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「後藤寿庵 (漫画家)」の版間の差分

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== 概要 ==
== 概要 ==
[[1964年]]、[[岩手県]][[水沢市]](現[[奥州市]])に生まれる<ref name="juanVW"></ref>。ペンネームの由来はキリシタン領主であった[[後藤寿庵]]。<!--NOR : 腰の砕けたような気の抜けた[[ギャグマンガ]]が得意。ただし、--><!--『ヤニー外伝』ではSF物語も描いている。--><!--[[成人向け漫画]]も描く。--><!--NOR : また、同人作品では基本成人向けで尚且つグロテスクな作品もあるが、登場人物が自ら望んだり嫌がらず平然と猟奇的行為を行なうと言う、悲劇性の薄い異色の内容になっている。-->寄付の宛先は後藤謙治(ごとう けんじ)になっている<ref>[http://www.juangotoh.net/# 公式サイトの「寄付の宛先」]より。</ref>。
[[1964年]]、[[岩手県]][[水沢市]](現[[奥州市]])に生まれる<ref name="juanVW"></ref>。
ペンネームの由来はキリシタン領主であった[[後藤寿庵]]。<!--NOR : 腰の砕けたような気の抜けた[[ギャグマンガ]]が得意。ただし、--><!--『ヤニー外伝』ではSF物語も描いている。--><!--[[成人向け漫画]]も描く。--><!--NOR : また、同人作品では基本成人向けで尚且つグロテスクな作品もあるが、登場人物が自ら望んだり嫌がらず平然と猟奇的行為を行なうと言う、悲劇性の薄い異色の内容になっている。-->


[[大学]]進学を機に上京。<!--漫画評論誌『[[ぱふ]]』や『[[コミックボックス|Comic Box]]』が営んでいた同人誌販売店に出入りし、-->同人誌『楽書館』(主催:水野流転)や『BOOM』(主催:赤司俊雄)に参加する。<!--「雑誌が運営する同人ショップ」という表現が難解過ぎる。「ふゅーじょんぷろだくと」関連なのだと推測されるが、誌名を例示する必然性や実際に関わった時期が不明なため一時不可視化。-->
[[大学]]進学を機に上京。<!--漫画評論誌『[[ぱふ]]』や『[[コミックボックス|Comic Box]]』が営んでいた同人誌販売店に出入りし、-->同人誌『楽書館』(主催:水野流転)や『BOOM』(主催:赤司俊雄)に参加する。<!--「雑誌が運営する同人ショップ」という表現が難解過ぎる。「ふゅーじょんぷろだくと」関連なのだと推測されるが、誌名を例示する必然性や実際に関わった時期が不明なため一時不可視化。-->


[[1984年]]の[[日本SF大会]](「EZOCON 2」)に、所属していた大学のSF研究会のつてでスタッフとして参加。会場で放映された[[ケーブルテレビ]]の[[テロップ]]を製作したほか、アナウンサーとして館内放送を担当。<!--ゲスト作家を呼び捨てにする。--><!--検証可能性が微妙なのと、人物像に関する瑣末なエピソードのため現状では不可視化。-->
[[1984年]]の[[日本SF大会]](「EZOCON 2」)に、所属していた大学のSF研究会の関係でスタッフとして参加。会場で放映された[[ケーブルテレビ]]の[[テロップ]]を製作したほか、アナウンサーとして館内放送を担当。<!--ゲスト作家を呼び捨てにする。--><!--検証可能性が微妙なのと、人物像に関する瑣末なエピソードのため現状では不可視化。-->


[[1985年]]、『[[漫画ブリッコ]]』([[白夜書房]])掲載の「宇宙刑事アホー」でデビュー<ref name="juanVW"></ref>。この作品は、「宇宙刑事漫画」というテーマで同誌が募集した読者投稿作品であり、誌面1pに対し原稿2枚を掲載するものとなっている。これ以前に商業誌に掲載された作品として、漫画評論誌『[[ぱふ]]』の読者参加企画に投稿された「まるぱの洋子ちゃん」がある(実際には、編集部から依頼を受け、一度だけ[[サクラ (おとり)|サクラ]]として執筆している)。なお、「まるぱの洋子ちゃん」は『[[日ペンの美子ちゃん]]』パロディで、当時ぱふ編集部員であった南田洋([[藤島康介]])が執筆していた[[4コマ漫画]]である。
[[1985年]]、『[[漫画ブリッコ]]』([[白夜書房]])掲載の「宇宙刑事アホー」でデビュー<ref name="juanVW"></ref>。
この作品は、「宇宙刑事漫画」というテーマで同誌が募集した読者投稿作品であり、誌面1pに対し原稿2枚を掲載するものとなっている。
これ以前に商業誌に掲載された作品として、漫画評論誌『[[ぱふ]]』の読者参加企画に投稿された「まるぱの洋子ちゃん」がある(実際には、編集部から依頼を受け、一度だけ[[サクラ (おとり)|サクラ]]として執筆している)。なお、「まるぱの洋子ちゃん」は『[[日ペンの美子ちゃん]]』パロディで、当時ぱふ編集部員であった南田洋([[藤島康介]])が執筆していた[[4コマ漫画]]である。


過去に、[[シーランド公国]]の[[爵位|男爵位]]を所持していた<ref>[http://www.juangotoh.com/node/425 爵位Get、後藤寿庵 Visual Workshop] ※リンク先失効</ref>。
過去に、[[シーランド公国]]の[[爵位|男爵位]]を所持していた<ref>[http://www.juangotoh.com/node/425 爵位Get、後藤寿庵 Visual Workshop] ※リンク先失効</ref>。<!--
; 学歴・所属クラブ等

<!--; 学歴・所属クラブ等
* 水沢市立水沢南小学校(現奥州市立水沢南小学校)、漫画クラブ
* 水沢市立水沢南小学校(現奥州市立水沢南小学校)、漫画クラブ
* 水沢市立南中学校(現[[奥州市立水沢南中学校]])、科学部、ハムクラブ
* 水沢市立南中学校(現[[奥州市立水沢南中学校]])、科学部、ハムクラブ

2012年8月12日 (日) 18:37時点における版

後藤 寿庵(ごとう じゅあん、1964年6月21日[1] - )は、日本漫画家

概要

1964年岩手県水沢市(現奥州市)に生まれる[1]。ペンネームの由来はキリシタン領主であった後藤寿庵。寄付の宛先は後藤謙治(ごとう けんじ)になっている[2]

大学進学を機に上京。同人誌『楽書館』(主催:水野流転)や『BOOM』(主催:赤司俊雄)に参加する。

1984年日本SF大会(「EZOCON 2」)に、所属していた大学のSF研究会の関係でスタッフとして参加。会場で放映されたケーブルテレビテロップを製作したほか、アナウンサーとして館内放送を担当。

1985年、『漫画ブリッコ』(白夜書房)掲載の「宇宙刑事アホー」でデビュー[1]。この作品は、「宇宙刑事漫画」というテーマで同誌が募集した読者投稿作品であり、誌面1pに対し原稿2枚を掲載するものとなっている。これ以前に商業誌に掲載された作品として、漫画評論誌『ぱふ』の読者参加企画に投稿された「まるぱの洋子ちゃん」がある(実際には、編集部から依頼を受け、一度だけサクラとして執筆している)。なお、「まるぱの洋子ちゃん」は『日ペンの美子ちゃん』パロディで、当時ぱふ編集部員であった南田洋(藤島康介)が執筆していた4コマ漫画である。

過去に、シーランド公国男爵位を所持していた[3]

単行本

短編

  • さらばスケバン刑事 愛の戦士達 - 「別冊COMIC BOX 2 セーラー服少女伝説」(1987年ふゅーじょんぷろだくと)に収録。
  • スケバン刑事IIIかぁ? - 同上(ただし、目次では「スケバン刑事かぁ?」と表記されている)。

同人誌

  • 他殺志願(猟奇描写あり)
  • 卒業斬首式(同上)
  • 民主帝国シリーズ
  • Childhood's Endヨウネンキノオワリ

脚注

  1. ^ a b c 後藤寿庵 Visual Workshop>このサイトについて - 作者公式サイトのプロフィールによる
  2. ^ 公式サイトの「寄付の宛先」より。
  3. ^ 爵位Get、後藤寿庵 Visual Workshop ※リンク先失効
  4. ^ 『クトゥルー神話ダークナビゲーション』(編集:森瀬繚ぶんか社2006年ISBN 978-4-8211-0915-9

外部リンク