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'''焼入れ'''(やきいれ、{{Lang-en|quenching}})、'''焼き入れ'''とは、[[ |
'''焼入れ'''(やきいれ、{{Lang-en|quenching}})、'''焼き入れ'''とは、[[金属]]を所定の高温状態から急冷させる[[熱処理]]<ref name="JIS B 6905_3"/>。 |
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(日本語名詞「刃(やいば)」の語源は、ヤキハ(焼入れをした刃)である)。[[炭素鋼|炭素量]]が0.3%以上でないと焼入れ効果は期待できない。また炭素量が多い場合は[[残留オーステナイト]]が生じやすくなる。 |
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狭義には、[[鋼]]を金属組織が[[オーステナイト]]組織になるまで加熱した後、急冷して[[マルテンサイト]]組織を得る熱処理を指す<ref name="機械工学辞典_1307">{{cite book |和書 |editor=日本機械学会 |title=機械工学辞典 |publisher=丸善 |year=2007 |edition=第2版 |ISBN=978-4-88898-083-8 |page=1307}}</ref>。材料を硬くして、耐摩耗性や引張強度、疲労強度の向上を目的とする<ref name = "基本と仕組み_88-89"/>。 |
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鋼の硬さを増大させる目的で行われるが、[[靭性]]が低下するので、粘り強さを得るために、焼入れ後には[[焼き戻し]]を行うのが一般的である。焼き戻しの温度によって硬さと靱性を調整することが可能であり、焼入れと焼き戻しをまとめて「QT処理」や「調質」と呼ぶ。 |
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広義には、鋼に限らず金属を所定の高温状態から急冷させる操作を行う熱処理を指し<ref name="JIS B 6905_3"/>、[[高マンガン鋼]]などの水じん処理やオーステイナイト系[[ステンレス鋼]]の溶体化処理などを含む<ref name = "新・知りたい熱処理_36"/>。 |
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転じて、[[罰|制裁]]を加えたり[[訓練|特訓]]を課すという意味にも用いられる。 |
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本記事では、狭義の方の、鋼の焼入れについて主に説明する。 |
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==基本原理== |
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[[File:Diag binaire aciers.svg|thumb|鉄-炭素系平衡状態図(鉄-セメンタイト系)<br>質量パーセント濃度2%まで]] |
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[[物質]]は、[[組成]]、[[温度]]、[[圧力]]の条件により、[[液体]]や[[固体]]などの[[相 (物質)|相]]と呼ばれる物質の形態が変化する<ref name = "ガイドブック_54"/>。この様子を示したものを[[状態図]]と呼ぶ。鋼の場合は、固体の間でも[[結晶構造]]の異なる相を持つのが特徴である<ref name = "新・知りたい熱処理_11"/>。このような相の変化を'''変態'''と呼ぶ<ref name = "新・知りたい熱処理_11"/>。横軸について[[炭素]]質量パーセント濃度、縦軸について温度を取り、鋼の相の変化を示した図を、'''鉄-炭素系平衡状態図'''と呼ぶ<ref name = "基本と仕組み_52-53"/>。ここで「平衡」とは、ゆっくり冷却・加熱したときの変化を表している<ref name = "基本と仕組み_52-53"/>。鉄-炭素系平衡状態図は炭素以外の元素の量によっても変化する<ref name = "ガイドブック_73"/>。一般に示される鉄-炭素系平衡状態図は、純鉄と純炭素を原料とした合金に基づくものであることが多いので注意が必要である。 |
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純鉄と呼ばれるような炭素質量パーセント濃度が0.022%以下の領域を除いて、鉄-炭素系平衡状態図を見ていくと、室温では鋼の相は[[フェライト|フェライト相]]および[[セメンタイト]]で構成される<ref name = "基本と仕組み_52-53"/>。詳しく見ると、炭素濃度0.77%未満ではフェライト+[[パーライト]]で、0.77%丁度ではパーライトのみで、0.77%超過ではパーライト+セメンタイトで構成される<ref name = "機械工作法Ⅰ_179-180"/>。この0.77%の点を'''共析点'''と呼び、共析点未満の炭素濃度の鋼を'''亜共析鋼'''、共析点丁度を'''共析鋼'''、共析点超過を'''過共析鋼'''と呼ぶ<ref name = "機械工作法Ⅰ_178"/>。[[硬さ]]に注目すると、フェライトは軟らかく粘りのある組織で、パーライトも比較的柔らかい組織で、セメンタイトは非常に硬いが脆い組織となっている<ref name = "基本と仕組み_56-57"/><ref name = "基本と仕組み_58-59"/>。 |
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高温域を見ていくと、A<sub>1</sub>線と呼ばれる727[[セルシウス度|℃]]の温度を超えた領域では、亜共析鋼はフェライト+[[オーステナイト]]に、共析鋼はオーステナイトのみに、過共析鋼はオーステナイト+セメンタイトになる。この温度では亜共析鋼にはまだフェライトが存在するが、さらに温度を上げてA<sub>3</sub>線と呼ばれる温度を超えるとオーステナイトのみの相となる<ref name = "ガイドブック_74"/>。オーステナイトもフェライトに似て軟らかく粘りのある組織であるが、炭素固溶領域が大きい特徴を持つ<ref name = "基本と仕組み_56-57"/>。 |
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オーステナイトあるいはオーステナイト+セメンタイトの高温状態から、逆に冷却していくことを考える。ゆっくり平衡的に冷やしていくと上記で説明した順序を逆にたどって変態が起こるだけだが、冷却速度を上げて冷やすと、パーライトやフェライトに変態する時間が足りず、[[マルテンサイト]]と呼ばれる平衡状態図には示されない相が現れる<ref name = "絵とき熱処理の実務_60"/>。この変態を[[マルテンサイト変態]]と呼ぶ。マルテンサイト組織は、α鉄が過剰に炭素を強制固溶した組織で、非常に硬い性質を持つ<ref name = "基本と仕組み_58-59"/>。このような、急冷によるマルテンサイト変態を得て鋼を硬くさせる操作が、一般的な鋼の'''焼入れ'''である<ref name="機械工学辞典_1307"/><ref name = "ガイドブック_125"/>。 |
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1888年、ロシアの冶金学者ドミートリー・コンスタンチノヴィッチ・チェルノフ([[:en:Dmitry Chernov]])により、焼入れが起こる具体的な加熱・冷却条件が提案され、これが鋼の焼入れ及び熱処理の理論的な嚆矢とされる<ref>{{Cite web |url=http://kotobank.jp/word/%E5%88%83?dic=daijirin |title=刃とは |work=コトバンク |accessdate=2014-08-09 |publisher= 朝日新聞社、VOYAGE GROUP}}</ref><ref name = "おはなし_31-34"/>。 |
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==方法== |
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焼入れは、一般に、加工品の加熱、温度保持、冷却という順序で行われ、通常は焼入れ後に[[焼戻し]]を行う。以下に順を追って説明する。 |
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===加熱=== |
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[[File:Heat-Treating-Furnace.jpg|thumb|982℃まで加熱された炉中の様子]] |
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鋼の組織がオーステイナイトになるまで加工物を[[炉]]などで加熱する。熱処理用の炉の種類には、熱源の種類別に、電気炉、重油炉、ガス炉、塩浴炉などがある<ref name = "絵とき熱処理の実務_38"/>。加熱前の前処理として、焼入れ不良の原因となるため、加工品に汚れや[[錆]]がある場合は洗浄や[[ショットブラスト]]で取り除く<ref name = "絵で見て熱処理技術_148"/>。 |
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加熱は、一般に、亜共析鋼ではA<sub>3</sub>線から30-50℃高い温度まで昇温させ、共析鋼・過共析鋼ではA<sub>1</sub>線から30-50℃高い温度まで昇温させて、温度を保持する<ref name = "基本と仕組み_88-89"/>。前述の通り、A<sub>3</sub>線・A<sub>1</sub>線を超えるとオーステナイト化されるが、それよりも30-50℃高く設定する理由は十分均一なオーステイナイトを得る確実性を上げるためである<ref name = "絵とき熱処理の実務_60"/>。このような焼入れのための最高加熱温度を'''焼入れ温度'''あるいは'''オーステナイト化温度'''と呼ぶ<ref name = "ガイドブック_125"/>。上記の一般的な焼入れ温度は、[[焼なまし]]の一種である完全焼なましとほぼ同じ加熱温度でもある<ref name = "ガイドブック_121"/>。 |
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亜共析鋼の場合、もし焼入れ温度がA<sub>3</sub>線より低かった場合は、A<sub>3</sub>線以下ではフェライトも析出しているので、焼入れ後組織にもフェライトが含まれるようになり十分な硬度が得られない<ref name = "新・知りたい熱処理_46"/>。このような、何らかの原因によりマルテンサイトのみでない組織となった焼入れを'''不完全焼入れ'''、'''甘焼き'''と呼ぶ<ref name = "おはなし_153"/><ref name = "おはなし_208"/>。これに対して、100%マルテンサイト組織が得られた焼入れを'''完全焼入れ'''と呼ぶ<ref name = "おはなし_200"/>{{refnest|group="注"|100%のマルテンサイトを得ることは困難なので、およそ90%程度で実用上は完全焼入れと見なされる<ref name = "熱処理技術マニュアル_44"/>。}}。逆に焼入れ温度が高過ぎると、結晶粒が粗大化して焼入れ後の機械的性質が劣るようになる<ref name = "機械工作法Ⅰ_185"/>。また、焼割れや変形の原因にもなる<ref name = "機械工作法Ⅰ_185"/>。 |
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過共析鋼の場合、A<sub>1</sub>線を超えてA<sub>cm</sub>線以上まで加熱すれば全ての組織がオーステナイト化されるが、この温度から焼入れしても焼割れや残留オーステナイトの増加などが発生して上手く焼入れできない<ref name = "絵とき熱処理の実務_20"/>。これは鉄中への炭素の固溶濃度が大きくなり過ぎることが原因で、このため、焼入れ温度をA<sub>1</sub>線直上に設定する<ref name = "絵とき熱処理の実務_20"/>。ただし、後述の通り、高合金鋼使用の場合はA<sub>cm</sub>線以上で焼入れ温度を設定する場合もある。 |
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===温度保持=== |
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焼入れ温度に保持してセメンタイトをオーステナイト中に固溶させる操作を、'''固溶化熱処理'''、'''オーステナイト化処理'''とよぶ<ref name = "ガイドブック_78"/>。昇温速度にもよるが、加熱するとき加工品の表面に比べて内部・中心は遅れて昇温するので、表面温度が焼入れ温度に達した後に内部・中心温度は遅れて焼入れ温度に達する<ref name = "ガイドブック_119"/>。そのため、加工品表面が焼入れ温度に達してから冷却するまでの時間を'''保持時間'''、加工品全体が焼入れ温度に達してから冷却するまでの時間を'''有効保持時間'''と呼び分ける<ref name = "ガイドブック_119"/>{{refnest|group="注"|加工品全体が焼入れ温度に達してから冷却するまでの時間を'''保持時間'''と呼ぶ場合もある<ref name = "熱処理技術マニュアル_35"/>。}}。必要な保持時間は、昇温速度、加工品の大きさ、化学成分や加熱前の組織状態によって変わる<ref name = "新・知りたい熱処理_57"/><ref name = "ガイドブック_126"/>。 |
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昇温速度の影響としては、A<sub>3</sub>線またはA<sub>1</sub>線を超えると昇温がゆっくりでもオーステナイト変態が進行するので、徐々に加熱した場合は保持時間は短くてもよく、急速に加熱した場合は長くする必要がある<ref name = "ガイドブック_126"/>。 |
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また、内部・中心温度は遅れて昇温するので、加工品の形状が大きくなるほど全体が均一温度になるのに時間がかかる<ref name = "新・知りたい熱処理_56"/>。表層温度が焼入れ温度に達してから中心部温度が0.25%以内で表層温度と均一になる時間の概算式として、加工品が丸棒形状・低炭素鋼とした場合で次式がある<ref name = "新・知りたい熱処理_56"/>。 |
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:<math>t = d^2 / 200</math> |
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ここで、''t''は均一に要する時間 ([[時間 (単位)|h]])、''d''は直径 ([[インチ|inch]]) である。高合金鋼の場合は[[熱伝導率]]が悪くなり、均一に要する時間は上式よりも長くなる<ref name = "新・知りたい熱処理_56"/>。 |
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材質の影響としては、組織の結晶粒が微細化されているほど、均質なオーステナイト化にかかる時間が短く、保持時間も短くてよくなる<ref name = "新・知りたい熱処理_57"/>。また、組成の影響も大きく、高炭素クロム軸受鋼、[[高速度鋼]]、ダイス鋼などでは、同じ条件で比較して、機械構造用炭素鋼などよりも約20分程度保持時間が長くする必要がある<ref name = "ガイドブック_126"/><ref name = "熱処理技術マニュアル_268"/>。 |
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===冷却=== |
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[[File:CCT diagram for eutectoid steel.tif|thumb|350px|CCT図(連続冷却変態曲線)(亜共析鋼の場合)<br>Ps:パーライト変態開始線<br>Pf:100%パーライト変態線<br>Ms:マルテンサイト変態開始線<br>Mf:マルテンサイト変態終了線<br>(2)の冷却曲線が上部臨界冷却速度、(3)の冷却曲線が下部臨界冷却速度]] |
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[[File:DiagrammeTTT.GIF|thumb|350px|TTT図(恒温変態曲線)<br>V1の冷却曲線がパーライト変態を免れている]] |
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加工品の加熱・保持後に冷却を行う。焼入れに必要な冷却速度は大体160℃/秒以上とされる<ref name = "熱処理技術マニュアル_36"/>。冷却速度を下げていくと、マルテンサイト変態の前にパーライト変態、[[ベイナイト]]変態、フェライト変態が発生するようになり、冷却後の組織にマルテンサイト以外の組織が混入し始める<ref name = "ガイドブック_127"/><ref name = "新・知りたい熱処理_46"/>。この他の組織が発生するようになる限界の冷却速度を'''上部臨界冷却速度'''、あるいは単に'''臨界冷却速度'''と呼び<ref name = "機械工作法Ⅰ_181"/>、完全焼入れになる限界速度でもある<ref name = "ガイドブック_126"/>。上部臨界冷却速度からさらに冷却速度を下げていくと、他の変態が多くなりマルテンサイト変態の比率が下がっていき、遂にはマルテンサイト変態が発生しなくなる<ref name = "新・知りたい熱処理_46"/>。この限界の冷却速度を'''下部臨界冷却速度'''と呼び<ref name = "新・知りたい熱処理_45"/>、不完全焼入れになる下限速度となる<ref name = "ガイドブック_127"/>。さらに冷却速度を遅くすると(亜共析鋼の場合は)[[焼ならし]]に、もっと遅くすると完全焼なましとなる<ref name = "ガイドブック_127"/>。 |
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このような冷却速度と変態の関係を、亜共析鋼を例にして、CCT図(連続冷却変態曲線)で見ていくと |
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{{refnest|group="注"|name="TTT_CCT"|TTT図は、ある温度まで非常に急冷させた後に一定温度に保持し、変態の開始、進行具合、終了の時間とその一定温度の関係を示したもの<ref name = "ガイドブック_71"/>。CCT図は、一定速度で冷却させて、変態の開始、進行具合、終了の時間と温度の関係を示したもの<ref name = "ガイドブック_71"/>。実際の冷却はある速度を持っているので、CCT図の方が実際に近い<ref name = "ガイドブック_72"/>。ただし、等温焼入れを行う場合は、TTT図が条件設定に利用される<ref name = "熱処理技術マニュアル_290"/>。また、連続冷却の場合でも実際の冷却は一定速度にはならないので、CCT図も実際の冷却とは異なっている<ref name = "熱処理技術マニュアル_290"/>。このように、TTT図もCCT図も、実際の現象と離れた点を含む注意点がある。}} |
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、上部臨界冷却速度でパーライト変態開始線にかかり出す<ref name = "ガイドブック_127"/>。上部臨界冷却速度と下部臨界冷却速度の間では、100%パーライト変態する前にパーライト変態領域を抜けて残りはマルテンサイト変態領域に入る<ref name = "新・知りたい熱処理_45"/>。下部臨界冷却速度で100%パーライト変態線にかかり出し、これ以上になると全てパーライト変態となる<ref name = "ガイドブック_127"/>。 |
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また、焼入れ温度から約550℃までを'''臨界区域'''と呼ぶ。これは[[TTT図]](恒温変態曲線)で見ると<ref group="注" name="TTT_CCT" />、オーステナイトからパーライトあるいは[[ベイナイト]]への変態開始曲線の左に張り出した鼻のような部分がこの約550℃に相当する<ref name = "新・知りたい熱処理_73"/>。この鼻の部分がパーライトあるいはベイナイトへの変態が最も起きやすい<ref name = "機械工作法Ⅰ_182"/>。逆にこれを避けると、変態開始曲線はC形になっているため、ベイナイトへの変態開始点は長時間側へ逃げていく<ref name = "機械工作法Ⅰ_182"/>。つまり、臨界区域の温度をできるだけ早く冷却することが、完全焼入れを行うために重要となる。 |
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一般的に理想的な冷却の仕方は、焼入れ温度から臨界区域を過ぎて後述のマルテンサイト変態開始温度(Ms点)手前まで出来るだけ早く均一に冷やし、後述の焼割れなどを発生させないためにMs点以下の危険区域はゆっくり冷やすとされる<ref name = "熱処理技術マニュアル_45"/>。 |
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====二段冷却・等温冷却==== |
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上記で説明したような理想的な冷やし方を実現するため、冷却剤と加工品の温度が平衡になるまで放置せずに、温度低下の途中でMs点前で引き上げて空冷などのゆっくりとした冷却する方法が取られる<ref name = "ガイドブック_127"/>。このような冷却を'''二段冷却'''などと呼び<ref name = "おはなし_44"/>、焼入れを'''二段焼入れ'''、あるいは'''引上げ焼入れ'''、'''中断焼入れ'''、'''階段焼入れ'''、などと呼ぶ<ref name = "ガイドブック_127"/><ref name = "JIS B 6905_3"/>。また、二段焼入れを、冷却剤へ漬けた瞬間からの時間を数えて引き上げる方法で実現する方法を、'''時間焼入れ'''と呼ぶ。時間焼入れの場合の目安としては、水焼入れは肉厚3mm当たり1秒、油焼入れは同肉厚当たり3秒で引き上げるのが良いとされる<ref name = "ガイドブック_127"/>。時間に拠らない場合の目安としては、加工品の振動や水鳴が止んだときに引き上げるのが良いとされる<ref name = "ガイドブック_127"/>。ただし冷却時間を誤ると、極端に短いときは全く焼きが入らない、短いときは表面は焼きが入るが中心部との温度差で中間部が変態膨張して焼割れが起こる、長すぎると危険区域を通過して同じく焼割れが起こるなどの難しさがある<ref name = "新・知りたい熱処理_75"/>。 |
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二段焼入れに対して、Ms点を通過して常温まで冷却する方法を'''連続冷却'''と呼び<ref name = "おはなし_44"/>、焼入れを'''普通焼入れ'''と呼ぶ<ref name = "機械工作法Ⅰ_185"/>{{refnest|group="注"|冷却方法ではなく、[[高周波焼入れ]]のような表面焼入れなどと区別して普通焼入れとも呼ぶ}}。また、冷却の途中で一定時間等温に保ち、その後また冷却する方法を'''等温冷却'''と呼び<ref name = "おはなし_44"/>、焼入れを'''等温焼入れ'''、'''恒温焼入れ'''などと呼び、後述のマルテンパやオーステンパなどで利用される<ref name = "機械工作法Ⅰ_186"/>。 |
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====加工品形状の影響==== |
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[[File:Difference in cooling speed ratios by shape.png|thumb|200px|形状による冷却速度に違いの概念図<ref name = "ガイドブック_131"/><br>冷却速度比、3面角:7、2面角:3、平面:1、凹面角:1/3]] |
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焼割れや変形を避けるためにも、加工品全体が均一に降温するように冷却するのが理想的である。そのためには冷却速度を落とすことが1つの方策だが、その他に降温を不均一にする要因としては加工品形状やサイズの影響が大きい。 |
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一般に、表面が最も冷却が早く、内部深くなるに連れて冷却が遅くなる。そのため、表面は100%マルテンサイトが得られるような冷却であっても、中心部ではパーライトしか得られないような冷却速度まで低下してしまうことがある<ref name = "新・知りたい熱処理_44"/>。このように、内部深くになるほど焼きが入りにくくなるので、加工品のサイズが大きくなるほど焼きが入らない領域が大きくなる<ref name = "新・知りたい熱処理_44"/>。また、内部の冷却が遅くなることに起因して、内部だけでなく、表面側も冷却速度が低下して焼きが不十分となることもある<ref>{{Cite web |url= http://www.daiichis.com/heattreatment/heat_yougo.html#yakisei |title=第一鋼業の熱処理解説:焼入れ性 |accessdate=2014-08-24 |publisher= 第一鋼業}}</ref>。このような加工品の大きさ(=質量)が大きくなるほど焼きが入りづらくなる現象を、'''質量効果'''と呼ぶ<ref name = "基本と仕組み_92-93"/>。[[焼入れ性]]が良い材料では深くまで焼きが入りやすいので質量効果を小さくできる<ref name = "基本と仕組み_92-93"/>。 |
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大きさの他、加工品の形状(形)によって冷却速度は異なる<ref name = "絵で見て熱処理技術_70"/>。同じ条件で冷却しても、形状が球、丸棒、平材の違いによる冷却速度比は、大まかに以下のように異なる<ref name = "熱処理技術マニュアル_79"/>。 |
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:球:丸棒:平材 = 4:3:2 |
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これを'''形状効果'''などと呼ぶ<ref name = "絵で見て熱処理技術_70"/>。 |
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また、同じ加工品内でも局所的な形状の違いによって冷却速度が異なる<ref name = "熱処理技術マニュアル_79"/>。特に、凸部が冷却が早く、凹部が冷却が遅い<ref name = "ガイドブック_131"/>。これを'''隅角効果'''などと呼ぶ<ref name = "絵で見て熱処理技術_70"/>。それぞれの冷却速度比は大まかに以下のようになる<ref name = "熱処理技術マニュアル_81"/>。 |
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:3面角:2面角:平面:凹面角 = 7:3:1:1/3 |
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====その他の影響==== |
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その他に、均一な冷却を実現するために、 |
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*冷却中は冷却材を適度に撹拌する<ref name = "新・知りたい熱処理_62"/>。 |
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*加工品の薄肉部に当て物をするなどして冷却する<ref name = "新・知りたい熱処理_63"/>。 |
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などの方法がある。冷却剤の詳細については後述を参照。 |
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===マルテンサイト変態=== |
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{{see also|マルテンサイト変態}} |
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素早い冷却により、ある程度まで冷却が進むとマルテンサイト変態が開始する。冷却中のマルテンサイト変態開始温度を'''Ms点'''、マルテンサイト変態終了温度を'''Mf点'''と呼ぶ<ref name = "新・知りたい熱処理_38"/>。Ms点とMf点の間では、時間によらず瞬間的にマルテンサイト変態が発生するが、冷却が進むことがマルテンサイト変態が進む条件となる<ref name = "ガイドブック_81"/>。つまり、Ms点を通過しても冷却を一端停止させると変態の進行も停止する<ref name = "新・知りたい熱処理_38"/>。 |
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Ms点は鋼の化学成分とオーステナイト化温度によって決まる<ref name = "ガイドブック_127"/>。化学成分量から、鋼のMs点を予測する実験式は数多く提案されている<ref name = "機械材料学_90"/>。以下に例を示す。 |
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*<math>Ms = 538-317C-33Mn-28Cr-17Ni-11Mo-11W-11Si </math> <ref name = "絵とき熱処理の実務_21"/> |
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*<math>Ms = 550-350C-40Mn-20Cr-17Ni-10Mo-5W-10Cu-35V+15Co+30Al</math> <ref name = "熱処理技術マニュアル_42"/> |
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*<math>Ms = 521-353C-24Mn-18Cr-17Ni-26Mo-22Si-8Cu</math> <ref name = "機械材料学_90"/> |
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[[File:Martensite.jpg|thumb|AISI4140鋼の油焼入れによるマルテンサイト組織の拡大写真]] |
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ここで各記号は、''Ms''はMs点 (℃)、各化学成分は''C'':[[炭素]]、''Mn'':[[マンガン]]、''V'':[[バナジウム]]、''Cr'':[[クロム]]、''Ni'':[[ニッケル]]、''Cu'':[[銅]]、''Mo'':[[モリブデン]]、''W'':[[タングステン]]、''Co'':[[コバルト]]、''Al'':[[アルミニウム]]、''Si'':[[ケイ素]]で単位は質量パーセント濃度 (%) である。共析鋼の場合でMs点は約260℃程度である<ref name = "新・知りたい熱処理_38"/>。 |
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Ms点が高くなるとMf点も高くなり、低くなる場合も同様に低くなる傾向を持つ<ref name = "絵とき熱処理の実務_65"/>。[[炭素鋼]]の場合で、Ms点からMf点までは200 - 300℃程度の温度幅である<ref name = "新・知りたい熱処理_38"/>。上式にも示されるように炭素濃度が上がるとMs点は低くなるので、[[高炭素鋼]]の場合はMf点は室温よりも低くなる<ref name = "絵とき熱処理の実務_65"/>。そのため、室温まで冷却が完了してもオーステナイトが変態しきれず、焼入れ後組織中に'''残留オーステナイト'''として残ることになる<ref name = "絵とき熱処理の実務_65"/>。残留オーステナイトは放置しておくと、室温でも時間が経過するに連れて自然にマルテンサイト変態を起こす<ref name = "機械工作法Ⅰ_187"/>。このマルテンサイト変態による体積膨張で、最終製品の寸法変化が生じてしまう<ref name = "機械工作法Ⅰ_187"/>。これを避けるために、高炭素鋼を用いた製品、特に寸法の経年変化を嫌う精密部品では、焼入れ後直ちに0℃以下に冷却する[[サブゼロ処理]]を実施して、残留オーステナイトをマルテンサイト化させる<ref name = "ガイドブック_133-134"/>。 |
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Ms点以下になるとマルテンサイトが発生し始めるが、オーステナイトからマルテンサイトへ変態すると大きな体積膨張が起こる<ref name = "ガイドブック_80"/>。Ms点以下になるとき、温度が不均一だと、上記の膨張発生と冷却による[[熱膨張率|体積縮小]]の部分的ばらつきにより内部応力が発生して、内部応力が[[引張強さ]]を超えると割れが発生する<ref name = "ガイドブック_127"/>。そのためMs点以下の温度域を'''危険区域'''と呼び、ゆっくり均一に冷やすことが良いとされる<ref name = "熱処理技術マニュアル_289"/>。このため、上記で説明した二段焼入れや等温焼入れなどの手法がある。 |
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===焼戻し=== |
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{{main|焼戻し}} |
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焼入れにより鋼の硬さを増大させることができるが、[[靭性]]が低下して非常に脆い状態となる<ref name = "基本と仕組み_94-95"/>。このため、粘り強さを得るために、焼入れ後には[[焼戻し]]を行うのが一般的である<ref name = "基本と仕組み_94-95"/>。焼入れと焼戻しをまとめて'''焼入焼戻し'''(quenching and tempering)と呼び<ref name="JIS B 6905_5"/>、特に高温焼戻しによって[[ソルバイト]]組織を得る焼入焼戻しを'''調質'''(thermal refining)と呼ぶ<ref name = "基本と仕組み_94-95"/>。 |
|||
焼戻しの種類にもよるが、焼戻しによりシャルピー衝撃値などの靱性や伸び・絞りなどの延性は回復するが、硬さや引張強さはある程度低下してしまう<ref name = "新・知りたい熱処理_122"/>。そのため、不完全焼入れにより焼入れ硬さが低いものも、完全焼入れにより焼入れ硬さが高いものも、焼戻し条件を調整すれば、焼戻し後の硬さ及び引張強さを同じにすることができる<ref name = "ガイドブック_181"/>。しかし、例え焼戻し後硬さが同じだったとしても、降伏点、伸び、絞り、衝撃値、[[疲労限度]]の値は完全焼入れされたものの方が良好である<ref name = "ガイドブック_181"/>。よって、完全焼入れを狙った上で、所定の硬さに焼戻しで調整するのが良いとされる<ref name = "おはなし_98"/>。 |
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==焼入れ後の材質== |
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===焼入れ硬さ=== |
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{{see also|焼入れ性}} |
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焼入れ後の最高硬さは、ほぼ炭素含有量によって決定され、他の合金元素の影響は少ない<ref name = "ガイドブック_130"/>。概算式として、マルテンサイトの含有率に応じた硬さの計算式を示す<ref name = "熱処理技術マニュアル_44"/>。 |
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*90%マルテンサイト焼入れ硬さ |
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:<math> HRC = 30 + 50C </math> |
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*50%マルテンサイト焼入れ硬さ |
|||
:<math> HRC = 20 + 50C </math> |
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*微細パーライト焼入れ硬さ(0%マルテンサイト) |
|||
:<math> HRC = 10 + 50C </math> |
|||
ここで、''HRC''は[[ロックウェル硬さ]]、''C''は[[炭素]]質量パーセント濃度 (%) である。ただし、炭素量がある程度以上になると硬さの上昇は飽和して変化しなくなり、上記の概算式は成立しなくなる<ref name = "ガイドブック_130"/>。炭素量が約0.6%を超えると焼入れ硬さが大体一定となる<ref name = "熱処理技術マニュアル_103"/>。 |
|||
最高硬さは炭素含有量によって決まるが、どれだけ加工品の内部深くまで硬くなるかは加工品材料の[[焼入れ性]]によって大きく影響され、炭素以外の[[モリブデン]]などの合金元素の影響もある<ref name = "熱処理技術マニュアル_110"/>。 |
|||
===機械的性質=== |
|||
硬さ以外の[[機械的性質]]としては、[[引張強さ]]、降伏比([[降伏点]]/引張強度の比)も焼入れにより向上する<ref name = "熱処理技術マニュアル_120"/>。しかし、硬いが非常に脆い性質になっており、また、後述の焼入れ応力により強度に悪影響を及ぼす[[残留応力]]も発生している<ref name = "新・知りたい熱処理_82"/><ref name = "新・知りたい熱処理_83"/>。低炭素構造用鋼による結果を例として、熱処理の種類による機械的性質の変化を以下に示す。 |
|||
{| class="wikitable" style="text-align:center" |
|||
|+ 低炭素構造用鋼の機械的性質の熱処理による変化の例<ref name = "新・知りたい熱処理_123"/><br>(試験片長手方向は圧延方向に平行の場合) |
|||
! 熱処理 !! 引張強さ(MPa) !! 伸び(%) !! シャルピー衝撃値(J/cm<sup>2</sup>) |
|||
|- |
|||
| 圧延のまま || 535 || 39.0 || 254 |
|||
|- |
|||
| 850℃焼ならし || 533 || 40.0 || 303 |
|||
|- |
|||
| 900℃水焼入れ || 1252 || 15.1 || 89 |
|||
|- |
|||
| 900℃水焼入れ・300℃焼戻し || 1240 || 13.5 || 84 |
|||
|- |
|||
| 900℃水焼入れ・500℃焼戻し || 813 || 21.3 || 215 |
|||
|- |
|||
| 900℃水焼入れ・600℃焼戻し || 700 || 25.0 || 272 |
|||
|} |
|||
===その他の性質=== |
|||
物理的性質としては、焼入れにより、[[電気抵抗]]は増加し、[[熱伝導率]]は低下する傾向にある<ref name = "熱処理技術マニュアル_132"/><ref name = "熱処理技術マニュアル_134"/>。化学的性質としては、マルテンサイトは、焼戻し後組織の[[トルースタイト]]と比較すると腐食しにくい性質を持つ<ref name = "熱処理技術マニュアル_135"/>。 |
|||
==冷却剤== |
|||
加熱保持後に冷却するために'''冷却剤'''が必要になる<ref name = "絵とき熱処理の実務_74"/>。焼入れに用いられる冷却剤としては、 |
|||
*[[水]] |
|||
*[[油]] |
|||
*[[水溶液]] |
|||
*塩浴 |
|||
*加圧ガス |
|||
*[[空気]] |
|||
などがある<ref name = "基本と仕組み_90-91"/>。慣習として、使用する冷却剤の名前を冠して○○焼入れなどと呼ぶ。例えば水中で冷却する焼入れは'''水焼入れ'''、油中で冷却する焼入れは'''油焼入れ'''などと呼ぶ<ref name="JIS B 6905_3"/>。また、冷却液に浸漬させて焼入れする方法を'''ズブ焼入れ'''、冷却液を吹きつけて焼入れする方法を'''スプレー焼入れ'''、'''噴射焼入れ'''、霧状の冷却液中で行う焼入れを'''噴霧焼入れ'''などと呼ぶ<ref name = "JIS G 0201_10"/><ref name = "熱処理技術マニュアル_50"/>。 |
|||
冷却剤の種類の他に、流体の場合は[[撹拌]]の程度が冷却の強さに大きく影響する<ref name = "新・知りたい熱処理_52"/>。これは、加工品を水や油の冷却液につけると、すぐに加工品表面に蒸気膜が発生して冷却をゆるやかにするためである<ref name = "基本と仕組み_90-91"/>。一般に、実際に冷却剤を使用する上で必要な管理項目は、温度、撹拌、異物混入防止、冷却剤の品質・寿命が挙げられる<ref name = "絵とき熱処理の実務_74"/>。 |
|||
冷却剤の冷却の強さを表す指標を'''冷却能'''と呼び、次式で示すH値が使用される<ref name = "新・知りたい熱処理_52"/>。 |
|||
:<math> H = \frac{\alpha}{2 \lambda} </math> |
|||
ここで、''α''は加工品から冷却剤への[[熱伝達率]]、''λ''は[[熱伝導率]]である。''H''は (m<sup>-1</sup>) の[[次元]]を持つ。 |
|||
{| class="wikitable" style="text-align:center" |
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|+ 各種冷却材の冷却能''H''(cm<sup>-1</sup>)の例<ref name = "基本と仕組み_90-91"/> |
|||
! 撹拌 !! 空気 !! 油 !! 水 !! 食塩水 !! 塩浴(204℃) |
|||
|- |
|||
| 静止 || 0.008 || 0.098 - 0.118 || 0.354 - 0.394 || 0.79 || 0.197 - 0.315 |
|||
|- |
|||
| わずかに撹拌 || - || 0.118 - 0.138 || 0.394 - 0.433 || 0.79 - 0.87 || - |
|||
|- |
|||
| ゆるやかに撹拌 || - || 0.138 - 0.157 || 0.472 - 0.512 || - || - |
|||
|- |
|||
| 中程度の撹拌 || - || 0.157 - 0.197 || 0.551 - 0.591 || - || - |
|||
|- |
|||
| 強い撹拌 || 0.020 || 0.197 - 0.315 || 0.630 - 0.787 || - || - |
|||
|- |
|||
| 強烈な撹拌 || - || 0.315 - 0.433 || 1.58 || 1.97 || - |
|||
|- |
|||
| [[焼入れ性#ジョミニー式一端焼入法|ジョミニー試験]] || - || - || 2.17 || - || - |
|||
|} |
|||
===水=== |
|||
水による冷却は、冷却剤の中でも冷却速度が大きく<ref name = "新・知りたい熱処理_58"/>、コストが安く、どこでも手に入りやすいという利点がある<ref name = "絵とき熱処理の実務_74"/>。しかし、Ms点を過ぎた危険区域温度でも急冷してしまうので、焼割れや変形の不具合の可能性が高い<ref name = "新・知りたい熱処理_58"/>。 |
|||
水温が30℃を超えると冷却能が大きく低下するので、30℃以下に保った使用が推奨される<ref name = "ガイドブック_129"/>。冷た過ぎても冷却効果が悪くなるので、焼入れを開始するときの水温は、15℃程度が適当とされる<ref name = "絵とき熱処理の実務_74"/>。約60℃くらいでは油と同程度の冷却速度となので、油焼入れの代わりに使用される場合もある<ref name = "熱処理技術マニュアル_245"/><ref name = "熱処理技術マニュアル_48"/>。 |
|||
===油=== |
|||
油による冷却は、均一な冷却ができ、危険区域でもゆっくり冷却できるので焼割れや変形の危険が少ないという利点がある<ref name = "熱処理技術マニュアル_48"/>。一方、冷却速度が水の約1/3遅く、臨界区域での冷却が遅い点、火災や環境汚染に注意する必要がある点などの欠点がある<ref name = "新・知りたい熱処理_59"/><ref name = "熱処理技術マニュアル_48"/>。焼入れ用に調整された油を'''焼入油'''と呼び、[[鉱油]]が広く使用されている<ref name = "ガイドブック_100"/>。 |
|||
油の場合は、油温を上げると粘度が小さくなり、結果として冷却が早くなる<ref name = "新・知りたい熱処理_59"/>。そのため油の冷却能は60 - 80℃で最も大きくなる<ref name = "ガイドブック_129"/>。加工品によって冷却油自身も温度上昇することを考えて、焼入れを開始するときの油温は、50-70℃程度が適当とされる<ref name = "絵とき熱処理の実務_74"/>。さらに温度を上げて後述のマルテンパなどにも使用される。 |
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===水溶液=== |
|||
[[水溶性]]の物質を水に溶かして冷却剤として使用するもの。苛性ソーダ、炭酸ソーダ、食塩などは、蒸気幕が発生している時間を短縮できるので水の冷却能を高めることができる<ref name = "新・知りたい熱処理_58"/>。 |
|||
近年では、[[ポリマー]]を利用したポリマー焼入液が実用化されている<ref name = "熱処理技術マニュアル_48"/>。[[ポリビニルアルコール]]、[[ポリエチレングリコール]]、[[ポリアクリル酸ナトリウム]]、ポリアルキレングリコールなどを利用したものがある<ref name="三木田1987">{{Cite journal|和書 |author = 三木田嘉男・中林一朗 |date = 1987-03-25 |title = 水溶性ポリマー焼入れ液によるS55Cの焼入れ残留応力分布 |journal = 日本機械学會論文集. A編 |volume = 53 |issue = 487 |pages = 475-482 |issn = 03875008 |naid = 110002377212 |url = http://ci.nii.ac.jp/lognavi?name=nels&lang=jp&type=pdf&id=ART0002674568 |format = pdf}}</ref>。液濃度に応じて冷却能が変わり、高濃度では油寄り、低濃度では水寄りになる<ref name = "熱処理技術マニュアル_48"/>。油のように危険区域での冷却速度を落とすことができ、水のように火災の恐れが無いという利点がある<ref name = "熱処理技術マニュアル_49"/>。 |
|||
===塩浴=== |
|||
'''塩浴'''、あるいは'''ソルトバス'''は、[[塩 (化学)|塩類]]を浴に満たして加熱して液体化したもの。熱処理塩浴剤をソルトと総称する。150 - 500℃に加熱して使用する<ref name = "熱処理技術マニュアル_49"/><ref>{{Cite web |url= http://www.daiichis.com/salt/process.html |title=ソルトバス熱処理設備の概要 |accessdate=2014-08-11 |publisher= 第一鋼業}}</ref>。後述のマルテンパ、オーステンパに使用される。150℃程度の塩浴は、50℃程度の油と同程度の冷却能となる<ref name = "新・知りたい熱処理_61"/>。 |
|||
塩類としては、[[塩化カリウム]]、[[食塩]]、[[硝酸ナトリウム]]、[[亜硝酸ナトリウム]]などが使用される<ref name = "新・知りたい熱処理_61"/>。均一な冷却ができ、焼むらや焼割れが少ないなど利点がある一方、塩浴のコストが掛るなどの欠点がある <ref>{{Cite web |url= http://www.ht-solution.jp/solution/salt.html |title=ソルト焼入れ |accessdate=2014-08-11 |publisher= 金属熱処理ソリューション}}</ref>。 |
|||
===加圧ガス=== |
|||
[[水素]]ガスや[[窒素]]ガス、[[ヘリウム]]ガスなどを加圧して吹きつけ、焼入れの冷却剤として利用する<ref name = "基本と仕組み_90-91"/>。 真空加熱炉と併用して、表面を酸化させない光輝焼入れに利用される<ref name = "熱処理技術マニュアル_50"/>。 |
|||
0.1 - 0.6 M[[パスカル|Pa]]程度の加圧ガスで、[[焼入れ性]]の良い高合金鋼に対して行われるのが一般的である。<ref name = "新・知りたい熱処理_60"/>。0.5 - 4 MPaまで加圧して低合金鋼へ適用する例もある<ref name = "新・知りたい熱処理_60"/>。ただし、日本国内では1 MPa以上では[[高圧ガス保安法]]で規制されるため採用が難しく、ガスを高速循環させて冷却速度を向上させる方法などが開発されている<ref>{{Cite web |url= http://www.nikkan.co.jp/adv/gyoukai/2011/110517a.html |title=品質・コスト・環境面で期待される 真空熱処理技術 |accessdate=2014-08-11 |publisher= 日刊工業新聞社}}</ref>。ガス焼入れの欠点としては、設備にコストがかかることなどである<ref name = "新・知りたい熱処理_60"/>。 |
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===空気=== |
|||
通常、空冷は[[焼ならし]]に使用される。冷却速度が遅いので普通は焼入れには使用しないが、冷間加工用工具鋼は、[[焼入れ性]]が大きいこともあり、変形を嫌う場合は空冷で焼入れする場合もある<ref name = "ガイドブック_214"/>。 |
|||
==焼入れの種類== |
|||
等温焼入れを利用したものや表面相のみ焼入れするものなど、特別な名称が与えられたような焼入れの種類を以下に説明する。 |
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===マルクエンチ=== |
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[[File:Isothermal quenchings on an isothermal transformation diagram.png|thumb|[[TTT図]]上に重ねた等温焼入れ<br>(1):マルクエンチ<br>(2):マルテンパ<br>(3):オーステンパ<br>Ps:パーライト変態開始線<br>Pf:パーライト変態終了線<br>Bs:ベイナイト変態開始線<br>Bf:ベイナイト変態終了線<br>Ms:マルテンサイト変態開始線<br>Mf:マルテンサイト変態終了線]] |
|||
'''マルクエンチ'''(marquench)は、等温焼入れの一種で、焼入れ温度からの急冷途中にMs点直上の200 - 300℃の温度で停止させ、加工品全体の温度が均一になるまで一定時間温度保持し、再び空冷などのゆっくりとした冷却に切り替えて焼入れを完了させる方法である<ref name = "機械工作法Ⅰ_186"/>。Ms点以下の危険区域をゆっくり均一に冷却させることで焼割れ、ひずみを防止することを目的とする<ref name = "機械工作法Ⅰ_186"/>。マルクエンチ後は普通の焼入れ同様に焼戻しが必要とされる<ref name = "絵とき熱処理基礎_71"/>。 |
|||
焼入れ温度からの最初の冷却剤としては、停止させたい温度に加熱してある塩浴や油浴を使用する。このような浴を'''熱浴'''と呼ぶ<ref name = "熱処理技術マニュアル_49"/>。途中の冷却停止時間が長すぎると等温変態が開始して、マルテンサイトが得られなくなる注意点がある<ref name = "機械工作法Ⅰ_186"/>。 |
|||
後述のマルテンパと特に呼び分けしない場合も多い<ref name = "ガイドブック_128"/><ref name = "熱処理技術マニュアル_287"/><ref name = "JIS B 6905_4"/>。 |
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===マルテンパ=== |
|||
'''マルテンパ'''(martemper)は、等温焼入れの一種で、焼入れ温度からの急冷途中にMs点・Mf点間の100 - 200℃の温度で停止させ、等温変態が完了するまでそのまま温度保持し、再び空冷などのゆっくりとした冷却に切り替えて焼入れを完了させる方法である<ref name = "機械工作法Ⅰ_186"/><ref name = "新・知りたい熱処理_74"/><ref name = "絵とき熱処理基礎_69"/>。得られる組織は、マルテンサイトとベイナイトの混合組織で硬くて靱性がある<ref name = "機械工作法Ⅰ_186"/><ref name = "新・知りたい熱処理_74"/><ref name = "絵とき熱処理基礎_70"/>。マルクエンチ以上にひずみ、焼割れの危険性が小さくなる<ref name = "新・知りたい熱処理_74"/>。 |
|||
一方で、等温変態が完了するまでの時間がかかり過ぎるという欠点がある<ref name = "機械工作法Ⅰ_186"/>。オーダーとして時間 (h) 単位でかかる場合もある<ref name = "新・知りたい熱処理_75"/>。そのため、マルクエンチの方が多用され<ref name = "機械工作法Ⅰ_186"/>、等温変態が完了する前に再冷却を開始する方法もある<ref name = "新・知りたい熱処理_74"/>。マルクエンチと同じく熱浴を利用して行われるが<ref name = "熱処理技術マニュアル_49"/>、停止温度が低い分油浴が利用しやすい<ref name = "ガイドブック_128"/>。 |
|||
前述のマルクエンチと特に呼び分けしない場合も多い<ref name = "ガイドブック_128"/><ref name = "熱処理技術マニュアル_287"/><ref name = "JIS B 6905_4"/>。または、上記の等温変態が完了する前に再冷却を開始する方法をマルテンパと呼ぶ場合もある<ref name = "機械材料学_97"/>。 |
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===オーステンパ=== |
|||
[[ファイル:518UB80Si10 250.jpg|thumb|下部ベイナイト組織の拡大写真]] |
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'''オーステンパ'''(austemper)は、等温焼入れの一種で、焼入れ温度からの急冷途中に300 - 500℃の温度で停止させ、等温変態が完了したら、再び空冷などのゆっくりとした冷却に切り替えて焼入れを完了させる方法である<ref name = "ガイドブック_128"/>。焼入れ後に得られる組織は[[ベイナイト]]で、そのため'''ベイナイト焼入れ'''とも呼ぶ<ref name = "ガイドブック_128"/>。 |
|||
ベイナイトは硬さと靱性が高い組織で、オーステンパ後は焼戻しを必ずしも必要としない利点がある<ref name = "熱処理技術マニュアル_45"/>。また、高温域で変態が徐々に進行するので、マルクエンチ、マルテンパ以上に、ひずみ、焼割れの危険性は小さくなる<ref name = "新・知りたい熱処理_75"/>。同じベイナイトでも、高めの温度で等温変態させることで靱性が高い上部ベイナイトとなり、低めの温度で硬めの下部ベイナイトとなる<ref name = "ガイドブック_128"/>。境目の温度は約350℃である<ref name = "機械材料学_96"/>。硬さ調整のため、オーステンパ後も焼戻しすることはある<ref name = "熱処理技術マニュアル_46"/>。 |
|||
加工品が大形品だと内部でパーライト変態が発生する場合があり<ref name = "機械工作法Ⅰ_186"/>、加工品の大きさに制限がある<ref name = "ガイドブック_128"/><ref name = "熱処理技術マニュアル_45"/>。一次冷却を行う熱浴には、塩浴の他に金属浴を使用する場合もある<ref name = "ガイドブック_128"/>。 |
|||
===オースフォーミング=== |
|||
'''オースフォーミング'''(ausforming)は、塑性加工と熱処理を組み合わせた'''加工熱処理'''(thermo-mechanical treatment:TMT)の一種<ref name = "機械工作法Ⅰ_188"/>。焼入れ温度からの急冷途中に鋼の再結晶温度以下Ms点以上の温度で停止させ、準安定オーステナイト領域で[[圧延]]、[[鍛造]]、押出しなどの塑性加工を加えて、再冷却して焼入れを完了させる方法である<ref name = "機械工作法Ⅰ_188"/>。通常、オースフォーミング後は焼戻しも必要とされる<ref name = "機械工作法Ⅰ_188"/>。オースフォーミング後の機械的性質は、強度向上が大きく、靱性はほとんど低下しないという長所を持つ<ref name = "機械材料学_98"/>。 |
|||
===表面焼入れ=== |
|||
表面相だけを焼入れして内部は軟らかいままにしておく焼入れが'''表面焼入れ'''で、使用する熱源別に、[[高周波焼入れ]]、[[炎焼入れ]]、レーザー焼入れ、電子ビーム焼入れなどがある<ref name = "新・知りたい熱処理_214"/>。鋼表面の化学成分を変化させる方法を合わせたものとしては、[[浸炭|浸炭焼入れ]]、浸炭窒化焼入れなどもある<ref name = "ガイドブック_146"/>。 |
|||
加工品全体ではなく表面の硬化を狙った熱処理を'''表面硬化処理'''(surface hardening treatment)と呼ぶ<ref name = "ガイドブック_146"/>。表面硬化処理には、鋼表面の化学成分を変化させる'''化学的表面硬化法'''と、化学成分を特に変化させずに行う'''物理的表面硬化法'''がある<ref name = "熱処理技術マニュアル_57"/>。浸炭焼入れ、浸炭窒化焼入れが化学的表面硬化法に相当し、表面焼入れは物理的表面硬化法に相当する。 |
|||
==焼入れ欠陥== |
|||
焼入れ完了後に、加工品に割れや変形、硬さ不足などの不具合が発生する場合がある。これらについて以下に説明する。 |
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===割れ=== |
|||
マルテンサイト変態や冷却の不均一などを原因として、焼入れにより割れ([[き裂]])が発生する<ref name = "基本と仕組み_180-181"/>。割れには、'''焼割れ'''、'''置割れ'''、'''研削割れ'''などがある。加工品に割れが発生すると、再生が利かずほとんどの場合使用不可になるので、致命的な焼入れ欠陥の一つである<ref name = "基本と仕組み_180-181"/>。 |
|||
====焼割れ==== |
|||
'''焼割れ'''とは焼入れの際に発生する割れのことで、焼入応力を主原因とする<ref name = "JIS G 0201_14"/>。焼入応力は焼入れにより内部に生じる[[応力]]で[[残留応力]]の一種<ref name = "JIS G 0201_14"/>。不均一な冷却に起因する'''熱応力'''と、変態の体積変化に起因する'''変態応力'''に分けられる<ref name = "JIS G 0201_14"/>。この焼入応力が加工品の引張強さを超えると割れが発生する<ref name = "基本と仕組み_180-181"/>。 |
|||
鋼に限らず、物体はその温度に従って[[熱膨張率|熱膨張・熱収縮]]が発生する。この熱膨張・熱収縮が拘束される場合に物体内に生じる応力を'''熱応力'''と呼ぶ。傾向として、焼入れ後には、内部に[[引張]]の熱応力、表面側に[[圧縮]]の熱応力が発生する<ref name = "絵とき熱処理の実務_97"/>。これは表面で冷却が先行することに起因するもので、単純化すると具体的には次のような順序による<ref name = "新・知りたい熱処理_66"/>。 |
|||
#表面側が先行して冷却し、収縮しようとする。中心部はまだ高温なので、収縮しようとはしない。 |
|||
#この体積変化の差により内部応力が発生するが、このとき中心部は高温なので、[[応力緩和]]が発生して次第に応力は0になる。 |
|||
#さらに冷却が進み、表面側は冷却が完了した状態、内部は冷却を継続して収縮しようとする状態になる。 |
|||
#この体積変化の差により内部応力が発生する。内部は収縮しようとしているのに固まった表面側により拘束されるので、内部に対しては引張応力が、表面側に対しては圧縮応力が残留する。 |
|||
マルテンサイト変態により体積変化が発生する(後述の体積変化率なども参照)。このマルテンサイト変態が加工品の場所によって時間差を持って発生することに起因する応力を、'''変態応力'''と呼ぶ<ref name = "絵とき熱処理の実務_97"/>。熱応力ほど一概には言えないが、傾向として、焼入れ後には、内部に圧縮の変態応力、表面側に引張の変態応力が発生する<ref name = "絵とき熱処理の実務_97"/>。これも表面で冷却が先行することに起因するもので、単純化すると具体的には次のような順序による<ref name = "新・知りたい熱処理_66"/>。 |
|||
#表面側が先行して冷却し、マルテンサイト変態が発生して膨張しようとする。中心部はまだ高温なので、マルテンサイト変態はまだ起こらない。 |
|||
#この体積変化の差により内部応力が発生するが、このとき中心部は高温なので、[[応力緩和]]が発生して次第に応力は0になる。 |
|||
#さらに冷却が進み、表面側は冷却が完了した状態、内部は冷却を継続してマルテンサイト変態が発生して膨張しようとする状態になる。 |
|||
#この体積変化の差により内部応力が発生する。内部は膨張しようとしているのに固まった表面側により拘束されるので、内部に対しては圧縮応力が、表面側に対しては引張応力が残留する。 |
|||
実際の現象では、これら熱応力と変態応力が複雑にからみ合い、焼入応力が大きくなったり、小さくなったりする<ref name = "絵とき熱処理の実務_98"/>。焼入応力に影響を与える要因としては、冷却方法、加工品炭素量、加熱温度、加工品の大きさ、脱炭、偏析などがある<ref name = "新・知りたい熱処理_67-69"/>。 |
|||
焼割れ発生を防止するためには、 |
|||
*冷却を全体で均一になるように、加工品の形状を工夫する。穴が開いている加工品は肉厚が均等になるように穴位置を決める、形状の隅角部にはRを付けるようにする、などである<ref name = "絵で見て熱処理技術_129"/>。 |
|||
*Ms点からはゆっくり全体で均一になるよう冷却を行う。そのための方法として、上記の二段焼入れや等温焼入れが有効である<ref name = "新・知りたい熱処理_73"/>。 |
|||
*応力集中部となる、肌荒れや傷などの表面欠陥が無いようにする<ref name = "新・知りたい熱処理_72"/>。 |
|||
*加工品の材質と冷却剤の組み合わせを最適にする。焼入れ性が高い材料を採用して、ゆっくり冷却しても焼きが入るようにする<ref name = "新・知りたい熱処理_73"/>。 |
|||
*鍛造品などは十分な焼なましを事前に行う<ref name = "絵で見て熱処理技術_128"/>。 |
|||
*焼入れ温度を上げ過ぎないようにする<ref name = "絵で見て熱処理技術_128"/>。 |
|||
などの対策が挙げられる。 |
|||
====置割れ==== |
|||
焼入れした加工品が常温放置中に生じる割れを'''置割れ'''、あるいは'''自然割れ'''、'''時効割れ'''などとも呼ぶ<ref name = "JIS G 0201_14"/><ref name = "新・知りたい熱処理_82"/>。特に、焼入れ後に焼戻ししないで加工品を放置すると発生しやすい<ref name = "基本と仕組み_176-177"/>。焼入れ後の組織には、マルテンサイトの他に残留オーステナイトも発生する。残留オーステナイトは、常温でも時間経過によりマルテンサイトへ変化し、加工品の残留応力のバランスが崩れて割れに至る<ref name = "新・知りたい熱処理_84"/>。これが置割れの原因である。 |
|||
対策として、焼入れ後は間を置かずに焼戻しを実行して、材質を安定化させることが望ましい<ref name = "ガイドブック_131"/>。必要に応じてサブゼロ処理も組み合わせる<ref name = "新・知りたい熱処理_84"/>。 |
|||
====研削割れ==== |
|||
焼入れ後に[[研削加工]]する際に発生する割れを、'''研削割れ'''、あるいは'''研磨割れ'''と呼ぶ<ref name = "基本と仕組み_186-187"/>。研削時の加熱が研削割れの原因で、約100℃まで加工品表面が昇温することにより発生する'''第1種研削割れ'''と約300℃まで昇温することにより発生する'''第2種研削割れ'''があり、第1種研削割れは研削方向に直角に割れが走り、第2種研削割れは研削方向に直角と平行に割れが走る特徴がある<ref name = "基本と仕組み_186-187"/>。これは、100℃付近でε炭化物が析出するようになり、300℃付近でセメンタイトが析出するようになるのが原因で、組織変化により体積変化が起こり、置割れと同じように加工品の残留応力のバランスが崩れて割れに至る<ref name = "基本と仕組み_186-187"/>。研削中ではなく、研削終了後に発生する傾向を持つ<ref name = "熱処理技術マニュアル_144"/>。 |
|||
第1種研削割れには100-120℃焼戻しが、第2種研削割れには300℃焼戻しが有効とされる<ref name = "熱処理技術マニュアル_144"/>。焼戻しを行わない場合は、できるだけ残留オーステナイトを少なくして、かつ研削による昇温を小さくする<ref name = "基本と仕組み_186-187"/>。 |
|||
===ひずみ=== |
|||
割れと同様にマルテンサイト変態や冷却の不均一などを原因として、焼入れ完了後に加工品の寸法変化や形状変化が発生する<ref name = "基本と仕組み_182-183"/>。このような寸法変化・形状変化を'''焼入変形'''<ref name = "JIS G 0201_14"/>、'''焼ひずみ'''<ref name = "熱処理技術マニュアル_248"/>、'''焼入れひずみ'''<ref name = "絵で見て熱処理技術_130"/>などと呼ぶ。形状を[[図形の相似|相似]]に保ったまま[[寸法]]が変化することを'''変寸'''、 |
|||
曲がり変形やねじり変形のような形状の変化を'''変形'''と呼び分ける<ref name = "おはなし_69"/>。特に、加工品が変形して反ってしまうことを'''焼曲り'''<ref name = "基本と仕組み_176-177"/>と呼ぶ{{refnest|group="注"|[[日本刀]]の特徴である刀身の反りは、この焼曲りによるものである<ref name = "熱処理技術マニュアル_249"/>}}。 |
|||
====変寸==== |
|||
変寸の原因は、焼入れによる組織変化によるもので、マルテンサイト変態による膨張、残留オーステナイト変態による収縮の合算の結果による<ref name = "おはなし_69"/>。変寸はマルテンサイトの発生量に影響されるが、焼入れがマルテンサイト変態を利用して加工品を硬化させる方法である以上、変寸を避けることはできない<ref name = "新・知りたい熱処理_65"/>。炭素量が多くなるほど膨張量は大きくなる。例として、炭素鋼の焼入れ焼戻しによる、それぞれの組織変化に従って発生する体積変化率を以下に示す。 |
|||
{| class="wikitable" style="text-align:center" |
|||
|+ 炭素鋼の焼入れ焼戻しによる体積変化の例<ref name = "新・知りたい熱処理_64"/> |
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! 組織変化 !! 体積変化率(%) |
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|- |
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| フェライト + セメンタイト → マルテンサイト || 1.69 x C(%) |
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|- |
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| フェライト + セメンタイト → オーステナイト || -4.64 + 2.21 x C(%) |
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|- |
|||
| オーステナイト → マルテンサイト || 4.75 - 0.53 x C(%) |
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|- |
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| オーステナイト → ベイナイト || 4.75 - 1.47 x C(%) |
|||
|} |
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====変形==== |
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曲がりなどの変形を起こす原因は、焼割れと同様、焼入れ応力が主原因である<ref name = "絵で見て熱処理技術_130"/>。'''時効変形'''、'''置狂い'''などと呼ばれる、置割れと同じく残留オーステナイトを原因とした経年経過による変形もある<ref name = "おはなし_87"/>。 |
|||
変形を防止するための対策も焼割れ、置割れの場合とほぼ同じだが、他には、 |
|||
*[[機械加工]]などで塑性変形して残留ひずみが発生している場合、これに焼入れひずみが加わり、変形が大きくなる<ref name = "ガイドブック_178"/>。このため焼入れ前に応力除去焼なましを行う<ref name = "基本と仕組み_182-183"/>。 |
|||
*加熱炉内で加工品が自重によって変形しないよう、加工品の支え方を工夫する<ref name = "ガイドブック_178"/>。 |
|||
*組織の結晶粒が大きいと変形も大きくなる傾向がある<ref name = "ガイドブック_179"/>。そのため結晶粒が粗大化している鍛造品などに対しては、焼入れ実施前に結晶粒を微細化する[[焼ならし]]を行うことで焼入れ後の変形を少なくできる<ref name = "ガイドブック_179"/>。 |
|||
などの対策が挙げられる。 |
|||
変形が発生してしまった場合は、プレスなどで荷重をかけるなどして変形矯正する方法があり、'''ひずみ取り'''と呼ばれる<ref name = "熱処理技術マニュアル_142"/>。特に、焼曲りを矯正することを、'''曲がり取り'''、'''曲がり直し'''などと呼ぶ<ref name = "絵で見て熱処理技術_150"/>。常温でプレスしても矯正できるが、使用中の温度上昇によって再び曲がりが発生したり、残留応力が発生して置狂いの原因になったりするので、ある程度加熱して温間矯正が望ましいとされる<ref name = "熱処理技術マニュアル_142"/><ref name = "絵で見て熱処理技術_150"/>。あるいは、焼が入らない程度まで局所加熱を行い、変形と逆向きに熱ひずみを与えて矯正する方法もある<ref name = "熱処理技術マニュアル_143"/>。 |
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===焼むら・硬さ不足=== |
|||
焼入れ後の加工品で、部分的に柔らかく硬さが不均一な場合がある<ref name = "ガイドブック_179"/>。このような不具合を'''焼むら'''、あるいは'''軟点'''と呼ぶ<ref name = "ガイドブック_179"/><ref name = "JIS G 0201_14"/>。部分的に焼きが十分入らなかったことが原因で、加熱不均一、冷却不均一、スケールの付着、脱炭層の存在などが部分的な不完全焼入れの原因である<ref name = "基本と仕組み_176-177"/><ref name = "ガイドブック_179"/>。 |
|||
焼むらに対して、全体的に所定の硬さが得られないことを'''硬さ不足'''と呼ぶ<ref name = "基本と仕組み_176-177"/>。原因は焼むらとほぼ同じである<ref name = "ガイドブック_179"/>。その他の原因としては、そもそもの材質の焼入れ性が冷却方法に対して十分でなく焼きが入らないことが挙げられる<ref name = "ガイドブック_179"/>。 |
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==適用== |
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===鋼種=== |
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炭素を含む[[鉄]]は、炭素含有量により、0.02%以下のものが鉄(純鉄)、0.02-2%のものが[[鋼]]、2%以上のものが[[鋳鉄]]と分類される<ref name = "基本と仕組み_22-23"/>。焼入れは、一部鋳鉄に対しても行われるが、主に鋼に対して行われる。鋼は、炭素を主として含む[[炭素鋼]]と、性質改善のため炭素以外の元素も特別に加えられた[[合金鋼]]に分けられる<ref name = "基本と仕組み_30-31"/>。 |
|||
炭素鋼のうち、炭素含有量が0.25以下を低炭素鋼、0.25 - 0.6%を中炭素鋼、0.6%以上を高炭素鋼などと呼ぶ<ref name = "機械工作法Ⅰ_9"/>。焼入れの対象となるのは0.3%以上の中炭素鋼からで、低炭素鋼を焼入れする場合は浸炭焼入れの適用となる<ref name = "機械材料学_111"/>。 |
|||
また、一般に、炭素鋼は炭素含有量0.6以下のものを構造用鋼として、0.6以上のものを[[工具鋼]]として使用される<ref name = "基本と仕組み_30-31"/>。日本の場合は、構造用鋼は一般構造用と機械構造用に分けられ、[[日本工業規格]](JIS)の[[一般構造用圧延鋼材]]と機械構造用炭素鋼鋼材がそれぞれに対応する<ref name = "基本と仕組み_30-31"/>。一般構造用圧延鋼材は特に熱処理せずにそのまま使用されることを前提としており、機械構造用炭素鋼鋼材は焼入れを含めた熱処理をされることを前提としている<ref name = "機械工作法Ⅰ_9"/>。 |
|||
工具用鋼は、0.6-1.5C%の[[炭素工具鋼]]、炭素工具鋼に合金元素を加えた[[合金工具鋼]]、タングステンなどさらに多くの合金元素を加えた[[高速度鋼]]の大きく3つに分類される<ref name = "基本と仕組み_34-35"/>。工具鋼の場合は、高い硬さを利用するために、焼戻しする場合も組織はマルテンサイトのままにして利用される<ref name = "新・知りたい熱処理_34"/>。また、変形や割れなどを避けるため、組織の炭化物が球状化した状態で焼入れする必要がある<ref name = "ガイドブック_204"/>。そのため焼入れ前には球状化焼なましが行われる<ref name = "ガイドブック_204"/>。 |
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合金鋼は、合金元素の総量が5%以下のものを低合金鋼、5-10%のものを中合金鋼、10%以上のものを高合金鋼と呼ぶ<ref name="機械工学辞典_394">{{cite book |和書 |editor=日本機械学会 |title=機械工学辞典 |publisher=丸善 |year=2007 |edition=第2版 |ISBN=978-4-88898-083-8 |page=394}}</ref>。また、用途別に見ると、構造用合金鋼、合金工具鋼、特殊用途用合金鋼に大別される<ref name = "機械工作法Ⅰ_9"/>。焼きを深くまで入れたいときなどに焼入れ性の良い合金鋼が使用される<ref name = "基本と仕組み_32-33"/>。 |
|||
前述の通り、A<sub>3</sub>線あるいはA<sub>1</sub>線から30-50℃高い温度を焼入れ温度とするのが普通だが、高合金鋼使用の場合はさらに高く焼入れ温度を設定する<ref name = "新・知りたい熱処理_35"/>。これは、クロムやモリブデン、タングステン、バナジウムといった合金元素を十分にオーステナイトに固溶させるためで、このような高合金化したオーステナイトの焼入れ焼戻しにより、耐熱性の高く硬い組織が得られる<ref name = "新・知りたい熱処理_35"/>。高速度鋼などでは鋼の溶融温度に近いような1200-1300℃を焼入れ温度にする<ref name = "絵で見て熱処理技術_35"/>。 |
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鋳鉄は、熱処理せずにそのまま使用するか、応力除去焼なましをして使用する場合が多い<ref name="鋳鉄の熱処理(第2回)">{{Cite web |url=http://www.j-imono.com/column/daredemo/48.html |title=鋳鉄の熱処理(第2回) |work=誰でも分かる鋳物基礎講座 |accessdate=2014-08-24|author=鈴木克美 |publisher= 日本鋳造工学会関東支部}}</ref>。ただし、[[球状黒鉛鋳鉄]]のFCD450にオーステンパ処理したものは良好な機械的性質が得られる<ref name = "熱処理技術マニュアル_29"/>。オーステンパ処理した球状黒鉛鋳鉄をオーステンパ球状黒鉛鋳鉄と呼び、JISでも規定されている<ref>{{cite book ja-jp |editor=日本工業標準調査会 |title=JIS G 5503 オーステンパ球状黒鉛鋳鉄品 |year=1995}}</ref>。普通焼入れや表面焼入れなども限定された用途だが適用される<ref name="鋳鉄の熱処理(第8回)">{{Cite web |url=http://www.j-imono.com/column/daredemo/54.html |title=鋳鉄の熱処理(第8回) |work=誰でも分かる鋳物基礎講座 |accessdate=2014-08-24|author=鈴木克美 |publisher= 日本鋳造工学会関東支部}}</ref>。また、鋼を[[鋳物]]とした[[鋳鋼]]では、内部応力の除去や組織の微細化などの前処理が必要だが、基本的には一般的な鋼材と同様に熱処理がされ、合金鋼鋳鋼などは調質して使用される<ref name = "基本と仕組み_156-157"/><ref name="鋳鉄の熱処理(第2回)"/>。 |
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===製品例=== |
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実際の製品では、例として以下のような部品で焼入れ処理が施されている<ref name = "基本と仕組み_12-13"/><ref name = "基本と仕組み_36-37"/><ref name = "基本と仕組み_38-39"/>。 |
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*[[自動車]]の[[エンジン]]、[[パワーステアリング]]、[[トランスミッション]]の部品 |
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*[[オートバイ]]のチェーンリング |
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*[[農業機械]]の刈刃、 |
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*[[スパナ]]、[[ドライバ]]などの手工具 |
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*[[エンドミル]]、[[ドリル]]、[[バイト (工具)|バイト]]などの切削工具 |
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*[[ねじ切りダイス]]や深絞り加工機のポンチなどの塑性加工工具 |
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経済規模は、日本金属熱処理工業会の統計によると、2013年の焼入焼戻しの年間加工金額総計は約280億円となっている<ref name="統計">{{Cite web |url=http://www.netsushori.jp/toukei.htm#2 |title=統計 加工種別 焼入焼戻し |accessdate=2014-08-24 |publisher= 日本金属熱処理工業会}}</ref>。2010年から2013年までの金額の推移をみると、約250億円から約280億円の間で推移している<ref name="統計"/>。 |
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==派生語== |
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*焼入れした刃(は)を「焼き刃(やきば)」と呼ぶ<ref>{{Cite web |url=http://kotobank.jp/word/%E7%84%BC%E3%81%8D%E5%88%83%E3%83%BB%E7%84%BC%E5%88%83 |title=焼き刃・焼刃とは |work=コトバンク |accessdate=2014-08-09 |publisher= 朝日新聞社、VOYAGE GROUP}}</ref>。この「焼き刃」から転じて「刃(やいば)」と呼ぶ<ref>{{Cite web |url=http://kotobank.jp/word/%E5%88%83?dic=daijirin |title=刃とは |work=コトバンク |accessdate=2014-08-09 |publisher= 朝日新聞社、VOYAGE GROUP}}</ref>。 |
|||
*[[俗語]]として、人に制裁を加える、[[日焼け]]をすることなどの意味で「焼きを入れる」と言う<ref>{{Cite web |url=http://zokugo-dict.com/36ya/yakiwoireru.htm |title=『焼きを入れる(やきをいれる)』の意味 |work=日本語俗語辞書 |accessdate=2014-08-09 |publisher= ルックバイス}}</ref>。 |
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== 脚注 == |
== 脚注 == |
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=== 注釈 === |
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<references /> |
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{{Reflist|group="注"}} |
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=== 出典 === |
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{{Reflist|2|refs= |
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<ref name = "JIS B 6905_3">[[#JIS B 6905|JIS B 6905 p.3]]</ref> |
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<ref name = "JIS B 6905_4">[[#JIS B 6905|JIS B 6905 p.4]]</ref> |
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<ref name = "JIS B 6905_5">[[#JIS B 6905|JIS B 6905 p.5]]</ref> |
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<ref name = "JIS G 0201_10">[[#JIS G 0201|JIS G 0201 p.10]]</ref> |
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<ref name = "JIS G 0201_14">[[#JIS G 0201|JIS G 0201 p.14]]</ref> |
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<ref name = "熱処理技術マニュアル_29">[[#熱処理技術マニュアル|熱処理技術マニュアル p.29]]</ref> |
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<ref name = "熱処理技術マニュアル_35">[[#熱処理技術マニュアル|熱処理技術マニュアル p.35]]</ref> |
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<ref name = "熱処理技術マニュアル_36">[[#熱処理技術マニュアル|熱処理技術マニュアル p.36]]</ref> |
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<ref name = "熱処理技術マニュアル_42">[[#熱処理技術マニュアル|熱処理技術マニュアル p.42]]</ref> |
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<ref name = "熱処理技術マニュアル_44">[[#熱処理技術マニュアル|熱処理技術マニュアル p.44]]</ref> |
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<ref name = "熱処理技術マニュアル_45">[[#熱処理技術マニュアル|熱処理技術マニュアル p.45]]</ref> |
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<ref name = "熱処理技術マニュアル_48">[[#熱処理技術マニュアル|熱処理技術マニュアル p.48]]</ref> |
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<ref name = "熱処理技術マニュアル_49">[[#熱処理技術マニュアル|熱処理技術マニュアル p.49]]</ref> |
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<ref name = "ガイドブック_181">[[#ガイドブック|熱処理ガイドブック p.181]]</ref> |
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<ref name = "新・知りたい熱処理_75">[[#新・知りたい熱処理|新・知りたい熱処理 p.75]]</ref> |
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<ref name = "新・知りたい熱処理_82">[[#新・知りたい熱処理|新・知りたい熱処理 p.82]]</ref> |
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<ref name = "新・知りたい熱処理_84">[[#新・知りたい熱処理|新・知りたい熱処理 p.84]]</ref> |
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<ref name = "基本と仕組み_12-13">[[#基本と仕組み|よくわかる最新熱処理技術の基本と仕組み pp.12-13]]</ref> |
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<ref name = "基本と仕組み_32-33">[[#基本と仕組み|よくわかる最新熱処理技術の基本と仕組み pp.32-33]]</ref> |
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2014年8月31日 (日) 07:13時点における版
焼入れ(やきいれ、英語: quenching)、焼き入れとは、金属を所定の高温状態から急冷させる熱処理[1]。
狭義には、鋼を金属組織がオーステナイト組織になるまで加熱した後、急冷してマルテンサイト組織を得る熱処理を指す[2]。材料を硬くして、耐摩耗性や引張強度、疲労強度の向上を目的とする[3]。
広義には、鋼に限らず金属を所定の高温状態から急冷させる操作を行う熱処理を指し[1]、高マンガン鋼などの水じん処理やオーステイナイト系ステンレス鋼の溶体化処理などを含む[4]。
本記事では、狭義の方の、鋼の焼入れについて主に説明する。
基本原理
物質は、組成、温度、圧力の条件により、液体や固体などの相と呼ばれる物質の形態が変化する[5]。この様子を示したものを状態図と呼ぶ。鋼の場合は、固体の間でも結晶構造の異なる相を持つのが特徴である[6]。このような相の変化を変態と呼ぶ[6]。横軸について炭素質量パーセント濃度、縦軸について温度を取り、鋼の相の変化を示した図を、鉄-炭素系平衡状態図と呼ぶ[7]。ここで「平衡」とは、ゆっくり冷却・加熱したときの変化を表している[7]。鉄-炭素系平衡状態図は炭素以外の元素の量によっても変化する[8]。一般に示される鉄-炭素系平衡状態図は、純鉄と純炭素を原料とした合金に基づくものであることが多いので注意が必要である。
純鉄と呼ばれるような炭素質量パーセント濃度が0.022%以下の領域を除いて、鉄-炭素系平衡状態図を見ていくと、室温では鋼の相はフェライト相およびセメンタイトで構成される[7]。詳しく見ると、炭素濃度0.77%未満ではフェライト+パーライトで、0.77%丁度ではパーライトのみで、0.77%超過ではパーライト+セメンタイトで構成される[9]。この0.77%の点を共析点と呼び、共析点未満の炭素濃度の鋼を亜共析鋼、共析点丁度を共析鋼、共析点超過を過共析鋼と呼ぶ[10]。硬さに注目すると、フェライトは軟らかく粘りのある組織で、パーライトも比較的柔らかい組織で、セメンタイトは非常に硬いが脆い組織となっている[11][12]。
高温域を見ていくと、A1線と呼ばれる727℃の温度を超えた領域では、亜共析鋼はフェライト+オーステナイトに、共析鋼はオーステナイトのみに、過共析鋼はオーステナイト+セメンタイトになる。この温度では亜共析鋼にはまだフェライトが存在するが、さらに温度を上げてA3線と呼ばれる温度を超えるとオーステナイトのみの相となる[13]。オーステナイトもフェライトに似て軟らかく粘りのある組織であるが、炭素固溶領域が大きい特徴を持つ[11]。
オーステナイトあるいはオーステナイト+セメンタイトの高温状態から、逆に冷却していくことを考える。ゆっくり平衡的に冷やしていくと上記で説明した順序を逆にたどって変態が起こるだけだが、冷却速度を上げて冷やすと、パーライトやフェライトに変態する時間が足りず、マルテンサイトと呼ばれる平衡状態図には示されない相が現れる[14]。この変態をマルテンサイト変態と呼ぶ。マルテンサイト組織は、α鉄が過剰に炭素を強制固溶した組織で、非常に硬い性質を持つ[12]。このような、急冷によるマルテンサイト変態を得て鋼を硬くさせる操作が、一般的な鋼の焼入れである[2][15]。
1888年、ロシアの冶金学者ドミートリー・コンスタンチノヴィッチ・チェルノフ(en:Dmitry Chernov)により、焼入れが起こる具体的な加熱・冷却条件が提案され、これが鋼の焼入れ及び熱処理の理論的な嚆矢とされる[16][17]。
方法
焼入れは、一般に、加工品の加熱、温度保持、冷却という順序で行われ、通常は焼入れ後に焼戻しを行う。以下に順を追って説明する。
加熱
鋼の組織がオーステイナイトになるまで加工物を炉などで加熱する。熱処理用の炉の種類には、熱源の種類別に、電気炉、重油炉、ガス炉、塩浴炉などがある[18]。加熱前の前処理として、焼入れ不良の原因となるため、加工品に汚れや錆がある場合は洗浄やショットブラストで取り除く[19]。
加熱は、一般に、亜共析鋼ではA3線から30-50℃高い温度まで昇温させ、共析鋼・過共析鋼ではA1線から30-50℃高い温度まで昇温させて、温度を保持する[3]。前述の通り、A3線・A1線を超えるとオーステナイト化されるが、それよりも30-50℃高く設定する理由は十分均一なオーステイナイトを得る確実性を上げるためである[14]。このような焼入れのための最高加熱温度を焼入れ温度あるいはオーステナイト化温度と呼ぶ[15]。上記の一般的な焼入れ温度は、焼なましの一種である完全焼なましとほぼ同じ加熱温度でもある[20]。
亜共析鋼の場合、もし焼入れ温度がA3線より低かった場合は、A3線以下ではフェライトも析出しているので、焼入れ後組織にもフェライトが含まれるようになり十分な硬度が得られない[21]。このような、何らかの原因によりマルテンサイトのみでない組織となった焼入れを不完全焼入れ、甘焼きと呼ぶ[22][23]。これに対して、100%マルテンサイト組織が得られた焼入れを完全焼入れと呼ぶ[24][注 1]。逆に焼入れ温度が高過ぎると、結晶粒が粗大化して焼入れ後の機械的性質が劣るようになる[26]。また、焼割れや変形の原因にもなる[26]。
過共析鋼の場合、A1線を超えてAcm線以上まで加熱すれば全ての組織がオーステナイト化されるが、この温度から焼入れしても焼割れや残留オーステナイトの増加などが発生して上手く焼入れできない[27]。これは鉄中への炭素の固溶濃度が大きくなり過ぎることが原因で、このため、焼入れ温度をA1線直上に設定する[27]。ただし、後述の通り、高合金鋼使用の場合はAcm線以上で焼入れ温度を設定する場合もある。
温度保持
焼入れ温度に保持してセメンタイトをオーステナイト中に固溶させる操作を、固溶化熱処理、オーステナイト化処理とよぶ[28]。昇温速度にもよるが、加熱するとき加工品の表面に比べて内部・中心は遅れて昇温するので、表面温度が焼入れ温度に達した後に内部・中心温度は遅れて焼入れ温度に達する[29]。そのため、加工品表面が焼入れ温度に達してから冷却するまでの時間を保持時間、加工品全体が焼入れ温度に達してから冷却するまでの時間を有効保持時間と呼び分ける[29][注 2]。必要な保持時間は、昇温速度、加工品の大きさ、化学成分や加熱前の組織状態によって変わる[31][32]。
昇温速度の影響としては、A3線またはA1線を超えると昇温がゆっくりでもオーステナイト変態が進行するので、徐々に加熱した場合は保持時間は短くてもよく、急速に加熱した場合は長くする必要がある[32]。
また、内部・中心温度は遅れて昇温するので、加工品の形状が大きくなるほど全体が均一温度になるのに時間がかかる[33]。表層温度が焼入れ温度に達してから中心部温度が0.25%以内で表層温度と均一になる時間の概算式として、加工品が丸棒形状・低炭素鋼とした場合で次式がある[33]。
ここで、tは均一に要する時間 (h)、dは直径 (inch) である。高合金鋼の場合は熱伝導率が悪くなり、均一に要する時間は上式よりも長くなる[33]。
材質の影響としては、組織の結晶粒が微細化されているほど、均質なオーステナイト化にかかる時間が短く、保持時間も短くてよくなる[31]。また、組成の影響も大きく、高炭素クロム軸受鋼、高速度鋼、ダイス鋼などでは、同じ条件で比較して、機械構造用炭素鋼などよりも約20分程度保持時間が長くする必要がある[32][34]。
冷却
加工品の加熱・保持後に冷却を行う。焼入れに必要な冷却速度は大体160℃/秒以上とされる[35]。冷却速度を下げていくと、マルテンサイト変態の前にパーライト変態、ベイナイト変態、フェライト変態が発生するようになり、冷却後の組織にマルテンサイト以外の組織が混入し始める[36][21]。この他の組織が発生するようになる限界の冷却速度を上部臨界冷却速度、あるいは単に臨界冷却速度と呼び[37]、完全焼入れになる限界速度でもある[32]。上部臨界冷却速度からさらに冷却速度を下げていくと、他の変態が多くなりマルテンサイト変態の比率が下がっていき、遂にはマルテンサイト変態が発生しなくなる[21]。この限界の冷却速度を下部臨界冷却速度と呼び[38]、不完全焼入れになる下限速度となる[36]。さらに冷却速度を遅くすると(亜共析鋼の場合は)焼ならしに、もっと遅くすると完全焼なましとなる[36]。
このような冷却速度と変態の関係を、亜共析鋼を例にして、CCT図(連続冷却変態曲線)で見ていくと [注 3] 、上部臨界冷却速度でパーライト変態開始線にかかり出す[36]。上部臨界冷却速度と下部臨界冷却速度の間では、100%パーライト変態する前にパーライト変態領域を抜けて残りはマルテンサイト変態領域に入る[38]。下部臨界冷却速度で100%パーライト変態線にかかり出し、これ以上になると全てパーライト変態となる[36]。
また、焼入れ温度から約550℃までを臨界区域と呼ぶ。これはTTT図(恒温変態曲線)で見ると[注 3]、オーステナイトからパーライトあるいはベイナイトへの変態開始曲線の左に張り出した鼻のような部分がこの約550℃に相当する[42]。この鼻の部分がパーライトあるいはベイナイトへの変態が最も起きやすい[43]。逆にこれを避けると、変態開始曲線はC形になっているため、ベイナイトへの変態開始点は長時間側へ逃げていく[43]。つまり、臨界区域の温度をできるだけ早く冷却することが、完全焼入れを行うために重要となる。
一般的に理想的な冷却の仕方は、焼入れ温度から臨界区域を過ぎて後述のマルテンサイト変態開始温度(Ms点)手前まで出来るだけ早く均一に冷やし、後述の焼割れなどを発生させないためにMs点以下の危険区域はゆっくり冷やすとされる[44]。
二段冷却・等温冷却
上記で説明したような理想的な冷やし方を実現するため、冷却剤と加工品の温度が平衡になるまで放置せずに、温度低下の途中でMs点前で引き上げて空冷などのゆっくりとした冷却する方法が取られる[36]。このような冷却を二段冷却などと呼び[45]、焼入れを二段焼入れ、あるいは引上げ焼入れ、中断焼入れ、階段焼入れ、などと呼ぶ[36][1]。また、二段焼入れを、冷却剤へ漬けた瞬間からの時間を数えて引き上げる方法で実現する方法を、時間焼入れと呼ぶ。時間焼入れの場合の目安としては、水焼入れは肉厚3mm当たり1秒、油焼入れは同肉厚当たり3秒で引き上げるのが良いとされる[36]。時間に拠らない場合の目安としては、加工品の振動や水鳴が止んだときに引き上げるのが良いとされる[36]。ただし冷却時間を誤ると、極端に短いときは全く焼きが入らない、短いときは表面は焼きが入るが中心部との温度差で中間部が変態膨張して焼割れが起こる、長すぎると危険区域を通過して同じく焼割れが起こるなどの難しさがある[46]。
二段焼入れに対して、Ms点を通過して常温まで冷却する方法を連続冷却と呼び[45]、焼入れを普通焼入れと呼ぶ[26][注 4]。また、冷却の途中で一定時間等温に保ち、その後また冷却する方法を等温冷却と呼び[45]、焼入れを等温焼入れ、恒温焼入れなどと呼び、後述のマルテンパやオーステンパなどで利用される[47]。
加工品形状の影響
焼割れや変形を避けるためにも、加工品全体が均一に降温するように冷却するのが理想的である。そのためには冷却速度を落とすことが1つの方策だが、その他に降温を不均一にする要因としては加工品形状やサイズの影響が大きい。
一般に、表面が最も冷却が早く、内部深くなるに連れて冷却が遅くなる。そのため、表面は100%マルテンサイトが得られるような冷却であっても、中心部ではパーライトしか得られないような冷却速度まで低下してしまうことがある[49]。このように、内部深くになるほど焼きが入りにくくなるので、加工品のサイズが大きくなるほど焼きが入らない領域が大きくなる[49]。また、内部の冷却が遅くなることに起因して、内部だけでなく、表面側も冷却速度が低下して焼きが不十分となることもある[50]。このような加工品の大きさ(=質量)が大きくなるほど焼きが入りづらくなる現象を、質量効果と呼ぶ[51]。焼入れ性が良い材料では深くまで焼きが入りやすいので質量効果を小さくできる[51]。
大きさの他、加工品の形状(形)によって冷却速度は異なる[52]。同じ条件で冷却しても、形状が球、丸棒、平材の違いによる冷却速度比は、大まかに以下のように異なる[53]。
- 球:丸棒:平材 = 4:3:2
これを形状効果などと呼ぶ[52]。
また、同じ加工品内でも局所的な形状の違いによって冷却速度が異なる[53]。特に、凸部が冷却が早く、凹部が冷却が遅い[48]。これを隅角効果などと呼ぶ[52]。それぞれの冷却速度比は大まかに以下のようになる[54]。
- 3面角:2面角:平面:凹面角 = 7:3:1:1/3
その他の影響
その他に、均一な冷却を実現するために、
などの方法がある。冷却剤の詳細については後述を参照。
マルテンサイト変態
素早い冷却により、ある程度まで冷却が進むとマルテンサイト変態が開始する。冷却中のマルテンサイト変態開始温度をMs点、マルテンサイト変態終了温度をMf点と呼ぶ[57]。Ms点とMf点の間では、時間によらず瞬間的にマルテンサイト変態が発生するが、冷却が進むことがマルテンサイト変態が進む条件となる[58]。つまり、Ms点を通過しても冷却を一端停止させると変態の進行も停止する[57]。
Ms点は鋼の化学成分とオーステナイト化温度によって決まる[36]。化学成分量から、鋼のMs点を予測する実験式は数多く提案されている[59]。以下に例を示す。
ここで各記号は、MsはMs点 (℃)、各化学成分はC:炭素、Mn:マンガン、V:バナジウム、Cr:クロム、Ni:ニッケル、Cu:銅、Mo:モリブデン、W:タングステン、Co:コバルト、Al:アルミニウム、Si:ケイ素で単位は質量パーセント濃度 (%) である。共析鋼の場合でMs点は約260℃程度である[57]。
Ms点が高くなるとMf点も高くなり、低くなる場合も同様に低くなる傾向を持つ[62]。炭素鋼の場合で、Ms点からMf点までは200 - 300℃程度の温度幅である[57]。上式にも示されるように炭素濃度が上がるとMs点は低くなるので、高炭素鋼の場合はMf点は室温よりも低くなる[62]。そのため、室温まで冷却が完了してもオーステナイトが変態しきれず、焼入れ後組織中に残留オーステナイトとして残ることになる[62]。残留オーステナイトは放置しておくと、室温でも時間が経過するに連れて自然にマルテンサイト変態を起こす[63]。このマルテンサイト変態による体積膨張で、最終製品の寸法変化が生じてしまう[63]。これを避けるために、高炭素鋼を用いた製品、特に寸法の経年変化を嫌う精密部品では、焼入れ後直ちに0℃以下に冷却するサブゼロ処理を実施して、残留オーステナイトをマルテンサイト化させる[64]。
Ms点以下になるとマルテンサイトが発生し始めるが、オーステナイトからマルテンサイトへ変態すると大きな体積膨張が起こる[65]。Ms点以下になるとき、温度が不均一だと、上記の膨張発生と冷却による体積縮小の部分的ばらつきにより内部応力が発生して、内部応力が引張強さを超えると割れが発生する[36]。そのためMs点以下の温度域を危険区域と呼び、ゆっくり均一に冷やすことが良いとされる[66]。このため、上記で説明した二段焼入れや等温焼入れなどの手法がある。
焼戻し
焼入れにより鋼の硬さを増大させることができるが、靭性が低下して非常に脆い状態となる[67]。このため、粘り強さを得るために、焼入れ後には焼戻しを行うのが一般的である[67]。焼入れと焼戻しをまとめて焼入焼戻し(quenching and tempering)と呼び[68]、特に高温焼戻しによってソルバイト組織を得る焼入焼戻しを調質(thermal refining)と呼ぶ[67]。
焼戻しの種類にもよるが、焼戻しによりシャルピー衝撃値などの靱性や伸び・絞りなどの延性は回復するが、硬さや引張強さはある程度低下してしまう[69]。そのため、不完全焼入れにより焼入れ硬さが低いものも、完全焼入れにより焼入れ硬さが高いものも、焼戻し条件を調整すれば、焼戻し後の硬さ及び引張強さを同じにすることができる[70]。しかし、例え焼戻し後硬さが同じだったとしても、降伏点、伸び、絞り、衝撃値、疲労限度の値は完全焼入れされたものの方が良好である[70]。よって、完全焼入れを狙った上で、所定の硬さに焼戻しで調整するのが良いとされる[71]。
焼入れ後の材質
焼入れ硬さ
焼入れ後の最高硬さは、ほぼ炭素含有量によって決定され、他の合金元素の影響は少ない[72]。概算式として、マルテンサイトの含有率に応じた硬さの計算式を示す[25]。
- 90%マルテンサイト焼入れ硬さ
- 50%マルテンサイト焼入れ硬さ
- 微細パーライト焼入れ硬さ(0%マルテンサイト)
ここで、HRCはロックウェル硬さ、Cは炭素質量パーセント濃度 (%) である。ただし、炭素量がある程度以上になると硬さの上昇は飽和して変化しなくなり、上記の概算式は成立しなくなる[72]。炭素量が約0.6%を超えると焼入れ硬さが大体一定となる[73]。
最高硬さは炭素含有量によって決まるが、どれだけ加工品の内部深くまで硬くなるかは加工品材料の焼入れ性によって大きく影響され、炭素以外のモリブデンなどの合金元素の影響もある[74]。
機械的性質
硬さ以外の機械的性質としては、引張強さ、降伏比(降伏点/引張強度の比)も焼入れにより向上する[75]。しかし、硬いが非常に脆い性質になっており、また、後述の焼入れ応力により強度に悪影響を及ぼす残留応力も発生している[76][77]。低炭素構造用鋼による結果を例として、熱処理の種類による機械的性質の変化を以下に示す。
熱処理 | 引張強さ(MPa) | 伸び(%) | シャルピー衝撃値(J/cm2) |
---|---|---|---|
圧延のまま | 535 | 39.0 | 254 |
850℃焼ならし | 533 | 40.0 | 303 |
900℃水焼入れ | 1252 | 15.1 | 89 |
900℃水焼入れ・300℃焼戻し | 1240 | 13.5 | 84 |
900℃水焼入れ・500℃焼戻し | 813 | 21.3 | 215 |
900℃水焼入れ・600℃焼戻し | 700 | 25.0 | 272 |
その他の性質
物理的性質としては、焼入れにより、電気抵抗は増加し、熱伝導率は低下する傾向にある[79][80]。化学的性質としては、マルテンサイトは、焼戻し後組織のトルースタイトと比較すると腐食しにくい性質を持つ[81]。
冷却剤
加熱保持後に冷却するために冷却剤が必要になる[82]。焼入れに用いられる冷却剤としては、
などがある[83]。慣習として、使用する冷却剤の名前を冠して○○焼入れなどと呼ぶ。例えば水中で冷却する焼入れは水焼入れ、油中で冷却する焼入れは油焼入れなどと呼ぶ[1]。また、冷却液に浸漬させて焼入れする方法をズブ焼入れ、冷却液を吹きつけて焼入れする方法をスプレー焼入れ、噴射焼入れ、霧状の冷却液中で行う焼入れを噴霧焼入れなどと呼ぶ[84][85]。
冷却剤の種類の他に、流体の場合は撹拌の程度が冷却の強さに大きく影響する[86]。これは、加工品を水や油の冷却液につけると、すぐに加工品表面に蒸気膜が発生して冷却をゆるやかにするためである[83]。一般に、実際に冷却剤を使用する上で必要な管理項目は、温度、撹拌、異物混入防止、冷却剤の品質・寿命が挙げられる[82]。
冷却剤の冷却の強さを表す指標を冷却能と呼び、次式で示すH値が使用される[86]。
ここで、αは加工品から冷却剤への熱伝達率、λは熱伝導率である。Hは (m-1) の次元を持つ。
撹拌 | 空気 | 油 | 水 | 食塩水 | 塩浴(204℃) |
---|---|---|---|---|---|
静止 | 0.008 | 0.098 - 0.118 | 0.354 - 0.394 | 0.79 | 0.197 - 0.315 |
わずかに撹拌 | - | 0.118 - 0.138 | 0.394 - 0.433 | 0.79 - 0.87 | - |
ゆるやかに撹拌 | - | 0.138 - 0.157 | 0.472 - 0.512 | - | - |
中程度の撹拌 | - | 0.157 - 0.197 | 0.551 - 0.591 | - | - |
強い撹拌 | 0.020 | 0.197 - 0.315 | 0.630 - 0.787 | - | - |
強烈な撹拌 | - | 0.315 - 0.433 | 1.58 | 1.97 | - |
ジョミニー試験 | - | - | 2.17 | - | - |
水
水による冷却は、冷却剤の中でも冷却速度が大きく[87]、コストが安く、どこでも手に入りやすいという利点がある[82]。しかし、Ms点を過ぎた危険区域温度でも急冷してしまうので、焼割れや変形の不具合の可能性が高い[87]。
水温が30℃を超えると冷却能が大きく低下するので、30℃以下に保った使用が推奨される[88]。冷た過ぎても冷却効果が悪くなるので、焼入れを開始するときの水温は、15℃程度が適当とされる[82]。約60℃くらいでは油と同程度の冷却速度となので、油焼入れの代わりに使用される場合もある[89][90]。
油
油による冷却は、均一な冷却ができ、危険区域でもゆっくり冷却できるので焼割れや変形の危険が少ないという利点がある[90]。一方、冷却速度が水の約1/3遅く、臨界区域での冷却が遅い点、火災や環境汚染に注意する必要がある点などの欠点がある[91][90]。焼入れ用に調整された油を焼入油と呼び、鉱油が広く使用されている[92]。
油の場合は、油温を上げると粘度が小さくなり、結果として冷却が早くなる[91]。そのため油の冷却能は60 - 80℃で最も大きくなる[88]。加工品によって冷却油自身も温度上昇することを考えて、焼入れを開始するときの油温は、50-70℃程度が適当とされる[82]。さらに温度を上げて後述のマルテンパなどにも使用される。
水溶液
水溶性の物質を水に溶かして冷却剤として使用するもの。苛性ソーダ、炭酸ソーダ、食塩などは、蒸気幕が発生している時間を短縮できるので水の冷却能を高めることができる[87]。
近年では、ポリマーを利用したポリマー焼入液が実用化されている[90]。ポリビニルアルコール、ポリエチレングリコール、ポリアクリル酸ナトリウム、ポリアルキレングリコールなどを利用したものがある[93]。液濃度に応じて冷却能が変わり、高濃度では油寄り、低濃度では水寄りになる[90]。油のように危険区域での冷却速度を落とすことができ、水のように火災の恐れが無いという利点がある[94]。
塩浴
塩浴、あるいはソルトバスは、塩類を浴に満たして加熱して液体化したもの。熱処理塩浴剤をソルトと総称する。150 - 500℃に加熱して使用する[94][95]。後述のマルテンパ、オーステンパに使用される。150℃程度の塩浴は、50℃程度の油と同程度の冷却能となる[96]。
塩類としては、塩化カリウム、食塩、硝酸ナトリウム、亜硝酸ナトリウムなどが使用される[96]。均一な冷却ができ、焼むらや焼割れが少ないなど利点がある一方、塩浴のコストが掛るなどの欠点がある [97]。
加圧ガス
水素ガスや窒素ガス、ヘリウムガスなどを加圧して吹きつけ、焼入れの冷却剤として利用する[83]。 真空加熱炉と併用して、表面を酸化させない光輝焼入れに利用される[85]。
0.1 - 0.6 MPa程度の加圧ガスで、焼入れ性の良い高合金鋼に対して行われるのが一般的である。[98]。0.5 - 4 MPaまで加圧して低合金鋼へ適用する例もある[98]。ただし、日本国内では1 MPa以上では高圧ガス保安法で規制されるため採用が難しく、ガスを高速循環させて冷却速度を向上させる方法などが開発されている[99]。ガス焼入れの欠点としては、設備にコストがかかることなどである[98]。
空気
通常、空冷は焼ならしに使用される。冷却速度が遅いので普通は焼入れには使用しないが、冷間加工用工具鋼は、焼入れ性が大きいこともあり、変形を嫌う場合は空冷で焼入れする場合もある[100]。
焼入れの種類
等温焼入れを利用したものや表面相のみ焼入れするものなど、特別な名称が与えられたような焼入れの種類を以下に説明する。
マルクエンチ
マルクエンチ(marquench)は、等温焼入れの一種で、焼入れ温度からの急冷途中にMs点直上の200 - 300℃の温度で停止させ、加工品全体の温度が均一になるまで一定時間温度保持し、再び空冷などのゆっくりとした冷却に切り替えて焼入れを完了させる方法である[47]。Ms点以下の危険区域をゆっくり均一に冷却させることで焼割れ、ひずみを防止することを目的とする[47]。マルクエンチ後は普通の焼入れ同様に焼戻しが必要とされる[101]。
焼入れ温度からの最初の冷却剤としては、停止させたい温度に加熱してある塩浴や油浴を使用する。このような浴を熱浴と呼ぶ[94]。途中の冷却停止時間が長すぎると等温変態が開始して、マルテンサイトが得られなくなる注意点がある[47]。
後述のマルテンパと特に呼び分けしない場合も多い[102][103][104]。
マルテンパ
マルテンパ(martemper)は、等温焼入れの一種で、焼入れ温度からの急冷途中にMs点・Mf点間の100 - 200℃の温度で停止させ、等温変態が完了するまでそのまま温度保持し、再び空冷などのゆっくりとした冷却に切り替えて焼入れを完了させる方法である[47][105][106]。得られる組織は、マルテンサイトとベイナイトの混合組織で硬くて靱性がある[47][105][107]。マルクエンチ以上にひずみ、焼割れの危険性が小さくなる[105]。
一方で、等温変態が完了するまでの時間がかかり過ぎるという欠点がある[47]。オーダーとして時間 (h) 単位でかかる場合もある[46]。そのため、マルクエンチの方が多用され[47]、等温変態が完了する前に再冷却を開始する方法もある[105]。マルクエンチと同じく熱浴を利用して行われるが[94]、停止温度が低い分油浴が利用しやすい[102]。
前述のマルクエンチと特に呼び分けしない場合も多い[102][103][104]。または、上記の等温変態が完了する前に再冷却を開始する方法をマルテンパと呼ぶ場合もある[108]。
オーステンパ
オーステンパ(austemper)は、等温焼入れの一種で、焼入れ温度からの急冷途中に300 - 500℃の温度で停止させ、等温変態が完了したら、再び空冷などのゆっくりとした冷却に切り替えて焼入れを完了させる方法である[102]。焼入れ後に得られる組織はベイナイトで、そのためベイナイト焼入れとも呼ぶ[102]。
ベイナイトは硬さと靱性が高い組織で、オーステンパ後は焼戻しを必ずしも必要としない利点がある[44]。また、高温域で変態が徐々に進行するので、マルクエンチ、マルテンパ以上に、ひずみ、焼割れの危険性は小さくなる[46]。同じベイナイトでも、高めの温度で等温変態させることで靱性が高い上部ベイナイトとなり、低めの温度で硬めの下部ベイナイトとなる[102]。境目の温度は約350℃である[109]。硬さ調整のため、オーステンパ後も焼戻しすることはある[110]。
加工品が大形品だと内部でパーライト変態が発生する場合があり[47]、加工品の大きさに制限がある[102][44]。一次冷却を行う熱浴には、塩浴の他に金属浴を使用する場合もある[102]。
オースフォーミング
オースフォーミング(ausforming)は、塑性加工と熱処理を組み合わせた加工熱処理(thermo-mechanical treatment:TMT)の一種[111]。焼入れ温度からの急冷途中に鋼の再結晶温度以下Ms点以上の温度で停止させ、準安定オーステナイト領域で圧延、鍛造、押出しなどの塑性加工を加えて、再冷却して焼入れを完了させる方法である[111]。通常、オースフォーミング後は焼戻しも必要とされる[111]。オースフォーミング後の機械的性質は、強度向上が大きく、靱性はほとんど低下しないという長所を持つ[112]。
表面焼入れ
表面相だけを焼入れして内部は軟らかいままにしておく焼入れが表面焼入れで、使用する熱源別に、高周波焼入れ、炎焼入れ、レーザー焼入れ、電子ビーム焼入れなどがある[113]。鋼表面の化学成分を変化させる方法を合わせたものとしては、浸炭焼入れ、浸炭窒化焼入れなどもある[114]。
加工品全体ではなく表面の硬化を狙った熱処理を表面硬化処理(surface hardening treatment)と呼ぶ[114]。表面硬化処理には、鋼表面の化学成分を変化させる化学的表面硬化法と、化学成分を特に変化させずに行う物理的表面硬化法がある[115]。浸炭焼入れ、浸炭窒化焼入れが化学的表面硬化法に相当し、表面焼入れは物理的表面硬化法に相当する。
焼入れ欠陥
焼入れ完了後に、加工品に割れや変形、硬さ不足などの不具合が発生する場合がある。これらについて以下に説明する。
割れ
マルテンサイト変態や冷却の不均一などを原因として、焼入れにより割れ(き裂)が発生する[116]。割れには、焼割れ、置割れ、研削割れなどがある。加工品に割れが発生すると、再生が利かずほとんどの場合使用不可になるので、致命的な焼入れ欠陥の一つである[116]。
焼割れ
焼割れとは焼入れの際に発生する割れのことで、焼入応力を主原因とする[117]。焼入応力は焼入れにより内部に生じる応力で残留応力の一種[117]。不均一な冷却に起因する熱応力と、変態の体積変化に起因する変態応力に分けられる[117]。この焼入応力が加工品の引張強さを超えると割れが発生する[116]。
鋼に限らず、物体はその温度に従って熱膨張・熱収縮が発生する。この熱膨張・熱収縮が拘束される場合に物体内に生じる応力を熱応力と呼ぶ。傾向として、焼入れ後には、内部に引張の熱応力、表面側に圧縮の熱応力が発生する[118]。これは表面で冷却が先行することに起因するもので、単純化すると具体的には次のような順序による[119]。
- 表面側が先行して冷却し、収縮しようとする。中心部はまだ高温なので、収縮しようとはしない。
- この体積変化の差により内部応力が発生するが、このとき中心部は高温なので、応力緩和が発生して次第に応力は0になる。
- さらに冷却が進み、表面側は冷却が完了した状態、内部は冷却を継続して収縮しようとする状態になる。
- この体積変化の差により内部応力が発生する。内部は収縮しようとしているのに固まった表面側により拘束されるので、内部に対しては引張応力が、表面側に対しては圧縮応力が残留する。
マルテンサイト変態により体積変化が発生する(後述の体積変化率なども参照)。このマルテンサイト変態が加工品の場所によって時間差を持って発生することに起因する応力を、変態応力と呼ぶ[118]。熱応力ほど一概には言えないが、傾向として、焼入れ後には、内部に圧縮の変態応力、表面側に引張の変態応力が発生する[118]。これも表面で冷却が先行することに起因するもので、単純化すると具体的には次のような順序による[119]。
- 表面側が先行して冷却し、マルテンサイト変態が発生して膨張しようとする。中心部はまだ高温なので、マルテンサイト変態はまだ起こらない。
- この体積変化の差により内部応力が発生するが、このとき中心部は高温なので、応力緩和が発生して次第に応力は0になる。
- さらに冷却が進み、表面側は冷却が完了した状態、内部は冷却を継続してマルテンサイト変態が発生して膨張しようとする状態になる。
- この体積変化の差により内部応力が発生する。内部は膨張しようとしているのに固まった表面側により拘束されるので、内部に対しては圧縮応力が、表面側に対しては引張応力が残留する。
実際の現象では、これら熱応力と変態応力が複雑にからみ合い、焼入応力が大きくなったり、小さくなったりする[120]。焼入応力に影響を与える要因としては、冷却方法、加工品炭素量、加熱温度、加工品の大きさ、脱炭、偏析などがある[121]。
焼割れ発生を防止するためには、
- 冷却を全体で均一になるように、加工品の形状を工夫する。穴が開いている加工品は肉厚が均等になるように穴位置を決める、形状の隅角部にはRを付けるようにする、などである[122]。
- Ms点からはゆっくり全体で均一になるよう冷却を行う。そのための方法として、上記の二段焼入れや等温焼入れが有効である[42]。
- 応力集中部となる、肌荒れや傷などの表面欠陥が無いようにする[123]。
- 加工品の材質と冷却剤の組み合わせを最適にする。焼入れ性が高い材料を採用して、ゆっくり冷却しても焼きが入るようにする[42]。
- 鍛造品などは十分な焼なましを事前に行う[124]。
- 焼入れ温度を上げ過ぎないようにする[124]。
などの対策が挙げられる。
置割れ
焼入れした加工品が常温放置中に生じる割れを置割れ、あるいは自然割れ、時効割れなどとも呼ぶ[117][76]。特に、焼入れ後に焼戻ししないで加工品を放置すると発生しやすい[125]。焼入れ後の組織には、マルテンサイトの他に残留オーステナイトも発生する。残留オーステナイトは、常温でも時間経過によりマルテンサイトへ変化し、加工品の残留応力のバランスが崩れて割れに至る[126]。これが置割れの原因である。
対策として、焼入れ後は間を置かずに焼戻しを実行して、材質を安定化させることが望ましい[48]。必要に応じてサブゼロ処理も組み合わせる[126]。
研削割れ
焼入れ後に研削加工する際に発生する割れを、研削割れ、あるいは研磨割れと呼ぶ[127]。研削時の加熱が研削割れの原因で、約100℃まで加工品表面が昇温することにより発生する第1種研削割れと約300℃まで昇温することにより発生する第2種研削割れがあり、第1種研削割れは研削方向に直角に割れが走り、第2種研削割れは研削方向に直角と平行に割れが走る特徴がある[127]。これは、100℃付近でε炭化物が析出するようになり、300℃付近でセメンタイトが析出するようになるのが原因で、組織変化により体積変化が起こり、置割れと同じように加工品の残留応力のバランスが崩れて割れに至る[127]。研削中ではなく、研削終了後に発生する傾向を持つ[128]。
第1種研削割れには100-120℃焼戻しが、第2種研削割れには300℃焼戻しが有効とされる[128]。焼戻しを行わない場合は、できるだけ残留オーステナイトを少なくして、かつ研削による昇温を小さくする[127]。
ひずみ
割れと同様にマルテンサイト変態や冷却の不均一などを原因として、焼入れ完了後に加工品の寸法変化や形状変化が発生する[129]。このような寸法変化・形状変化を焼入変形[117]、焼ひずみ[130]、焼入れひずみ[131]などと呼ぶ。形状を相似に保ったまま寸法が変化することを変寸、 曲がり変形やねじり変形のような形状の変化を変形と呼び分ける[132]。特に、加工品が変形して反ってしまうことを焼曲り[125]と呼ぶ[注 5]。
変寸
変寸の原因は、焼入れによる組織変化によるもので、マルテンサイト変態による膨張、残留オーステナイト変態による収縮の合算の結果による[132]。変寸はマルテンサイトの発生量に影響されるが、焼入れがマルテンサイト変態を利用して加工品を硬化させる方法である以上、変寸を避けることはできない[134]。炭素量が多くなるほど膨張量は大きくなる。例として、炭素鋼の焼入れ焼戻しによる、それぞれの組織変化に従って発生する体積変化率を以下に示す。
組織変化 | 体積変化率(%) |
---|---|
フェライト + セメンタイト → マルテンサイト | 1.69 x C(%) |
フェライト + セメンタイト → オーステナイト | -4.64 + 2.21 x C(%) |
オーステナイト → マルテンサイト | 4.75 - 0.53 x C(%) |
オーステナイト → ベイナイト | 4.75 - 1.47 x C(%) |
変形
曲がりなどの変形を起こす原因は、焼割れと同様、焼入れ応力が主原因である[131]。時効変形、置狂いなどと呼ばれる、置割れと同じく残留オーステナイトを原因とした経年経過による変形もある[136]。
変形を防止するための対策も焼割れ、置割れの場合とほぼ同じだが、他には、
- 機械加工などで塑性変形して残留ひずみが発生している場合、これに焼入れひずみが加わり、変形が大きくなる[137]。このため焼入れ前に応力除去焼なましを行う[129]。
- 加熱炉内で加工品が自重によって変形しないよう、加工品の支え方を工夫する[137]。
- 組織の結晶粒が大きいと変形も大きくなる傾向がある[138]。そのため結晶粒が粗大化している鍛造品などに対しては、焼入れ実施前に結晶粒を微細化する焼ならしを行うことで焼入れ後の変形を少なくできる[138]。
などの対策が挙げられる。
変形が発生してしまった場合は、プレスなどで荷重をかけるなどして変形矯正する方法があり、ひずみ取りと呼ばれる[139]。特に、焼曲りを矯正することを、曲がり取り、曲がり直しなどと呼ぶ[140]。常温でプレスしても矯正できるが、使用中の温度上昇によって再び曲がりが発生したり、残留応力が発生して置狂いの原因になったりするので、ある程度加熱して温間矯正が望ましいとされる[139][140]。あるいは、焼が入らない程度まで局所加熱を行い、変形と逆向きに熱ひずみを与えて矯正する方法もある[141]。
焼むら・硬さ不足
焼入れ後の加工品で、部分的に柔らかく硬さが不均一な場合がある[138]。このような不具合を焼むら、あるいは軟点と呼ぶ[138][117]。部分的に焼きが十分入らなかったことが原因で、加熱不均一、冷却不均一、スケールの付着、脱炭層の存在などが部分的な不完全焼入れの原因である[125][138]。
焼むらに対して、全体的に所定の硬さが得られないことを硬さ不足と呼ぶ[125]。原因は焼むらとほぼ同じである[138]。その他の原因としては、そもそもの材質の焼入れ性が冷却方法に対して十分でなく焼きが入らないことが挙げられる[138]。
適用
鋼種
炭素を含む鉄は、炭素含有量により、0.02%以下のものが鉄(純鉄)、0.02-2%のものが鋼、2%以上のものが鋳鉄と分類される[142]。焼入れは、一部鋳鉄に対しても行われるが、主に鋼に対して行われる。鋼は、炭素を主として含む炭素鋼と、性質改善のため炭素以外の元素も特別に加えられた合金鋼に分けられる[143]。
炭素鋼のうち、炭素含有量が0.25以下を低炭素鋼、0.25 - 0.6%を中炭素鋼、0.6%以上を高炭素鋼などと呼ぶ[144]。焼入れの対象となるのは0.3%以上の中炭素鋼からで、低炭素鋼を焼入れする場合は浸炭焼入れの適用となる[145]。
また、一般に、炭素鋼は炭素含有量0.6以下のものを構造用鋼として、0.6以上のものを工具鋼として使用される[143]。日本の場合は、構造用鋼は一般構造用と機械構造用に分けられ、日本工業規格(JIS)の一般構造用圧延鋼材と機械構造用炭素鋼鋼材がそれぞれに対応する[143]。一般構造用圧延鋼材は特に熱処理せずにそのまま使用されることを前提としており、機械構造用炭素鋼鋼材は焼入れを含めた熱処理をされることを前提としている[144]。
工具用鋼は、0.6-1.5C%の炭素工具鋼、炭素工具鋼に合金元素を加えた合金工具鋼、タングステンなどさらに多くの合金元素を加えた高速度鋼の大きく3つに分類される[146]。工具鋼の場合は、高い硬さを利用するために、焼戻しする場合も組織はマルテンサイトのままにして利用される[147]。また、変形や割れなどを避けるため、組織の炭化物が球状化した状態で焼入れする必要がある[148]。そのため焼入れ前には球状化焼なましが行われる[148]。
合金鋼は、合金元素の総量が5%以下のものを低合金鋼、5-10%のものを中合金鋼、10%以上のものを高合金鋼と呼ぶ[149]。また、用途別に見ると、構造用合金鋼、合金工具鋼、特殊用途用合金鋼に大別される[144]。焼きを深くまで入れたいときなどに焼入れ性の良い合金鋼が使用される[150]。
前述の通り、A3線あるいはA1線から30-50℃高い温度を焼入れ温度とするのが普通だが、高合金鋼使用の場合はさらに高く焼入れ温度を設定する[151]。これは、クロムやモリブデン、タングステン、バナジウムといった合金元素を十分にオーステナイトに固溶させるためで、このような高合金化したオーステナイトの焼入れ焼戻しにより、耐熱性の高く硬い組織が得られる[151]。高速度鋼などでは鋼の溶融温度に近いような1200-1300℃を焼入れ温度にする[152]。
鋳鉄は、熱処理せずにそのまま使用するか、応力除去焼なましをして使用する場合が多い[153]。ただし、球状黒鉛鋳鉄のFCD450にオーステンパ処理したものは良好な機械的性質が得られる[154]。オーステンパ処理した球状黒鉛鋳鉄をオーステンパ球状黒鉛鋳鉄と呼び、JISでも規定されている[155]。普通焼入れや表面焼入れなども限定された用途だが適用される[156]。また、鋼を鋳物とした鋳鋼では、内部応力の除去や組織の微細化などの前処理が必要だが、基本的には一般的な鋼材と同様に熱処理がされ、合金鋼鋳鋼などは調質して使用される[157][153]。
製品例
実際の製品では、例として以下のような部品で焼入れ処理が施されている[158][159][160]。
- 自動車のエンジン、パワーステアリング、トランスミッションの部品
- オートバイのチェーンリング
- 農業機械の刈刃、
- スパナ、ドライバなどの手工具
- エンドミル、ドリル、バイトなどの切削工具
- ねじ切りダイスや深絞り加工機のポンチなどの塑性加工工具
経済規模は、日本金属熱処理工業会の統計によると、2013年の焼入焼戻しの年間加工金額総計は約280億円となっている[161]。2010年から2013年までの金額の推移をみると、約250億円から約280億円の間で推移している[161]。
派生語
- 焼入れした刃(は)を「焼き刃(やきば)」と呼ぶ[162]。この「焼き刃」から転じて「刃(やいば)」と呼ぶ[163]。
- 俗語として、人に制裁を加える、日焼けをすることなどの意味で「焼きを入れる」と言う[164]。
脚注
注釈
- ^ 100%のマルテンサイトを得ることは困難なので、およそ90%程度で実用上は完全焼入れと見なされる[25]。
- ^ 加工品全体が焼入れ温度に達してから冷却するまでの時間を保持時間と呼ぶ場合もある[30]。
- ^ a b TTT図は、ある温度まで非常に急冷させた後に一定温度に保持し、変態の開始、進行具合、終了の時間とその一定温度の関係を示したもの[39]。CCT図は、一定速度で冷却させて、変態の開始、進行具合、終了の時間と温度の関係を示したもの[39]。実際の冷却はある速度を持っているので、CCT図の方が実際に近い[40]。ただし、等温焼入れを行う場合は、TTT図が条件設定に利用される[41]。また、連続冷却の場合でも実際の冷却は一定速度にはならないので、CCT図も実際の冷却とは異なっている[41]。このように、TTT図もCCT図も、実際の現象と離れた点を含む注意点がある。
- ^ 冷却方法ではなく、高周波焼入れのような表面焼入れなどと区別して普通焼入れとも呼ぶ
- ^ 日本刀の特徴である刀身の反りは、この焼曲りによるものである[133]
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