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「臍帯血」の版間の差分

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[[File:Placenta ja.svg|thumb|200px|母体のなかの子宮と胎児。図中で胎盤と胎児をつないでいるものが臍帯である。臍帯の中で絡み合う赤が臍帯動脈、青が臍帯静脈。臍帯動脈血と臍帯静脈血が臍帯血である。臍帯血の採取は出産後、赤ちゃんと臍帯が切り離されてから行う]]
'''臍帯血'''(さいたいけつとは、[[胎児]]と母体を繋ぐ胎児側の組織である[[へそ]]の緒([[臍帯]]:さいたい)の中に含まれる[[液]]。[[造血幹細胞]]が多量に含まれていることが知られている。「臍」は[[常用漢字]]ではないため、'''さい帯血'''とも表記される。
[[File:Gray39.png|thumb|200px|胎盤の拡大図。胎盤で母体側と胎児側で栄養や酸素、老廃物の交換が行われるが、母の血液と胎児血が直接交じり合うことは無い。]]
[[File:Umbilicalcord.jpg|thumb|200px|出生直後の新生児。まだ臍帯がつながっている。半透明のひも状のものが臍帯で、なかで黒く見えているのが臍帯血である。臍帯はクリップされた位置から母体側で切られる。臍帯血の採取では臍帯は2ヶ所でクリップされ2つのクリップの中間で切り離し、表面を消毒後、臍帯に注射針を刺して採取される。クリップで止めて針を刺して採取するのは細菌などの混入を防ぐためである。]]


'''臍帯血'''(さいたいけつ 英名:Umbilical cord blood)とは、[[胎児]]と母体を繋ぐ胎児側の組織である[[へそ]]の緒([[臍帯]]:さいたい)の中に含まれる胎児血。「臍」は[[常用漢字]]ではないため、'''さい帯血'''とも表記される。近年は白血病や再生不良性貧血患者などへの移植医療に用いられるようになっている。
==概要==
胎児は[[胎盤]]を通して母側から酸素や栄養分を受け取り、廃棄物を母体側に渡すが、胎児と胎盤をつないでいるのが[[臍帯]]である。出生時の臍帯は太さが2cm,長さが50-60cmほどで、臍帯には2本の臍帯動脈と1本の臍帯静脈が流れているが、その血管内の血液が臍帯血である<ref name="トートラpp.1185-1187"> GERARD J.TORTORA, BRYAN DERRICKSON 著『トートラ人体の構造と機能』第3版、桑木共之,他,訳、丸善、2010年、ISBN 978-4-621-08231-7、pp.1185-1187</ref>。以前には出産後に臍帯や胎盤とともに破棄されるものだったが、1980年台前半に臍帯血には[[造血幹細胞]]が多量に含まれることがわかり、1988年、臍帯血を使った最初の移植医療(Gluckman博士らによるFnconi貧血児への移植)が行われ、その後各地で臍帯血バンクが設立され1993年以降バンクを通して[[白血病]]や[[再生不良性貧血]]などの治療が各国で行われている<ref name="三輪血液病学p833"> 浅野茂隆、池田康夫、内山卓 監修『三輪血液病学』文光堂、2006年、ISBN 4-8306-1419-6、p.833</ref><ref name="神田">神田 善伸 編集『みんなに役立つ造血幹細胞移植の基礎と臨床』上巻、 医薬ジャーナル、2008年、ISBN 978-4-7532-2324-4、pp.255-263</ref><ref name="日本さい帯血バンクネットワーク・さい帯血ってなあに?">[https://www.j-cord.gr.jp/ja/qa/index.html 日本さい帯血バンクネットワーク・さい帯血ってなあに?]2012.4.16閲覧</ref>。

出産後、臍帯は新生児からは切り離され、胎盤もまもなく娩出([[後産]])される。そのため出産後、新生児から切り離された後の臍帯から血液を採取しても、新生児や母体にはなんら影響はない<ref name="日本さい帯血バンクネットワーク・さい帯血の採取方法">[https://www.j-cord.gr.jp/ja/donor/method.html 日本さい帯血バンクネットワーク・さい帯血の採取方法?]2012.4.23閲覧</ref>。

臍帯血に含まれる造血幹細胞移植は骨髄移植や末梢血幹細胞移植と並ぶ造血細胞の移植術であるが、臍帯血は骨髄や動員末梢血幹細胞に比べると造血幹細胞の数が少なく、生着率や造血の回復が遅い(移植初期の失敗が多め)デメリットはあるが、適切に保存された臍帯血は短期間で移植が可能で、造血幹細胞が一旦生着し安定した造血が始めると骨髄や動員末梢血幹細胞による造血よりも[[移植片対宿主病]](GVHD)が少ないメリットがある。[[移植片対宿主病]](GVHD)が少ない為にHLAが完全一致でなくても移植が可能でありより少ないドナープールでドナーを見つけられる。造血細胞数が少ないために、臍帯血移植が始まった当初は、移植先は小児が多かったが、近年では大人への移植も多く行われている<ref name="三輪血液病学p833"/>
== 治療への活用 ==
== 治療への活用 ==
[[白血病]]や[[再生不良性貧血]]などの難治性血液疾患の根本的治療のひとつである[[造血幹細胞移植]]において、[[幹細胞]]の供給源として[[骨髄]]および幹細胞動員末梢血とともに利用される。臍帯血は、細胞提供者(ドナー)の負担がほとんどなく、HLA2座不一致でも移植が可能なことなどから、理想的な供給源と考えられている。
[[白血病]]や[[再生不良性貧血]]などの難治性血液疾患の根本的治療のひとつである[[造血幹細胞移植]]において、[[造血幹細胞]]の供給源として[[骨髄]]および幹細胞動員末梢血とともに利用される。臍帯血は、細胞提供者(ドナー)の負担がほとんどなく、HLA2座不一致<ref group="註">臍帯血移植はHLA2座不一致でも移植が可能なとはいってもあくまでもHLA一致ドナーが見つからない際の緊急避難的な移植であり、決して積極的に行われるべきではないとされる-原 宏 著『臍帯血移植』新興医学出版社、2006年、ISBN 4-88002-654-9、pp.2-3</ref>でも移植が可能なことなどから、造血幹細胞の有力な供給源と考えられている<ref name="三輪血液病学p833"/><ref name="神田"/><ref name="日本さい帯血バンクネットワーク・さい帯血の採取方法"/>


問題点としては、分娩時に臍帯血を採取保存できる医療機関が限られていること、臍帯血に含まれる造血幹細胞の数が移植の成否を分ける重要な要素となるため、採取保存された臍帯血の全てが移植に利用できる訳ではない、特に成人の患者への適応症例はまだ多くはなく、医療機関間格差大きなどが挙げられる。が、臍帯採取保存可能な医療機関を増やす取り組みや、せっかく提供されても幹細胞数の少ない臍帯血も、幹細胞を増殖させた上で移植したり、複数人の臍帯血を一緒に移植する「カクテル移植」が試みられるなど、問題を克服する努力も行われている
問題点としては、分娩時に臍帯血を採取保存できる医療機関が限られていること、臍帯血に含まれる造血幹細胞の数が骨髄や末梢血動員幹細胞に比べて数が少ないために、生着不全の確率が骨髄・末梢血動員幹細胞に比べて高いことや、造血の回復が遅いことが不利な点であり造血幹細胞数の多寡が移植の成否を分ける重要な要素となるため、採取保存された臍帯血の全てが移植に利用できる訳ではないこと、特に成人の患者への適応症例はまだ多くはなく、骨髄移植に比べ知見少なことなどが挙げられる<ref name="三輪液病学p833"/><ref name="神田"/>


が、臍帯血採取保存可能な医療機関を増やす取り組みや、せっかく提供されても幹細胞数の少ない臍帯血も、幹細胞を増殖させた上で移植したり、複数人の臍帯血を一緒に移植する「カクテル移植」が試みられるなど、問題を克服する努力も行われている<ref name="三輪血液病学p838"> 浅野茂隆、池田康夫、内山卓 監修『三輪血液病学』文光堂、2006年、ISBN 4-8306-1419-6、p.838</ref><ref name="神田pp.262-263">神田 善伸 編集『みんなに役立つ造血幹細胞移植の基礎と臨床』上巻、 医薬ジャーナル、2008年、ISBN 978-4-7532-2324-4、pp.262-263</ref>。
近、[[造血幹細胞]]以外の体性幹細胞である[[間葉系幹細胞]]が臍帯血中から見出された。これまで[[間葉系幹細胞]]は[[骨髄]]中に存在することが報告されていたが、[[骨髄]]だけでなく臍帯血も[[間葉系幹細胞]]の供給源として、[[骨]]や[[軟骨]]の[[組織工学]]的修復あるいは[[再生医療]]への臨床応用へ適用できる可能性が示された。さらに、[[神経細胞]]や[[肝細胞]]、[[上皮細胞]]など、より広範な組織への多分化能を有する前駆細胞の存在も示唆されており、世界各国で熱心に研究が進められている。

、[[造血幹細胞]]以外の体性幹細胞である[[間葉系幹細胞]]が臍帯血中から見出された。これまで[[間葉系幹細胞]]は[[骨髄]]中に存在することが報告されていたが、[[骨髄]]だけでなく臍帯血も[[間葉系幹細胞]]の供給源として、[[骨]]や[[軟骨]]の[[組織工学]]的修復あるいは[[再生医療]]への臨床応用へ適用できる可能性が示された。さらに、[[神経細胞]]や[[肝細胞]]、[[上皮細胞]]など、より広範な組織への多分化能を有する前駆細胞の存在も示唆されており、世界各国で熱心に研究が進められている<ref>[http://hepato.umin.jp/kouryu/kouryu09.html#3 肝細胞研究会・ヒト骨髄由来および臍帯血由来間葉系幹細胞から機能性肝細胞への分化誘導]2012.4.24閲覧</ref><ref>[http://www.jhsf.or.jp/bank/cell_topic001.html 財団法人ヒューマンサイエンス振興財団・ヒト間葉系幹細胞]2012.4.24閲覧</ref><ref>[http://www.nihs.go.jp/dbcb/Biologics_forum/Bioforum-1/1-CT2.pdf 国立成育医療センター研究所・間葉系細胞]201.4.24閲覧</ref><ref>[http://www.md.tsukuba.ac.jp/younginit/takasaki/ESteam/reseach.html 筑波大学・高崎研究室/研究内容]2012.4.24閲覧</ref><ref>[http://scfdb.tokyo.jst.go.jp/pdf/20021430/2002/200214302002pp.pdf 科学技術振興調整費データベース・臍帯血からの神経幹細胞の分離技術の開発]2012.4.24閲覧</ref>

==造血幹細胞ソースとして各ドナーソースとの比較==
血液の元になる[[造血幹細胞]]は成人では骨髄の中に存在し、1960年代から白血病などの治療で失われた造血機能の再建に骨髄移植が行われてきた。造血幹細胞は胎児の血液([[末梢血]])中にも存在するが、1980年代には臍帯(へその緒)および胎盤の胎児側血管のなかの血液に高頻度に造血幹細胞が含まれることが明らかになった。臍帯血中の造血幹細胞は成人の骨髄中の造血幹細胞より未熟で、つまりより若い細胞であることが確認されている。その為に一旦生着して血球の回復が軌道に乗れば成人から得た造血幹細胞をりも高い造血能力があると考えられている。また、臍帯血中のTリンパ球はより未熟で移植患者を異物と認識して増殖する力が弱く、その為にHLA型が完全一致していなくとも(成人から得た移植ソースに比べ)移植片対宿主病(GVHD)が重症化しにくいと考えられている<ref name="三輪血液病学p833"/>。ただし、骨髄や末梢血動員幹細胞に比べると細胞数が少ないために幹細胞の生着不全のリスクがあること、造血の回復が遅いことが不利な点としてあげられている<ref name="神田p.255">神田 善伸 編集『みんなに役立つ造血幹細胞移植の基礎と臨床』上巻、 医薬ジャーナル、2008年、ISBN 978-4-7532-2324-4、p.255</ref>。

{|class="wikitable"
!colspan=2|骨髄移植と比べて臍帯血移植の利点と不利な点
|-
! 利点  !! 不利な点 
|-
| HLA不一致でも移植可能<br> ドナー探索に必要な時間が短く短期間で移植が可能<br> GVHDのリスクが低い<br> ドナー(新生児・母体)への負担が無い<br> ドナー由来の感染症のリスクが少ない<br>
| 生着不全の可能性<br> 移植の経験・知見・観察期間が少ない<br> 造血の回復が遅い<br> 同一ドナーからの再移植・ドナーリンパ球輸注が不可能<br> ドナーに遺伝的疾患があった場合に伝播の可能性
|-
|colspan=2|-文献『三輪血液病学』p.834<ref name="三輪血液病学p834">浅野茂隆、池田康夫、内山卓 監修『三輪血液病学』文光堂、2006年、ISBN 4-8306-1419-6、p.834</ref>及び神田 善伸 編集『みんなに役立つ造血幹細胞移植の基礎と臨床』上巻、p.255<ref name="神田p.255"/>を改変
|}

==臍帯からの採取==
臍帯血の採取は、出産直後、新生児と臍帯を切り離したのちに行われる。新生児の出産後ほどなくして胎盤が母体から出てくるが(後産)多くの場合では後産の前に採取される。具体的な採取方法は施設によって多少は異なるが、出産後、新生児に近い部分で臍帯は切り離される。新生児から切り離された臍帯の表面を消毒し、チューブで採取用袋につながれた採取用の針を臍帯血管に刺し重力で自然に臍帯血が流れ出てくるのを採取用バッグに採取する。臍帯血の移植では、有核細胞数の多寡が重要で有核細胞数の少ない臍帯血は使用されない傾向にあるので、臍帯血は1滴でも多く採取することが肝要で、最低でも50ml(2003年以降)が最低採取量であり、これ以下は移植には使われず研究用となる。臍帯血の採取と共に母体からも検査用に血液を採取し臍帯血とともに臍帯血バンクに送られる<ref name="原p20-28">原 宏 著『臍帯血移植』新興医学出版社、2006年、ISBN 4-88002-654-9、pp.20-28</ref><ref name="さいたいけつ.com・臍帯血の採取手順">[http://www.saitaiketsu.com/pdf/tejyun.pdf さいたいけつ.com・臍帯血の採取手順]2012.4.22閲覧</ref>。
<div class="NavFrame"><div class="NavHead" style="background: transparent">胎盤と臍帯の画像。グロテスク画像なので注意。見る際には右の[表示]をクリック</div><div class="NavContent" style="text-align: left">
{|
| style="vertical-align: top;" | [[File:Human placenta.jpg|thumb|250px|胎盤と臍帯。出産後、程無くして胎盤が母体から出てくる(後産)胎盤表面で浮き上がって見える血管は臍帯動脈もしくは臍帯静脈でその中を流れているのが臍帯血である。]]
| style="vertical-align: top;" | [[File:Cord & Placenta.jpg|thumb|200px|後産後新生児からも切り離された胎盤と臍帯。]]
| style="vertical-align: top;" |[[File:Echter Nabelschnurknoten.JPG|thumb|200px|結ばれた臍帯。半透明の表皮の下に紫色に見えているのが臍帯血管と臍帯血]]
|}
</div></div>
==臍帯血の保存・移植==
採取された臍帯血は臍帯血バンクに送られる。臍帯血バンクでは検査・細胞処理の上で臍帯血を液体窒素で冷凍保存し、移植のときを待つ<ref name="原p30-39">原 宏 著『臍帯血移植』新興医学出版社、2006年、ISBN 4-88002-654-9、pp.30-39</ref>。

採取された臍帯血には、造血幹細胞ばかりでなく、赤血球・白血球・血小板・血漿などが含まれる。それらは不要なものであり、また移植の時点では異型である赤血球は移植を受ける患者にはむしろ有害である。また、液体窒素タンクの限られたスペースを有効利用する為に不要な成分は取り除く必要もある<ref name="原p30-39"/><ref name="日本さい帯血バンクネットワークNOW第42号">[https://www.j-cord.gr.jp/ja/magazine/data/42.pdf 日本さい帯血バンクネットワークNOW第42号]2012.4.23閲覧</ref>。

その為、採取病院から届けられた臍帯血バンクでは細胞処理を行ったうえで凍結保存する<ref name="原p30-39"/>。

臍帯血はまずは、ヒドロキシエチルスターチ(HES)を加えて赤血球を凝集させて遠心分離、あるいは特殊なバックを用いて遠心分離して余分な赤血球と血漿を取り除く<ref name="原p30-39"/><ref name="日本さい帯血バンクネットワークNOW第42号"/>。検査用のサンプルをとり、凍害保護剤を加えて凍結バックに移した後に凍結・保存される。凍害保護剤の添加が必要なのは臍帯血をそのまま凍結すると氷晶や脱水によって造血幹細胞が破壊されるためである。凍結保存された臍帯血を使用する際は、液体窒素で凍らせたまま、移植施設に運び、移植の直前に37℃の温水で解凍する。その際、凍害保護剤が患者に悪影響を与えることがあるので(特に体の小さい小児では)解凍した臍帯血を洗浄してから移植に用いることも多い<ref name="原p30-39"/>。


=== 活用体制 ===
=== 活用体制 ===
2012年現在世界的な骨髄ドナー検索システム(Bone Marrow Donors Worldwide :BMDW)が構築され、骨髄に関しては48カ国66の骨髄バンクが参加しているが、臍帯血でも29カ国から43の臍帯血バンクがBMDWに参加し、登録された臍帯血のストックは51万本になっている<ref>[http://www.bmdw.org/ BMDW]2012.2.21閲覧</ref>。BMDWで検索された骨髄血や臍帯血の提供や品質管理などで国際間で協力する組織としてはThe World Marrow Donor Association (WMDA)がある<ref>[http://www.worldmarrow.org/ WMDA]2012.2.21閲覧</ref>。
日本国内では公的[[さい帯血バンク]]が、善意の提供を受けた臍帯血を保存するという体制が整えられており、[[造血幹細胞移植]]ではこれらの臍帯血でまかなわれている。一方、臍帯血の将来の[[再生医療]]での利用に期待して、臍帯血を子供本人のために保存しておくというビジネス(民間臍帯血バンク)が米国を中心に拡大している。日本でも数社が臍帯血保管事業を行なっている。

日本国内では1995年から私的な形で神奈川臍帯血バンクついで近畿臍帯血バンクが設立され、2000年以降厚生省による整備によって2004年までに11の公的な[[さい帯血バンク]]が、善意の提供を受けた臍帯血を保存するという体制が整えられており、[[造血幹細胞移植]]ではこれらの臍帯血でまかなわれている<ref name="原p1-3">原 宏 著『臍帯血移植』新興医学出版社、2006年、ISBN 4-88002-654-9、pp.1-3</ref>。2012年現在2万8千本あまりの臍帯血のストックがあり、2011年ではおよそ1100件の臍帯血移植が行われている<ref>[https://www.j-cord.gr.jp/ja/status/keep_status.html 日本さい帯血バンクネットワーク・各バンク別さい帯血保存公開状況]2012.4.24閲覧</ref><ref>[https://www.j-cord.gr.jp/ja/status/give_status.html 日本さい帯血バンクネットワーク・各バンク別さい帯血供給状況]2012.4.24閲覧</ref>。

一方、臍帯血の将来の[[再生医療]]での利用に期待して、臍帯血を子供本人のために保存しておくというビジネス(民間臍帯血バンク)が米国を中心に拡大している。日本でも臍帯血保管事業を行なっている会社が数社存在する<ref>[http://www.stemcell.co.jp/ ステムセル研究所]2012.4.24閲覧</ref><ref>[http://www.c-bk.com/ 株式会社シービーシー]2012.4.24閲覧</ref>。ただし、私的保存については利用できる細胞数についての懸念や自己さい帯血移植についてのデータが少ないことなどが表明されている<ref>[http://www.jsdi.or.jp/~y_ide/021008sa.htm 日本さい帯血バンクネットワーク・臍帯血の私的保存について]2012.4.24閲覧</ref>。

== 脚注 ==
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== 参考文献 ==
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2012年4月24日 (火) 14:41時点における版

母体のなかの子宮と胎児。図中で胎盤と胎児をつないでいるものが臍帯である。臍帯の中で絡み合う赤が臍帯動脈、青が臍帯静脈。臍帯動脈血と臍帯静脈血が臍帯血である。臍帯血の採取は出産後、赤ちゃんと臍帯が切り離されてから行う
胎盤の拡大図。胎盤で母体側と胎児側で栄養や酸素、老廃物の交換が行われるが、母の血液と胎児血が直接交じり合うことは無い。
出生直後の新生児。まだ臍帯がつながっている。半透明のひも状のものが臍帯で、なかで黒く見えているのが臍帯血である。臍帯はクリップされた位置から母体側で切られる。臍帯血の採取では臍帯は2ヶ所でクリップされ2つのクリップの中間で切り離し、表面を消毒後、臍帯に注射針を刺して採取される。クリップで止めて針を刺して採取するのは細菌などの混入を防ぐためである。

臍帯血(さいたいけつ 英名:Umbilical cord blood)とは、胎児と母体を繋ぐ胎児側の組織であるへその緒(臍帯:さいたい)の中に含まれる胎児血。「臍」は常用漢字ではないため、さい帯血とも表記される。近年は白血病や再生不良性貧血患者などへの移植医療に用いられるようになっている。

概要

胎児は胎盤を通して母側から酸素や栄養分を受け取り、廃棄物を母体側に渡すが、胎児と胎盤をつないでいるのが臍帯である。出生時の臍帯は太さが2cm,長さが50-60cmほどで、臍帯には2本の臍帯動脈と1本の臍帯静脈が流れているが、その血管内の血液が臍帯血である[1]。以前には出産後に臍帯や胎盤とともに破棄されるものだったが、1980年台前半に臍帯血には造血幹細胞が多量に含まれることがわかり、1988年、臍帯血を使った最初の移植医療(Gluckman博士らによるFnconi貧血児への移植)が行われ、その後各地で臍帯血バンクが設立され1993年以降バンクを通して白血病再生不良性貧血などの治療が各国で行われている[2][3][4]

出産後、臍帯は新生児からは切り離され、胎盤もまもなく娩出(後産)される。そのため出産後、新生児から切り離された後の臍帯から血液を採取しても、新生児や母体にはなんら影響はない[5]

臍帯血に含まれる造血幹細胞移植は骨髄移植や末梢血幹細胞移植と並ぶ造血細胞の移植術であるが、臍帯血は骨髄や動員末梢血幹細胞に比べると造血幹細胞の数が少なく、生着率や造血の回復が遅い(移植初期の失敗が多め)デメリットはあるが、適切に保存された臍帯血は短期間で移植が可能で、造血幹細胞が一旦生着し安定した造血が始めると骨髄や動員末梢血幹細胞による造血よりも移植片対宿主病(GVHD)が少ないメリットがある。移植片対宿主病(GVHD)が少ない為にHLAが完全一致でなくても移植が可能でありより少ないドナープールでドナーを見つけられる。造血細胞数が少ないために、臍帯血移植が始まった当初は、移植先は小児が多かったが、近年では大人への移植も多く行われている[2]

治療への活用

白血病再生不良性貧血などの難治性血液疾患の根本的治療のひとつである造血幹細胞移植において、造血幹細胞の供給源として骨髄および幹細胞動員末梢血とともに利用される。臍帯血は、細胞提供者(ドナー)の負担がほとんどなく、HLA2座不一致[註 1]でも移植が可能なことなどから、造血幹細胞の有力な供給源と考えられている[2][3][5]

問題点としては、分娩時に臍帯血を採取保存できる医療機関が限られていること、臍帯血に含まれる造血幹細胞の数が骨髄や末梢血動員幹細胞に比べて数が少ないために、生着不全の確率が骨髄・末梢血動員幹細胞に比べて高いことや、造血の回復が遅いことが不利な点であり造血幹細胞数の多寡が移植の成否を分ける重要な要素となるため、採取保存された臍帯血の全てが移植に利用できる訳ではないこと、特に成人の患者への適応症例はまだ多くはなく、骨髄移植に比べ知見が少ないことなどが挙げられる[2][3]

が、臍帯血採取保存可能な医療機関を増やす取り組みや、せっかく提供されても幹細胞数の少ない臍帯血も、幹細胞を増殖させた上で移植したり、複数人の臍帯血を一緒に移植する「カクテル移植」が試みられるなど、問題を克服する努力も行われている[6][7]

近年、造血幹細胞以外の体性幹細胞である間葉系幹細胞が臍帯血中から見出された。これまで間葉系幹細胞骨髄中に存在することが報告されていたが、骨髄だけでなく臍帯血も間葉系幹細胞の供給源として、軟骨組織工学的修復あるいは再生医療への臨床応用へ適用できる可能性が示された。さらに、神経細胞肝細胞上皮細胞など、より広範な組織への多分化能を有する前駆細胞の存在も示唆されており、世界各国で熱心に研究が進められている[8][9][10][11][12]

造血幹細胞ソースとして各ドナーソースとの比較

血液の元になる造血幹細胞は成人では骨髄の中に存在し、1960年代から白血病などの治療で失われた造血機能の再建に骨髄移植が行われてきた。造血幹細胞は胎児の血液(末梢血)中にも存在するが、1980年代には臍帯(へその緒)および胎盤の胎児側血管のなかの血液に高頻度に造血幹細胞が含まれることが明らかになった。臍帯血中の造血幹細胞は成人の骨髄中の造血幹細胞より未熟で、つまりより若い細胞であることが確認されている。その為に一旦生着して血球の回復が軌道に乗れば成人から得た造血幹細胞をりも高い造血能力があると考えられている。また、臍帯血中のTリンパ球はより未熟で移植患者を異物と認識して増殖する力が弱く、その為にHLA型が完全一致していなくとも(成人から得た移植ソースに比べ)移植片対宿主病(GVHD)が重症化しにくいと考えられている[2]。ただし、骨髄や末梢血動員幹細胞に比べると細胞数が少ないために幹細胞の生着不全のリスクがあること、造血の回復が遅いことが不利な点としてあげられている[13]

骨髄移植と比べて臍帯血移植の利点と不利な点
利点   不利な点 
 HLA不一致でも移植可能
 ドナー探索に必要な時間が短く短期間で移植が可能
 GVHDのリスクが低い
 ドナー(新生児・母体)への負担が無い
 ドナー由来の感染症のリスクが少ない
 生着不全の可能性
 移植の経験・知見・観察期間が少ない
 造血の回復が遅い
 同一ドナーからの再移植・ドナーリンパ球輸注が不可能
 ドナーに遺伝的疾患があった場合に伝播の可能性
-文献『三輪血液病学』p.834[14]及び神田 善伸 編集『みんなに役立つ造血幹細胞移植の基礎と臨床』上巻、p.255[13]を改変

臍帯からの採取

臍帯血の採取は、出産直後、新生児と臍帯を切り離したのちに行われる。新生児の出産後ほどなくして胎盤が母体から出てくるが(後産)多くの場合では後産の前に採取される。具体的な採取方法は施設によって多少は異なるが、出産後、新生児に近い部分で臍帯は切り離される。新生児から切り離された臍帯の表面を消毒し、チューブで採取用袋につながれた採取用の針を臍帯血管に刺し重力で自然に臍帯血が流れ出てくるのを採取用バッグに採取する。臍帯血の移植では、有核細胞数の多寡が重要で有核細胞数の少ない臍帯血は使用されない傾向にあるので、臍帯血は1滴でも多く採取することが肝要で、最低でも50ml(2003年以降)が最低採取量であり、これ以下は移植には使われず研究用となる。臍帯血の採取と共に母体からも検査用に血液を採取し臍帯血とともに臍帯血バンクに送られる[15][16]

臍帯血の保存・移植

採取された臍帯血は臍帯血バンクに送られる。臍帯血バンクでは検査・細胞処理の上で臍帯血を液体窒素で冷凍保存し、移植のときを待つ[17]

採取された臍帯血には、造血幹細胞ばかりでなく、赤血球・白血球・血小板・血漿などが含まれる。それらは不要なものであり、また移植の時点では異型である赤血球は移植を受ける患者にはむしろ有害である。また、液体窒素タンクの限られたスペースを有効利用する為に不要な成分は取り除く必要もある[17][18]

その為、採取病院から届けられた臍帯血バンクでは細胞処理を行ったうえで凍結保存する[17]

臍帯血はまずは、ヒドロキシエチルスターチ(HES)を加えて赤血球を凝集させて遠心分離、あるいは特殊なバックを用いて遠心分離して余分な赤血球と血漿を取り除く[17][18]。検査用のサンプルをとり、凍害保護剤を加えて凍結バックに移した後に凍結・保存される。凍害保護剤の添加が必要なのは臍帯血をそのまま凍結すると氷晶や脱水によって造血幹細胞が破壊されるためである。凍結保存された臍帯血を使用する際は、液体窒素で凍らせたまま、移植施設に運び、移植の直前に37℃の温水で解凍する。その際、凍害保護剤が患者に悪影響を与えることがあるので(特に体の小さい小児では)解凍した臍帯血を洗浄してから移植に用いることも多い[17]

活用体制

2012年現在世界的な骨髄ドナー検索システム(Bone Marrow Donors Worldwide :BMDW)が構築され、骨髄に関しては48カ国66の骨髄バンクが参加しているが、臍帯血でも29カ国から43の臍帯血バンクがBMDWに参加し、登録された臍帯血のストックは51万本になっている[19]。BMDWで検索された骨髄血や臍帯血の提供や品質管理などで国際間で協力する組織としてはThe World Marrow Donor Association (WMDA)がある[20]

日本国内では1995年から私的な形で神奈川臍帯血バンクついで近畿臍帯血バンクが設立され、2000年以降厚生省による整備によって2004年までに11の公的なさい帯血バンクが、善意の提供を受けた臍帯血を保存するという体制が整えられており、造血幹細胞移植ではこれらの臍帯血でまかなわれている[21]。2012年現在2万8千本あまりの臍帯血のストックがあり、2011年ではおよそ1100件の臍帯血移植が行われている[22][23]

一方、臍帯血の将来の再生医療での利用に期待して、臍帯血を子供本人のために保存しておくというビジネス(民間臍帯血バンク)が米国を中心に拡大している。日本でも臍帯血保管事業を行なっている会社が数社存在する[24][25]。ただし、私的保存については利用できる細胞数についての懸念や自己さい帯血移植についてのデータが少ないことなどが表明されている[26]

脚注

  1. ^ 臍帯血移植はHLA2座不一致でも移植が可能なとはいってもあくまでもHLA一致ドナーが見つからない際の緊急避難的な移植であり、決して積極的に行われるべきではないとされる-原 宏 著『臍帯血移植』新興医学出版社、2006年、ISBN 4-88002-654-9、pp.2-3

参考文献

  1. ^ GERARD J.TORTORA, BRYAN DERRICKSON 著『トートラ人体の構造と機能』第3版、桑木共之,他,訳、丸善、2010年、ISBN 978-4-621-08231-7、pp.1185-1187
  2. ^ a b c d e 浅野茂隆、池田康夫、内山卓 監修『三輪血液病学』文光堂、2006年、ISBN 4-8306-1419-6、p.833
  3. ^ a b c 神田 善伸 編集『みんなに役立つ造血幹細胞移植の基礎と臨床』上巻、 医薬ジャーナル、2008年、ISBN 978-4-7532-2324-4、pp.255-263
  4. ^ 日本さい帯血バンクネットワーク・さい帯血ってなあに?2012.4.16閲覧
  5. ^ a b 日本さい帯血バンクネットワーク・さい帯血の採取方法?2012.4.23閲覧
  6. ^ 浅野茂隆、池田康夫、内山卓 監修『三輪血液病学』文光堂、2006年、ISBN 4-8306-1419-6、p.838
  7. ^ 神田 善伸 編集『みんなに役立つ造血幹細胞移植の基礎と臨床』上巻、 医薬ジャーナル、2008年、ISBN 978-4-7532-2324-4、pp.262-263
  8. ^ 肝細胞研究会・ヒト骨髄由来および臍帯血由来間葉系幹細胞から機能性肝細胞への分化誘導2012.4.24閲覧
  9. ^ 財団法人ヒューマンサイエンス振興財団・ヒト間葉系幹細胞2012.4.24閲覧
  10. ^ 国立成育医療センター研究所・間葉系細胞201.4.24閲覧
  11. ^ 筑波大学・高崎研究室/研究内容2012.4.24閲覧
  12. ^ 科学技術振興調整費データベース・臍帯血からの神経幹細胞の分離技術の開発2012.4.24閲覧
  13. ^ a b 神田 善伸 編集『みんなに役立つ造血幹細胞移植の基礎と臨床』上巻、 医薬ジャーナル、2008年、ISBN 978-4-7532-2324-4、p.255
  14. ^ 浅野茂隆、池田康夫、内山卓 監修『三輪血液病学』文光堂、2006年、ISBN 4-8306-1419-6、p.834
  15. ^ 原 宏 著『臍帯血移植』新興医学出版社、2006年、ISBN 4-88002-654-9、pp.20-28
  16. ^ さいたいけつ.com・臍帯血の採取手順2012.4.22閲覧
  17. ^ a b c d e 原 宏 著『臍帯血移植』新興医学出版社、2006年、ISBN 4-88002-654-9、pp.30-39
  18. ^ a b 日本さい帯血バンクネットワークNOW第42号2012.4.23閲覧
  19. ^ BMDW2012.2.21閲覧
  20. ^ WMDA2012.2.21閲覧
  21. ^ 原 宏 著『臍帯血移植』新興医学出版社、2006年、ISBN 4-88002-654-9、pp.1-3
  22. ^ 日本さい帯血バンクネットワーク・各バンク別さい帯血保存公開状況2012.4.24閲覧
  23. ^ 日本さい帯血バンクネットワーク・各バンク別さい帯血供給状況2012.4.24閲覧
  24. ^ ステムセル研究所2012.4.24閲覧
  25. ^ 株式会社シービーシー2012.4.24閲覧
  26. ^ 日本さい帯血バンクネットワーク・臍帯血の私的保存について2012.4.24閲覧