「ヴァージニア・ウルフ」の版間の差分
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'''ヴァージニア・ウルフ'''(Virginia Woolf、[[1882年]][[1月25日]] - [[1941年]][[3月28日]])は、[[イギリス]]の[[小説家]]、[[評論家]]、書籍の出版元であり、20世紀[[モダニズム文学]]の主要な作家の一人。両大戦[[戦間期]]、ウルフはロンドン文学界の重要な人物であり、[[ブルームズベリー・グループ]]の一員であった。代表作に『[[ダロウェイ夫人]]』(1925年)、『[[灯台へ]]』(1927年)、『[[オーランドー]]』(1928年)、『[[波 (ウルフ)|波]]』(1931年)などの小説や「女性が小説を書こうとするなら、お金と自分だけの部屋を持たなければならない」という主張で知られる評論『自分だけの部屋』などがある。 |
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'''ヴァージニア・ウルフ'''('''Virginia (Adeline) Woolf (nee Stephen)'''、[[1882年]][[1月25日]] - [[1941年]][[3月28日]])は[[イギリス]]の女性[[小説家]]、[[評論家]]。 |
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== 生い立ち== |
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[[Image:Cameron julia jackson.jpg|thumb|ウルフの母ジュリア・スティーヴンのポートレート(ジュリアの伯母[[ジュリア・マーガレット・カメロン]]撮影)]] |
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1882年1月25日、父[[レズリー・スティーヴン]]と、母ジュリアの間にロンドンに生まれる。両親ともに再婚だったため、一家の七番目の子供であった。 |
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ウルフは[[1882年]][[1月25日]]、[[ロンドン]]にて父[[レズリー・スティーヴン]]と、母ジュリア・プリンセップ・スティーヴン (旧姓ジャクソン) との間の7人目の子供アデリーン・ヴァージニア・スティーヴンとして生まれた。ウルフの父、レズリー・スティーヴン (1832年 - 1904年) は歴史家、伝記作家、批評家、編集者、そして登山家であり<ref>{{cite book|first=Alan |last=Bell|chapter= Stephen, Sir Leslie (1832–1904)|title= Oxford Dictionary of National Biography|publisher= Oxford University Press|date= September 2004}} online edn, May 2006</ref>『[[英国人名事典]]』''Dictionary of National Biography''の編纂者として知られる。このことはウルフが後に実験的な伝記を書いたことに影響を与えたものと考えられる。母親のジュリア (1846年 - 1895年) はジョン・ジャクソンとマリア・ジャクソンの間に[[ムガル帝国]]末期の[[インド]]で生まれ、後に母とイギリスに移った。著名な写真家[[ジュリア・マーガレット・カメロン]]は伯母である。母ジュリアは美人の誉れ高く、[[エドワード・バーン=ジョーンズ]]など[[ラファエル前派]]のモデルもつとめた<ref>[http://libproxy.smith.edu/libraries/libs/rarebook/exhibitions/stephen/31a.htm Smith College libraries biography of Julia Prinsep Stephen]</ref> 。 |
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ウルフは[[ケンジントン]]の高級住宅街サウス・ケンジントンのハイドパークゲート22番地の家で、文学に造詣が深く、豊かな人脈を知己に持つ両親のもとで育った。両親はともに再婚で、一家には3つの婚姻による子供がいた。母のジュリアは最初の夫ハーバート・ダックワースとの間に{{仮リンク|ジョージ・ハーバード・ダックワース|label=ジョージ|en|George Herbert Duckworth}}、ステラ、{{仮リンク|ジェラルド・ダックワース|label=ジェラルド|en|Gerald Duckworth}}の3人の子供がいた。父レズリーは、[[ウィリアム・サッカレー]]の娘、ハリエット・マリアン ("ミニー") サッカレー (1840年 - 1875年) と結婚して、娘のローラ・メイクピース・スティーヴンがあった。ローラは精神障害と診断されて家族とともに暮らしていたが、1879年施設に入った<ref name="Meyer">Robert Meyer, 1998, Case Studies in Abnormal Behaviour, Allyn and Bacon</ref>。レズリーとジュリアの間には、[[ヴァネッサ・ベル|ヴァネッサ]] (1879年)、[[トビー・スティーヴン|トビー]] (1880年)、ヴァージニア (1882年)、[[エイドリアン・スティーヴン|エイドリアン]] (1883年) の4人の子どもがいた、計8人の子供がいる再婚家族であった。 |
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父、レズリー・スティーヴンは文芸評論家、哲学者であり、『イギリス人名辞典』(''Dictionary of National Biography'')の編集によって有名である。母ジュリアは[[1895年]]、48歳で死去。当時13歳であったヴァージニアに大きな衝撃を与える。また少女時代に異父兄から何らかの[[性的虐待]]を受けたことが明らかになっているが、その程度については論争がある。 |
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レズリー・スティーヴンは自身が著述家であったことに加えて、最初の妻の父であるウィリアム・サッカレーとのつながりもあったので、子どもたちは[[ヴィクトリア朝文学]]界の影響の色濃い環境で育った。[[ヘンリー・ジェイムズ]]、ジョージ・ヘンリー=ルイス、ジュリア・マーガレット・カメロン、[[ジェイムズ・ラッセル・ローウェル|ジェイムズ・ラッセル・ロウエル]](ウルフの名付け親)なども一家の客であった。ジュリア・スティーヴンもまた知己に恵まれていた。ジュリアの一族からは、[[ヴィクトリア朝]]社会に名を馳せた美女が輩出しており、彼女たちはラファエル前派や初期の写真家たちのモデルもつとめた。このような影響に加えて、スティーヴン家の書斎には膨大な蔵書があり、ウルフやヴァネッサは古典や[[イギリス文学|英文学]]を書物から学んだ。姉妹とは異なり、エイドリアンとトビーは正規の教育を受け、[[ケンブリッジ大学]]で学んだが、ウルフはここで男女の性の違いを残念に思っていたという。 |
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[[1904年]]、父親が72歳で死去。その後、兄弟と姉[[ヴァネッサ・ベル]]とブルームズベリー地区に移り住む。兄のケンブリッジでの友人たちを主な構成員とするいわゆる[[ブルームズベリー・グループ]]が自然発生的に成立し、後の経済学者[[ケインズ]]や、ヴァージニアの将来の夫となったレナード・ウルフもまた、この友人の輪に属していた。このグループは[[1910年]]「[[偽エチオピア皇帝事件]]」に参加する。 |
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[[File:Burne ,Princess Sabra Led to the Dragon.jpg|thumb|left|[[エドワード・バーン=ジョーンズ]]がジュリア・プリンセップ・スティーヴンをモデルに描いた『竜のもとに行く王女サブラ』(1866年)]] |
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[[1915年]]処女作『船出』(''The Voyage Out'')を発表。小説家としての道を歩み始める。代表作としては『[[ダロウェイ夫人]]』(''Mrs. Dalloway''、1925)、『灯台へ』(''To the Lighthouse''、1927)、『波』(''The Waves'' 、1931)などがあげられる。[[モダニズム]]の旗手として実験的な手法を用い、特に[[意識の流れ]]手法で登場人物たちの心理を深く掘り下げ高い評価を得た。 |
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ウルフの回想によれば、子ども時代の最も鮮明な記憶はロンドンのものではなく、[[コーンウォール|コーンウォール州]]の[[セント・アイヴス]]のものである。一家は1895年まで毎年夏をここで過ごした。スティーヴン家のサマーハウスであったタランド・ハウス{{sfn|1892|MS Thr 562}}は、手を入れられ当時とは少々違ってはいるが、今もポースミンスター湾を見下ろす場所にある。ここで家族で休暇を過ごした思い出やゴドレヴィー灯台などの風景は、ウルフの作品、ことに『灯台へ』の下敷きになっている。 |
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文芸・社会評論でも活躍。[[1919年]]に発表された評論 ''Modern Fiction'' でモダニストとしての立場と視点を明らかにする。また、『自分自身の部屋』(''A Room of One's Own''、1929)、『三ギニー』(''Three Guineas''、1938)などで[[フェミニスト]]そして、[[平和主義者|パシフィスト]]として女性と創作活動、女性と平和などの問題を取り扱った。 |
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1885年、13歳の時に母が48歳で急死し、その2年後の異父姉ステラが死んだことによって、ウルフは[[神経衰弱 (精神疾患)|神経衰弱]]を発病した。このような状態ではあったが、1897年から1901年の間に、[[ギリシア語|ギリシャ語]]、[[ラテン語]]、[[ドイツ語]]と歴史の課程をロンドンの[[キングス・カレッジ・ロンドン|キングス・カレッジ]]の女子部で履修し、いくつかの科目においては学位レベルまで修めた。ウルフはここで、クララ・ピーター、ジョージ・ワー、そしてキングズ・カレッジ女子部の校長で{{仮リンク|スティームボート・レディーズ|en|Steamboat ladies}}のメンバーとして知られているリリアン・フェイスフルなど、女子高等教育の草創期の改革者たちと出会った<ref>{{cite journal|first1=Christine Kenyon |last1=Jones |first2= Anna |last2=Snaith|title= "Tilting at Universities": Woolf at King’s College London|journal= Woolf Studies Annual| volume= 16|year= 2010| pages= 1–44}}</ref>。姉のヴァネッサもここでラテン語、[[イタリア語]]と建築を学んだ。 |
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生涯、神経的発作に悩まされる。[[第二次世界大戦]]中の[[1941年]]3月28日、ウーズ川へ散歩に出かけ[[入水]][[自殺]]。書斎に夫レナードと、姉[[ヴァネッサ・ベル|ヴァネッサ]]への書き置きが残されていた。遺作『幕間』(''Between the Acts''、1941)は死後出版された。 |
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1904年に父が72歳で死去した。この時ウルフは深刻な虚脱状態に陥り、一時的に入院治療した<ref>Bell 1996: 44</ref>。神経衰弱と繰り返す欝状態を、甥で伝記作家のクウェンティン・ベル{{sfn|Quentin|1977}}ら現代の学者はウルフとヴァネッサが異父兄ジョージとジェラルド・ダックワースから[[性的虐待]]を受けていたことに関連付けている。(ウルフはこのことについて自伝的エッセイ''A Sketch of the Past''<ref>{{cite book|year= 1940|title= A sketch of the past|oclc=122592691}}</ref>、''22 Hyde Park Gate''<ref>{{cite book|year= 1932|title= 22 Hyde Park Gate|oclc=122548523}}</ref> で回想している。)生涯を通して、ウルフは周期的な気分の変化や神経症状に悩まされた。この不安定さは彼女の社交生活には影響を与えたが、文筆活動は一生を通してほとんど中断することなく続けられた。 |
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==ブルームズベリー・グループ== |
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[[Image:Dreadnought hoax.png|thumb|偽エチオピア皇帝事件 左端の髭の人物がウルフ]] |
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父が亡くなり、ウルフが二度目の神経痙攣を起こしてから、ヴァネッサとエイドリアンはハイドパークゲート22番地の家を売却して[[ブルームスベリー|ブルームズベリー]]地区のゴードンスクエア46番地に家を買った。ここで、ウルフは[[リットン・ストレイチー]] 、クライヴ・ベル、[[ルパート・ブルック]]、サクソン・シドナー=ターナー、ダンカン・グラント、レナード・ウルフ、[[ロジャー・フライ]]ら、ブルームズベリー・グループとして知られる著述家や芸術家の知的サークルの中心人物たちと知り合った。このうち数人のメンバーは1910年の[[偽エチオピア皇帝事件]]に加わり、ウルフはこの時、[[アビシニア]]の王族の男性に扮装した。この件についてウルフが1940年に行った発言記録が発見され ''The Platform of Time'' (増補改訂版) (2008年){{sfn|Rosenbaum|2007}}に収められている。1907年、ヴァネッサはクライヴ・ベルと結婚した。二人の[[アヴァンギャルド|前衛芸術]]への関心はウルフの作品に重要な影響を与えたものと思われる{{sfn|Briggs|2006|pages= 69–70}}。 |
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ウルフは1912年、作家のレナード・ウルフと結婚した。レナードの不自由な経済状態にもかかわらず(婚約中ウルフはレナードのことを「文無しのユダヤ人」と呼んでいた)二人は強い絆で結ばれていた。事実、ウルフは1937年の日記に「愛しあうこと。結婚後25年がたった今でも別れることは耐えがたい…求められるととても嬉しい。妻であること。私たちの結婚はこんなにも完璧なのだ」と記している。仕事の上でも二人は1917年にホガース・プレスを共同で始め、ともに働いた。ホガース・プレスはウルフの小説、[[T・S・エリオット]]、[[ローレンス・ヴァン・デル・ポスト]]などの著書を出版した<ref>{{cite news |author=Claire Messud |title=The Husband |date=10 December 2006 |work=[[ニューヨークタイムズ]] |url=http://www.nytimes.com/2006/12/10/books/review/Messud.t.html?_r=1&n=Top%2fFeatures%2fBooks%2fBook%20Reviews&oref=slogin |accessdate=10 August 2008}}</ref>。またドーラ・キャリントン{{sfn|1923|MS Thr 561}}やヴァネッサ・ベルなど同時代の芸術家にも仕事を発注した。 |
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[[File:Roger Fry - Virginia Woolf.jpg|thumb|left|ヴァージニア・ウルフの肖像 [[ロジャー・フライ]]画 1917年頃]] |
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ブルームズベリー・グループは性の問題について進歩的な立場をとっていた。1922年、ウルフは[[ハロルド・ニコルソン]]の妻、著述家で園芸家の[[ヴィタ・サックヴィル=ウェスト]]と出会う。二人はためらいがちに付き合い始め、性的な関係を持つようになったが、[[ヴィタ・サックヴィル=ウェスト|サックヴィル=ウエスト]]によるとそれは2度だけだったとのことである<ref>{{cite book|last1=Boynton|first1= Victoria |last2= Malin|first2= Jo |year=2005|title= Encyclopedia of Women's Autobiography|number= K-Z |publisher= Greenwood Press |page= 580}}</ref>。ウルフはサックヴィル=ウエストに『[[オーランドー]]』を捧げた。これは、3世紀の時間と男女の性を越えた主人公オーランドーの奇妙な伝記である。ヴィタ・サックヴィル=ウエストの息子のナイジェル・ニコルソンは「ヴィタのヴァージニアへの影響はすべて『オーランドー』に書かれている。文学史上最も長く、最も魅力的なラブレターである。この中でヴァージニアはヴィタを探求し、数世紀にわたる物語の中にヴィタを織りこみ、自在に操って両方の性を超えさせ、ヴィタと楽しみ、ヴィタに[[毛皮]]や[[レース (手芸)|レース]]や[[エメラルド]]を付けさせ、悩まし、翻弄し、そして、ヴィタのまわりに霧のヴェールを投げかけた」と書いている<ref>{{cite book|last=Blamires|first= Harry |yar=1983|title=A Guide to twentieth century literature in English|publisher= Routledge| page= 307|isbn= 978-0416364507}}</ref>。恋愛関係が終わった後も2人の女性は1941年にウルフが亡くなるまで友人であり続けた。ヴァージニア・ウルフは弟のエイドリアン、姉のヴァネッサとも親しくつき合い続けた。兄のトビーは26歳の時病死した。 |
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また、『[[源氏物語]]』の抄訳(1921-1933年)で知られる[[アーサー・ウェイリー]]もブルームズベリー・グループの一員で、ウルフも『[[ヴォーグ (雑誌)|ヴォーグ]]』の1925年7月号に『源氏物語』を評した文章を発表している<ref name=hosei>{{Cite journal|和書|author=タイラーロイヤル, 天野紀代子, ネルソンスティーヴン G., 阿部真弓 |url=https://hdl.handle.net/10114/9403 |title=シンポジウム 『源氏物語』の魅力 |journal=日本文学誌要 |ISSN=02877872 |publisher=法政大学国文学会 |year=2008 |month=mar |issue=77 |pages=2-33 |naid=120005479123}}</ref>。 |
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==作家活動== |
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ウルフの作家としての出発は、1900年にタイムズ・リテラリー・サプルメント([[タイムズ文芸付録]])に書いた[[ブロンテ姉妹|ブロンテ]]一家の故郷[[ハワース (イングランド)|ハワース]]についての記事である<ref>{{Cite web|和書|title=Virginia Woolf - in full Adeline Virginia Woolf, original surname Stephen (ヴァージニア・ウルフ - 本名アデライン・ヴァージニア・ウルフ、旧姓スティーブン)|first1=Petri |last1=Liukkonen |others= Ari Pesonen|publisher= Kuusankosken kaupunginkirjasto |edition= 2008|url=http://www.kirjasto.sci.fi/vwoolf.htm|accessdate=2007-10-05|archiveurl=https://web.archive.org/web/20150128025206/http://www.kirjasto.sci.fi/vwoolf.htm|archivedate=2015-01-28|url-status=dead|url-status-date=2017-09}}</ref>。処女作『船出』は1915年、異父兄が経営するジェラルド・ダックワース・アンド・カンパニーから出版された。この小説はもとは『メリンブロシア』という書名だったが{{sfn|Haule|1982|pages= 100–104}}、ウルフは何度も校正を重ねた。ウルフ研究者のルイーズ・デサルボは『船出』の初期の版を再構成し、ウルフが使おうとしていた『メリンブロシア』のタイトルで発表した。デサルボはウルフが行った修正の多くは、ウルフ自身の人生の変化に応じたものであると論じている{{sfn|Haule|1982|pages= 100–104}}。 |
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[[Image:StracheyWoolf.jpg|thumb|ガーシントン・マナーのリットン・ストレイチーとウルフ 1923年<ref name="Lee"/>]] |
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ウルフは著名な知識人の一人として小説や評論の発表を続け、批評家からも一般からも高い評価を得た。ウルフの著作の多くはホガース・プレスから出版された。ウルフは20世紀の最も偉大な小説家で[[モダニズム文学]]の旗手と目されている<ref>{{cite journal|title= Critical Essays on Virginia Woolf|first= Morris |last= Beja|year= 1985|chapter= Introduction| page= 1|isbn= 9780816187539|oclc= 489561837|ref=harv}}</ref>。 |
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ウルフは英文学における重要な革新者のひとりとされている。実験的な手法を用い、特に[[意識の流れ]]手法で登場人物たちの心理を深く掘り下げ高い評価を得た。[[第二次世界大戦]]後ウルフの評価は急激に低下したが、1970年代の[[フェミニズム]]文芸批評によって再評価された{{ref|Beja|1985|pages=1, 3, 53}}。 |
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ウルフの著作はイギリス、[[アッパーミドル|中流階級]]の[[インテリ|知識階級]]の狭い世界を型通りに描いていると批判された。[[ユダヤ人]]の夫と幸福な結婚をしているにもかかわらず、[[反ユダヤ主義]]者であると批判する者もあった。この批判はウルフがユダヤ人の登場人物を外見上醜く、下品に描くなどしばしば一般化された典型的な人物像として描いたことによる<ref>{{cite journal|title=Tales of abjection and miscegenation: Virginia Woolf's and Leonard Woolf's Jewish stories|journal=Twentieth Century Literature|date= Fall, 2003 |first= Leena Kore |last= Schroder|url= https://archive.is/20120629005937/findarticles.com/p/articles/mi_m0403/is_3_49/ai_n6130106/pg_17/|accessdate= }}</ref>。1920年代、30年代における圧倒的で急激な反ユダヤ主義の高まりがウルフに影響を及ぼしていた可能性はある。日記に「私はユダヤ人の声が好きではない。ユダヤ人の笑い方も好きではない」と書いている。 |
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また、ウルフはレナードのユダヤ人であることを嫌がった自分は「[[スノッブ]]」だったと回想している。作曲家エセル・スミスに書いた1930年の手紙が、伝記『ヴァージニア・ウルフ』(ナイジェル・ニコルソン)に引用されている。「ユダヤ人と結婚するのがどんなに嫌だったか。だって、彼らは生命力に満ちあふれているのですから。私はなんて“スノッブ”なんでしょう。」同じくエセル・スミスに宛てた別の手紙では、「私のユダヤ人(レナード)は足指の爪一枚ですらもっと宗教的で、髪の毛一本にさえずっと深い人類愛がある」と書き、キリスト教信仰を独善的な自己中心主義であると容赦なく批判している<ref>{{cite journal|title= The Letters of Virginia Woolf (1932–1935)|volume=5 |first1= Nigel |last1=Nicolson |first2= Joanne |last2= Trautmann|year= 1979|page= 321}}</ref>。ウルフと夫レナードは1930年代の反ユダヤ主義をともなった[[ファシズム]]を嫌い、恐れており、二人の名は[[アドルフ・ヒトラー|ヒトラー]]のブラックリストに載っていた。1938年の作品『三ギニー』は[[平和主義者|パシフィスト]]としてのウルフのファシズムに対する批判である<ref name="DVD 2003">{{cite video|title= The Hours|medium= DVD|year=2003}} 収録作は"Special Features"、"The Mind and Times of Virginia Woolf"、"Critical Essays on Virginia Woolf"。</ref>。 |
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小説家として際立った特色を持っているために本来の魅力が隠れがちであるが、ウルフは英文学において重要な[[叙情|抒情]]的な作家である。ウルフの小説はまた、非常に実験的である。何事も起こらないありふれた物語が、それを受け取る登場人物の意識の中で時に歪み、時に崩れる。独特な抒情性と文体の妙技が相まって、視覚的、聴覚的印象にみちあふれた世界を作り出している<ref name="DVD 2003"/>。 |
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ヴァージニア・ウルフの鮮やかな詩的幻想は、彼女の作品の多くにみられるように、時には陳腐なまでの平凡な日常を特別なものへと高める。例えば、『ダロウェイ夫人』では、クラリッサ・ダロウェイという中年の上流階級の女性がパーティを開く準備が筋の中心になっているが、それと平行して、第一次大戦で深刻な心の傷を負って帰還した労働者階級の復員軍人セプティマス・ウォレン・スミスの一日が語られる{{sfn|Beja|1985|pages=13, 53}}。 |
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『灯台へ』(1927年)は10年の時を隔てた2日の物語である。ラムジー一家の灯台行きをめぐる期待と回想とそれにまつわる家族の心理的な緊張が話の中心になっている。この小説の主要テーマの一つは、家族のドラマの只中で何とか絵を描こうとする画家リリー・ブリスコー の制作過程での苦労である。また、この小説は戦時下での国民の生活と、時代から取り残された人々についての思索でもある。さらに、時間の経過を、そして、女性の精神的な強さを男性が奪うようにいかに社会が仕向けているかを描いている{{sfn|Beja|1985|pages=15-17}}。 |
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『[[オーランドー]]』(1928年)はヴァージニア・ウルフの小説の中で娯楽的な要素の強い作品である。3世紀も生き続けているのに30代から年をとらない若い貴族(男性から突然女性に変身する)の茶番劇風の伝記になっている。この作品は、一面ではウルフの恋人であったヴィタ・サックヴィル=ウエストの肖像でもある。先祖から受け継いだ家屋敷を失ったヴィタを慰めるために書かれたが、同時にヴィタとその作品の風刺もしている。『オーランドー』では、作中の仰々しい伝記作家を通して歴史的な伝記作家の手法を揶揄している<ref>{{cite book|title= The Novels of Virginia Woolf|first= Hermione |last= Lee|year= 1977|pages= 138–157}}</ref>。1937年[[ホルヘ・ルイス・ボルヘス]]がスペイン語訳を刊行している。ボルヘスは他にエッセイ『自分だけの部屋』を訳している。 |
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『波』(1931年)は6人の友人グループの回想であるが、それぞれの内的独白というより朗唱に近く、繰り返す波のような雰囲気は、筋書き中心の小説よりも散文詩に似ている{{sfn|Beja|1985|page= 19}}。1937年に[[マルグリット・ユルスナール]]<ref>ウルフとも面会している。『空間の旅・時間の旅 ユルスナール・セレクション5』(白水社、2002年)にウルフ論がある。</ref>がフランス語訳を出した。 |
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『[[フラッシュ 或る伝記]]』(1933年)は部分的には創作、そして部分的にはヴィクトリア朝の詩人[[エリザベス・バレット・ブラウニング]]の飼い犬[[コッカースパニエル]]のフラッシュの伝記である。ウルフは[[ロバート・ブラウニング]]と[[エリザベス・バレット]]のロマンスを題材にしたルドルフ・ベジエの戯曲『ウィンポール通りのバレット家』(フラッシュの存在が際立っている)に着想を得て書いた。ベジエの戯曲は1932年、女優のキャサリン・コーネルによって上演された。 |
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遺作となった『幕間』(1941年)では、芸術による人生の変容、性に対する[[アンビバレンス|両価的]]な見方、時間の流れと人生についての思索といったウルフの主要な関心事を衰弱と復活として、英文学史のほとんど全てを取り込みながら、高度な想像力による象徴的な語りで描いている。この作品は感覚だけでなく文体においてもウルフの全作品中最も抒情的なもので、主に[[韻文]]で書かれている{{sfn|Beja|1985|page=24}}。ウルフの作品は、ことに純理論的な合理性への偏向について、一貫してブルームズベリー・グループ(特にG・E・ムーア)との関連において理解されているが、作品はメンバーの理念の単純な復唱ではない<ref>{{cite journal|url= http://www.facingthechallenge.org/himmelfarb.php |title= From Clapham to Bloomsbury: a genealogy of morals|archiveurl= https://web.archive.org/web/20070607130045/http://www.facingthechallenge.org/himmelfarb.php |date=2007年6月7日|archivedate= 2007-06-07|author= Gertrude Himmelfarb, Professor|year= 2001}}</ref>。 |
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ウルフ作品は、50言語以上に訳されている。日本でも[[2010年代]]以降も新訳刊行されている。 |
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==死== |
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『幕間』(没後出版された)の原稿を完成させた後、ウルフは以前にも経験したのと同様の[[躁うつ病]]状態に陥った。第二次大戦が勃発し、[[ザ・ブリッツ|ロンドン大空襲]]によって家が破壊されたこと、亡くなった友人ロジャー・フライの伝記の評判が芳しくなかったことで症状は重くなり、仕事ができない状態になった<ref name="Lee">Lee, Hermione: "Virginia Woolf." Knopf, 1997.</ref> 。1941年3月28日、ウルフはコートをはおり、そのポケットに石をつめて自宅近くのウーズ川で入水自殺した。ウルフの死体は1941年4月18日まで見つからなかった<ref>{{cite book|last=Panken|first=Shirley|title=Virginia Woolf and the "Lust of Creation": a Psychoanalytic Exploration|url=https://books.google.co.jp/books?id=de4UyeBbCIwC&pg=PA260&redir_esc=y&hl=ja|accessdate=gust 2009|year=1987|publisher=SUNY Press|isbn=9780887062001|pages=260–262|chapter="Oh that our human pain could here have ending" – Between the Acts}}</ref>。夫のレナードはウルフを火葬し、ウルフの遺骨を[[サセックス|サセックス州]]ロドメル村にある自邸モンクス・ハウスの庭の[[ニレ|楡]]の木の下に埋葬した。 |
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書斎に夫レナードと、姉ヴァネッサへの書き置きが残されていた。 |
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{{quotation|最愛のあなた<br /> |
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また自分の頭がおかしくなっていくのが分かります。私たちはあのひどい時期をもう二度と乗り切ることはできないでしょう。それに今度は治りそうもありません。声が聞こえるようになって集中できないのです。だから最善と思うことをします。あなたは私をこれ以上ないほど幸せにしてくれました。あなたは誰にも代えがたい人でした。二人の人間が私達ほど幸せになれることはないでしょう。この恐ろしい病気が始まるまでは。もう戦うことができません。私はあなたの人生を犠牲にしています。私がいなければあなたは自分の仕事ができるのですから。あなたはできるはずです。もうこの文章さえきちんと書けません。読むこともできません。言っておきたいのは、私の人生の幸せはすべてあなたのおかげだったということです。あなたは私に対してとても忍耐強く、信じられないほどよくしてくれました。他の人たちも分かっています。もし誰かが私を救ったとしたら、それはあなたでした。私にはもう何も残っていませんが、あなたの優しさだけは今も確信しています。これ以上あなたの人生を無駄にするわけにはいかないのです。今までの私たち以上に幸せな二人は他にはありません。 V(レナードに宛てた書き置き)<br /><ref name="Rose">{{cite book|last=Rose|first=Phyllis|title=Woman of Letters: A Life of Virginia Woolf|publisher=Routledge|year=1986|pages=243|isbn=0863580661|url=https://books.google.co.jp/books?id=Nco9AAAAIAAJ&pg=PA243&dq=%22I+don%27t+think+two+people+could+have+been+happier+than+we+have+been.%22&redir_esc=y&hl=ja|accessdate=24 September 2008}}</ref>}} |
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==現代の研究と解釈== |
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近年のヴァージニア・ウルフ研究は、アイリーン・バレットとパトリシア・クレーマー編の批評集''Virginia Woolf: Lesbian Readings''<ref>{{cite book|last1=Barrett|first1= Eileen|first2= Patricia |last2=Cramer|year= 1997|title= Virginia Woolf: Lesbian Readings|location= New York|publisher= NYU Press|ref=harv}}</ref> に見られるように、フェミニストと[[レズビアン]]の観点が中心になっている。これに対して、ルイーズ・デサルボ (Louise A.DeSalvo) は、1989年の著書''Virginia Woolf: The Impact of Childhood Sexual Abuse on her Life and Work''<ref>{{cite book|ncid= BA07009754|author= DeSalvo, Louise A. |title =Virginia Woolf : the impact of childhood sexual abuse on her life and work |publisher =Beacon Press |year=1989}}</ref> の中で、ウルフの人生と業績を若い頃ウルフが経験した近親による性的虐待の観点から読んでいる。 |
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ウルフの作品はまた、戦時神経症、戦争、[[社会階級|階級]]、現代イギリス社会などの問題に対する理解の手立てとしても研究されている。最もよく知られた[[ノンフィクション]]作品『自分自身の部屋』や『三ギニー』は、法的、経済的な力を男性が不当に配分されており、女性の教育や社会における女性の将来が男性に握られていることによって、女性作家や女性の知識人が直面する困難を考察している。[[シモーヌ・ド・ボーヴォワール]]は著書『[[第二の性]]』(1949年)の中で、「これまでのすべての女性作家の中で既定の条件について探求しようとした女性作家は、[[エミリー・ブロンテ]]、ウルフ、そして“時々”[[キャサリン・マンスフィールド]]の3人だけである」と書いている<ref>{{cite book|author=Beauvoir, Simone de|others=Trans. Constance Borde and Sheila Malovany-Chevallier|title=The Second Sex|year=1949 (translated 2009)|publisher=Random House: Alfred A. Knopf|isbn=978-0-307-26556-2|page=748}}</ref>。 |
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レナード・ウルフがもたらした影響についても様々に議論されている。アイリーン・コーツの著書''Who's Afraid of Leonard Woolf?: A Case for the Sanity of Virginia Woolf''<ref>{{cite book|last=Coates|first= Irene|year= 2000|title= Who's afraid of Leonard Woolf?: a case for the sanity of Virginia Woolf|location= New York|publisher= Soho|oclc=882844834}}</ref> では、レナード・ウルフの妻への対応がウルフの病気を助長し、結果として死の原因となったとしている。レナードの家族はこの立場を受け入れていないが、充分に調査して書かれており、従来のヴァージニア・ウルフの生涯についての解釈の空白を一部埋める内容になっている。一方、ヴィクトリア・グレンディニングは著書 ''Leonard Woolf: A Biography''<ref>{{cite book|last=Glendinning|first= Victoria|yar= 2006|title= Leonard Woolf|location= London|publisher= Simon & Schuster|isbn=9780743220309 |oclc=474970692}}</ref> で「レナード・ウルフは妻を支えただけでなく、生活と生きて書くことが出来る環境を与えることで、ウルフが生きることを可能にさせた」と述べ、ウルフと同時代の記録、ウルフ自身の日記を裏付けとしている<ref>{{Cite web|url=http://www.commentarymagazine.com/cm/main/viewArticle.aip?id=10801|title=Mr. Virginia Woolf|publisher=Commentarymagazine.com|date=|accessdate=2008-09-08|archiveurl=https://web.archive.org/web/20061207121409/http://www.commentarymagazine.com/cm/main/viewArticle.aip?id=10801|archivedate=2006-12-07|url-status=dead|url-status-date=2017-09}}</ref>。 |
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存命中にも一冊の伝記が出版されてはいるが、ヴァージニア・ウルフの生涯についての最初の公式の研究は1972年、彼女の甥のクエンティン・ベルによって書かれた。 |
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1992年、トーマス・カラマーニョは''The Flight of the Mind: Virginia Woolf's Art and Manic-Depressive Illness''を出版した。 |
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ハーマイオニー・リーが著した伝記 ''Virginia Woolf'' (1996年)はウルフの生涯と仕事についての、徹底的かつ権威ある研究成果とされている。 |
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2001年、ルイーズ・デサルボとミッチェル・A・リースカは''The Letters of Vita Sackville-West and Virginia Woolf''を編集した。2005年に出版されたジュリア・ブリッグスの''Virginia Woolf: An Inner Life''はウルフの生涯についての最も新しい研究成果である。この本は、小説と創作することについての評論を含むウルフの著作に焦点をあて、ウルフの生涯を浮かび上がらせている。トーマス・サズの著書My ''Madness Saved Me: The Madness and Marriage of Virginia Woolf''は2006年出版された。 |
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リタ・マーティンの戯曲''Flores no me pongan'' (2006年)はウルフの人生の最後の時間をとりあげ、[[両性愛]]、ユダヤ人であること、戦争についてなどの論点をとりあげている。スペイン語で書かれ、Miriam Bermudez監督でマイアミで上演された。 |
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[[File:Virginia Woolf, Tavistock Square, London.JPG|thumb|ロンドン、[[タヴィストック広場]]のウルフの胸像 2004年]] |
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== 作品の一覧 == |
== 作品の一覧 == |
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=== 小説 === |
=== 小説 === |
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*''The Voyage Out'' 1915年、邦題『{{仮リンク|船出 (小説)|en|The Voyage Out|label=船出}}』<ref>{{cite book|和書|ncid= BB22857144|author1= Woolf, Virginia|author2= [[川西進]] 訳 |title = 船出 | |
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*''[[:en:The Voyage Out|The Voyage Out]]'' [[1915年]] 邦題『船出』 |
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publisher = 岩波文庫 上・下 |year= 2017 }}</ref> |
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*''[[:en:Night and Day (Woolf novel)|Night and Day]]'' [[1919年]] 邦題『夜と昼』 |
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*''Night and Day'' 1919年、邦題『{{仮リンク|夜と昼 (ヴァージニア・ウルフの小説)|en|Night and Day (Woolf novel)|label=夜と昼}}』<ref>{{cite book|和書|ncid= BN01006642|author1= Woolf, Virginia|author2 = 亀井規子 訳 |title = 夜と昼 |publisher = みすず書房 |year= 1977 |series= ヴァージニア・ウルフ著作集1 |others=[[福原麟太郎]] 監修、黒沢茂 編 |number= 1}}</ref> |
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*''[[:en:Jacob's Room|Jacob's Room]]'' [[1922年]] 邦題『ジェイコブの部屋』 |
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*''Jacob's Room'' 1922年、邦題『{{仮リンク|ジェイコブの部屋|en|Jacob's Room}}』<ref>{{cite book|和書|ncid=BN0185659X|author1= Woolf, Virginia |author2 = 出淵敬子 訳 |title = ジェイコブの部屋 |publisher = みすず書房 |year= 1977 |series= ヴァージニア・ウルフ著作集2 |others= 福原麟太郎 監修、黒沢茂 編 |number= 2}}新版・文遊社、2021年</ref> |
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*''[[:en:Mrs Dalloway|Mrs Dalloway]]'' [[1925年]] 邦題『[[ダロウェイ夫人]]』 |
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*''Mrs Dalloway'' 1925年、邦題『[[ダロウェイ夫人]]』 |
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*''[[:en:To the Lighthouse|To the Lighthouse]]'' [[1927年]] 邦題『灯台へ』 |
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*''To the Lighthouse'' 1927年、邦題『[[灯台へ]]』 |
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*''[[:en:Orlando: A Biography|Orlando]]'' [[1928年]] 邦題『オーランドー』 |
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*''Orlando'' 1928年、邦題『[[オーランドー]]』 |
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*''[[:en:The Waves|The Waves]]'' [[1931年]] 邦題『波』 |
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*'' |
*''The Waves'' 1931年、邦題『[[波 (ウルフ)|波]]』 |
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*''The Years'' 1937年、邦題『{{仮リンク|歳月 (ヴァージニア・ウルフの小説)|en|The Years|label=歳月}}』<ref>{{cite book|和書 |ncid=BN04494123 |author1=Woolf, Virginia |author2=大澤実 訳 |title=歳月 |publisher=三笠書房 |year=1958}}新版・文遊社、2013年。ISBN 4892571016</ref> |
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*''[[:en:Between the Acts|Between the Acts]]'' [[1941年]] 邦題『幕間』 |
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*''Between the Acts'' 1941年、邦題『{{仮リンク|幕間 (小説)|en|Between the Acts|label=幕間}}』<ref>{{cite book|和書 |ncid=BN01416225 |author1=Woolf, Virginia |author2=外山弥生 訳 |title=幕間 |publisher=みすず書房 |year=1977 |series=ヴァージニア・ウルフ著作集6 |others=福原麟太郎 監修、黒沢茂 編 |number=6}}新訳版『幕間』[[平凡社]]ライブラリー、片山亜紀訳、2020年。ISBN 4582768970</ref> |
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===短編フィクション=== |
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=== 伝記 === |
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===短編=== |
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*''[[:en:Flush: A Biography|Flush: A Biography]]'' (1933) 邦題『フラッシュ』 |
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*''[[:en:Roger Fry: A Biography|Roger Fry: A Biography]]'' (1940) 邦題『ロジャー・フライ伝』 |
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*"Phyllis and Rosamond"『フィリスとロザモンド』 |
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*"The Mysterious Case of Miss V."『ミス・Vの不思議な一件』 |
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*"The Journal of Mistress Joan Martyn"『ジョウン・マーティン嬢の日記』 |
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*"A Dialogue upon Mount Pentelicus" |
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*"Memoirs of a Novelist" |
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*"The Mark on the Wall" (1917)『{{仮リンク|壁の染み|en|The Mark on the Wall}}』 |
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*"Kew Gardens" (1919)『{{仮リンク|キュー植物園 (短編)|en|Kew Gardens (short story)|label=キュー植物園}}』 |
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*"The Evening Party" |
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*"Solid Objects" (1920)『堅固な対象』 |
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*"Sympathy" (1921)『同情』 |
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*"An Unwritten Novel" (1920)『書かれなかった長篇小説」 |
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*"A Haunted House" (1921)『憑かれた家』『幽霊屋敷』 |
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*"A Society" (1921)『ある協会』 |
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*"Monday or Tuesday" (1921)『[[月曜日あるいは火曜日]]』 |
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*"The String Quartet" (1921)『弦楽四重奏団』 |
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*"Blue & Green" (1921)『青と緑』 |
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*"A Woman's College from Outside" (1926)『外から見たある女子学寮』 |
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*"In the Orchard" (1923)『果樹園の中で』 |
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*"Mrs Dalloway in Bond Street" (1923)『ボンド通りのダロウェイ夫人』 |
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*"Nurse Lugton's Curtain"『乳母ラグトンのカーテン』 |
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*"The Widow and the Parrot: A True Story" (1985)『{{仮リンク|寡婦とオウム: ある実話|es|La viuda y el loro}}』 |
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*"The New Dress" (1927)『{{仮リンク|新しいドレス (短編)|en|The New Dress (short story)|label=新しいドレス}}』 |
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*"Happiness"『幸福』 |
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*"Ancestors" |
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*"The Introduction"『』 |
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*"Together and Apart" |
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*"The Man who Loved his Kind" |
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*"A Simple Melody" |
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*"A Summing Up" |
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*"Moments of Being: ‘Slater's Pins have no Points’" (1928) |
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*"The Lady in the Looking-Glass" (1929) |
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*"The Fascination of the Pool"『池の魅力』 |
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*"Three Pictures" |
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*"Scenes from the Life of a British Naval Officer" |
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*"Miss Pryme" |
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*"Ode Written Partly in Prose" |
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*"Portraits" |
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*"Uncle Vanya" |
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*"The Duchess and the Jeweller" (1938)『{{仮リンク|公爵夫人と宝石商|en|The Duchess and the Jeweller}}』 |
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*"The Shooting Party" (1938) |
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*"Lappin and Lappinova" (1939)『ラピンとラピノヴァ…』 |
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*"The Searchlight"『サーチライト』 |
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*"Gypsy, the Mongrel" |
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*"The Legacy" |
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*"The Symbol"『微』 |
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*"The Watering Place"『水辺』 |
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==== 短編集 ==== |
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*''Two Stories''(1917年) |
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*''Monday or Tuesday''(1921年)邦題『[[月曜日あるいは火曜日]]』 |
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*''A Haunted House and Other Short Stories''(1944年)『{{仮リンク|憑かれた家|en|A Haunted House and Other Short Stories}}』 |
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=== 伝記作品 === |
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*''Flush: A Biography'' (1933) 邦題『[[フラッシュ 或る伝記]]』<ref>{{cite book|和書 |ncid=BN08948903 |author1=Woolf, Virginia |author2=出淵敬子 訳 |title=フラッシュ : 或る伝記 |publisher=みすず書房 |year=1993}}新版・白水Uブックス、2021年/岩崎雅之 訳、幻戯書房〈ルリユール叢書〉、2021年。ISBN 4864882150</ref> |
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*''Roger Fry: A Biography'' (1940) 邦題『{{仮リンク|ロジャー・フライ伝|en|Roger Fry: A Biography}}』<ref>{{cite book|和書|ncid=BA32443741|author1= Woolf, Virginia |author2 = 宮田恭子 訳 |title = ロジャー・フライ伝 |publisher = みすず書房 |year= 1997}}</ref> |
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=== ノンフィクション === |
=== ノンフィクション === |
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*''Modern Fiction'' (1919)『現代小説論』<ref>{{cite book|year=1996|title=Modern fiction. Narrative/Theory|publisher= |oclc=729074384}}</ref> |
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*''Modern Fiction'' (1919) |
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*''The Common Reader'' (1925)<ref>{{cite book|和書|ncid=BN09615225|author1= Woolf, Virginia |author2 = 村岡達二 訳 |title = ウルフ文学論 |publisher = 金星堂 |year= 1933 |series= 列冊新文学研究 |number= 評論部 第9篇}} 訳</ref><ref>選集『評論 ヴァージニア・ウルフ著作集7』朱牟田房子訳、みすず書房、1976年</ref> |
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*''The Common Reader'' (1925) |
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*''A Room of One's Own'' (1929) 邦題『{{仮リンク|自分自身の部屋|en|A Room of One's Own}}』<ref>{{cite book|和書|title= 私だけの部屋 : 女性と文学|author1=ヴァージニア・ウルフ |others= 西川正身; 安藤一郎 共訳 |publisher = [[新潮文庫]]|number= 366|year= 1952|id={{全国書誌番号|52006111}}}}</ref><ref>新訳『自分ひとりの部屋』片山亜紀 訳、[[平凡社]]ライブラリー、2015年。ISBN 4582768318</ref> |
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*''[[:en:A Room of One's Own|A Room of One's Own]]'' (1929) 邦題『自分自身の部屋』 |
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*''On Being Ill'' (1930) 邦題『{{仮リンク|病むことについて|en|On Being Ill}}』<ref>{{cite book|和書 |ncid=BA60349457 |author1=Woolf, Virginia |author2=[[川本静子]] 編訳 |title=病むことについて |publisher=みすず書房 |year=2002 |series=大人の本棚}}新版・同、2021年。ISBN 4622090244</ref> |
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*''[[:en:On Being Ill|On Being Ill]]'' (1930) 邦題『病むことについて』 |
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*''The Common Reader: Second Series'' (1932)<ref>{{cite book|ncid=BB00925251 |title = The common reader : first and second series |publisher = Harcourt, Brace |year= 1948}}</ref> |
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*''The London Scene'' (1931) |
*''The London Scene'' (1931) |
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*''Three Guineas'' (1938) 邦題『{{仮リンク|三ギニー|en|Three Guineas}}』<ref>{{cite book|和書|ncid=BA78000647|author1= Woolf, Virginia |author2 = [[出淵敬子]] 訳 |title = 三ギニー : 戦争と女性 |publisher = みすず書房 |year= 2006 |series= ヴァージニア・ウルフコレクション}}</ref><ref>『三ギニー:戦争を阻止するために』片山亜紀 訳、[[平凡社ライブラリー]]、2017年。ISBN 4582768601</ref> |
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*''The Common Reader: Second Series'' (1932) |
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*{{cite book|ncid=BA04024933 |title = The death of the moth and other essays |publisher = Hogarth Press |year= 1942}} |
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*''[[:en:Three Guineas|Three Guineas]]'' (1938) 邦題『三ギニー』 |
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*{{cite book|ncid=BA04024831 |title = The moment and other essays |publisher = Hogarth Press |year= 1947}} |
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*''The Death of the Moth and Other Essays'' (1942) |
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*{{cite book|ncid=BA0402627X |title = The captain's death bed, and other essays |publisher = Hogarth Press |year= 1950}} |
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*''The Moment and Other Essays'' (1947) |
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*{{cite book|ncid=BA0428154X |title = Granite and rainbow : essays |publisher = Hogarth Press |year= 1958}} |
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*''The Captain's Death Bed And Other Essays'' (1950) |
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*{{cite book|ncid=BA03776660|author1= Woolf, Virginia |author2= Lyon, Mary |title = Books and portraits : some furthur selections from the literary and biographical writings of Virginia Woolf |publisher = Hogarth Press |year= 1977}} |
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*''Granite and Rainbow'' (1958) |
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*{{cite book|ncid=BA05124489|author1= Woolf, Virginia |author2= Barrett, Michèle |title = Women and writing | |
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*''Books and Portraits'' (1978) |
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publisher = Women's Press |year= 1979}} |
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*''Women And Writing'' (1979) |
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* {{cite book|ncid=BA18501950 |title = Collected essays |publisher = Hogarth Press |year= 1966}} |
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* ''Collected Essays'' (four volumes) |
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*''Professions for Women and Other Essays'' (1931) 邦題『女性にとっての職業』<ref>『女性にとっての職業 エッセイ集』出淵敬子・川本静子 監訳、みすず書房、新装版2019年。ISBN 4622088231</ref> |
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===戯曲=== |
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== 映画作品との関連 == |
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* ''Freshwater: A Comedy'' (1923年初演, 1935年改訂, 1976年出版) |
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* [[オルランド]](小説の映画化) |
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* ダロウェイ夫人(小説の映画化) |
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===自伝的作品および日記=== |
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* [[めぐりあう時間たち]] |
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* {{cite book|title=A Writer’s Diary|year=1953}} – 邦題『{{仮リンク|ある作家の日記|en|A Writer's Diary}}』全日記よりの抜粋 |
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* {{cite book|title=Moments of Being|year=1976}} - 邦題『{{仮リンク|存在の瞬間 回想記|en|Moments of Being}}』<ref>共に各・みすず書房。「日記」は[[神谷美恵子]]訳、度々新版</ref> |
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* {{cite book|ncid=BA10326507|author1= Woolf, Virginia|author2=Bell, Anne Olivier |title = A moment's liberty : the shorter diary | publisher = Hogarth | year= 1990}} |
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* {{cite book|Ncid=BA04484365|author1= Woolf, Virginia|author2 =Bell, Quentin|author3 =Bell, Anne Olivier | title = The diary of Virginia Woolf | publisher = Hogarth Press | year= 1977|ref={{sfnref|Quentin|1977}}}} – V・ウルフの日記(1915年–1941年) |
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* {{cite book|ncid=BA11594964|author1= Woolf, Virginia|author2=Leaska, Mitchell Alexander | title = A passionate apprentice : the early journals, 1897-1909 | publisher = Hogarth Press | year= 1990}} |
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* {{cite book|ncid=BA22398130|author1= Woolf, Virginia|others =Morris, Jan(編集)| title = Travels with Virginia Woolf | publisher = Hogarth Press | year= 1993|ref=harv}} - V・ウルフのギリシャ旅日記。 |
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* {{cite book|ncid=BA89489130|author1= Woolf, Virginia|author2 =Rosenbaum, S. P. (Stanford Patrick) |title = The platform of time : memoirs of family and friends | publisher = Hesperus | year= 2007|ref={{sfnref|Rosenbaum|2007}}}} |
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===書簡集=== |
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* {{cite book|ncid=BA07797414|author1= Woolf, Virginia|author2 =Banks, Joanne Trautmann | title = Congenial spirits : the selected letters of Virginia Woolf | publisher = Hogarth | year= 1989}} |
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* {{cite book|ncid=BA03776230|author1= Woolf, Virginia|author2 =Nicolson, Nigel|author3 =Banks, Joanne Trautmann | title = The letters of Virginia Woolf | publisher = Harcourt Brace Jovanovich |year= 1975 |edition = 1st American ed}} 全6巻 (1975年–1980年) |
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* {{cite book|ncid= BA21664556|author1= Woolf, Virginia|author2 =Spalding, Frances | title = Paper darts | |
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publisher = Collins & Brown | year= 1992}} |
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===寄稿=== |
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* {{cite book|ncid=BA29255823|author= Gissing, George|others= Alfred Gissing (編) ; Woolf, Virginia (序文)| title = Selections autobiographical and imaginative from the works of George Gissing |location=London & New York| publisher = J. Cape | year= 1929}} |
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===アルバム=== |
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ハーバード大学図書館には{{仮リンク|フレデリック・R・コウク|en|Frederick R. Koch}}から1983年に受贈したウルフのアルバム6冊が「''Virginia Woolf Monk's House photograph album''」として収蔵され、デジタルデータ化されている{{sfn|MH-1|1866}}。モンクス家に集った両親ほか家族、友人や知人のなかに、当時の著名な人々の姿もあり{{sfn|MH-1|1866}}、ウルフ本人と家族や友人がお互いを撮影したと考えられる。第1巻はウルフ自身が写真の配置を決めたと推測される{{sfn|MH-1|1866}}。なお、巻号は受贈したときにすでに記されていた番号を反映。 |
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* 第1巻 [http://nrs.harvard.edu/urn-3:FHCL.HOUGH:4458847 MH-1 (1863年–1938年)] |
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**人物の肖像写真 ([[写真乾板]]、[[写真乾板#一般撮影用|キャビネ判]]、{{仮リンク|ゼラチン・シルバー・プリント|en|Gelatin silver process}}・冒頭の7ページ)<ref>{{cite report|df=ja|last= Woolf|first= Virginia|year= 1866|title= Virginia Woolf Monk's House photograph album |number=MH-1|ref={{sfnref|MH-1|1866}}}}</ref>。[[トーマス・ハーディ]]、[[オリバー・ウェンデル・ホームズ・ジュニア]]ほか{{efn|ウルフ本人と両親や家族、友人知人の肖像写真。8ページ目以降はダックワース、ヴァージニアの旧姓スティーブン、ウルフ家の家族のスナップショット。対象は姉ヴァネッサとジュリアン、ヴァージニアの甥クエンティン・ベル、母方の異父姉と夫ステラとジョージ・H・ダックワース、弟エイドリアンと異父姉ローラ、レオナルド・ウルフなど。またスリランカ赴任中のレオナルド (1908年前後から1912年頃・27頁-42頁) やレオナルドとベラ・シドニー兄妹のスウェーデン旅行 (1911年) の写真も含まれる<ref>{{cite report|df=ja|title=Virginia Woolf Monk's House Photograph Album, 1866-1914|number= MH-1 (MS Thr 557)|others= ハーバード大学コレクション|year=1866|url=http://id.lib.harvard.edu/alma/990122165420203941/catalog|ref={{sfnref|MS Thr 557|1866}}|oclc=733089861}}</ref>。}}。 |
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* 第2巻 [http://nrs.harvard.edu/urn-3:FHCL.HOUGH:4394409 MH-2 (1909年–1922年)] |
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**人物写真(ゼラチン・シルバー・プリント){{efn|ウルフ本人、クライブとクエンティンとヴァネッサ・ベル、マーガレット・ルウェリン・デイヴィス、T・S(トーマス・スターンズ)・エリオット、ロジャー・エリオット・フライ、E・M(エドワード・モーガン)・フォースター、アンジェリカ・ガーネット、ダンカン・グラント、リットン・ストレイシー、ベラ・シドニー・ウルフ。撮影地が特定されたものに、ウルフ邸、イギリス・サセックス州のモンク邸と通称アシャナムの他、チャールストン農場(イギリス、[[:en:Firle|West Firle]])ならびにバージニア州のウルフ姉妹の家である。第1巻と似てスリランカ赴任中のレオナルド(1909年前後から1912年頃)の写真もある<ref>{{cite report|df=ja|author=Woolf, V.|year=1909|title=Virginia Woolf Monk's House Photograph Album (1909-1922; Undated)|number= MH-2 (MS Thr 559)|others= ハーバード大学コレクション|oclc=733089865|url= http://id.lib.harvard.edu/alma/990122167560203941/catalog}}</ref>。}} |
|||
* 第3巻 [http://nrs.harvard.edu/urn-3:FHCL.HOUGH:4394410 MH-3 (1890年–1933年)] |
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**人物と景色の写真。写真アルバム(1863年-1938年)と、台紙に貼る前の写真(1890年-1933年)を含む([[鶏卵紙]]、ゼラチン・シルバー・プリント){{efn|第2巻と異なる顔ぶれは、ヴィヴィアンとT・S・エリオット、ジョン・メイナード・ケインズ、Lydia Lopokova、Lytton StracheyおよびV.(Victoria)Sackville-West<ref>{{cite report|df=ja|author=Woolf, V.|year=1863|title= Virginia Woolf Monk's House Photograph Album (1863-1938, bulk)|number= MH-3 (MS Thr 560)|others= ハーバード大学コレクション|url=http://id.lib.harvard.edu/alma/990122167800203941/catalog|oclc=731350055}} モノクロ原版1本。</ref>。}}。 |
|||
* 第4巻 [http://nrs.harvard.edu/urn-3:FHCL.HOUGH:4395032 MH-4 (1890年–1947年)] |
|||
**アルバム(1890年-1947年)と台紙に貼る前の写真、ゼラチン・シルバー・プリント (1923年-1939年){{efn|家や旅行、風景の写真。前巻と異なる被写体はドーラ・デ・ホートン・キャリントン(Dora de Houghton Carrington)、ラルフ・パートリッジくらい。初登場した撮影地にはHam Spray House(Marlborough、England)。ほとんどは風景や建物の画像で、ヴァージニアと夫がフランスで過ごした休暇中の旅行写真がある<ref>{{cite report|df=ja|author=Woolf, Virginia|title= Virginia Woolf Monk's House Photograph Album (1890-1947)|number= MH-4|others= ハーバード大学コレクション|year= 1923|url=http://id.lib.harvard.edu/alma/990122168220203941/catalog|ref={{sfnref|1923|MS Thr 561}}|oclc=740238491}}</ref>。}} |
|||
* 第5巻 [http://nrs.harvard.edu/urn-3:FHCL.HOUGH:4395033 MH-5 (1892年–1938年)] |
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**アルバム(1892年-1938年)ならびに日付不明の写真、ゼラチン・シルバー・プリント{{efn|家や旅行、風景の写真。前巻と異なる被写体はジョン・レーマン、ノエル・オリヴィエ、ウィリアム・プロマー、V・サックビルウェスト、とレスリー卿とジュリア・ダックワース・スティーブン。撮影地にはウルフ夫妻の出版業ホグワース、ヴァージニアが幼少期を過ごしたタランド・ハウス(イギリス、[[コーンウォール]]・セントアイブス)他とシシングハースト庭園を含む。ヴァージニア夫妻がイギリス、フランス、ドイツで過ごした休暇中の旅行写真も収めてある<ref>{{cite report|df=ja|author=Woolf, Virginia|title= Virginia Woolf Monk's House Photograph Album (1892-1938 and Undated)|number= MH-5|others= ハーバード大学コレクション|year= 1892|url= http://id.lib.harvard.edu/alma/990122168440203941/catalog|ref={{sfnref|1892|MS Thr 562}}|oclc=964385048}}</ref>。}} |
|||
* 第6巻 [http://nrs.harvard.edu/urn-3:FHCL.HOUGH:4420078 MH-6 (1850年–1900年)]<ref>{{cite journal|title= Guide to Library Special Collections|year=2018|journal=Woolf Studies Annual|volume=24|number=21|page= 185}}</ref> |
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**アルバム(1850年-1900年)ならびに日付不明の写真、鶏卵紙{{efn|家や旅行、風景の写真。前巻と異なる被写体は[[サラ・ベルナール]]、[[エリザベス・バレット・ブラウニング]]、ウィリアム・ガスケル、政治家の[[ウィリアム・グラッドストン|ウィリアム・ユワート・グラッドストン]]と[[エイブラハム・リンカーン]]、[[アルフレッド・テニスン|アルフレッド・テニーソン男爵]]、[[エレン・テリー]]他の著名人。ウルフの写真は載っていない<ref>{{cite report|df=ja|author1=Woolf, Virginia|title= Virginia Woolf Monk's House Photograph Album (circa 1850-1900 and Undated)|number= MH-6|others= ハーバード大学コレクション|year= 1850|url= http://id.lib.harvard.edu/alma/990122168840203941/catalog|ref={{sfnref|1850|MS Thr 563}}|oclc=964385049}}</ref>。}} |
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==伝記== |
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* {{cite book|title=Virginia Woolf|first = Nigel |last= Nicolson|location= New York|publisher= Penguin Group|year= 2000}} |
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**ナイジェル・ニコルソン 『ヴァージニア・ウルフ ペンギン評伝双書』 市川緑訳、岩波書店、2002年。[[ヴィタ・サックヴィル=ウェスト]]の息子 |
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* {{cite book|title=Virginia Woolf: A Biography|first = Quentin |last= Bell|location= New York|publisher= Harcourt Brace Jovanovich|year= 1972}} Revised editions 1990, 1996 |
|||
**クウェンティン・ベル 『ヴァージニア・ウルフ伝』 黒沢茂訳、みすず書房(全2巻)、1976-77年。[[ヴァネッサ・ベル]]の息子 |
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***他に『回想のブルームズベリー すぐれた先輩たちの肖像』 [[北條文緒]]訳、みすず書房、1997年 |
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* {{cite book|title=Vanessa and Virginia|first= Susan |last= Sellers |publisher=Two Ravens|year= 2008|ref=harv}} (Harcourt 2009) |
|||
**スーザン・セラーズ 『わが妹、ヴァージニア 芸術に生きた姉妹』 窪田憲子訳、[[彩流社]]、2018年。フィクション(詳細は下記) |
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* {{cite book|title=The Unknown Virginia Woolf|first = Roger |last= Poole|publisher= Cambridge UP|year= 1978}} |
|||
* {{cite book|title=The Invisible Presence: Virginia Woolf and the Mother-Daughter Relationship|first = Ellen Bayuk |last= Rosenman|publisher= Louisiana State University Press|year= 1986}} |
|||
* {{cite book|title=Virginia Woolf and the politics of style|first= Pamela J. |last= Transue|publisher= SUNY Press|year= 1986| ISBN= 0887062865}} |
|||
* {{cite book|title=The Victorian heritage of Virginia Woolf: the external world in her novels|first= Janis M. |last= Paul|publisher= Pilgrim Books|year= 1987| ISBN= 0937664731}} |
|||
* {{cite book|title=Virginia Woolf's To the lighthouse|first= Harold |last= Bloom|publisher= Chelsea House|year=1988|isbn=1555460348}} |
|||
* {{cite book|title=Virginia Woolf: the frames of art and life|first= C. Ruth |last= Miller|publisher= Macmillan|year= 1988|isbn=0333448804}} |
|||
* {{cite book|title=Virginia Woolf: The Impact of Childhood Sexual Abuse on Her Life and Work|first = Louise |last= DeSalvo|location= Boston|publisher=Little Brown|year= 1989}} |
|||
* {{cite book|title=A Virginia Woolf Chronology|first = Edward |last= Bishop|location= Boston|publisher= G.K. Hall & Co.|year= 1989}} |
|||
* {{cite book|title=A Very Close Conspiracy: Vanessa Bell and Virginia Woolf|first = Jane |last= Dunn|location= Boston|publisher= Little, Brown|year= 1990}} |
|||
* {{cite book|title=Virginia Woolf: A Writer's Life|first = Lyndall Gordon|location= New York|publisher= Norton|year= 1984; 1991}} |
|||
* {{cite book|title=Virginia Woolf and war|first= Mark |last= Hussey|publisher= Syracuse University Press|year= 1991|isbn=0815625375}} |
|||
* {{cite book|title=The Flight of the Mind: Virginia Woolf's Art and Manic-Depressive Illness|first = Thomas D. |last= Caramago. Berkeley|publisher= University of California Press|year= 1992}} |
|||
* {{cite book|title=Virginia Woolf|first = James |last= King. NY|publisher= W.W. Norton|year= 1994}} |
|||
* {{cite book|title=Art and Affection: A Life of Virginia Woolf|first = Panthea |last= Reid|location=New York|publisher= Oxford University Press|year= 1996}} |
|||
* {{cite book|title=Virginia Woolf|first = Hermione Lee. New York|publisher= Knopf|year= 1997}} |
|||
* {{cite book|title=Granite and Rainbow: The Hidden Life of Virginia Woolf|first = Mitchell |last= Leaska|location= New York|publisher= Farrar, Straus and Giroux|year= 1998}} |
|||
* {{cite book|title=The Feminist Aesthetics of Virginia Woolf|first= Jane |last= Goldman|publisher= Cambridge University Press|year= 2001|isbn=0521794587}} |
|||
* {{cite book|title=Virginia Woolf and the nineteenth-century domestic novel|first= Emily |last= Blair|publisher= SUNY Press|year= 2002|isbn=0791471195}} |
|||
* {{cite book|title=Virginia Woolf: becoming a writer|first= Katherine |last= Dalsimer|publisher= Yale University Press|year= 2002|isbn=0300092083}} |
|||
* {{cite book|title=Virginia Woolf: The Will to Create as a Woman|first = Ruth |last= Gruber|location=New York|publisher= Carroll & Graf Publishers|year= 2005}} |
|||
* {{cite book|title=My Madness Saved Me: The Madness and Marriage of Virginia Woolf|first = Thomas |last= Szasz|year= 2006}} |
|||
* {{cite book|title= Virginia Woolf: An Inner Life|first= Julia |last= Briggs|publisher= Harcourt|year= 2006|isbn=0156032295|ref=harv}} |
|||
* {{cite book|title= The Bedside, Bathtub and Armchair Companion to Virginia Woolf and Bloomsbury|first = Sarah M. |last= Hall|publisher=Continuum Publishing|year= 2007}} |
|||
* {{cite book|title= Virginia Woolf and the Visible World|first= Emily |last= Dalgarno|publisher= Cambridge University Press|year= 2007|isbn=0521033608}} |
|||
* {{cite book|title= A Life of One's Own: A Guide to Better Living through the Work and Wisdom of Virginia Woolf|first = Ilana |last= Simons|location=New York|publisher= Penguin Press|year= 2007}} |
|||
* {{cite book|title=Sudden Endings: 13 Profiles in Depth of Famous Suicides|first = M. J. |last= Meaker|location=Garden City, NY|publisher= Doubleday & Company, Inc.|year= 1964| pages=250–269|chapter= The Fatal Game: Virginia Woolf}} |
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===翻案および映画作品=== |
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*[[マイケル・カニンガム]]『[[めぐりあう時間たち]]』、1998年に[[ピューリッツァー賞]]を受賞 |
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::長編小説で、ウルフ自身と『ダロウェイ夫人』に影響された世代・場所の異なった女性2名が交錯し展開される。2002年に映画化され、ウルフ自身は[[ニコール・キッドマン]]が演じ、キッドマンは[[アカデミー賞]]主演女優賞(2002年度)を獲得した。他に[[ジュリアン・ムーア]]、[[メリル・ストリープ]]が出演、音楽は[[フィリップ・グラス]]が担当した。 |
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*スーザン・セラー『ヴァネッサとヴァージニア』{{sfn|Sellers|2008}}、2008年 |
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::長編小説で、ウルフと姉ヴァネッサ・ベルとの親しい姉妹関係を描いている。この作品は2010年、エリザベス・ライトにより舞台化されムービング・ストーリーズ・シアターにて初演された。 |
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* 「[[オルランド (映画)|オルランド]]」(1992年)- 映画化 |
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* 「[[ダロウェイ夫人]]」(1997年)- 映画化 |
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== 参考文献 == |
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*ルース・ウェブ 『ヴァージニア・ウルフ 図説シリーズ作家の生涯』 亀田幸子・日向やよい訳、ミュージアム図書、2001年 |
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*フランセス・スポールディング 『[[ヴァネッサ・ベル]]』 [[宮田恭子]]訳、[[みすず書房]]、2000年 |
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<references group=”日本語訳”/> |
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;伝記の日本語訳 |
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*マイケル・ウィットワース『ヴァージニア・ウルフ 時代のなかの作家たち』窪田憲子訳、[[彩流社]]、2011年 |
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*リンダル・ゴードン『ヴァージニア・ウルフ 作家の一生』森静子訳、[[平凡社]]、1998年 |
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*モニーク・ナタン『作品とアルバムのヴァージニア・ウルフ』石井康一訳、[[南雲堂]]、1984年 |
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==脚注== |
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{{脚注ヘルプ}} |
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=== 注釈 === |
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{{notelist|2}} |
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=== 出典 === |
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{{reflist|2}} |
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== 参考文献 == |
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* {{cite journal|url=http://links.jstor.org/sici?sici=0010-7484%28198224%2923%3A1%3C100%3AVW%3E2.0.CO%3B2-3 |last=Haule|first=James |year=1982|title= Review: Virginia Woolf — Melymbrosia: An Early Version of "The Voyage out, Virginia Woolf, Louise A. DeSalvo|journal=Contemporary Literature|volume= 23|pages= 100–104|ref=harv}} |
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== 関連項目 == |
== 関連項目 == |
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*[[フェミニズム]] |
*[[フェミニズム]] |
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*[[ブルームズベリー・グループ]] |
*[[ブルームズベリー・グループ]] |
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*[[エリザベス・ボウエン]] |
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*[[意識の流れ]] |
*[[意識の流れ]] |
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*[[モダニズム文学]] |
*[[モダニズム文学]] |
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*[[ヴァージニア・ウルフなんかこわくない]] |
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*[[神谷美恵子]] -『日記』の訳者。『ウルフ研究』がある。各・[[みすず書房]] |
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== 外部リンク == |
== 外部リンク == |
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{{Wikisource author||ヴァージニア・ウルフ}} |
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{{Wikiquotelang|en|Virginia Woolf|ヴァージニア・ウルフ}} |
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{{Commonscat|Virginia Woolf}} |
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* {{UK National Archives ID}} |
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* {{gutenberg author| id=Virginia+Woolf}} |
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* {{worldcat id|id=lccn-n79-41870}} |
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* [http://www.vwoolfsociety.jp/ 日本ヴァージニア・ウルフ協会] |
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* [http://www.utoronto.ca/IVWS/ The International Virginia Woolf Society](英語) |
* [http://www.utoronto.ca/IVWS/ The International Virginia Woolf Society](英語) |
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* [http://www.virginiawoolfsociety.co.uk/index.html The Virginia Woolf Society of Great Britain](英語) |
* [http://www.virginiawoolfsociety.co.uk/index.html The Virginia Woolf Society of Great Britain](英語) |
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* {{Internet Archive author|name=Virginia Woolf}} |
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* {{Librivox author|id=843}} |
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{{Normdaten}} |
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{{DEFAULTSORT:うるふ うあしにあ}} |
{{DEFAULTSORT:うるふ うあしにあ}} |
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[[Category:ヴァージニア・ウルフ|*]] |
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[[Category:19世紀イングランドの女性著作家]] |
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[[Category:イングランドの無神論者]] |
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[[Category:イングランド出身のLGBTの著作家]] |
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[[Category:バイセクシュアルの女性]] |
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[[Category:バイセクシュアルの著作家]] |
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2024年11月27日 (水) 05:11時点における最新版
ヴァージニア・ウルフ Virginia Woolf | |
---|---|
1902年撮影 | |
誕生 |
アデリーン・ヴァージニア・スティーヴン Adeline Virginia Stephen 1882年1月25日 イギリス ロンドン |
死没 |
1941年3月28日 (59歳没) イギリス イースト・サセックス |
職業 |
小説家 評論家 |
国籍 | イギリス |
文学活動 | モダニズム文学 |
代表作 |
『ダロウェイ夫人』(1925年) 『灯台へ』(1927年) 『オーランドー』(1928年) 『波』(1931年) |
デビュー作 | 『船出』(1915年) |
ウィキポータル 文学 |
ヴァージニア・ウルフ(Virginia Woolf、1882年1月25日 - 1941年3月28日)は、イギリスの小説家、評論家、書籍の出版元であり、20世紀モダニズム文学の主要な作家の一人。両大戦戦間期、ウルフはロンドン文学界の重要な人物であり、ブルームズベリー・グループの一員であった。代表作に『ダロウェイ夫人』(1925年)、『灯台へ』(1927年)、『オーランドー』(1928年)、『波』(1931年)などの小説や「女性が小説を書こうとするなら、お金と自分だけの部屋を持たなければならない」という主張で知られる評論『自分だけの部屋』などがある。
生い立ち
[編集]ウルフは1882年1月25日、ロンドンにて父レズリー・スティーヴンと、母ジュリア・プリンセップ・スティーヴン (旧姓ジャクソン) との間の7人目の子供アデリーン・ヴァージニア・スティーヴンとして生まれた。ウルフの父、レズリー・スティーヴン (1832年 - 1904年) は歴史家、伝記作家、批評家、編集者、そして登山家であり[1]『英国人名事典』Dictionary of National Biographyの編纂者として知られる。このことはウルフが後に実験的な伝記を書いたことに影響を与えたものと考えられる。母親のジュリア (1846年 - 1895年) はジョン・ジャクソンとマリア・ジャクソンの間にムガル帝国末期のインドで生まれ、後に母とイギリスに移った。著名な写真家ジュリア・マーガレット・カメロンは伯母である。母ジュリアは美人の誉れ高く、エドワード・バーン=ジョーンズなどラファエル前派のモデルもつとめた[2] 。
ウルフはケンジントンの高級住宅街サウス・ケンジントンのハイドパークゲート22番地の家で、文学に造詣が深く、豊かな人脈を知己に持つ両親のもとで育った。両親はともに再婚で、一家には3つの婚姻による子供がいた。母のジュリアは最初の夫ハーバート・ダックワースとの間にジョージ、ステラ、ジェラルドの3人の子供がいた。父レズリーは、ウィリアム・サッカレーの娘、ハリエット・マリアン ("ミニー") サッカレー (1840年 - 1875年) と結婚して、娘のローラ・メイクピース・スティーヴンがあった。ローラは精神障害と診断されて家族とともに暮らしていたが、1879年施設に入った[3]。レズリーとジュリアの間には、ヴァネッサ (1879年)、トビー (1880年)、ヴァージニア (1882年)、エイドリアン (1883年) の4人の子どもがいた、計8人の子供がいる再婚家族であった。
レズリー・スティーヴンは自身が著述家であったことに加えて、最初の妻の父であるウィリアム・サッカレーとのつながりもあったので、子どもたちはヴィクトリア朝文学界の影響の色濃い環境で育った。ヘンリー・ジェイムズ、ジョージ・ヘンリー=ルイス、ジュリア・マーガレット・カメロン、ジェイムズ・ラッセル・ロウエル(ウルフの名付け親)なども一家の客であった。ジュリア・スティーヴンもまた知己に恵まれていた。ジュリアの一族からは、ヴィクトリア朝社会に名を馳せた美女が輩出しており、彼女たちはラファエル前派や初期の写真家たちのモデルもつとめた。このような影響に加えて、スティーヴン家の書斎には膨大な蔵書があり、ウルフやヴァネッサは古典や英文学を書物から学んだ。姉妹とは異なり、エイドリアンとトビーは正規の教育を受け、ケンブリッジ大学で学んだが、ウルフはここで男女の性の違いを残念に思っていたという。
ウルフの回想によれば、子ども時代の最も鮮明な記憶はロンドンのものではなく、コーンウォール州のセント・アイヴスのものである。一家は1895年まで毎年夏をここで過ごした。スティーヴン家のサマーハウスであったタランド・ハウス[4]は、手を入れられ当時とは少々違ってはいるが、今もポースミンスター湾を見下ろす場所にある。ここで家族で休暇を過ごした思い出やゴドレヴィー灯台などの風景は、ウルフの作品、ことに『灯台へ』の下敷きになっている。
1885年、13歳の時に母が48歳で急死し、その2年後の異父姉ステラが死んだことによって、ウルフは神経衰弱を発病した。このような状態ではあったが、1897年から1901年の間に、ギリシャ語、ラテン語、ドイツ語と歴史の課程をロンドンのキングス・カレッジの女子部で履修し、いくつかの科目においては学位レベルまで修めた。ウルフはここで、クララ・ピーター、ジョージ・ワー、そしてキングズ・カレッジ女子部の校長でスティームボート・レディーズのメンバーとして知られているリリアン・フェイスフルなど、女子高等教育の草創期の改革者たちと出会った[5]。姉のヴァネッサもここでラテン語、イタリア語と建築を学んだ。
1904年に父が72歳で死去した。この時ウルフは深刻な虚脱状態に陥り、一時的に入院治療した[6]。神経衰弱と繰り返す欝状態を、甥で伝記作家のクウェンティン・ベル[7]ら現代の学者はウルフとヴァネッサが異父兄ジョージとジェラルド・ダックワースから性的虐待を受けていたことに関連付けている。(ウルフはこのことについて自伝的エッセイA Sketch of the Past[8]、22 Hyde Park Gate[9] で回想している。)生涯を通して、ウルフは周期的な気分の変化や神経症状に悩まされた。この不安定さは彼女の社交生活には影響を与えたが、文筆活動は一生を通してほとんど中断することなく続けられた。
ブルームズベリー・グループ
[編集]父が亡くなり、ウルフが二度目の神経痙攣を起こしてから、ヴァネッサとエイドリアンはハイドパークゲート22番地の家を売却してブルームズベリー地区のゴードンスクエア46番地に家を買った。ここで、ウルフはリットン・ストレイチー 、クライヴ・ベル、ルパート・ブルック、サクソン・シドナー=ターナー、ダンカン・グラント、レナード・ウルフ、ロジャー・フライら、ブルームズベリー・グループとして知られる著述家や芸術家の知的サークルの中心人物たちと知り合った。このうち数人のメンバーは1910年の偽エチオピア皇帝事件に加わり、ウルフはこの時、アビシニアの王族の男性に扮装した。この件についてウルフが1940年に行った発言記録が発見され The Platform of Time (増補改訂版) (2008年)[10]に収められている。1907年、ヴァネッサはクライヴ・ベルと結婚した。二人の前衛芸術への関心はウルフの作品に重要な影響を与えたものと思われる[11]。
ウルフは1912年、作家のレナード・ウルフと結婚した。レナードの不自由な経済状態にもかかわらず(婚約中ウルフはレナードのことを「文無しのユダヤ人」と呼んでいた)二人は強い絆で結ばれていた。事実、ウルフは1937年の日記に「愛しあうこと。結婚後25年がたった今でも別れることは耐えがたい…求められるととても嬉しい。妻であること。私たちの結婚はこんなにも完璧なのだ」と記している。仕事の上でも二人は1917年にホガース・プレスを共同で始め、ともに働いた。ホガース・プレスはウルフの小説、T・S・エリオット、ローレンス・ヴァン・デル・ポストなどの著書を出版した[12]。またドーラ・キャリントン[13]やヴァネッサ・ベルなど同時代の芸術家にも仕事を発注した。
ブルームズベリー・グループは性の問題について進歩的な立場をとっていた。1922年、ウルフはハロルド・ニコルソンの妻、著述家で園芸家のヴィタ・サックヴィル=ウェストと出会う。二人はためらいがちに付き合い始め、性的な関係を持つようになったが、サックヴィル=ウエストによるとそれは2度だけだったとのことである[14]。ウルフはサックヴィル=ウエストに『オーランドー』を捧げた。これは、3世紀の時間と男女の性を越えた主人公オーランドーの奇妙な伝記である。ヴィタ・サックヴィル=ウエストの息子のナイジェル・ニコルソンは「ヴィタのヴァージニアへの影響はすべて『オーランドー』に書かれている。文学史上最も長く、最も魅力的なラブレターである。この中でヴァージニアはヴィタを探求し、数世紀にわたる物語の中にヴィタを織りこみ、自在に操って両方の性を超えさせ、ヴィタと楽しみ、ヴィタに毛皮やレースやエメラルドを付けさせ、悩まし、翻弄し、そして、ヴィタのまわりに霧のヴェールを投げかけた」と書いている[15]。恋愛関係が終わった後も2人の女性は1941年にウルフが亡くなるまで友人であり続けた。ヴァージニア・ウルフは弟のエイドリアン、姉のヴァネッサとも親しくつき合い続けた。兄のトビーは26歳の時病死した。
また、『源氏物語』の抄訳(1921-1933年)で知られるアーサー・ウェイリーもブルームズベリー・グループの一員で、ウルフも『ヴォーグ』の1925年7月号に『源氏物語』を評した文章を発表している[16]。
作家活動
[編集]ウルフの作家としての出発は、1900年にタイムズ・リテラリー・サプルメント(タイムズ文芸付録)に書いたブロンテ一家の故郷ハワースについての記事である[17]。処女作『船出』は1915年、異父兄が経営するジェラルド・ダックワース・アンド・カンパニーから出版された。この小説はもとは『メリンブロシア』という書名だったが[18]、ウルフは何度も校正を重ねた。ウルフ研究者のルイーズ・デサルボは『船出』の初期の版を再構成し、ウルフが使おうとしていた『メリンブロシア』のタイトルで発表した。デサルボはウルフが行った修正の多くは、ウルフ自身の人生の変化に応じたものであると論じている[18]。
ウルフは著名な知識人の一人として小説や評論の発表を続け、批評家からも一般からも高い評価を得た。ウルフの著作の多くはホガース・プレスから出版された。ウルフは20世紀の最も偉大な小説家でモダニズム文学の旗手と目されている[20]。
ウルフは英文学における重要な革新者のひとりとされている。実験的な手法を用い、特に意識の流れ手法で登場人物たちの心理を深く掘り下げ高い評価を得た。第二次世界大戦後ウルフの評価は急激に低下したが、1970年代のフェミニズム文芸批評によって再評価された1985。
ウルフの著作はイギリス、中流階級の知識階級の狭い世界を型通りに描いていると批判された。ユダヤ人の夫と幸福な結婚をしているにもかかわらず、反ユダヤ主義者であると批判する者もあった。この批判はウルフがユダヤ人の登場人物を外見上醜く、下品に描くなどしばしば一般化された典型的な人物像として描いたことによる[21]。1920年代、30年代における圧倒的で急激な反ユダヤ主義の高まりがウルフに影響を及ぼしていた可能性はある。日記に「私はユダヤ人の声が好きではない。ユダヤ人の笑い方も好きではない」と書いている。
また、ウルフはレナードのユダヤ人であることを嫌がった自分は「スノッブ」だったと回想している。作曲家エセル・スミスに書いた1930年の手紙が、伝記『ヴァージニア・ウルフ』(ナイジェル・ニコルソン)に引用されている。「ユダヤ人と結婚するのがどんなに嫌だったか。だって、彼らは生命力に満ちあふれているのですから。私はなんて“スノッブ”なんでしょう。」同じくエセル・スミスに宛てた別の手紙では、「私のユダヤ人(レナード)は足指の爪一枚ですらもっと宗教的で、髪の毛一本にさえずっと深い人類愛がある」と書き、キリスト教信仰を独善的な自己中心主義であると容赦なく批判している[22]。ウルフと夫レナードは1930年代の反ユダヤ主義をともなったファシズムを嫌い、恐れており、二人の名はヒトラーのブラックリストに載っていた。1938年の作品『三ギニー』はパシフィストとしてのウルフのファシズムに対する批判である[23]。
小説家として際立った特色を持っているために本来の魅力が隠れがちであるが、ウルフは英文学において重要な抒情的な作家である。ウルフの小説はまた、非常に実験的である。何事も起こらないありふれた物語が、それを受け取る登場人物の意識の中で時に歪み、時に崩れる。独特な抒情性と文体の妙技が相まって、視覚的、聴覚的印象にみちあふれた世界を作り出している[23]。
ヴァージニア・ウルフの鮮やかな詩的幻想は、彼女の作品の多くにみられるように、時には陳腐なまでの平凡な日常を特別なものへと高める。例えば、『ダロウェイ夫人』では、クラリッサ・ダロウェイという中年の上流階級の女性がパーティを開く準備が筋の中心になっているが、それと平行して、第一次大戦で深刻な心の傷を負って帰還した労働者階級の復員軍人セプティマス・ウォレン・スミスの一日が語られる[24]。
『灯台へ』(1927年)は10年の時を隔てた2日の物語である。ラムジー一家の灯台行きをめぐる期待と回想とそれにまつわる家族の心理的な緊張が話の中心になっている。この小説の主要テーマの一つは、家族のドラマの只中で何とか絵を描こうとする画家リリー・ブリスコー の制作過程での苦労である。また、この小説は戦時下での国民の生活と、時代から取り残された人々についての思索でもある。さらに、時間の経過を、そして、女性の精神的な強さを男性が奪うようにいかに社会が仕向けているかを描いている[25]。
『オーランドー』(1928年)はヴァージニア・ウルフの小説の中で娯楽的な要素の強い作品である。3世紀も生き続けているのに30代から年をとらない若い貴族(男性から突然女性に変身する)の茶番劇風の伝記になっている。この作品は、一面ではウルフの恋人であったヴィタ・サックヴィル=ウエストの肖像でもある。先祖から受け継いだ家屋敷を失ったヴィタを慰めるために書かれたが、同時にヴィタとその作品の風刺もしている。『オーランドー』では、作中の仰々しい伝記作家を通して歴史的な伝記作家の手法を揶揄している[26]。1937年ホルヘ・ルイス・ボルヘスがスペイン語訳を刊行している。ボルヘスは他にエッセイ『自分だけの部屋』を訳している。
『波』(1931年)は6人の友人グループの回想であるが、それぞれの内的独白というより朗唱に近く、繰り返す波のような雰囲気は、筋書き中心の小説よりも散文詩に似ている[27]。1937年にマルグリット・ユルスナール[28]がフランス語訳を出した。
『フラッシュ 或る伝記』(1933年)は部分的には創作、そして部分的にはヴィクトリア朝の詩人エリザベス・バレット・ブラウニングの飼い犬コッカースパニエルのフラッシュの伝記である。ウルフはロバート・ブラウニングとエリザベス・バレットのロマンスを題材にしたルドルフ・ベジエの戯曲『ウィンポール通りのバレット家』(フラッシュの存在が際立っている)に着想を得て書いた。ベジエの戯曲は1932年、女優のキャサリン・コーネルによって上演された。
遺作となった『幕間』(1941年)では、芸術による人生の変容、性に対する両価的な見方、時間の流れと人生についての思索といったウルフの主要な関心事を衰弱と復活として、英文学史のほとんど全てを取り込みながら、高度な想像力による象徴的な語りで描いている。この作品は感覚だけでなく文体においてもウルフの全作品中最も抒情的なもので、主に韻文で書かれている[29]。ウルフの作品は、ことに純理論的な合理性への偏向について、一貫してブルームズベリー・グループ(特にG・E・ムーア)との関連において理解されているが、作品はメンバーの理念の単純な復唱ではない[30]。
ウルフ作品は、50言語以上に訳されている。日本でも2010年代以降も新訳刊行されている。
死
[編集]『幕間』(没後出版された)の原稿を完成させた後、ウルフは以前にも経験したのと同様の躁うつ病状態に陥った。第二次大戦が勃発し、ロンドン大空襲によって家が破壊されたこと、亡くなった友人ロジャー・フライの伝記の評判が芳しくなかったことで症状は重くなり、仕事ができない状態になった[19] 。1941年3月28日、ウルフはコートをはおり、そのポケットに石をつめて自宅近くのウーズ川で入水自殺した。ウルフの死体は1941年4月18日まで見つからなかった[31]。夫のレナードはウルフを火葬し、ウルフの遺骨をサセックス州ロドメル村にある自邸モンクス・ハウスの庭の楡の木の下に埋葬した。
書斎に夫レナードと、姉ヴァネッサへの書き置きが残されていた。
最愛のあなた
また自分の頭がおかしくなっていくのが分かります。私たちはあのひどい時期をもう二度と乗り切ることはできないでしょう。それに今度は治りそうもありません。声が聞こえるようになって集中できないのです。だから最善と思うことをします。あなたは私をこれ以上ないほど幸せにしてくれました。あなたは誰にも代えがたい人でした。二人の人間が私達ほど幸せになれることはないでしょう。この恐ろしい病気が始まるまでは。もう戦うことができません。私はあなたの人生を犠牲にしています。私がいなければあなたは自分の仕事ができるのですから。あなたはできるはずです。もうこの文章さえきちんと書けません。読むこともできません。言っておきたいのは、私の人生の幸せはすべてあなたのおかげだったということです。あなたは私に対してとても忍耐強く、信じられないほどよくしてくれました。他の人たちも分かっています。もし誰かが私を救ったとしたら、それはあなたでした。私にはもう何も残っていませんが、あなたの優しさだけは今も確信しています。これ以上あなたの人生を無駄にするわけにはいかないのです。今までの私たち以上に幸せな二人は他にはありません。 V(レナードに宛てた書き置き)
[32]
現代の研究と解釈
[編集]近年のヴァージニア・ウルフ研究は、アイリーン・バレットとパトリシア・クレーマー編の批評集Virginia Woolf: Lesbian Readings[33] に見られるように、フェミニストとレズビアンの観点が中心になっている。これに対して、ルイーズ・デサルボ (Louise A.DeSalvo) は、1989年の著書Virginia Woolf: The Impact of Childhood Sexual Abuse on her Life and Work[34] の中で、ウルフの人生と業績を若い頃ウルフが経験した近親による性的虐待の観点から読んでいる。
ウルフの作品はまた、戦時神経症、戦争、階級、現代イギリス社会などの問題に対する理解の手立てとしても研究されている。最もよく知られたノンフィクション作品『自分自身の部屋』や『三ギニー』は、法的、経済的な力を男性が不当に配分されており、女性の教育や社会における女性の将来が男性に握られていることによって、女性作家や女性の知識人が直面する困難を考察している。シモーヌ・ド・ボーヴォワールは著書『第二の性』(1949年)の中で、「これまでのすべての女性作家の中で既定の条件について探求しようとした女性作家は、エミリー・ブロンテ、ウルフ、そして“時々”キャサリン・マンスフィールドの3人だけである」と書いている[35]。
レナード・ウルフがもたらした影響についても様々に議論されている。アイリーン・コーツの著書Who's Afraid of Leonard Woolf?: A Case for the Sanity of Virginia Woolf[36] では、レナード・ウルフの妻への対応がウルフの病気を助長し、結果として死の原因となったとしている。レナードの家族はこの立場を受け入れていないが、充分に調査して書かれており、従来のヴァージニア・ウルフの生涯についての解釈の空白を一部埋める内容になっている。一方、ヴィクトリア・グレンディニングは著書 Leonard Woolf: A Biography[37] で「レナード・ウルフは妻を支えただけでなく、生活と生きて書くことが出来る環境を与えることで、ウルフが生きることを可能にさせた」と述べ、ウルフと同時代の記録、ウルフ自身の日記を裏付けとしている[38]。
存命中にも一冊の伝記が出版されてはいるが、ヴァージニア・ウルフの生涯についての最初の公式の研究は1972年、彼女の甥のクエンティン・ベルによって書かれた。
1992年、トーマス・カラマーニョはThe Flight of the Mind: Virginia Woolf's Art and Manic-Depressive Illnessを出版した。 ハーマイオニー・リーが著した伝記 Virginia Woolf (1996年)はウルフの生涯と仕事についての、徹底的かつ権威ある研究成果とされている。
2001年、ルイーズ・デサルボとミッチェル・A・リースカはThe Letters of Vita Sackville-West and Virginia Woolfを編集した。2005年に出版されたジュリア・ブリッグスのVirginia Woolf: An Inner Lifeはウルフの生涯についての最も新しい研究成果である。この本は、小説と創作することについての評論を含むウルフの著作に焦点をあて、ウルフの生涯を浮かび上がらせている。トーマス・サズの著書My Madness Saved Me: The Madness and Marriage of Virginia Woolfは2006年出版された。
リタ・マーティンの戯曲Flores no me pongan (2006年)はウルフの人生の最後の時間をとりあげ、両性愛、ユダヤ人であること、戦争についてなどの論点をとりあげている。スペイン語で書かれ、Miriam Bermudez監督でマイアミで上演された。
作品の一覧
[編集]小説
[編集]- The Voyage Out 1915年、邦題『船出』[39]
- Night and Day 1919年、邦題『夜と昼』[40]
- Jacob's Room 1922年、邦題『ジェイコブの部屋』[41]
- Mrs Dalloway 1925年、邦題『ダロウェイ夫人』
- To the Lighthouse 1927年、邦題『灯台へ』
- Orlando 1928年、邦題『オーランドー』
- The Waves 1931年、邦題『波』
- The Years 1937年、邦題『歳月』[42]
- Between the Acts 1941年、邦題『幕間』[43]
短編フィクション
[編集]短編
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短編集
[編集]- Two Stories(1917年)
- Monday or Tuesday(1921年)邦題『月曜日あるいは火曜日』
- A Haunted House and Other Short Stories(1944年)『憑かれた家』
伝記作品
[編集]- Flush: A Biography (1933) 邦題『フラッシュ 或る伝記』[44]
- Roger Fry: A Biography (1940) 邦題『ロジャー・フライ伝』[45]
ノンフィクション
[編集]- Modern Fiction (1919)『現代小説論』[46]
- The Common Reader (1925)[47][48]
- A Room of One's Own (1929) 邦題『自分自身の部屋』[49][50]
- On Being Ill (1930) 邦題『病むことについて』[51]
- The Common Reader: Second Series (1932)[52]
- The London Scene (1931)
- Three Guineas (1938) 邦題『三ギニー』[53][54]
- The death of the moth and other essays. Hogarth Press. (1942). NCID BA04024933
- The moment and other essays. Hogarth Press. (1947). NCID BA04024831
- The captain's death bed, and other essays. Hogarth Press. (1950). NCID BA0402627X
- Granite and rainbow : essays. Hogarth Press. (1958). NCID BA0428154X
- Woolf, Virginia; Lyon, Mary (1977). Books and portraits : some furthur selections from the literary and biographical writings of Virginia Woolf. Hogarth Press. NCID BA03776660
- Woolf, Virginia; Barrett, Michèle (1979). Women and writing. Women's Press. NCID BA05124489
- Collected essays. Hogarth Press. (1966). NCID BA18501950
- Professions for Women and Other Essays (1931) 邦題『女性にとっての職業』[55]
戯曲
[編集]- Freshwater: A Comedy (1923年初演, 1935年改訂, 1976年出版)
自伝的作品および日記
[編集]- A Writer’s Diary. (1953) – 邦題『ある作家の日記』全日記よりの抜粋
- Moments of Being. (1976) - 邦題『存在の瞬間 回想記』[56]
- Woolf, Virginia; Bell, Anne Olivier (1990). A moment's liberty : the shorter diary. Hogarth. NCID BA10326507
- Woolf, Virginia; Bell, Quentin; Bell, Anne Olivier (1977). The diary of Virginia Woolf. Hogarth Press – V・ウルフの日記(1915年–1941年)
- Woolf, Virginia; Leaska, Mitchell Alexander (1990). A passionate apprentice : the early journals, 1897-1909. Hogarth Press. NCID BA11594964
- Woolf, Virginia (1993). Travels with Virginia Woolf. Morris, Jan(編集). Hogarth Press. NCID BA22398130 - V・ウルフのギリシャ旅日記。
- Woolf, Virginia; Rosenbaum, S. P. (Stanford Patrick) (2007). The platform of time : memoirs of family and friends. Hesperus. NCID BA89489130
書簡集
[編集]- Woolf, Virginia; Banks, Joanne Trautmann (1989). Congenial spirits : the selected letters of Virginia Woolf. Hogarth. NCID BA07797414
- Woolf, Virginia; Nicolson, Nigel; Banks, Joanne Trautmann (1975). The letters of Virginia Woolf (1st American ed ed.). Harcourt Brace Jovanovich. NCID BA03776230 全6巻 (1975年–1980年)
- Woolf, Virginia; Spalding, Frances (1992). Paper darts. Collins & Brown. NCID BA21664556
寄稿
[編集]- Gissing, George (1929). Selections autobiographical and imaginative from the works of George Gissing. Alfred Gissing (編) ; Woolf, Virginia (序文). London & New York: J. Cape. NCID BA29255823
アルバム
[編集]ハーバード大学図書館にはフレデリック・R・コウクから1983年に受贈したウルフのアルバム6冊が「Virginia Woolf Monk's House photograph album」として収蔵され、デジタルデータ化されている[57]。モンクス家に集った両親ほか家族、友人や知人のなかに、当時の著名な人々の姿もあり[57]、ウルフ本人と家族や友人がお互いを撮影したと考えられる。第1巻はウルフ自身が写真の配置を決めたと推測される[57]。なお、巻号は受贈したときにすでに記されていた番号を反映。
- 第1巻 MH-1 (1863年–1938年)
- 人物の肖像写真 (写真乾板、キャビネ判、ゼラチン・シルバー・プリント・冒頭の7ページ)[58]。トーマス・ハーディ、オリバー・ウェンデル・ホームズ・ジュニアほか[注釈 1]。
- 第2巻 MH-2 (1909年–1922年)
- 人物写真(ゼラチン・シルバー・プリント)[注釈 2]
- 第3巻 MH-3 (1890年–1933年)
- 第4巻 MH-4 (1890年–1947年)
- アルバム(1890年-1947年)と台紙に貼る前の写真、ゼラチン・シルバー・プリント (1923年-1939年)[注釈 4]
- 第5巻 MH-5 (1892年–1938年)
- アルバム(1892年-1938年)ならびに日付不明の写真、ゼラチン・シルバー・プリント[注釈 5]
- 第6巻 MH-6 (1850年–1900年)[64]
- アルバム(1850年-1900年)ならびに日付不明の写真、鶏卵紙[注釈 6]
伝記
[編集]- Nicolson, Nigel (2000). Virginia Woolf. New York: Penguin Group
- ナイジェル・ニコルソン 『ヴァージニア・ウルフ ペンギン評伝双書』 市川緑訳、岩波書店、2002年。ヴィタ・サックヴィル=ウェストの息子
- Bell, Quentin (1972). Virginia Woolf: A Biography. New York: Harcourt Brace Jovanovich Revised editions 1990, 1996
- Sellers, Susan (2008). Vanessa and Virginia. Two Ravens (Harcourt 2009)
- スーザン・セラーズ 『わが妹、ヴァージニア 芸術に生きた姉妹』 窪田憲子訳、彩流社、2018年。フィクション(詳細は下記)
- Poole, Roger (1978). The Unknown Virginia Woolf. Cambridge UP
- Rosenman, Ellen Bayuk (1986). The Invisible Presence: Virginia Woolf and the Mother-Daughter Relationship. Louisiana State University Press
- Transue, Pamela J. (1986). Virginia Woolf and the politics of style. SUNY Press. ISBN 0887062865
- Paul, Janis M. (1987). The Victorian heritage of Virginia Woolf: the external world in her novels. Pilgrim Books. ISBN 0937664731
- Bloom, Harold (1988). Virginia Woolf's To the lighthouse. Chelsea House. ISBN 1555460348
- Miller, C. Ruth (1988). Virginia Woolf: the frames of art and life. Macmillan. ISBN 0333448804
- DeSalvo, Louise (1989). Virginia Woolf: The Impact of Childhood Sexual Abuse on Her Life and Work. Boston: Little Brown
- Bishop, Edward (1989). A Virginia Woolf Chronology. Boston: G.K. Hall & Co.
- Dunn, Jane (1990). A Very Close Conspiracy: Vanessa Bell and Virginia Woolf. Boston: Little, Brown
- Virginia Woolf: A Writer's Life. New York: Norton. (1984; 1991)
- Hussey, Mark (1991). Virginia Woolf and war. Syracuse University Press. ISBN 0815625375
- Caramago. Berkeley, Thomas D. (1992). The Flight of the Mind: Virginia Woolf's Art and Manic-Depressive Illness. University of California Press
- King. NY, James (1994). Virginia Woolf. W.W. Norton
- Reid, Panthea (1996). Art and Affection: A Life of Virginia Woolf. New York: Oxford University Press
- Virginia Woolf. Knopf. (1997)
- Leaska, Mitchell (1998). Granite and Rainbow: The Hidden Life of Virginia Woolf. New York: Farrar, Straus and Giroux
- Goldman, Jane (2001). The Feminist Aesthetics of Virginia Woolf. Cambridge University Press. ISBN 0521794587
- Blair, Emily (2002). Virginia Woolf and the nineteenth-century domestic novel. SUNY Press. ISBN 0791471195
- Dalsimer, Katherine (2002). Virginia Woolf: becoming a writer. Yale University Press. ISBN 0300092083
- Gruber, Ruth (2005). Virginia Woolf: The Will to Create as a Woman. New York: Carroll & Graf Publishers
- Szasz, Thomas (2006). My Madness Saved Me: The Madness and Marriage of Virginia Woolf
- Briggs, Julia (2006). Virginia Woolf: An Inner Life. Harcourt. ISBN 0156032295
- Hall, Sarah M. (2007). The Bedside, Bathtub and Armchair Companion to Virginia Woolf and Bloomsbury. Continuum Publishing
- Dalgarno, Emily (2007). Virginia Woolf and the Visible World. Cambridge University Press. ISBN 0521033608
- Simons, Ilana (2007). A Life of One's Own: A Guide to Better Living through the Work and Wisdom of Virginia Woolf. New York: Penguin Press
- Meaker, M. J. (1964). “The Fatal Game: Virginia Woolf”. Sudden Endings: 13 Profiles in Depth of Famous Suicides. Garden City, NY: Doubleday & Company, Inc.. pp. 250–269
翻案および映画作品
[編集]- マイケル・カニンガム『めぐりあう時間たち』、1998年にピューリッツァー賞を受賞
- 長編小説で、ウルフ自身と『ダロウェイ夫人』に影響された世代・場所の異なった女性2名が交錯し展開される。2002年に映画化され、ウルフ自身はニコール・キッドマンが演じ、キッドマンはアカデミー賞主演女優賞(2002年度)を獲得した。他にジュリアン・ムーア、メリル・ストリープが出演、音楽はフィリップ・グラスが担当した。
- スーザン・セラー『ヴァネッサとヴァージニア』[66]、2008年
- 長編小説で、ウルフと姉ヴァネッサ・ベルとの親しい姉妹関係を描いている。この作品は2010年、エリザベス・ライトにより舞台化されムービング・ストーリーズ・シアターにて初演された。
参考文献
[編集]- ルース・ウェブ 『ヴァージニア・ウルフ 図説シリーズ作家の生涯』 亀田幸子・日向やよい訳、ミュージアム図書、2001年
- フランセス・スポールディング 『ヴァネッサ・ベル』 宮田恭子訳、みすず書房、2000年
- 伝記の日本語訳
- マイケル・ウィットワース『ヴァージニア・ウルフ 時代のなかの作家たち』窪田憲子訳、彩流社、2011年
- リンダル・ゴードン『ヴァージニア・ウルフ 作家の一生』森静子訳、平凡社、1998年
- モニーク・ナタン『作品とアルバムのヴァージニア・ウルフ』石井康一訳、南雲堂、1984年
脚注
[編集]注釈
[編集]- ^ ウルフ本人と両親や家族、友人知人の肖像写真。8ページ目以降はダックワース、ヴァージニアの旧姓スティーブン、ウルフ家の家族のスナップショット。対象は姉ヴァネッサとジュリアン、ヴァージニアの甥クエンティン・ベル、母方の異父姉と夫ステラとジョージ・H・ダックワース、弟エイドリアンと異父姉ローラ、レオナルド・ウルフなど。またスリランカ赴任中のレオナルド (1908年前後から1912年頃・27頁-42頁) やレオナルドとベラ・シドニー兄妹のスウェーデン旅行 (1911年) の写真も含まれる[59]。
- ^ ウルフ本人、クライブとクエンティンとヴァネッサ・ベル、マーガレット・ルウェリン・デイヴィス、T・S(トーマス・スターンズ)・エリオット、ロジャー・エリオット・フライ、E・M(エドワード・モーガン)・フォースター、アンジェリカ・ガーネット、ダンカン・グラント、リットン・ストレイシー、ベラ・シドニー・ウルフ。撮影地が特定されたものに、ウルフ邸、イギリス・サセックス州のモンク邸と通称アシャナムの他、チャールストン農場(イギリス、West Firle)ならびにバージニア州のウルフ姉妹の家である。第1巻と似てスリランカ赴任中のレオナルド(1909年前後から1912年頃)の写真もある[60]。
- ^ 第2巻と異なる顔ぶれは、ヴィヴィアンとT・S・エリオット、ジョン・メイナード・ケインズ、Lydia Lopokova、Lytton StracheyおよびV.(Victoria)Sackville-West[61]。
- ^ 家や旅行、風景の写真。前巻と異なる被写体はドーラ・デ・ホートン・キャリントン(Dora de Houghton Carrington)、ラルフ・パートリッジくらい。初登場した撮影地にはHam Spray House(Marlborough、England)。ほとんどは風景や建物の画像で、ヴァージニアと夫がフランスで過ごした休暇中の旅行写真がある[62]。
- ^ 家や旅行、風景の写真。前巻と異なる被写体はジョン・レーマン、ノエル・オリヴィエ、ウィリアム・プロマー、V・サックビルウェスト、とレスリー卿とジュリア・ダックワース・スティーブン。撮影地にはウルフ夫妻の出版業ホグワース、ヴァージニアが幼少期を過ごしたタランド・ハウス(イギリス、コーンウォール・セントアイブス)他とシシングハースト庭園を含む。ヴァージニア夫妻がイギリス、フランス、ドイツで過ごした休暇中の旅行写真も収めてある[63]。
- ^ 家や旅行、風景の写真。前巻と異なる被写体はサラ・ベルナール、エリザベス・バレット・ブラウニング、ウィリアム・ガスケル、政治家のウィリアム・ユワート・グラッドストンとエイブラハム・リンカーン、アルフレッド・テニーソン男爵、エレン・テリー他の著名人。ウルフの写真は載っていない[65]。
出典
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参考文献
[編集]- Haule, James (1982). “Review: Virginia Woolf — Melymbrosia: An Early Version of "The Voyage out, Virginia Woolf, Louise A. DeSalvo”. Contemporary Literature 23: 100–104 .
関連項目
[編集]- ヴァネッサ・ベル
- フェミニズム
- ブルームズベリー・グループ
- エリザベス・ボウエン
- 意識の流れ
- モダニズム文学
- ヴァージニア・ウルフなんかこわくない
- 神谷美恵子 -『日記』の訳者。『ウルフ研究』がある。各・みすず書房
外部リンク
[編集]- "ヴァージニア・ウルフの関連資料一覧" (英語). イギリス国立公文書館.
- ヴァージニア・ウルフの作品 (インターフェイスは英語)- プロジェクト・グーテンベルク
- 図書館にあるヴァージニア・ウルフに関係する蔵書一覧 - WorldCatカタログ
- 日本ヴァージニア・ウルフ協会
- The International Virginia Woolf Society(英語)
- The Virginia Woolf Society of Great Britain(英語)
- Virginia Woolfに関連する著作物 - インターネットアーカイブ
- ヴァージニア・ウルフの著作 - LibriVox(パブリックドメインオーディオブック)