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「尺には尺を」の版間の差分

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[[Image:FirstFolioMeasure.jpg|250px|right|thumb|「ファースト・フォリオ」(1623年)から『尺には尺を』の表紙の複写]]
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{{Portal 文学}}
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『'''尺には尺を'''』(しゃくにはしゃくを、''Measure for Measure'')は、[[ウィリアム・シェイクスピア]]作の[[戯曲]]。[[1603年]]か[[1604年]]に書かれたと信じられている。本来は[[喜劇]]に分類されていたが、現在ではシェイクスピアの「[[問題劇]]」のひとつに分類されることもある。最初の出版は[[1623年]]の「[[ファースト・フォリオ]]」で、記録に残っているもので最古の上演は[[1604年]]である。『尺には尺を』で扱っているものは、慈悲、正義、真実の問題、プライドと屈辱の関係である。「罪によって出世する者があれば、善によって転落する者もある」(第2幕第1場)。
『'''尺には尺を'''』(しゃくにはしゃくを、''Measure for Measure'')は、[[ウィリアム・シェイクスピア]]作の[[戯曲]]。[[1603年]]か[[1604年]]に書かれたと信じられている。最初の出版は[[1623年]]の「[[ファースト・フォリオ]]」で、記録に残っているもので最古の上演は[[1604年]]である。『尺には尺を』で扱っているものは、慈悲、正義、真実の問題、プライドと屈辱の関係である。「罪によって出世する者があれば、善によって転落する者もある」(第2幕第1場)。


この芝居はもともと[[喜劇]]に分類されていたが、現在ではシェイクスピアの「[[問題劇]]」のひとつに分類されることもある。一応は喜劇として分類されることも多いが、設定や全体の調子は一般的な喜劇のそれと異なり、期待を裏切るようなところがあると評されれている<ref>http://www.shmoop.com/measure-for-measure/tone.html</ref>。
==材源==
主な材源はジョージ・ウェットストン([[:en:George Whetstone|George Whetstone]])の[[1578年]]の2部構成の非常に長い[[レーゼドラマ|クローゼット・ドラマ]]『Promos and Cassandra(プロモスとカサンドラ)』である。ウェットストンはジェラルディ・チンティオ([[:en:Giovanni Battista Giraldi|Giraldi Cintio]])の『Hecatommithi(百物語)』からストーリーを採っていシェイスピアはそちらも参考にしたようである。

題名は、劇中の台詞にも出てくるが(第5幕第1場)、[[新約聖書]]の『[[マタイによる福音書]]』7-2への言及と思われる。「あなたが人を裁く同じ方法であなたは裁かれ、あなたが使う尺(measure)であなたは計られる(be measured)だろう」。

==創作年代とテキスト==
『尺には尺を』は、1603年か1604年に書かれたと思われている。最初の出版は1623年の「ファースト・フォリオ」だった。

ゲイリー・テイラー([[:en:Gary Taylor (English literature scholar)|Gary Taylor]])とジョン・ジョウエットは共著書Shakespeare Reshaped, 1606-1623の中で、現存している『尺には尺を』のテキストはオリジナルではなく、シェイクスピアの死後、[[トマス・ミドルトン]]が改訂したもので、オリジナルは[[イタリア]]が舞台だったのをミドルトンが[[ウィーン]]に変更した、と主張している<ref>Gary Taylor and John Jowett, ''Shakespeare Reshaped, 1606-1623'' (Oxford University Press, 1993). See also "Shakespeare's Mediterranean Measure for Measure", in ''Shakespeare and the Mediterranean: The Selected Proceedings of the International Shakespeare Association World Congress, Valencia, 2001'', ed. Tom Clayton, Susan Brock, and Vicente Forés (Newark: University of Delaware Press, 2004), 243-69.</ref>。

==上演史==
[[Image:William Hunt Claudio and Isabella Shakespeare Measure for Measure.jpg|thumb|right|[[ウィリアム・ホルマン・ハント]]画『クローディオとイザベラ』(1850年)]]
記録に残っている『尺には尺を』の最古の上演は[[1604年]][[12月26日]]の「[[聖ステファノの日]]の夜」である。

[[イングランド王政復古|王政復古]]期、『尺には尺を』は新しい観客の嗜好に合ったシェイクスピア劇のひとつだった。[[ウィリアム・ダヴェナント]]([[:en:William Davenant|William Davenant]])が『尺には尺を』を翻案した『[[:en:The Law Against Lovers|The Law Against Lovers]](恋人に厳しき掟)』には、『[[空騒ぎ]]』のベネディックとベアトリスのエピソードが挿入されていた。[[サミュエル・ピープス]]は[[1662年]][[2月18日]]にこの劇を見て、日記に「良い劇、それに良い演技」と書いている。ピープスはとくにベアトリスの姉妹ヴィオラ(ダヴェナントの創作)を演じる若い女優の歌と踊りに感銘を受けたのだった。ダヴェナントは現状イザベラの純潔を試すだけのアンジェロを復権させ、三つの結婚で劇を締めくくった。王政復古期の脚色の初期のものの中でも、この劇はあまり成功しなかったようである。

チャールズ・ギルドン([[:en:Charles Gildon|Charles Gildon]])が[[1699年]]にリンカンズ・イン・フィールド([[:en:Lincoln's Inn Fields|Lincoln's Inn Fields]])で上演した『Beauty the Best Advocate(美貌こそ最良の弁士)』では下品で滑稽な登場人物たちが取り除かれ、アンジェロとマリアナ、クローディオとジュリエットはこっそり結婚していたという設定にして、シェイクスピアの劇の核であった「不義の性」をほぼ全部排除し、[[ヘンリー・パーセル]]の[[オペラ]]『[[ディドとエネアス]](Dido and Æneas)』(1689年)のシーンを、アンジェロが劇を通して時折見ているものとして、劇と一体化させた。しかもギルドンはシェイクスピアの幽霊をエピローグに登場させ、いつも作品が改訂されることへの不満を言わせた。ダヴェナントの改訂版同様に、ギルドンの改訂版も一般に普及せず、リバイバルもされなかった。

[[1720年]]には、ジョン・リッチ([[:en:John Rich (producer)|John Rich]])がシェイクスピアのオリジナルに近い版を上演した<ref>F. E. Halliday, ''A Shakespeare Companion 1564-1964,'' Baltimore, Penguin, 1964; pp. 273 and 309-10.</ref>。

[[ヴィクトリア朝]]後期、『尺には尺を』のテーマが議論を呼んだと考えられている。実際、1870年代にアデレード・ニールソン([[:en:Adelaide Neilson|Adelaide Neilson]])がイザベラを演じた時には抗議の声があがった<ref>Times review February 23rd 1906</ref>。オックスフォード大学演劇協会([[:en:Oxford University Dramatic Society|Oxford University Dramatic Society]])はガーヴァイス・レントール([[:en:Gervais Rentoul|Gervais Rentoul]])がアンジェロ役、モード・ホフマンがイザベラ役での[[1906年]]2月の上演の際、校訂の必要性を発見した<ref>Times review February 23rd 1906</ref>。同じテキストは翌月、オスカー・アッシュ([[:en:Oscar Asche|Oscar Asche]])、リリー・ブライトン([[:en:Lily Brayton|Lily Brayton]])主演でアデルフィ・シアター([[:en:Adelphi Theatre|Adelphi Theatre]])で上演した時にも用いられた<ref>Times review March 21st 1906</ref>。

ウィリアム・ポウル([[:en:William Poel|William Poel]])は[[1893年]]にロイヤルティ劇場で、[[1908年]]にマンチェスターのガイエティー劇場で、自らアンジェロ役を演じて『尺には尺を』を上演した。ポウルが上演した他の[[エリザベス朝]]演劇同様に、最小限の変更を加えただけのシェイクスピアのオリジナル・テキストを使用した。舞台装置を欠いた非限定的な舞台の使用、台詞の速さと音楽的な話し方は、現代劇に見られるスピードと連続性の標準に設定された。ポウルのこの上演は、この劇の登場人物ならびに全体的なメッセージの両方を近代的な心理学的・神学的に解釈するという、演出家による決然とした試みの最初のものであった<ref>S. Nagarajan, ''Measure for Measure,'' New York, Penguin, 1998; pp. 181-183.</ref>。

その後の『尺には尺を』の上演で著名なものには、以下のようなものがある。
*[[1933年]]の[[チャールズ・ロートン]](アンジェロ役)による[[オールド・ヴィック・シアター]]での上演
*[[1950年]]の[[ピーター・ブルック]]演出、[[ジョン・ギールグッド]](アンジェロ役)によるシェイクスピア・メモリアル劇場(現ロイヤル・シェイクスピア劇場 [[:en:Royal Shakespeare Theatre|Royal Shakespeare Theatre]])での上演
*[[1976年]]の[[メリル・ストリープ]](イザベラ役)、[[ジョン・カザール]](アンジェロ役)によるニューヨーク・シェイクスピア・フェスティヴァル([[:en:New York Shakespeare Festival|New York Shakespeare Festival]])での上演

[[1973年]]には、[[デヴィッド・オグデン・スティアーズ]](ヴィンセンシオ役)、[[ケヴィン・クライン]](修道士ピーター役)で一度だけ[[ブロードウェイ (ニューヨーク)|ブロードウェイ]]で上演された。


==登場人物==
==登場人物==
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サブプロットにおいてはクローディオの友人ルーシオが活躍する。修道士が公爵とは知らずに公爵の悪口を言いまくる。その罪により、最後に公爵から売春婦ケート・キープダウン(Kate Keepdown)との結婚を命じられる。
サブプロットにおいてはクローディオの友人ルーシオが活躍する。修道士が公爵とは知らずに公爵の悪口を言いまくる。その罪により、最後に公爵から売春婦ケート・キープダウン(Kate Keepdown)との結婚を命じられる。



==アダプテーション==
==材源==
この芝居にはふたつの主要な種本があると考えられている。チンティオ(ジョヴァンニ・バッティスタ・ジラルディ)の『ヘカトミーティ』(''Hecatommithi''、1565年初版)に入っている「エピティアの話」が原作のひとつである<ref name="Bawcutt">N. W. Bawcutt (ed.), ''Measure for Measure'' (Oxford, 1991), p. 17</ref>。シェイクスピアは『[[オセロ (シェイクスピア)|オセロー]]』でもこれを種本として使用しており、『ヘカトミーティ』には親しんでいたと考えられる。チンティオは同じ物語に基づいて少々変更を加えた戯曲版も刊行しており、これをシェクスピアが参照できたかどうかは定かではない。この原作の物語は容赦ない悲劇であり、イザベラにあたる人物はアンジェロにあたる人物と性交渉を強要された結果、兄まで殺されてしまう。

もうひとつの材源はジョージ・ウェットストン([[:en:George Whetstone|George Whetstone]])の[[1578年]]の2部構成の非常に長い[[レーゼドラマ|クローゼット・ドラマ]]『Promos and Cassandra(プロモスとカサンドラ)』である。ウェットストンはチンティオからストーリーを採っているが喜劇的な要素とベッドトリッを加えてい<ref name="Bawcutt"/>{{rp|20}}

題名は、劇中の台詞にも出てくるが(第5幕第1場)、[[新約聖書]]の『[[マタイによる福音書]]』7-2への言及と思われる。「あなたが人を裁く同じ方法であなたは裁かれ、あなたが使う尺(measure)であなたは計られる(be measured)だろう」。

==創作年代とテキスト==
『尺には尺を』は、1603年か1604年に書かれたと思われている。最初の出版は1623年の「ファースト・フォリオ」だった。

ゲイリー・テイラー([[:en:Gary Taylor (English literature scholar)|Gary Taylor]])とジョン・ジョウエットは共著書''Shakespeare Reshaped, 1606-1623''の中で、現存している『尺には尺を』のテキストはオリジナルではなく、シェイクスピアの死後、[[トマス・ミドルトン]]が改訂したもので、オリジナルは[[イタリア]]が舞台だったのをミドルトンが[[ウィーン]]に変更した、と主張している<ref>Gary Taylor and John Jowett, ''Shakespeare Reshaped, 1606-1623'' (Oxford University Press, 1993). See also "Shakespeare's Mediterranean Measure for Measure", in ''Shakespeare and the Mediterranean: The Selected Proceedings of the International Shakespeare Association World Congress, Valencia, 2001'', ed. Tom Clayton, Susan Brock, and Vicente Forés (Newark: University of Delaware Press, 2004), 243-69. See also "Shakespeare's Mediterranean Measure for Measure", in ''Shakespeare and the Mediterranean: The Selected Proceedings of the International Shakespeare Association World Congress, Valencia, 2001'', ed. Tom Clayton, Susan Brock, and Vicente Forés (Newark: University of Delaware Press, 2004), 243–69.</ref>。しかしながらデイヴィッド・ビーヴィントン(David Bevington)など、これに異議をとなえる学者もいる<ref name="Shakespeare 1997 A-7">{{cite book|last=Shakespeare|first=William|title=The Complete Works|year=1997|publisher=Addison-Wesley Longman|location=New York|isbn=0-673-99996-3|page=A-7|edition=Updated Fourth|editor=David Bevington}}</ref>

公爵の冒頭の台詞(ほとんどの版では8-9行目にあたる)のごちゃごちゃとした文章は、おそらくは印刷屋の間違いで一行ほど失われたためではないかと広く考えられている。ファースト・フォリオ以外に本文がないため、この失われた箇所を回復できる可能性はない<ref name="Shakespeare 1997 A-7"/>。



==上演史==
[[Image:William Hunt Claudio and Isabella Shakespeare Measure for Measure.jpg|thumb|right|[[ウィリアム・ホルマン・ハント]]画『クローディオとイザベラ』(1850年)]]
記録に残っている『尺には尺を』の最古の上演は[[1604年]][[12月26日]]の「[[聖ステファノの日]]の夜」である。

[[イングランド王政復古|王政復古]]期、『尺には尺を』は新しい観客の嗜好に合ったシェイクスピア劇のひとつだった。[[ウィリアム・ダヴェナント]]([[:en:William Davenant|William Davenant]])が『尺には尺を』を翻案した『[[:en:The Law Against Lovers|The Law Against Lovers]](恋人に厳しき掟)』には、『[[空騒ぎ]]』のベネディックとベアトリスのエピソードが挿入されていた。[[サミュエル・ピープス]]は[[1662年]][[2月18日]]にこの劇を見て、日記に「良い劇、それに良い演技」と書いている。ピープスはとくにベアトリスの姉妹ヴィオラ(ダヴェナントの創作)を演じる若い女優の歌と踊りに感銘を受けたのだった。ダヴェナントは現状イザベラの純潔を試すだけのアンジェロを復権させ、三つの結婚で劇を締めくくった。王政復古期の脚色の初期のものの中でも、この劇はあまり成功しなかったようである。

チャールズ・ギルドン([[:en:Charles Gildon|Charles Gildon]])が[[1699年]]にリンカンズ・イン・フィールド([[:en:Lincoln's Inn Fields|Lincoln's Inn Fields]])で上演した『Beauty the Best Advocate(美貌こそ最良の弁士)』では下品で滑稽な登場人物たちが取り除かれ、アンジェロとマリアナ、クローディオとジュリエットはこっそり結婚していたという設定にして、シェイクスピアの劇の核であった「不義の性」をほぼ全部排除し、[[ヘンリー・パーセル]]の[[オペラ]]『[[ディドとエネアス]](Dido and Æneas)』(1689年)のシーンを、アンジェロが劇を通して時折見ているものとして、劇と一体化させた。しかもギルドンはシェイクスピアの幽霊をエピローグに登場させ、いつも作品が改訂されることへの不満を言わせた。ダヴェナントの改訂版同様に、ギルドンの改訂版も一般に普及せず、リバイバルもされなかった。

[[1720年]]には、ジョン・リッチ([[:en:John Rich (producer)|John Rich]])がシェイクスピアのオリジナルに近い版を上演した<ref>F. E. Halliday, ''A Shakespeare Companion 1564-1964,'' Baltimore, Penguin, 1964; pp. 273 and 309-10.</ref>。

[[ヴィクトリア朝]]後期、『尺には尺を』のテーマが議論を呼んだと考えられている。実際、1870年代にアデレード・ニールソン([[:en:Adelaide Neilson|Adelaide Neilson]])がイザベラを演じた時には抗議の声があがった<ref>Times review February 23rd 1906</ref>。オックスフォード大学演劇協会([[:en:Oxford University Dramatic Society|Oxford University Dramatic Society]])はガーヴァイス・レントール([[:en:Gervais Rentoul|Gervais Rentoul]])がアンジェロ役、モード・ホフマンがイザベラ役での[[1906年]]2月の上演の際、校訂の必要性を発見した<ref>Times review February 23rd 1906</ref>。同じテキストは翌月、オスカー・アッシュ([[:en:Oscar Asche|Oscar Asche]])、リリー・ブライトン([[:en:Lily Brayton|Lily Brayton]])主演でアデルフィ・シアター([[:en:Adelphi Theatre|Adelphi Theatre]])で上演した時にも用いられた<ref>Times review March 21st 1906</ref>。

ウィリアム・ポウル([[:en:William Poel|William Poel]])は[[1893年]]にロイヤルティ劇場で、[[1908年]]にマンチェスターのガイエティー劇場で、自らアンジェロ役を演じて『尺には尺を』を上演した。ポウルが上演した他の[[エリザベス朝]]演劇同様に、最小限の変更を加えただけのシェイクスピアのオリジナル・テキストを使用した。舞台装置を欠いた非限定的な舞台の使用、台詞の速さと音楽的な話し方は、現代劇に見られるスピードと連続性の標準に設定された。ポウルのこの上演は、この劇の登場人物ならびに全体的なメッセージの両方を近代的な心理学的・神学的に解釈するという、演出家による決然とした試みの最初のものであった<ref>S. Nagarajan, ''Measure for Measure,'' New York, Penguin, 1998; pp. 181-183.</ref>。

その後の『尺には尺を』の上演で著名なものには、以下のようなものがある。
*[[1933年]]の[[チャールズ・ロートン]](アンジェロ役)による[[オールド・ヴィック・シアター]]での上演
*[[1950年]]の[[ピーター・ブルック]]演出、[[ジョン・ギールグッド]](アンジェロ役)によるシェイクスピア・メモリアル劇場(現ロイヤル・シェイクスピア劇場 [[:en:Royal Shakespeare Theatre|Royal Shakespeare Theatre]])での上演
*[[1976年]]の[[メリル・ストリープ]](イザベラ役)、[[ジョン・カザール]](アンジェロ役)によるニューヨーク・シェイクスピア・フェスティヴァル([[:en:New York Shakespeare Festival|New York Shakespeare Festival]])での上演

[[1973年]]には、[[デヴィッド・オグデン・スティアーズ]](ヴィンセンシオ役)、[[ケヴィン・クライン]](修道士ピーター役)で一度だけ[[ブロードウェイ (ニューヨーク)|ブロードウェイ]]で上演された。

日本では2016年5月25日から6月11日まで、彩の国シェイクスピア・シリーズ第32弾として、[[蜷川幸雄]]の演出により、[[藤木直人]]、[[多部未華子]]主演で[[彩の国さいたま芸術劇場]]にて上演される<ref>{{Cite web|url=http://www.saf.or.jp/arthall/stages/detail/3376|title=彩の国シェイクスピア・シリーズ第32弾
『尺には尺を』|publisher=彩の国さいたま芸術劇場|accessdate=2016年4月16日}}</ref>。

==翻案と影響==
===映画===
* 1979年に[[BBC]]がデズモンド・デイヴィス演出による映像をビデオテープで作成しており、もとの戯曲に忠実な解釈をしていると認められている。ケイト・ネリガンがイザベラを、ティム・ピゴット=スミスがアンジェロを、ケネス・コリーが公爵を演じた。アメリカ合衆国でもBBCシェイクスピアシリーズの一作としてPBSで放映された。
* 1994年に[[トム・ウィルキンソン]]、[[コリン・レッドグレイヴ]]、[[ジュリエット・オーブリー]]出演によるテレビ版が作成された。
* 2006年にボブ・コマールが演出する、英国軍を舞台にしたバージョンが作成された。

===音楽===
*[[リヒャルト・ワーグナー]]台本・作曲の[[オペラ]]『[[恋愛禁制]]』(1836年)は『尺には尺を』に基づいている。
*[[リヒャルト・ワーグナー]]台本・作曲の[[オペラ]]『[[恋愛禁制]]』(1836年)は『尺には尺を』に基づいている。
* ミュージカル作品''Desperate Measures''が2004年に作られており、台本と歌詞はピーター・ケロッグが、作曲はデイヴィッド・フリードマンが担当した。
*マリアナのキャラクターにインスパイアされて、[[アルフレッド・テニスン]]は『マリアナ([[:en:Mariana|Mariana]])』(1830年)という詩を書いた。

===文化的影響===
[[File:John_Everett_Millais_-_Mariana_-_Google_Art_Project.jpg|250px|right|thumb|[[ジョン・エヴァレット・ミレイ]]の「マリアナ」(1851)]]
*マリアナのキャラクターにもとづき、[[アルフレッド・テニスン]]は『マリアナ([[:en:Mariana (poem)|Mariana]])』(1830年)という詩を書いた。
*本作や上記のテニスンの詩に触発され、[[ラファエル前派]]をはじめとする多数の画家が『尺には尺を』を題材とする絵画を制作している。[[ジョン・エヴァレット・ミレイ]]の「マリアナ」([[:en:Mariana (Millais)|Mariana]]、1851)が最も有名であり、他にもウィリアム・ホルマン・ハントの「クローディオとイザベラ」(1850年)、フランシス・ウィリアム・トファムの「イザベラ」(1888年)やヴァレンタイン・キャメロン・プリンセプの「マリアナ」(1888年)などがある。
* この芝居のプロットに影響され、[[アレクサンドル・プーシキン]]が詩による物語「アンジェロー」を1833年に書いている。プーシキンは最初、シェイクスピアの『尺には尺を』を英語からロシア語に翻訳しようとしていたが、最終的には上演用の芝居ではなく、いくつかの会話場面を含んだ物語を書き上げた。
* [[ジョイス・キャロル・オーツ]]の短編小説「氷の世界」("In the Region of Ice")にはクローディオと妹の会話があり、これは生徒であるアラン・ワインスタインと教員であるシスター・アイリーンの関係に対応している。
* [[トーマス・ハーディ]]の小説『森林地の人々』(''The Woodlanders'')には公爵の台詞の引用がある。
* [[ベルトルト・ブレヒト]]の芝居『まる頭ととんがり頭』(''Round Heads and Pointed Heads'')は当初、『尺には尺を』の翻案となる予定で書かれていた。
* [[トマス・ピンチョン]]の初期の短編小説「殺すも生かすもウィーンでは」("Mortality and Mercy in Vienna")のタイトルは芝居の中の韻文の台詞からとられており、内容的にも『尺には尺を』から触発されたものである。この短編の日本語訳は志村正雄訳『[[競売ナンバー49の叫び]]』(ちくま文庫、2010年)などに収録されている。
* 『[[ブラックアダー]]』第二シリーズ第二話"Head"のプロットは部分的に『尺には尺を』に似ており、死刑執行人のキャラクターが犯罪者が死んだのではなく生きているように見せかけようとして、表題にある「頭」(head)をすりかえようとするところがある。
* 『[[空飛ぶモンティ・パイソン]]』の第9話「体の部分の見分け方」"How to Recognize Different Parts of the Body"では、『尺には尺を』が水面下で上演されているというコントがある。
* [[オルダス・ハクスリー]]の『ガザに盲いて』(''Eyeless in Gaza'')では、ビーヴィスはフォックス夫人の話を聞く間に感じる「うずくようなあたたかさ」("tingling warmth") を『尺には尺を』の最後の場面の朗読になぞらえている。
* ローレン・ウィリグの2011年の小説''Two L''は『尺には尺を』に基づいている。
* [[ネットフリックス]]のドラマ『[[オレンジ・イズ・ニュー・ブラック]]』で、登場人物のひとりスザンヌがパイパーに『尺には尺を』を引用してみせる。


==日本語題==
==日本語題==
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[[Category:17世紀の戯曲]]
[[Category:17世紀の戯曲]]
[[Category:ウィーンを舞台とした作品]]
[[Category:ウィーンを舞台とした作品]]
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2016年4月16日 (土) 14:51時点における版

「ファースト・フォリオ」(1623年)から『尺には尺を』の表紙の複写

尺には尺を』(しゃくにはしゃくを、Measure for Measure)は、ウィリアム・シェイクスピア作の戯曲1603年1604年に書かれたと信じられている。最初の出版は1623年の「ファースト・フォリオ」で、記録に残っているもので最古の上演は1604年である。『尺には尺を』で扱っているものは、慈悲、正義、真実の問題、プライドと屈辱の関係である。「罪によって出世する者があれば、善によって転落する者もある」(第2幕第1場)。

この芝居はもともと喜劇に分類されていたが、現在ではシェイクスピアの「問題劇」のひとつに分類されることもある。一応は喜劇として分類されることも多いが、設定や全体の調子は一般的な喜劇のそれと異なり、期待を裏切るようなところがあると評されれている[1]

登場人物

フランシス・ウィリアム・トファム画『イザベラ』(1888年)
  • ヴィンセンシオ(VICENTIO)[2] - ウィーンの公爵。
  • アンジェロ(ANGELO) - 公爵が留守中の領主代理。
  • エスカラス(ESCALUS) - 老貴族。アンジェロとともに代理を務める。
  • クローディオ(CLAUDIO) - 若い紳士。
  • ルーシオ(LUCIO) - 風変わりな男。
  • 紳士らしき2人(Two other like Gentlemen)
  • ヴァリアス(VARRIUS) -紳士。公爵の従者。
  • 典獄(PROVOST)
  • トマス(THOMAS) - 修道士。
  • ピーター(PETER) - 修道士。
  • 判事(A JUSTICE)
  • エルボー(ELBOW) - つまらない警吏。
  • フロス(FROTH) - ばかな紳士。
  • ポンピー(POMPEY) - オーヴァーダン夫人の使用人。
  • アブホーソン(ABHORSON) - 死刑執行人。
  • バーナーダイン(BARNARDINE) - ずぼらな囚人。
  • イザベラ(ISABELLA) - クローディオの妹。
  • マリアナ(MARIANA) - アンジェロの婚約者。
  • ジュリエット(JULIET) - クローディオの恋人。
  • フランシスカ(FRANCISCA) - 尼僧。
  • オーヴァーダン夫人(MISTRESS OVERDONE) - 売春宿の女将。
  • 貴族たち、紳士たち、守衛たち、役人たち、従者たち

あらすじ

ウィーンの公爵ヴィンセンシオは外交でウィーンを離れることにしたと言い、その代理を厳格なアンジェロに任せる。公爵の統治下ではウィーンは法に緩かったが、アンジェロは性道徳について厳しく取り締まることにする。

若い貴族クローディオは婚前交渉で恋人のジュリエットを妊娠させる。ジュリエットとは結婚するつもりだったが、アンジェロから死刑を宣告される。クローディオの友人ルーシオは修道院にいるクローディオの妹イザベラを訪ね、アンジェロに会って死刑の取り消しを懇願するように頼む。

イザベラはアンジェロに面会し、慈悲を求める。アンジェロはイザベラに恋をし、自分と寝るならばクローディオを助けてもよいと持ちかける。イザベラは拒否する。そして刑務所に行き、クローディオに潔く死ぬよう言う。クローディオは助かりたいので、イザベラにアンジェロと寝るように頼むが、イザベラは拒否する。

公爵は実はウィーンを出発しておらず、修道士に変装してアンジェロの動向を監視していた。イザベラから話を聞いて、公爵はアンジェロに罠をしかけることにする。

ヴァレンタイン・キャメロン・プリンセプ(Valentine Cameron Prinsep)画『マリアナ』(1888年)

その罠は「ベッド・トリック(Bed trick)」である。アンジェロにはかつてマリアナという婚約者がいた。マリアナの持参金が海の藻屑と消えた時、アンジェロは婚約を一方的に破棄したが、マリアナはまだアンジェロを愛していた。そこでイザベラがアンジェロの誘いに乗り、マリアナとベッドで入れ替わらせた。

計画はうまく行ったが、アンジェロはイザベラの約束を破り、クローディオを処刑しようとする。公爵は病死した囚人の首をクローディオの首のように見せかけ、アンジェロに届けさせる。

公爵は変装を解き、ウィーンに「帰還」する。そこでイザベラとマリアナに真実を訴えさせるが、アンジェロは容疑を否定する。公爵は再び修道士に化け、改めて公爵であることを明かし、アンジェロも罪を認める。アンジェロをマリアナと結婚させた後、公爵はアンジェロに処刑を宣告する。「尺には尺を」というわけである。しかし、クローディオが生きて現れ、アンジェロは罪を許される。

最後に公爵はイザベラに結婚を申し込む。しかし、イザベラは何も答えない。このイザベラの反応は、一般的には無言の承諾と考えられているが、解釈が分かれるところである。

サブプロットにおいてはクローディオの友人ルーシオが活躍する。修道士が公爵とは知らずに公爵の悪口を言いまくる。その罪により、最後に公爵から売春婦ケート・キープダウン(Kate Keepdown)との結婚を命じられる。


材源

この芝居にはふたつの主要な種本があると考えられている。チンティオ(ジョヴァンニ・バッティスタ・ジラルディ)の『ヘカトミーティ』(Hecatommithi、1565年初版)に入っている「エピティアの話」が原作のひとつである[3]。シェイクスピアは『オセロー』でもこれを種本として使用しており、『ヘカトミーティ』には親しんでいたと考えられる。チンティオは同じ物語に基づいて少々変更を加えた戯曲版も刊行しており、これをシェクスピアが参照できたかどうかは定かではない。この原作の物語は容赦ない悲劇であり、イザベラにあたる人物はアンジェロにあたる人物と性交渉を強要された結果、兄まで殺されてしまう。

もうひとつの材源はジョージ・ウェットストン(George Whetstone)の1578年の2部構成の非常に長いクローゼット・ドラマ『Promos and Cassandra(プロモスとカサンドラ)』である。ウェットストンはチンティオからストーリーを採っているが、喜劇的な要素とベッドトリックを加えている[3]:20

題名は、劇中の台詞にも出てくるが(第5幕第1場)、新約聖書の『マタイによる福音書』7-2への言及と思われる。「あなたが人を裁く同じ方法であなたは裁かれ、あなたが使う尺(measure)であなたは計られる(be measured)だろう」。

創作年代とテキスト

『尺には尺を』は、1603年か1604年に書かれたと思われている。最初の出版は1623年の「ファースト・フォリオ」だった。

ゲイリー・テイラー(Gary Taylor)とジョン・ジョウエットは共著書Shakespeare Reshaped, 1606-1623の中で、現存している『尺には尺を』のテキストはオリジナルではなく、シェイクスピアの死後、トマス・ミドルトンが改訂したもので、オリジナルはイタリアが舞台だったのをミドルトンがウィーンに変更した、と主張している[4]。しかしながらデイヴィッド・ビーヴィントン(David Bevington)など、これに異議をとなえる学者もいる[5]

公爵の冒頭の台詞(ほとんどの版では8-9行目にあたる)のごちゃごちゃとした文章は、おそらくは印刷屋の間違いで一行ほど失われたためではないかと広く考えられている。ファースト・フォリオ以外に本文がないため、この失われた箇所を回復できる可能性はない[5]


上演史

ウィリアム・ホルマン・ハント画『クローディオとイザベラ』(1850年)

記録に残っている『尺には尺を』の最古の上演は1604年12月26日の「聖ステファノの日の夜」である。

王政復古期、『尺には尺を』は新しい観客の嗜好に合ったシェイクスピア劇のひとつだった。ウィリアム・ダヴェナントWilliam Davenant)が『尺には尺を』を翻案した『The Law Against Lovers(恋人に厳しき掟)』には、『空騒ぎ』のベネディックとベアトリスのエピソードが挿入されていた。サミュエル・ピープス1662年2月18日にこの劇を見て、日記に「良い劇、それに良い演技」と書いている。ピープスはとくにベアトリスの姉妹ヴィオラ(ダヴェナントの創作)を演じる若い女優の歌と踊りに感銘を受けたのだった。ダヴェナントは現状イザベラの純潔を試すだけのアンジェロを復権させ、三つの結婚で劇を締めくくった。王政復古期の脚色の初期のものの中でも、この劇はあまり成功しなかったようである。

チャールズ・ギルドン(Charles Gildon)が1699年にリンカンズ・イン・フィールド(Lincoln's Inn Fields)で上演した『Beauty the Best Advocate(美貌こそ最良の弁士)』では下品で滑稽な登場人物たちが取り除かれ、アンジェロとマリアナ、クローディオとジュリエットはこっそり結婚していたという設定にして、シェイクスピアの劇の核であった「不義の性」をほぼ全部排除し、ヘンリー・パーセルオペラディドとエネアス(Dido and Æneas)』(1689年)のシーンを、アンジェロが劇を通して時折見ているものとして、劇と一体化させた。しかもギルドンはシェイクスピアの幽霊をエピローグに登場させ、いつも作品が改訂されることへの不満を言わせた。ダヴェナントの改訂版同様に、ギルドンの改訂版も一般に普及せず、リバイバルもされなかった。

1720年には、ジョン・リッチ(John Rich)がシェイクスピアのオリジナルに近い版を上演した[6]

ヴィクトリア朝後期、『尺には尺を』のテーマが議論を呼んだと考えられている。実際、1870年代にアデレード・ニールソン(Adelaide Neilson)がイザベラを演じた時には抗議の声があがった[7]。オックスフォード大学演劇協会(Oxford University Dramatic Society)はガーヴァイス・レントール(Gervais Rentoul)がアンジェロ役、モード・ホフマンがイザベラ役での1906年2月の上演の際、校訂の必要性を発見した[8]。同じテキストは翌月、オスカー・アッシュ(Oscar Asche)、リリー・ブライトン(Lily Brayton)主演でアデルフィ・シアター(Adelphi Theatre)で上演した時にも用いられた[9]

ウィリアム・ポウル(William Poel)は1893年にロイヤルティ劇場で、1908年にマンチェスターのガイエティー劇場で、自らアンジェロ役を演じて『尺には尺を』を上演した。ポウルが上演した他のエリザベス朝演劇同様に、最小限の変更を加えただけのシェイクスピアのオリジナル・テキストを使用した。舞台装置を欠いた非限定的な舞台の使用、台詞の速さと音楽的な話し方は、現代劇に見られるスピードと連続性の標準に設定された。ポウルのこの上演は、この劇の登場人物ならびに全体的なメッセージの両方を近代的な心理学的・神学的に解釈するという、演出家による決然とした試みの最初のものであった[10]

その後の『尺には尺を』の上演で著名なものには、以下のようなものがある。

1973年には、デヴィッド・オグデン・スティアーズ(ヴィンセンシオ役)、ケヴィン・クライン(修道士ピーター役)で一度だけブロードウェイで上演された。

日本では2016年5月25日から6月11日まで、彩の国シェイクスピア・シリーズ第32弾として、蜷川幸雄の演出により、藤木直人多部未華子主演で彩の国さいたま芸術劇場にて上演される[11]

翻案と影響

映画

  • 1979年にBBCがデズモンド・デイヴィス演出による映像をビデオテープで作成しており、もとの戯曲に忠実な解釈をしていると認められている。ケイト・ネリガンがイザベラを、ティム・ピゴット=スミスがアンジェロを、ケネス・コリーが公爵を演じた。アメリカ合衆国でもBBCシェイクスピアシリーズの一作としてPBSで放映された。
  • 1994年にトム・ウィルキンソンコリン・レッドグレイヴジュリエット・オーブリー出演によるテレビ版が作成された。
  • 2006年にボブ・コマールが演出する、英国軍を舞台にしたバージョンが作成された。

音楽

  • リヒャルト・ワーグナー台本・作曲のオペラ恋愛禁制』(1836年)は『尺には尺を』に基づいている。
  • ミュージカル作品Desperate Measuresが2004年に作られており、台本と歌詞はピーター・ケロッグが、作曲はデイヴィッド・フリードマンが担当した。

文化的影響

ジョン・エヴァレット・ミレイの「マリアナ」(1851)
  • マリアナのキャラクターにもとづき、アルフレッド・テニスンは『マリアナ(Mariana)』(1830年)という詩を書いた。
  • 本作や上記のテニスンの詩に触発され、ラファエル前派をはじめとする多数の画家が『尺には尺を』を題材とする絵画を制作している。ジョン・エヴァレット・ミレイの「マリアナ」(Mariana、1851)が最も有名であり、他にもウィリアム・ホルマン・ハントの「クローディオとイザベラ」(1850年)、フランシス・ウィリアム・トファムの「イザベラ」(1888年)やヴァレンタイン・キャメロン・プリンセプの「マリアナ」(1888年)などがある。
  • この芝居のプロットに影響され、アレクサンドル・プーシキンが詩による物語「アンジェロー」を1833年に書いている。プーシキンは最初、シェイクスピアの『尺には尺を』を英語からロシア語に翻訳しようとしていたが、最終的には上演用の芝居ではなく、いくつかの会話場面を含んだ物語を書き上げた。
  • ジョイス・キャロル・オーツの短編小説「氷の世界」("In the Region of Ice")にはクローディオと妹の会話があり、これは生徒であるアラン・ワインスタインと教員であるシスター・アイリーンの関係に対応している。
  • トーマス・ハーディの小説『森林地の人々』(The Woodlanders)には公爵の台詞の引用がある。
  • ベルトルト・ブレヒトの芝居『まる頭ととんがり頭』(Round Heads and Pointed Heads)は当初、『尺には尺を』の翻案となる予定で書かれていた。
  • トマス・ピンチョンの初期の短編小説「殺すも生かすもウィーンでは」("Mortality and Mercy in Vienna")のタイトルは芝居の中の韻文の台詞からとられており、内容的にも『尺には尺を』から触発されたものである。この短編の日本語訳は志村正雄訳『競売ナンバー49の叫び』(ちくま文庫、2010年)などに収録されている。
  • ブラックアダー』第二シリーズ第二話"Head"のプロットは部分的に『尺には尺を』に似ており、死刑執行人のキャラクターが犯罪者が死んだのではなく生きているように見せかけようとして、表題にある「頭」(head)をすりかえようとするところがある。
  • 空飛ぶモンティ・パイソン』の第9話「体の部分の見分け方」"How to Recognize Different Parts of the Body"では、『尺には尺を』が水面下で上演されているというコントがある。
  • オルダス・ハクスリーの『ガザに盲いて』(Eyeless in Gaza)では、ビーヴィスはフォックス夫人の話を聞く間に感じる「うずくようなあたたかさ」("tingling warmth") を『尺には尺を』の最後の場面の朗読になぞらえている。
  • ローレン・ウィリグの2011年の小説Two Lは『尺には尺を』に基づいている。
  • ネットフリックスのドラマ『オレンジ・イズ・ニュー・ブラック』で、登場人物のひとりスザンヌがパイパーに『尺には尺を』を引用してみせる。

日本語題

『尺には尺を』は、明治時代から様々な日本語題で紹介されており、おもなものとして以下の例がある。

参考文献

日本語訳テキスト

脚注

  1. ^ http://www.shmoop.com/measure-for-measure/tone.html
  2. ^ 「ファースト・フォリオ」の配役表には「ヴィンセンシオ」とあるが、本文では「公爵(DUKE)」となっていて、名前も出てこない。
  3. ^ a b N. W. Bawcutt (ed.), Measure for Measure (Oxford, 1991), p. 17
  4. ^ Gary Taylor and John Jowett, Shakespeare Reshaped, 1606-1623 (Oxford University Press, 1993). See also "Shakespeare's Mediterranean Measure for Measure", in Shakespeare and the Mediterranean: The Selected Proceedings of the International Shakespeare Association World Congress, Valencia, 2001, ed. Tom Clayton, Susan Brock, and Vicente Forés (Newark: University of Delaware Press, 2004), 243-69. See also "Shakespeare's Mediterranean Measure for Measure", in Shakespeare and the Mediterranean: The Selected Proceedings of the International Shakespeare Association World Congress, Valencia, 2001, ed. Tom Clayton, Susan Brock, and Vicente Forés (Newark: University of Delaware Press, 2004), 243–69.
  5. ^ a b Shakespeare, William (1997). David Bevington. ed. The Complete Works (Updated Fourth ed.). New York: Addison-Wesley Longman. p. A-7. ISBN 0-673-99996-3 
  6. ^ F. E. Halliday, A Shakespeare Companion 1564-1964, Baltimore, Penguin, 1964; pp. 273 and 309-10.
  7. ^ Times review February 23rd 1906
  8. ^ Times review February 23rd 1906
  9. ^ Times review March 21st 1906
  10. ^ S. Nagarajan, Measure for Measure, New York, Penguin, 1998; pp. 181-183.
  11. ^ “[http://www.saf.or.jp/arthall/stages/detail/3376 彩の国シェイクスピア・シリーズ第32弾 『尺には尺を』]”. 彩の国さいたま芸術劇場. 2016年4月16日閲覧。
  12. ^ 冬物語・因果物語:泰西奇談 シエキスピーヤ 著,チャールス・ラム 抄録,仁田桂次郎 (叢菊野史) 訳”. 国立国会図書館. 2016年3月19日閲覧。
  13. ^ 沙翁物語十種 チャールス・ラム 著,小松月陵 訳”. 国立国会図書館. 2016年3月19日閲覧。
  14. ^ 以尺報尺 シエークスピヤ 著,坪内逍遥 訳”. 国立国会図書館. 2016年3月19日閲覧。
  15. ^ シエークスピア研究 横山, 有策, 1882-1929,横山有策 著”. 国立国会図書館. 2016年3月19日閲覧。
  16. ^ 沙翁物語 Lamb, Charles, 1775-1834,Lamb, Mary, 1761-1847,野上, 弥生子, 1885-1985,チャールズ・ラム, メアリ・ラム 著,野上弥生子 訳”. 国立国会図書館. 2016年3月19日閲覧。
  17. ^ 世界古典文学全集 第44巻 (シェイクスピア 第4)”. 国立国会図書館. 2016年3月19日閲覧。
  18. ^ シェイクスピア全集 2 小田島雄志 訳”. 国立国会図書館. 2016年3月19日閲覧。
  19. ^ 世界文学全集 8 (シェイクスピア [2)]”. 国立国会図書館. 2016年3月19日閲覧。

外部リンク