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2009年10月9日 (金) 11:59時点における版

国家』(こっか、『国家篇』とも。: Πολιτεία、Politeia、ポリテイア)とは古代ギリシア哲学者プラトンの主著と目される最も重要な著作である。伝統的な副題は「正義について」である。

概要

『国家』は全部で10巻からなるプラトンの中期の作品と考えられている。その内容はソクラテスがアテナイにおけるケパロスの家で行った議論を記録する対話篇の形式となっている。元々はプラトンの創立した哲学と数学のための学院、アカデメイアの講義の側ら学生が、これを読んで勉学の一助とするために執筆されたものと伝えられる。ただしプラトンが執筆した講義ノートの類は残っておらず、それが実際にはどういうものであったのかは不明である。彼の弟子アリストテレスの場合は講義ノートのみが現存し、彼も学生向けに戯曲の形の読み物を書いたというが、それは散逸したために今に残ってはいない。

本書『国家』は後期の作品と考えられる『』と共に他の対話篇と較べて突出して長く、「に思慮し、善く生きる」というソクラテスの思想を、プラトン中期思想に特徴的なイデアを中核に、古代ギリシアにおいて支配的な考えであった小宇宙即ち人間と、大宇宙即ち国家との対比を用い、個人だけでなく国家体制そのものにまで貫徹させようという壮大かつ創造性豊かな書である。そのため、プラトンの政治哲学神学存在論認識論を代表する書とされ、西洋哲学史において最も話題にされる著作と位置づけることができる。そのため本書で展開されている理想国家の発想は共産主義や後世の文学にも多大な影響を与えた。

具体的な内容についてはケパロスによって提示された正義が何なのかという問題から始まる。ソクラテスはまずトラシュマコスによって主張された、強者の利益としての正義という説を論駁した。しかしグラウコンやアデイマントスが正義の存在を否定する立場を代理に主張することでソクラテスに対して正義に対する見解を示すように求めたために、ソクラテスは個人の延長として国家を観察することで応答しようとする。国家を観察するためにソクラテスは理論的に理想国家を構築しており、その仕組みを明らかにした。そして理想国家を実現する条件としてソクラテスは独自のイデア論に基づいて哲人王の必要を主張する。この哲人王にとって不可欠なものとして教育の理念が論じられており、正義が人間を幸福にするものと考える。

内容

この著作で最初に問題とされる正義について各人に相応しいものを返し与えること、もしくは強者や支配者の利益という定義が検討される。しかし両者とも検討の結果として正義を定義することには不適切であると考えられた。そこで個人の正義を明らかにするための方法論として国家を取り上げる。つまり個人の正義のモデルとして国家の正義を検討することで、個人の正義がどのようなものであるべきかを考えるのである。

ここから国家の成り立ちについて理論的な考察がなされる。そして統治者(守護者)の魂のあり方が極めて重要であり、その教育訓練について検討しなければならないことが分かった。そして理想国家においては統治者の魂のあり方と政治体制、正しい政治体制を実現するために、必要な最高のイデアについての説を通じて論じられる。

第3巻からは、理想国家における教育が論じられ、正しい知識と単なる思いなし(ドクサ)が区別される。後者には模倣が含まれ、詩や絵画は模倣の一種であり、正しい知識ではないとされる。また守護者の育成には、神や国家に対する尊敬を損なうような神々についての説話(ホメロスにおけるヘラの嫉妬とゼウスの浮気などが想定されている)は教えるべきではないとされる。そこから詩人追放論と呼ばれる、教育から詩の学習を排除する構想が主張される。この思想は最後にもう一度繰り返される。

魂は三つの部分からなり、正しい魂のあり方とは三部分すべてが知識をつかさどる部分のもとに調和する状態であるとされる(魂の三部分説)。三部分のどこが優越するかによって、魂の状態、すなわち人間がどのような性質になるかが決定され、これはそのまま民主制などの国家体制に対応されるものとされる。プラトンは最適者、気概に富む者、民衆の三種類を想定し、そのどれが社会において上位を占めるかに応じ、哲人王制、最適者支配制、富者による寡頭制民主制僭主制の5つの国家体制を描き、どのようにそのような体制の交代がありえるかを描写する。彼は哲人王制を最良の政体とし、この順に劣るものとし、最低のものが僭主制であるとした。ここにはプラトンの経験したアテナイの民主制とシュラクサイの僭主制からの知見が投影されている。

プラトンの構想では、国家の守護者のうち、優秀な者を選んで哲学や哲学者になるための基礎分野の学習をさせ、老年に達した者に国政の運営を任せる。これが哲人王の思想であり、そのためにはイデア、ひいては善のイデアの直接な観想が必要であるとされる(そして善のイデアを見ることが哲学の究極目的であるとされる)。ここでイデアの観想は線分の比喩洞窟の比喩、を用いて語られる。哲学によって、人は感覚的世界から真実在であるイデアの世界を知る(線分の比喩)。またイデアの直接的観想によってのみ、イデアの世界と現実の感覚的世界の間の隔たりと哲学する者の真実在へのあこがれ、また現実世界へのイデア的知識の適応は可能にされる(洞窟の比喩)。

現実からの類推に始まるイデアの学習がなぜ可能になるのか、プラトンは論証によっては答えを与えず、それらしい物語(ミュートス)によって、すべての人は魂の輪廻において出生前にイデアを見る機会とこの世界での生き方の選択の機会を与えられていることを語る(エルの物語)。対話篇『国家』は、このエルの物語によって結ばれる。

脚注


関連項目

参考文献

  • 田中美知太郎編『世界の名著7 プラトンⅡ』(中央公論社、昭和44年)