下館事件
下館事件 | |
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場所 | 茨城県下館市(現筑西市) |
日付 |
1991年(平成3年)9月29日 7時ころ (UTC+9) |
概要 | 強盗殺人事件 |
死亡者 | 1名 |
犯人 | 被害者のスナックで働くタイ人女性3名 |
刑事訴訟 |
第一審懲役10年 控訴審懲役8年(確定) |
管轄 | 大分県警察 |
下館事件(しもだてじけん)は、1991年(平成3年)9月に茨城県下館市(現筑西市)でタイ人女性が殺害され現金約700万円の入ったバッグなどが持ち去られた強盗殺人事件である[1]。被害者のスナックで働くタイ人女性3名が逮捕・起訴され[2][3][4]、被告人らは、被害者による借金返済を理由とした売春の強要などから逃れるために殺害したもので正当防衛である、また、金品の強奪を目的としたものではなく強盗にはあたらないなどと主張したが[5][6][7]、裁判所は強盗殺人罪の成立を認め、第1審では懲役10年[3][8]、控訴審でも懲役8年の実刑判決が下され確定した[3]。
犯人のタイ人女性3名は人身売買の被害者であるとして支援のネットワークが広がり、他の同様の事件の支援活動のモデルとなった[9]。
概要
1991年(平成3年)9月29日朝、茨城県下館市(現筑西市)のアパートの一室で、スナックを実質的に切り盛りするタイ人女性(当時28歳)が首などを刃物で刺されて殺害され、現金約700万円の入った被害者のバッグなどが奪われた[1][10]。警察は、同居していたタイ人女性3名の行方を追い、同日午後に千葉県市原市のホテルに投宿していた3人に任意同行を求めて下館警察署に連行し、強盗殺人の容疑で逮捕した[2]。取り調べで3人は、「工場やレストランで働くと言われて来日したが、被害者から350万円の借金があると言われて、スナックの客を相手に売春を強要された[11][12]。パスポートは取り上げられ、外出や母国の家族への国際電話も自由にさせてもらえず、日常的な暴言や暴力で被害者に従わせられた[13]。こうした境遇から逃れるために被害者を殺害して逃走した」旨を供述した。3人は、同年10月21日に強盗殺人の罪で起訴された[4]。
裁判では、検察側と弁護側の主張は激しく対立した[14]。罪状認否で被告人3人は、「お金をとるために殺したのではありません。逃げるために殺したんです」と強盗殺人を否認した[2]。弁護団も、強盗殺人ではなく殺人と窃盗であり[5][6]、殺人については被害者による監禁や売春の強要から逃れるためにやむを得ず殺害したものであり正当防衛にあたること[5][6]、窃盗については証拠品が令状に基づかずに違法に収集されたものであり証拠能力がないこと[5][6]、捜査段階での通訳人に能力が欠けており供述調書は信用性に欠けることなどを主張した[15]。しかし、1994年(平成6年)5月の第1審判決では、強盗殺人罪を適用して懲役10年の実刑判決が下された[3][8][16]。弁護側は控訴して争ったが、1996年(平成8年)7月の控訴審判決でも、量刑こそ情状に照らして重すぎるとして破棄したものの、強盗殺人罪の成立は認めて懲役8年の実刑判決を言い渡した[3]。弁護側・検察側とも上告せず、確定した[3]。
この事件では、犯人とされたタイ人女性3名はむしろ人身売買の被害者であるとして、逮捕直後から様々な団体や個人がネットワークを形成して3人を支援した[3]。1992年(平成4年)12月には「下館事件タイ三女性を支える会」(支える会)が発足して組織化された[3][4]。支援活動は、差し入れや面会に始まり、拘置所内での処遇改善を求める申し立て、3人を日本に連れてくるのに関与したブローカーに対する告発状提出、スナックの日本人経営者に対する未払い賃金請求訴訟の支援、さらには講演会やシンポジウムの開催、事件を描いた演劇の上演、3人の手記をもとにした書籍の出版などの啓蒙活動を広く行った[3]。裁判支援と啓蒙活動を両輪で進める支援活動は当時珍しく[3]、支える会の活動は、その後、道後、茂原、新小岩、桑名、市原、四日市などで相次いだ同様の事件での支援活動のモデルとなった[9]。
脚注
- ^ a b 岡村青 「タイ人女性三名による殺害事件の検証 下館事件-裁かれるべきは被告たちか」『創』22巻6号、創出版、1992年、130-131頁。
- ^ a b c 岡村青 「タイ人女性三名による殺害事件の検証 下館事件-裁かれるべきは被告たちか」『創』22巻6号、創出版、1992年、132頁。
- ^ a b c d e f g h i j 大野聖良 「人身売買『被害者』支援運動からみる『被害者』像の構築-『下館事件タイ3女性を支える会』を事例として-」『F-GENSジャーナル』第9号、お茶の水女子大学21世紀COEプログラムジェンダー研究のフロンティア、2007年、88頁。
- ^ a b c 下館事件タイ三女性を支える会編 『買春社会日本へ、タイ人女性からの手紙』 明石書店、1995年、217頁。
- ^ a b c d 岡村青 「タイ人女性三名による殺害事件の検証 下館事件-裁かれるべきは被告たちか」『創』22巻6号、創出版、1992年、133頁。
- ^ a b c d 千本秀樹 「裁かれるべきはだれか-下館事件・現代日本に生きる人身売買」『部落解放』第377号、解放出版社、1994年、84頁。
- ^ 下館事件タイ三女性を支える会編 『買春社会日本へ、タイ人女性からの手紙』 明石書店、1995年、195頁。
- ^ a b 千本秀樹 「裁かれるべきはだれか-下館事件・現代日本に生きる人身売買」『部落解放』第377号、解放出版社、1994年、76頁。
- ^ a b 大野聖良 「人身売買『被害者』支援運動からみる『被害者』像の構築-『下館事件タイ3女性を支える会』を事例として-」『F-GENSジャーナル』第9号、お茶の水女子大学21世紀COEプログラムジェンダー研究のフロンティア、2007年、86頁。
- ^ 下館事件タイ三女性を支える会編 『買春社会日本へ、タイ人女性からの手紙』 明石書店、1995年、203頁。
- ^ 大野聖良 「人身売買『被害者』支援運動からみる『被害者』像の構築-『下館事件タイ3女性を支える会』を事例として-」『F-GENSジャーナル』第9号、お茶の水女子大学21世紀COEプログラムジェンダー研究のフロンティア、2007年、87頁。
- ^ 岡村青 「タイ人女性三名による殺害事件の検証 下館事件-裁かれるべきは被告たちか」『創』22巻6号、創出版、1992年、128頁。
- ^ 岡村青 「タイ人女性三名による殺害事件の検証 下館事件-裁かれるべきは被告たちか」『創』22巻6号、創出版、1992年、129頁。
- ^ 岡村青 「タイ人女性三名による殺害事件の検証 下館事件-裁かれるべきは被告たちか」『創』22巻6号、創出版、1992年、132-133頁。
- ^ 田中惠葉 「外国人事件と刑事司法:通訳を受ける権利と司法通訳人に関する一考察」『北大法学研究科ジュニア・リサーチ・ジャーナル』第12号、北海道大学大学院法学研究科、2006年、19-20頁。
- ^ 下館事件タイ三女性を支える会編 『買春社会日本へ、タイ人女性からの手紙』 明石書店、1995年、219頁。
参考文献
- 岡村青 「タイ人女性三名による殺害事件の検証 下館事件-裁かれるべきは被告たちか」『創』22巻6号、創出版、1992年、124-133頁。
- 「<売春>ではなく<人身売買>である-下館事件が問いかけるもの-加城千波弁護士に聞く」『法学セミナー』39巻5号、日本評論社、1994年、38-41頁。
- 千本秀樹 「裁かれるべきはだれか-下館事件・現代日本に生きる人身売買」『部落解放』第377号、解放出版社、1994年、76-85頁。
- 下館事件タイ三女性を支える会編 『買春社会日本へ、タイ人女性からの手紙』 明石書店、1995年。
- 田中惠葉 「外国人事件と刑事司法:通訳を受ける権利と司法通訳人に関する一考察」『北大法学研究科ジュニア・リサーチ・ジャーナル』第12号、北海道大学大学院法学研究科、2006年、1-41頁。
- 大野聖良 「人身売買『被害者』支援運動からみる『被害者』像の構築-『下館事件タイ3女性を支える会』を事例として-」『F-GENSジャーナル』第9号、お茶の水女子大学21世紀COEプログラムジェンダー研究のフロンティア、2007年、85-92頁。