演算子 (コンピュータ言語)
演算子(えんざんし、英: operator)は、数式やコンピュータプログラミング言語などで、各種の演算を表わす記号・シンボルである。通例、演算子は単なる記号あるいは記号列であって構文論的な要素であり、それに対応する演算は意味論の側にある。たとえばJavaにおいて、演算子 +
を使った a + b
という式は、構文論上は単にそういう式だというだけである。意味論的には数値の加算であったり、文字列の連結であったりするが、それは a と b の型に依って決まる(理論的には項書き換えのように、構文論的といったものもある)。
演算が作用する対象のことを被演算子(operand; オペランド、被演算数、引数)という。たとえば、n と 3 との和を表す式 "n + 3" において、"+" は演算子であり、その被演算子は "n" と "3" である。また、数式として一般的な被演算子と被演算子の間に演算子を記述する構文は中置記法と呼ばれる。
数学的には、基本的には、関数(単項演算子では1引数の関数、2項演算子は2引数の関数)をあらわすある種の糖衣構文のようなものに過ぎない。しかし、汎函数計算など、演算子を操作するような手法もある。
形式的分類
単項演算子
単項演算子(英: unary operator)とは、被演算子が一つだけの演算を表す演算子。その記法には、通常は被演算子の前に単項演算子を置く前置記法(ポーランド記法)を用い、被演算子を明示するための括弧 "( )" を伴うことも多い。
代表的な単項演算子として、以下がある。
・負を表す(減算ではない)負符号(例: −3)
関数 f(x) の "f( )" も単項演算子であり、符牒となる文字列 "f" を関数子などと呼ぶ場合もある。関数子としては任意の文字列を使用することができ、代表的なものとして三角関数 "sin", "cos", "tan" などが挙げられる。微分作用素の "d/dx" または "D" や、差分作用素 "Δ" も単項演算子である。関数に対する「′」も微分作用素である。例えばf(x)の微分をf′(x)と表せる。 また、定数 a を与えるごとに(a が代入可能である限りにおいて)対数関数 loga x が考えられるが、このとき loga は定数一つを含む形で単項演算子として働く(そのような場合、a は e や 10 などに固定されているため、文脈上明らかな場合は省略を受け、単に log と記して扱われることも少なくはない)。ただし、仮に a をも変化させて扱うならば loga x なる式において log は二つの被演算子 a と x を持つ二項演算子(後述)と解されることになる。
二項演算子
二項演算子(英: binary operator)とは、二つの被演算子から一つの結果を得る演算を表す演算子。数学での写像を表現するのに通常は前置記法で書くのに対して、二項演算子は中置記法で書くことが多い。つまり、"k + 3" のように演算子を二つの被演算子の中間に置く。
二項演算を2変数の関数として、B(·, ·) のように関数子と括弧とコンマを用いた形式で(「·」の位置にそれぞれ適当な被演算子を配置して)表すこともしばしばある。このような形式で被演算子を併記する方法では二項以上の多項演算も表現することができる。明示的な関数子をもたない場合もあり、例えば内積 "<·, ·>", 微分作用素(リー代数)の括弧積(リーのブラケット)"[·, ·]", ポアソン括弧 "{·, ·}", ルジャンドル記号 "(· / ·)" などが挙げられる。これらは複数の記号で一つの演算子の働きをする。また、例えば二項係数の2種類の記法
のように、一つの演算に対して複数の異なる記法の(場合によっては形式も異なる)演算子が用いられていることもある。
多項演算子
二項演算子における記法の多くはそれ以上の任意有限個の被演算子を持つ演算子に対しても、引数を列記する方法を与えるなどの適当な方法で拡張を受ける。さらに、添字集合を適当に指定することによって複数(一般には無限個)の被演算子を一つの被演算子に見立てることも有限的な記述には効果的である。それによって無限個の被演算子を持つ演算子に有限項演算の記法を援用することが可能になる。また、このとき与えた添字もやはり被演算子と解釈することが可能である。
また、前述の log に対する記述とまったく同じ理屈を逆に考えれば、二項演算子のとる二つの被演算子のうち一つを固定する(代入可能な値を代入する)ならば、それによって新たに単項演算子が得られる(あるいは固定する被演算子を添字とする単項演算子の族が得られる)ということが理解される。同様にして、多くの被演算子を持つ多項演算子のうち一つあるいは複数の被演算子を固定することによって、与えられた多項演算子をより制限された数の被演算子を持つ演算子族と読みかえることができる(カリー化)。
意味的分類
算術演算子
四則演算のたぐいを表す演算子、たとえば和を表す "+" や積を表す "×" などは二項演算子である。算術演算においては多くの場合、二つの被演算子はひとつの代数系から取られた同種のものであり、結果も同種であることが多い。
関係演算子
二つの被演算子の関係を示す記号のことを関係子という。関係子を、二つの被演算子の関係が真であるか偽であるかを判定する演算を表す演算子とみなすとき、関係演算子という。数理論理学では、関係演算は二つの数式から真理値(ブール値)を得る演算とみなされる。関係演算子もその多くが二項演算子として機能することから中置記法で記されることが多い。
等号 "=", 不等号 "<", ">", "≤", "≥", "≠", 平行記号 "∥", 垂直記号 "⊥" などが関係演算子である。
論理演算子
数理論理学における論理演算子は、被演算子の真理値(真・偽)に対する論理積 "∧" や論理和 "∨" などの論理演算を表し、中置記法で書くことが多い。(否定を表す前置の単項演算子 "¬" もある。)
プログラミングにおける演算子
コンピュータプログラミングにおいては、主に記号を用いて演算を指示するものが演算子と呼ばれる。概ね数式などの記述を模倣しているが、一部の演算子に(文字コードおよび文字セットの関係上)通常と異なる記号あるいは文字列が用いられたり、副作用を持っていることがあるなど、数学の演算子とは異なる点もある。
算術演算子
算術演算子として、四則演算のうち加算の演算子には、一般的な算術と同じプラス記号 "+
" を用いる。減算の演算子には "−" の代わりにハイフンマイナス "-
" が用いられることが多い。乗算の演算子には "×" の代わりにアスタリスク "*
" を用い、除算の演算子には "÷" の代わりにスラッシュ "/
" が用いられる。整数同士の除算の結果は通例切り捨てにより整数に丸められる言語が多いが、Pascalでは整数の商を求める専用の演算子として英字列 "div
" を用いる。一般的な算術にはない演算子として、除算の余りを求める剰余演算のための演算子が定義されていることがある。C言語およびC++の剰余演算子は "%
" であり、整数型にしか適用できないが、JavaおよびC#では浮動小数点数型にも適用できる。Pascalでは剰余演算子として英字列 "mod
" を用いる。また、BASICにおける "^
" やPythonにおける "**
" のように累乗の演算子を持つ言語もある。
関係演算子
関係演算子は、およそ数学とあまり変わらないが、プログラミング言語によって細かい差異が比較的多い傾向にある。以下はその例である。
- = の意味
- Pascalの系統では、代入に
:=
を用い、比較等号(等価演算子)には=
を用いる。 - C言語の系統では、代入に
=
を用い、比較等号(等価演算子)には==
を用いる。代入式は値を持ち、=
だけでは文脈によって違いを判断できない。 - BASICの系統では、代入にも比較等号(等価演算子)にも
=
を用いる。代入は式ではなく文であり、=
が代入と比較のどちらを意味するかは文脈によって決まる。 - また、PHPやJavaScriptのように、
==
と===
という、異なる比較基準の演算子を持つ言語もある。 - 不等号
1 < x < 5
が「xは1より大きく5より小さい」を意味しないプログラミング言語が多い。そのような場合には論理演算子を使って「1 < x and x < 5
」のように記述する。- ≤, ≥
<=
,>=
を用いることが多いが,言語によってはさらに=<
,=>
を認めるものもある。- ≠
- 言語によって、
<>
や!=
などが使用される。
論理演算子
論理演算子として、論理積の "and"、論理和の "or"、否定の "not" などがある。排他的論理和の "xor" もある。他に、数値に対して二進法での各桁に論理演算を適用するビット演算(bitwise operation)のためのビット演算子(bitwise operator)がある。一部の言語では、ビット演算の演算子が論理演算子の意味にも多重定義(オーバーロード)されている(C言語ではブーリアン型が無く、基本整数型のint
で代用されているので、論理演算子とビット演算子を混用するとバグになることがある)。他に三項演算子の、条件演算子や、条件演算子のnull比較時の糖衣構文としてNull合体演算子をもつ言語もある。
その他の演算子
代入やインクリメントといった、動作に応じて変化していくプログラミング言語の変数としての機能に対応した演算子も存在する。
このほかにも、プログラミング言語によっては文字列、正規表現、参照、配列、動的メモリ確保、名前空間など、数学的な範囲を超えた多様な分野について、それを操作するための演算子が存在する。
C++やC#などのように、プログラミング言語の中には既存の演算子に利用者(プログラマー)が自分で新たな意味を定義することができるものがある(演算子多重定義)。またSmalltalk、Haskell、OCaml、F#、ALGOLおよびFortran(Fortran 90 以降)など、利用者が自分で新たな演算子を定義することができる言語もある(利用者定義演算子)。これらはうまく使いこなせばコードの記述性や直感性を向上させるのに有用だが、乱用すると混乱を招きかねない。Javaのように言語仕様をシンプルに保つため、あえて演算子多重定義をサポートしなかった言語もある。