「天空神」の版間の差分
18行目: | 18行目: | ||
たしかに、{{unicode|*dyeus-ph₂têr}} という[[インド・ヨーロッパ祖語]]名で再構成された男性の父なる天が、[[ギリシア神話]]に[[ゼウス]]の名で、[[ローマ神話]]では[[ユーピテル]]として現れたことは事実であり、[[北欧神話]]では[[テュール]]、[[ヴェーダ]]の伝える[[インド神話]]では[[ディヤウス]]・ピターとして現れたのも事実である。これらは同源の神名であり、原インド・ヨーロッパ信仰の共通する材料から引き継がれたものである。しかし、実際には、これが最も広く引き継がれたインド・ヨーロッパ語族の神名というわけではない。 |
たしかに、{{unicode|*dyeus-ph₂têr}} という[[インド・ヨーロッパ祖語]]名で再構成された男性の父なる天が、[[ギリシア神話]]に[[ゼウス]]の名で、[[ローマ神話]]では[[ユーピテル]]として現れたことは事実であり、[[北欧神話]]では[[テュール]]、[[ヴェーダ]]の伝える[[インド神話]]では[[ディヤウス]]・ピターとして現れたのも事実である。これらは同源の神名であり、原インド・ヨーロッパ信仰の共通する材料から引き継がれたものである。しかし、実際には、これが最も広く引き継がれたインド・ヨーロッパ語族の神名というわけではない。 |
||
インド・ヨーロッパ祖語で {{unicode|*aus-os-}} と再構成される暁の女神は、さらに広範囲に後世に伝わっている。ギリシア神話では[[エーオース]]、ローマ神話では[[アウローラ]]、ゲルマン神話では[[エーオストレ]](Ēostre)、[[バルト]]神話ではアウシュラ(Aušra)、[[ |
インド・ヨーロッパ祖語で {{unicode|*aus-os-}} と再構成される暁の女神は、さらに広範囲に後世に伝わっている。ギリシア神話では[[エーオース]]、ローマ神話では[[アウローラ]]、[[ゲルマン神話]]では[[エーオストレ]](Ēostre)、[[バルト人|バルト]]神話ではアウシュラ(Aušra)、[[スラブ神話]]では[[ゾーリャ]]{{enlink|The Zorya}}、[[ヒンドゥー教]]では[[ウシャス]]({{unicode|Uṣas}})である。これらの神格はすべて、ゼウス同様、語源を共通にする。このように、インド・ヨーロッパ文化が他の文化に比べ、特に女神をおとしめる傾向や宗教上男性優位に向かう傾向を持っていた訳ではない。 |
||
== 説の影響 == |
== 説の影響 == |
2011年3月30日 (水) 14:32時点における版
天空神(てんくうしん)または父なる天 (sky father) は、地母神と対になって多神教神話に繰り返し現れるテーマである。最近の復興異教主義 (neopaganism) 運動でも取り上げられる。
概念
天空神は地母神と対になる概念で、いくつかの創世神話に現れる。多くのものは古代オリエントかヨーロッパ由来である。たとえば、ローマ神話のユーピテルは語源的に「父なる天」を意味する。マオリ神話では、ランギヌイ (Ranginui) が「父なる天」であった。この神話では「父なる天」と「母なる大地」パパトゥアヌク (Papatuanuku) が愛の抱擁をし、タネマフタら、神の子供達を授かる。「父なる天」は太陽と同一視される太陽神ともまた関連する。テュルク・モンゴル諸族では、「天」を意味するテングリという神格が広くアジア全体に知れ渡っていた。
この概念は必ずしも一般的とは限らず、全く異なったタイプの神話を持った他の文明がある。たとえばエジプト神話は、天なる母と、大地の死と再生の神を特徴としている。日本の神道には太陽の女神(天照)がいる。中国では、アブラハムの宗教の神が「天父」(空の父、天の父)と呼ばれることがある。
概念の歴史
遊牧民族征服説
19世紀末、比較神話学上の仮説として、フリードリヒ・エンゲルスとJ・J・バッハオーフェンが遊牧民族征服説を唱えた。この仮説は「ジェームズ・フレイザー」の『金枝篇』における文献的研究によって更に促進された。父なる天への信仰は遊牧民に特徴的で、母なる大地への信仰は農耕民に特徴的であると信じられた。
この学説によれば、遊牧民が武力をもって農耕社会を征服し、女神たちを男性の神に置き換えた。この過程で、女性の地位と母権制度は軽んぜられ、父権制がもたらされたというのである。性別による地位が逆転したことが宗教上の変化をもたらしたと想像された。この学説はインド・ヨーロッパ語族の発見と結び付けられ、軍事的な征服過程がこれらの言語の拡散の背景にあったと空想されたのである。父なる天はインド・ヨーロッパ文化の理想とみられた。この時点では「アーリア人」と「インド・ヨーロッパ人」は同義語だった。
実証主義的反論
この説を覆したのが考古学と人類学の研究だった。多くの研究者がこの説では初期のヨーロッパでの宗教生活を説明できないとした。考古学的な記録から見て、インド・ヨーロッパ語は軍事力だけでヨーロッパとアジアに拡がって行ったものではないと考えられた。非インド・ヨーロッパ文明にも男性優位の神殿があり、それは占領や征服の結果ではなかった。女神信仰と女性の社会的地位の間に設定された歴史的な関係も、直接的には証明できなかった。そればかりでなく、農耕民だから女神を、遊牧民だから男神を崇拝するという証拠もそれほど多くはなかった。インド・ヨーロッパ人が、先住民より家父長的で男性優位な信仰を行っていたことを信ずるいかなる理由もなかったし、他の多神教以上に、女神を追い払い男神をその代わりに据えようとしたとも考えられなかった。
たしかに、*dyeus-ph₂têr というインド・ヨーロッパ祖語名で再構成された男性の父なる天が、ギリシア神話にゼウスの名で、ローマ神話ではユーピテルとして現れたことは事実であり、北欧神話ではテュール、ヴェーダの伝えるインド神話ではディヤウス・ピターとして現れたのも事実である。これらは同源の神名であり、原インド・ヨーロッパ信仰の共通する材料から引き継がれたものである。しかし、実際には、これが最も広く引き継がれたインド・ヨーロッパ語族の神名というわけではない。
インド・ヨーロッパ祖語で *aus-os- と再構成される暁の女神は、さらに広範囲に後世に伝わっている。ギリシア神話ではエーオース、ローマ神話ではアウローラ、ゲルマン神話ではエーオストレ(Ēostre)、バルト神話ではアウシュラ(Aušra)、スラブ神話ではゾーリャ (The Zorya) 、ヒンドゥー教ではウシャス(Uṣas)である。これらの神格はすべて、ゼウス同様、語源を共通にする。このように、インド・ヨーロッパ文化が他の文化に比べ、特に女神をおとしめる傾向や宗教上男性優位に向かう傾向を持っていた訳ではない。
説の影響
地母神、天空神、父権的な侵略者説というお話は一世を風靡し、様々な想像力を発揮させるもととなった。文学上重要な話であるし、有力な詩人や小説家によっても参考にされている。例えばT・S・エリオット、D・H・ローレンス、ジェイムズ・ジョイス、甚だしい例ではロバート・グレーヴスが挙げられる。
父なる天、母なる大地、信者がこのどちら側につくかによって、現実的な影響がでてくる。前者をとってアーリア人が軍事力をふりかざすと、ナチスの人種的イデオロギーが生まれる。だからナチスはこれを採用したのである。後者に共感し、失われた母系社会の女神信仰的ユートピアを求める動きが後に現れた。このようなユートピアは、繰り返される重要な文学的テーマとして確立しており、人類学教室からは脱落した後も長く文学科では生き残った。マリー・ルノー (Mary Renault) 、メアリ・ステュワート (Mary Stewart) 、最近ではマーセデス・ラッキー、マリオン・ジマー・ブラッドリーら、歴史文学の作者やファンタジーの作者にその影響があることからも推測できよう。
「父なる天」は頻繁にフェミニスト・スピリチュアリティの中で扱われており、このような信条にも助けられて、あまりにも単純化され過ぎ、人類学、考古学、比較神話学の領域ではあり得そうもないと考えられている、母なる大地対父なる天の図式が生き長らえているのである。
関連項目
- 農耕民族
- 遊牧民族
- アーリア人
- インド・ヨーロッパ語族
- 国家社会主義ドイツ労働者党
- ホロコースト
- フェミニズム
- 家父長制
- 母系社会
- 考古学
- 人類学
- 騎馬民族征服王朝説 - 日本の王権も遊牧民族による征服の結果だという仮説があった。
- en:Feminist spirituality - ある種のフェミニストが抱いている宗教的信条で、男神よりも愛情深い女神を尊ぶ態度とされている。復興異教主義、ネオペイガニスム (Neopaganism) とも関係している。