手計算で求められる数値ではない。[[ファンデルワールス定数]] {{math|''a'', ''b''}} と同様に、比例係数 {{mvar|c}} は実際の気体の熱力学的性質を再現するように定められるパラメータである。また、剛体回転子とはみなせない分子の標準定積熱容量は、温度により少なからず変化する。それにも関わらず狭義の理想気体という気体の理論モデルをあえて考えるのは、エントロピーなどの表式がきわめて簡単になるからである{{sfn|松尾|1994|p=14}}。また、内部エネルギーを表す近似式としてそれで十分な場面も多い。とくに空気の主成分である酸素、窒素、水蒸気は([[結露]]しない限り)比較的広い温度・圧力範囲で狭義の理想気体とみなせる。 |
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温度 {{mvar|T}}、質量 {{mvar|m}} の平衡状態における、狭義の理想気体の内部エネルギー {{mvar|U}} は |
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<math>U =mc_V T</math> |
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}} |
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で表される。狭義の理想気体の[[比熱容量|定積比熱容量]] {{mvar|c<sub>V</sub>}} は、温度に依らない気体に固有の定数である。 |
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=== 半理想気体 === |
=== 半理想気体 === |
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温度 {{mvar|T}}、物質量 {{mvar|n}}、質量 {{mvar|m}} の平衡状態における、半理想気体の内部エネルギー {{mvar|U}} は |
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理想気体の状態方程式と熱力学的な関係式から、内部エネルギーが体積に依存しないことが示される。しかし、内部エネルギーが温度に比例することまでは示されない。理想気体の状態方程式を満足するが、内部エネルギーが温度に比例しない気体は'''半理想気体'''、あるいは'''半完全気体'''と呼ばれる<ref name=matsuo>{{cite|和書 |author=松尾一泰 |title=圧縮性流体力学 |publisher=理工学社 |year=1994 |isbn=4-8445-2145-4 |page=15}}</ref>。これに対し、状態方程式を満たし、かつ内部エネルギーが温度に比例する気体を'''狭義の理想気体'''という。 |
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{{Indent| |
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<math>U =U_0+n\int^T_{T_0}C_{V,\text{m}}(T')\,\mathrm dT'=U_0+m\int^T_{T_0}c_V(T')\,\mathrm dT'</math> |
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}} |
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で表される。ここで {{math|''U''<sub>0</sub>}} は、温度 {{math|''T''<sub>0</sub>}} における物質量 {{mvar|n}}、質量 {{mvar|m}} の半理想気体の内部エネルギーである。半理想気体の {{math|''C''<sub>''V'', m</sub>}} と {{mvar|c<sub>V</sub>}} は、圧力と密度には依らない温度 {{mvar|T}} の関数である。関数の形は気体の種類により異なる。関数が[[定数関数]] {{math|1=''C''<sub>''V'', m</sub>(''T'') = ''cR''}} であるとき、その気体は狭義の理想気体である。構成粒子の[[並進運動]]の自由度のため、半理想気体の定積モル熱容量について任意の温度で |
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{{Indent| |
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<math>C_{V,\text{m}}(T) \ge \frac{3}{2}R</math> |
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}} |
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が成り立つ。 |
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== 性質 == |
== 性質 == |
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理想気体に成立する法則として代表的なものには次のものがあげられる。 |
理想気体に成立する法則として代表的なものには次のものがあげられる。 |
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=== ボイルの法則 === |
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{{main|ボイルの法則}} |
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理想気体の[[圧縮率#等温圧縮率|等温圧縮率]] {{mvar|κ<sub>T</sub>}} は気体の種類に依らない。 |
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{{Indent| |
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<math>\kappa_T = -\frac{1}{V} \left( |
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\frac{\partial V(T,p)}{\partial p} |
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\right)_T=\frac{1}{p}</math> |
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}} |
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=== シャルルの法則 === |
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{{main|シャルルの法則}} |
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理想気体の[[熱膨張率]] {{mvar|α}} は気体の種類に依らない。 |
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{{Indent| |
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<math>\alpha = \frac{1}{V} \left( |
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\frac{\partial V(T,p)}{\partial T} |
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\right)_p=\frac{1}{T}</math> |
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}} |
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=== アボガドロの法則 === |
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{{main|アボガドロの法則}} |
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この法則は、気体の構成粒子の存在を前提としなければ意味を持たない。 |
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=== ドルトンの分圧の法則 === |
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{{main|ドルトンの法則}} |
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この法則が成り立つ条件は、気体の構成粒子の存在を前提するか否かで異なる。 |
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;構成粒子の存在を前提する場合:気体の混合前後あるいは分離前後で構成粒子の総数が変化しない。 |
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;構成粒子の存在を前提しない場合:[[準静的過程|準静的]]な[[等温過程|等温操作]]で混合あるいは分離のための[[仕事 (熱力学)|仕事]] {{math|''W''<sub>mix</sub>}} が無視できる{{sfn|田崎|2000|p=175}}。 |
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{{see also|理想混合気体}} |
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=== エンタルピー === |
=== エンタルピー === |
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理想気体のエンタルピー {{mvar|H}} は |
半理想気体の[[エンタルピー]] {{mvar|H}} は |
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{{Indent| |
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<math>H =U+pV = |
<math>H =U+pV =U+nRT</math> |
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}} |
}} |
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で表される。 |
で表される。 |
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狭義の理想気体のエンタルピー {{mvar|H}} は |
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=== 比熱容量 === |
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理想気体の[[熱容量|定積比熱容量]] {{mvar|c<sub>v</sub>}} は |
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<math> |
<math>H =U+nRT = n(c+1)RT</math> |
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}} |
}} |
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で表される。 |
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で表され、[[熱容量|定圧比熱容量]] {{mvar|c<sub>p</sub>}} は |
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{{mvar|T}} と {{mvar|n}} が同じであれば、理想気体のエンタルピー {{mvar|H}} は {{mvar|V}} にも {{mvar|p}} にも依らずに同じ値になる([[熱力学的状態方程式#ジュールの法則|ジュールの法則]])。理想気体は等エンタルピー膨張で温度が変化しない。 |
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{{see|ジュール=トムソン効果}} |
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=== モル熱容量 === |
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半理想気体のモル熱容量は圧力にも気体の密度にも依らない。 |
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狭義の理想気体の[[定積モル熱容量]] {{math|''C<sub>V'', m</sub>}} は |
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<math> |
<math>C_{V,\text{m}} =\frac{1}{n} \left( \frac{\partial U}{\partial T} \right)_V =cR</math> |
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}} |
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で表され、[[定圧モル熱容量]] {{math|''C<sub>p'', m</sub>}} は |
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<math>C_{p,\text{m}} =\frac{1}{n} \left( \frac{\partial H}{\partial T} \right)_p =(c+1)R</math> |
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}} |
}} |
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で表される。 |
で表される。 |
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二つの |
理想気体の二つのモル熱容量の差は |
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<math> |
<math>C_{p,\text{m}} -C_{V,\text{m}} =R</math> |
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}} |
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となる。この関係は[[マイヤーの関係式]]と呼ばれる。また、二つの |
となる。この関係は[[マイヤーの関係式]]と呼ばれる。この関係式は半理想気体についても成り立つ。また、理想気体の二つのモル熱容量の比 {{mvar|γ}} は[[比熱比]]と呼ばれ |
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{{Indent| |
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<math>\gamma =\frac{ |
<math>\gamma =\frac{C_{p,\text{m}}}{C_{V,\text{m}}} =\frac{C_{V,\text{m}}+R}{C_{V,\text{m}}} =1+\frac{R}{C_{V,\text{m}}}</math> |
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}} |
}} |
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となる。半理想気体の比熱比 {{mvar|γ}} は一般には温度に依存する。狭義の理想気体の場合は、熱容量が温度に依存しないので |
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となる。 |
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<math>\gamma =1+\frac{1}{c}</math> |
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}} |
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となり、比熱比 {{mvar|γ}} も温度に依存しない。 |
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=== エントロピー === |
=== エントロピー === |
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理想気体の[[エントロピー]] {{mvar|S}} は |
狭義の理想気体の[[エントロピー]] {{mvar|S}} は |
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<math>S = nR\ln \alpha \frac{T^c V}{n}</math> |
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}} |
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となる。ここで {{mvar|α}} は物質固有の定数である。狭義の理想気体のエントロピーの形は、[[熱力学第三法則]]を満たさない。 |
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半理想気体のエントロピー {{mvar|S}} は |
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<math>S = |
<math>S = nR\left(\int^T_{T_0}\frac{C_{V,\text{m}}(T')}{RT'}\,\mathrm dT' + \ln \alpha_0 \frac{V}{n}\right)</math> |
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}} |
}} |
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となる。な |
となる。ここで {{math|''α''<sub>0</sub>}} は物質固有の定数<ref group=注>基準とする温度 {{math|''T''<sub>0</sub>}} には依存する。</ref>である。半理想気体の {{math|''C''<sub>''V'', m</sub>}} が {{math|3''R''/2}} を下回ることはないので、半理想気体のエントロピーの形もまた、熱力学第三法則を満たさない。 |
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[[準静的過程|準静的]]な[[断熱過程]]においては、エントロピーが一定となる。このとき |
[[準静的過程|準静的]]な[[断熱過程]]においては、エントロピーが一定となる。このとき |
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<math>pV^\gamma =\text{const.}</math> |
<math>pV^\gamma =\text{const.}</math> |
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}} |
}} |
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の関係がある。これらは[[ポアソンの法則]]と呼ばれる。 |
の関係がある。これらは[[ポアソンの法則]]と呼ばれる。狭義の理想気体では、ポアソンの法則が厳密に成り立つ。半理想気体では、ポアソンの法則が近似的に成り立つ。 |
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== 統計力学による再現 == |
== 統計力学による再現 == |
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理想気体の手短な解説{{Sfnm|石川|2016|1p=76|卜部|2005|2p=116|ps= など。}}において |
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理想気体の性質は、容器内壁以外で[[ポテンシャル]]がゼロであるような[[ハミルトニアン]]を用いることで統計力学により再現される。理想気体は分子同士や容器内壁と衝突してもその衝突前と衝突後で[[運動エネルギー]]の和は変わらない([[衝突|完全弾性衝突]])。 |
|||
* 理想気体の体積中では気体分子の占める体積は存在しない(分子の体積がゼロ)。 |
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* 理想気体では分子間力がいっさい作用しない(相互作用がゼロ)。 |
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* 理想気体は分子同士{{Sfn|石川|2016|pp=76-84|ps=. には理想気体の分子同士の衝突に関する記述はない。}}や容器内壁と衝突してもその衝突前と衝突後で[[運動エネルギー]]の和は変わらない([[衝突|完全弾性衝突]])。 |
|||
という説明がなされることがある。しかし、分子の体積と相互作用の両方が厳密にゼロだったなら、分子同士が衝突することはありえない。そのため気体が[[熱平衡]]に達するには、容器内壁を介して間接的に分子がエネルギーを互いにやり取りしなければならない。ところが容器内壁と分子の衝突が完全弾性衝突だったなら、それも不可能である。したがって、分子の体積がゼロ、相互作用がゼロ、完全弾性衝突だったなら、どれだけ時間が経っても気体が熱平衡に達することはない。 |
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上の3条件のいずれかを適当に緩めると、気体を熱平衡状態にすることができる。例えば、容器内壁と分子の間にエネルギーのやり取りを許せばよい。そうすると壁を温度 {{mvar|T}} の熱浴とみなせるので、[[カノニカル分布]]の方法が使える{{sfn|香取|2007|pp=10,20}}。 |
|||
あるいは、完全弾性衝突の条件をそのままにして |
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* 理想気体の体積中で構成粒子の占める体積はきわめて小さいがゼロではない(微小剛体球)。 |
|||
* 理想気体では粒子間に[[引力]]が働かない(引力がゼロ)。 |
|||
* 理想気体は粒子同士や容器内壁と衝突してもその衝突前と衝突後で運動エネルギーの和は変わらない(完全弾性衝突)。 |
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としてもよい{{sfn|松尾|1994|p=10}}。ここで微小剛体球の半径は、実際の分子の大きさよりもずっと小さい値、例えば 1 [[フェムトメートル|fm]]([[核子]]くらいの大きさ)を仮定する。剛体球なので、粒子間距離が球の直径より小さくなろうとしたときには強い[[斥力]]が働いて粒子同士の衝突は完全弾性衝突となるが、粒子間距離が球の直径より少しでも大きいときには粒子間に相互作用が働かない。理想気体の体積中で構成粒子の占める体積が十分に小さければ、この系はほとんど独立な粒子の集まりとなるので'''理想系'''<ref group=注>わずかな相互作用により粒子が互いにエネルギーを交換するが、相互作用エネルギーの全系のエネルギーへの寄与は無視できるほど小さく、全系のエネルギーが個々の粒子のエネルギーの和として与えられる系のこと。</ref>{{sfn|中村|1993|p=92}}{{sfn|阿部|1992|p=3}}である。容器内壁との衝突が完全弾性衝突ということは、この壁が断熱壁であるということなので、体積 {{mvar|V}} と 粒子数 {{mvar|N}} が一定であれば、この系は[[孤立系]]である。よって[[ボルツマンの公式]]によりエントロピーを求めることができる([[ミクロカノニカルアンサンブル]])。 |
|||
=== 内部自由度のない粒子からなる理想気体 === |
|||
{{Main|ザックール・テトローデ方程式}} |
{{Main|ザックール・テトローデ方程式}} |
||
単原子理想気体の性質は、粒子の並進運動の[[分配関数]]から計算できる。すなわち、容器内壁以外で[[ポテンシャル]]がゼロであるような[[ハミルトニアン]]を用いることで、単原子理想気体の性質が統計力学により再現される。 |
|||
== |
=== 剛体回転子からなる理想気体 === |
||
{{Main|標準モルエントロピー#回転エントロピー}} |
|||
理想気体は高温、低圧の状態に近づくにつれて厳密に成り立つようになる[[極限法則]]<ref name=atkins>{{cite|和書 |author=Peter Atkins |author2=Julio de Paula |translator=千原秀昭, 稲葉章 |title=アトキンス物理化学要論 |edition=4 |publisher=東京化学同人 |year=2007 |isbn=978-4-8079-0649-9 |page=12}}</ref>であり、あくまで想像上の存在、または[[モデル (自然科学)|モデル]]である。事実、実在気体では、理想気体とは異なった性質を持つ。これは理想気体が以下の性質を持つと仮定しているためである。 |
|||
狭義の理想気体の性質は、分子の並進と回転の分配関数から計算できる。分子を古典力学に従う剛体回転子とみなすと、理想気体の熱容量が温度に依存しないことが統計力学により再現される。 |
|||
* 理想気体には気体分子の概念が存在しない。 |
|||
{{See also|エネルギー等配分の法則}} |
|||
*: 理想気体は、温度が下がれば下がるほど体積は小さくなっていき、[[絶対零度]]では体積は 0 になるとされる。だが、これでは気体の体積が完全になくなった状態となり、気体が消滅したことにもなってしまう。理想気体に気体分子の概念が存在しないためで、理想気体の体積中では気体分子の占める体積は存在しない、と[[定義]]付けられているためである。 |
|||
*: 無論、これは実在気体では起こりえない現象である。実在気体は気体分子が存在するため、体積は小さくなっても決して 0 にはなりえない(もっともその前に液体や固体になってしまうが)。また、[[イオン#イオン化|イオン化]]や[[共有結合]]などによって[[電子]]の授受が行われない限り分子の体積は変化しない。加圧や冷却によって分子自体の大きさが小さくなることはないのである。 |
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=== 振動する分子からなる理想気体 === |
|||
*: その一方で、内部エネルギーとして、気体分子の並進と回転の運動エネルギーのみを考えた場合では、高温高圧になって、分子の振動エネルギーの内部エネルギーへの寄与が無視できなくなることが、実在気体では発生するが、理想気体では想定できなくなる。さらに高温になり、[[解離 (化学)|解離]]や[[電離]]([[プラズマ]]化)が起こったり、[[連続体]]とみなすことができない[[希薄気体]]となることも、理想気体では起こりえない<ref name=matsuo/>。 |
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{{Main|標準モルエントロピー#統計力学的計算}} |
|||
半理想気体の性質は、分子の並進と回転と振動の分配関数から計算できる。必要であれば分子の[[電子状態]]の分配関数も考える。[[調和振動子]]のハミルトニアンを用いることで、理想気体の熱容量が温度に依存することが統計力学により再現される。窒素 N<sub>2</sub>、酸素 O<sub>2</sub>、水蒸気 H<sub>2</sub>O の熱容量が比較的広い温度範囲で一定とみなせるのは、これらの分子の[[分子振動]]を励起するのに必要なエネルギーが [[KT (エネルギー)| {{math|''k''<sub>B</sub>''T''}}]] よりもずっと大きいためである。 |
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== 相転移 == |
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理想気体はどんな条件下でも[[相転移]]しない。これは理想気体が以下の性質を持つと仮定しているためである。 |
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* 理想気体の体積中で気体分子の占める体積は無視できるほど小さい。 |
|||
*: [[実在気体]]では、圧力を一定に保ったまま温度を下げていくと、液体か固体に相転移する。あるいは、温度を一定に保ったまま圧力を上げても、液体か固体に相転移する。それに対して理想気体では、圧力を一定に保ったまま温度を下げていくと、気体の体積が際限なく小さくなる。温度を一定に保ったまま圧力を上げても同様である。理論上は、[[絶対零度]]または圧力無限大の極限で理想気体の体積は 0 になる。理想気体では実在気体の相転移現象を再現できない。 |
|||
*: 理想気体を拡張したモデルに{{仮リンク|剛体球モデル|en|Hard spheres}}がある。このモデルでは、気体分子は、分子と同程度の大きさの剛体球で表される。剛体球モデルでは、適度な低温または適度な高圧で、気体が固体に相転移する(アルダー転移){{sfn|香取|2007|p=13}}。このことから、理想気体で相転移が起こらないのは気体の分子の体積を無視したためであることが分かる。剛体球モデルでは[[平均自由行程]]を求めることができるので、[[粘度]]などの[[輸送係数]]について議論することができる。また、密度が低くて[[連続体]]とみなすことができない[[希薄気体]]を扱うこともできる{{sfn|松尾|1994|p=21}}。 |
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* 理想気体には気体分子間の引力が作用しない。 |
* 理想気体には気体分子間の引力が作用しない。 |
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*: 剛体球モデルでは、気体から液体への相転移が起きない。それに対して理想気体の別の拡張モデルである[[ファンデルワールスの状態方程式|ファンデルワールス気体]]では、気液相転移が起こる<ref group=注>ただしファンデルワールス気体では、固体への相転移は起こらない。</ref>。ファンデルワールス気体は、気体分子間の引力を考慮した理論モデルである。このことから、理想気体や剛体球モデルで気液相転移が起こらないのは気体分子間の引力を無視したためであることが分かる。 |
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*: 気体は[[分子運動]]で[[熱膨張]]をするが、同時に[[分子振動]]もしている。加熱や減圧では気体分子の運動エネルギーは大きくなるので、分子振動は無視できる。だが、逆に加圧や冷却では気体分子の運動エネルギーは小さくなり、分子振動も無視できなくなってくる。その前に分子運動が低速になった状態で分子が接近すると分子間に引力が作用するので、[[ファンデルワールス力]]などの[[分子間力]]が作用するようになる。結果、分子運動のエネルギーが分子間力のエネルギーよりも小さくなり液体になる。液体は分子運動と分子振動で膨張するが、さらに加圧・冷却が進むと分子運動のエネルギーが分子振動のエネルギーよりも小さくなり、ついには分子は[[自由運動]]ができなくなってしまう。この状態が固体である。 |
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<!-- 分子間力とは無関係の記述をコメントアウト(2017年3月) |
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*: 実在気体で起こる[[凝固]]、[[凝結]]、ならびに[[昇華 (化学)|昇華]]と言う現象は、理想気体では発生しえない。理想気体では分子間力がいっさい作用しないため(それ以前に分子自体が存在しない)、どんなに加圧・冷却をおこなっても液体や固体にはならない。また、理想気体の運動エネルギーは[[無限|無限大]]とみなされる。このため、分子運動のエネルギーが分子振動のエネルギーより小さくなることはなく、気体のままでいられる。 |
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*: 理想気体は分子同士や容器内壁と衝突してもその衝突前と衝突後で運動エネルギーの和は変わらない。いわゆる完全弾性衝突で、これは[[エネルギー保存の法則#熱力学第一法則|熱力学第一法則]]に従う。また、理想気体の状態方程式とボイル=シャルルの法則を両立させた結果でも、理想気体は熱力学第一法則に反していない。冷却によって体積が縮小されると、体積の縮小と言う形で理想気体が[[仕事]]をしたことになる。一見すると理想気体は熱力学第一法則に反しているように見えるが、外部からのエネルギーの供給なくひとりでにエネルギーを作り出すこともせず、逆に発生したエネルギーを仕事をさせずに消滅させてもいないので、熱力学第一法則とは矛盾しない。 |
*: 理想気体は分子同士や容器内壁と衝突してもその衝突前と衝突後で運動エネルギーの和は変わらない。いわゆる完全弾性衝突で、これは[[エネルギー保存の法則#熱力学第一法則|熱力学第一法則]]に従う。また、理想気体の状態方程式とボイル=シャルルの法則を両立させた結果でも、理想気体は熱力学第一法則に反していない。冷却によって体積が縮小されると、体積の縮小と言う形で理想気体が[[仕事]]をしたことになる。一見すると理想気体は熱力学第一法則に反しているように見えるが、外部からのエネルギーの供給なくひとりでにエネルギーを作り出すこともせず、逆に発生したエネルギーを仕事をさせずに消滅させてもいないので、熱力学第一法則とは矛盾しない。 |
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--> |
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== 極限法則としての理想気体 == |
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{{main|実在気体|圧縮率因子}} |
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理想気体は気体の[[モデル (自然科学)|理論モデル]]である。理想気体は想像上の存在である、といってもよい。[[ボイル=シャルルの法則]]が厳密に成り立つ気体は、現実には存在しない。理想気体の法則は、低圧の状態に近づくにつれて実在気体でも厳密に成り立つようになる[[極限法則]]<ref name=atkins>『[[#atkins|アトキンス物理化学要論]]』 p. 12.</ref><ref group=注>ある極限状態に近づくにつれて近似が良くなり、極限状態では厳密に成り立つ法則のこと。</ref>である。 |
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実在気体が理想気体と若干異なる性質を持つのは、気体分子に体積があり、[[分子間力]]が働いているためである。温度 {{mvar|T}} と分子数 {{mvar|N}} が一定の場合、気体が低圧の状態に近づくということは、気体分子の数密度が減るということだから、気体分子の体積と分子間力について次のことが言える。 |
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* 実在気体の体積中で気体分子の占める体積の割合は、温度が同じなら低圧ほど小さくなり、圧力ゼロの極限でゼロになる。 |
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*: 分子が集まってできた固体の[[圧縮率]]や[[熱膨張率]]は、[[標準状態|常温・常圧]]の気体と比べてはるかに小さい。このことから、分子自体の大きさは、温度や圧力によってさほど変化しないと考えられる。よって分子の数密度が減れば、気体分子の占める体積の割合は小さくなる。 |
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* 実在気体の気体分子間に働く分子間力は、温度が同じなら低圧ほど弱くなり、圧力ゼロの極限でゼロになる。 |
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*: 低密度になるほど、分子間の平均距離が長くなる。分子同士が離れているほど、分子間力は弱くなる。個々の分子がほかの分子の影響を受けずに過ごす時間は低密度になるほど長くなる、といってもよい<ref>『[[#アトキンス物理化学|アトキンス物理化学]]』 p. 14.</ref>。 |
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どんな気体でも温度を一定に保ったまま低圧にすると、気体分子の体積と分子間力が無視できるようになるので、ボイル=シャルルの法則が成り立つようになる。実在気体の状態方程式はすべて、低密度で理想気体に漸近する形になっている。例えば[[ファンデルワールスの状態方程式]] |
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{{Indent| |
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<math>p =\frac{RT}{V_\text{m}-b} -\frac{a}{{V_\text{m}}^2}</math> |
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}} |
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あるいは[[ビリアル方程式]] |
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{{Indent| |
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<math>p = \frac{RT}{V_m}\left(1 + \frac{B_V (T)}{V_m} + \frac{C_V (T)}{V_m^2} + ...\right)</math> |
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}} |
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はどちらも、温度 {{mvar|T}} 一定、[[モル体積]] {{math|''V''{{sub|m}} → ∞}} の極限で理想気体の状態方程式となる。 |
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同じ理由で、どんな気体でも圧力を一定に保ったまま高温にすると、密度が減少して気体分子の体積と分子間力が無視できるようになるので、ボイル=シャルルの法則が成り立つようになる。ただしある程度の高温になると、どんな気体でも分子の[[解離 (化学)|解離]]や[[電離]]([[プラズマ]]化)が起こるため、分子数 {{mvar|N}} が温度や圧力によって変化するようになる。そのような高温領域では、[[アボガドロの法則]]と[[ドルトンの法則]]は成り立っても、ボイル=シャルルの法則は成り立たなくなる。それゆえ「理想気体の法則は高温の状態に近づくにつれて実在気体でも厳密に成り立つようになる極限法則である」ということはできない。 |
|||
== 理想気体の応用 == |
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{{main|クラウジウス・クラペイロンの式|平衡定数|サハの電離公式}} |
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理想気体は、気体が関係する物理化学現象を解析する際に、気体のモデルとして多用される。例として |
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* 固相や液相と[[相平衡]]にある蒸気 |
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* [[解離 (化学)|解離]]などの気相の化学平衡 |
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* [[電離]]([[プラズマ]]化)した気体の電離平衡 |
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が挙げられる。 |
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== 脚注 == |
== 脚注 == |
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=== 出典 === |
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{{reflist}} |
|||
{{Reflist|20em}} |
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=== 注釈 === |
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{{Reflist|group="注"}} |
|||
== 参考文献 == |
|||
*{{Anchors|伏見p9}}[[伏見康治]]「[[確率論及統計論]]」第I章 数学的補助手段 1節 組合わせの理論 p. 9 不完全気体の統計力学 ISBN 9784874720127 http://ebsa.ism.ac.jp/ebooks/ebook/204 |
|||
*{{cite|和書 |author=Peter Atkins |author2=Julio de Paula |translator=千原秀昭, 稲葉章 |title=アトキンス物理化学要論 |edition=4 |publisher=東京化学同人 |year=2007 |isbn=978-4-8079-0649-9 |ref=atkins}} |
|||
*{{cite book|和書 |
|||
|author=松尾一泰 |
|||
|title=圧縮性流体力学 |
|||
|publisher=理工学社 |
|||
|year=1994 |
|||
|isbn=4-8445-2145-4 |
|||
|ref={{sfnref|松尾|1994}} |
|||
}} |
|||
* {{Cite book|和書 |
|||
|author=H.B. キャレン |
|||
|others= 小田垣孝訳 |
|||
|year=1998 |
|||
|title=熱力学および統計物理入門(上) |
|||
|publisher=吉岡書店 |
|||
|isbn=978-4842702728 |
|||
|ref={{sfnref|キャレン|1998}} |
|||
}} |
|||
*{{Cite book|和書 |
|||
|author1= J.G. Frey |
|||
|author2= H.L. Strauss |
|||
|year=2009 |
|||
|title=物理化学で用いられる量・単位・記号 |
|||
|edition= 第3版 |
|||
|others=産業技術総合研究所計量標準総合センター訳 |
|||
|publisher=講談社 |
|||
|url=https://www.nmij.jp/public/report/translation/IUPAC/iupac/iupac_green_book_jp.pdf |
|||
|isbn=978-406154359-1 |
|||
|ref=グリーンブック |
|||
}} |
|||
* {{Cite book|和書 |
|||
|author=田崎晴明 |
|||
|title=熱力学 現代的な視点から |
|||
|series=新物理学シリーズ |
|||
|publisher=培風館 |
|||
|year=2000 |
|||
|isbn=4-563-02432-5 |
|||
|ref={{sfnref|田崎|2000}} |
|||
}} |
|||
* {{Cite book|和書 |
|||
|author=香取眞理 |
|||
|title=非平衡統計力学 |
|||
|series=裳華房テキストシリーズ - 物理学 |
|||
|edition= 第3版 |
|||
|publisher=裳華房 |
|||
|year=2007 |
|||
|isbn= 978-4-7853-2086-7 |
|||
|ref={{sfnref|香取|2007}} |
|||
}} |
|||
* {{Cite book|和書 |
|||
|author=中村伝 |
|||
|title=統計力学 |
|||
|series=物理テキストシリーズ |
|||
|edition=新装版 |
|||
|publisher=岩波書店 |
|||
|year=1993 |
|||
|isbn=4-00-007750-3 |
|||
|ref={{sfnref|中村|1993}} |
|||
}} |
|||
* {{Cite book|和書 |
|||
|author=阿部龍蔵 |
|||
|title=統計力学 |
|||
|edition=第2版 |
|||
|publisher=東京大学出版会 |
|||
|year=1992 |
|||
|isbn=4-13-062134-3 |
|||
|ref={{sfnref|阿部|1992}} |
|||
}} |
|||
*{{Cite book|和書 |
|||
|author=Peter Atkins |
|||
|author2=Julio de Paula |
|||
|title=アトキンス物理化学 |
|||
|publisher=[[東京化学同人]] |
|||
|edition=第8版 |
|||
|volume=上 |
|||
|others=千原秀昭、中村亘男 訳 |
|||
|year=2009 |
|||
|isbn=978-4-8079-0695-6 |
|||
|ref=アトキンス第8版 |
|||
}} |
|||
*{{Cite book|和書 |
|||
|author=石川正明 |
|||
|title=新理系の化学 |
|||
|volume=上 |
|||
|series=駿台受験シリーズ |
|||
|edition=4訂版 |
|||
|publisher=駿台文庫 |
|||
|year=2016 |
|||
|isbn=978-4-7961-1649-7 |
|||
|ref={{sfnref|石川|2016}} |
|||
}} |
|||
*{{Cite book|和書 |
|||
|author=卜部吉庸 |
|||
|title=化学I・IIの新研究:理系大学受験 |
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|publisher=三省堂 |
|||
|year=2005 |
|||
|isbn=978-4-385-26091-4 |
|||
|ref={{sfnref|卜部|2005}} |
|||
}} |
|||
*{{Cite book|和書 |
|||
|title=岩波理化学辞典 |
|||
|others=長倉三郎ほか 編集 |
|||
|publisher=岩波書店 |
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|year=1999 |
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|edition=第5版CD-ROM版 |
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|isbn=4001301024 |
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|ref=理化学辞典 |
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}} |
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== 関連項目 == |
== 関連項目 == |
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*[[理想溶液]] |
*[[理想溶液]] |
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*[[浸透圧]]に関するファントホッフの式 |
*[[浸透圧]]に関するファントホッフの式 |
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{{Sci-stub}} |
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{{DEFAULTSORT:りそうきたい}} |
{{DEFAULTSORT:りそうきたい}} |
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[[Category: |
[[Category:熱力学]] |
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[[Category:気体]] |
[[Category:気体]] |
2017年3月18日 (土) 15:04時点における版
理想気体(りそうきたい、英語: ideal gas)または完全気体(かんぜんきたい、perfect gas)は、圧力が温度と密度に比例し、内部エネルギーが密度に依らない気体である[1]。気体の最も基本的な理論モデルであり、より現実的な他の気体の理論モデルはすべて、低密度で理想気体に漸近する。統計力学および気体分子運動論においては、気体を構成する個々の粒子[注 1]の体積が無視できるほど小さく、構成粒子間には引力が働かない系である[2]。
実際にはどんな気体分子[注 2]にも体積があり、分子間力も働いているので理想気体とは若干異なる性質を持つ。そのような理想気体でない気体は実在気体または不完全気体と呼ばれる[3]。実在気体も、低圧で高温の状態では理想気体に近い振る舞いをする。常温・常圧では実在気体を理想気体とみなせる場合が多い。
状態方程式
理想気体の状態方程式には2ないし3種のバリエーションがある。大きな違いは、気体を粒子の集まりとみなすか否かである。式の上での形式的な違いは、平衡状態における理想気体の圧力 p が
である。
質量密度を変数とする状態方程式
温度 T、体積 V、質量 m の平衡状態における、理想気体の圧力 p は
で表され、質量密度 m/V と温度 T に比例する。気体の種類 M によって異なる比例係数 RM は比気体定数[注 3]と呼ばれる[5]。RM は、[エネルギー]×[温度]−1×[質量]−1 の次元を持つ定数で、例えば空気の比気体定数は Rair = 287 J kg−1K−1 である[6]。この状態方程式は、気体の構成粒子の存在を前提としない場合でも意味を持つ式である。
数密度を変数とする状態方程式
統計力学によると、体積 V の容器の中に古典力学に従う N 個の自由粒子が閉じ込められているとき、温度 T の平衡状態におけるこの気体の圧力 p は
で与えられ、数密度 N/V と温度 T に比例する。比例係数 kB は気体の種類によらない普遍定数で、ボルツマン定数と呼ばれる。 kB の次元は [エネルギー]×[温度]−1 である。粒子数 N が式中に現れていることから明らかなように、この状態方程式は、気体の構成粒子の存在を前提としなければ意味を持たない。
モル体積を変数とする状態方程式
温度 T、体積 V、物質量 n の平衡状態における、理想気体の圧力 p は
で表され、モル体積 V/n に反比例し、温度 T に比例する。比例係数 R は気体の種類によらない普遍定数で、モル気体定数[注 4]と呼ばれる。R は [エネルギー]×[温度]−1×[物質量]−1 の次元を持ち、その値はボルツマン定数 kB にアボガドロ定数 NA を掛けたものに等しい。また、比気体定数 RM に気体のモル質量 M を掛けたものにも等しい。この状態方程式は、通常は、気体の構成粒子の存在を前提としている。なぜならSI単位系では、気体の物質量 n は構成粒子数 N を NA で割ったものとして定義されるからである。ただしSIの定義にこだわらなければ、気体の構成粒子の存在を前提しなくても、純粋に巨視的な物理学の範囲内でこの状態方程式に意味を持たせることができる[7][8]。
内部エネルギー
理想気体のエネルギーの表式にも2ないし3種のバリエーションがある。大きな違いは、気体の熱容量が温度に依存するか否かである。理想気体の状態方程式と熱力学的状態方程式から、内部エネルギーが体積に依存しないことが示される。しかし、内部エネルギーが温度に比例すること、すなわち定積熱容量が温度に依存しないことまでは示されない。理想気体の状態方程式を満足する気体は半理想気体、あるいは半完全気体と呼ばれる[9]。半理想気体のうち、内部エネルギーが温度に比例する気体を狭義の理想気体という。狭義の理想気体のうち、構成粒子が内部自由度[注 5]を持たない気体を単原子理想気体という[10]。
単原子理想気体
温度 T、物質量 n の平衡状態における、単原子理想気体の内部エネルギー U は
で表される。この式から単原子理想気体の定積モル熱容量 CV, m は
と与えられる。単原子理想気体の CV, m は、温度にも気体の種類にも依らない定数である。
狭義の理想気体
温度 T、物質量 n の平衡状態における、狭義の理想気体の内部エネルギー U は
で表される。
構成粒子を剛体とみなせる場合、比例係数 c は粒子1個当たりの自由度の 1/2 に相当する。内部自由度のない単原子理想気体であれば c = 3/2 である。剛体回転子とみなせる直線分子なら内部自由度が 2 なので c = 5/2、剛体回転子とみなせる非直線分子なら内部自由度が 3 なので c = 3 である。実在の分子で剛体回転子とみなせる分子は少ない。例えば一酸化炭素 CO は c = 2.50 だが、二酸化炭素 CO2 は c = 3.46 である。水蒸気 H2O は c = 3.04 だが、二酸化硫黄 SO2 は c = 3.80 である。二原子分子に限っても塩素 Cl2 は c = 3.08 であって、5/2 よりもむしろ 3 に近い[11]。希ガス、酸素、窒素、水蒸気などの少数の例外を除けば、比例係数 c は分子式から手計算で求められる数値ではない。ファンデルワールス定数 a, b と同様に、比例係数 c は実際の気体の熱力学的性質を再現するように定められるパラメータである。また、剛体回転子とはみなせない分子の標準定積熱容量は、温度により少なからず変化する。それにも関わらず狭義の理想気体という気体の理論モデルをあえて考えるのは、エントロピーなどの表式がきわめて簡単になるからである[12]。また、内部エネルギーを表す近似式としてそれで十分な場面も多い。とくに空気の主成分である酸素、窒素、水蒸気は(結露しない限り)比較的広い温度・圧力範囲で狭義の理想気体とみなせる。
温度 T、質量 m の平衡状態における、狭義の理想気体の内部エネルギー U は
で表される。狭義の理想気体の定積比熱容量 cV は、温度に依らない気体に固有の定数である。
半理想気体
温度 T、物質量 n、質量 m の平衡状態における、半理想気体の内部エネルギー U は
で表される。ここで U0 は、温度 T0 における物質量 n、質量 m の半理想気体の内部エネルギーである。半理想気体の CV, m と cV は、圧力と密度には依らない温度 T の関数である。関数の形は気体の種類により異なる。関数が定数関数 CV, m(T) = cR であるとき、その気体は狭義の理想気体である。構成粒子の並進運動の自由度のため、半理想気体の定積モル熱容量について任意の温度で
が成り立つ。
性質
理想気体に成立する法則として代表的なものには次のものがあげられる。
ボイルの法則
理想気体の等温圧縮率 κT は気体の種類に依らない。
シャルルの法則
理想気体の熱膨張率 α は気体の種類に依らない。
アボガドロの法則
この法則は、気体の構成粒子の存在を前提としなければ意味を持たない。
ドルトンの分圧の法則
この法則が成り立つ条件は、気体の構成粒子の存在を前提するか否かで異なる。
- 構成粒子の存在を前提する場合
- 気体の混合前後あるいは分離前後で構成粒子の総数が変化しない。
- 構成粒子の存在を前提しない場合
- 準静的な等温操作で混合あるいは分離のための仕事 Wmix が無視できる[13]。
エンタルピー
半理想気体のエンタルピー H は
で表される。
狭義の理想気体のエンタルピー H は
で表される。
T と n が同じであれば、理想気体のエンタルピー H は V にも p にも依らずに同じ値になる(ジュールの法則)。理想気体は等エンタルピー膨張で温度が変化しない。
モル熱容量
半理想気体のモル熱容量は圧力にも気体の密度にも依らない。
狭義の理想気体の定積モル熱容量 CV, m は
で表され、定圧モル熱容量 Cp, m は
で表される。
理想気体の二つのモル熱容量の差は
となる。この関係はマイヤーの関係式と呼ばれる。この関係式は半理想気体についても成り立つ。また、理想気体の二つのモル熱容量の比 γ は比熱比と呼ばれ
となる。半理想気体の比熱比 γ は一般には温度に依存する。狭義の理想気体の場合は、熱容量が温度に依存しないので
となり、比熱比 γ も温度に依存しない。
エントロピー
狭義の理想気体のエントロピー S は
となる。ここで α は物質固有の定数である。狭義の理想気体のエントロピーの形は、熱力学第三法則を満たさない。
半理想気体のエントロピー S は
となる。ここで α0 は物質固有の定数[注 6]である。半理想気体の CV, m が 3R/2 を下回ることはないので、半理想気体のエントロピーの形もまた、熱力学第三法則を満たさない。
準静的な断熱過程においては、エントロピーが一定となる。このとき
の関係がある。これらはポアソンの法則と呼ばれる。狭義の理想気体では、ポアソンの法則が厳密に成り立つ。半理想気体では、ポアソンの法則が近似的に成り立つ。
統計力学による再現
理想気体の手短な解説[14]において
- 理想気体の体積中では気体分子の占める体積は存在しない(分子の体積がゼロ)。
- 理想気体では分子間力がいっさい作用しない(相互作用がゼロ)。
- 理想気体は分子同士[15]や容器内壁と衝突してもその衝突前と衝突後で運動エネルギーの和は変わらない(完全弾性衝突)。
という説明がなされることがある。しかし、分子の体積と相互作用の両方が厳密にゼロだったなら、分子同士が衝突することはありえない。そのため気体が熱平衡に達するには、容器内壁を介して間接的に分子がエネルギーを互いにやり取りしなければならない。ところが容器内壁と分子の衝突が完全弾性衝突だったなら、それも不可能である。したがって、分子の体積がゼロ、相互作用がゼロ、完全弾性衝突だったなら、どれだけ時間が経っても気体が熱平衡に達することはない。
上の3条件のいずれかを適当に緩めると、気体を熱平衡状態にすることができる。例えば、容器内壁と分子の間にエネルギーのやり取りを許せばよい。そうすると壁を温度 T の熱浴とみなせるので、カノニカル分布の方法が使える[16]。
あるいは、完全弾性衝突の条件をそのままにして
- 理想気体の体積中で構成粒子の占める体積はきわめて小さいがゼロではない(微小剛体球)。
- 理想気体では粒子間に引力が働かない(引力がゼロ)。
- 理想気体は粒子同士や容器内壁と衝突してもその衝突前と衝突後で運動エネルギーの和は変わらない(完全弾性衝突)。
としてもよい[17]。ここで微小剛体球の半径は、実際の分子の大きさよりもずっと小さい値、例えば 1 fm(核子くらいの大きさ)を仮定する。剛体球なので、粒子間距離が球の直径より小さくなろうとしたときには強い斥力が働いて粒子同士の衝突は完全弾性衝突となるが、粒子間距離が球の直径より少しでも大きいときには粒子間に相互作用が働かない。理想気体の体積中で構成粒子の占める体積が十分に小さければ、この系はほとんど独立な粒子の集まりとなるので理想系[注 7][18][19]である。容器内壁との衝突が完全弾性衝突ということは、この壁が断熱壁であるということなので、体積 V と 粒子数 N が一定であれば、この系は孤立系である。よってボルツマンの公式によりエントロピーを求めることができる(ミクロカノニカルアンサンブル)。
内部自由度のない粒子からなる理想気体
単原子理想気体の性質は、粒子の並進運動の分配関数から計算できる。すなわち、容器内壁以外でポテンシャルがゼロであるようなハミルトニアンを用いることで、単原子理想気体の性質が統計力学により再現される。
剛体回転子からなる理想気体
狭義の理想気体の性質は、分子の並進と回転の分配関数から計算できる。分子を古典力学に従う剛体回転子とみなすと、理想気体の熱容量が温度に依存しないことが統計力学により再現される。
振動する分子からなる理想気体
半理想気体の性質は、分子の並進と回転と振動の分配関数から計算できる。必要であれば分子の電子状態の分配関数も考える。調和振動子のハミルトニアンを用いることで、理想気体の熱容量が温度に依存することが統計力学により再現される。窒素 N2、酸素 O2、水蒸気 H2O の熱容量が比較的広い温度範囲で一定とみなせるのは、これらの分子の分子振動を励起するのに必要なエネルギーが kBT よりもずっと大きいためである。
相転移
理想気体はどんな条件下でも相転移しない。これは理想気体が以下の性質を持つと仮定しているためである。
- 理想気体の体積中で気体分子の占める体積は無視できるほど小さい。
- 実在気体では、圧力を一定に保ったまま温度を下げていくと、液体か固体に相転移する。あるいは、温度を一定に保ったまま圧力を上げても、液体か固体に相転移する。それに対して理想気体では、圧力を一定に保ったまま温度を下げていくと、気体の体積が際限なく小さくなる。温度を一定に保ったまま圧力を上げても同様である。理論上は、絶対零度または圧力無限大の極限で理想気体の体積は 0 になる。理想気体では実在気体の相転移現象を再現できない。
- 理想気体を拡張したモデルに剛体球モデルがある。このモデルでは、気体分子は、分子と同程度の大きさの剛体球で表される。剛体球モデルでは、適度な低温または適度な高圧で、気体が固体に相転移する(アルダー転移)[20]。このことから、理想気体で相転移が起こらないのは気体の分子の体積を無視したためであることが分かる。剛体球モデルでは平均自由行程を求めることができるので、粘度などの輸送係数について議論することができる。また、密度が低くて連続体とみなすことができない希薄気体を扱うこともできる[21]。
- 理想気体には気体分子間の引力が作用しない。
- 剛体球モデルでは、気体から液体への相転移が起きない。それに対して理想気体の別の拡張モデルであるファンデルワールス気体では、気液相転移が起こる[注 8]。ファンデルワールス気体は、気体分子間の引力を考慮した理論モデルである。このことから、理想気体や剛体球モデルで気液相転移が起こらないのは気体分子間の引力を無視したためであることが分かる。
極限法則としての理想気体
理想気体は気体の理論モデルである。理想気体は想像上の存在である、といってもよい。ボイル=シャルルの法則が厳密に成り立つ気体は、現実には存在しない。理想気体の法則は、低圧の状態に近づくにつれて実在気体でも厳密に成り立つようになる極限法則[22][注 9]である。
実在気体が理想気体と若干異なる性質を持つのは、気体分子に体積があり、分子間力が働いているためである。温度 T と分子数 N が一定の場合、気体が低圧の状態に近づくということは、気体分子の数密度が減るということだから、気体分子の体積と分子間力について次のことが言える。
- 実在気体の体積中で気体分子の占める体積の割合は、温度が同じなら低圧ほど小さくなり、圧力ゼロの極限でゼロになる。
- 実在気体の気体分子間に働く分子間力は、温度が同じなら低圧ほど弱くなり、圧力ゼロの極限でゼロになる。
- 低密度になるほど、分子間の平均距離が長くなる。分子同士が離れているほど、分子間力は弱くなる。個々の分子がほかの分子の影響を受けずに過ごす時間は低密度になるほど長くなる、といってもよい[23]。
どんな気体でも温度を一定に保ったまま低圧にすると、気体分子の体積と分子間力が無視できるようになるので、ボイル=シャルルの法則が成り立つようになる。実在気体の状態方程式はすべて、低密度で理想気体に漸近する形になっている。例えばファンデルワールスの状態方程式
あるいはビリアル方程式
はどちらも、温度 T 一定、モル体積 Vm → ∞ の極限で理想気体の状態方程式となる。
同じ理由で、どんな気体でも圧力を一定に保ったまま高温にすると、密度が減少して気体分子の体積と分子間力が無視できるようになるので、ボイル=シャルルの法則が成り立つようになる。ただしある程度の高温になると、どんな気体でも分子の解離や電離(プラズマ化)が起こるため、分子数 N が温度や圧力によって変化するようになる。そのような高温領域では、アボガドロの法則とドルトンの法則は成り立っても、ボイル=シャルルの法則は成り立たなくなる。それゆえ「理想気体の法則は高温の状態に近づくにつれて実在気体でも厳密に成り立つようになる極限法則である」ということはできない。
理想気体の応用
理想気体は、気体が関係する物理化学現象を解析する際に、気体のモデルとして多用される。例として
が挙げられる。
脚注
出典
- ^ 『理化学辞典』「理想気体」.
- ^ 『アトキンス物理化学』 p. 9.
- ^ 伏見 1942, p. 9.
- ^ 『グリーンブック』 p. 167.
- ^ 『理化学辞典』「気体定数」.
- ^ 松尾 1994, p. 9.
- ^ キャレン 1999, p. 12.
- ^ 田崎 2000, p. 52.
- ^ 松尾 1994, p. 15.
- ^ キャレン 1998, p. 87.
- ^ これらの c の値は『アトキンス物理化学』 表2・7 より算出した。
- ^ 松尾 1994, p. 14.
- ^ 田崎 2000, p. 175.
- ^ 石川 2016, p. 76; 卜部 2005, p. 116など。
- ^ 石川 2016, pp. 76–84. には理想気体の分子同士の衝突に関する記述はない。
- ^ 香取 2007, pp. 10, 20.
- ^ 松尾 1994, p. 10.
- ^ 中村 1993, p. 92.
- ^ 阿部 1992, p. 3.
- ^ 香取 2007, p. 13.
- ^ 松尾 1994, p. 21.
- ^ 『アトキンス物理化学要論』 p. 12.
- ^ 『アトキンス物理化学』 p. 14.
注釈
- ^ 分子や原子など。
- ^ 気体を構成する個々の粒子のこと。気体分子運動論では、構成粒子が原子であってもこれを分子と呼ぶことが多い。
- ^ specific gas constant。単に気体定数と呼ぶことが多い。
- ^ molar gas constant。単に気体定数と呼ぶことが多い。
- ^ 粒子の回転や変形などの自由度のこと。
- ^ 基準とする温度 T0 には依存する。
- ^ わずかな相互作用により粒子が互いにエネルギーを交換するが、相互作用エネルギーの全系のエネルギーへの寄与は無視できるほど小さく、全系のエネルギーが個々の粒子のエネルギーの和として与えられる系のこと。
- ^ ただしファンデルワールス気体では、固体への相転移は起こらない。
- ^ ある極限状態に近づくにつれて近似が良くなり、極限状態では厳密に成り立つ法則のこと。
参考文献
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